三つ編みメガネドゥーチェは尊い。
アンツィオ高校とは、栃木県に所在する高等学校である。しかし、栃木県は海無し県であるため、静岡県の清水港を母港としている。そのため静岡県、愛知県出身の生徒は少なくない。
学生たちは、後先考えずにノリと勢いで陽気に目前の人生を謳歌する傾向にあり、入学時は真面目でも、いつのまにやらアンツィオの空気に染まってしまう恐怖の伝染性を秘めている。
食事と宴会に全力を尽くすイタリア人気質でもあり、食事の質は極めて高い。
アンツィオ高校の特徴を簡単に並べてみるとこんなところだろうか。
そんなアンツィオ高校の学園長室に俺、学園長、そして薄緑色の髪を後ろで三つ編みにして、大きめのメガネを掛けた少女が居る。
「以前も言ったが、君達二人にはアンツィオ高校の戦車道チームを立て直して欲しい。必要なものがあるならその都度伝えてください。要望にはできるだけ答えることを約束しましょう。あ、お金が掛かることはちょっと難しいという事は分かってくださいね。それでは、これからよろしくお願いします。安斎千代美さん。
「はい」
「はい」
俺が今年から通うことになる高校、アンツィオ高校の学園長が俺と俺の隣に居る少女に向けて語り掛け、俺と少女はそれに答えるように返事をする。
「ま、後は若い二人でよろしくやって下さい。今日はこれで解散です」
学園長よ、その言い方は色々と含みがあるように聞こえるから問題があると思う。
学園長はそれだけ言うと席を立ち、学園長室から出て行った。
ところで話は変わるが、俺は今の今までずーっと我慢してきていたのだ。
原因は隣に立っている一人の少女。
学園長が彼女の紹介をするよりも前に、彼女が部屋に入ってきた瞬間に俺は彼女が何者か分かった。
話しかけたかったが、さっきまでは学園長の話を聞いていたので自重していた。しかし、その学園長ももう居ない!
もう我慢できないぞ!
「安斎さん! 安斎千代美さん!」
「は、はい!?」
俺の突然の呼びかけに安斎さんは驚いたように返事をする。いや、彼女のメガネの向こう側にある瞳が僅かに見開かれていることから実際に驚いたのだろう。
「去年の戦車道大会中学生の部の試合見ました! 安斎さんの指揮するチームの戦術はいつも奇抜で、見ていてとても興奮します! それに戦車の動きから隊員たちの隊長である安斎さんに対する尊敬、信頼、親愛の念が感じられるみたいで、あなたがとても優秀な隊長であることがよーくわかりました!」
「え? あ、はあ……。ありがとうございます?」
彼女の名前は安斎千代美。
中学生時代に彼女が率いた戦車道チームは決して強力な戦車を揃えていたわけではないにもかかわらず大会で非常に優秀な成績を残した。
戦車道において、人間の能力に加えて戦車の性能という物は試合を左右する大きな要因となる。言ってしまえば強い戦車を揃えたチームはとても強いのだ。また、人間を育てるよりお金を出して強い戦車を買いそろえる方が圧倒的に楽であるという事も大きいだろう。
だが、安斎さんは戦車の性能ではなく、人間の能力をフルに活用することで厳しいと思われた試合に勝って来たのだ。もちろん、その勝利は隊員一人一人の努力の賜物であるのは事実だが、その隊員を率いた安斎さんの隊長としての能力がピカイチであるのもまた事実である。
そのことを知り、彼女の有能さに目を付けたアンツィオ高校の学園長はアンツィオ高校の戦車道チームを立て直すために直々にスカウトしたのだ。
彼女の見た目は三つ編み、眼鏡。戦車に関係が無い場所で彼女のことを見れば十人中十人が物静かな文学少女であると断じるだろう。
しかし、彼女が一度戦車に乗り込み、隊の先頭に立てば見事な策を弄じ、彼女を信頼する部下達と共に手ごわい相手を倒していく戦乙女となるのだ。
「あ、失礼しました。さっき学園長が言っていましたが、俺の名前は膝井工太郎です。これから三年間一緒に頑張りましょう!」
「は、はい。安斎千代美です。こちらこそよろしくお願いします」
オロオロした安斎さんを見ると自分が興奮し過ぎていたことに気が付き、冷静になり自己紹介をする。しかし、自己紹介をしていく内に再びテンションが上がってきてしまったみたいだ。
俺は安斎さんの手を握りブンブンと振る。
俺の怒涛の畳みかけに安斎さんは目を白黒とさせている。
「買い直した方がましってレベルじゃない限り、戦車ならどんな戦車でも直す自信があるよ! どんだけ戦車を壊しても心配しないでください!」
安斎さんが戦車道チームを引っ張る隊長としてスカウトされたのなら、俺は戦車道チームを戦車の整備の面から手助けを行うためにスカウトされたのだ。
俺は戦車道が好きだ。
戦車を動かす可憐な女性達が好きだ。
だが、それ以上に戦車が大好きだ!
幼いころから戦車という武骨な鉄の塊は何故か俺の心を惹いて止まなかった。軽戦車も中戦車も重戦車も駆逐戦車も自走砲も豆戦車もみんな大好きだ。
そんな俺が戦車を整備出来るようになりたいと思うようになるまでそう時間は掛からなかった。
かつて熊本に住んでいた時、近所のおじさんが凄腕の整備士という話を聞いた俺は彼に頼みこんで弟子にしてもらった。俺はおじさんのことを師匠と呼び、小学一年から六年までの六年間ほぼ毎日師匠の家を訪れては戦車の整備の仕方を教えてもらった。
教えてもらったことは戦車の整備だけではなく、戦車ごとの特徴や性格、整備をする時の心構えやちょっとしたコツから気難しい女性を口説き落とす方法まで。師匠には本当に色々なことを教わったものだ。
小学校を卒業するころには師匠から整備士としてのお墨付きを貰うことが出来た。技術の面ではまだまだ未熟な部分も多々あったが、知識の面では師匠も感心するほどだったことは密かな自慢である。
中学入学と同時に俺は親の仕事の関係で熊本から愛知へと引っ越すことになった。師匠が戦車整備の神様と呼ばれるようなすごい人だという事を知ったのは愛知に引っ越して来てからだった。
愛知では近くに師匠のような人は残念ながら居なかったため、戦車道チームを有する中学校や地元のクラブに自分の整備の腕を示したうえでお願いすることで戦車の整備をさせてもらった。
最初は近所のチームの戦車の整備のみを行っていたのだが、いつの間にか遠方まで俺の整備の腕が伝わったようで色々な学校やチームから整備や修理の依頼が来るようになった。
それはとてもありがたいことだった。何故なら俺は戦車を弄れるだけで幸せだったのだから。
そうして中学三年間を過ごしているとアンツィオ高校の学園長の目に留まり、アンツィオ高校戦車道チームの整備士としてスカウトされたのだ。
「これからアンツィオの戦車道を盛り上げて行こう! おー!」
「おー?」
俺の振りあげた手に釣られるようにして安斎さんも拳を天に突き出した。
俺と安斎さんで現在履修者数名の戦車道チームをどれだけ立ち直らせることが出来るのか。正直全く想像がつかないし、もしかしたら何もすることが出来ずに三年間を過ごしてしまうかもしれない。
いずれは履修者の数は数十人……も集まらないかもしれない。
いずれは強い戦車も、弱い戦車も、早い戦車も、遅い戦車も、そんな様々な戦車を有する……ことは出来ないかもしれない。
だけど、人がたくさん集まれば、安斎さんがみんなを束ねてみんなが安斎さんを支える様な良いチームが出来るという事は何故だか容易に想像が出来た。
それに、例え人が集まらなかったとしても、少なくとも俺は安斎さんのために戦車を直そう。安斎さんのために戦車を整備することが出来たら、それはそれはとても幸せなことだろう。
だって、俺は彼女の一ファンなのだから。