俺と妻たちの喫茶店物語 作:仮面記者
ここは、地球とは違う世界に存在する惑星ミッドチルダ。魔法科学文明が栄えたこの星に在る一番の大都市『クラナガン』。
この大都市には多くの店や家が立ち並ぶが、その中でヒッソリと住宅街の中に一件の喫茶店が開店している。
その喫茶店の名は『BAUM』、その由来は店主が最も得意なケーキである。
この喫茶店は取材拒否で有名な店、外観や商品などを撮る自体は自由だが、ネットや雑誌新聞などに掲載すると即座に削除、回収されることでも有名な店である。
この店にはお忍びでかの【エースオブエース】高町なのはや、有名な執務官の代表であるフェイト・T・ハラオウン、さらには若くして提督となったことで一躍注目を浴びたことのあるクロノ・ハラオウンまで通い詰めていることがクチコミで広まっている。
更に更に、この店の店主はまだ20過ぎたばかりの若いイケメン男性ということが女性からの人気を呼び、店員にいる二人の美女が男性からの人気を呼んでいる。
だがまぁ、少しばかりの下心を抱えて来店したものたちは無情な現実に撃ち滅ぼされ、そしてこの店のケーキに改めて魅了され、通い詰めるようになる。
喫茶BAUM、訪れる客へ純粋に美味しい品を振る舞う隠れ家的なこの店で、店主の【御影涼】は一人の常連客とカウンター越しに会話をしていた。
「なぁ兄ちゃん、俺はこのクラナガンでいろんなバウムクーヘンを食ってきたんだが、やっぱりここのが一番うまいんだよ」
「そいつは光栄だ、これからも御贔屓にしてもらえると嬉しいねぇ」
「当然さ――だがよ、ここのバウムクーヘンと、他のバウムクーヘンじゃあ何が違うんだ? 兄ちゃん、何か他では使わないようなものを使ってたりはしないのか?」
客の疑問にフッと不敵な笑みを浮かべる彼は、声高に告げる。
「使ってるさ――とびっきり特別なものをな」
「おお、やっぱりか! どんなものなんだ、少しだけでいいから教えてくれよ」
「しょうがないなぁ……それはな――」
涼の言葉に周囲の空気は一瞬張り詰める。
皆を虜にして止まない喫茶BAUMの看板商品バウムクーヘン、その隠された特別なものとは何か――
「――友情と努力、そして果てのない勝利だ!」
「……ええ!?」
店内の空気は一瞬で沈む。
客の中には『ズコー!』と声をあげて崩れ落ちる者もいる。
それもそうか、少なくとも彼が述べた三つはバウムクーヘンの秘密とは何ら一切関係がないのだから、客たちの落胆は当然のモノだろう。
「なんだよ兄ちゃん、もしかしてマジでいってたりしねぇよな?」
「マジマジ、リョウサン、ウソツカナイ」
とぼけるように肩をすくめる彼に対し、興をそがれたように苦笑いをする男性。
そんな涼の背後から一人の短い金髪の女性が拳を振りかぶり、即座のそれを彼の頭にたたき落とした。
「お客さんにデタラメを自慢げに語るなっ、このバカ涼!」
「いってぇ! 今日もいい拳してるなぁ……【アリサ】」
「アンタみたいなバカを叩き続けてたら自然と拳も強くなるわよ、最近パソコン叩いたら画面割れたのよ? 怪我しなかったのにはさすがに驚いたけど」
「えっちょっとアリサ、手大丈夫なのか? 俺それ聞いてないんだけど」
「大丈夫じゃなかったら包帯巻いてとっくに病院行ってるわよ。無事だったからこうして文句言ってんの」
アリサと呼ばれた女性の手をペタペタと何度も何度も確かめるように触り続ける涼へ、彼女は再び空いている手で拳を落とす。
美しくて細い白い指を一切損なわないながらも、だんだんと自身の手が人間離れの力をたたき出し始めたことに複雑な心境を抱く彼女は、あきれた声で涼を軽く非難する。
「ハッハッハ、二人とも今日も仲睦まじいねぇ! ウチも見習わないとなぁ……」
「あら、最近奥さんとうまくいってないの?」
「いやぁ、恥ずかしいことにちっせぇことでまた喧嘩しちまってだなぁ……」
「喧嘩するほど仲がいいって言うじゃない、小さなことで喧嘩できるだけまだ幸せよ?」
「そっかぁ……俺はまだ幸せかぁ」
アリサは先ほどまで涼と会話していた客に優しさあふれる笑みでアドバイスを送る。
それは自身の両親がいまだ仲良くしている秘訣。
その秘訣を聞いた客は、満足そうな顔をして席を立つ。
「いい話を聴かせてもらったよ、ありがとな兄ちゃん、アリサちゃん」
「どういたしまして、今度は夫婦で是非ご来店を」
「ああ、次は女房誘って絶対に来るよ、これ代金丁度な」
「毎度あり!」
手を振って客を見送る涼とアリサ。
『そういえば』と手を叩いた彼は、アリサへと一つの問いを投げる。
「そういえば【すずか】はどこだ?」
「ん、確か買い出しに出かけてたわよ?」
「……いつ位から?」
「……行ってきなさい、一応すずかだったらそこらへんの不良位一人でどうにかしちゃいそうだけど」
アリサの言葉を聞いた涼は即座に店を出る。
一陣の風を巻きあげて一瞬で姿を消した夫に呆れを抱きながら、アリサは店内で二人のやり取りに注目していた客たちへ向かいこう告げた。
「さて、お会計希望の人はいる?」
***
紫の長い髪を揺らしながら買い物袋を抱える女性、すずかは買い出しの帰り近道の為に裏路地を通っていた。
しかしそれがいけなかったのか、彼女は複数の男たちに囲まれてしまった。
男たちの風貌はお世辞にも柄がいいとは言えず、絵に描いたようなアウトローでしかない。
「ねぇちゃん急いでどこに行くのさ?」
「俺らとあそばね? 荷物位だったら家に置かせてあげるからさぁ」
「家事とかで大変でしょ? ちょっといい気分になるもんあげるからさ!」
クラナガンは地球、日本のようにすごく治安がいいわけではない。
少しでも大きな通りなどから外れただけでも犯罪者が横行することがある。
彼らのような存在は割と多いのだ。
「えーと……私急いでるので」
「まぁまぁそういわないでさ」
「うーん……どうしようかなぁ」
すずかの表情は苦笑いと言うよりももはやドン引き。
どうしようかなの真意は『ぶっ飛ばしてもいいかな』である。
しかしそんな真意に気付かない彼らは彼女の言葉を好意的に勘違いする。
――だが、彼らは踏んではならない地雷をすでに踏んでいることに気付かなければならなかった。
このクラナガンの裏では犯罪者同士でも数多くのタブーがある。
曰く、魔王に不意打ちをするな。曰く、女騎士の管理局員には近接を挑むな。曰く、曰く、曰く。
その中でも現在最もホットなタブーが、『紫髪ロングと金髪短髪の女性には手を出すな』というもの。
それはなぜか、大変単純な理由だ。
「よう、ガキども」
「おう――って誰だアンタ」
「新入りか? いや、でも新入りらしくねぇな」
「……センパイ、ヤバイっすよ」
「……は、何が?」
「涼クン! この人たちがね、帰りたいのに邪魔してきてて……」
「この人――」
すずかにその名を呼ばれた男が群れるアウトローの一人に向かって拳を眼前に振るう。
的確に当たらないギリギリの距離を振り抜けた拳は一時的に突風を巻き起こす。
衝撃にアウトローの一人が尻もちをつくのに合わせ、他のアウトローがポツリと涼について語る。
「――S級のタブー『狗の拳鬼』……っす」
《!?》
「ほう、まだその名前知ってる奴がいるのか……」
涼についての二つ名に戦慄くアウトローたち。
彼は退職と共に棄てたと思ったその名前に何とも言えない顔を見せる。
「まぁいいか……んじゃあ丁寧に名乗らせてもらいますかね」
「喫茶店BAUM店主兼時空管理局民間協力者のリョウ・ミカゲだ。お前等最近名前上げ始めたっていうグループだろ、妻迎えに来たついでにしょっ引かせてもらう」
「……え、奥さん……?」
「うん、スズカ・ミカゲです。神妙にお縄よろしくお願いします」
『ヤバイ奴らに手を出した』と、彼らは服役時に語る。
『ミカゲの姓を持つ者に一切手を出すな、死を見るぞ』とも語られたそれは、裏世界のさらなるタブーとして広まることになるのだが、当の本人たちは知らない。
***
「お帰り、臨時休業にはしといたわよ」
「いやぁ、ワリィなアリサ。まさかゲンヤさんから廻ってきた情報の奴らだとは思わなくて……」
「ゴメンねアリサちゃん、私が裏道なんて使わなければもっと早く帰れたのに……」
日は既に暮かけ。
喫茶BAUMの店前で、管理局からの事情聴取を受け終わり帰ってきた涼とすずかを出迎えたのはアリサ。
涼から連絡がきたことで臨時休業にし、常連客の協力を貰いつつほぼ一人で清掃を終わらせていたのだ。
「すずかはちゃんと表の道で帰ってきなさい。それと涼、手加減はしたんでしょうね?」
「もちろん、流石にまだすずかが何もされてないから骨大体一本ずつ貰って来たぜ」
「……まぁ、脚とか手でしょうし、その位なら正当防衛ってことで大目に見てもらえるわよね?」
少しばかり頭を抑えるアリサに、申し訳なさそうな顔をする涼。
そんな二人を店兼自宅に押し込むように、すずかが近づく。
「アリサちゃん今日の晩御飯は何?」
「今日はハンバーグよ、豆腐多目の低カロリー」
「醤油ソースか? それともおろしポン酢?」
「好きな方で食べなさい、どっちも作ってあるから」
「やったぁアリサちゃん大好き!」
「はいはい、私もアンタたちのこと大好きよ」
このお話は、本来なら存在することがありえなかった御影涼という異物が紛れ込んだことで生まれた世界。
本来ならば地球で生活していたであろう、アリサ・バニングス、月村すずかの両名が、彼と言う伴侶とともに、惑星ミッドチルダで一件の喫茶店を営業する。
そんな日常の、他愛ない話である。
新しくなった嫁喫茶をどうぞよろしくお願いいたします。