砲声が海上に鳴り響いていた。
副砲、時には高角砲、機銃の音までも、それに混ざって鳴り響く。砲撃のシンフォニーと、鳴り響く怒号、そして巻き上げられる水飛沫の音と空気を切り裂く砲弾の飛翔音は、紛れもなくここが戦場であると語っていた。
長門旗艦の陽動部隊は、マリアナ諸島沖に展開していた。
那智との通信に必要な機械の展開を行う潜水艦部隊を敵主力の目から逸らすための戦闘であり、それと同時に敵の編成と攻撃能力を探る威力偵察を兼ねた戦闘であったが、戦況は思いの他、拮抗していた。
「主砲全門、てェーッ!」
長門の掛け声を共に、陸奥、榛名、妙高、羽黒の主砲が一斉に吼え狂った。
距離を詰めていた深海棲艦の水雷戦隊が、主砲の直撃を受けてずたぼろに引き裂かれ、バラバラに爆発四散する。
だが、それを掻い潜るように、後続の水雷戦隊が迫りくる。ロ級やイ級のエリート、さらにそれに混じって雷巡すら現れる。
「キリがないわ」
陸奥が少々あせったように呟く。
それも無理はない。彼女たちは掠り傷で済んではいるが、この長く続く戦闘で弾薬を消費し続けていた。
「爆雷の残量が少なくなってきたよー、こりゃ長くは持たないかも」
5人の背後を守るように、潜水艦相手に爆雷を投擲していた望月も、少々あせりが見え隠れする声で応える。
「潜水艦の皆さんが、仕事を完了させてくれるまでの辛抱です。第四波が接近しますよ」
「いざとなったらラムアタックでも仕留めるぞ!」
妙高の言葉に、長門が叫ぶ。
那智との通信はこの戦い如何にかかっている。
全員が気を引き締め、迫り来る深海棲艦に何度目か分からない攻撃を浴びせた。
同時刻 マリアナ諸島 テニアン島
潜水艦娘は、あまりにも拍子抜けするように深海棲艦の包囲網を突破した。
遠くで聞こえる砲声から、長門たちの陽動作戦が上手く行っていると思われていた。まるゆを旗艦とする、伊58、伊8、伊19の4隻は、撤退して久しいテニアン島へと上陸に成功した。
まるゆが運貨筒を砂浜へと引っ張りあげる。人間1人が入れるほどの大きさがあるそれを砂浜まで引き上げると、今度は筒のロックを外し、開けた。
ビニールで丁寧に梱包された通信装置を引っ張り上げる。装備開発部が作った艦娘用通信装置で、自動で作動するようにソーラーパネルが付けられている。深海棲艦には察知されないようにと開発部が手を加えているが、潜水艦の彼女たちにはこれを浜ではなく島の内陸部へと仕掛けるようにと念を押されていた。
「どこに仕掛けるのね?」
「砂浜はまずいから、もうすこし行った所に仕掛けましょうか?」
伊8と伊19は、島の地図を取り出して現在位置を調べる。
すぐさまバレるような位置に置いては元も子もない、入念に調べる必要があるが、陽動部隊のタイムリミットを考慮するとすぐに行動に移さなければいけなかった。
そんな2人を尻目に、まるゆは、運貨筒からバックパックを取り出した。
そのバックパックを開けると、中から手榴弾や突撃銃――89式小銃を取り出す。弾倉をはめ、コッキングレバーを操作するとセレクターを「ア」から「レ」に変えた。さらに、チェストリグやマグポーチも取り出すと、それを身体に付けていった。
伊58も、それに続いて艤装を脱いでC4爆薬や9mm機関けん銃、そして使い捨て型のロケットランチャーを取り出してスリングベルトを通して背中に吊った。
「何をしてるのね!?」
一連の行動を見ていた伊19は驚愕の声を上げた。
「置きに行った場所に陸上型深海棲艦がいると厄介でち」
「私の艤装じゃ無理ですけど、これなら戦えます!」
2人とも笑顔だった。しかし、伊19には自殺しにいく顔にしか見えなかった。
「ふ、2人とも……」
「まるゆ、陸軍だから大丈夫だもん」
「……」
伊19は顔を引きつらせたまま黙ってしまう。
「戻ってくるまでここを守って、時間までに戻ってこなかったら逃げるでち」
「わ、わかったのね」
伊19はこくこくと頷いた。
重武装の2人は、そのまま砂浜から森の中へと消えていった。
固唾を呑んで2人が見守る中、その10分後、森の中から銃声が響いてきた。
射撃音、そして手榴弾が爆発する音、さらにロケットの飛翔音と共に、爆発で椰子の木がばたばたとなぎ倒された。
やがて、その銃声は段々と少なくなり、ついに途切れていった。
それからまた10分。不気味な静けさがあたりを包んだ。
「……まさか」
伊8はまさかの事態を考えて頭が真っ白になりかけたが、少しの時間の後に、がさがさと草むらが動き、人影が現れた瞬間に現実に引き戻された。
「設置完了でち」
伊58だった。ほっと胸をなでおろす2人の前に、まるゆと伊58が現れた。
「脅かさないでほしいのね」
「一体何と戦っていたの?」
伊8の言葉に、伊58は黙って片手にぶら下げた物を2人の前に放り投げた。
深海棲艦の血がべっとりと張り付いた、壊れたヘッドフォンとフレームの折れた眼鏡が、砂浜にぼとりと落ちた。
「まるゆ、頑張りました!」
「大物でち」
2人はもう何も考えない事にした。ただただ、目の前の潜水艦最古参と、陸軍から派遣された潜水艦最新参を前に、畏怖と戦慄を覚えるしかなかった。
同日 マリアナ諸島沖
もうもうと立ち込める硝煙が、羽黒の目にしみた。
第四波をしのぎ切った陽動部隊だったが、深海棲艦の水雷戦隊は未だに勢力が衰えなかった。倒してもキリがないという陸奥の言葉とおり、無尽蔵に湧き出る深海棲艦が、この場所の支配者が誰であるのかを雄弁に物語っていた。
「残弾確認!!」
長門の掛け声と共に、全員が主砲の残弾カウンターを確認する。
その目盛りはすべて1桁まで落ちているか、もう残っていなかった。副砲や高角砲は、主砲の節約のために撃ちつくしていたので、その数は心もとなかった。妙高、羽黒、望月はすでに魚雷を撃ちつくしていたため、もはや戦う手立ては残されていない。
「第五波が来ます!」
「なにっ!?」
羽黒の長門が声を上げた瞬間、水に浮かぶ仲間たちの屍を乗り越えて、深海棲艦の駆逐艦たちが艦隊目掛けて突っ込んできた。
もう、弾が持たない。
「……白兵戦闘用意!」
自らの艤装の主砲を鷲づかみにして、ユニットごと引き抜いて鈍器にした長門は雄たけびを上げる。
全員も迫りくる駆逐艦たちに警戒する。
そして――
真横から襲い掛かった魚雷が雷跡を引きながら、水柱を上げて駆逐艦たちに命中し、爆沈した。
呆気にとられる6人の前に、潜水艦からの通信が鳴り響いた。
『設置作業完了したのね、露払いは潜水艦がやるの』
任務完了。
その言葉の意味する事に、長門はほっと胸をなでおろした。
「急いで撤退するぞ!」
6人の主機が動き、踵を返して海域から離脱していく。
羽黒は、この自分の通信装置に投げかけ続けていた通信が、那智へ届かないまま撤退する事に不安を覚えていたが、彼女の通信が日に3回という事実を思い出して、堪える事にした。
後は、繋がる事を祈るしかなかった。