眩し過ぎて直視できない
俺とチヨがアンツィオ高校に入学してから早一年。一年間ずっと戦車道チームのために活動していれば、俺とチヨの仲が深くなるのも必然。ある時からか俺はチヨのことをチヨと呼ぶようになり、チヨは俺のことをコータローと呼ぶようになっていた。
一年生の三学期も大きな問題なく過ごすことができ、今は春休み。来週からは俺達も二年生だ。
「私達が戦車道チームの立て直しを始めてからもう一年……なのに……」
「ん?」
俺とチヨとでこれからのアンツィオ高校戦車道チームについての話し合いをしている所だ。会場は俺の家。チヨは学校の女子寮住まいのため、こういった集まりの時はいつも俺が借りているアパートでやることとなっていた。女子寮に男の俺が入ることは出来ないからな。
そんな話し合いが始まると、チヨは拳を強く握りしめ、ワナワナと震えながらそう呟いた。一息付いた所でチヨは一気に爆発する。
「なーんで履修者が私たち以外に増えないんだー!!」
「そりゃあ、決して強いとは言えない保有戦車、数少ない履修者、そして、大した実績も無い。わざわざ履修しようとは思わないよな」
俺がそう言うとチヨは「あぁ……うぅ……」と言いながらテーブルに突っ伏してしまう。
アンツィオ高校が保有する戦車はCV33やCV35のような豆戦車が半数を占め、まともに相手の戦車にダメージを与えることが出来る戦車はセモベンテが数両という有り様。M13/40中戦車も有るには有るのだが、過去の戦車道チームがパーツ取りに使ったようで、パーツを買い足さないと使うことは出来ない。
また、俺とチヨが入学した時には戦車道履修者は三年生が二人。二年生はなんと一人も居なかった。そして、三年生はとうとう卒業してしまい、現在の履修者は俺とチヨの二人だけになってしまった。チヨは二年生にして戦車道チームの隊長であるドゥーチェを襲名したことになる。
もちろん去年俺達がただ手をこまねいていた訳ではない。ビラ配りや掲示板への広告掲示による宣伝、教師陣に頼んで戦車道履修を勧めてもらったりした。だが、残念ながら俺達の同級生で戦車道を履修してくれる人は居なかった。
「なんとしても今年の一年生に履修してもらわないと……」
「だがまあ、俺達も何もしてこなかった訳じゃないさ。最初の頃は慣れない高校生活に戸惑っていたのもあるけど、先輩達からアンツィオの戦車道を教えてもらったじゃないか。アンツィオの歴史や技を受け継ぐことも大事なことだろ」
「まあ……そうだけど……」
アンツィオ高校の戦車道チームが得意とする、前進中のCV33が180度ターンして後ろの敵を攻撃できるようにするナポリターンなどの習得などが良い例だろう。
それに、同級生たちは戦車道の履修こそしてくれなかったものの、彼らには色々な援助を約束してもらえた。金属加工部の友人からは彼らが作ったフライパンや鍋の提供を、農業科の友人からは新鮮な野菜のおすそ分けを、パスタ部の友人からは彼ら手製のオリジナルパスタの提供を、等々。
これだけしてもらったら彼等に文句など言えるはずがない。
「今年こそ新入生大量ゲットだ!」
「そうだな。だが、去年と同じことをやってもまた同じ結果になるだけだ」
「うっ……」
新入生にアピールするための戦車も、有名選手も、実績も無い。そうなると俺達に出来ることは……
「な、なんだ。そんなに私の顔を見つめて」
「チヨって可愛いよな」
「にゃっ!? にゃにを言っているんだお前は!」
彼女の良い所は長く付き合うことでその内面にあることが分かった。そして、自然と彼女の力になってあげたくなるのだ。これは彼女の魅力だろう。
だが、全く面識のない相手を引きつけるには彼女の外面は……その……少々地味すぎる。いや、三つ編みメガネのチヨはとても魅力的であるのだが、アンチィオ高校に入学した子たちを引きつけるためには不向きだろう。
しかし、チヨは可愛い。女性の優れた容姿に関してあまり惹かれることが無い俺でも彼女の容姿は魅力的であることははっきりと分かる。彼女の優れた容姿は人の目を引くための大きな武器となる。人の目を引くというのは人集めの基本だ。
……ちょっと試してみるか。
「……おい、コータロー。せめて何か言ってくれよ」
「ふっ!」
チヨが何か言ったのと同時に俺は素早く手を動かしてチヨの三つ編みほどく。
これは師匠から教えてもらった技の一つ『髪崩し』。目にもとまらぬ速さで女性の結った髪の毛を解く技だ。師匠はこの技でかつて、奥さんのガチガチに固められた三つ編みを解いた後に「君はストレートが一番似合うよ」と言って口説いたらしい。ちなみに奥さんはそれ以来髪型はストレートにしているらしい。
だが、チヨの場合は髪を解いただけではまだ足りない。机に備え付けられた引き出しにリボンがあることを思い出した俺はそれを取り出し、それを使ってチヨの髪をくくってツインテールにする。
これまた素早く、かつ相手に悟らせないように作業を終わらせる。この技は師匠が寝ている奥さんに気付かれないように髪を弄って楽しむための技『髪作り』だ。
「どや?」
俺はそう言って手鏡をチヨに向けて今の自分の髪型を見せてあげる。
「ん? って、なんじゃこりゃ!? 私の髪が!」
「アンチィオ高校戦車道チームには人を惹きつける魅力が足りない。そこで、チヨには戦車道を履修する理由になってもらう事にした」
「はあ? そんなこと出来る訳……」
「いや、出来る! チヨはとても魅力的だから絶対に出来る!」
「え……そ、そうかな」
チヨは照れくさそうに顔を逸らしながら俺が結ったツインテールを指で弄っている。
ここが攻めどころだ!
「後メガネはコンタクトにして、ついでにツインテールはドリルにしちゃうか」
若干趣味が入っていることは否定しない。
それは置いておいて、この見た目だとSっぽく見えるな。ああ、ちょうど良いものがある。
俺は友人に貰ってからしまいっぱなしだったある物を押し入れから持ってくる。そして、それをチヨに渡す。
「後はこれを持つんだ」
「な、なんでこんなものが家に…… まさか、そういう趣味が!」
「か、勘違いするなよ! これは友達が誕生日にネタでくれたアイテムだからな! 勘違いするなよ!」
チヨに渡した物は鞭。形は馬を叩く時に使う鞭に似ているものであるが、これを渡してきた友人曰くジョークグッズらしい。
「そいつを構えてポーズをとれば印象に残るだろ」
「大丈夫かなぁ」
チヨは鞭を両手で持ってぐにゃぐにゃと曲げながら懐疑的な表情をしている。
「大丈夫! こうすることでチヨ自身がアンツィオ高校戦車道チームの象徴になるんだ」
俺の尊敬するアニメの主人公も自身を象徴あるいは記号とすることで多くの人をまとめ上げていた。アニメの中の出来事とは言え、このことはあながち間違ったことではないと思う。そして、チヨにはそれが出来ると俺は思う。
「うーん、どうせなら象徴として分かり易い名前が欲しいよな……。安斎……千代美……。あん……ちよ……。あ、よし! チヨは今日からアンチョビだ! 戦車道の時はドゥーチェ・アンチョビって名乗るんだ!」
「えー! なんだそれ。恥ずかしいぞ……。だ、だったらコータローもそんな感じの渾名? を名乗れよ!」
どうやら自分だけ渾名で呼ばれるのは恥ずかしいらしい。とは言え、自分で自分の渾名を考えるというのは中々難しい。うーむ……。
「コータロー……工太郎……。いや、膝井……ひざ……そうだ! だったらお前は今日からピッツァだ!」
「ああ、あのピザピザピザピザピザピザピザピザピザピザここは? ヒザってやつか。なるほどな~」
「あの、そうネタを解説されると微妙に恥ずかしいんだが……」
そう言うとチヨは頬を赤く染めて恥ずかしそうに俯く。
ボソっと言ったダジャレを解説された感じだろうか。まあ、分かって言ったんですけどね。
「よし、それじゃあこれからチヨはアンチョビ、俺はピッツァだ! 俺達自身が戦車道チームの看板になって新入生をバンバン勧誘するぞ!」
「おー!」
それは新入生が入学してくるのを来週に控えたある日のこと。
アンツィオ高校の象徴アンチョビが生まれた日。
そして、主役のアンチョビを活かして、支える土台となるピッツァが生まれた日。
クゥ~
「あ、あはは……なんだかお腹が減って来ちゃったな。美味いパスタで何か作ってくれないか」
「はいはい」
チヨもすっかりアンツィオ高校での一年間でアンチィオの空気に染まってしまったな。
今日も話し合いというのはついでで家に夕飯食いに来たんじゃないのかと思ってしまう俺は悪くないはずだ。