撤退52日目 横須賀鎮守府
横須賀鎮守府は混雑していた。
南方での大規模撤退により、南方に展開していた大量の艦隊と人員はすべて本土へと緊急避難し、臨時で他の鎮守府に組み込まれていた。そのため設備は完全にキャパシティをオーバーしていたものの、来るべき深海棲艦大部隊の本土到達を阻止するために、日本近海は厳戒態勢になっており、連日、大量の艦隊が出撃していた。
本郷中佐が率いる艦隊も、ここの一角を間借りする形で大規模攻勢に対する策を練っていた。軽巡、大淀は本郷中佐の指揮の下、この横須賀鎮守府の一角で情報の調査を行っている。
彼女の目下の仕事は衛星写真の分析である。主に、放棄された基地の状況を調べるのが彼女の役目だった。
被害状況を調べるというのは辛い仕事でもある。
ついこのあいだまで、そこで生活していた大淀にとっては変わり果てた基地を見るのは忍びなかったが、基地設備が破壊されて戦死が1名のみに留まった大淀の基地はまだよかった。
深海棲艦の攻撃によって壊滅し、通信が途絶してしまった基地もあり、壊滅ではなく全滅した基地も、片手で数えれないほどの数に及んでいる。そうした基地の被害確認は見るに忍びなかった。衛星写真のはっきりとした、鮮明な画像で映し出しているのは破壊された基地と、回収し弔う人がいないまま朽ち果てる遺体しかないのだ。
さらに、基地が深海棲艦の拠点として再利用されるという点についても大淀らは調査しなくてはいけなかった。そのため、画像を1日ごとに見て確認するしかなかったのだ。
大淀は、ディスプレイに表示される画像をクリックし、拡大しては戻したりを繰り返し、日付を追って自らが所属していた基地の画像を見比べ続けていた。
そして、大淀はある違和感に気が付いた。
司令棟の写真を見ていて、その脇に停められていた車――物資の運搬用に使うトラックがある日から消えている事に気が付いた。
「そんな……」
大淀は絶句した。
それから、衛星写真を何度も何度も見比べ続けた。自分の目が間違っているか、何度も確認し続けた。
まず自分の目を疑った、次にメガネを疑い、最後にカメラを疑った。
そして、一つの事実に辿り着いた大淀は、わき目も触れずに内線電話をかけた。
「大淀です、大至急提督へ繋いで下さい。ええ、そうです。大至急です」
本郷提督の執務室には、艦娘が集められていた。
大淀と秘書艦の長門、そして前回の撤退戦で殿を務めた陸奥、榛名、妙高、羽黒も呼ばれている。全員の注目が集まる中、大淀は一通り説明を行った。
「つまり、あの基地に生存者がいると言いたいんだな?」
「はい」
「証明しろ」
大淀は提督の机に、プリントアウトした衛星写真を何枚か置いて行った。
「これが撤退1日目の画像です、次にこれが撤退から4日目の写真です」
大淀が用意した衛星写真は拡大表示されたものだった、基地の司令棟が映っている。
「まず運搬用のトラックが消えています。深海棲艦に破壊された形跡もなく、どこかへと消え去ってしまっています」
「深海棲艦が持っていったという説は無いだろうな」
本郷提督は懐疑的な言葉を投げつける。
「ありえません」
大淀は断言した。
「それに、撤退8日目の画像を見てください、これです」
3枚目の写真を大淀は指差す。
司令棟のソーラーパネルが、ぽっかりと無くなっている写真だった。
「パネルが持ち去られてしまっています」
「……深海棲艦の攻撃がその後にあって吹き飛んだのかもしれない」
険しい表情を浮かべながら、本郷提督は写真を手に取ってまじまじと眺めた。
「それから、これを」
大淀は、最後の1枚を提督へと差し出した。
限界まで引き伸ばしたので、画質はかなり荒くなっているが、司令棟の近くにポツンと置き去りにされていたそれは、破壊されて放置された艤装だった。大きさ、形を見た提督は絶句し、それから、意を決したように言葉を漏らした。
「那智が、生きてるだと?」
大淀はもらしかけた嗚咽を必死に堪えながら、その言葉に頷いた。
「那智が……!」
長門は目を見開いた。
あの撤退戦で、海に沈んでいく彼女を羽黒や妙高も目撃していた。羽黒は、那智の生存を聞いてから顔を抑え、脇目もくれずに執務室を飛び出した。大淀と榛名が彼女を案じて後へと続いた。
「今すぐ救援のための艦隊を手配しましょう」
妙高が進言する。
「それは無理だ」
提督は苦々しい口調で答えた。
「深海棲艦の支配地域で、さらにそこへ到達するまで、大量の姫クラスの深海棲艦が実質支配している突破困難海域を最短でも7つは越えなければならない。連合艦隊を組織し、日本海軍のみならず在日米軍の全戦力を投入しない限りは突破どころか穴すら空けられないような地域だ。それに必要とされる資源の数や予想される損害を考えても、那智を救出するプランを上層部が許可するとは思えない。艦娘1名のために犠牲者を増やす事は出来ない」
「提督!」
妙高が珍しく声を荒げた。
それを制するように、隣の陸奥が彼女の肩に手を置いた。「堪えなさい」と陸奥は静かに言い放った。
「気持ちはわかるけれど」
「……はい」
妙高は頭を垂れた。
「それで、もし救援が出せるとして――いつになったら出せるのかしら」
陸奥が切り出した質問に、提督は重苦しい口調で答えた。
「司令部は今回の深海棲艦の攻勢突破に、少なくとも半年近い時間がかかると概算を出した。これはあくまで、深海棲艦に対する大規模作戦行動を毎月実施し、大量の資源資材をつぎ込み、国内の全艦隊を戦力として投入する事で可能な、希望的観測値だ。実際はこれ以上の時間がかかる上に、島周辺は深海棲艦の実質支配地域にある。空路、海路の両方は使えない、我々は補給物資を送る事さえままならない。実現可能な救出日数は年単位になるだろうな」
部屋の中を重苦しい沈黙が支配する。そんな中、長門はぽつりと呟いた。
「南方の孤島に置き去りにされた那智の精神的重圧は想像を絶するだろうな……那智は、今どんな気持ちで生活しているのだろう」
[ミッションログ 52日目]
サメ映画のレパートリーに関して文句を言うつもりはないが、何でサメ竜巻映画がこんなに作られてるんだ!しかも宇宙に行くとか正気か?