[ミッションログ 172日目]
今後のプランを練りたいと思う。
まず、脱出プランが水の泡になったことで私はこの海域に1人取り残されている。おまけに海軍の上層部は私に近隣海域監視の命令まで下している。つまり、私は捨て駒の偵察員としてこの場所に置き去りにされている事になる。この敵の支配海域を味方が奪還するまで生き延びる必要があるわけだが、ここしばらく考えた結果、私を見捨てたとなれば海軍に義理立てする必要もないと思う事にした。
開発部の三樹原が送ってくれる指示の元、艤装の修復作業に入っているがこの進捗次第ではこの島を脱出するという計算を立てようと思う。
つまり私は命令を放棄して逃げ出すというプランを立てる事になる。命令違反、さらに逃走する事になるので無許可離隊という前科がつくだろうが、それは無事に帰れたらの話になる。
日本列島までの脱出航路は非常に長く、そして明らかに無理がある。考えられる方法としては、応急修復した艤装で出発後、手身近な近隣の基地へ向かう。艤装保管庫が無事な基地で弾薬と燃料、妙高型――とくに那智の新しい艤装を入手したら今度は南下し、間にある日本海軍の放棄された基地を経由して補給と南下を繰り返す。行き着く先はニュージーランドやオーストラリアだが、そこには同盟国の軍事基地や艦娘がいる、彼女たちに庇護されて、本国へ戻るか、あるいは完全に離隊して放浪でもしよう、出来ればアメリカあたりで一山当てたい、ハリウッドあたりこの話を持っていけばアメリカンドリームも夢ではないだろうな。
この場合、戦友に会えない上に本郷中佐には多大な迷惑をかけるが、もう海軍上層部には愛想が尽きた。両親に無事を伝えられるだけマシだと判断する。
もっとも、このプランは「艤装の修復成功かつ道中の強力な深海棲艦の包囲網を無事に突破できたら」の話である。ある意味で現実的ではないプランである。
それから、アイオワはかなり良いニュースを私に運んできてくれた。
半年以内に、米軍のオーストラリア派遣艦隊と、EU連合海軍による合同作戦で南方海域への大規模攻略作戦が実施されるという通達である。アメリカ海軍の新鋭艦娘である航空母艦エセックス(アイオワ曰く、こちらの五航戦改二型艤装を上回る高性能艦らしい)、アメリカの戦艦・重巡や、EU連合艦隊からはプリンス・オブ・ウェールズ、レパルスや、ティルピッツなどを含むタスクフォースが、南方海域の奪還に向けて動き出すとの事だ。つまり、半年我慢すればわたしは日本ではなく他国に助けられる可能性があるという事だ。嬉しいな。転属したい。
また、米軍主導の那智救出プランも提出されている。日本政府は好意的な見解を示しているが、やはり海軍上層部がこのプランを拒否している。
とりあえずは自給自足生活だ。
アイオワが「サプライズを楽しみに待っていて」と言っていたが、さて、何のことやら。今日も今日とてアイオワが送ってくれた曲でもかけて寂しさを紛らわそう。
今日の一曲はCCRのナンバー、「Run Through The Jungle」だ。
同日 神奈川県 横浜市郊外
非番の妙高は、私服に着替え、横須賀鎮守府を出てから市街地へと繰り出していた。
電車に乗り、乗り換えを挟んでしばらくしてから、横浜市郊外の住宅地へとやってきた。
深海棲艦との開戦以来、首都圏は安全な場所を求めて疎開や移住を求める人間にあふれ、人口過密地帯だった首都圏の人口が激減したが、それは言うなれば都心部のベッドタウンというかつての一等地ががら空きになり、地価が下がって住みやすくなったとも言えた。長野県松代に首都機能が移転し、多くの企業・会社が地方へ本拠地を移し、天皇陛下が京都御所へと移った現在においては尚更だった。
ここもまた、同じ運命をたどっている。ひとつ違いがあるとすれば、予備役艦娘が居を持ち、呼び声一つで復帰するには都合のいい土地である事ぐらいだ。
妙高が、今日会う人物もまた、その予備役艦娘の1人で、ここに住んでいる。
閑静な住宅街の一軒家の玄関先に立つと、妙高は呼び鈴を押した。
少ししてから、どたどたと足音が聞こえてドアが開いた。
「こんにちわ」
妙高が挨拶をする。
部屋着姿の女性、それも20代も後半だろうと思われるその女性は、妙高の姿を見ると、まず初めに驚き、そしてニコリと口元に笑みを浮かべた。
「いらっしゃい」
だが、その茶髪のウェーブがかったロングヘアと、穏やかな表情は彼女が元艦娘――それも妙高型重巡、足柄その人だったと誰しも判別が出来た。
妙高は表札の名前を見てから、ふと思い立ったように口を開いた。
「今度こそ本名で呼んでも?」
「“足柄”でいいわ……遠くからよく来てくれたわ、さ、上がってちょうだい」
ひとまず挨拶と近況報告を行い、リビングで2人揃ってコーヒーを飲みながら、妙高と足柄は世間話と昔話に花を咲かせた。
目の前に座る彼女はすでに退役している艦娘である。彼女は艦娘が登場して間もない頃に生産された完全初期ロットの艤装貸与者であり、記念すべき海軍の妙高型重巡足柄の第一号であった。さらに、海軍では初めてとなる後期型艤装、通称「足柄改二」の艤装テストと、データ協力を行ったのも他ならぬ彼女だった。2年前に現役を退き、予備役として編入される前後に、彼女は足柄の名前をひとまず捨てて元の民間人へと戻った。その際に、当時の上官だった海軍士官と結婚を果たし、現在はこの場所で平穏に暮らしている。
艦娘としての序列は妙高が上であったが、年齢でも艦暦でも、艦隊では足柄は常に上であった。妙高にとっても先輩と言える艦娘であったが、それと同時に那智の教官を務めた人物でもあった。
「足柄さんが真っ先に結婚して子供も出来て退役するなんて、誰も考えて無かったです」
「失礼ね、それに艤装適応能力も目に見えて落ちてきてたし、単にそういう頃合になっただけよ」
それから、妙高はふと、近くの棚に飾られた一枚の家族写真を見つけた。
夫である海軍士官と、足柄、そして彼女に抱きかかえられる赤ん坊の写真がある。
「舞花ちゃんは元気ですか?」
「ええ、今は上の部屋で寝てるけど。起きてる時はそれはもうすごく元気よ。名付け親の誰かさんに似て」
ふふ、と足柄は笑って見せるが、その表情には少しだけ暗い影が落ちている。
「……今日の用件はその“誰かさん”について、でしょ?」
ええ、と妙高は答える。
「退役艦娘とは言え、噂ぐらいは小耳に挟むわ」
「那智さんの救出作戦が失敗して、上層部が救出計画を完全に凍結し、そのまま置き去りにし続ける事を決定したそうです。深海棲艦支配地域のど真ん中で、置き去りです」
妙高は重々しく口を開く。
「じゃあ、何でわざわざ私に相談を?」
「助けるために力が必要なんです。あなたの協力が」
妙高は、真剣な目で足柄の目を見た。
「残念だけど、私は無理よ」
足柄はそうつぶやいた。だが、無念などと言う言葉からは程遠い、明るい声だった。
「退役艦娘にまだ伝手があるから、彼女たちを使うのがよさそうね。近所に元青葉の子がいて、彼女がマスコミ関係の仕事についてるらしいわ。彼女なら一番だと思う」
「何で無理なんですか?」
それがね、と足柄は照れたような、そして困ったような顔を浮かべて、お腹をさすった。
「二人目が出来ちゃったから……あまり無理は出来なくて」
「そうだと思ってました。おめでとうございます」
妙高は笑顔で返した。
それから、すぐに本題へと戻る。
「今回のリークは絶対に誰かが詰め腹を切らされます……だから、慎重に事を進めて欲しいんです、その元青葉は、信用できますか?」
「もちろん。教官時代の教え子の1人だから、拒否は出来ないでしょうね。ましてや今の私は退役艦娘協会の重鎮だし。協力できる元艦娘なら総動員出来るわ、彼女たちも味方よ」
それから、足柄は鋭い目つきに変わった。
その目を見ても妙高は思わず笑った。退役したとはいえ、その目は前線で戦っていた頃の闘志と戦う愉しみに沸いていた、あの頃の足柄の目だった。
「目論見は?」
足柄の問いに、妙高は答える。
「まず那智さんの生存と海軍上層部による見殺しについての情報をリークさせて、国民の同情心と義憤を煽ります。最近は戦線が停滞していて、軍もまったく実績が無い。ミッドウェイとハワイ攻略作戦も、いたずらに資源を消費するだけで成功は収めていない。国民の軍に対する失意が増えて来ている今なら効果はてき面でしょう。一通り煽ったら、次は上層部に潜り込んだ協力者の将校が、上層部に救出作戦のプランを打診します。今度は、米軍も協力する大規模で確実な救出プランです。マスコミの手で徹底的に貶められた状態で、作戦指令部長に海軍の威信回復のために救出作戦を実行し、成功させて戦意高揚を図り、海軍のイメージアップに繋げる……と揺さぶりをかけて、救出プランの実行を踏み切らせます」
「完璧な作戦ね。それでダメなら?」
「こちらでの救出は絶望的です。でも、この間から那智さんはメールで暗号を使って愚痴を吐いてます「救出が無理なら家出します、探さないでください」って」
ふっ、と足柄は笑った。
「相変わらずね」
「ええ、相変わらずです」
2人は笑った後、また真剣な顔に戻った。
「今から連絡するわ、リーク情報については?」
「在日米軍経由で送信します。協力してくれた海軍兵士5名とアイオワを含む日米艦娘8名の宣誓文章、通信記録、衛星写真、通話ログ、国防省高官3名の証言と、これだけあれば作戦指令部長も否定は出来ない」
「……上層部にも、この件の協力者が?」
ええ、と妙高は答えた。
「海軍も一枚岩の組織ではありません。時代は変わりました。本郷中佐を含めて、海軍内部にも上層部のやり方を変えようとする派閥がいます。今の内閣でも同じ風潮はあるようです。出方次第によっては、海軍の急進派が今回の一件で海軍上層部の大きな“人事刷新”を図る予定だとか」
「クーデターでもやるつもり?だとしたら、あの娘、とんでもない話の引き金を引いたわね」
足柄は楽しそうに笑った。
「まあ、教官時代最後の超問題児だけあるわ。戻ってきたら、説教のフルコースでもしてあげないと」