ヒロインの名前は木桜美夜
設定を少し変更しています。
「アルスラーン殿下に、お会いできたようです」
宮廷の東屋で午後のひとときを過ごすタハミーネは、その報告を受けたとき無言だった。 だが、相手は気にする様子もなかった、高貴な宮廷人というのはもこういう人間だとわかっているのかもしれない。
「あの異国人、戻ってくるかもしれません」
その言葉に一瞬、美女の表情が揺れた。
「そうなったら、殺されるでしょう」
その言葉には、感情というものがないように聞こえた。
すると柱の陰に身を細めていた相手は低く笑った。普通の人間なら、こんな態度、しかも王族の前で、笑うことなどない。
「異国の人間は、それほど、愚かではございませんよ」
では、わかっていて、あの異国の女は、ここへ戻ってくるというのだろうか、何故とタハミーネの顔に訝しむような表情が浮かんだが、それは一瞬だ。
「あの異国人、アルスラーン殿下の絵を描いておりました」
開きかけた唇を、目を、王妃は硬く閉じた。
「妾は今は捕らわれの身です、ですが」
「王妃よ、私めに褒美をくださると」
突然、何を言い出すのか、だが王妃は答えない、わざとなのか。
普通の王侯貴族なら無礼な輩だと腹をたててもおかしくないだろう。
ほんの一時、沈黙が続いた。
口を開いたのはマントの主だった。
「ここは美しい、いえ、美しすぎる、似合いませんな」
その言葉にタハミーネは、わずかに首を動かした。
マントの相手は自分に背を向けているため、どんな顔をしているのかわからない。
いや、その奇妙な作ったような声から、男か、女が、若いのか、年寄りなのかさえもだ。
相手の言葉に、彼女は同意した、まったくだと。
「そうじゃな、そなたの言う通り、美しい場所じゃ、似合わぬ
風が吹いて、相手の最初の言葉を彼女は、はっきりと聞く事ができなかった。
「大司教が厄介です、使えるのは王弟殿下でしょうか、いえ、もう一人、仮面の男、あれは、いかがなものか」
「タハミーネ殿ーっ」
どすどすと響く足音は王と彼のマントを持つ従者のものだ。
彼女は、はっとし、視線を向けた。
だが、そこには、すでにマントの主の姿はなかった。
何者かが動いておる、誰だ、見えぬ、魔道に通じているのか、こちらに気づいて結界を張っているのかもしれない。
いつもなら水晶の中に答えを見いだすことができるというのに、それができない。
体力が回復していないせいか、平原一帯に霧を起こし、パルス軍を昏迷させたのは成功だ、だが、その術のせいで思ったよりも体力を消耗したものだ。
そやつは自分の邪魔をしようとしているのか、敵か、味方か。
どこかの国の間者、いや、神に仕える者か、もしかすると、この認識自体が間違っているのかもしれない。だが、事は進んでいる、追い通りに、多少はままならぬこともある。
だが、それは仕方ないことだ。
今まで邪魔をしてきた者、国、すべてを闇に葬ってきた。
魔道師の術の前で、人は、王族も、民も無力な赤子のようなものだ。
(そう、思っているのか)
何かが、いや、声が、囁いた気がした。
思考を魔道師は止めた、何故なのか自分でもよくわからなかったが。
ほんの少し前、銀仮面が、ここに現れた。
事が思うように進まないので、苛ついているようだ、あの若造は自分の復讐に目を奪われていて周りを見ていない。
本当の敵は、すぐそばにいるというのに。
(蛇王ザッッハーク、今しばらく、お待ちください、あなたの復活は、必ず)
部屋の中で灰色の魔道師は己の信ずる神の復活を信じて、祈りの言葉を呟いた。
自分は馬に乗れるようにならなければ駄目だ、というか、いけない。
木桜美夜、彼女が決心したのは切実な問題からだ。
ここは不思議の国ではない、現実の国だ、アルスラーンの父、アンドラゴラスは行方不明、タハミーネは太った王様に籠の鳥のごとく幽閉されているというのはまあ小説やマンガで書かれていたが、だが、他の事はさっぱりだ。
裏ぎり者のカーラーンはいなかった。
いや、いたのだが、ルシタニアとの戦で王を守って名誉の死でなくなっていた。
似ているが、少し違う、それに自分は小説を読んで内容をかなりというか、おおよそは覚えていたはずだ、なのに。
(忘れている、思い出せない、まさか)
だが、そんなことは些細なことだ。
なぜなら、この数日の間に危険と遭遇してばかりで毎日がサバイバルゲームをしているような気分、デンジャラスで生きているのが不思議なくらいなのだ。
森の中で狼のような獣に襲われかけた。
仕掛けた罠、肉食の獣を追い込むための落とし穴に。
(穴の底には鋭い槍だ)
街へ出かけたら奴隷商人に捕まりそうになったり、妖しい男に声をかけられたり、だが、 それもエラムとアルスラーンのおかげで助かった。
平和ぼけした日本人なら死んでも不思議はない。
その為には通行手段の馬になれておこう
「乗馬の稽古ですか」
「暇な時でいいから教えて欲しいと思って、いや、その、あなたの都合の良いときで良いんです」
正直、まだ慣れていないし苦手だ、だが、そんなことをいってはいられない。
上達の近道は熟練者、上手な人間に教わることだ。
そう考えるとダリューンという人物は最適に思えた。
なんといっても隊長だったのだ、馬を操れば疾風のごとくだ。
乗馬を教えて欲しいと言われ、ダリューンは正直迷った。
初めて彼女が馬に乗ったときはアルスラーンよりもひどかったからだ。
だが、しばらくして、彼女の方から乗馬を教えてほしいと真剣な顔つきで言われてしまい迷いながらも承知したのは自分でも不思議だった。
最初の三日ほどは安全を兼ねて、二人で乗ることにした、基本が大切だからだ。
彼女の国には馬はいるが、高価な生き物で彼女自身が乗馬の経験は一度もないという。
だが、この熱心さはたいしたものだと感心せずにはいられなかった。
(緊張するな)
女性と接する機会が、あまりない為、ダリューンにとって最初は緊張の連続だった。
幼いアルスラーンを乗せて二人で遠乗りに出かけたことはある。
(ええい、何故、こうもうまくいかぬ)
雲隠れしたアルスラーン一行の探索、だが、部下からの満足のいく報告は一つもない。
噂を聞きつけて、急いで部下を向かわせても、まったくの別人であったり、平民達の金ほしさの嘘ということもあった。
こうなったら自分が直接値で剥いたほうがいいと銀仮面は考えた。
兵士を連れて行くよりも一人の方が身軽に動けるし、怪しまれることもない、それに剣の腕前は、あのダリューンと、いや、奴以上だという自信があった。
だが、ふと鏡に映る自分を見て彼は考えた。
この仮面は目立つ、夜ならば誤魔化しもきくだろう、だが、昼間は。
自分がギスカールの下で動いていることを知っている者が見たら。
仮面の男は考えた、何かいい方法はないかと。