横須賀鎮守府
出撃任務を終え、艤装の修復を終えた長門は兵舎の自室に戻り、休みながら暇を潰していた。
今日の長門は若干機嫌が斜めだった。発動されたミッドウェイ攻略作戦の支援艦隊として偵察部隊である水雷戦隊の突入を援護するという物だったが、投入されたのは旧型の特型駆逐艦と軽巡洋艦、さらに最新鋭艦とは名ばかりの松型駆逐艦という貧弱な物で、案の定、深海棲艦からの手痛い攻撃を受けて大打撃を受け、戦死者こそ出なかったものの大破8隻という結果を残して撤退した。そのやり場のない光景に、長門はただただ腹が立っていた。
無意味な作戦や、軍事上意味があるのかもわからない作戦をここしばらく続けている海軍上層部のやり方にも失望していたが、何よりも長門は相変わらず那智の救出をあきらめ、南方海域を放棄したという結果を、未だに恨んでいた。
ここ、横須賀鎮守府の指揮官たちも命令には従っているが、閉塞的な毎日に嫌気が差しているのは明白だった。長く続く戦線の停滞に、どの将兵も、そしてどの艦娘も士気を低下させていた。
ベッドに寝転がり、休憩室から持ってきた新聞を暇つぶしに読みふける。
その隣では、ソファに腰掛けた陸奥が、テレビから流れる下らないクイズバラエティ番組を、さも興味無さそうに見ていた。
長門は新聞の見出しを見る、そこには、ゴシック体のでかでかとしたフォントで、“海軍上層部 艦娘を南方海域へ置き去り”“敵地の艦娘 見殺しに”と扇情的な文字が躍っている。
新聞記事の見出しに大々的に書かれた文を見ながら、長門はニヤリと笑っていた。
一週間前から、マスコミは那智置き去り事件に関する情報をリークされて、この件を大々的に、そしてセンセーショナルに報道していた。
南方海域に広がる深海棲艦の攻勢と、それを打破できない政府、以前よりも増して脅かされたシーレーン。国民の不満や不安が渦巻く中、この報道はまさに決定的な一撃となっていた。海軍はもみ消しを図ろうとしていたが、追い討ちをかけるように艦娘や海軍兵士の宣誓文章に通信内容や報告書がマスコミの手に渡り、さらに国防省上層部自らがこの件について公に認めるという異例の事態により、海軍内部には衝撃が走っていた。
もっとも、慌てているのは海軍の上層部に位置するごく一部のグループのみである。作戦指令部長と、そのシンパだ。このマスコミへのリークで、那智の救出作戦断念に意気消沈していた艦娘たちも、少しでも状況が好転する可能性を夢見て、ようやく少しの活気を取り戻していた。
「その記事見たわよ、酷いわね」
「何処かだ?」
陸奥の言葉に、長門は今一度、四面記事を読み直す。
「私たちが那智を置き去りにした件で、「部隊の不手際」だって」
「不手際、か」
記事の該当箇所を見つけた長門は、口元に皮肉な笑みを浮かべる。
「好きなだけ言わせればいい。どうせこの記事を書いてる連中は戦場に行ったことすらない臆病者だ、戦争が何たるかも分かっていないし、連中に理解などされたくない」
それに、と長門は付け加えた。
「マスコミがこの件で“奴”の首を刎ねればそれでいい」
「それはどうかしら」
陸奥は長門の楽観に溜息を吐くが、内心ではそれを望んでいた。
今回のマスコミへのリークは世論を大きく騒がせている。
現場――こと艦娘部隊は彼女の救出に躍起だった事、さらに彼女たちを指揮する海軍の将校たちも那智の救出に前向きで、在日米軍ですら協力体制をとっていた事が明るみになり、それを作戦指令部長自らが却下し、那智に関する救出作戦をわざわざ白紙に戻した事は、民衆に海軍への不信感を倍増させるに十分であった。
ましてや、この件以降、この戦争の実質的な指揮官である作戦指令部長が無意味なミッドウェイ・ハワイ攻略作戦を指揮し、いたずらに戦力と資源を浪費させているという現場からの報告、海軍の広報が伝える戦果自体が“大本営発表”であるという告発など、那智の件を切欠に、彼を糾弾する情報がこの一週間でマスコミに暴露され続けている。
そして、それに同調するかのように、国防省と内閣が動き始めていた。
「妙高と望月の奴は、いつ帰ってくるんだろうな?」
長門の言葉に、陸奥は自然と険しい表情を浮かべた。
今回のリークに関して、横須賀鎮守府では2名の艦娘が関与していると明るみになった。那智の件について証言し、宣誓文章まで書いた妙高と望月である。他にも、米軍艦隊からアイオワとミズーリ、さらに横須賀鎮守府の士官数名もこの件に関与している。
そして、妙高と望月は国防省本部への出頭を命ぜられ、未だに帰ってきていない。
ぞっとする話であるが、2人が出頭を命じられ横須賀を発ったすぎ後に、どこからともなく現れた海軍の情報部と警務科の人間が、妙高と望月の件について執拗な聞き込みを行っていた。長門と陸奥も、例によって尋問に近い質問攻めにあっていた。
長門は本郷中佐に2人がどうなっているのか、そしていつ戻ってくるのか、そもそも戻ってこれるのか尋ねたが、本郷中佐も事態は把握できていないらしく、明確な答えは返ってこなかった。
「さっきから呉の知り合いに海軍総司令部に何か動きがないかと連絡をしてるんだが……繋がらないようだ。他の部隊の連中も、呉方面と通信できなくなったって言っていたが……」
「さっき、呉の方で抜き打ちの演習が始まったって言ってたから、多分それじゃないかしら?」
そうか、と長門は短く答えた。
重苦しい沈黙が部屋に響く。テレビから流れるチープなBGMとSE、芸能人の声だけが部屋の中に響いていた。
そんな中、テレビから緊急ニュースを伝える音が流れ、番組の映像が変わり、そしてニュースキャスターと報道スタジオが映し出される。
画面に表示されるテロップを見て、陸奥は思わず声を上げた。
15分前 呉鎮守府 国防海軍総司令部
海軍総司令部が存在する呉鎮守府は、喧騒に包まれていた。
多数の艦娘を擁し、そして世界最大規模の艦娘基地となっているこの場所は、現在厳しい警戒態勢が敷かれている。艦娘たちは呉鎮守府の周辺海域に緊急配備され、警備の兵士たちが慌しく周囲を駆け回っている。
作戦指令部長の命令により、対テロ警戒の訓練と命令が伝わっているが、彼の取り巻き、その信奉者、そして直接の部下たる艦娘は突然の決起命令を遂行していた。末端の兵士たちも疑問を感じてはいたが、命令には従うほかなかった。
総司令部の建物周辺には警備の兵士たちが待機していた。日も落ち、すっかり辺りが暗くなった中、サーチライトと街頭の明かりが、呉鎮守府を昼のように照らし出していた。
その一角に、海軍の迷彩を施した96式装輪装甲車が停車していた。
中には、完全武装の兵士たちがシートに腰を下ろし、出動を待ち構えている。その中に混じって、小柄な少女も座っていた。
頭に浮かぶ特徴的な、ウサギ耳のような浮遊デバイスと銀色の長い髪が、彼女が特型駆逐艦の艦娘、叢雲であると物語っていた。
しかし、彼女の姿は艦娘の姿とは程遠かった。識別用制服であるワンピース型のセーラー服ではなく、黒い
彼女がなぜ、陸戦装備で装甲車の中に待機しているかは、今の叢雲と同じ格好をした隣に座る男が知っていた。
「どうしてこんな事に……」
何度呟いたかわからない独り言を漏らす叢雲だったが、隣の男――彼の上官であり提督でもあり、そして元陸の兵士である――海軍の独立部隊、傭兵艦隊の提督は、無表情のまま聞き流していた。
「仕事だからだろ。文句言うなよ」
「私は艦娘で、戦う相手は深海棲艦、それなのに、こんな話聞いてないわよ」
「依頼は依頼、契約は契約、仕事は仕事、それが俺たちの仕事だろ」
彼はそう呟くと、スリングベルトで吊ったM4突撃銃のグリップを握り直した。
叢雲は納得いかないのか、不安を口にした。
「よりによってクーデターだなんて」
「反乱するのは俺たちじゃない、あいつらだろう」
彼は、吐き捨てるように答えた。
国防省上層部、そして内閣は極秘裏に決定を打ち出していた。
那智の件を切欠に、海軍内部で独走を続け、権力を持ち、そしてコントロールが利かないまま不穏な動きを続ける作戦指令部長に対して調査が進められていた。那智の件をきっかけに、艦娘により内部告発が進められ、作戦指令部長の海軍の私物化と、それに伴う不穏な計画が明るみになった結果、ついに作戦指令部長の罷免が決定した。
しかし、作戦指令部長は呉鎮守府周辺に日本海軍の精鋭艦娘部隊をすべて配置し、封鎖するという形でこれに返答した。国防省上層部は作戦指令部長とようやく対話を果たしたが、帰ってきた答えは「辞任を拒否する」との答えのみだった。
そして、国防省上層部は最終手段を発動した。
周辺は空母艦娘による防空体制が敷かれ、空路は封鎖されていた。
それと同時に、陸路は戦車を含む装甲車両と兵士によって閉鎖され、呉市内は厳戒態勢となっている。作戦指令部長の身柄を確保するというこの作戦には、特殊部隊の隠密作戦が不可欠とされていた。
そして1時間ほど前、厳戒態勢下の呉鎮守府に、国防省直属の特殊部隊と、政府の要請を受けて出動した米軍のSEALsが決起部隊に混じって潜入、そして呉鎮守府内部の政府支持派が反乱部隊に潜入し、彼らの潜入をサポートしていた。
作戦目標である作戦指令部長を確保した時点で、周辺地域に展開完了した国防陸軍による部隊が呉市内に突入し、反乱部隊が抵抗をするようであれば鎮圧するという指示が出ている。
また、米軍の艦娘部隊、そして海軍の政府支持派艦隊も、周辺海域に展開し反乱部隊の艦娘鎮圧を行うという筋書きだ。もっとも、作戦指令部長の身柄を確保した時点で、反乱部隊は抵抗はしないだろうと上層部は踏んでいる。
「5分前だ」
2人の隣に座っていた、黒いベレーを被った兵士が、2人に声をかける。
そして、彼は声をかけた兵士の顔を見て、声を上げた。
「よお小松、久しぶりだな」
小松と呼ばれた若い兵士が、露骨に顔をしかめた。
「……その名前はここではよせよ。お前こそ何でここに」
「仕事だよ仕事。国防省の連中から直接オファーが来た。まあ、傭兵の艦隊だからな、うちは」
小松は、彼の言葉を聴くと皮肉な笑みを浮かべた。
「アフガンの時から変わってねえな」
「お前こそ、まだ誰かの尻拭いしてんのか?そろそろ転職しろよ、いい警備会社知ってるぞ。中東で高給の仕事があるんだ」
「まあ、考えておくよ」
私語もそこで切り上げると、装甲車の中にいた兵士たちが一斉にシートから腰を上げて、展開の準備を始める。叢雲も少し遅れて、立ち上がった。
すべての兵士が一斉に銃を操作し、初弾を薬室に装填する。
装甲車が動き始め、鎮守府内の道路を進み始めた。
「叢雲、命令あるまで発砲するな」
彼は険しい口調で叢雲に伝える。
「撃ってきたら?」
叢雲の言葉に、彼はただ淡々と答えた。
「兵隊だろうが艦娘だろうが容赦するな、撃ち殺せ」
彼の言葉に、叢雲は生唾を飲み込む。
『ロメオ2、配置に付いた』
『こちらアルファ3、配置完了』
『デルタ6、配置が完了した』
『SEALsのスナイパーチームが配置についた、射撃準備完了』
『各チームは命令あるまで待機せよ』
無線機から着々と配置完了の報告が入る。
叢雲は装甲車の外部視察用窓に顔を寄せ、外の様子を伺う。窓の外には、呉鎮守府のヘリポートが見えた。
爆音を響かせて、海軍のオスプレイがヘリポートへと着陸する。
機体後部のハッチが開くと、中からぞろぞろと重武装の兵士が降りてきた。国防海軍精鋭特殊部隊であり海兵旅団で、89式小銃ではなく、光学サイトを付けた最新鋭のSCAR-L突撃銃を手に持っている。海兵旅団の兵士たちは、周辺を警戒しながらオスプレイを守るように展開していた。
そして、総司令部の正面玄関が開くと、物々しい武装の警備兵に囲まれて、1人の男が現れた。海軍高官の制服、胸にずらりとそろった略章、肥満ぎみの体系。そして、両脇を固めるのは秘書艦の矢矧と大和。
叢雲も、初めてその姿を生で見た。
「作戦指令部長のお出ましだな」
彼は小声で呟いた。
作戦指令部長の顔色は優れなかった。寝不足気味なのか目の下に隈を作り、不安を隠さない表情で小走りにヘリポートへと向かっていく。
脇に追従する秘書艦が何か話をしているが、作戦指令部長はそれを聞き流しているようだった。彼は腕時計に視線を落とし、時刻を確認した。
装甲車が停車する。緊迫した空気が車内に流れた。
『ゴールドイーグルより全チームへ、作戦を開始せよ』
無線から指揮官の指示が流れた瞬間、装甲車のハッチが開いた。
外の空気を感じる間もなく、叢雲は他の兵士と共に装甲車の車外へと素早く展開した。すぐさま兵士たちは、手にした突撃銃を構えた。
突然の武装集団に、護衛の兵士たちが急いで銃を構えようとした瞬間、轟音のような銃声が三方向から浴びせられた。
M4突撃銃や、MP5SD短機関銃の銃声と共に作戦指令部長を守っていた護衛の兵士が、血煙を撒き散らしながら崩れ落ちる。ようやく奇襲のパニックから抜け出した兵士たちが、慌てて89式小銃を構えようとするが、遠くから鳴り響いた銃声と共に飛来した、SEALsチームの狙撃が容赦なく彼らの頭蓋骨を撃ち抜いた。
作戦指令部長は、秘書艦を見捨てるように一目散でヘリポートへと駆けていく。
ヘリポートでは、展開していた海兵旅団の隊員が襲撃者たちに銃撃を向けるが、多勢に無勢であり、次々とSEALsチームの狙撃と、特殊部隊の銃撃により倒れて行く。
オスプレイのローターが回転数を上げるが、次の瞬間、飛来した.50口径の銃弾がキャノピーを貫通し、パイロットの顔面を容赦なく吹き飛ばした。
叢雲は空になったMP7の弾倉を交換する。銃撃はすでに終了し、下がっていくオスプレイのローターの回転音と、ようやく鳴り始めたサイレンが、辺りに響き渡っているだけだった。
周辺に展開した特殊部隊の隊員たちが、突撃銃を構えながらじわじわと虐殺場と化したヘリポートを包囲していく。銃撃により痛手を負い、はいずり回る兵士たちを見つけては、隊員たちがその頭部を撃ち抜いて止めを刺していた。
秘書艦であった矢矧と大和は、返り血を頬に張り付かせたまま、腰を抜かしてそのまま死体の海の真ん中で、怯えた顔で両手を上げていて投降の意志を示していた。
サイレンの音が止まると同時に、陸軍のUH-60JAが爆音を響かせながら、呉鎮守府の上空へと現れた。備え付けのスピーカーから、ステレオタイプな降伏勧告が流れ始めた。
ヘリポートの上で腰を抜かして倒れ、這いずり回っている男を隊員たちが掴んで引き起こす。茫然自失の顔を浮かべたそれは、この海軍の実権を握っていた男とは思えない程、滑稽な表情を浮かべていた。
『こちらオメガ、目標を確保、繰り返す、目標を確保した』