俺と妻たちの喫茶店物語 作:仮面記者
夜も更け始めた頃、喫茶BAUMは今日も何事無く営業を終え、後は一部常連の来店を待つだけとなった。
その常連さん方は結構有名な面子ぞろいで、あまり普段の営業中に来ることが難しい。
故に通常営業時間を過ぎた後、その常連さん方専用の営業時間を作り、それまではのんびりと掃除をするだけになっている。
「ふあぁ……今日もよく働いたもんだなぁ……」
「何勝手に終わろうとしてんのよこのバカ、まだ片づけがまともに終わってないじゃない」
「涼クン、流石に後片付けはしっかりしないとだめだよ?」
アリサとすずかからは容赦のない言葉が俺に突き刺さってくる。
ただ背伸びをしてあくびかましただけだというのに、なぜこうもうちの奥さん二人はボロクソに俺のことを言ってくるのやら。
どこまでサボりたがりだと思われているのだろう。
「そうね、少なくとも小学生の時授業はほぼまともに出てなかったわ」
「管理局にいたころは書類仕事を上手くはぐらかして仕事が早い人に丸投げしてたって、はやてちゃんから聞いたよ?」
「私たちのミッドチルダでの住民登録もクロノさんに丸投げしてたってリンディさんから聞いたわ」
「そういえば町内会の会合で――「お許しください、私が悪かったです」――わかればいいのです」
二人が列挙し始めた俺のサボりエピソードがだんだん白熱し始めた空気を感じ、即座に土下座を決行。
この二人の連係プレーには一度たりとも俺は勝てたためしが無い。
こういった口でのやり取り然り、夫婦の営み然り。
「ほら、ちゃっちゃと片づけなさい」
「わかったわかった、ちゃんとやるから」
「――ねぇ二人とも、今日はあの人来るのかな?」
「んー、どうかしら。何か連絡来てないの?」
「来てないぞ、前に来た時は今日あたり来れそうって言ってたけどさ、あの人も管理局員だからふっつうに残業かもしれんし」
いつもこの時間に来る常連はほぼ全員が管理局の職員なのだが、その中でも結構高い頻度で来店する常連さんがいる。
かなり位の高い位置で働いているので、書類仕事も大変多く、来店予定の翌日に謝罪のメールが届くこともあるほど割と忙しい人。
実は俺が管理局員として働いてた頃に結構世話になった人でもある。
「わからないならくるって前提で用意していいんじゃない? 残っててもすずかが食べるでしょ」
「ヒドイよアリサちゃん! わたしそんな食いしん坊じゃないもん!」
「どの口が言うのよ、ワンホール食べておきながらまだ足りないとかいう癖に」
「うぐっ……そっその分運動してるからいいもん!」
その運動に付き合わされているのはもっぱら俺なんだが――という言葉は飲み込んでおく。
それに、運動しようがしまいがすずかの身体……というか、細胞? は少々特殊で、食事の不摂生程度では太ることはない。
それに比べアリサはあくまで体質的に太りづらいだけなので、ドカ食いなんてしてしまえばすぐに太ってしまう。
「アンタはどんなに食べても太らないでしょーがっ!」
「いひゃいいひゃいほアヒハひゃーん!」
……まぁわかってはいるのだろうが、結局すずかも女の子なのでそういうことが気になるのだろう。
実際に太らなくても太った気になってしまう、思い込みとは恐ろしい物だ。
とくにすずかは思い込みが身体に影響を及ぼしやすいらしい。
具体的には前に起こった妊娠騒動とか――やめよう、思い出してはいけない。
「――ん、噂をすれば、あの人来れそうだぞ」
「あら、じゃあコーヒーの準備でもしましょうか」
「じゃあ私ケーキ用意してるねー!」
「すずかはただ食べたいだけでしょ」
「あはは、ばれちゃったかな……」
机のセッティングをしながら、もはや見慣れた光景に笑みを浮かべる。
管理局で働いてた頃は想像もできなかった光景が今は当たり前のように広がっていることは感慨深い。
感傷に浸りつつ机と椅子を並べていると、ドアが開いたことを知らせるベルが鳴った。
「悪い、遅くなったな坊主!」
「いらっしゃい、まだお客さん専用開店時間入ったばっかだから大丈夫ですよ」
「そうか、毎度毎度こんな時間ばかり寄ってってすまねぇなぁ……」
申し訳なさからの苦笑いを浮かべながら、俺にコートの上着を預けるのは【ゲンヤ・ナカジマ】さん。
かのJS事件やマリアージュ事件で活躍した、元機動六課所属【スバル・ナカジマ】の義父であり、俺が世話になった人でもあり、俺たちの幼馴染で元機動六課部隊長【八神はやて】が尊敬するお人でもある。
そして、そのJS事件で機動六課と激しい戦いを繰り広げた【ナンバーズ】と呼ばれる人造人間達から更生の意志を持った子たちを――なんと四人も、養子として引き取ってしまうほど思い切りのいい人で……
いや、五人だったかな? スバルちゃんが拾ってきた【トーマ】という少年も面倒見ているはずだ。
スバルちゃんもギンガも、そしてナンバーズの面子も大変な大食らい集団で……管理局からの保護手当てだけじゃ足りない食費を頑張って稼いでるのだからゲンヤさんは本当にすごい人だよ。
「いやぁ、ここは職場から適度に近ぇから割と気軽に寄れるもんだ」
「そういうことを考えてここに店建てたんで、リラックスしてもらえて何よりですよ」
「はい、コーヒーをどうぞ」
「それと、こっちが新発売したばかりのケーキです!」
「おお、いつも悪いなぁ……」
元々は仕事帰りに寄れるような店って感じで建てたBAUM。
士郎さんを始めとした高町家からは仕事帰りの人が食べたくなるような甘さについて数年指導をもらったのだが、たった数年でここまで美味しいものが出せるとは、よっぽど士郎さん達の指導が上手だったのだろう。
なぜ美由紀姉さんはあの人たちに教えてもらっているにもかかわらずあんなものしか作れないのか……未だにわからない謎と言うのもあるものだ。
「ふむ、この新作もなかなかに美味しいじゃないか、俺は好きだぞ」
「よっしゃー! ほらどうだ、言ったろすずか!」
「ゲンヤさんみたいな初老の男性には好評……っと」
「なんだお前等、今日はやけにテンションたけぇじゃねぇか」
「いや、いつも通りだよ?」
「それもそうか! 坊主がテンション低いのなんて俺は一回たりとも見てねぇや!」
そうして他愛ない話と、管理局の機密に触れない程度の情報交換をしたあと、ゲンヤさんがそろそろお暇する時間になった。
「ゲンヤさん、そろそろ帰らないとギンガちゃんに小言言われますよ?」
「おお、そういえばそうだ、てっきりもう家に帰ってるもんだとばかり!」
「もう、しっかりしてください?」
ゲンヤさんが立ったのに合わせて上着を手渡す。
上着を着終わったゲンヤさんに、すずかが冷蔵庫からケーキを複数入れる箱を持たせた。
「いつものです、スバルちゃん達と食べてくださいね!」
「おお、いつもありがとうな。坊主、嫁取りの話考えてくれよ?」
「なーにを言いやがりますか、嫁さんの前でそんな話されてもされなくても断りますって」
「ちっ、今日も空振りかぁ」
ゲンヤさんはJS事件後からことあるごとにギンガやノーヴェといった娘たちを俺に嫁がせようとする。
『ミッドでなら一夫多妻だからどうにかなるだろ』とは言われたが、現状アリサとすずか以外の嫁を貰う気は毛頭ないので毎度お断りさせてもらっている。
「さて、流石にこれ以上長居するのはまずいな――ああ、最後に一つ、忠告だ坊主」
「……はい?」
「最近通り魔事件が頻発している。腕に優れた格闘家が狙われているらしい」
「……なるほどね、涼も狙われるかもって話ですね?」
「そうだ、お前さんは割と有名人だ。自分で思っている以上に、名前が売れてると思ったほうがいい」
「……わかりました、気を付けます」
「情報提供も待ってるぜ、元機動六課遊撃特殊部隊『ハウンド』隊長さん」
そう言い残し、ゲンヤさんは改めて店から去っていった。
……格闘家が狙われる事件、なるほど、確かに俺も標的に入っているだろう、間違いなく。
「大丈夫だよ涼クン、涼クンならなのはちゃんとかはやてちゃんが相手でもない限り、返り討ちにできるもん!」
「そうね、涼なら確かに勝てるのは間違いないわ。ただ襲われたらちゃんと言いなさい、いいわね?」
「……当然さ。でも退職してからは、時々来るザッフィーとくらいしか殴り合ってないからな、加減できるかは怪しいけど」
「骨は両腕両足一本ずつまで、復唱」
「骨は両腕両足一本ずつまで! 肝に銘じますアリサ様!」
ま、俺を殺りたきゃあ、なのはかはやてほどの砲台魔導士か、もしくはフェイトほどのスピード狂を持ってこいって話だから大丈夫か。
【通り魔Aさんに死亡フラグが立ちました】
両腕両足一本ずつだけなら骨折ることも目をつぶるアリサ様マジアリサ様。