本郷中佐の執務室には、複数の人間と艦娘が集められていた。
艦娘の長門、陸奥、榛名、妙高、羽黒、それから大淀、明石、開発部の三樹原。もはや定例となった面子であるが、各々の表情は硬かった。それもその筈で、今この部屋では那智の救出プランに関する会議が行われていた。本郷中佐は、煮詰まり始めた話を整理するべく、もう一度話の論点を振り返った。
「まず、救出作戦について、横須賀鎮守府ならびに各鎮守府所属の艦隊は全体的に作戦の支援について同意している。在日米軍艦隊の総意も同じだ。唯一の問題は海軍上層部だ。作戦指令部長が今回の件について口うるさく指図をしてきた……そのせいで、大規模な救出作戦は不可能だ」
「……あいつに他国の艦隊を動かすまでの力が?」
長門は、今一度、本郷中佐の口から出た言葉に驚いた。
在日米軍は、本国のアメリカ軍と同じく深海棲艦との戦いで弱体化した。とは言え、艦娘の開発・建造技術の輸入後はその戦力を伸ばし、今や日本に追いつかんとする勢いで軍備拡張と戦線拡大を行っている。
その米軍が、わざわざ日本海軍の一艦娘の救出作戦に協力を名乗り出ているのである。
とうの昔に、日米安全保障条約が破棄されているにも関わらず、だ。
「アイオワの件で在日米軍の第7艦隊は那智に多大な借りがある。艦隊指揮官のベイリー大佐は義理堅い男だ、それに日本海軍とのパイプも作りたいのだろう」
本郷中佐の言葉に、長門はなるほど、と声を上げた。
「それに、忘れてはならないが那智は海軍でもエース艦娘だ。彼女のキルスコアを考えてみろ、現場と悪戯が好きでなければとっくに少佐の階級章を付けて司令部勤務をしていてもいいぐらいだ。そうでなければ作戦指令部長はこの作戦を間違いなく容認しなかったはずだ」
「……普段がああだから、気が付けてないだけですよね」
明石は普段の那智の様子を思い出して苦笑いを浮かべる。
しかし、振り返ってみても現在の会議における具体的な案は出てこない。
大規模な部隊の編成、在日米軍の協力、各鎮守府の艦隊と連携した作戦プラン。そういった話に関して、作戦指令部長は一切の許可を出さなかった。
そこまで大規模な救援を出す必要性は薄い、の一点張りであった。
海軍の実質的なボスがそう明言してしまっては元も子もなく、各艦隊の指揮官、さらに現場の一部艦娘に至るまで、那智の救出作戦の縮小――つまり見殺しでの放置が確定という結果に不満と不服を覚えていた。
「那智は絶対に喪失してはならない。我々の手で救出する。だが具体的なプランがない、それを協議してほしいが……」
再び重たい沈黙が部屋に流れた。
全員は救出したい気持ちで一杯である。まして、通信回復作戦の成功により救出の兆しが見えて来た矢先の出来事がこれである。制約のある手札で、どうやって深海棲艦の支配地域を突破し救助するか……具体的なプランは出ないままでいた。
「最大12隻の連合艦隊で突破するのは不可能だ、補給も入渠支援もなければ、ミイラ取りがミイラになってしまう」
長門の重苦しい言葉に、陸奥は頭を抱えた。
最大の難点は敵の最前線をどう突破し、連れ戻すかだ。前線基地である硫黄島、沖縄基地から発進したとしても、那智の待つ海域までは無補給で到達できない。さらに、艦娘母艦と言った「移動可能な前線拠点」の使用は却下されてしまったのだ。
「支援艦は使えないとなると……どこかに中継地点を設けて、そこで補給と入渠を」
陸奥の言葉に、大淀が頭を左右に振る。
「補給物資を補給するための艦隊が必要になります、すでにパラオやトラックは深海棲艦の姫クラスの拠点になっています、実現は不可能と見て下さい」
「じゃあどうやって救出するんですか……このままじゃ那智姉さんが……」
羽黒の悲痛な声に、一同はまた沈黙してしまう。
だが、三樹原だけはふと何かを思いついた。
「海図あります?」
三樹原が本郷中佐に尋ねる。彼が頷くと、それに呼応するように大淀が脇に置いた書類ケースから、周辺海域の海図を取り出した。三樹原は手に取ると、それを返した。
「もっと、広範囲のやつ」
三樹原の言葉に、再び大淀は二枚目の海図を出した。
それを受け取り、机の上に広げた三樹原は作業着のポケットからメジャーを取り出して、おもむろに何かを図り始めた。
「潜水艦の航続距離は?最短の距離で頼む」
「この距離だ」
長門が大まか距離を指し示した。
三樹原は距離を測りながら、ふむ、と思案をした。
「今回も潜水艦作戦で行った方がいい」
「潜水艦?」
その言葉に、本郷中佐は聞き返した。
「確かに潜水艦は隠密行動に向いてる、航続距離も長い。とは言え、那智は水上艦だ。彼女を連れて帰るとなると、彼女だけ集中砲火を……」
「那智を潜らせばいい」
三樹原はしれっと答えた。
思わず長門が呆れ返る。
「あいつが宴会の余興で潜水艦の擬装を付けた事があったが、どう考えても那智は潜水艦の艤装適合者じゃないぞ。どうやって海に潜らせる?溺れ死んでしまうぞ、文字通りの沈没だ」
三樹原は長門の言葉にため息を吐いた。
「すまん……まず先に説明すべきだった……」
それから、こほんと咳払いをしてから、三樹原は説明に入った。
「まるゆの装備に運貨筒があるのは知ってると思うが、前回の通信回復作戦ではアレで通信装置を運んだ。内部は密閉式になっているから水は入らない、つまりアレのサイズを大きくしたものを使えばいい」
「あれに艦娘を詰めて運ぶのか!?」
本郷中佐が声を上げる。三樹原は頷いた。
「開発部で実用に耐えうるものを作って、それを潜水艦に運ばせて支配地域を突破する。偵察衛星を利用して、支配地域の抜け道を探して、そこを通って運べばいい」
「待って下さい」
榛名が声を上げた。
「潜水艦の航続距離では、補給なしで日本まで帰還するのは無理が……」
「来た道を行って戻るんじゃない」
三樹原は海図に人差し指を置き、ルートをなぞった。
「南方海域を抜けて、そのまま下へ下へ向かうと……さて、どこの国にたどり着く?」
「どこって……」
陸奥が答えようとして、三樹原の答えに辿り着いた。
「まさか、オーストラリア?」
「そう。オーストラリア海軍の制圧海域まで抜けて、そこで補給を受ければいい、距離を考えればギリギリ行けるし、偵察衛星の画像では幾分か突破しやすい海域だ。それから安全なインド洋経由の航路で戻ってくればいい。もしダメなら米軍の豪州派遣艦隊からベイリー大佐とやらを通じて融通して貰えばいい。政治的な都合はどうか知らないが、燃料ぐらいは分けて貰えるかも。EU連合艦隊の太平洋派遣艦隊に頼むのもありか」
全員の顔に明るい色が見えた。
だが、大淀はすぐに顔に険しい色を浮かべた。
「作戦指令部長が何と言うか……」
「あの太っちょの話なんざ無視しちまえばいい、どうせここにいる全員もそう思ってるだろ。あいつは海軍どころかこの国全体の癌だ」
「三樹原君」
本郷中佐が厳しい声をかける。三樹原は知らん振りと言わんばかりの顔だ。
「私は民間の技術者でオブザーバーです、この発言はあたし個人の意見であって全体の総意ではありません」
しれっとした顔で言い放つ三樹原を前に、本郷中佐を含め、全員が微かに笑みを漏らした。
「……ならよし。では、この件については私が何とかしよう」
ただし、と本郷中佐は付け加えた。
「今回の作戦はかなりハイリスクな作戦になる。潜水艦隊には過酷な任務だ。絶対成功させなければ、恐らく上層部は救助を完全に打ち切る……やれるか?」
「そのために開発部の仕事蹴ってきてるんすよ?」
ふむ、と本郷中佐は三樹原の言葉に頷いた。
「決まったな」
全員が、覚悟を決めた。