装置の設置完了、全艦隊これより帰投す。
その朗報が届いてから1時間。横須賀鎮守府にある本郷提督の執務室は、異様な熱気に包まれていた。
大淀、明石、それから通信装置の開発者である三樹原。さらに設置作戦成功の報を聞いてきた、横須賀鎮守府の全艦隊の指揮官、さらにこの横須賀の総司令官を勤める中将もこの部屋に来ていた。狭苦しく、それから重苦しい空気が続いている中で、三樹原は通信装置の調整を終了した。
「完了しました」
「ご苦労」
三樹原の言葉に、本郷中佐は簡潔に答えた。
「通信装置はどうだ?」
「艦娘の反応が1です。恐らく例の那智であってほしいのですが……電波状態は良好です、これより通信を試みます」
スピーカーをオンにすると、三樹原はマイクを手に取り、通話スイッチを押し込んだ。
「所属と艦娘艤装番号を答えよ。こちらは横須賀鎮守府司令部、応答せよ」
三樹原はスピーカーに耳を凝らす。
部屋の中の全員が、返事を心待ちにしていた。
「通信装置は完璧か?」
「道中で壊してなければ完璧です。装備開発部の仕事をなめてもらっては困ります」
本郷中佐の言葉に、三樹原は若干ぶっきらぼうに答えた。
スピーカーから依然として沈黙が返る。
誰もが諦めている中、スピーカーから物音が返ってきた。
どしん、と何かが落ちる音のあと、ガチャガチャと音が鳴り響く。荒い呼吸と息づかいが聞こえてきた。
「所属と艦娘艤装番号を答えよ。こちらは横須賀鎮守府司令部、応答せよ」
三樹原の再度の言葉に、ついに反応が返ってきた。
『こちら南洋派遣艦隊第13基地所属!重巡那智!艤装番号8875124!』
部屋に歓声が響き渡った。
本郷中佐は握りこぶしを作り、ガッツポーズを静かに浮かべた。
三樹原は満面の笑みを浮かべながら、マイクを握った。
「通信回復おめでとう!あたしからお疲れ様を言おう。あんたのボスに替わる」
三樹原はマイクを本郷中佐へと差し出した。受け取った本郷中佐は、興奮さめやらぬ表情で那智に語りかける。
「本郷中佐だ。心配したぞ、無事か?」
『ひとりぼっちで心が荒んでいる事と慌ててベッドから転げ落ちた事を除けば、至って健康だ――私こそ心配したぞ』
紛れもない那智の声。
本郷中佐は、思わず出かけた涙を堪えた。
『どうして私の生存がわかったんだ。私は、とっくの昔に死んだと思われたと覚悟していたが』
「ああ、撤退の52日目からお前の生存を通信衛星で確認していた。それから、米軍経由で通信が発信されている事実も突き止めた、今回はそのために通信設備を敵の支配海域に設置して通信を回復させたんだ」
すぐさま、那智が謝辞を述べた。
『感謝する。それから、基地のみんなは無事か?私と一緒に撤退していた面子はちゃんと全員帰還できたのか?』
「全員無事だ。長門、陸奥、榛名、妙高、羽黒、私以下、士官8名も全員無事に撤退した」
沈黙が返る。それから、那智の声が響いた。
『よかった……結局私がどん尻で貧乏くじを引いたようだ。不幸で扶桑型に勝ったな』
どっ、と部屋の中に小さな笑いが起こった。
『私の無事を彼女たちに伝えてやってくれ。それから長門に「貴様の音楽チョイスは意味不明だ」とも伝えてくれ』
「ああ、わかった。それから、どうやって生き延びたか教えてくれ」
提督の言葉に、一呼吸おいて那智が答えた。
『恐らく奇跡的なものだったんだろう。深海棲艦の爆撃が直撃したが、艤装大破に留まり、浮力を失ったが半分沈んだ状態で浮揚して、そのまま流されて島の浜辺に打ち上げられたんだ。深海棲艦は恐らく、私を死んだと思って見過ごしたんだろう。基地に残った物資を使って生き延びている。艤装は破壊されたが、通信機だけはどうにか回復させた。現状、この島からの脱出は不可能だ』
なるほど、と本郷中佐は頷いた。
『私の生存を家族に伝えてくれたか?内地で心配しているだろうから、無事だと伝えてくれ。それから伝えるのが遅くなってごめん、と』
「……無事は伝えていない。戦死通知を受け取ったままだ」
本郷中佐は、苦虫を噛み潰したように答えた。
那智を置き去りにした行為は海軍にとっての汚点である。状況が悪かったとは言え、仲間を見捨てたという事がマスコミや民衆にバレた際の反応を、軍部は恐れていたのだった。
ただでさえ膠着した戦況で、追い討ちをかけるように生存の報が流れたとあっては、誰もが海軍を批難する事は目に見えていたのだ。
通信機から沈黙が流れた後、那智は堰を切ったように口を開いた。
『ふざけるのもいい加減にしてくれないか。何故伝えない?私はもう二ヶ月以上も南方海域のちっぽけな島に置き去りにされているんだ。無事を伝える事ぐらい出来るだろう!それとも未だに艦隊対抗連装砲ちゃんラグビーで私が連装砲で執務室のガラスを割った事を根に持ってるのか、肝っ玉が小さ過ぎだぞ貴様!』
本郷中佐は受信機を握る手をぶるぶると震わせてから、重々しく口を開いた。
「発言に気をつけろ、今、この通信は横須賀鎮守府の全指揮官が聞いている」
『イェーイ!提督冷えてるか~?』
本郷中佐は通話スイッチを切った。
部屋の中に微妙な空気が流れている。誰もが笑ったら負けといわんばかりの顔を浮かべており、そのうちの何人かは本郷中佐に対する同情の念を浮かべていた。
「本郷君、彼女はいつもああなのかね」
中将の言葉に、本郷中佐は恐る恐る答える。
「彼女については概ねその通りです。恐らく、長い間の孤島での生活で精神状態に何らかの影響があるのでしょう」
「……お転婆娘だな、君の気持ちは察するよ」
ははは、と中将はさぞ愉快なように笑った。
「最近の海軍には骨のある艦娘がいなくて参る。私は気にしていないよ」
中将の言葉に、本郷中佐は胸をなで下ろしながらも、手に浮かんだ冷や汗をふき取りたい気持ちに駆られていた。