アブソリュート・デュオ 覇道神に目を付けられた兄妹 作:ザトラツェニェ
side no
しかしながら、地下には《
内一つ、警備隊詰め所には
(……我ながら無様なものですね)
牢獄の中で目が覚めた《K》は敗北を察し、次いで拘束衣によって身動きを取る事が敵わず、
しかしその瞳に怒りはおろか、あの時の闘いで見せた狂気すら消え失せていた。心の内も荒れ狂っていた闘いの最中とは違い、平静そのものだった。
まるで今までの長き夢から覚めたようにーーー影月の《
そんな心の変化の理由は何なのかーーー《K》自身が一番分かっていた。
(結果的にああなっただけだと、分かっているというのに……)
あの時ーーー銀色の少女が振り下ろした刃を止めた透流の背中を目の当たりにし、彼は激情を猛らせた。
けれど今は、瞼を閉じる度に浮かぶその光景が、言いようのない敗北感を《K》へと与えている。透流の取った行動が、《K》が胸の奥底で上げ続けていた悲鳴にーーー助けを求める声に応えた形となったが為に。
さらにその後現れた、影月に自らの内心を的確に言い当てられたが為に。
(……如月、影月……彼は私の心の内を……全部見抜いたのでしょうね……)
彼の脳裏にはあの時の言葉が鮮明に蘇る。
『君は結局ーーー寂しかったんだろう?』
(……あの時に、大きく取り乱してしまったという事は……心の何処かでそう思っているんでしょうね……)
《K》は自分の過去を振り返ってそう思う。
彼は兄が死んだ時からーーーずっと一人だった。そして戦場を毎日駆け抜ける地獄を経験し、彼の心は誰かに助けを求めていた程ボロボロだった。そんな心の悲鳴をーーー誰かに気付いてほしかったのだろう。
そんな悲鳴に透流は偶然応える形となりーーー影月は完全に見抜いてそれに応えた。
(……出来れば彼と、詳しくお話をしてみたかったですね……)
そんな自分の内心を見抜いた彼に、《K》は色々と話をしてみたくなったがーーーそんな感情を抱くにはもはや手遅れだった。
遠くない将来、《K》は死ぬ。
組織の情報を引き出された後、始末されるだろう。
その結末を理解した上で、彼に抗う意志はなかった。
自分を切り捨てた組織の為に黙秘する義理は無いし、そして何より透流に対する執着と共に、生への執着もまた失いつつある為に。
だからもう叶わない願いだと思ったーーーそんな事を考えている時だった。
「
突として、澄んだ声が牢獄の内に響く。
(なっ……!?)
直後、眩い光が発生した。
前触れなく起きた事象に、《K》の心の内が大きく揺れ動く。
(これはーーー
彼の見立ては正しい。彼が今、目にしている光は以前、《
(ですが、誰がどのような目的で……!?)
《K》が当惑する中、光は格子を越えて外にまで溢れーーー弾けた。
直後、《K》の右前方から現れた人物から滲み出る気配に、彼は数瞬呼吸を忘れた。
どこまでも澄みきった水のようでありながら、底知れぬ深淵を思わせるその者の気配に。
(い、いったい何者だと言うのです……!?)
招待不明の者は、ゆっくりと《K》の目の前に向かって歩みながら、言葉を紡ぐ。
「全ての役者は演じるべき役目があるーーーけれどその役目を終えた時、役者はどうするべきだろうね」
そしてその者は《K》の目の前で立ち止まり、彼を一瞥した。
その澄んだ声を発していたのはーーー十代半ばの少年のものであった。
しかしその少年の雰囲気は年相応のものではない。雰囲気もその姿も形容するならまるでーーー闇。
深淵の闇が人をかたどったかのような存在だと、《K》は感じた。
佇む少年の髪が、服装が、刀の柄も、収める鞘すらも、黒色で統一されていた為に。
そんな少年はふと、目の前の虚空へ問い掛ける。
「ーーー貴方はどう思う?
そのような常人から見れば、何も無い空間に一人言葉を投げ掛ける彼を狂気の沙汰だと言うかもしれないがーーー
『ふふ……ふふふふ……』
そんな少年の問い掛けに応えたのはーーー
(なっ……!!?)
そんな突如聞こえてきた笑い声と気配に、《K》が二度目の驚きを浮かべる。
そしてその瞬間、日の光が差さない牢獄にーーー
(ーーーガッ!?)
その瞬間、押し潰されると思う程の大圧力と、骨まで砕けそうな程の存在感が《K》の体を襲う。
牢獄の壁に、床に、天井に亀裂が走っていきーーーそれと共に《K》を捕らえていた拘束衣に繋がる鎖が砕け散り、彼の口枷すらも耐えられずに砕け散る。
全ての拘束が解かれた《K》だったがーーー規格外の重圧によって身動きすら取れずに地に押し付けられ屈服する。
「あ……がぁ……!」
以前《K》が偶然接触したシュライバーの狂気的な殺気や、ザミエルの凄まじい圧力などよりも、
だがーーーそんな歴戦の戦士すらも身動きが取れない状況で、少年はただ一人
「…………へぇ、これが噂に聞く黄金の獣の《力》なんだね」
常人ならばすでに肉体も魂も蒸発していてもおかしくない程の重圧の中、平然と立っている少年はもはや異常の塊である。しかしーーー
『ふむ……極力《力》は抑えているつもりだったのだがね。まさか突然現れた卿に看破されるとは思ってもなかった。そして、そこの男もよく私の《力》に耐えている』
その少年すらも上回るだろう異常の塊が光の中から投影するように、人型をとっていく。
身長が高い《K》でさえも、遥か見上げるだろう長身。その上で均整の取れた体格。完璧と言って差し支えない程の顔。
暗かった牢獄に黄金の光をもたらすその男はーーー
「その反応から察するに、私の紹介は不要のようだな」
闇色の少年に地獄の底めいた……燃える光を放つ黄金の双眸を向けて言った。
「ふふふ……初めまして、黄金の獣様」
「ふむ……すまないが卿と話をする前に少しこちらの少年と話をしてもいいかね?」
「構わないよ」
黄金の獣ーーーラインハルトは少年にそう言って《K》に向き直る。
「さて、卿についてはよく知っている。ケヴィン=ウェイフェア」
「ぐっ……な、なぜ……?」」
ラインハルトは地に伏せている《K》に憐憫の眼差しを向ける。
「それはなーーー卿の兄と言葉を交わした事があるからだ」
刹那、《K》の心臓に黄金の聖槍が突き刺さりーーー貫かれた。
「ーーーがっ……こ、これは……?」
「何、案ずる事は無い。卿もまた
《K》の疑問にラインハルトはそう答えーーー突き刺さった槍を引き抜く。
体から槍を抜かれた《K》は絶命し、後に残った死体はどこからか伸びてきた影に飲み込まれ跡形も無くなってしまった。
「卿も兄と同じく、私の内に渦巻く
「………………」
少年はそんなラインハルトをただただ、その闇色の瞳で興味深そうに見ていた。
そしてどこからか伸びてきた影も消え去ったのを確認すると、ラインハルトは聖槍を虚空に消して少年へと向き直った。
「さてーーー待たせてしまったかね?」
「いや、色々驚いたけれど……一つ訪ねていいかな?」
「何かね?」
ラインハルトは少年に視線で続きを促す。
「彼を殺したのはなぜ?」
「ふむ……なぜか、と問われてもな。英雄の資格ありの者を取り込んだーーーあるいは我が愛児の望みを叶えてやったーーーそんな所だ。それを聞いてどうする?どちらにせよ、卿も彼を始末しに来たのだろう?」
「……そうだね」
少年はそう言って苦笑いを浮かべる。
「彼はすでに役目を終えたからね。役目を終えた役者は退場してもらわないといけなかった。だからむしろ手間が省けてよかったよ」
「ほう、実に興味深い事を言うのだね。《
すると新たに第三者の声が牢獄に響き渡った。
一部の者しか知らない呼び名で呼ばれ、少年はラインハルトの背後に現れた謎の気配へと警戒を向ける。
一方のラインハルトは背後に突如現れた者に見向きもせずに話す。
「用は済んだのかね、カールよ」
「ええ、この通りーーー」
ラインハルトの背後からゆっくりと影絵のような男ーーーメルクリウスが右手の上に光球を浮かべながら、ラインハルトの斜め後ろに付く。
その様子を尻目に、ラインハルトは呆れたように肩を竦める。
「卿は他力本願が
「これは汗顔の至り、しかし幾つか理由を述べさせていただきたい」
そう言ってメルクリウスはラインハルトの前へと歩み出て、説明する。
「まずーーー私は貴方が想像している程、頻繁に動き回っていない。まあ、確かに裏方として申し訳程度に動いてはいるがーーーあまり動けば、この歌劇にも支障が出かねない。それは私としても避けたい事態なのでね。故に干渉するとしても
そのままメルクリウスは次の説明を始める。
「そして
メルクリウスは光球を右手で弄びながら説明した。
「……それは?」
とそこで少年がメルクリウスの手の上に浮いている光球を指して問う。
「これを見るのは初めてかね?《
メルクリウスは陰湿な笑みを浮かべて、その光球を掲げる。
「これはこの世に存在する森羅万象、ありとあらゆるものに宿っているものーーー君に理解しやすく言うなら《魂》というものだよ。最も正確には霊魂、と表してもいいがね」
「なるほど」
メルクリウスの説明を聞いた少年は頷き、メルクリウスへと視線を向ける。
「よく分かったけど……貴方は?」
「おっと、これは失敬ーーー私はカール・エルンスト・クラフトーーーと言えば分かるかな?」
メルクリウスがそう名乗ると、少年は一瞬目を見開き、年相応の笑みを浮かべる。
「ああ!貴方が
少年の笑みを見たメルクリウスも、珍しく本当に嬉しそうな笑みを浮かべる。
「そう言ってもらえて喜ばしいよ、《
瞬間ーーー少年は腰の刀を抜き放ち、それを地から天へと弧を描くようにメルクリウスに向かって振り抜いた。
そのような強行が瞬きする間に行われ、真っ二つに斬られたメルクリウスからは断末魔のような悲鳴が上がるーーーかと思いきや。
「それでよいのか?」
少年の耳に届いたのは呆れたようなラインハルトの失笑だった。
「甘いな。“これ”はそう簡単には死なんのだよ」
「ふふふ……その程度の《力》しか持ち得ない君は私が直接手を加えたあの兄妹に少しばかり劣るのだよ。まあ最も、君が流出位階になれば話は変わってくるだろうが」
切り裂かれた断面も、傷も、跡形もなくメルクリウスは平然と笑いながら立っていた。
「……やっぱり、今の僕じゃ倒せないか……貴方が初めてだよ、僕が軽く《力》を振るって倒れなかったのは!ふふふ……ははははは!!」
少年は平然と立っているメルクリウスを見て、堰を切ったように笑い出す。
少年は歓喜していた。かつて共に武道を学んだ仲間が、最愛の家族が、そして自らに好意を抱いていた幼馴染の少女すらもーーー少年が自覚した《力》の一片を振るう必要も無く死んでしまった。それ以来、彼は壊れる事のなさそうな者を探していた。
そしてーーー見つけた。神の如き力を持つ彼が、軽く攻撃しても死なない者を。
少年の数十秒にも及ぶ歓喜の笑いが収まるとーーー少年は薄っすらと光を纏っていた黒刀を鞘へとしまう。
すると少年の胸元から眩い光が生まれ始めーーー
白い刀身に、黒い刃を持つ禍々しい刀へと。
「ほう……」
その様子に黄金の破壊公は笑みを浮かべーーー
「ふふ、ふふふふふふふ……」
水銀の魔術師は含み笑い、この状況を楽しんでいた。
「じゃあ、少しだけーーー本気を出させてもらうよ!!」
少年はそう言うと同時にーーー目にも止まらない速さでラインハルトへと接近し、ラインハルトの首に目掛けて水平に振り抜いた。
今の彼の攻撃は、速度も攻撃力も黒円卓の平団員程度なら超えるだろうものとなっていた。
だがーーー
「その程度か?」
「ーーーッ!!」
ラインハルトはその奈落のような黄金の瞳を少年に向けて優雅に笑っていた。首を晒して、そこに刃を切り込まれて尚、一切の痛痒を浮かべていなかった。先ほどの一撃ではラインハルトの首を断ち切る事は出来なかったのだ。
それを理解した少年は即座にラインハルトから飛び退いて距離を取る。
だがーーー
「ふむ……これは……」
ラインハルトは首に触れ、少しだけ瞠目する。ラインハルトの首の左側面には、先ほど刃を受けた場所に薄っすらと朱線が入っていた。
「はは、ははははは……
「百年程前の刹那と戦った時ーーー以来ではないかね?」
ラインハルトはその朱線に触れながら笑みを深め、メルクリウスは懐かしむように話す。
「……だが、カール。この少年、もしやーーー」
「ええ、この少年は
「なるほど、卿の話から聞いてはいたが……」
「実際にお目に掛かるのは初めてかな?まあ、自然に現れる事自体が稀だから仕方がないと言えばそれまでなのだが……さて、この少年はどうしますかな?」
「卿はどうする?」
「本来ならば特に何もしなければ放置するが、彼に至っては我らを認知し、あまつさえ攻撃を仕掛けてきた。それだけで十分消滅させる理由にはなるのだがーーー今は貴方や愚息、そして女神に捧げる歌劇が忙しい故、私は彼に
メルクリウスの言葉を聞き、顎に手を添えて長考に入るラインハルト。
対してメルクリウスは目を瞑り、黙して友人の言葉を待ちながら考える。
ラインハルトとメルクリウスーーーそんな二人の化け物が闇色の少年に対して思考している間、少年は刀を構えたまま二人に警戒を向けていた。
一見すると、二人は今まさに無防備だがーーー今攻撃をしてしまえば、その時点で自分は終わってしまうと彼は直感的に感じて攻撃を仕掛けないでいたのだ。
そしてややあってーーー
「ならば、これでどうかね?」
ラインハルトがそう言い、まるで照準を合わせるように、右手を前にかざして構えを取る。
それが何を意味するのかーーーメルクリウスは親友のその行動の意図を察してより一層笑みを深め、闇色の少年は身を半身引いた。
「おやおや獣殿。何をなさるおつもりかな。ここで神威を揮うなどどういうつもりなのか、説明願いたい」
メルクリウスが大げさに、まるでいたずらをしようとする子供を咎めるように声を上げる。
「何、そう大した事ではない。彼がこの歌劇に登場する役者に相応しいか否かーーー故、これで試させてはくれんかな」
「……?」
その言葉に少年は首を傾げるがーーーすぐに理解する事となる。
「形成
Yetzirah―」
その言葉と共に収束する黄金の光。
その光が渦を巻き、そこに形を持った
それは聖遺物を操る聖遺物である永遠の刹那ーーー藤井蓮でさえも唯一操れない最強にして究極の聖遺物。
神を殺し、その血を吸った伝説のーーー
「聖約・運命の神槍
Longinuslanze Testament」
「ーーーーーー」
その神気、その霊力、規格外どころの話ではない。
先ほど《K》を貫いた時はその圧倒的な《力》は抑えられていたが、今は隠す事無く溢れ出ている。
常人ならば穂先を向けられただけで蒸発し、黒円卓の戦鬼でも見れば失神は免れない。
猛り狂う破格の波動を
「これを止める、あるいは回避する力量が有るか無しか。それで決めようではないか。止めたのならばそれでよし、止めきれなければ卿もそれまでの事だった、というまでよ。ああ、興味が尽きぬよ。ふふふ……では、いざ参ろうか」
全てを破壊する黄金の光の一撃ーーー《力》の解放を渇望して、ラインハルトの内に渦巻く数百万の戦鬼が
そしてーーー全てを破壊する黄金光が少年へ向けて放たれた。
side 影月
「ふう〜食った食った!」
寮から校舎へ歩いている時、透流が自分のお腹をぽんぽんと叩きながら言う。
ふと、透流の斜め後ろを見てみるとタツも似たような事をしている。
「全くキミという奴は……もう少し野菜を食べてほしいものだがな」
「あはは……」
そんな透流に橘はため息をはきながらボソッと文句を言って、みやびはそんな橘の文句を聞いて苦笑いした。
「まあ、前よりも食べてるからいいんじゃないか?実際、俺も安心院に頼んで透流に食べさせてあげてるし……」
「影月、どういう意味ですか?」
俺の言葉にユリエが首を傾げ、優月が説明する。
「安心院さんに頼んで色んな方法で食べさせているんですよ。例えば……ハンバーグの中に思いっきり野菜詰め込んだりとか」
「……透流、貴様気付かなかったのか?普通食べたら食感で分かりそうな気もするが……」
「…………全く気付かなかった」
「三人とも、そんな方法使わなくてもあたしが透流に野菜を食べさせてあげるわよ?」
「ナイ、お断りします」
「俺もお断りします」
「ユリエは関係ないでしょ!!透流もなんで断るのよ!?」
ギャーギャー騒ぐリーリスたちの声を後ろに、俺は隣を歩く優月に目を向ける。
「……?兄さん、何か?」
「…………いや、平和だなって思ってさ」
「……そうですね。あれから二週間位ですか……」
優月のその言葉で、俺は時が経つのは早いなと実感する。
《K》の襲撃から二週間、透流がその時に負った怪我が治って退院してからすでに一週間が経とうとしていた。
《
しかしーーー
「だが、月見先生は退院がまだ先なんだよな……」
「はい……」
俺たち一年は月見先生が戻ってきてない為、どこか明るさが鳴りを潜めたままなのだ。
「……まあ、退院までゆっくり待ちましょう?」
「ああ、そうだなーーー」
そう言った直後ーーー大爆発が学園内の庭園がある方向から起こる。
「「「「なっ!!?」」」」
「「「っ!?」」」
『きゃああぁぁぁぁぁぁ!!』
俺たちは驚き、みやびや近くにいた女子生徒が悲鳴を上げた。そしてーーー踏ん張っていないと吹き飛ばされそうな程強い風が衝撃波と共に押し寄せてきた。
「ーーーくっ!飛ばされないように注意しろ!!」
俺は大声で周りにいる人たちにそう言い、皆はそれぞれの行動を取る。
両足をしっかり踏ん張って吹き飛ばされないようにしている者、地面に伏せて必死に耐えている者、女子の前に立って壁となる男子、近くにいた男子に捕まって必死に耐える女子などーーー
そして風が、衝撃波が収まると同時にーーー俺は発生源に向かって駆け出していた。
「ーーーっ!?兄さん!!」
「ーーー影月!!」
後ろから俺を呼び、遅れて走ってくる気配を感じながら俺は必死に考えていた。
(あそこは庭園だから爆発するような物は無い。だったら別の襲撃者か……あるいはーーーっ!?)
そして俺は目の前に広がる光景に唖然とする。
目の前には目測で百メートル位の大きさがあり、深さも二十メートル程ありそうなクレーターが出来ていた。
そしてそのクレーターの中心は土埃で覆われていてよく見えなかったがーーー
「ーーーーーーっ」
そのクレーターの中心に何か恐ろしい程の《力》を放つ何かがある事を直感的に察した。
「ーーー兄さん!これは……!」
「これは一体……!?隕石でも落ちてきたのか!?」
「…………いいや、隕石より恐ろしい物だと思うぞ」
俺は後ろから追いかけてきた橘にそう返しーーークレーターの中心に向かって歩き出す。
「ちょっと影月!?危ないわよ!」
「影月くん!!」
後ろからの制止の声を無視し、俺は進み続ける。
そして中心から三十メートル程の距離でふと足を止め、左手を前にかざして構えながら《力》ある言葉を紡ぐ。
「形成
Yetzirah――」
俺の手に銀色の光を放つ神槍が現れる。
その輝きは今までの形成よりも大きく輝いていた。
「神約・勝利の神槍
Gunguniru Testament」
そして現れた神槍から《力》が溢れ出しーーー未だ舞っている土埃を吹き飛ばした。
そこにはーーー
「ほう……なんとか耐え切ったようだな。少々手加減したとはいえ、正直耐え切るとは思ってもいなかった」
黄金の聖槍を握り、愉悦の笑みを浮かべるラインハルトとーーー
「見事、よくぞ耐え切って見せた。その《魂》に心からの祝福を送ろう」
同じく愉悦の笑みを浮かべ、ラインハルトの横に佇んでいるメルクリウスとーーー
「はぁ……はぁ……あれで手加減してたんだ……」
息を少し
(……あそこは確か《K》が囚われていた牢獄ーーー彼はどこに?)
「む?」
するとラインハルトが俺に気が付いたのか、その黄金の双眸を向ける。
「ふむ、卿と顔を合わせるのはこれで二度目か。元気だったかね?」
「……ああ、色々あったけど元気だ。それより何をしにこの学園に来たんだ」
ラインハルトの社交辞令を軽く流しながら、俺はまず一番始めに気になった事を聞く。
「何、大した事ではない。ドーン機関に囚われたケヴィン=ウェイフェアを我が爪牙に加えたいと思ってな」
「……お前は仲間のスカウトをする為に、こんな馬鹿でかいクレーターを作るのか!?」
ラインハルトの言葉に俺は思わずツッコむ。
「落ち着きたまえよ、我が愚息よ」
「誰が愚息だ!!俺はお前の実験の被験者であって、息子じゃない!!」
なだめようとしてきたメルクリウスにもそうツッコむ。というか今のはかなりムカついた。
「一先ず落ち着きたまえよ。この跡は彼に対して放ったものの代償だよ」
「彼……?」
そう言ってメルクリウスが指したのはーーー二人からやや離れた場所に立つ闇色の少年だった。
俺はその少年が誰かーーー
「お前は……!」
そしてーーー
「あ……あ、ああ……さ、かき……」
俺は突然後ろから聞こえた呟きにハッとして振り向く。
そこには、透流が呆然としながらーーー確かめるようにその少年の名前を言っていた。
「久しぶりだね、透流」
その闇色の少年ーーー榊は静かに透流に顔を向け微笑む。
「榊ぃいいいいいーーーーーーっ!!」
瞬間、透流が怒りと憎しみを乗せた言葉を叫びながら駆け出していた。
(ーーーっ!!マズイ……!)
内心そう思いながら、俺は透流と対峙するかのように立ち塞がった。だがーーー
「落ち着け!透流!!一体どうしたんだ!?」
透流の後ろにいたトラが、透流に羽交い締めをして止めようとする。しかしーーー
「ッ!邪魔だぁぁぁ!!」
「ぐっ!?」
《
そして透流は真っ直ぐ、榊を背後に立ち塞がっている俺の元へと駆けて抜けてくる。
「そこまでだ、《
そこで俺の目の前に黄金の長髪が目に入る。
「「なっ……!?」」
俺の目の前にラインハルトが割り込んだのだ。当然ながらその事に驚いたのは俺だけではなくーーー透流も同じ事だった。
「ーーーごああァァッ!」
驚いて一瞬だけ走る速度が緩くなった隙を付き、ラインハルトは透流の鳩尾に拳を突き上げるように叩き込んだ。
おそらく手加減はされているだろうがーーー凄まじい痛みが彼を襲っているだろう事は想像に容易かった。
そのまま吹き飛ばされた透流はトラがなんとか受け止める。
「げほっ!……ぐうぅぅ……!」
「相手の力量を見極めずに怒りで彼に挑みかかっても、卿は
ラインハルトは咳き込む透流を見て、冷たくそう言い放つ。
そんなラインハルトに反発する者がいた。
「ーーーっ、トールは負けません!絶対に勝ちます!トールは私をーーー皆を護るという約束を果たす為に、トールはずっと勝ち続けると言ってくれました……だから私はこれからも、トールと共に在りたいんです……!」
「げほっ……ユ、ユリエ……」
ユリエがラインハルトを恐怖で震えながらも睨み付けてそう言う。
「万度繰り返しても勝てぬような相手にすらも、絶対に勝つと啖呵を切るーーーああ、懐かしいな。卿らが昔日の刹那たちと重なって見える」
ユリエのその姿に、ラインハルトは感慨深い思い出を話すかのように目を細めた。
「……過去の思い出に浸っている所悪いけど、僕は用事が済んだから帰らせてもらうよ」
「なっ!?待て!榊!!」
そう言う透流は彼を追おうとするが、先ほどのラインハルトの一撃がまだ効いているようで思うように動けないようだった。
だからーーー
「待て」
俺は榊にーーー透流の妹の
「なんだい?僕は行かなきゃいけないんだけど……」
「……一つ聞くだけだ。いいか?」
そう問うと、榊は少し思案した素振りを見せーーー俺に向き直る。
「いいよ。何を聞きたいのかな?」
そして俺は榊と目を合わせた瞬間ーーー脳内に彼が歩むあらゆる
「ああ……お前は……お前の望みはもしかしてーーーーーーーなのか?」
俺は重要な部分だけを、優月たちに聞こえないように小声で言う。
なぜそうしたのかは、俺自身分からない。だが
しかし彼にはしっかり聞こえたようで、一瞬驚いたような顔を浮かべてーーー寂しそうに、哀しそうに微笑んだ。
「ーーーそうだね。僕を表すなら、それが一番いい言葉かもしれないね。……もしかして君も……?」
「……バカを言うな。俺はお前みたいな考えを持っていない。だがーーーどちらにしても、お前も俺も器じゃない」
「……その通りだね。ふふっ、君とは話が合いそうだね」
「ははっ、そうだな。同じ《力》を持つ者同士だし……まあ、そんな事言ったら透流が怒りそうだけどな」
「言えてるよ」
俺も榊の笑みにつられて苦笑いしつつ返事すると、榊も笑みを浮かべてそう言った。
「素晴らしい。獣殿、感じたかね?」
「ああ、こうも早く
するとメルクリウスがニヤリと笑みを浮かべ、ラインハルトも喜ばしい事だと笑みを深める。
「だが悲しきかな、獣殿。余韻に浸っている時間は終了のようだ」
メルクリウスがふと周りを見回す。
クレーターの周りには学園の生徒が何があったのかとこちらの様子を伺っていたのだがーーーそんな学生たちの背後から大人たちの声が聞こえてくる。
どうやらようやく警備隊の人たちが来たようだ。
「ふむ、ならばこの辺りで我らも戻るとするかーーー《
聖槍を消し、外套を翻したラインハルトは振り返らずに透流を呼ぶ。
「先刻はすまなかった。卿と《
「ーーーーーー」
そう言われた透流は目を丸くし、言葉を失う。
「次に彼と会う時は、私はただ座して見るだけにしておこう。手出しはせんよ」
そう言ってラインハルトは姿を消していく。
「……それじゃあ、僕も帰ろうかな。また会おうね、透流」
榊もまた、光に包まれながら消えようとしていた。
「ふふ、ふははははは……!さあ、いよいよ次の歌劇の幕が上がる。君たちが一体次の歌劇で何を見せてくれるのかーーー楽しみにしているよ」
メルクリウスも段々と姿が薄れていきーーー
見えなくなった三人の言葉がその場にいた全員の耳に届いた。
『さあーーーでは、第二幕を始めようか』
何か矛盾とかあったら言ってください。色々加筆修正いたします!(苦笑)
朔夜「誤字脱字・感想意見等よろしくお願いしますわ」