アルスラーン一行から離れたか。
悩んだ末の結果です。
アルスラーンの場合
ダリューン、まだ先の事なんだけど、と前置きされて話しかけられてダリューンは不思議に思った。
「パルス復興させて国を立て直すというのは大変だ」
「殿下、その為に、このダリューンも微力ながら」
「わかっている、だけど、僕の言いたいのは」
先ほどから殿下は何を言おうとしているのか、正直、ダリューンにはわかりかねた。
いや、これだけははっきりしている、それは他の者には聞かれたくないということだ。
だから、こうして剣の鍛錬の最中、休憩をしている周りに誰もいない時を見計らって自分に話そうとしているのだ。
「王になると、やはり、王妃、結婚はしなければならないよね」
「勿論です、それが国を支えて」
ここまできてダリューンは、はっとした、もしかして。
アルスラーンだけではない、皆が国を立て直そうと必死になっている。
だが、それだけは駄目なのだ。
どんな駿馬でも、ずっと走り続けることはできない、息切れして倒れてしまう。
「もしかして気になる女性でも」
「ダ、ダリューン」
顔を赤らめて否定す様子は、はい、そうですと言っているようなものだ。
「僕は未熟だ」
その様子から、今、聞き出すことは無理なように思える。
最近になってアルスラーンは変わってきた、必死に成長しようとしているのだ。
(それにしても、相手は)
最近はエラムと一緒に街へ出かけることも多いので、そこで女性と出会ったのだろうか。
年頃になれば娼婦を買う若者もいるが、アルスラーンに、それはない。
王族ということもあるが、子供の頃から城での生活だ。
街へ、外出するというのも最近になってからなのだ。
だが、ダリューンは、まだ知らなかった、自分の主君が恋している相手を。
そしてしばらくして少年の心、その事実を知った後、彼は悶絶しそうなくらい驚くのだが、それは、まだ先のことである。
ナルサスとダリューンの会話」
異国の女性が未来の宮廷画家になれば良いのではないか。
それはギーヴにしてみれば軽い冗談のつもりだった。
ファランギースに言わせれば、口から生まれたのではないかと言われたりするのだから、冗談交じりのからかい言葉に意味などないと周りの者達は思っただろう。
だが、これを聞いたナルサスが気を悪くしたようだ。
表面上はニコニコとしているが、面倒な事になりそうだとダリューンは心配した。
だが、それはあっけないほどに、そして面倒を引き起こした。
異国の女の対象が絵だけでなく、思想、芸術全般にも知識が振ることを知るとナルサスの態度は変わった、それは手のひらを返したようにだ。
「どこに行ってたんだ」
その日の夕方、異国の女と二人で戻ってきたナルサスを見て、ダリューンは驚いた。
二人は山ほどの埃まみれの本を抱えていたからだ。
話を聞くと街中を焼き尽くそうとした際、パルスの医者、芸術家達が隠した書物を見つけたということらしい。
金を出しても買えない、これは宝物よと女の言葉にナルサスも深く同意する。
「どうしたんだ、いきなり」
皆の自分を見る視線から、ナルサスは察したようだった。
「芸術に理解ある者同士、通じるものがあるのだ、ダリューン、おまえの頭では理解できないだろうがな」
その言葉にダリューンの額に深い皺が刻まれた。
「殿下、パルス復興の暁には劇場や図書館など、いかがでしょう」
いきなり、話の矛先を向けられて、予想もしない言葉、アルスラーンが目を丸くして驚いたのも無理はない。
「人が生きる為に芸術は不可欠、本当に、とても有意義で心に響く、あなたの言葉は」
まるで、役者のような陶酔ぶりだ。
「殿下、まともに聞いていたら○○をみます」
「ダリューン、おぬし、心の余裕がなさ過ぎる」
「心に響く言葉とは、ナルサス、彼女が言ったのか」
「そうです、異国の文化を彼女の言葉で聞き、知ることができて、私は感慨に震えています」
「殿下、脇が甘すぎます」
「うむ」
「それでは敵につけいる隙を与えているようなものです」
振り下ろされる剣を、なんとか受け止めようとするアルスラーンだった。
必死に応戦するが、なかなかうまくいかない。
その日、ダリューンの稽古はいつもと違いとても厳しいものだった。
原因はわかっていた、ナルサスのせいだ、だが、今までダリューンは芸術音痴と言われても軽く流していた。
というか、ナルサスの言葉など、ただの嫌み、戯れ言と気にもしなかったのに。
だが、アルスラーンが本当の理由を知るのは、まだ先のことである。
「色々、悩んだ結果と答え」
この数日、彼女はエラムといる事が多い、そのことにアルスラーンは不安を感じていた。
二人が仲良くなることはいい、嬉しいことだと思っていた。
最初、彼女が自分達の前に現れたとき、エラムは彼女のことを敵の間者かもしれないとナルサス同様、疑っていて、そっけない態度をとっていたくらいなのだから。
それに二人が話している内容というのは、殆ど料理のことばかりだ。
数日前、彼女が作った自国の食べ物、材料がすべてそろう訳ではないので、そっくりの味というわけにはいかないが、料理を作ってくれた。
初めて食べるものばかりだった。
穀物を練って中に果物を煮詰めたジャムという保存食を詰めて油で揚げた菓子。
肉や野菜を穀物で作った麺を煮込んだもの、ラーメンというらしい。
異国の料理ということでエラムは驚いて彼女に作り方を習ったり、こちらの料理を教えたりしている。
食事の支度も二人ですることが多くなった。
そして、これはアルスラーンには意外だったが。
彼女は肴を作るようになった、酒のつまみだ。
これにはギーヴだけでなく、ダリューンやナルサス、ファランギースも喜んだ。
褒められると嬉しくなるのは当然だ。
だが、品数も少しずつ増えて、料理の味もだんだんとかわってくる、美味しくなってくると、彼女は驚くようなことを言い出した。
「殿下、どうされました、何か気になることでも」
「ダリューン」
「心配ですか」
何を心配しているのか、彼はわかっているのだ、いつもそばにいるのだから。
それなのに、わかっているくせにと言えなかった。
「街で屋台を開いて、商売を始めようと思うの」
数日前、彼女が言い出したとき、周りは驚いた。
だが、しばらくすると、ナルサスやギーヴ、ファランギースが良いことではないかと言い出したのだ。
アルスラーンが意外に思ったのはダリューンも、皆の意見に賛同したことだ。
「彼女なりに考えているのですよ、このまま、我々と共にいては足手まといだと」
「そんな、ダリューン、おまえも、彼女のことを」
アルスラーンは言葉を切った。
「今だって馬から落ちるし、森の中で迷子になる、他にも、その色々と」
色々、それはつまり、宮中育ちの坊ちゃんである自分よりもと言いかけてアルスラーンは黙りこんだ。
「殿下」
本人が聞いたら、どう思うだろうか。
いや、彼女は殿下よりは大人だ、だから、表面上は顔には出すことはないだろう。
しかし、自分より年下の少年に、こんな心配をされていると知れば、気分はよくないだろう、いや、落ち込むといったほうがいいかもしれない。
(御自分でも、わかっているのだろう)
だから、言い出したのだ。
「殿下、実は私めが、剣の稽古もつけております」
その日の夕食後、焚き火を囲みながら、明日の予定を確認した後、ファランギースが口にした一言にアルスラーンは驚いた。
神に仕える巫女でありながら、彼女は弓も短剣も使う、その腕前はかなりのものだ。
「馬を乗りこなすよりも、よろしいかと存じます」
(さすがだな)
そばで聞いていたナルサスは思った。
詳しい説明はなく、さらりと口にした彼女の一言には重みがあった。
巫女だから当然だが、余計なことは言わないのだ。
言葉には特別な響きがあるし、聞く者によって捉え方が違う。
彼女の言葉にアルスラーンは、ほっとしたように表情を和らげた。
宮中育ちの彼にとって神や神官の言葉は特別、いや、重く響くのだろう。
長剣や大剣を扱うとなると体格や男女の差があるので相手によってはとても不利になるが、短剣というのは女が扱うにし最適の武器だ。
「そうか」
「彼女を心配するお気持ちはわかります、ですが、馬に乗るのが苦手なら他の生き物、驢馬やラクダもおります」
「そ、そうだな」
「不安でしたら、あとはダリューン殿に夜の稽古をつけてもらえたらよろしいのではないのでしょうか」
アルスラーンはファランギースの顔を、まじまじと見た。
だが、この一言に周りの人間の顔が固まった。
「難しいのか、夜の稽古というのは」
はいと彼女は答えた、そして、とても大事ですと付け足すことを忘れなかった。
自分の隣で神妙な顔をした男にアルスラーンが声をかけた。
「ダリューン、頼む、彼女に夜の稽古というのを」
瞬間、バンと音がした、それはナルサスが持っていた本を力一杯、閉じた音だ。
皆の視線が、巫女に集まったが、その表情には言葉にしにくい、複雑な表情が浮かんでいた。
だが、彼女は平然と言葉を続けた。
「街で暮らすともなれば避けては通れぬことです、女が一人で物売りや商売をすれば目立ちます、しかも異国の女なら尚更、物珍しさで、夜になればいた不届き者が悪戯心をおこして」
このときになって、アルスラーンは自分の無知を知り顔を赤くした。
「殿下、わかっていて、彼女は自分で決めたのです」
そのとき、エラムと一緒に茶の入った盆を抱えて二人がやってきた。
場の空気を二人は感じ取ったらしい、するとファランギースは説明した。
「おぬしが街で男達に夜這いをかけられ、部屋に押し入ってきたらどうするか、殿下が心配しておるのじゃ」
「ああ、それは」
どんな説明をすればいいだろうと悩んだ顔は長くは続かなかった。
「大丈夫です、色々と考えていますよ」
「でも」
「女にも選ぶ権利はありますから」
「ほう、それで貴女の好みの男はどのようなタイプだ」
いつもなら異国の御婦人などと、からかうギーヴの口調が、今回ばかりは貴女という言い回しになったのは、場を少しでも明るくしようと思ったのかもしれない。
「背が高い、です」
きっぱりとした一言だ。
「肩幅がっしり」
「顔は」
ギーヴは尋ねた。
「私より、背が高いことです」
何故、そんな真剣な口調なのか、しかも、背が高いというところを繰り返し強調する。
「以前、付き合っていた男は低かったのか、背、身の丈が」
ギーヴの言葉に返事はなかった。
「苦労したのじゃな(男で)」
気の毒といわんばかりのファランギースの言葉に、良いこともあったんですという言葉が返ってきはた。
「○○が上手だと」
その言葉に。
「ぶっ」
「ゲホッ」
二人の男が茶を飲み込み、吹き出しそうになった。