南方海域ひとりぼっち   作:Colonel.大佐

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撤退9日目 太平洋上

 艦娘母艦、くにさきの甲板で、長門は何度ついたかわからないため息を吐いていた。

 

 大海原を突き進んでいく船団――艦隊ではなくあえてこう呼ぶ――は、南方海域からの撤退を果たし、これから日本本土へと向かって転進している。

 トラック、グアム、パラオ、サイパンと言った各基地は深海棲艦の大攻勢を前にただただ反撃も出来ずに撤退していた。日本海軍のみならず、アメリカ海軍の太平洋派遣艦隊、EU太平洋遠征艦隊など多くの海軍が、太平洋中部・南方海域という深海棲艦との最前線から撤退していた。

 長門が乗艦しているくにさきを旗艦とする船団は、日本海軍とアメリカ海軍の護衛艦やフリゲート、イージス艦、そして出来る限り徴発された民間船舶を抱えた58隻という大所帯であり、さらにその間を護衛するように、幾多もの艦娘が周辺海域を警戒し、時折引っかかる深海棲艦の潜水艦やはぐれ艦隊を散発的に攻撃していた。

 

 このエクソダスは成功したと言っても過言ではないだろう。しかし、深海棲艦の攻撃によって少なくない犠牲が出た上に、南方海域は再び深海棲艦の手に渡り、開戦以来未だかつてない強固な戦力によって守り固められていた。

 甲板の上では、船内の重苦しい空気が耐え切れずに居場所を求めていた艦娘たちが何人が出ていた。長門もその1人だった。

 

 長門の所属する基地は、深海棲艦の空襲を受けて壊滅した。

 しかし、それは基地設備のみに限った話であり、基地要員や殆どの艦娘、さらに提督も脱出に成功しており、近隣海域の部隊の中でも奇跡的とも言える軽微な損害で脱出に成功している。

 だが、それは“軽微”という言葉で表現されてはいるが、彼女たちにとっては最大最悪の損失であった。

 

 重巡那智の喪失。

 

 艦娘はあくまで艤装を貸与され、それを動かす特殊能力を備えた人間である。上層部は兵器として艦娘を「喪失した」「失った」「破壊された」「沈没した」と表現するが、それは紛れもない戦死と同義の言葉だった。長門の部下であり、提督の悩みの種であり、基地のお騒がせ者であり、それでいてムードメーカーであり、戦闘において「姫」クラスの深海棲艦を幾度となく撃破したこの艦隊きってのエースが、この撤退戦で死んだのだ。

 

 とはいえ、長門は那智の最後を見ていない。

 彼女の任務は提督らを乗せた脱出艇の護衛であり、深海棲艦の夜間爆撃機を前に警戒し、対空機銃と高角砲を狂ったように乱射していた長門は、最後尾で起きていた出来事を知る由もなかった。空襲の範囲から逃れ、さらに敵戦艦の射程圏内からも逃げ延びた長門は、混乱が続く無線の中で那智に向かって労いの言葉をかけようとした。

 だが、無線は繋がらなかった。代わりに、羽黒の嗚咽と、沈痛な空気を携えた仲間たちだけが長門の後ろに続いていた。

 

 羽黒曰く、那智はまだかろうじて浮いていた。

 艤装が大破し、沈みいく中で羽黒の手をつかもうと伸ばした瞬間、那智は浮力を失い沈み始め、そして航行能力を失って艦隊から落伍していったという。

 引きとめようとする羽黒を前に、妙高はその手を掴んで彼女を無理やり引っ張った。

 

 後方から追撃するフラグシップの戦艦に突っ込んでまで、羽黒は那智を救おうと尽力していた。だが、彼女が那智を追って艦隊から外れる事によって起こりえる危機を瞬時に予測した妙高は、迷いを一切断ち切って羽黒を掴んだ。姉妹とも言うべき仲であった那智が、もう助からないと判断して。

 

 艦隊の指揮官である長門にとっては、それは正しい選択だと思った。事実、状況を聞く限りでは那智はもう生存していないだろう。

 この基地に所属していた艦娘たちの誰もが、那智の戦死の報に顔を暗くした。

 撤退から1週間。誰もが、この那智の死に踏ん切りをつけてこれからの戦いについて備えていた。艦隊のエースを殺したような敵たちを前に、立ち向かわねばならない。感傷にひたるのは、勝ってからでいいと。

 だが、1人だけその気持ちを捨てきれない艦娘がいた。羽黒だった。

 

 彼女は仲間たちの前からよく姿を消した。長門は決まって、艦内から彼女を探し出すのが日課になっていた。

 甲板上に出た長門は、ようやく羽黒を見つけた。

「ここにいたか、妙高が呼んでいるぞ」

 羽黒の背中へ長門は声をかけた。

 しかし、反応はない。

 甲板の上で呆然と立ち尽くしながら、基地のあった南方の方角を向いている羽黒は、いつものように長門の言葉が耳から通り抜けているようだった。

 いつもの状態である。那智が沈んでから、羽黒はもうずっとこの調子だった。初めは泣き崩れていたが、いつしか涙は止まり、今度は言葉を失ったように口数が少なくなった。

「羽黒、聞いているか」

 長門が羽黒の肩に手を置く、そこでようやく、羽黒は振り向いた。

「す、すみませんっ……」

 謝る事はない、と長門は自然に口に出していた。

 気まずい沈黙が流れるが、長門はそれを破るように話を始めた。

「那智の件は残念だった、だが、責めるべきは自分ではない。あの状況ではどうしようも無かった」

「長門さん……」

 羽黒は何か呟こうとするが、言葉に詰まる。

「私だって、未だに信じられない。だが、戦場で「もし」「たら」「れば」は無意味だ、時間は巻き戻せない。我々に出来る事は機会を伺い、那智の仇を討つ事だ、前を向こう」

「……はい」

「妙高も心配している。早く指揮所へ戻ろう、みんなが待っている」

 長門は羽黒の背中をやさしくたたくと、彼女を連れて艦の指揮所へと戻っていった。

 

 

 

[ミッションログ 9日目]

 

 もし私が生きている事が解ったら、ここで寝て飯を食べてやる事もなく過ごしている合間でも給料は発生するだろうか。

 凄いな、もしかして働かずして金を貰えるのか!最高だな!

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