ソードアート・オンライン外伝 ―One man's side― 作:北川みゅー
翌朝は8時に起きた。今日は午後1時に黒鉄宮に行けばいいのであるが、提出書類は書き終えた――元来真面目な性格の人間ではないので、再度の見直し等は頭にまったく無い――ため、他の人がどういう生活をしているか町を見て回る事にした。そしてその旨を同じ宿の別室に泊まっているグリフォーにもメッセージで伝える。
≪Koume:おはよう。もう起きてる?≫
≪Koume:9時頃出て、朝食のついでに町の様子でも見てこようと思うんだけど、行く?≫
すぐに返事が来た。
≪Griffo:おはようございます。≫
≪Griffo:私も一緒に行きます。9時にホテルロビーでいいですか?≫
OKという返事を返したものの、時間はまだ8時半にもなっていない。暇を持て余してアイテムストレージの整理を初めてみたが、何分ゲームスタートして間もないために持ち物は少ない。
・カッパースピア*1
・ショートソード*1
・スローナイフ*38
・初心者服(女)*1
・初心者スカート(女)*1
・ヒールポーション*8
・手鏡*1
女性用の初期装備がイタい記憶を蘇らせる。売るなり捨てるなり、さっさと処分してしまえばいい所であるが、それが出来ないのはゲーマーならではの収集癖だろう。以前にもアイテムストレージに重量や数量の制限の無いゲームで、一切物を売らずにクリアといったプレイもしていた事がある。デスゲームと化したSAOでは、さすがに<イノシシの肉>の様な物は売ってはいたが、そういった性格自体はなかなか変わらなかった。
なので、この手持ちアイテムを見て思う事はこうだ。
(手鏡って何かに使えないかな?)
(日光を反射してモールス信号の様に連絡するとか。
いや、フレンド登録してなくても同じ層にいるなら簡易メッセージが飛ばせるし、
何よりモールス信号を知ってる奴なんていないかもしれないな…。)
(日光を反射させたら敵の目を眩ますくらいは出来るだろうか。
それとも、もし数千枚の鏡を並べて、一点に光を集めたら攻撃に使えるか?
集めるのも並べるのも面倒そうだ…。)
(あ!スカートの下にこの鏡を…。
いやだめだ、大きすぎる。割ったらオブジェクト自体が消えてしまうしな。
実際には行動を移す勇気は無いが、どうしてもそういう事も考えてしまうのは致し方ないというものだ。
何にせよ、多分に妄想を含んではいるものの、手鏡1つであれこれ考える事が出来る性格は時間潰しに丁度よかったと言える。
時間は過ぎ、まもなく9時になろうとしていた。
噴水広場に近い、ホテル調の大きな宿屋の1階ロビー。グリフォーとの集合場所であるそこに到着した。
すでに彼女はロビーにいて、俺を待っていたようだ。
「おはようございます。」
『おはよう』と返事を返し、グリフォーを見てみたら彼女はロングスカートをはいていた。だから何、という事はない。
「提出物はもう出来上がりましたか?」
『もちろん。
宿題はすぐに片づけてしまいたい方なんでね。』
「私もそうなんです!
5時には書き終えたので、武器防御スキルを消して料理スキルを上げてましたよ!」
『おー、いいねぇ。
美味いものが作れるようになったら集(たか)らせてもらうとしよう。』
『さて、ちょっと外に出てみようか。
あれから3日経って、他の人がどんな様子なのか気になってな。』
まずは近くの噴水広場だが、もし現実世界にこの公園があったらデート中のカップルで一杯だろうという雰囲気の場所だ。ましてやここはゲームの世界。どこからともなく聞こえてくるBGMがさらに心地いい空気を作る。実際はどうであれ、他者から見たら<デートをしているカップル>に見える状況に多少の優越感を覚える。
しかし1万人を収容した程の面積のある広場に、他にその様なカップルの姿どころか、人の影そのものがまったく無い。ここには上層と行き来できる<転移門>があるが、誰かが第1層のボスを倒し、第2層に辿り着かないと使用出来ないみたいだ。
「なんか、寂しいですね…。
こんなにきれいな公園なのに。」
噴水広場から延びる、はじまりの町で一番のメインストリートにも人の影は無い。迷宮区へと続く、第2の町である<ホルンカの村>は北西門から出て、リトルネペントが生息する森を抜けた向こう側だ。
『ダンジョンの攻略に行った人達は次の村を拠点にして、
この辺で狩りをしてる人も町の外側の店や宿屋を利用してるんだろう。
俺とサヤナもそうしてたしな。』
「そうですよね…。」
「人がいなさそうな所も歩いてみませんか?
この町の事をもう少し知っておきたいので。」
『あー、それが目的だったわ。
自分の住む町の事は知っておきたいからな。』
ヨーロッパ、ローマかミラノの街並みの様な雰囲気のある巨大な町を2人で歩いた。実際にヨーロッパを旅した事は無かったが、ただ歩くだけもなかなか良いものだと思った。隣を歩くグリフォーも同じ感想を持っている様だ。
「もう少し活気があればいいんですけどね…。
まだ難しいですよね。」
『そうだな。まだ、な。』
「私、この町に残った人達に戦いに出て欲しいとは言いませんが、
せめて落ち込まず、希望を持ってゲームが攻略されるのを待っていて欲しいと思います。
そのために私が出来る事は、シンカーさんのギルドを手伝う事くらいかなって。」
良い子だ。本当に良い子だ。俺も彼女と同じく圏内に閉じこもっているプレイヤー達にもせめて希望を持って欲しいと思ってはいるが、その先には「前線のプレイヤー達に支援をして欲しい」という意図も含まれている。実際に前線で剣を手に戦わなくてもいいが、生産や採集や料理のレシピ研究でもいい。何か役に立ってもらいたい。さすがに「自分自身は戦わずに他者を死の危険がある戦場に送り込む」と考える程、そこまで腹黒ではない。
大通りから離れた下町を歩いていると、教会と思われる建物を見つけた。まだ見には行っていないが、マップによると圏内の街はずれには神社や寺院もあるらしい。この状況だ、今まではそうでなくても神や仏にすがりたくなる人は多いだろう。特に宗教に興味の無い俺でさえも、神社を見つけたら参拝してみようかという気になった。
午前11時。NPCが営業するカフェでに入って早めのランチを食べる事にした。黒鉄宮から多少距離はあるが、昼1時丁度に行かなければならないわけではないだめ、そんなに急がなくてもいいだろう。
「このサンドイッチおいしいですね~。
一番安いパン、5個分の値段だけど。」
『あのパンはもういいわぁ…。
多少戦闘が出来ればイノシシ倒して稼げるし、“食”くらいはちゃんとしたいところだね。』
「せめてこれくらいの食事が普通に出来る様になれば町も明るくなりそうですね。
でも戦闘出来ない人のために、これからギルドがサポートしようという事ですよね?」
『んー。そう、だな。』
本当は<働かざる者食うべからず>という意見を言おうとしたが、サヤナが町を離れた今、現在唯一と言っていい知り合いであるために口を噤む。ここで議論を展開しても意味が無い事だからだ。
「本格的に料理スキル上げようかな…。」
食事を終え、真っ直ぐ黒鉄宮に向かったが、到着したのは午後1時半程であった。
黒鉄宮では昨日と同じくシンカー氏に賛同する者達が集まっており、運営希望者がまた新たに来ている様であった。ユリエールさんともう1人は手分けをし、今日新たな希望者への説明と、俺達の様に昨日集まった人からの書類回収を分業していた。
「また結構集まってますね~!」
『人が多いとまとめる側は大変だろうけど、運営業務は楽になるかな。
邪魔にならないよう、提出物だけ渡してしまおう。』
ユリエールさんではない、青い髪をしたもう1人に書類を渡し、その日は黒鉄宮を後にした。