アブソリュート・デュオ 覇道神に目を付けられた兄妹   作:ザトラツェニェ

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狂売会(オークション)》前半!
少々長いですがご了承を……。



第四十八話

side 影月

 

翌週、任務に向かう俺たちは朝から出立する事となった。

直接内偵先へ向かうのではなく、一旦新幹線で名古屋方面へ向かい、そこで服や髪型等のコーディネートをした上で用意された車で移動という流れとなる。

 

「それではトール、気をつけてください」

 

「ああ、ユリエもな」

 

「ふん、今回は僕が居ないのだから、十分に注意しておくんだな」

 

素性を隠さず(ユリエはブリストル家の使用人としてだが)に《狂売会(オークション)》へ参加する為に現時点から別行動となるユリエとリーリス、そして任務には不参加のみやびとトラと美亜の五人が駅まで見送りに来ていた。

 

「透流も巴も、影月も優月もこれは任務なんだから、間違ってものめり込まないように注意しなさいよ」

 

「俺と優月は大丈夫だ。そっちの二人がどうかは知らないが」

 

「いいなぁ、巴ちゃん。透流くんの婚約者かぁ……」

 

そう言ってみやびがため息をつく。

結局、俺たちは夫婦としてではなく恋人同士ーーーそれも将来を誓い合った婚約者という形で内偵先へ潜り込む事となったのだ。

 

「心配無用。私と九重は良き友人なのだからな」

 

「その一線も、男女が一晩一緒の部屋で過ごすとなれば簡単に越えるかもしれないでしょ。……そっちの二人はもう越えちゃったみたいだけどね」

 

リーリスの指摘に俺と優月は視線を逸らす。

《狂売会》は二日間に渡って開催される為、内偵調査次第ではあるが一晩を共に過ごす事となっているのだ。

 

「いいなぁ、巴ちゃん。透流くんとホテルで一晩一緒に過ごすのかぁ……」

 

その一言だけ切り取って聞いたら、知らない人は絶対に誤解しそうだ。

 

「わたしも《(レベル3)》になれば、透流くんの婚約者役が出来るかな?……うん、きっと出来るよね。頑張らないと……!」

 

みやびが何か自己完結して気合いを入れているが、今回と似たような任務が今後あるかどうかは不明だ。

 

(ま、ツッコむのは野暮か……)

 

俺はそう思ってスルーした。

 

「そういえば、なじみちゃんは?」

 

と、そこでみやびが周囲を見回しながら問う。

 

「ここにいるぜ?」

 

すると俺の隣に突然安心院が現れた。

 

「うわっ!?な、なじみちゃんどこにいたの!?」

 

「ん〜……影月君の中?」

 

「正確には心の中な……その言い方は誤解を招きそうだぞ……」

 

俺はため息をはきながら安心院を見る。

今回、安心院は俺たちのサポートとして様々な事をしてもらえる事になっている。

そして今日からの二日間は基本、俺の心の中にいるとの事だ。

 

「ま、わざと誤解を招きそうな言い方をしたんだけどね。それじゃあ僕は戻ってるよ」

 

そう言うと、安心院は瞬きする間も無く姿を消した。

 

「おっと、そろそろ時間だ。行くとしようか、三人とも」

 

「ああ。それじゃあ行ってくる」

 

皆に告げ、俺たちは改札を抜けようとしてーーー

 

「あっ……!」

 

「……ん?」

 

ふとみやびの声と、服が誰かに引っ張られている感覚を感じた。疑問を感じた俺は後ろを振り返るとーーー

 

「あ……あの……」

 

美亜が少し顔を赤くしながら俺の服の裾を掴んでいた。

 

「美亜?どうしたんだ?」

 

俺は少し姿勢を下げて美亜に問いかけつつも、横目でみやびの方を見た。

みやびは透流を呼び止められて何やら話をしているようだ。それを確認した俺は改めて美亜を見る。

 

「に、任務頑張ってね……。無事に帰ってくるの、朔夜さんたちと一緒に待ってるから」

 

「……ああ。ありがとうな」

 

俺はその言葉に頬が緩むのを自覚しつつ、美亜の頭を撫でる。

 

「あ……」

 

頭を撫でられた美亜は一瞬驚いたように声を上げたが、次第に気持ちよさそうに目を細めた。

だがそんな時間もほんの僅かでーーー

 

「兄さ〜ん、透流さ〜ん!そろそろ新幹線が出ますよ〜!」

 

優月が俺と透流の名を呼んで、早く来るように言った。

 

「分かった、すぐ行く!……それじゃ、行ってくるな?」

 

「うん……影月さん」

 

「ん?」

 

優月に返事をした俺は立ち上がろうとしたのだが、美亜が俺の名を呼んで、それに振り返ろうとした瞬間ーーー

 

「……」

 

「なっ……!」

 

美亜が少し背伸びをしながら、俺の頬にキスをした。

 

「……が、頑張ってね!」

 

そう言って顔を真っ赤にした美亜はリーリスの元へと走って行ってしまった。

 

(……美亜ちゃんもなかなかだねぇ)

 

俺は心の中にいる安心院の呟きを聞いて苦笑いするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕刻ーーー新幹線で名古屋方面に向かい、服や髪型等のコーディネートをした俺と優月は、黒塗りの高級そうな車に揺られて目的地へと向かっていた。

 

「もうすぐ到着です」

 

そしてドーン機関から派遣された運転手から声を掛けられ、緊張が走る。

 

「いよいよか……緊張するな」

 

「はい……」

 

「如月さん、お二人共任務は重要ですが決して無理はしないように」

 

「「はい、ありがとうございます」」

 

「それとーーーこちらを九十九様よりお預かりしています」

 

運転しながらも、運転手が小さな箱を俺たちへと差し出してきた。

受け取って開けると、中には一対の指輪があった。

朔夜がこの任務の為に俺たちの指のサイズを測って、特注で作られたものだ。

 

「これを()めるんだな……」

 

そう言ってサイズの大きい指輪を手に取り、左手の薬指に嵌める。

そして残った小さい指輪を優月に渡す。

 

「…………」

 

「どうしたんだ、優月?」

 

優月は指輪を受け取ると、嵌めずにじっと指輪を見つめた。

 

「……兄さん、お願いがあるんですが、嵌めてもらえませんか?」

 

「指輪をか?別に構わないが……」

 

そう言って俺は優月から指輪を受け取って、優月の左手を取る。

そして左手の薬指に、宝石のついた指輪を嵌めた。

 

「よし、これでいいな」

 

「…………」

 

「……優月?」

 

優月は再び、自らの左手薬指に嵌った指輪をじっと見つめる。

 

「……本当にどうしたんだ?」

 

(……ねぇ、影月君。優月ちゃんすごく嬉しそうだよ)

 

首を傾げる俺に、安心院がそう言うのが聞こえた。

 

「えへへ……兄さんとお揃いの指輪……それに恋人みたいに嵌めてもらって……ふふっ」

 

「おおぅ……軽く意識飛んでるな……」

 

「……仲がいいですねぇ」

 

優月の呟きを聞いた運転手が苦笑いしながらそう言ってきた。

 

「なんかすみません……」

 

「いえいえ、お二人共本当に仲が良いようで……今回の任務はそんな仲の良さも大事になると思うので、それを遺憾なく発揮して任務に臨んでください」

 

「「はい!」」

 

運転手の言葉にしっかりと俺たちは返事をした。ってか優月の復活早っ!

 

「ではーーー到着しましたので、ここからは気持ちを切り替えてくださいね」

 

運転手に言われて前を向くと、湖畔に佇むホテルがもう目の前に迫っていた。

近隣に建物は無く、ホテルの周囲は高い壁で覆われている。

その壁を背に、等間隔で黒いスーツに身を包んだ男たちが立っている様は、これからこのホテルで何かがあるという事を示していた。

今夜、そして明晩と二日に渡って《狂売会(オークション)》が行われる会場を前にし、俺たちは自然と表情が強張っていた。

程なくして車はホテルのロビー前で止められ、運転手が外に出てドアを開けてくれる。

 

「優月、手を」

 

「はい、影月」

 

先に車外へ出ると、後から降りてくる優月へと手を差し出した。

優月はそんな俺の手を取り、車を降りた。

尚、今回俺たちはお互いに名前で呼び合っている。その方が婚約者という近しい存在だと思わせやすいからだ。

ちなみに俺たちは苗字も名前も偽名ではないが、透流と橘の二人は苗字のみが偽名となっている。

 

(……従業員以外の人が多いね)

 

手を重ねたまま周囲を軽く見渡すと、安心院がそう呟く。

確かに《狂売会》に参加するであろう他の客も多いが、それ以上に目に入るのはさっき外で見た黒服の男たちだ。

視界に映っただけでも相当数が見て取れ、当然の事ではあるが警備はかなり厳重だと分かる。

 

(REXとかRAYを使えば上手く陽動出来そうだな……)

 

ホテルに入ると、そこは豪奢(ごうしゃ)という言葉がそのまま当てはまる内装が広がっていた。

そんな内装を見ているとーーー

 

「……お客様。本日より二日間は特別な催しが行われる為、招待状をお持ちの方のみとさせて頂いております。大変失礼ではありますが、招待状はお持ちでしょうか?」

 

「ええ、これですね?」

 

入口(そば)に立っていたホテルマンに呼び止められ、俺は懐から招待状を取り出す。

朔夜曰く、今回の任務の協力者が用意した本物の招待状だそうだ。

 

「…………失礼いたしました。フロントへとご案内致します」

 

持っていた招待状をじっと見つめたホテルマンはそう言って、俺たちを案内し始めた。

程なくして案内されたフロントでキーを受け取り、宿泊する部屋へ向かおうとした時ーーー

 

(透流君たちも着いたみたいだね)

 

安心院の言葉に俺は入口の方へと視線を向ける。

そこには俺たちから数分遅れで到着した透流と橘の二人が、ホテルマンに招待状を見せていた。

 

(後はリーリスたちだが……ちゃんと来るだろうし、とりあえず俺たちは先に部屋に向かおう)

 

そう思った俺は、優月と手を重ね合わせながら部屋へと向かった。

 

 

 

 

 

狂売会(オークション)》は夜ーーーダンスパーティーの後に開催される。

そのダンスパーティー開始時刻までまだあるという事で、俺はしばらく部屋で時間を潰す事にした。

部屋に入った俺と優月は部屋の中に何か怪しいものは無いか、色々と確認をし始めた。そうして大体三分程で全ての確認が終了。何も怪しいものが無い事を確認して、息をはく。

 

「はぁ……とりあえず第一関門突破って所か……」

 

「裏も警備は多いですね……」

 

優月は部屋の窓際でそう言う。俺も近づいて外を見ると、裏にも黒服の男たちが相当数配置されている。

 

「そうだな……とりあえず優月、飲むか?」

 

「あ、頂きます」

 

俺は設置された冷蔵庫からジュースを取り出し、優月に手渡す。

 

「そういえば優月、今まで俺の事を「影月」って呼んだ事無かったよな?呼びづらくないか?」

 

そして俺はこの任務が始まる前に思った事を優月に問いかける。

優月は今まで俺の事を「影月」と呼んだ事は無い。大体「兄さん」か、昔は「お兄ちゃん」、「お兄さん」と呼んでいたのだ。そんな兄さん呼びを今までしてきた優月なので、突然名前呼びと言われて大丈夫なのか?と心配になって聞くとーーー

 

「そうですね〜……ちょっとだけ呼びづらくて、新鮮ですけど……でも嬉しい気持ちもありますね」

 

「嬉しい?」

 

「はい!なんか兄さんと、もっと近い関係になれた気がして……」

 

そう言って嬉しそうに笑う優月の顔を見て、俺も笑うのだった。

 

 

 

 

 

そうして部屋で過ごしているうちに、パーティーの開始時刻が迫って来た。

俺たちはそれぞれパーティー用の衣装に着替える為に、一旦分かれーーー

さして時間も掛からず、燕尾服(えんびふく)に着替えて待ち合わせ場所へ。

優月の姿はまだ無く、壁に背を預けて会場へと向かう人を観察する。

人種年齢性別は様々ではあるものの、本来なら俺たちのような学生は一生接する機会の無いであろう、所謂(いわゆる)上流階級に属する人たちを。

 

(……そういえば、リーリスもトラもそっち側の奴か)

 

(ヘリとか持ってるもんね。トラ君も車に運転手とかいるって聞いたし)

 

そんな事を思いながら、観察を続ける。

華やかなドレスを纏った美女、穏やかで人の良さそうな紳士、厚化粧をして真っ赤なルージュが悪目立ちした老婆、太い指に宝石のついた指輪を幾つも嵌めた小太りの男ーーー等々の様々な人物が会場内へと入っていく。

彼らは皆、《666(ザ・ビースト)》に少なからず縁故を持つ者たちだ。

 

(……こいつらも皆、《禍稟檎(アップル)》に関係してるんだな)

 

皐月市に蔓延している危険ドラッグーーーそんな物が出回っている事をここにいる人たちは知っているのか知らないのかは分からないが……どういった形であれ、ここにいるほとんどは、その件に関与しているだろう。

それを思うと複雑な気持ちになるが……。

 

「お?ちょっとそこの怖い顔をしている(あん)ちゃん、会場に入らんの?」

 

「ん?」

 

そんな事を考えていると関西弁(?)を話す、俺と同じくらいの年齢の男が話しかけてきた。

 

「ん〜?貴方は?」

 

「わいか?わいもこのパーティーに呼ばれたもんや。それより誰か待ってんのか?」

 

「はい、パートナーを待っていましてね。まあ、女性は着替えに準備が掛かるものですから仕方ないですよ」

 

「おっ、(あん)ちゃんよく分かっとるやないか」

 

「当然ですよ。今のパートナーとは結構長い付き合いなのでね」

 

俺は適当に返事をしながら男を見る。するとこの男の過去が見えてきた。

 

「ん?(あん)ちゃんどうした?」

 

「いいえ、ただ一つ言わせてもらってもいいですか?」

 

「なんや?」

 

俺はそう断りを入れた後、男にだけ聞こえるように小声で言った。

 

「そんな嘘くさい喋り方をしていたら、関西の人に怒られるどころか……()()()()()()()()()?ユーゴ」

 

「っ!!?」

 

そんな俺の言葉に思い切り動揺する男。

 

「……お前は」

 

「おっと、エセ関西弁が消えてるぜ?とりあえずその話はまた機会があったらしようーーー丁度、私のパートナーも来たようですからね」

 

そう言って仮面を被り直した俺は、向こうから綺麗なドレスを着た優月を見た。

 

「……(あん)ちゃん、また後で話そうや」

 

「はい。ーーーと言っても、後でちゃんと会う機会はあると思いますからご心配無く」

 

「そーかそーか!っと、お邪魔したらあかんな。わいは先に入っとるさかい、気が向いたら声掛けてやー」

 

そう告げた俺を見た男も、仮面を被り直して、へらへら笑いながらパーティー会場へと入っていった。

多分内心ではものすごく焦っているのだろうが。

 

「影月、待たせてしまいましたか?」

 

そんな事を思っていると、優月がそんな事を言うので首を振る。

 

「今のは……?」

 

「優月を待っていた時に話しかけてきた人さ。それより……」

 

さらっと説明すると、俺はドレスアップした優月の姿を見る。

 

「どうですか?何か感想がほしいです!」

 

そう言う優月の格好は青色の華やかなドレスで、いつも楚々(そそ)とした雰囲気を放つ優月がさらに美しく見える。

 

「そうだな……いつも綺麗で美しいって思ってるけど、今回はその青いドレスがさらにその印象を強くしてるよ。どこかのお嬢様って言われても違和感が無い位だ」

 

「ふふっ、ありがとうございます!そういう影月もその燕尾服、似合ってますよ?」

 

優月は少しだけ頬を赤くしながらも、とても嬉しそうに笑ってくれた。

 

「ありがとうな。さて……ここで立ち話をしてると周りの注目を集めるだろうし、行くか」

 

「そうですね〜♪」

 

そう言うと、優月は俺の腕に優しく手を絡めた。

俺はそれを確認すると、優月と共にパーティー会場へと入っていった。

中に入ると大きくスペースが空けられていて、会場内に流れる優雅な曲に合わせて何組かの人たちがダンスを踊っていた。

壁際にはテーブル席があり、軽食が摂れるようだ。

その近くにはメイドが並び、時折テーブルの上に料理を運んだり、空いたグラスを片付けたりしている。

よく見ればメイドたちの服装は中途半端な統一性が見える。その事からここには主催者側が用意したメイドと来場者が連れてきたメイドがいる事が分かる。

 

「どうする?踊った方がいいのか?」

 

「う〜ん……私はどっちでもいいですけど、踊らずに食事している人も多そうですね」

 

「なら無理に踊らなくてもいいか……」

 

そう方針を決めた時、会場内にざわめきが起きた。

直後、まるで波が引くかのようにそのざわめきが消えていく。ダンス中だった人たちですら踊る事を止め、何事かと視線を会場入口へと向けーーー言葉を失う。

多くの人たちが向ける視線の先には黄金色の髪をした、赤く派手なドレスに身を包んだ少女と、銀色の髪(シルバーブロンド)のメイドが立っていた。

 

 

狂売会(オークション)》を主催する《666(ザ・ビースト)》にとっては敵対組織と言っていい存在、ドーン機関の《三頭首(ケルベロス)》が血族の少女、リーリス=ブリストルは今、会場中の注目を一身に受けていた。

素性を知る者、知らぬ者ーーーどちらであろうと皆が皆、華やかに着飾った黄金の少女に心を奪われ視線を向ける。

だが、二人に臆した様子は全く無い。リーリスはこういった場所になれてるからか、余裕の笑みを浮かべているし、後ろに控えるユリエは物珍しげに辺りを見回していた。

そんなユリエにリーリスが何事かを告げると、ユリエは頷いて壁際のメイド群に交じった。

そしてリーリスは一礼し、会場内へと踏み入り歩を進め始める。

情熱的な色のドレスはリーリスの黄金色の髪(イエロートパース)と見事に合わさり、なかなかに派手で人目を引く。

かといって決して品が無いというわけでも無い。むしろ優雅な足運びや周囲への礼といった作法など端々から彼女が一流の教育を受けているのだと伝わってくる。

 

(本物のお嬢様、だな……なんか俺なんかがこんな所にいるのが場違いな気がしてきたな)

 

そんな事を思いながらリーリスを見ていると、彼女はこの会場内にいた一人とダンスを踊り始めた。

俺と優月はテーブル席について軽食を口にしながら、会場内の様子を観察し始めた。

それから四曲くらい流れただろうか。

飲み物を飲んでいた俺に突然後ろから声が掛けられた。

 

「もし、少々よろしいかな?」

 

「はい?」

 

声を掛けられた俺は誰だろうと思い、後ろを振り向く。

そしてーーー

 

「ーーーーーー」

 

その人物の顔を見て、俺は驚きで目を見開いて固まってしまった。なぜならばーーー

 

「私は、エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグという者だ。よければ貴方のお名前をお聞きしてもよろしいかな?」

 

顔の半分を覆っていた火傷の痕こそ無いものの、そこにいたのは赤い髪に似合う紅蓮のドレスを見に纏った黒円卓の赤騎士(ルベド)ーーーザミエルだったからだ。

思わぬ人物に話しかけられた事によって、俺も優月も驚き、さらに心の中にいる安心院からも驚きの感情が伝わってくる。

そんな事とはつゆ知らずーーー

 

「聞こえなかったかな?お名前はーーー」

 

「き、如月影月といいます」

 

初対面の体で名乗るザミエルに、俺は動揺しつつも名乗り返す。傍から見れば、緊張しての対応に思われたかもしれない。

俺の名乗りを聞いたザミエルは、平然と告げた。

 

「如月殿、(よろ)しければ私と踊っては頂けないかな?」

 

「え……?」

 

まさかダンスの申し込みをされるとは思っていなかった俺は、優月と安心院にどうしたらいいのか問う。

 

(ど、どうしたら……!?)

 

(ま、まさかザミエルがこんな所にいるなんて……!)

 

(……とりあえずここは誘いに乗った方がいいと思います。私は構いませんから、兄さんは踊ってきてください!なぜここにいるのかは多分話してくれる……気もしますし)

 

(……分かった)

 

この間のやり取りは一秒にも満たない。これも安心院のおかげだ。

 

「分かりました。じゃあ優月……」

 

「構いませんよ。行ってらっしゃい」

 

優月から改めて許可をもらった俺は一礼してからザミエルの手を取ると、ダンス用の広場へと歩み出て、彼女の腰に手を回し、曲に合わせて踊り出した。

 

「……なぜここに?」

 

「ハイドリヒ卿の命令だよ。正直、あまり乗り気はしないがね」

 

小声で確認を取ると、ザミエルは特に感情を浮かべずに理由を話した。

 

(影月君、ザミエルの心の中と繋げたよ)

 

(ありがとうな……聞こえるか?ザミエル)

 

(これは……なるほど、小僧以外にも存在も感じると思っていたが、まさか小僧の魂の中にいるとはな)

 

(それは今はいいだろ。ラインハルトは何を命令したんだ?)

 

俺は周りに聞かれる事の無い念話を使って、ザミエルに問いかける。

 

(貴様らと同じだよ。《狂売会(オークション)》の内偵調査と、貴様らの支援だ)

 

(支援?)

 

表向きは平然と踊りながらも、質問を続ける。

 

(貴様らの任務は違法取引の証拠発見、そして証拠を発見次第、近隣に配備されている護陵衛士(エトナルク)が突入、制圧しやすいように陽動を行う事、だったか?)

 

(……その通りだ)

 

(それの支援だ。私が協力出来るのは情報共有と陽動の手伝いだな)

 

その言葉に俺は多少なりとも驚く。

あまり気が進まないとは言っていたが、そこまで手伝ってくれるのならばこちらとしてはとてもありがたいからだ。

 

(それはこちらとしてもありがたいな)

 

(勘違いするな。ハイドリヒ卿が出来るだけ協力しろと命令されたからな)

 

(それでも感謝はするさ。それでーーー何か目新しい情報とか、気になる事はあったか?)

 

俺はザミエルとラインハルト、さらにおそらく裏で手を回してくれた朔夜など、この件に関わった人たちに感謝の念を抱きながら尋ねる。

 

(目新しい情報は三つ程だな。まず、今宵開催される《狂売会(オークション)》にとある重要人物が来訪していると聞いた)

 

(重要人物……何者だ?)

 

(《666(ザ・ビースト)》の大将。《第四圜(ジュデッカ)》の称号を持つメドラウトという男だそうだ)

 

(大将だと!?なんでそんな奴がここに……?)

 

ザミエルの提示した情報に俺は驚愕する。

それにザミエルはーーー

 

(さあね。見当も付かんし、興味も無い。ただ最も注意すべき敵がいるというのがまず一つ)

 

そして次に、とザミエルは続ける。

 

(私の他に《聖庁(ホーリー)》所属の《聖騎士》がいるらしい)

 

(……ああ)

 

俺はその情報に何処と無く心当たりがあったので、曖昧な返事を返す。

 

(……その反応から察するに、それは知っていたようだな。ではその話は飛ばして三つ目)

 

踊っている最中のザミエルが若干苦笑いを浮かべているのを見ながら、俺は最後の情報を聞く。

 

(これはまだ確信していない情報なのだが、《狂売会(オークション)》の出品物についてだ)

 

(……何か変わった物でも出るのか?)

 

(ああ。私は戦時中から似たような事をよく聞いたから何とも思わんが、貴様らのような若い小僧小娘共には興味を引くだろう物がーーーな)

 

ザミエルの含むような言い方に内心首を傾げる俺だったがーーー次に続く言葉でそのような言い方をした理由に納得する事になる。

 

()()が出品されるそうだ。まったくーーー興味が無いとは言ったが、いつの時代にもそう言った下衆がいるのは反吐が出る)

 

(子供……だと!?)

 

(先ほど言ったように情報が少ないからまだ確信はしてないがね。ただ、この組織の素性を考えるとあり得ない話でもない)

 

奴らは子供まで商品にーーー?それが分かると俺の心の内に怒りが湧き上がってくる。

 

(奴ら……ドラッグの他に子供まで……!)

 

(落ち着け。まだ確信していないと言った筈だ。その情報は本当かどうかは後で調べる必要がある)

 

(っ……そうだな、すまない。他に気になる事は?)

 

ザミエルに(さと)され、一旦気持ちを落ち着けた俺は最後に気になる事を聞いた。

 

(ふむ……気になる事といえば一つ。ここにいる奴らや貴様らとは違う魔力を持った者がこの近くにいる)

 

(違う魔力を持った者……)

 

(ああ。陽動を行う際に現れるかもしれん。警戒をしておいた方がいいだろう)

 

(ああ、分かったーーーあ、一つ聞きたい事があるんだが……)

 

(何だ?)

 

任務の話が一通り終わった所で、俺は先ほど気になった事を尋ねる。

 

(火傷、治したのか?)

 

(貴様……そんな事を考えていたのか。私は特に気にしていないのだが、ハイドリヒ卿が目立つと(おっしゃ)ってな。クラフトの術で、表面上だけ消したのだ)

 

(なるほど……)

 

(……それだけか?)

 

(……ザミエル卿、ダンス上手いですね)

 

(影月君、敬語になってるぜ)

 

(貴様らは知らぬだろうが、私は元々貴族の出身だからな。このような場での礼儀やダンスは叩き込まれている)

 

(なるほど……)

 

(……終わりか)

 

(……はい)

 

(戯けが……)

 

そう言うと、ザミエルは呆れたように吐き捨てた。

 

(情報共有とは言ったが、私が一方的に伝えただけではないか……まあいい。そろそろこの曲も終わる。私と別れた後は妹とも踊るといい。踊らずに飯だけ食べているカップルというのも存外目立つからな)

 

(すまないな……ありがとう、ザミエル)

 

(ふん……)

 

 

 

やがて曲が終わってザミエルと別れると、今度は優月と共に踊る事にした。

最初は戸惑っていた優月も、踊り始めてしばらくした頃にはダンスを楽しんでいたようだった。

 

 

 

 

 

 

パーティーが始まってから、二時間近くが過ぎた。

俺と優月は食事をしながら雑談を、別のテーブルでは透流と橘も同じように雑談をしていて、リーリスは幾人かと踊った後は数人に囲まれて話に花を咲かせている。

ザミエルも幾人と踊った後に、テーブル席で食事を摂っている。

ただ、ユリエだけは壁際で待機のままだった。

時折、彼女を気にして(どんな感情で話しかけているのかは置いといて)話し掛ける来客もいたが、適当にあしらっていたようだ。それぞれの役目といえばそれまでだが、どこか申し訳無く思う。

ちなみに俺はこの時間を利用して、皆に先ほどザミエルから聞いた情報を安心院経由の念話で話した。情報を提供してくれたのがザミエルと聞いて、皆驚いていたが……。

そして俺、優月、安心院、ザミエル以外の四人には子供が出品物となっているかもしれない話だけ伏せた。

今だ確信が持てないのもあるし、何より四人がその事を知ると動揺して任務に支障が出る可能性もある。それを配慮に入れた結果、話すのは確信を得てからにしようという結論に至ったのだ。

尚この結論は優月、安心院と相談して出し、ザミエルからも了承を得ている(ザミエル曰く「いつ話すかなどは好きにしろ」との事)。

 

 

 

やがてダンスパーティーは終わりを告げ、しばし時間を置いてから別のホールで《狂売会(オークション)》を開催するアナウンスがされる。

すぐさま始まらない理由は、女性の化粧直しを考慮しての事だろう。

程なくして、着替えてきた優月と、偶然同じタイミングで出会ったザミエルと共に俺は《狂売会》のホールへと移動する。

中は小さめであるものの映画館を思わせるような形状で、舞台に向かって客席が段々になっていた。座る場所は自由との事で適当にーーーしかし何かあったら動けるように非常口に近い席に座る。

 

(透流と橘は……)

 

そっと周囲を見渡すと、俺たちとは反対側にある非常口の近くに二人は座っていた。

次にリーリスとユリエを探してみるが、リーリスは結構前の方に座っているのを見つけたが、ユリエの姿は無い。

おそらく外にメイドたちが並んでいた為、その中に混じっているのだろうと予想する。

 

「……始まるな」

 

ザミエルがそう呟くのを聞くと、舞台を照らしている照明以外、僅かに暗くなる。

明るい照明が照らされている舞台上に目を向けると、舞台袖から身なりのいいーーー恰幅(かっぷく)のいい男が舞台中央に歩み出ると、客席へ向かって左右正面に三回頭を下げた。

 

「今宵は我らが《666(ザ・ビースト)》の主催する《狂売会(オークション)》へご来場頂きありがとうございます。本来ならば、オーナーである私がご挨拶の時間を頂戴したいのですがーーー本日に限っては、私などより皆様にお顔をお見せするに相応しい御方(おかた)がご来訪されております為、短くはありますが()れにてご挨拶を終わらせて頂きます」

 

「……出るのか」

 

男からの挨拶に他の来客からはざわめきが起こるが、俺や優月、そしておそらく透流たちも気を引き締める。

そしてオーナーと入れ替わりに舞台に姿を見せた人物ーーー二メートルを超える外国人の男性を目にした途端、そこかしこからどよめきが起こる。

 

「メ、メドラウト様」

「あれが《第四圜(ジュデッカ)》のーーー」

「このような場所に来られるとは……」

 

「あれが《666(ザ・ビースト)》のトップ……」

 

「ほう……」

 

メドラウトと呼ばれた大男は舞台中央に立つと両手を上げ、どよめきを制した。

年齢は四十くらいか。精気が満ち溢れた巨躯、(みなぎ)る自負心、纏う雰囲気ーーー人の目を引き付けてやまない圧倒的な存在感を持つあの男こそが、《666(ザ・ビースト)》の支配者だと納得出来る。

しんと静まり返った中、男はニッと笑みを浮かべた。

 

「メドラウトだ。今宵は《狂売会》へ来てくれた事を感謝する。より多くの者が、望みの物を手に出来るよう祈っている。……存分に欲望を満たせ。それにより、我らもまた欲望を満たさせてもらおう」

 

言い終えると男はある一点ーーーリーリスへと視線を向けた。

 

「ブリストルが黄金の姫よ。我らが《狂売会》を楽しんでいってくれ。無論、気が付けば祖父への土産でも持ち帰るがいい」

 

メドラウトの言葉に反応したのは、ドーン機関と《666》の関係を知る者たち。

対立した組織の重要人物をもてなし、機関に戻るまで安全を保証すると暗に公言した。

 

「ではーーー皆も楽しんでいってくれ」

 

そう締めると、メドラウトは舞台を降りーーーリーリスの隣の席へと座った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「メドラウト……なかなか迫力のある男でしたね」

 

《狂売会》初日を終え、部屋に戻ってくるなり優月が苦笑いしながら言う。

そうだなと答えつつ、俺は冷蔵庫から飲み物を取り出す。

 

「でも、俺たちはあれより強い威圧感を放つ存在と会った事はあるからな……」

 

無論、ラインハルトの事である。彼の威圧感は《殺破遊戯(キリング・ゲーム)》の時や、学園に現れた時に嫌という程感じた。

あれと比べれば、メドラウトはまだまだ耐えられるレベルだ。

 

「まあ、その話は置いておこうぜ?それよりも《狂売会》の方はどんな印象を受けた?僕は普通だと思ったけど……」

 

突然姿を現した安心院を横目で見つつ、俺も《狂売会》の印象を答える。

 

「そうだな。希少な宝石とか美術品とか……一部盗品があった以外は普通だった」

 

「同感ですね。となると、やっぱり本命は明日ですか……」

 

「そうだね……明日はもっと希少(レア)な品を用意してあるとか言ってたし」

 

その言葉に優月と安心院の表情が暗くなる。無論、そんな表情をする理由は分かっていた。

 

「子供……確かにあり得ない話じゃないが……」

 

「……本当なら最低ですね。人を商品にするなんて……」

 

「本当いつの時代にも、どの世界にもそういうのはいるんだねぇ……」

 

そしてほんの僅かな静寂が部屋を包み込むがーーー

 

「とりあえず、その辺も含めて今から調査を始めるか」

 

「そうだね。透流君も用意しているみたいだし」

 

そう俺と安心院が言うと、優月は「気を付けてください」と笑顔で言った。

 

 

 

 

 

俺は動きやすい服装に着替えて装備を確認した後、浴室から天井裏へと忍び込んだ。

 

「うわっ……思ってたより埃っぽいな……カビ臭いし」

 

(仕方ないよ、天井裏なんだし……)

 

「そうなんだが……透流、聞こえるか?」

 

(影月!?……安心院のスキルか、びっくりさせるなよ……)

 

(おっと、透流君はもう潜入を始めてたみたいだね。じゃあちょっと進むのをやめて聞いてくれるかい?)

 

(ああ)

 

(よろしい。じゃあ任務内容を改めて確認するぜ)

 

透流の反応に苦笑いしながらも、安心院の声に耳を傾ける。

 

(今回の君と透流君の目的は明日出るだろう出品物の調査、そして隠しようの無い違法品の証拠を発見する事だ。ナビゲーターは僕とザミエルがする。とはいえ君たちの視覚、聴覚情報は僕たち以外の四人にも共有されてるからね)

 

つまり優月、橘、リーリス、ユリエも含めた全員も参加しているのか。

 

(僕は館内見取り図を参考に、君たちの行き先を指示したり、敵の位置を教えたりするぜ)

 

(私は何をすればいい?)

 

(ザミエルは状況判断の指示をしてほしい。この中で一番経験豊富だしね)

 

(……理解したが……貴様ら、何かふざけてないか?)

 

(なんかメタル○アっぽいよなぁ……安心院から麻酔銃持たされたし)

 

(俺もだ……射撃にはあまり自信が無いんだが……)

 

(無いよりマシだぜ?まあ使わずに済むのが一番いいんだけどね。後、影月君メタい)

 

(それはいいから、さっさと調査を開始しろ)

 

((了解))

 

ザミエルの言葉に返事した俺と透流は、安心院のナビゲーションを受けながら進み始めた。

 

 

 

 

 

(そこのダクトの陰を右側に曲がって……あ、透流君はそのまま真っ直ぐね)

 

移動を開始してから三十分程が経った。今の所成果は無い。

天板一枚挟んだ下からたまに聞こえてくる声に耳をすませても、何も有益な情報は得られなかった。

 

(二人とも、もうすぐ高層階にある広間に着くよ。警戒してね)

 

(今の所、貴様らに気付いている輩は確認出来ない。だが気を抜くなよ)

 

((了解))

 

そう返事し、進もうと思ったその時ーーー

 

『くそがぁっ!!』

 

((((っ!!!))))

 

突然、天井裏まで響いてきた苛立ちの声と、金属製の何かがぶつかるような音が脳内に響き渡り、今まで黙って聞いていた優月たちの息を呑む声も聞こえた。

 

(……透流か?)

 

(……ああ、俺の真下だ)

 

(気付かれたかもしれん。動くな)

 

しかし、その後に続いた言葉で見つかったわけではないと分かる。

 

『静かにしろ。うるさくて敵わん』

 

『うるせーはこっちのセリフだ!だいたいテメーはどうしてそう冷静なんだよ!?あのガキ共を見たくせに!麗奴(レイド)だぁ!?結局ただの奴隷じゃねーか!!)

 

ガキ共、麗奴(レイド)、奴隷ーーーその単語を聞いた俺は確信する。

しかし脳内にはその男たちの会話が続いていた。

 

『いい加減にしろ。可哀想だからと解放しようとでも言うのか。……お前を救ってくれた組織を裏切って』

 

『うっ……そ、それは……』

 

『そんなに納得がいかないならメドラウト様の言うとおりーーー』

 

『わかってらぁ!オレは組織を変えてやる!《力》を示し続けてな!!』

 

(……確定したな)

 

一連の会話を聞き終えたザミエルが呟く。

 

(ああ、マズくなってきた)

 

(《狂売会》で人身売買をする気か……!?)

 

(透流、今は広間に向かうぞ)

 

そう言って俺たちは目的の広間へと向かう速度を早めた。

 

 

 

 

 

 

目的となる高層階の広間は、二階分の高さを持つ場所だった。照明が落とされて薄暗い事から、警備は扉を挟んだ外にのみ配置しているようだ。

天井裏で合流した透流を先に降りさせ、俺も広間へ降り立つ。

そこには俺たちとは別の気配も感じた。

 

(こんなのまで……)

 

銃を構えた透流が視線を向けた先には強固な檻に囚われている、白い毛並みを持つ獣ーーーホワイトタイガーが俺たちを見て唸り声を上げていた。

動物は他にも数匹いて、どれも絶滅危惧種に指定されている動物ばかりだった。それらは俺たちを見つけると、鳴き声を上げ始める。

幸いにも外を警備している連中はこれらの声を気にしていないようで、扉が開く様子は無い。

 

(違法な物ばかりだ……子供は?)

 

俺と透流は競売用の品を見ながら、子供たちを探す。その時ーーー

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

突如、後ろから声をかけられた。

 

「「っ!!」」

 

俺と透流は銃を構えながら振り返ると一人の男の姿があった。年は俺たちより一つ二つくらい上だろうか。

男は一・五メートル近くの高さに積み上げられた競売品に掛けられた布の上に座って、俺たちを見下ろしていた。

 

「……なんだ、あんたか」

 

俺は口元をマフラーで隠している男にそう言って銃をしまう。

 

「おい影月……!」

 

「心配するな、奴は敵じゃない。味方でも無いが」

 

「その通りだ《異能(イレギュラー)》に《異常(アニュージュアル)》。あ、それと大声を出しても大丈夫だぜ。魔術で外には聞こえないからな」

 

男は苦笑いを浮かべて、競売品から飛び降りて床に着地する。

そこで今まで一部の者たち以外、知る筈の無い異名を呼ばれて呆然としていた透流が声を上げた。

 

「もしかしてあんた、あのエセ関西弁の人か?」

 

「なっ!?どうして分かった!?」

 

目を大きく見開く男に、透流はストレートな理由を言う。

 

「声がそのままだ」

 

「っく、しまった……。って待て待て!口調は変えてあっただろうが!?」

 

「言ったよな?あんな嘘くさい喋り方が関西弁だって言ったら、関西の人に怒られるぞ」

 

昊陵学園には全国から生徒が集まっている。当然、中には関西出身の奴もいるわけで、日々の雑談の内でそれぞれの方言を耳にしている為、目の前の男の喋り方には何処と無く嘘くささを感じていた。

 

「ちっ、くだらない演技をするんじゃなかったぜ……」

 

「んな事より、一先ず戻ろうぜ?ここには目的のものが無かったからな……お前も着いてこいよ。話を聞きたい」

 

「了解だ。俺もお前に色々と聞きたいからな」

 

俺とマフラーの男はお互いに、はははと笑いながら牽制し合う。一方透流はついてこれていないのか、目を丸くして俺たちを見ていた。

 

「さて……安心院、俺と優月の部屋へ……皆も連れてきてくれ」

 

「もう皆、集合させておいたぜ」

 

呼び掛けると、安心院が俺の隣へと現れる。それに目の前の男の目が驚いたように丸くなるが、すぐに苦笑いする。

 

「本当に何者なんだ、お前ら……」

 

「戻ったら説明するさ」

 

「天井の穴も塞いだし……じゃあ皆さん、お手を拝借」

 

そう言って安心院が手を差し出す。俺たちはその手に触れてーーー広間から転移した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、貴様が《666(ザ・ビースト)》と数百年にわたって敵対してきた《聖庁(ホーリー)》所属の《聖騎士》か」

 

そうして俺の部屋に戻ってきて一息ついていると、ザミエルがマフラーを着けている男を見て言う。

 

「ああ、《煌闇の災核(ダークレイ・ディザスター)》ーーーユーゴだ。顔を合わせるのは初めてでも、この名を知らないとは言わせないぜ」

 

マフラーのおかげで表情は分かりづらいが、ユーゴと名乗った男は皮肉めいた笑みを浮かべた。

しかしーーー

 

「…………悪いが知らないぞ」

 

「なにいっ!?」

 

透流の一言にユーゴは驚く。というか雰囲気的にこいつは今この状況を楽しんでいるな。

 

「如月、なんでこんな怪しさ満点の男を連れてきたんだ」

 

「どこが怪しいんだ」

 

「全てだ」

 

「……お前の仲間、口が悪いぞ」

 

「許せ……どちらにしてもお前が怪しい事は否定しないから」

 

「否定しないのかよ!?」

 

「ああ……。さて、これ以上談笑しているとそこの赤い髪の人に燃やし尽くされそうだから、早い所本題に入ろう」

 

この部屋の温度が徐々に上がっていくのを、肌で感じながら俺はそう言った。ユーゴもそれを感じて「そうだな」と言って真面目な雰囲気になる。

 

「まず、ユーゴはどうして《狂売会》に?」

 

「ん〜、ちょっと個人的な用事でな。人捜しって奴をしているんだが、そいつが《狂売会》に現れるって情報を手に入れて、こうして乗り込んできたのさ」

 

「なあ、次は俺から聞いていいか?」

 

ユーゴの答えを言い終えた後、今度は透流が問いかける。

 

「どうして俺と影月の異名を知っていたんだ?」

 

「《魔女(デアボリカ)》とちょっとした知り合いなのさ」

 

その言葉に俺、優月、安心院、リーリス、ザミエル以外が首を傾げる。

 

「……《魔女》、とは?」

 

「朔夜の裏での通り名だ」

 

疑問を口にした橘に、俺は簡潔に説明した。

 

「……にしても《異常(アニュージュアル)》、お前詳しいな」

 

「俺とこっちの二人ーーー優月と安心院は朔夜と深い仲でね。色々と知っているのさ」

 

「《魔女》と深い仲?ーーーまさかお前たちか!?《魔女》が好きだと言っていたのは!?」

 

『っ!?』

 

ユーゴの言葉に透流たちが驚く。

 

「朔夜の奴何を言ったんだ……ああ、そうだよ」

 

「は〜……お前らが……」

 

そう言ってまじまじと俺たちを見てくるユーゴ。

 

「話を戻そうぜ」

 

「ん?ああ、それでさっきの情報源はあの《魔女》からだったんでね。情報料代わりに、可能な範囲でお前らのサポートをするって事になってんのさ」

 

「朔夜ぁ……協力者の幅が広すぎるぞ……」

 

このホテルの内部協力者に、《聖庁(ホーリー)》の《聖騎士》、黒円卓第九位大隊長ーーー色々な意味でヤバすぎる……。

 

「影月君、嘆くのは後にしてくれよ。今はあの事を聞くのが最優先だよ」

 

「……子供たちの居場所か?」

 

ユーゴの言葉に俺たちは頷く。するとユーゴは無言となりーーーしばし後、首を振った。

 

「……断る」

 

「どうしてだ!?」

 

「冗談を言うような時では無いだろう、ユーゴ。キミは我々に協力してくれるという話ではなかったのか?」

 

「どういう事よ。説明してくれないかしら?」

 

透流だけじゃなく、橘やリーリスたちも不快感をあらわにしながら問いかける。

 

「待て待て。お前らの子供を助けたいって気持ちは俺だって分かるーーーけど、今教えたらこの後すぐに騒ぎを起こすつもりだろ?」

 

「当然だ」

 

「なら、答えは変わらずノーだ」

 

「……まあ、当然ですよね」

 

「えっ……優月!?」

 

透流は意外な人物がユーゴに同調した為、狼狽える。

 

「どうして……!?」

 

「落ち着いて考えろよ……今、何の考えもなく子供たちの居場所を聞いて、騒ぎを起こしても成功する可能性は低いぞ。それに子供を人質に取られたり、殺されたりしたらおしまいだ」

 

「それにユーゴさんも人捜しをしたいと思っているみたいですから……譲れないんだと思いますよ」

 

「そういう事だ。だから教える事は出来ない」

 

「……だったらーーー」

 

透流は俺たちの意見を聞いて落ち着いたのか、橘を見る。

 

「うむ。ユーゴの人捜しとやらも考慮に入れて、()()の作戦について話し合おう」

 

「お前ら……」

 

驚きを浮かべた後、ユーゴは俺たちに小さく頭を下げた。

 

 

 

 

その後、二十分程して明日の動きが纏まった。

結構時刻はユーゴの目的を考慮して、《狂売会(オークション)》の開始時間より五分後。

それだけあれば、ユーゴの人捜しは終わるらしい。

ユリエと橘と優月は事前に合流し、子供たちの部屋へ。騒ぎが起こった後は即座に見張りを倒し、子供たちを保護する事が三人の役目になる。

リーリスは変わらず《狂売会》へ。彼女が動くと、《666(ザ・ビースト)》に警戒される度合いが高まる可能性を考慮しての事だ。

安心院は変わらずに俺たちの念話を繋げたり、情報を逐次教えてくれたりとサポートしてくれる。

そして残った俺、透流、ザミエルは騒ぎを起こすという事で話が纏まる。

 

「さてと。作戦決定って事で、俺は部屋に戻るぜ」

 

ユーゴは捜している相手が見つからなかった場合、《聖騎士》としての役目ーーー《666》の首領であるメドラウトを倒すとの事だった。

また、念の為という事で決行時までの接触は避けようと決めた為、実質的にユーゴとの話は今が最後となる。

 

「部屋に戻るのなら、僕が送っていくよ」

 

「便利だなぁ……お前のスキルって奴は」

 

安心院の言葉に苦笑いするユーゴ。そこで透流がユーゴへと歩み寄る。

 

「ユーゴーーーお互い、成功を祈って」

 

透流はユーゴに向かって、ぐっと握った拳を突き出す。

 

「……ったく、暑苦しいな。お前はーーーけど、ある意味おもしれぇ」

 

皮肉げな笑みを浮かべつつも、ユーゴは拳を上げてコツンとぶつけた。

 

「じゃあ頑張ろうぜ」

 

そう言って安心院の手を取って、転移しようとした時にーーー

 

「っと、そうだ。一つ、サポートをしてやるか」

 

何かを思いついたらしく、踵を返す。

 

「使わないで済むのが一番いいんだけどな」

 

「どういう事だ、ユーゴ?」

 

透流の疑問など聞こえなかったかのように、ユーゴは再び皮肉めいた笑みを見せーーー透流を指しながら言った。

 

「親に感謝しろよ。……()()()()()()()()()()()()()

 

バチっと弾けるような音が響きーーーユーゴの指先に黒い光が生まれた。

 




次回は後半です。
尚、ザミエル卿が優しいというか面倒見がいいのはハイドリヒ卿に命令されたのもありますが、内心影月たちを気に入っているのもある為です。

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