アブソリュート・デュオ 覇道神に目を付けられた兄妹   作:ザトラツェニェ

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新年明けましておめでとうございます!そしてお久しぶりです!

12月は仕事が忙しく全く更新出来ませんでした……申し訳ありません!
今年も不定期更新ではありますが、少なくとも途中で投げ出す気は無いので、もしよろしければ是非とも完結まで末長く見守っていただけたらと思います!
では、どうぞ!



第六十三話

禍稟檎(アップル)》―――

 

それは神話において、神に食す事を禁じられた果実の名を与えられた別名マルスとも呼ばれる恐ろしいドラッグ。

一度この果実を味わってしまった者は視覚や聴覚、感覚といった五感への刺激が快楽に変わるという効能に囚われ、二度目の誘惑を拒む事が難しくなる。

闇から送られたその果実は安価で手に入れる事ができ、その効果もあって瞬く間に愛好者を増やし、かなりの数が皐月市内に出回る事となった。

しかしクリスマスイブにとあるクラブが火災により消失、その店を溜まり場としていた供給者が姿を消した事でその数は日増しに減り続ける一方となり、一月の半ばに差し掛かった現在ではかなりの高値で取引されていた。

そのような状況下で、半ば瓦解していたベラドンナのメンバー数人に行方不明となっていた男―――リョウから連絡があった。

 

 

『皆に伝えてくれ。中止となったパーティーをもう一度開催する』

 

 

そんな連絡を受け取った者たちは狂喜する。

彼らは皆、警察の手を逃れた《禍稟檎(アップル)》の常習者、もしくは売買に深く関わっていた者ばかりだ。

彼らは今や姿を見る事も珍しくなった禁断の果実の甘い蜜を再び味わう事が出来ると、他の愛好者や販売人たちに伝えていく。

彼らは餓えに耐え、狂おしい程に待ち望み―――そしてついにその日を迎える。

太陽が沈めば、禁断の果実を食する刻がやってくる。

 

だが彼らは―――そして影月たちもまだ、知らなかった。

悪魔の数字を組織の名に冠する者たちは、決して快楽堕落の為だけにドラッグを生み出したのではないという事を。

今宵の宴が《禁忌ノ禍稟檎(プロジェクト・マルス)》と呼ばれる計画の第一段階に過ぎないという事を。

そしてその宴に誘われて、望まれぬ来客が乱入してくるという事も―――

 

 

「では―――今宵の恐怖劇(グランギニョル)を始めよう」

 

 

全てを既知と断じたこの男以外、まだ誰も知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side 影月

 

『《禍稟檎(アップル)》の件で動きがありましたわ』

 

朔夜が俺たちにそう報告してから五日後―――

 

 

 

「……香、今何時だ?」

 

「二十時五分十七秒です」

 

「……丁寧に秒数まで言ってくれてありがとな」

 

「はい!」

 

「兄さん、様子はどうですか?」

 

「外も中も全く変化無しだ。一時間前から何も変わってない」

 

俺は溜息を吐きながら瞑っていた目を開き、隣で俺の事を見ている優月と香に苦笑いする。

それを見て優月は不安そうに眉を寄せた後、一つ溜息を吐いて夜空を見上げた。

 

「……本当に来るんでしょうか?罠って可能性もありますし……もしかしたらブラフって可能性も……」

 

「さあな。でもまあ……罠だろうとなんだろうと、調べなきゃいけない事に変わりない」

 

「朔夜さんの事前情報ではブラフの可能性は限りなく低いって言ってましたが……不安ですね」

 

 

 

俺たちは現在、皐月市中心部よりも北に位置する貸倉庫街に居た。

今から五日前―――皐月市で調査をしていた調査員が得てきた情報によると、そこにある一つの巨大な貸倉庫内でベラドンナのパーティーが催されるらしい。

主催は無論言うまでもなくリョウとの事で、パーティーの内容は大方予想がつく。

 

「ふぅー……。ドラッグパーティーか……本当、そんなもののどこが楽しいんだろうね」

 

「そういうのを吸ってる連中にとっては、天にも昇る心地で楽しめるんだろうさ。常人から見れば何がいいのか分からないもんだが」

 

近くに置いてある木箱の上に座りながら煙草を吸う妹紅の言葉に対し、俺は苦笑いを浮かべる。

ちなみに妹紅がこうして煙草を吸うようになったのはつい最近で、吸うようになった理由はただ興味があったからだそうだ。曰く、長く生きていると色々なものに興味が出てくるらしい。

まあ、その事は一先ず置いておいて話を戻そう。

 

それにしても今回の話を聞いて意外だったのは、この情報の出所が《沈黙の夜(サイレス)》だったという事だ。さらに―――

 

「よう、見張りご苦労さん。ほら、差し入れだ」

 

「皆、お疲れ様〜♪はい、優月ちゃん」

 

「香ちゃんの分もあるよ」

 

「ん、コーヒーか。ありがとな、司狼」

 

「幽々子さんもありがとうございます!……あったかい……」

 

「萃香さんもありがとうございます!」

 

その情報を機関の調査員に伝えてくれたのが、今俺たちの後ろから幽々子、萃香と一緒に来た司狼だという事にもこれまた意外で驚いた。

聞く所によると司狼率いる底なし穴(ボトムレススピット)が情報を集めていた所、たまたま《沈黙の夜(サイレス)》の長髪男に出会って、今回の話を聞いたそうだ。

その後、調査員の報告を受けた機関は未だにリョウの行方を追っていた護陵衛士(エトナルク)に彼らを制圧するように指示、俺たちもそれに協力する事となった。

ならなぜその制圧作戦に関係が無い司狼がここに居るのか?それは本人曰く―――

 

『ここいらで首突っ込んどかねぇと、俺のファン増えねぇだろ?』

 

と言っていた。一体こいつは何を言っているんだか……。ちなみに護陵衛士(エトナルク)たちは司狼の協力申し出について最初は渋っていたが、最終的にはOKという事になったらしい。こっちもそれでいいのか……。

 

「んで、どうよ?お前の《焔牙(ブレイズ)》に例の奴は映ったか?」

 

「いいや、全く動き無しだ。香、護陵衛士(エトナルク)からの報告は?」

 

「まだありません……怪しい人影すら見えないようです」

 

情報によると、俺たちが現在見張っている貸倉庫はリョウの実家が経営する会社の所有物らしく、今までも何度かベラドンナが大掛かりなパーティーを行った際に会場として使用された記録があるそうだ。

リョウの行方を追う中で当然ながらこの倉庫も捜査対象になったとの話だが、その時彼の姿は影も形も無かったと報告されている。

それは今も同様で、パーティーの開始時刻を過ぎてもリョウは姿を見せていない。周囲に待機している四十人以上の護陵衛士(エトナルク)や別の場所で待機している安心院たちも未だに見ていないそうだ。

既に五十人位の参加者が倉庫内に居るというのに、一体奴はいつ現れるつもりなんだろうか?

 

「ま、それならそれで気長に待とうや。全員分の缶コーヒーも配り終えた所だから、見張りながら一息つこうぜ」

 

「そうだな―――って全員?司狼、まさかお前これ全部一人で用意したのか?」

 

「ああ。―――おっと、別に金の事なら気にしなくていいからな?高々五十人程度に缶コーヒー奢ってやったって、こっちにゃ何の問題も起きねぇからよ。むしろ最近金が多くなってきて少し困ってたから丁度よかったぜ」

 

『司狼君、ゴチになりま〜す』

 

『ヤー、ありがとうございます』

 

安心院の繋げた念話により、ユリエたちや護陵衛士(エトナルク)の人たちが揃って司狼にお礼を言い始める。

 

「あいよ、どういたしまして―――で、そっちの二人はさっきから何してんだ?」

 

司狼がそう言って視線を向けた先には、缶コーヒーを不思議そうな顔で弄っている幽々子と萃香が居る。

そして暫くの間、缶コーヒーを弄っていた二人は何かを聞きたそうにこちらを見てきた。

 

「……ああ、なるほど。開け方が分からないんだな?」

 

「ええ……たまに人里とかで外の世界から流れてきた缶詰は見た事あるけれど……こんな形のものは見た事無いし、開け方もさっぱり分からないわ」

 

「幻想郷に缶詰とかって少ないんですね」

 

「つか、開け方分からないってんなら、さっきまでそっちで煙草吸ってた妹紅とかもう飲んでる香に聞けばいいだろ?」

 

「ん?」

 

司狼がそう言って指した先には先ほどまで吸っていた煙草を携帯灰皿に入れて、缶コーヒーのプルタブに指を掛けている妹紅と、既にフタを開けて美味しそうに飲んでいる香が居る。

 

「妹紅に香ちゃん、これの開け方って分かるかしら?」

 

「もちろん。まずはここのプルタブに指を掛けて―――そうそう、そして手前に引っ張ったら―――」

 

「おー!」

 

「あら……そんなに力を加えなくても随分簡単に開いたわねぇ」

 

「後はプルタブを元の位置に戻して飲んでくださいね」

 

妹紅と香に開け方を教えてもらった二人は礼を言い、缶コーヒーを飲み始める。

 

「あら、ちょっと苦いわね。でもこれはこれで……美味しいし、温まるわ」

 

「あ〜……意外に美味しいねぇ、このこーひー?って奴は」

 

「飲んだ事無いんですね」

 

「ええ、普段はもっぱら緑茶しか飲まないもの」

 

「私はお酒ばかりだし〜」

 

「幽々子はいいとして、萃香はその見た目で酒飲むって聞くとなんつーかなぁ……。あ、そういや話は変わるが、お前たちに一つ聞きたい事があるんだけどよ」

 

「なんだ?」

 

そんな二人の話を聞いていると、司狼が突然何かを思い出したかのように問い掛けてきた。

 

「例の件で怪我したって言った橘―――彼女、あれからどうなった?」

 

聞かれたのは橘についてだった。そういえばあの時は司狼や蓮に連絡がつかなかったんだったか。後に朔夜が連絡のついた蓮たちに一連の出来事を話したそうだが、その後の事は知らないのだろう。

 

「しばらく昏睡状態になってたけど、数日前に幽々子たちが協力してくれたおかげでなんとか無事に目覚めたよ。体調とかに問題は無いけど、今は大事を取ってこの作戦にも参加せずに休んでる」

 

「そりゃよかった。……実はうちの香純や先輩がな?あの嬢ちゃん(朔夜)の報告を聞いて、しきりに彼女の事気にしてたからよ」

 

「ああ、そういう事か。なら橘は元気に回復してるって伝えておいてくれ。―――あ、そういえば俺からも一つ気になってる事があるんだがいいか?」

 

「ん?」

 

「俺たちがあの事件に関わってた間……司狼、お前何やってた?」

 

あの事件の際、俺たちは司狼だけじゃなく蓮などにも連絡を入れたのだが、全く連絡がつかなかった。

最初は電波が悪くてただ繋がりにくいだけなのかと思っていたが、朔夜によるとその後蓮や司狼たちと連絡が取れたのは、俺たちが幻想郷に行って数日程経った頃だったそうだ。それまでは朔夜の方から連絡を入れても全く繋がらなかったらしい。

それに対し司狼は―――

 

「何、ちょっとした用事だ。あの水銀に突然呼び出されてよ、それがかなり厄介な用だったからこっちに目を向ける暇が無かったのさ」

 

「厄介な用ですか……。ちなみにどんな用だったんですか?」

 

「ある世界で、水銀の奴がちょいと力が強過ぎる子と戦闘になっちまってね。それに俺たちと大将、そして黄金の獣様まで呼び出されたのさ」

 

「「はぁ!?」」

 

メルクリウスだけじゃなく、ラインハルトや蓮まで呼び出されたって……。

 

「何者なんです?その……女の子?」

 

「ああ、女の子だ。水銀曰く、ある人物を元に勝手に生み出され、一方的に禍根を押し付けられた存在だとよ。んで、強さについては―――言わなくても分かるだろ?」

 

『…………』

 

世界を容易く滅ぼすどころか、世界法則を塗り替える力を持つ覇道神が三人も集まる程の実力を持つ女の子。

そんな話を聞いて、俺たちは揃って絶句する。

 

「まあ、結局なんだかんだ言ってその子には勝ったけどな」

 

「……まさか殺したんですか?」

 

「いいや、実際その子も俺たちと似たような存在だったからな。死なずに戦闘不能になったよ。今は水銀が珍しくその子の面倒を全部見てるらしいぜ?」

 

どうやらその子は過去に何かあったらしく、メルクリウスと出会った時からかなり精神が不安定だったらしい。

 

「あの子の過去に何があったかは知らねぇけど、彼女が無理やり背負わされたものを考えりゃ、大方精神が不安定な理由は想像出来るけどな」

 

『…………拒絶、されたんだろうね……それもかなり強く』

 

勝手に生み出され、一方的に禍根を押し付けられて、その禍根のせいで色んな人から避けられて―――もしかしたら殺されそうになったのかもしれない。

禍根は文字通り、災いの元だからそれを周りが排除しようとするのは道理だろう。

 

「まあ、今はかなり落ち着いてるってこの前様子を見に行った蓮が言ってたし、そこら辺は大丈夫だろ。問題はその子の今後をどうするかってとこなんだが……」

 

「……彼女の面倒を見てるメルクリウスはそれについて何か言ってましたか?」

 

「いんや、どうやらあの野郎もかなり迷ってるみたいでな。もしかしたらずっとあいつが面倒見るかもしれねぇし、俺たちやお前たちに全部投げてくるかもしれねぇ」

 

「……後者の方が可能性高そうだな」

 

「ああ。でも大した問題は無いと思うぜ?そうなったらなったで俺や蓮も協力するし、何しろお前たちとその子は仲良くなれそうだからな」

 

「あら、なぜそう言えるのかしら?」

 

幽々子の質問に司狼は飲み終えた空き缶を弄りながらこちらの目を見て笑った。

 

「じゃあ優月、お前その子の話を聞いてどう思った?」

 

「私ですか?」

 

問われ、優月は少し考えた後に答える。

 

「私は可哀想だと思いましたね……。都合よく創られて、一方的に災いを押し付けられて、周りから拒絶されたり、殺されかけたりして……そんなの、あまりにも酷いし……身勝手過ぎると思います」

 

「優月……」

 

「……私は、その子を今すぐにでも抱きしめてあげたいです。例えどんな酷い理由で生み出されたとしても、禍根の塊だと言われようとも、結局その子も私たちと同じように生きている事には変わりないんですから……」

 

「……だが、お前とその周り―――大切な人たちが災いに巻き込まれるかもしれないんだぜ?」

 

「それはもちろん分かっています。でもだからと言って、私はその子の事を見捨てたりなんか出来ません」

 

「…………」

 

「私は見たくないんですよ。誰からも理解されず、拒絶された事に泣き叫ぶその子を、その結果身も心も何もかも壊れてしまったその子の姿を」

 

「優月ちゃん……」

 

悲しそうに、しかしそれでいてどこか慈愛を感じさせる笑みを浮かべる優月の姿は儚く、とても幻想的に見えて―――一瞬だけ優月の姿に黄金の少女の姿が重なって見えたような気がした。

 

「―――ああ、やっぱりお前とあの子は似てるわ。だから言ったんだよ、お前たちとあの子は仲良くなれるってな」

 

それはどうやら司狼も同じだったようで、含みのある笑みを浮かべてそう呟いた。

 

「……司狼さん、その子の名前教えてくれませんか?」

 

「ん、ああ……確かその子は(まが)―――」

 

 

 

 

 

 

 

『こちらIチーム、一台の不審な黒い乗用車を確認、こちらに近付いてきています!』

 

『っ!!』

 

その時、俺たちのやりとりを遮る形で周りを見張っていた護陵衛士(エトナルク)が念話を通じて声を上げる。

 

「その話はまた今度にしようぜ。今は―――」

 

「そうね、今は―――」

 

『乗用車は例の倉庫前に停車―――三人降りてきました』

 

「透流、そっちから顔見えないか?」

 

『残念だけど後ろ姿しか見えないな。でも見る限りリョウで間違いないと思う。それにリョウに寄り添ってた女も居る』

 

『こちらAチーム、三人の人物の内、リョウとおぼしき人物の顔を確認』

 

「確定か……そういや三人目の奴はどんな奴だ?」

 

『後ろ姿だったから分からないな……』

 

『そうね。でも《狂売会(オークション)》で警備していた連中と似たような黒スーツを着ていたから《(ゾア)》かもしれないわ。注意しておいた方がいいわね』

 

これまでの経験上、《(ゾア)》の身体能力はおそらく《(レベル3)》とほぼ同等だ。

まあ、それだけなら俺たち《(レベル4)》以上の敵ではないのだが、注意するべきなのは個々が備えているだろう特殊な能力だろう。

防御力が高い程度ならまだなんとでも出来るだろうが、以前戦った奴のように電撃を放てるなら少し苦戦するかもしれない。

 

『入ったぞ』

 

透流たちと共にいる隊長が呟くと、香は手元の時計を見る。

 

「それじゃあ皆さん、準備してください!二分後に作戦開始です!」

 

彼女は即座に動いてこちらの存在を気取られてしまわないように、僅かに時間を置いてから突入する旨を伝える。

その後、護陵衛士(エトナルク)が倉庫を完全に包囲して、最後に突入部隊が内部に入り込んで制圧するという手はずになっているのだ。

ちなみに今回、香はこの作戦の全体指揮を任されている。本来なら透流たちと居る隊長が指揮を取る筈だが、朔夜が是非とも香に作戦指揮を任せてあげてほしいと言ったらしい。

その話を聞いた時少なからず大丈夫かと不安に思ったが、どうやら朔夜の仕事を手伝っている合間や、夜寝るまでの間、さらに幻想郷に行っている間も兵法などの戦術勉強をしていたらしい。そしてその才能は見事に開花し、朔夜曰く「孔明にも勝るとも劣らない軍師になった」との事。

 

「―――時間です。では、これより制圧作戦を開始します!」

 

『了解!』

 

香が任務開始を宣言すると俺たちのみならず、他の場所から倉庫を監視していた護陵衛士(エトナルク)、近隣で待機していた安心院たちが動き出す。

メンバー構成は透流、ユリエ、リーリス、サポート役に隊長ともう一人の護陵衛士(エトナルク)を加えた五人が正面から入る突入部隊。

俺、優月、妹紅、萃香、そして以前の《七芒夜会(レイン・カンファレンス)》で優月が助けた男性護陵衛士(エトナルク)の一人を含めた俺たち五人は倉庫の裏側から入る奇襲部隊。

トラ、安心院は周りの護陵衛士(エトナルク)と共に包囲部隊に配属された。ちなみに安心院は今回の作戦の無線替わりとしての役割も持っている。

そして司狼なのだが……基本的には俺たちに付いてくるそうだが、事態が変われば勝手に動くらしい。詰まる所遊撃手というわけだ。ちなみに周りの護陵衛士(エトナルク)と共に配属された幽々子も状況に応じて自由に動くそうだ。

最後に残った香は後方に下がって安心院の念話を使っての現場指揮、そして先ほどの会話には参加していなかったが、映姫も現場指揮の補佐をする事になっている。

 

 

隊全体に任務開始が通知されてから三分―――予定通りに配置につき、包囲が完了したとの連絡が次々と入る。そして―――

 

『よし……突入するぞ!』

 

『はい!』

 

「俺たちは裏から静かに入るぞ」

 

「了解〜」

 

「了解です!」

 

萃香の間の抜けた返事と男性隊員の活気ある返事を確認し、俺たちは裏口から静かに侵入する。

一方表の方からは透流たちが突入したのか、窓ガラスが割れた音が聞こえてきた。

 

「窓ガラスをぶち破ってお邪魔しますってか……」

 

『ダイナミックだね』

 

「私だったら正面から壁をぶち破って入るけどね」

 

「ダイナミック過ぎんだろ」

 

「流石鬼ですね……」

 

「私なら火をつけて突入するけどね」

 

「妹紅のが一番ヤバイな……」

 

「ダイナミックどころの話じゃないですね……」

 

「皆さん……集中してください……」

 

そんな軽いやり取りをしながら薄暗い廊下を警戒しながらゆっくりと歩く。

途中、幾つかの部屋があったので中を覗いてみたが特に怪しいものは無い。大抵の部屋は会社の備品らしきものが大量に積まれていたり、おそらく会社関係の荷箱が積まれている部屋だった。

そして―――

 

「この先か……」

 

俺たちはこの倉庫で一番広い部屋へと通じる扉の前へと辿り着いた。見ると扉の隙間からは色鮮やかな光が漏れている。おそらくこの向こう側には先ほど突入した透流たちとリョウを始めとした今回のパーティーの参加者たちが居る筈だ。

しかし―――

 

「なあ、影月……さっきからずっと思ってたんだけどよ……静か過ぎだよな?」

 

「……ああ、悲鳴の一つも聞こえない」

 

扉の向こう側からは物音が一つ聞こえてこない。扉の隙間から色鮮やかな光が見えている事から、普通なら騒々しい音楽の一つ位は聞こえてきてもおかしくはないだろう。さらに先ほど透流たちが窓ガラスを破って突入したというのに、参加者の悲鳴どころか驚いたような声すらも聞こえない。

そんな状況が俺たちの不安を煽る。

 

「嫌な予感がする……」

 

「私もです……ですが」

 

「ああ、とりあえずこの扉の先に行かねぇと何が起きてるのかも分からないからな」

 

『その扉は荷箱の影に隠れてますから、静かに出れば気付かれないと思います』

 

「分かった」

 

この倉庫の見取り図でも見ているのか、香のナビを聞いた俺たちは音を立てないように静かに扉を開け、低い姿勢のまま近くの荷箱の影に隠れた。

そして僅かに顔を出して周囲の様子を伺うと、奥に設置されたステージの上に立っている目標の姿を確認した。

 

(居たぞ……リョウだ)

 

その両脇には、スミレという女と黒いスーツを見に纏った男が控えていた。

 

(って、あの黒スーツ……《狂売会(オークション)》の時の灰色熊(グリズリー)だった三島レイジか?)

 

そんな事を考えていると、リョウは以前会った時と変わらないにこやかな笑みを浮かべたまま、話始める。

 

「やあ、久しぶりだね。まさかキミたちが《超えし者(イクシード)》だとは思いもしなかったよ。よくこんな街の情報を掴んで潜り込んできたものだ」

 

「うちのトップは色々とやり手でね、色々とコネがあるんだよ。例えばこの街に存在する五つの派閥の内の一つとかな」

 

「へぇ……それってもしかして底なし穴(ボトムレススピット)の人たちかい?」

 

「……知ってたのか」

 

「あそこのトップとキミたちがたまに喋ってる所を見かけるって聞いたからね」

 

リョウの視線の先には吹き抜け部分から一階を見下ろしている透流たちが居る。

 

(あちゃー、やっぱりバレてたか)

 

(まあ、結構顔を合わせてたので仕方ありませんね)

 

(……それにしてもよ、周りの奴ら少しおかしくねぇか?)

 

(確かに……誰も彼もが虚ろな目をしてますね……ドラッグの影響でしょうか?)

 

((…………))

 

そんなやり取りをしていると、透流たちと共に居た隊長と女性護陵衛士(エトナルク)が先に一階へと飛び降りる。

その理由は一階の入り口を開け放ち、ここにいる一般人がこれから始まるであろう闘いに巻き込まれないように避難誘導する為だ。

あの二人のレベルは俺たちより低い《(レベル3)》なので、もしここに《獣魔(ヴィルゾア)》がいるとなれば、二人がそれを相手するのはかなりの危険を伴う。

故に二人は一般人を避難させ、俺たちが気兼ね無く闘える状況を作り出すという役割を担っていた。

だが―――

 

「おっと、せっかく舞台を用意したんだから、野暮な事はしないでもらいたいね」

 

リョウが指を打ち鳴らすと、一階へと降り立った二人の周囲にいた幾人もの参加者が隊長たちに向かって飛び掛かった。

 

「なっ!?」

 

「きゃっ!?」

 

「っ!たいちょーーー」

 

(喋るなバカ野郎!ここで大声出したら奇襲の意味が無くなるだろーが!)

 

そのまま(なだ)れ掛かられ、床に押し倒された二人を見て男性隊員が思わず声を出そうとして、咄嗟に司狼が口を塞いだ。

幸い押し倒される時の音で男性隊員の声はかき消されたので、リョウたちはこちらに気が付いてないようだ。

 

(っ……す、すみません……つい声が……)

 

(バレてないので大丈夫ですよ。それにあれを見て声が出るのも仕方ないです)

 

「ぐ、ううっ……なんだ、この力は……!?」

 

「なんですかこれ……!動けない……!?」

 

「隊長!?」

 

人を超えた《力》を持つ護陵衛士(エトナルク)が数人の常人に抑え込まれて表情を歪めるという異様な状況に、透流たちのみならず俺たちも内心驚く。

それを見てリョウはステージ上で笑った後、手を横に大きく動かした。するとパーティーの参加者が端に寄るように移動して中央にスペースを作った。

そんなあからさまな誘いに乗った透流たち三人は、作られた空間へと飛び降りる。

 

「キミたち二人はそのままそこで見ているといい。ふふ、どうだい?」

 

「……まさか参加者全員があんたの配下だとは思わなかったぜ、リョウ」

 

「う〜ん……別にそういうわけでもないけれどね」

 

「トール、何か様子がおかしいです」

 

背中を向け合い、三方を警戒する中でユリエが呟く。

確かに周りの参加者は先ほど優月が言った通り、誰も彼もが虚ろな目をしていて、僅かに体を揺れ動かして立っている。

 

(まるでゾンビだな、こりゃ)

 

(……やはりドラッグか?いや、それにしては統率が取れている気がするが……)

 

(という事は……)

 

「……これがあんたの《力》ってわけね」

 

「ふふ、想像に任せるよ。まあ、キミたちやそこで抑えられている二人には手出ししないように命じてあるから、そこら辺は安心していいよ」

 

「それはご丁寧な事で……」

 

やはりこの現象はリョウの持つ何かしらの《力》が作用しているのだろう。

 

「それじゃあ、そろそろパーティーを始めようか。キミたちドーン機関と僕ら《666(ザ・ビースト)》は、和やかに会話をするような関係じゃないからね」

 

「同感だ」

 

「始める前に言っておくけど、もし外にいる連中がこの倉庫内に踏み入ろうとでもしたら、参加者がどうなるか保証は出来ないよ」

 

「つまり裏を返せば、()()()だけで闘うなら手を出さないって事だな?」

 

「ご名答。約束しようじゃないか」

 

どこまで信じていいかは怪しいが、透流は外で待機している護陵衛士(エトナルク)に連絡を入れる。

 

「さて、これで望み通りの展開になったな。ーーーああ、そうだ。最後に改めて確認するが、()()()()()()()()()がここに入ってきたらダメなんだよな?」

 

「そうしたらどうなるか保証はしないと言っただろ?」

 

(さてと……んじゃ影月、ちょっくら茶々入れに行ってくるわ)

 

(遊撃開始か、司狼)

 

(それが俺の役割だろうが。それにーーー乱入とサプライズは喧嘩の華だぜ?)

 

(ああ、分かった。俺たちはタイミングを見計らって行動する。それと誰も殺すなよ?)

 

(分かってるっての。だが止むを得ない時は目を瞑れよ?)

 

そう言った司狼は腰からデザートイーグルを抜き、荷箱の上に立つ。そしてーーー

 

「なら、最初からここにいた俺はセーフって事だよな?」

 

その言葉と共に跳躍し、透流たちがいる場所へと降り立った。

 

side out…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キミは……」

 

リョウは透流たちの前に降り立った人物を見て、軽く目を見開いた。なぜならその人物はリョウが《超えし者(イクシード)》の次に警戒していた人物だったからだ。

 

「よお、色男さんよ。また随分と派手なパーティーをやってるじゃねぇか。なんで俺たちも誘ってくれなかったんだよ?」

 

「司狼……」

 

突然出てきた司狼に驚く透流を尻目に、司狼は続ける。

 

「あ〜あ〜、つれないねぇ。俺たちはベラドンナの連中がうちの溜まり場に来る事を許してたっつーのに、そっちは俺たちがこんな楽しいパーティーに参加する義理は無いってか?」

 

「……ああ、すまないね。それじゃあ次からはキミたちも誘う事にするよ。まあ最もーーー」

 

言ってリョウは再び指を打ち鳴らす。

 

「次なんてもうキミには無いだろうけどね」

 

「っ!司狼!」

 

その言葉と共に数人の参加者が司狼へと飛び掛かった。

そしてそのまま司狼は先ほどの護陵衛士(エトナルク)と同じように床に押し倒されてしまう。

 

「キミもそこで見ているといいよ。まあ、キミたちの存在は僕らにとって邪魔だから後で皆殺しにしてあげるけどね」

 

「おーおー、怖いねぇ。そんな爽やかな笑顔浮かべながら殺す宣言するなんてよ」

 

しかし司狼は柳に風と言った感じで受け流して飄々と笑い飛ばす。

そしてーーー

 

「つか鬱陶しいわ、お前ら」

 

『なっ!?』

 

その言葉と共に司狼は体を起こし、自身を押さえ込んでいた参加者を軽く身を振るう事で振り払った。

(レベル3)》の《超えし者(イクシード)》ですら起き上がる事が出来ないというのに、それをまるで虫を払うかのような軽さで成し遂げた乱入者を見て、透流たちやリョウ、そして黒スーツの男は驚きの声を上げた。

 

「おいおい、抑え込むならもうちょい力入れろよ。今のが全力か?」

 

「……レイジ!」

 

するとリョウは黒スーツの男の名を呼び、男はステージを蹴って飛ぶ。

ズシンと見た目以上に重みがありそうな音が響き、男はスペースの中心へと着地した。

 

「うわー、今重そうな音したな。お前あの根暗野郎と同じ鉄で出来てるような体なのかよ?」

 

「ああ?んなわけねーだろうが。そもそも鉄で出来てる体ってなんだぁ?」

 

「いや、こっちの話さ」

 

「やっぱりあんただったか……。確か、三島レイジだったよな」

 

「おう、前は一撃だったってぇのに覚えてもらって光栄だな、《超えし者(イクシード)》」

 

「インパクトあったからな。闘いの結果がどうこうじゃなくて、《666(ザ・ビースト)》にあんたみたいな奴が居るって事に」

 

闇の世界に潜む非合法の組織に属するには明らかに間違ってる性根を持つ敵。確かにそう聞けば忘れようにも忘れられない相手だろう。

それを聞いて舌なめずりでもしそうな笑みを浮かべるレイジ。

 

「そいつぁありがてぇ一言だが、今回は結果で忘れられなくーーー」

 

「ちょっとリョウちゃぁん、何のイベントなのぉこれぇ?なぁんか退屈なんだけどぉ」

 

するとレイジの言葉を遮る形で、スミレという女性がまるで空気を呼んていない苛立った声を上げる。

それを聞いてリョウは苦笑いや浮かべて答えようとしてーーー

 

「うるせぇ、黙れ」

 

その言葉と同時に轟音が三発鳴り響く。

 

「ひぃいいいいっっ!!」

 

司狼が放った銃弾はスミレの足下へと着弾し、それに驚いたスミレは尻もちをついて後ずさる。

それを見て鬱陶しそうな顔をする司狼。

 

「こっちが話してる最中だろうが。状況も理解出来ないバカ女がゴチャゴチャ喋るんじゃねぇ」

 

『…………』

 

人に向けて躊躇無く発砲して罵る司狼に、周りの者たちは揃って黙り込む。

 

「……お前、中々にイカレてんなぁ」

 

「そうか?だがこっちが楽しくおしゃべりしているって時に空気読まずにいきなりペラペラ喋り出されたらイラつく上にシラけるだろ?」

 

「ケッ、違いねぇな」

 

笑いながら同調するレイジもそれ相応にイカレているーーー透流たちがそんな事を思っていると、レイジが改めて向き直る。

 

「だがまあ、確かにこれ以上ペラまわしても面白くねぇのは事実だよなぁ?」

 

「ああ、やっぱ喧嘩っつーのはこういうのが一番だ」

 

その言葉と共に司狼は銃を向け、レイジは自らの正体を露わにし始める。

見る間にその体が変質を始め、三メートル近い巨躯と化していく。

その姿に透流は違和感を覚えるも、絹を裂くような悲鳴によって強制的に思考が中断される。

 

「ひぃいいいいっっ!!ば、ばけっ、バケモノぉおおおおっっ!!」

 

「……おい、言われてんぞ」

 

「知るか、否定するだけ無駄だっていうのは分かってるしよ。それにお前だって似たようなもんだろうが」

 

「あー?この通りすがりのイケメン様のどこがバケモノだって言うんだよ?」

 

「五人掛かりで押さえ付けられても軽々と脱出した奴が何言ってやがる」

 

レイジの言う通りだなぁ……と透流たち三人は呆れながら同情し、改めてどっしりと構えを取るレイジの姿を見る。

ここで透流は先ほどから感じていた違和感に気付いた。

 

「ん?前と姿が微妙に違う……?」

 

(ゾア)》は元となった獣の特徴を残しながら、皮膚が硬質化して頑丈な鎧となる。

以前のレイジは熊の様相を残した風体だったが、今は以前より体格が良くなり、特に腕の太さは段違いになっている。

 

「いい観察力だ。流石多くの修羅場をくぐってきてるってか」

 

先ほどとは違い、くぐもった不気味な声で答えるレイジは巨体を揺らす。

 

「てめぇにやられた事でオレぁボスからいらねぇって言われてな。……だが、別の奴からチャンスを貰ってなぁ……。新たな《力》をーーー大猩猩(コング)のパワーを手に入れたってぇわけだ」

 

「なるほどねぇ、だからそんな怒った時のラー○ャンみたいな腕してんのか。つまりお前はーーー」

 

「おうよ。オレぁ既に《(ゾア)》じゃねぇ……上位(ハイクラス)ーーー《獣魔(ヴィルゾア)》のレイジだぁ!!」

 

レイジが咆哮し、空気が震える。

それに感化されたのか、周囲の参加者ーーー否、観客と化した連中が足を踏み鳴らし始めた。ドラム缶を叩く者まで現れ、倉庫内は音楽が掛かるよりもさらに騒がしくなる。

そんな中で透流たちは予想外の人物が《獣魔(ヴィルゾア)》になっていた事に未だに動揺していた。

しかし司狼はーーー

 

「はっ、そうかい。だがまあ、それはそれとしてーーーだ」

 

黒光りするデザートイーグル。重量2kgに達する世界最強の拳銃を左手一本で回しながら、司狼はニヒルに笑う。

 

「時間が経って色々と面倒な事になる前に、さっさと()()しようぜ?ーーー援護は任せたからよ!」

 

その言葉と同時に視界を漂白するマズルフラッシュと耳を聾する轟音が連続で炸裂する。それは射撃の基礎もセオリーも一切無視した、曲撃ちと言っても構わないデタラメな発砲だ。大口径の銃でこんな真似をしようものなら、普段は狙い云々よりも射手の手首が破壊される。

だがーーー

 

「なっ!?」

 

放たれた弾丸のほぼ全てはレイジの眉間や心臓などの急所へと一分の狂いも無く飛来してきた。そしてレイジが驚いたのはそのような常識外れなものだけでは無くーーー

 

「ふっ……!」

 

「はあぁぁ!!」

 

レイジから比較的近い荷箱の影から飛び出して構えた銃を撃つ影月と、自らの《焔牙(ブレイズ)》を具現化した優月が飛び出した事にもまた驚いていた。

しかしーーー

 

「効かねぇなぁ!そんな豆鉄砲は!!」

 

レイジは司狼と影月が放った銃弾を回避せずにその身で受け止めた。

獣魔(ヴィルゾア)》は急所を含めた全身が徹甲弾でも貫けないレベルで硬くなる。故に司狼たちの持っている普通の拳銃ではレイジに全くダメージを与えられない。

だがーーー

 

「ああ、知ってるよ。でもなーーー」

 

「ーーーっ!!」

 

「お前の事なんて、こっちははなから狙ってねぇんだよ」

 

その言葉と共にリョウが言葉を発する時間すら与えられずに、音を立てて倒れた。

先ほど司狼が放った中の一発が跳弾して、リョウの頭部へと命中したのだ。

 

「いやぁあああああっ!!リョウ!?リョウーーーーーっ!!」

 

スミレがまたもや悲鳴を上げて近寄り体を揺さぶるも、リョウは目を開けない。

その姿を見て、レイジが心持ち苦々しい声で言う。

 

「やってくれんじゃねぇか……」

 

「まあ、正直気が進まなかったけどな」

 

「ですが、ドラッグを裏でこそこそと広める輩が約束を守るなんて思う程、私たちはお人好しじゃありません」

 

「ケッ、それも違いねぇな」

 

パーティーの参加者を素早く無力化した優月の言い分を、レイジは肩を揺らしながら認めた。

 

「それに心配すんなよ、そいつは死んでねぇ。ゴム弾食らって伸びてるだけだ」

 

「ああ?ゴム弾だぁ?」

 

ゴム弾ーーー警察や軍隊で大型獣の撃退や暴動鎮圧、訓練に使われる日致死性兵器の一種。

しかしーーー

 

「嘘つくんじゃねぇよ。ゴム弾は跳弾なんかしねぇぞ?」

 

ゴム弾は跳弾しないように特殊な構造になっている。それについて指摘するレイジに司狼はデザートイーグルを回しながら答える。

 

「確かに()()のゴム弾じゃ跳弾なんてしねぇわな。でもこれは()()のゴム弾じゃないんだわ」

 

そう言って再びデタラメな発砲をする。それら全ての銃弾は壁や床で跳弾して、レイジの急所に再び当たった。

 

「俺の知り合いで銃に詳しくて、作るのが上手い奴が居てな。ゴム弾だけじゃなく、このデザートイーグルもそいつが作った特別製なんだよ」

 

「ほお……」

 

ちなみに作成者は安心院だったりする。

重さも質感も撃った時の反動も全てデザートイーグルのままで、弾丸だけゴム弾に変えているのだ。見た目や発砲音までもが実弾を撃つ銃と同じなので傍から見れば本物にしか見えないだろう。

さらにゴム弾自体に跳弾のスキルが付属しているので、跳弾も可能という性能までついている。

 

「さてと、それじゃあこれの種明かしも終わった事だしーーーこれで残るはお前()だけだな」

 

「何……?」

 

影月のどこか引っかかるような言い方に透流は眉を潜めて、どういう事かと問い掛けようとしてーーー

 

 

 

 

瞬間、どこかから放たれた巨大な火球が透流たちの頭上を通り、リョウとスミレが居るステージ上へ着弾、耳をつんざく轟音と共に大きく爆発した。

 

『ーーーーーー』

 

紅蓮の炎に包まれ、燃やし尽くされるステージを見た透流たちや隊長、護陵衛士(エトナルク)の隊員二名は思わず言葉を失ってしまう。

戦場の状況は刻一刻と目まぐるしく変わるというものだが、今目の前で起きた事はまさにそれを体現していた。

何が起きて、何をしているのか。全く理解出来ていない透流は一番近くに居た司狼に問い掛けようとしてーーー再び言葉を失う。

透流が言葉を失った理由、それは先ほどの火球によって火の海と化したステージ上に見た事が無い《獣魔(ヴィルゾア)》が一人、宙に浮かぶ妹紅を見上げていたからだ。

 

「なあーーーもうそんな見ててイラつく演技はやめてくれないかな?君が《獣魔(ヴィルゾア)》なのは知ってるからさぁ……」

 

「もぉ……いきなり無抵抗の女の子に攻撃するなんてぇ酷くなぁい?まぁ、私だったから良かったけどもぉ」

 

背中から一対の炎の翼を生やした妹紅は不敵な笑みを浮かべながら、燃え上がるステージ上に居る一体の《獣魔(ヴィルゾア)》と視線を交差させる。

背には(バタフライ)の羽、見るからに硬質の皮膚鎧、まるで(スコーピオ)のような尻尾、そして(アント)のような顔を持つ《獣魔(ヴィルゾア)》はカチカチと大顎を鳴らして、機械質な声で話す。

その特徴的な口調から、透流たちはあれの正体が誰なのかを察する。

 

「……まさかリョウじゃなくて、あんたが《獣魔(ヴィルゾア)》だったとはな……」

 

先ほどまで気絶していたリョウの傍に居たスミレは、ステージ上から消えていた。

 

「あれぇ?今更気付いたのぉ?すぅっかり騙されてるからぁ、なぁんども笑いそうになっちゃったぁ♪」

 

「……そういえばリョウは!?」

 

「こっちだ、透流」

 

その声に振り返ると、そこには気絶したリョウを抱えている影月が居た。影月は妹紅の放った火球がステージに着弾する直前にリョウを急いで回収したのだ。

 

「こいつには色々と聞きたい事があるからなぁ……まだ死なれちゃ困るんだよ」

 

「んもぉ、リョウだけじゃなくて私も助けてほしかったのにぃ……」

 

「ならせめて普通の人間に戻ってから頼むんだな。いくら女性とはいえ、そんな体なら別に助けなくても問題無いだろうし」

 

「まあ、それもぉそうなんだけどねぇ」

 

笑うように大顎を鳴らす《獣魔(ヴィルゾア)》に影月は苦笑いする。

 

「さぁて、それじゃあそろそろ始めよっかぁ?私の相手をしてくれるのはだぁれ?」

 

「それはもちろん私と影月とーーー」

 

「私だ!」

 

「っ!」

 

その言葉と同時に物陰から素早い動きで出てきた萃香が、ステージ上に居た《獣魔(ヴィルゾア)》へと殴り掛かる。

それに気付いた《獣魔(ヴィルゾア)》は咄嗟に防御の構えを取るがーーー

 

「くっ、あぁああああっ!!」

 

山をも崩す鬼の一撃の前には防御も役に立たず、殴り飛ばされた《獣魔(ヴィルゾア)》は倉庫の分厚い壁をぶち破って飛んでいく。

 

「す、すごい……」

 

「ヤ、ヤー……」

 

「あれが鬼の力なのね……」

 

倉庫の壁を空いた大穴を見て、透流たち三人はもはや何度目になるか分からない驚きの表情を浮かべ、護陵衛士(エトナルク)たちは目を見開いて唖然としていた。

 

「さて、俺たちはあれをぶちのめしてくるか。司狼、こっちは頼んだぞ?」

 

「了解。んじゃ、《獣魔(ヴィルゾア)》倒すの遅かった方がカツ丼奢りな?」

 

「お、いつも奢ってくれない司狼がそんな事言うなんて珍しいな」

 

「さっき缶コーヒー奢ってやったろうが。それよりも早く行かねぇとあの二人に取られるぜ?ちなみにあの二人が倒したらお前の奢りだからな」

 

既に妹紅と萃香は例の《獣魔(ヴィルゾア)》を追って姿を消していた。

 

「ちょ、マジかよ!なら急がないとなーーーじゃあ優月、司狼、そっちは任せたぞ!」

 

「はい!兄さんも気を付けてください!」

 

そして影月は、先ほど吹き飛ばされた《獣魔(ヴィルゾア)》を追い掛けて跳躍していった。

それらを見送った司狼はレイジへと視線を向ける。

 

「さて―――こっちもやるとするかねぇ。おい透流、いつまでぼーっと突っ立ってんだよ」

 

「あ……す、すまない。展開が変わり過ぎてちょっと動揺しててな……」

 

「お前ら……俺のやらなくちゃならねぇ仕事をよくも……」

 

「どうせ失敗する事前提の作戦だったんだろ?別に邪魔されても文句ねぇだろ」

 

「…………」

 

司狼の言葉に返事する事無く、レイジは構える。それを見た司狼もまた構え、優月や今だ困惑している透流たちも構える。

 

「―――来ますよ」

 

優月がそう呟いた瞬間、レイジは一瞬で司狼たちに接近し、攻撃を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐ、ぅうっ……何よぉ!あの一撃はぁ!!」

 

一方、萃香によって殴り飛ばされた《獣魔(ヴィルゾア)》は先ほど居た倉庫からかなり離れた倉庫の壁にめり込みながら、怒りの感情を(あら)わにしていた。

彼女の役割はレイジが《超えし者(イクシード)》と戦ってる間に(バタフライ)の力で特殊な鱗粉を発生させ、透流たちの弱体化やあの場に居た参加者を操って、《666(ザ・ビースト)》に楯突く彼らを潰す事だった。

しかしその計画は倉庫内に潜入していた司狼たちによって頓挫ーーー彼女は鱗粉の操作が効かない程遠くに飛ばされ、レイジは一人で数人の《超えし者(イクシード)》と戦う羽目になってしまった。

 

「くっ……このままじゃぁ、あの方に顔向け出来ないわねぇ……」

 

そう言った《獣魔(ヴィルゾア)》はすぐに体制を立て直すべく、倉庫へ戻ろうとするがーーー

 

「おっと、行かせないよ?」

 

「っ!!」

 

その言葉と共に目にもとまらない速さで萃香が追撃してくる。

獣魔(ヴィルゾア)》は咄嗟にその一撃を空へ飛んで躱しーーー次いで飛んできた火球も紙一重で躱した。

 

「へぇ……中々いい動きするねぇ」

 

「ありゃ、また躱されちゃったよ」

 

それを見た萃香は獰猛な笑みを浮かべて喜びを露わにし、火球を放った妹紅も似たような表情を浮かべる。

 

「あんたたちぃ……!」

 

それを見てさらに怒りを滾らせる《獣魔(ヴィルゾア)》は蠍《スコーピオ》の尻尾を近くにいた萃香目掛けて放つ。

地を這うように移動し、一気に跳ね上がって襲い掛かる尖針(せんしん)に対し、萃香は動かない。

なぜ彼女は動かないのだろうか。

恐怖で足が竦んだ?否。萃香は境界という概念を自由自在に操る大妖怪や、八百万の神をその身に宿して攻撃してくる月人などの強者たちと殺り合っても生き残ってきた猛者だ。ならば鋭く、刺されば毒が体に回る程度の攻撃で恐怖する筈が無い。

ならばどう対処するのか考えている?それも否。戦闘では僅かな時間が運命を大きく左右する。決断をためらったり、決めあぐねたりすると致命的な隙やミスに繋がってしまう。歴戦の猛者足る萃香も当然ながらその事を理解している。故に本来ならばこうして棒立ちする事は無い。

ではなぜーーーその答えはすぐに明らかとなる。

 

 

Yetzirah(形成)―」

 

 

その言葉と共に自らの《焔牙《ブレイズ》》を具現化し、萃香と妹紅に合流した黒髪の少年は尖針を弾き逸らした。

 

「ああ、やっと追い付いたかい、少年」

 

「ああ。というか先に二人で行くなよ」

 

「いやぁ、ごめんごめん。つい我慢出来なくてさぁ」

 

黒髪の少年―――影月は妹紅と萃香に半眼を向け、向けられた二人はケラケラと笑った。

 

「……二人とも見かけによらず、戦闘狂だよな」

 

「「君も似たようなものだろう?」」

 

「…………否定はしない」

 

二人の指摘に影月は苦笑いをして、《獣魔(ヴィルゾア)》に向き直る。

 

「さてと……というわけでお前の相手は俺たち三人なんだが……どうする?お前一人じゃ、俺たち三人を同時に相手取るのは厳しいんじゃないか?」

 

獣魔(ヴィルゾア)》を遥かに凌ぐ怪力と速度を持つ萃香。

空を飛び、決して侮れない威力の火球を放つ妹紅。

そして速度も申し分無く、大火力を持つ兵器を召喚出来る影月。

そんな三人と対するのは普通の《獣魔(ヴィルゾア)》よりも攻撃力、防御力を若干強化され、三つの特殊な能力を持っている《獣魔(ヴィルゾア)》ことスミレ。そしてその三つの特殊な能力の内、(バタフライ)の鱗粉は今彼女が居る屋外では上手い事蔓延しないので、事実使えない。

確かにこれだけの戦力差と状況を見ると、いくら《獣魔(ヴィルゾア)》であろうとも絶望的である。これが並の《(ゾア)》や《獣魔(ヴィルゾア)》ならば、躍起となって無謀に襲い掛かってくるだろう。

だが―――

 

「―――はははは……あはははははははは!!!」

 

彼女はその場で大顎を鳴らしながら、機械質な声で狂ったように笑い出す。まるでこの状況を楽しんでいるかのように―――

 

「えぇ、確かに私一人じゃぁ厳しいわねぇ。でも―――」

 

その言葉と共に再び尖針が振り回され、影月たちに襲い掛かる。

それを危なげなく回避した三人の内、影月は攻撃の隙を狙って《槍》を《獣魔(ヴィルゾア)》目掛けて投擲する。

もはや常人どころか並の実力者でも捉える事が困難な速度で迫る《(それ)》に対し、《獣魔(ヴィルゾア)》は剛腕を振り回して弾き返す。

 

「……降伏する気は無いか」

 

「当然よぉ、私にも絶対に負けられない理由ってものがあるからねぇ」

 

「なら質疑応答はこれで終了だね。こっからは力で殺り合おうじゃないか」

 

妹紅が自らの周りに炎を纏わせながら殺気に満ちた目で敵を見据える。

それを受けた《獣魔(ヴィルゾア)》もまた、殺気を込めた視線を返す。

双方睨み合い、何か小さなきっかけ一つで戦闘が開始されそうな雰囲気の中―――妹紅が先ほど放った火球で燃え上がる倉庫の一部が音を立てて崩れ落ちる。

それが合図となり、双方は同時に行動を始める。方や大切な少女や仲間たちの意思を成し遂げる為、方や尊敬する偉大な上司の為―――

 

『行くぞォッ!!』

 

互いに譲れぬ思いを抱きながら、今ここに人外同士の戦いが始まった。




今年最初のお話はどうでしたでしょうか?
今年もこんな拙い文の小説ではありますがよろしくお願いします。

では、誤字脱字・感想意見等よろしくお願いします!

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