アブソリュート・デュオ 覇道神に目を付けられた兄妹 作:ザトラツェニェ
side 影月
入学三日目。一時間目の授業は新入生全員の写真と名前、武術もしくはスポーツ経験があるかどうか、具現化する《
恐らく、これを元によく吟味し、《
「ふんっ、この中で僕のお眼鏡メガネに適う者がいるといいんだがな」
「トラが言うとそのままだな」
「トラ……そのギャグ面白くないぞ。まだ布団が吹っ飛んだって言った方が面白いと思うが」
「ギャグではないっ!それに布団が吹っ飛んだなどというギャグもさほど面白くないだろう!」
とまあ、トラを弄るのはこれくらいにして話を戻そう。
それで正式な《
―――この後、三、四時限目に運動能力測定を行い、女子ではユリエと橘と優月が目を見張るような結果を見せた。
一方の男子では俺や透流やトラ、さらに
そして午後は昨日に引き続き体力強化訓練を行ったが―――穂高はまたしてもゴールと同時に倒れてしまった。
「穂高は向いてなさそうだよな」
倒れてしまった穂高を見て誰かがそう呟いたのを聞いた俺は、後でその呟いたクラスメイトを見つけ出し、注意をしておいた。
……実際の所、そのクラスメイトがそう呟いてしまうのも仕方ないかと内心思ったりもしたが……。
穂高は特に武術の経験もスポーツの経験も無く、言うなればごく普通の女の子だ。体力や気力も普通の高校に通う子たちと変わらない。
そういった面で見てみれば確かに彼女にとってこの学園は最良の学び舎では無いのかもしれない。普通の高校に進学していた方が良かったのかもしれないが……まあ、その辺りについては俺が口を挟むべきではない。最終的にこの学園をやめるか否かは彼女が決める事だし、彼女が一生懸命頑張るというのなら、俺や優月、透流たちもしっかりと手伝うつもりだ。
入学四日目―――本日から始まる授業の一つで、《
素人が多い新入生に、最初から怪我を負うかもしれない組手を行わせるのはどうかとも思ったが、学園側の意見としては技術は教わるだけでは意味はなく、使用してこそ身につくからという訳らしい。
確かに技術だけでは、いざという時には動けないというのは俺も十分理解していたので、そんな学園の方針に異を唱える事は無かった。
その模擬戦にて、昨日の運動能力測定で目立っていた女子二人、ユリエと橘が再び周囲の注目を集める事となる。
「はっ!」
息も吐かせぬ連撃を見せる橘。まるで舞うような動きに、驚きと感嘆の声がそこかしこで上がる。
「――――――」
対してユリエは接近したり離れたのヒットアンドアウェイを主体にし、自信の速さを有効に使って橘に対抗していた。
その戦闘はもはや素人の入る余地の無い、熟練者同士の本気を出した闘いだった。
「互角ですね……」
「ふんっ。さすがは橘流十八芸と言ったところだな」
「橘流?」
「
俺が橘流にそう説明すると―――
「……よく知ってるなぁ」
「昨日のリストに書いてありましたよ?……まさか透流さん、読んでないんですか?」
「えっ?あ……いや、《
透流のそんな答えにトラは頭を抱え、俺たちは揃って溜息を吐いた。
いくらチェックしなくてもいいと思っても、せめてよく話す人たち位は見ておけよと思う。
と、そこで組手終了のホイッスルが鳴り響く。
「はいはーい、そこまでー。三分間休憩したら今度は相手を変えて再戦してね〜♪」
その宣言に、ユリエと橘は一礼して一言二言交わして組手を終える。
結局、どちらも決定打を与えることは出来なかったようだ。
俺は次の対戦相手を探す優月たちから離れ、橘へと近付いた。
「お疲れ、橘。中々いい闘いだったな」
「む、如月か。ああ、ユリエは中々に強かったよ。一対一で闘って決着がつかなかったなんて随分と久しぶりの事だったしな」
「そうか。それで次の相手は見つかったのか?」
「いや……それが中々見つからなくてな……」
まあ、それも仕方ない事だろう。さっきのユリエとの手合わせを見ていれば、誰だって大抵は怖気づくと思うし。
「それなら俺とやろうぜ?丁度さっきの闘いを見て橘と一戦やりたくなったからな」
「それはありがたいな。こちらからもよろしく頼むよ」
そんな事を話していると、間も無く次の組手が始まると月見先生が宣言する。
「おっと、それじゃあそろそろ準備するか。存分に楽しませてもらうぜ?」
「ああ、キミは優月と共に柔道と空手を習っていたそうだな。私としてもそれら二つを修めている者と闘うのは初めてだから楽しみだよ」
「そうか。じゃあお互い、全力で楽しみながらやろうぜ」
「当然だ」
そして数秒後ホイッスルが鳴り、組手が始まった。
開始の合図と共に橘は一気に間合いを詰め、連撃を繰り出し始めた。
その連撃は無理無く流れるように、かつ鋭く放たれる。それを見て流石は名のある武術を修めているだけはあるなと改めて感心する。
俺はその連撃を半身をずらして躱したり、決定打になり得る攻撃は手や腕で防御して攻撃を防ぐ。
組手が始まってから30秒も経っていないが、すでに橘が繰り出した連撃の数は百を超える。そしてそれを軽々と受け流している俺を見て、周りのクラスメイトたちは感嘆の声を上げていた。
そうして橘の攻撃をただ防ぎながら大体二分程経過した頃―――
「どうした!攻撃しないのか!」
「…………」
橘が一切攻勢に出ない俺に対して、挑発するかのように言う。
そんな言葉を聞いた俺は、この組手でようやく防御以外の行動を取った。
繰り出される連撃の中で橘が放った左ストレートを俺は躱す事無く掴んで、俺の方へと橘を引っ張った。
「なっ!」
「っせい!」
突然腕を掴まれ、引き寄せられた事で驚きの声を上げながらバランスを崩した橘の懐に素早く入り込んだ俺は、右手を橘から見て左腕の脇の下あたりを掴み、左手を橘から見て体操着の右腰の上あたりを掴み、払腰の要領で彼女を床へと投げ飛ばした。
「っ!!がはっ……」
地面に叩きつけられた衝撃で、橘は肺から空気を吐き出す。
しかし―――
「くっ……!まだだ!」
橘は息を整える事も後回しにして、飛び起きて再び俺に右手を伸ばしてくる。
なので俺はその右手を掴み、橘の勢いを利用して再び投げ飛ばす。本来ならかなり無理をするような投げ方だが、そこは《
「ぐ、はぁっ!」
再び地面に叩きつけられた橘は苦しそうな声を上げ―――そこで終了のホイッスルが鳴った。
「ふぅ……やっと終わりか。まさかCQCで投げ飛ばしても、すぐに起き上がってくるなんてな……」
「はぁ……はぁ……し、CQC……?」
「ああ、近接格闘の事だ。軍隊や警察で教えられるものなんだが……俺と優月はネットとかで見て独学で覚えた。リストに書けるほど上手いわけでは無いけどな」
「……そうか……」
「立てるか?」
俺は手を差し伸べ、橘はその手を取って立ち上がる。
「完全に油断してしまったよ、私の負けだ。……私もまだまだ実力不足か」
「そうか?でも橘の連撃も中々すごかったぞ?どの攻撃も速くて、正確だったしな。まあ、それだけ強いのなら他の奴らが怖気づくのも分かるし……」
「ははっ、そうだな」
「兄さ〜ん!次、私とやりましょう!!」
「うおっ!?……優月か。いきなり抱きついてくるなよ、びっくりするだろ?」
すると今度は、優月がすごい生き生きとして俺に組手を申し込んできた。
ちなみに優月は俺と橘が闘っていた最中、武術経験が無い人たちを数人集めてある程度簡単な柔道の技などを教えていたようだ。
「本当にキミたち兄妹は仲が良いな……。少し羨ましく思うよ」
「ん……?橘も兄か弟でも居るのか?」
「ん……ああ、少し下の弟と従兄がな」
そう言って笑う橘の顔はどこか思い詰めるような表情にも見えた。特に“従兄”と言った時の橘の顔は何か複雑な事情でもあるのかと察せる程の顔をしていた。
「……羨ましいって……何かそう思うような事情でも?」
「まあ少し、な……。……っと、すまない。何か暗い雰囲気にさせてしまったな。今の話は忘れてくれ」
「…………」
そう言って笑う橘を見て、俺も優月も揃って無言になる。……彼女の過去に何があったのかは分からないが、これ以上は俺たち部外者が突っ込んでいっていいような話ではない気がする。
とりあえず、橘は従兄と何かあったんだと頭の片隅にでも留めておこう。
「それにしてもキミの妹は本当に友人思いだな。聞いているぞ?なんでも退学しようとしている人たちを説得しているそうじゃないか」
すると橘は自分が作り出してしまった暗い雰囲気を変える為なのか、そんな事を言ってきた。
「ああ、昔から他人思いなんだよ。優月は」
俺は橘の話題転換に乗り、後ろに抱きついている優月を横目で見ながら言う。実は入学二日目の時に退学届けを出そうとしていたクラスメイトを引き止めて以来、優月は他にも辛くて退学しようとしている人たちが居たら積極的に声を掛けたりして、退学を思いとどまるように説得するようになったのだ。
もちろん俺もそんな人たちを見かけたら思いとどまるように説得しているが、優月の方が俺よりも多く声を掛けている。
なぜ優月がそんな事をするのか。理由はただ一つ―――
「こうして共に出会えた運命をいつまでも大切に―――優月にとってここにいる人たちは全員、失いたくない大切な友なのさ」
そんなたった一つの純粋な気持ちで優月は動いているのだ。
そんな気持ちが通じているのか、まだ新入生で退学した人は一人も居ない。
そんな俺の話を聞いていた橘や周りのクラスメイトたちは揃って嬉しそうに笑った。
「失いたくない大切な友……か。ふふっ、私たちの事をそう思ってくれてるとは嬉しいな」
「そうだね……なんかそんな事聞いちゃったら、そう簡単にここやめられないよ〜」
「確かに〜」
「……よし!俺、今日から授業も訓練もしっかり頑張る事にするぜ!」
「あたしも頑張らなくちゃいけないな〜。そんな事思ってくれてる優月ちゃんの為にもね」
「……ちょっと兄さん、とっても恥ずかしいんですけど……」
「いいじゃないか、事実なんだし。……それとも優月はさっき俺が言ったような事は思ってないのか?」
「……もちろん思ってます。というか兄さんが言ってた事全部当たってますよ……だから恥ずかしいんじゃないですか……」
そう言いながら、恥ずかしそうに俺の背中に顔をうずめる優月。随分と可愛らしい反応だ。
「昔からそんな性格なのに今更何を恥ずかしがってんだよ。ほら、早く背中から離れて組手をするぞ?」
「……今、離れたくありません」
「あのなぁ……早く離れて組手の用意しないと―――」
「如月く〜ん♪そうやって他の皆や妹ちゃんと仲良く話すのはいいけど、やるなら早く準備してくれないかな〜?」
「ほら、月見先生があんな事言ってるから……」
「う〜……」
それを聞いた優月は渋々俺の背中から離れる。そんな彼女の顔は羞恥で赤くなっていた。
「どうする?恥ずかしくて闘えないならやめてもいいんだぞ?」
「……いいえ、やりますよ。この羞恥を兄さんにぶつけてやります!」
「おお、いいぜ!やれるものならやってみろ!」
その後かなり本気を出した優月と闘ったが、決定打をお互いに与えられずに終了した。
「……兄さんのバカ」
「なぜ!?」
最後になぜかそう言われてしまったが……本当になぜ?
その日の夜―――夕食も風呂も終えて、後は寝るだけとなった俺と優月は一緒に部屋でテレビを見ながらのんびりしていた。
「あ、そういえば優月?」
「……なんですか?」
俺が話しかけると、優月は不機嫌そうに俺を見る。
「……まだ怒ってるのか?」
「怒ってません!」
その言葉とは裏腹に優月はそっぽを向いてしまう。どうやら余程あの組手の時の話は恥ずかしかったようだ。
「怒ってるじゃないか……あの時は俺が悪かったから、機嫌直してくれって……」
「……はぁ……そんな事より私を呼んで何の話ですか?まさかそれを謝る為に話しかけた訳ではありませんよね?」
「まあ、そうなんだが……それで今さら聞くのもなんだけど、正式な《
「っ!はい、もちろんですよ。私も兄さんと組みたいとずっと思っていましたからね」
「それは嬉しいな。優月にそう思われてたなんて」
「……わ、私も嬉しいですよ?兄さんに組もうって誘われて。実は今日まで色んな人に一緒に組もうって誘われたんですけどね……でもやっぱり私は兄さんと一緒がいいので……」
「……そうか」
優月はしっかりしているし、周りの人からも
組手の時、俺にいきなり抱きついたのもそれが理由。あの時は抱きついてくるのに気が付かなかったとはいえ、正直兄としては少し自重してほしいとは思っている。優月はあまり気にしていないようだが、俺は周りからの視線で結構恥ずかしい思いをしていたりするのだ。
とはいえやめてくれと言ってもやめる気がしないし、無理矢理拒否するのも優月を傷付けそうであまり出来そうにない。
とりあえず今その事を考えてもどうにもならないので、頭を振って話も変えることにする。
「……なあ、優月はこの学校……どう思う?」
「どう思う?って聞かれても……まあ、色々訓練とか大変ですけど楽しいですよ?新しい友人も沢山出来ましたし、こうして兄さんの近くにも居る事が出来るので」
「……普段もよく俺の近くに居るだろう」
「今までとは別ですよ。何よりこうして寝る部屋が一緒っていうのは随分久しぶりじゃないですか」
「そりゃそうだが……」
実は小学校に入学した頃から、ついこないだの中学卒業まで俺と優月は別々の部屋で寝ていたのだ。理由としては親が別々の部屋を用意してくれたからなのだが……。
「それに私は嬉しいんですよ?兄さんとまたこうして一緒に寝れるって事がとても♪」
……どうやら今まで離れて寝ていた事で溜め込んでいたものが爆発したようだ。優月は先ほどの不機嫌さはどこに行ったのかと思える程に機嫌が良くなっていた。
そんな嬉しそうに俺の体に密着してくる優月に、俺は苦笑いを溢した。
……やっぱり優月のブラコンは一生治らないのかもしれない。
五日目、金曜日―――
今日も今日とて午後は恒例のマラソンなのだが……。
「遅いな……」
「……ああ」
黄昏時になっても、穂高がゴールしていないことに対して透流が呟く。
確かに昨日は空の色が変わり始めた頃にゴール出来ていたのだが、今日はまだ姿が見えないのだ。
「みやびのことか?」
そんな透流の呟きを耳にし、橘が聞いてくる。橘は今日も女子のトップで完走し、今さっきゴールしたばかりの女子に酸素吸入器を当てていた。
俺は橘と交代し、つい先ほど走り終えたクラスメイトの介抱をすることにした。
「はぁ……疲れてもう走れないよ……」
「よく頑張りました!明日もしっかり頑張りましょう?一緒に!」
「……うん、そうだね……優月ちゃん、いつもありがとう……」
優月はゴールしたクラスメイトの弱音を聞きながら励ましの言葉を送っていた。こうして優月が励ましてあげたり、一緒に頑張ろうと言っているおかげで毎日こうした辛い訓練の中で頑張っている人も少なくない。
優月は昔からそういった皆を励ますというか、率いるような事に長けているのだ。
「…………。ちょっと様子を見てくる」
そんな事を考えていると、透流が一言そう告げてコースを逆走していった。
それからしばらくした後、透流は穂高をおぶって迎えに行ったユリエや橘と共に戻ってきた。
その時、男子が苦手だと言っていた穂高が透流とどこか親しそうに話しているのを見て、俺は喜ばしく思ったのだった。
「ではでは《
土曜日―――
「どうする?俺らも先に登録しに行くか?」
「う〜ん……そうしましょうか。先にやっちゃった方がいいと思いますからね」
それを聞いた俺は優月と共に事務局へと向かった。
それから時は経ち、日がそろそろ傾こうかという頃、優月が誰が誰と組んだのか気になると言い出したので、俺たちは再び事務局へと向かうことにした。
その途中、俺たちは事務局の方から走ってくる透流とすれ違った。
透流は俺たちに気付いた様子も無く、寮へと走り去って行ってしまった。
「透流さん、どうしたんでしょう?」
「さあ……?」
俺たちが透流の様子に首を傾げながら事務局に着くと、そこにはトラと橘と穂高の三人が居て、何やら話し合っていた。
「どうしたんだ?三人揃ってこんな所で話なんかして?」
「む、貴様か。いやなに、あのバカについて少し話していただけだ」
「あのバカ?」
「透流の事だ。貴様らは透流とすれ違ったか?」
「ああ。なんかえらく血相変えて走り去って行ったが、なんかあったのか?」
「まだ組んでいない《
「まだ組んでない《
俺はそれが気になり、事務局の事務員さんに聞く。するとまだ《
そして女子は橘と穂高、そして―――ユリエだと教えてもらった。
「なるほど……。つまり透流はユリエを探しに行ったと?」
「おそらくな。まったく、あのバカは本当に……」
そう言うトラの顔は仕方のない奴だと言っているような表情をしていた。
「一週間、仮の《
「ユリエにか?」
「でなければ、あんなに血相を変えて走っていかないだろう」
「それはそうですが……トラさんはいいんですか?」
「……透流が選んだ事だ。それに僕がとやかく言う権利は無い」
「……分かってるんだな、透流の事」
「伊達に長い付き合いでも無いからな。まったく、昔から変わらんよ。あのバカは」
呆れながらに言い放つトラだが、その表情はどこか清々しくも見えた。
「ってなると、トラは誰と《
「橘さんは?」
「私はみやびと組むつもりだ」
「ということは残っているのは―――」
「……タツさんですね。でもトラさんはタツさんと仲悪いんじゃありませんでしたっけ?」
「……ふんっ、確かにあの筋肉バカは気に入らんが……状況が状況だから受け入れる事にするさ」
「……やべぇ、トラがすげぇかっこよく見える」
「……喧嘩を売ってるのか、貴様」
別に売ってるつもりは無いのだが。というか何故睨まれたし。
その後、正式に透流とユリエが《
side out…
―――そこは暗く陰湿な空気に満ちていた。辺りを見回しても暗闇しかなく、
そんな音も光も無い空間に突如として圧倒的な力を持つ何者かが降り立った。
その何者かは音も伝わる事の無いその空間で脳内に直接反響するような笑声を上げる。
その圧倒的な存在感を放つ者―――ラインハルト・ハイドリヒは口元に大きな笑みを浮かべ、その不気味に輝く黄金の瞳で、ある異世界に居る兄妹の姿を映し出していた。
「ふむ、カールよ。卿が手を施した者たちは順調に成長しているようだぞ。彼らの成長、実に喜ばしいと私は思うが、卿はどう思うかね?折角こうして出向いてきたのだ。姿を見せたまえ、我が盟友よ」
「無論、私も実に喜ばしい事だと心の底から感じている次第。しかし悲しきかな、彼らは今だ実力不足だ。このままでは私が用意した歌劇の幕すらも上げることは出来ますまい」
「ほう、卿にしては中々に珍しい事を言う。いつもの卿ならば、万象全て完璧に仕組んでいる筈であろう。いつぞやの怒りの日のように―――」
「さて―――」
ラインハルトの問いかけにカールと呼ばれた男はわざとらしく首を傾げる。
その様子を見たラインハルトは改めてカールに要件を尋ねた。
「相変わらず嘘が上手い男だな。まあ、それは良い。してカールよ、なぜ私をここへ呼び寄せた?まさか、あの兄妹について何か話でもあるのかね?」
「然りだ、獣殿。実は貴方に是非とも頼みたいことがあるのだ」
「ほう?」
ラインハルトは自分に頼み事があると言ったカールをとても珍しく思い、彼の真意を探ろうとその黄金の目を細めた。
カールの目は青く、暗く光っておりその真意はいくら長い付き合いであるラインハルトですらも読み取る事は敵わなかった。故にラインハルトはカールの頼み事とやらを聞くことにする。
「して、その頼みとは?」
「件の兄妹―――あの二人に対し、黒円卓の誰かをぶつけてもらいたいのだ」
ラインハルトはカールの発言に一瞬目を見開き、再び目を細めた。
「その理由は?」
「あの兄妹の実力……そして私の歌劇の幕を上げる事が出来るかどうか、それを是非ともこの目で見極めたいのだよ」
「…………」
その発言にラインハルトは考え込む。そしてしばらくして―――ラインハルトは答えた。
「相分かった。しかしいつそれを実行するのかね?」
「それについては特に問題は無い。実はあの学園では近いうちにある催し物をやるようでね。その催し物に便乗し、黒円卓の誰かをあの兄妹にぶつけさせればいい」
「なるほど、それで私に相談しに来たのだな。だが誰を向かわせればよい?何か意見はあるかね?」
「ふむ……実はあの兄妹の事は我が女神や愚息にはまだ知られていないのだ。無論知られても問題は無く、この急襲で彼らが私の望むものを得たとしたのならば、後は貴方のような者が盤ごと覆さない限りは歯車は問題無く回るのだが―――歯車を回す前に部品を曲げられてしまっては困るのだよ。故に―――」
「なるほど、黄昏の浜辺にいる黒円卓団員は邪魔をする可能性があるから使えない、と言いたいわけか」
「然り」
ラインハルトの答えにカールは答える。
黄昏の浜辺には現在黄昏の女神と永遠の刹那、藤井蓮やその仲間たちがいる。実はその黄昏の浜辺にも数人の黒円卓団員が居るのだが、藤井蓮はカールとラインハルトを快く思っていない。なので黄昏の浜辺にいる団員にラインハルトが今回の襲撃を指示すれば、それを聞きつけた藤井蓮が直接的か間接的に関わってくるのは分かり切っていた。
カールもわざわざこのような提案を持ち出してきたのだから、この襲撃だけは絶対に起こしたいのだろう。
そこでラインハルトはこの男が何を考えているのか本当に分からなくなってしまった。
「カールよ。卿がここまであの兄妹に固執するのはなぜかね?」
「おや?私は別段、あれに固執しているつもりなど微塵も無いのだがね」
「戯言を。卿の魂のかけらをほんの一部あの兄妹に与え、さらにその襲撃が成功するまで決して邪魔されたくはないと先ほど、暗に言っていただろう。さらに何時もの卿にしてはかなり細かい要望を私に提示してきた。いつも事実や真意をぼやかし、我らが守護する女神以外には微塵も興味が無い筈の卿があの兄妹にそこまでしているのだ。もう一度聞く。卿がそこまであの兄妹に固執するのは何故なのだ?」
ラインハルトは語感を強め、カールに質問した。
しかし、カールは先ほどから変わらない笑みを浮かべながら答える。
「これはこれは……まさか貴方にそのような事を思われていたとは。一応これでも私としてはあまり贔屓していないつもりなのだが―――しかし、なぜなのかと聞かれれば愚問としか言いようがありませんな。なぜなら私が動くのは古今東西女神の為しかありえない。故に私は今こうして動いているのだ。それだけは獣殿も覚えておいていただきたい。それに今、全てを言ってしまっては、折角の未知が既知に変わってしまう。それは貴方も面白くないのではないかね?」
ラインハルトはカールの言葉を聞いて考え込む。だがこれ以上話してもカールはこれ以上は言わないだろうし、確かに未知を既知に変えてしまうのは面白くないと思ったので、それ以上の追求は来るべき時に聞くことにした。
「……承知した。相変わらず卿の本当の目的は分からぬままだがその時が来るまで、私は黙して諦観させてもらうとしよう。襲撃には今も城で暇そうにしているベイを向かわせるとでもしよう。最近はストレスも多く溜まっているようだしな」
「感謝するよ、獣殿。では、私はやることがあるのでこれにて失礼させてもらおう。また後ほど―――」
その言葉と共にカールは姿を周囲の暗闇へと同化し、そのまま消えて行った。
「―――我が盟友が目を付けた兄妹よ。我が誇り高き爪牙を相手にどのような輝きを放つのか、存分に見させてもらうぞ」
そして徐々に空間が暗くなっていく中、ラインハルトの不気味な笑声がいつまでも暗闇の中に響き渡っていた。
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