南方海域ひとりぼっち   作:Colonel.大佐

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撤退70日目 沖縄県 在日米軍基地

 沖縄県、在日米軍基地。

 かつて在日米軍は、深海棲艦との開戦当初に激戦地となった沖縄で、国防軍の前身組織である自衛隊と共に民間人や米軍関係者避難のために奮闘し、艦娘なしの状態で多大な犠牲を払いながらもその任務を全うした。

 沖縄撤退戦後、艦娘の登場により沖縄が奪還されて以降は、日本本土に撤退した米軍は再びこの沖縄へ舞い戻り、基地を再建させた後に、壊滅した本国の艦隊に代わり、アメリカの対深海棲艦戦争の最前線、そして最古参の基地として活動していた。

 

 そんな基地の一角、司令本部のデスクに、米国海軍の将校がいた。

 短く刈り上げた髪に、皺を刻んだ初老の白人男性は大佐の階級賞を制服に付けていた。デスクのネームプレートは、彼がライル・ベイリーという名前である事を簡潔に告げていた。彼こそが、最近になった発足された米軍の艦娘部隊――在日アメリカ海軍第7艦隊所属艦娘試験小隊の指揮官だった。

 

 目まぐるしく動き回る対深海棲艦戦争の情勢、壊滅した米軍艦隊と、日本の手によってもたらされた艦娘建造技術、そしてついにロールアウトを開始した米軍の艦娘。そんな中で追い討ちをかけた深海棲艦の大攻勢、膠着状態の前線。

 頭を悩ませる様々な問題、それを解決し、合衆国をこの深海棲艦戦争から勝利に導くのが、退役目前に前線に復帰した彼の仕事であったが、その片付けるべき問題に新たな問題が加わっていた。

 

 最近になってオーストラリアやニュージーランドの基地が受信している発信元不明の通信。解読も出来ず、ただ漠然と送られてくる“信号”に、両国は頭を悩ませていた。こと深海棲艦の支配地域である南方海域での出来事であるため、ベイリー大佐ひきいる米海軍がこの件での調査に乗り出した。頭の中で考えられる様々な可能性や事実を点と線で結び付けていたが、一向に何が起きたのか分かっていない。

 

 不意にドアがノックされる。ベイリー大佐は「入れ」と簡潔に答えた。

 ドアを開けて入ってきたのは、艦娘だった。金髪のセミロング、青い瞳、整えられた端正な顔立ちの女性――米国海軍の制服を着ているが、その若さから明らかに艦娘と思われる――は部屋へと入ってきた。

 少佐の階級賞を付けた彼女は、在日米軍の艦娘部隊の前線指揮官、BB-63“ミズーリ”だった。艤装こそまだ貸与されていないが、彼女はこの米海軍でも数少ない純米国産の戦艦艦娘であった。

 

「報告です。南方海域での原因不明の通信について、進展がありました」

「本当か」

 はい、とミズーリは答えてから、ベイリー大佐に報告書を渡した。

 それを受け取り、ひとしきり文面を読み取る。報告書を読んでいくうちに、ベイリー大佐の顔に険しさが浮かび上がってきた。

「それで、この信号は南方から送られて来ていると見て間違いないのか」

 ベイリー大佐は報告書を机に置いてから、ミズーリを見た。

「はい、ニュージーランドとオーストラリアの基地が発信元を探知しました。南方の日本海軍基地から定期的に発信されているそうで、日に3回、定期的に発信されていると判明しました」

「発信しているの誰なんだ?艦娘か?」

 ミズーリは頷いた。

「はい、解析した結果、コードは日本海軍のものです、南方海域からは日本海軍は全面撤退したので、考えられるとすれば……」

「例の“那智”か」

「そうとしか考えられません」

「ふむ」

 ベイリー大佐は少しの間沈黙し、思案した。

 在日米軍にも、例の那智に関する情報は入ってきていた。日本海軍が艦娘を敵支配地域へ置き去りにし、現在は放棄された基地でただ1人生存し、四方を敵に囲まれながらも救援を待ち続けているという物だ。

 那智は連絡手段を持っておらず、通信は回復していないという情報がベイリー大佐の耳にも届いている。かろうじて、数日前に衛星写真で彼女が基地の内部を歩き回っている写真が撮れた程度だった。

「信号の内容は?」

 ミズーリは首を左右に振った。

「今現在は解りません。日本海軍の通信は暗号化されていて、ニュージーランドとオーストラリアの艦娘用艤装では解読は不可能です、陸上の通信装置もまた同じくです。日本側が察知していないのは、恐らく地理的要因か深海棲艦の影響かと思われます」

「なるほど……」

 ベイリー大佐は思案する。

 彼の耳にも、今回の一件は入ってきている。元々、情報将校であった彼にとっては今回の一件に関する情報は、おそらく日本海軍の中枢と同様の情報をそろえている。もちろん、日本海軍の上層部がどんな出方をしようとしているかも知っていた。

「知っているか?日本海軍は彼女を救出できず、また通信不可能と見て放置する事を決め込んでいるそうだ。上層部が救出案を出し渋っている」

「見殺し、ですか」

「ああ、いずれはそうなるだろう」

 ベイリー大佐は苦虫を噛み潰したような顔で吐き捨てた。

 ごくごく普通の視点で見れば、彼ら米軍は関与する必要性の薄い話である。他国の兵士……そも一兵卒が置き去りにされているという、隣の庭で起きている事件に、米軍が首を突っ込むのは不自然とも言えた。日本海軍も同じく、米軍がこの件に関わるとは思ってもいないだろう。

 しかし、彼にとっては他人事では無かった。

「しかし、日本海軍は元より我が軍……特に太平洋艦隊には那智に借りがある。見過ごす訳にはいかんだろう」

 決意を固めたのか、ベイリー大佐はミズーリをじっと見た。ミズーリもまた、借りという言葉に反応する。

「アイオワの件ですか」

「ああそうだ」

 アイオワ、それはミズーリの姉妹艦の名前だった。

 日本海軍に派遣された交換将校の1人、それでいて日本海軍が在籍を許している唯一の米軍の艦娘……2人にとってはよく知る人物だ。

「私は、姉を失わずに済みました」

 ミズーリは顔を少し俯かせ、過去を思い出しながら呟いた。

「同感だ、私も部下を失わずに済んだ」

 彼の中で意思は固まった。

 

国防総省(ペンタゴン)には連絡は?」

 ベイリー大佐の問いに、ミズーリは答える。

「まだ行っていません」

「連絡しよう、それから日本の国防省にも繋いでくれ」

 まずは上層部への報告だった。それから、日本国防軍という然るべき組織への連絡だ。

 しかし、部屋を後にしようとするミズーリに、ベイリー大佐は声をかけた。

「ただし海軍の作戦指令部長には伝えるなよ、連中は無視するだろうからな」




※ベイリー大佐はブライアン・クランストンの容姿と内田直哉の吹き替えで脳内再生して下さい。
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