オヤジ、髭が好きなので、逆ハー、大人情事有りです。
金が必要だということに木桜美夜は気づいた、いや、しばらく前からなんとかしなければいけないと思ってはいたのだが、正直なところ、かってのわからない知らない場所でどうすればいいのかと途方にくれていたのだ。
だが、これだけははっきりしている、どこにいても先立つものがなくては身動きもできないのが現実だ。
アルスラーンに出会うまでの道中は色々とあったが、資金は数枚の金貨をタハミーネの侍女が持たせてくれた、数枚の金貨だったが役にたった、少しだが、まだ残っている。
だが、これから先、何かあるのかわかからない。
そして、一番の問題、このまま、アルスラーン達と一緒にいても駄目だと思ったのだ。
腕力がないのは女なのでしかたがない、自分が魔法使いとか、まるで映画の主人公、ヒロインなら、都合のよい幸運が舞い込んで、だが、その可能性はない。
現実だと、改めて認識した、同時に自分は厄介者だ。
馬にはなんとか乗れるようになったが、それでも不安がある。
剣を持って戦うというのも論外だ、相手が本気で殺そうとしてきたら、簡単に殺されてしまうだろう。
母親の様子を知らせてきた自分に対してアルスラーンは好意的だと思う、だが、それにずっと甘えているというのは、正直、気が重くなる。
(何か良い方法、これといった道がないかしら)
ここを離れて、ルシタニア国を出ようかとも考えたが、道中には山賊や追いはぎも出るという、ファランギース、ギーブの話を聞くと危険が、いつ降りかかってくるかわからない、考えれば考えるほど迷うし、一寸先は闇であるという言葉の意味を改めて実感した。
「なっ、これはうまい、美夜殿が作ったのか」
鉄板の上で焼いた穀物の粉は平べったくてパンのように見える、その上には野菜、肉、魚などが乗っている。
初めて口にする異国の食べ物にダリューンだけでなく、他の者達も驚いたようだ。
特にエラムは興味深げだ、ブタン皆の食事を作っているだけに興味があるのだろう。
「味付けも変わっていますね、今までたべた事がないです、でも美味しい」
「初めてだよ、こんな味」
アルスラーンだけでなく、色々な国を旅して珍しいものを食べた事のあるギーヴやファランギースも気に入ったようだ。
「どうかな異国の食べ物って、ルシタニアの人間に受け入れられると思う」
この一言に、その場にいた全員が無言になった。
ルシタニア市中を歩く、その男は片目に眼帯をしていた。
雑談をしている輩のそばを通る時は耳を傾け、視線を伺うように通りや怪しげな店に配りながらだ、だが、それだけでは駄目だ。
物売り達が集まる、店の集まった通りは情報を得るには格好の場所だ。
突然、声をかけられた男は驚いた。
振り返ると見たことのない女が大きな皿を持って自分に差し出したのだ。
「よかったら一つどうぞ」
売りつけようというのか、相手を見ろ、腹など減っていない、金など払わんぞ怒ったように女を睨みつけた。
すると、試食だと女が笑った、言葉の意味が、すぐにはわからなかった。
「おい、あんた本当に、これ、ただで食っていいのか」
近づいて来た一人の男が女に声をかけた。
「今日だけです、その代わり、宣伝してください、近いうちに店を出します」
「本当かい、おい、おまえらも来いよ」
その言葉に、周りでは何事かと遠巻きにしていた人々がゆっくりと近づいて来た。
「異国の食べ物かい」
「本当に、ただで食べてもいいのかい」
この様子を建物の陰から、こっそりと見ていた者達がいた。
「なかなかの人気のようですな」
頷いた少年は、ほっとしたように息をついたが、だが、それは別のもの、不安そうな表情に変わった。
「大丈夫だろうか」
「殿下、先にお戻りください、このダリューンが見張っております」
すると少年は首を振った。
「心配なんだ、もう少し」
「わかりました」
ダリューンは頷き、視線を戻した。
(異国の食べ物だと)
初めて口にした味だが、まずくはない。
宮中と戦場では味わえない感触に眼帯の男は正直、驚いた。
「おい、女」
男が何か言いかけたとき、人混みの奥から売り切れだよーと少年の声が響き渡った。
「美夜、ピザの材料、ネタぎれだよ」
「仕方ない、ドーナツは、エラム」
「それなら、あと少し」
「よし、ピザ終わり、変更して、大急ぎで粉を練って」
少年はわかったと店の奥に走って行く、共に人混みの中に向かう女の後ろ姿に眼帯の男は歩き出したが、また声をかけられた。
「よかったら、これも食べてみてください」。
にっこりと笑いながら自分に差し出したのは茶色の丸い食べ物だ。
「ドーナツです」
一瞬、男はあっけにとられ、何か言おうと口を開いたが、言葉が出てこなかった。
紙に包まれたものを握らせる女の手が、自分の手に重なったのは、ほんの一瞬だった。
一応の形式とはいえ、戦はルシタニアの勝利という形で終わっている。
その為か近隣の国からも旅人が入国している、だが、その殆どが商人や貴族だ。
勿論、身分を隠した者も中はいるだろう。
中にはイノケンティス王に貢ぎ者を抱えてきた使者もいた。
老人は大きく目を見開き、自分の視界に入った、一人の人間を見た。
建物でも人でも、何でもよく見てしまうのは、自分の職業柄のせいかもしれない。
あの者は明らかにルシタニアや近隣の国の人間ではない、では、どこの国から来たのだろう、異国の物を、この国で見るのは初めてだ。
だが、不思議な事に、女が周りの人々に食べものを配り、話をして笑っている姿を見ると老人は不思議な気持ちになった。
ふと、脳裏に浮かんだのは亡き人の言葉だ。
(描いたのだ)
画聖と呼ばれた師が亡くなったのは随分と昔のことだ。
師は色々な事を教えてくれた。
老人は目を閉じた、何故か,そのとき、浮かんだのは師の描いた絵だ。
誰にも見せたことがないと掠れた声で呟いた、亡くなる間際、燃やしてくれと言った。
何故なのかわからなかったが、自分は、その言葉を。
(これは私の宝、誰のものでもない、わたしだけのものなのだ、たぶん、許してくれるだろう、持っていきたいのだ)
あの絵は、燃えたはずなのに、なくなったのに、見る事はできないのに。
どうして、ここに、目の前に、
不思議なことに涙がこぼれた、理由がわからず、自身に問いかけたが答えなどわかる筈もなかった。