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まほ、来校(前編)
戦車道大会は大洗女子学園が黒森峰学園を見事破って優勝を勝ち取った……らしい。らしい、と言うのはこの結果は人づてに聞いた事だからである。
本当なら俺達も大洗の応援に行ってその勇姿を直接この目で見るはずだったんだが……その、色々ごたごたしてしまって見ることが出来なかった。うん、本当に色々あったんだ……。
何はともあれ、優勝は俺達に勝った大洗の子たちなのだ。それはとても喜ばしいことじゃないか。うんうん。
大会も、その後の戦車の修理も終わらせた俺達はちょっとした非日常の日々から学生としての日常に戻っていった。
大会直前の緊張感から解放されたみんなも思い思いに勉強、遊び、趣味などの日常の日々を過ごしている。いや、あいつらは大会直前だろうがなんだろうがいつも通りノリと勢いで生きているから、緊張なんてしていなかったか。
ところで、学生としての本分は勉強な訳で、戦車道の練習に集中していたために勉強を疎かにしていた人達はテスト直前になってヒイヒイ言いながら期末テストを乗り越えていた。その中に我らがドゥーチェも含まれていたのは後輩の皆には内緒だ。
チヨは戦車道において素晴らしい作戦を考える優れた戦術家ではあるのだが、それと学校の勉強とでは必要な能力が違うのであろう。
チヨはアホの子とは言わないが、あまり勉強が出来る方ではないのである。
俺? 俺は普段からコツコツ勉強するタイプだから、学年上位を狙うならともかく、定期テストの追試に引っ掛からないようにする程度余裕のよっちゃんだ。テスト前にヒイヒイ言ってたドゥーチェはワシが育てたと言っても過言ではないじゃろう。
それがついこの間までのお話。
長く辛いテストが終わると、やって来るのは学生達の癒しとも言える時間、夏休みだ。
三年生で大学受験を控えている俺達は夏休みを遊び倒すという訳にはいかないが、少し位の息抜きは出来る。
長期休暇の間、学園艦は母校である清水港に帰港している。そのため、多くの学生たちは陸にある各々の実家へ帰省している。その例に漏れずに俺達戦車道チームも帰省しているのかというと……
「はい! 鉄板ナポリタンお待ち!」
「わー! とっても、美味しそう!」
鉄板ナポリタンを売っていた。
「いやー、やっぱ夏休みは沢山売れるッスね!」
「ああ。稼げる時に稼いでおかないとな」
アンツィオ高校の学園艦施設にはスペイン階段風階段、三神変形合体教会、トレヴィーノの泉などイタリアにあるそれっぽい建造物が揃い、テーマパークみたいになっている。
他にも日伊友好の記念として贈られたポンペイの巨大宮殿の石柱(本物)、イライラした時に思いっきり叫んだり、オペラ上演もやるパンテオンや戦車道訓練場兼運動場兼舞台兼お祭り広場であるコロッセオもあり、街並みもローマのそれなため、イタリア気分を味わいたい多くの観光客が訪れるのだ。
しかも、今は夏休み。普通の観光客が多いのは当然として、来年アンツィオ高校に入学を考え、見学に来た中学生とその親も普段より多く来校する。
さらに、夏休みということでアンツィオ生の多くは帰省している。そうすると、いつもなら多くの露店が並ぶ屋台街も、その数は普段よりずっと少ない。
この二つの条件によって、客の入りがいつもより多くなるのだ。
他の部活動等とは違い、戦車道はその性質上とてつもない額のお金が必要となる。
パーツを買い換えるにしても、燃料弾薬を補給するにしても、そして、新しい戦車を買うにしても。
政府から多少の補助金は出ているが、それでも多くのお金が必要である事実は変わらない。
そのため、俺達戦車道チームは夏休み返上でお金稼ぎである。
「この調子だと夏休みの間の稼ぎだけでタンケッテが買えるッスね!」
「これ以上
せめて、
ちなみに、ペパロニはナポリタン作りの担当だ。彼女が作るナポリタンが一番美味いというのは戦車道履修者で知らない者は居ない。
「私にも一つ頼む」
「はいよ!」
と、また一人客が来たようだ。ペパロニが対応している。
ペパロニがアンツィオ特製ナポリタンの簡単な作り方を客に話しながら手際よく作っていく。
俺の仕事は彼女のナポリタンが完成するのと同時に仕上げの卵焼きを完成させ、ナポリタンの上に載せること。タイミングが命。
……オリーブ油はケチケチしなーい
……ひき肉はたっぷりと
……アンツィオ特製トマトソース合わせたら
今です!
ペパロニが鉄板の上にナポリタンを盛り付けると同時に、俺は良い具合に火が通った卵焼きをナポリタンの上に被せるように載せる。
完成した鉄板ナポリタンをお客さんに手渡しておしまいだ。
「はい! 鉄板ナポリタンお待ち! って、ん!?」
「ありがとう」
いつもと同じように鉄板ナポリタンを手渡して、その時に初めて客の顔を見る。すると、その客は俺のよく知る人物だということに気がついた。
「まほちゃんじゃん」
「今気が付いたのか。久しぶりだな、コウ」
彼女は西住まほ。
戦車道の強豪校、黒森峰学園戦車道チームの隊長を務める女性であり、日本で最も有名な戦車道家元の一つ、西住流を受け継ぐ西住家の娘なのだ。
だが、俺にとって彼女はそれだけの人物ではない。彼女は俺が尊敬して止まない師匠の二人の娘の内の姉の方である。
西住姉妹が行くから俺も黒森峰を目指そうと思うくらいには彼女達との付き合いは長く深い。
「それで、今日は観光か? まさか、
俺は「あっはっはー」と笑いながらまほにアンツィオ来校の理由を聞いてみた。
「アンツィオには一度来てみたかったんだ。ついでにコウの様子も見てやろうと思ってな」
「そいつは光栄だね」
まほちゃんは俺のかーちゃんか何かか? なんて思わないでもないが、別嬪さんに気にかけてもらうというのは悪い気はしないね。
「当然だ。コウは私の(専属整備士)だからな」
「まだそう言ってくれるのか。うれしいねぇ……」
俺が小さいときから戦車の整備の仕方を学んでいたと言うのなら、まほちゃんは戦車道家元の娘として戦車道を小さい頃から修めていた。
そんなまほちゃんはかつて、整備の勉強をしていた俺に「コウは私とみほの専属整備士にするぞ」と、言ってくれたのだ。
整備士にとって専属になるというのはとても名誉なことなのだ。それも優秀な戦車乗りともなれば尚のこと。
その技術を認めて、自分の戦車だけを見て欲しいと言うことなのだから、それは一種のプロポーズと言っても良いだろう。
当時の俺はまほちゃんの申し出にたいそう喜んだものだ。
懐かしいな……小学三年生位のことだったか。
だが、結局俺はアンツィオ高校に入学することになり、彼女との約束を果たすことはまだ出来ていない。
小さい頃の口約束とは言え、結果的にだが彼女との約束を果たす絶好の機会をふいにしてしまったのも事実。
そんな俺をまだ専属整備士と言ってくれるまほちゃんに対し、ありがたいと思いつつも申し訳なく思ってしまう。
「まさしくこれが、(整備士)冥利に尽きるってやつだな」
「そうか」
そんな風にまほちゃんと話していると、客の流れが途絶えていることに気が付いた。昼時も過ぎて食べ物を求める人が減ったのだろう。
ちょうど良いのでまほちゃんにアンツィオ高校の案内でもしてあげよう。
「ペパロニ、俺はちょっとこの人を案内するからしばらく店頼むわ。代わりにそこら辺にいる後輩捕まえて応援にやるからさ」
「……あ、はい! い、いってらっしゃいッス」
ペパロニは何を焦っているんだと少し疑問に思ったが、深く考えることはなく、「頼んだぞ」と彼女に伝えて俺はまほちゃんを連れて歩き始めた。
「た、大変ッス……姐さんに伝えないと!」
工太郎の姿が見えなくなってから、そう呟いたペパロニ。
料理人の証である白い帽子を頭から外し、彼女が姐さんと呼んで慕う少女のもとへと駆け出した。
工太郎に応援として召集された後輩の少女は本来居るはずのベパロニが居らず、一人で店を切り盛りするはめになったのは余談である。
次回も少し間が開きます
追記
そんなことはなかった