沖縄県 在日米軍基地
「納得できません!」
机に握りこぶしを叩き付けると、艦娘アイオワは大声を上げた。
執務室の机に八つ当たりにされた男――在日米軍の艦娘部隊指揮官、ベイリー大佐は苦虫を噛み潰した顔を浮かべた。
「私だって同感だ。しかしこれは日本海軍の総意だそうだ」
「仲間を放置して、我々の援助を断って見殺しにする行為が、ですか!?」
アイオワは珍しく激怒していた。
「確かに君は那智に対して借りがある、私も同感だ。しかし我々は米軍であり、彼女たちとは違う指揮系統で、さらに違う国だ、下手に口出しする事は出来ない。今回の直接通信の許可が取れただけでも奇跡だ」
「しかし……!」
ぐぐ、とアイオワは拳を強く握った。
彼女の辛さについては、ベイリー提督もよく知っていた。
発端は米海軍と日本海軍の演習まで遡る。演習中にアメリカ艦娘と日本艦娘の間で、レーションの交換会や品評会を行った際に、大不評のベジタリアンメニューを「美味いから」とアイオワが那智に押し付けたところ案の定大不評で、那智とアイオワは口論になった末に演習で決着を付けてやると意気込み、あろうことか演習後に「自主訓練」と称して付かなかった決着を付けようとして両軍から大目玉を食らった事がある。だが、それ以来アイオワと那智は不思議な縁が出来たのか、幾度と無く米海軍との共同作戦で共に行動していた。
そして、その後の敵泊地襲撃作戦で事件が起こった。
夜戦が乱戦へともつれ込み、深海棲艦と海軍は痛みわけという結果で終わった。数多くの艦が傷つき、中には喪失されるという程の激しい戦いの最中に、アイオワは仲間たちを逃がすために単身、探照灯を掲げて数倍の量はあろうかと言う敵艦たちと渡り合った。
その結果、アイオワは航行不能に陥り、艤装を動かす彼女の身体にも深い傷を与えた。沈没も免れないような傷の中で、敵旗艦を屠りながら仲間を撤退させるため残った那智が彼女を救出した。重症を負い、死に掛けの彼女に那智は声をかけ続けながら深海棲艦の追撃を振り切り、翌朝に救助されて九死に一生を得た。
それ以来、アイオワと那智の仲は深まっていた。元々、日本の艦娘とアメリカの艦娘には因縁の多い過去を艦から持ち込んだ艦娘も多く、共同作戦における不和や、艦娘同士の派遣については壁があると言われていたが、アイオワと那智の一件で、それは徐々に解消されつつあった。
だからこそ、現在の在日米軍は南方海域に取り残された那智に対して、強い関心を持っていた。出来る事ならば、助けてあげたい。それが米海軍艦娘の総意であった。
特にアイオワはその当事者とあってか、那智の救出に関しては誰よりも熱心であった。
だからこそ、日本海軍が下した決断は彼女を失望させ、怒りを覚えさせるのに十分だった。
「この件は時間をかけて処理する事にする、私もただでは終わらせない……少し気持ちを落ち着かせて来い」
「……Yes, Sir」
アイオワは敬礼を返すと、そのまま部屋を後にした。
廊下に出ると、執務室のドアのすぐ前に、見慣れた少女が立っていた。姉妹艦であるミズーリだ。腕を組み、じっと執務室から出てきたアイオワを見つめていた。アイオワはその視線に気がつくと、ばつが悪そうに視線を逸らした。
「姉さん。気持ちは解るけれど、当たるのは提督じゃないわ」
「解っているわ」
アイオワは素っ気無く返すと、そのまま立ち去ろうとする。
だが、ミズーリはそれを制するように手を掴んで引き止めた。
「待って、とっておきの話があるの。姉さんがスカッとするような、とびきり最高の話が」
「……何の話?」
訝しげな顔を浮かべるアイオワを前に、ミズーリは口元に笑みを浮かべた。
「日本の重巡の知り合いが面白い企みをしているの。こっちの情報将校や艦娘もこの愉快な企みに参加するつもりよ。姉さんの大切な人が、喜んで気に入るようなやつ」
アイオワは黙った。
それから、少しの間をおいて答えた。
「聞かせて頂戴」
「じゃあ、後で私の部屋に」
ミズーリはふふ、と笑みを浮かべると、そのまま廊下から去って行った。
部屋に残されたベイリー大佐は、ため息を吐いてから机の上に電話から受話器を取った。
それから、思い当たる人物の電話番号をかける。数回のコール音の後に、電話が繋がった。
「ベイリーだ……ああ、そうだ……ホンゴウ中佐に繋げてくれ」
同日 横須賀鎮守府
本郷中佐は受話器を置くと、言葉に詰まった。
同室に控えていた大淀は、本郷中佐の通話を横で聞き流しながら、彼の顔に浮かんだ驚きを見て心をざわつかせた。
しばらくそのままの状態で固まる彼を前に、大淀はおそるおそる声をかけた。
「あの……」
「あ、ああ。すまない」
ようやく彼は我に戻り、受話器をつかんだままの手を離した。
何の話をしていたか、詮索するのは止めた方がよいだろうか……大淀はそう考えながら書類仕事へ戻ろうとするが、彼は構わずに、口を開いた。
「信じられない」
彼の目は驚きで見開かれていた。
「米軍から提案があった」
「どのような提案ですか?」
大淀の言葉に、彼は答えた。
「いや……これは上層部に関する問題なんだがな……秘書艦なら話してもいいだろう」
先ほどの通話内容を反芻しながら、彼は話を続けた。
「米軍が中心となって那智の救出プランを打診してきた」
「米軍が、ですか?」
大淀の言葉に彼は頷いた。
「国防総省がベイリー大佐の進言を飲んだそうだ。在日米軍の艦隊の生き残り艦と、米軍の艦娘部隊を使って救出するという作戦らしい。日本側の了承さえ取れれば、近いうちに作戦を始動させるそうだ」
「そんな……本当ですか?」
我を疑う大淀だったが、返事は肯定の頷きだった。
「しかし問題がある」
彼の顔は険しかった。
「今回の作戦は米軍もただでやるつもりは無いそうだ。国防総省は日本側に対して技術提供を持ちかけている、それから北方海域を経由して日本海軍の米海岸一帯への派遣要請、凍結されていた艦娘交換派遣プログラムの再開を上層部に認めさせる腹積もりらしい」
そして、ため息を吐いた。
「国防省上層部が認めても、作戦指令部長と取り巻きが認めると思うか?」
彼の言葉に、大淀は言葉を失った。