アブソリュート・デュオ 覇道神に目を付けられた兄妹 作:ザトラツェニェ
side 透流
「はぁ……ぐ……つぅ……」
「大丈夫ですか?トール」
「ああ、なんとかこれくらいは……ユリエは?」
「私は大丈夫です」
俺たちは《新刃戦》で月見先生―――いや、月見と戦って疲れた体を廊下の壁にもたれかけて休んでいた。
なぜ月見と戦ったのか―――それは奴がトラとタツの《
奴がそんな事をした理由は将来有望そうな新人を始末しろという“仕事”を頼まれたかららしいが……。とりあえず俺たちは月見から教えられた《
そしてつい先ほど、なかなか戻ってこない俺たちの様子を見に来た橘とみやびが三國先生たちを呼びに行き、俺たちはそれまでゆっくりと待つ事にした。
「…………トール、月が綺麗ですね」
「ああ……」
するとこの何も言わない空気に耐えられなくなったのか、ユリエが窓の外で光り輝いている満月へと視線を向け、俺もそれに習って夜空に浮かんでいる月を見上げた。まるで凍えるような蒼い光を讃えている月は思わず見惚れてしまう程綺麗で、おそらく絵として描けば万人に評価されると思える程美しかった。
「……なんだ?」
「―――っ!トール!」
その時、俺たちは月の雰囲気が徐々に変わっていく事に気付く。満月は次第に淡い鮮血のような紅に染まっていき、それと同時に凄まじいまでの殺気が俺たちの体を包み込む。
「つ、月が赤く……!?」
「一体何が……」
そして美しい光を讃えていた月が完全に赤く染まったその瞬間―――俺たちの全身に抉るような脱力感が襲いかかった。
「ぐぅっ!?……なんだ……!?」
「か、はっ……!わ……分かりません……」
「くっ……!と、とりあえず講堂へ行こう……!今は三國先生たちや橘たちと合流して状況を……」
「ヤ、ヤー……」
一先ずここから移動して状況整理―――そう決めた俺とユリエはゆっくりと立ち上がり、互いに支え合いながら講堂を目指す事にした。だが移動最中も強烈な脱力感は襲いかかり続け、どんどんと力が吸い取られていく。
「ト、トール……」
「頑張れ……ユリエ……」
先ほどの月見との戦闘で負った右太ももの切り傷から多くの血を出しながら、意識を手放してしまいそうなユリエを励ます。かくいう全身傷だらけで疲労困憊の俺もユリエに励まされたりした。
そうしてお互いに意識を途切れさせないよう、励まし合いながら俺たちは何とか最上階から一階まで降りてきた。
そこで俺たちは―――
「こ、九重くん……!」
「九重!ユリエ!」
「九重くん、シグトゥーナさん。大丈夫ですか?」
おそらくこの脱力感によって立てないのか橘に肩を借りているみやびと、少しだるそうな表情を浮かべている橘、そして特に疲労している様子が伺えない三國先生と合流した。
俺たちはそんな三人を見て少しだけ
「み、三國先生……さっき月が赤く……それになんだか体もだるいんですが……」
「ええ、私や他の教員たちも同じ感覚を感じています。しかしなぜこのような事が起こっているのか私には……」
どうやら三國先生も今の状況にかなり困惑しているらしい。聞けば上級生や他の教員、警備の人たちも何が起きているのか分からない為、指揮系統が随分めちゃくちゃになっているそうだ。
「ただ、先ほど庭園を映している監視カメラに如月くんたちと、軍服を着た怪しげな男を確認したと警備から報告がありました」
「つまり侵入者ですか?」
「そういう事ですね。となると今この状況はその侵入者によって引き起こされているというのが一番有力なのですが……」
「そんなの……とても信じられません」
天に浮かぶ月を赤く染め上げ、この学園全域に居る人たちに凄まじい脱力感を与える能力か何かを持つ侵入者―――状況的にそう考えるのが一番ありえそうだが、そんな荒唐無稽な話は橘の言う通りとても信じられない。
「とりあえず私は今からその侵入者が確認されたという場所に向かいます。そこには如月くんたちも居るでしょうからね」
「……なら……私たちも一緒に行きます」
「ユリエ?」
「ユリエちゃん……?」
すると俺の肩に体を預けて、苦しそうに呼吸をしていたユリエが顔を上げてそんな事を言う。
そんなユリエに当然三國先生は困ったような表情を浮かべ―――
「……気持ちは分かりますが、貴方たちは怪我をしています。ましてやシグトゥーナさん、貴女は―――」
「もちろん分かっています。今の私が行っても邪魔になってしまう上にもしその侵入者と戦闘になった時には足手まといになってしまう事も……。でも、私は怪我していても友人の為に行きたいんです」
「ユリエ……」
強き意志を浮かべたユリエの
「…………分かりました。ただし無理をしないように。もし侵入者と戦闘になった場合は貴方たちは即座に離脱してください」
「ヤー、ではトール……」
「あ、ああ……」
「っ……と、巴ちゃん……わ、私はいいから、ユリエちゃんに肩を……」
「みやび……だが」
「私は大丈夫だから……それよりユリエちゃんを……ね?」
「……分かった。ユリエ、私も肩を貸そう」
「ありがとうございます……」
そうして俺たちはお互いを支えながらなんとか外へと出る。
「っ……!あ、赤い月……!」
「あまり見るなみやび。三國先生、如月たちはどこに―――」
と、橘が聞こうとした瞬間、つい先ほどまで紅に染まっていた月が徐々に見慣れた黄色い色へと戻っていった。
「なっ……月が戻った……」
それと同時に先ほどまで全身を襲っていた激しい脱力感も波が引くかのように消えていった。
「戻った……のか?」
「分からん……だが少なくとも少し動きやすくはなったな」
「とりあえず如月くんたちの元へ行きましょう」
そう三國先生に促され、俺たちは再び歩みを進める。
そして―――
「影月!優月!」
俺たちは庭園内にある噴水に寄りかかっている影月と、そんな影月の腕の中で目を閉じている優月を見つけた。
「如月くん、聞こえますか?」
「ん……三國先生……くっ……!なんとか……」
「え、影月くん!動いちゃダメだよ!頭から血が……!」
「ああ……ついでに骨も何本か折れたよ……多分、優月も……」
そう言って苦しそうに話す影月は俺たちよりも酷い怪我を負っていた。影月は骨も何本か折れたと言ったが、もしかしたら内臓も傷付いているかもしれない。
「全く……デタラメ過ぎる相手だった……っ!げほっ!」
「デタラメ過ぎる……?影月、それは―――」
「九重」
俺が影月の言葉の意味が気になって聞き返そうとした瞬間、橘が手でその先の言葉を制した。
「……もういい、それ以上喋るな如月。今は休め。……九重も質問は後にしよう。今は彼らの治療が先だ」
「っ!分かった……すまない、影月」
「ああ……こっちこそすまないな……すぐに答えてやれなくて……」
そう言って影月も気を失ってしまった。
その後、連絡を受けた先生方や警備員の人たち、上級生もやってきて、俺たちと影月たちは即座に医療棟へ運ばれる事となった。
こうして《新刃戦》は俺たちの勝利、そして謎の襲撃者とそれを影月たちがどうにかして退けたという結果を残し、幕を閉じた。
side out…
「ふむ……」
―――この世のありとあらゆる世界法則から切り離され、距離と座標の概念すらも破壊された世界にある髑髏の城―――ヴェヴェルスブルグ城。その城の主、ラインハルトは城の玉座に座り、肘掛けに片肘をかけて興味深そうに薄っすらと笑みを浮かべていた。その黄金の双眸には学園の生徒や先生方に心配されながら、担架で医療棟に運ばれていく兄妹が映し出されていた。
「……カールよ。見ていたかね?どうやら卿が目を付けた兄妹は予想以上の成長を遂げたようだな?」
ラインハルトは誰もいない玉座の間で一人、虚空に向かって呟く。その呟きに返事は返ってこない―――筈だった。
「ええ、確かにあの二人は私が思っていた以上の成長を見せてくれましたな。まさかヴァルキュリアの能力をあの時点で覚醒させるとは、私としても少なからず未知が楽しめて非常に喜ばしい限りだ」
その言葉と共にラインハルトが座っている玉座の右側から影絵のような男、カール・クラフトがまるで最初からそこに居たかのように姿を現す。
それに微塵も驚いたような表情を見せないラインハルトは黄金の双眸を少しだけ横へと動かす。
「戯言を。卿はあの娘がヴァルキュリアの力を覚醒させるように事を仕組んでいただろう。それに何やらヴァルキュリアにも事前に何かしらの入れ知恵をしていたようだしな」
「おや、気づいておられましたか。さすがは獣殿、しかしヴァルキュリアには別段入れ知恵と言えるような事は言っていないつもりなのだがね」
「相変わらずだな、カールよ。しかしヴァルキュリアとただ世間話をしに行った訳ではあるまい」
「さて、どうでしょうな」
ラインハルトの追求にカールは口元を吊り上げて楽しそうに笑いながら返答をした。そんないつもと全く変わらない友の笑みを見たラインハルトはさらに追求する。
「ならば、仮に卿はヴァルキュリアとただ世間話をしに行っただけと仮定しよう。ならなぜわざわざツァラトゥストラに邪魔される危険を犯してまでヴァルキュリアに会いに行ったのかね?」
「それに関しては獣殿、貴方のご想像にお任せ致しましょう。ただ一つだけ言えるとするならば―――私はあの兄妹に期待している。故にこのような結果を出せたのなら、ツァラトゥストラに知られる事など非常に
そう言うカール・クラフトにラインハルトは睨み付けるような視線を向ける。
「……近頃の卿は何を
「ふむ、私としてはいつもとそれ程手法を変えていないつもりなのだがね……気のせいだと、私は思うのだが」
そう言われラインハルトはここ最近のカールの行動について思い返すが、やはりいつもと何かが違うような気がしてならなかった。
しかしこの男のやる事なす事は考えても理解出来るようなものが少ないので一先ず考えるのをやめ、ラインハルトはこれからの事について問いかけた。
「まあよい、それはそれとして卿はこれからはどうするつもりかね?」
「私は歌劇に何かしらの異常が出ない限り、しばらく
殺そうとするならば自らが出る―――自らの友が言った言葉にラインハルトは一瞬目を見開いた後に呆れたような表情を浮かべる。
「……本当に卿は何を考えているのか……相変わらず予想出来ぬ男だな、卿は」
「それについては今に始まった事では無いと自負しているがね。それよりあの二人と戦ったベイは何と言っていたかね?」
「ああ、ベイは珍しく上機嫌で私へ報告した後、嬉々としてシュライバーを探しに行ったぞ?ベイ曰く、中々に愉快な戦いであり、機会があれば再戦をしたいと言っていた」
「ふむ、ベイがそこまで彼らを評価するとはね。あの二人に手を加えた私としても喜ばしい限りだ」
ちなみに余談だが、ヴィルヘルムはラインハルトに戦闘の報告をして玉座の間を出た直後、『さて……待ってろよシュライバー!その
その発言から察するに、ヴィルヘルムにとってあの兄妹との戦いは本当に心の底から楽しめたのだろう。
「さて、それでは私も行くとしよう。少しばかり手が離せない用事もあるからね」
「また女神のストーカーか?」
話も早々に切り上げようとする友に向かってラインハルトは呆れながら言った。
このカール・クラフトという人物、実は黄昏の女神と呼ばれるマルグリット・ブルイユ―――通称マリィ―――が使ったものや砂浜にある足跡を別空間に保存する程のストーカー……というより変態であり、周りからはコズミック変質者と言われているのである。
実際の所、黄昏の女神もそんなカール・クラフトにかなり迷惑しているらしく、ラインハルトやツァラトゥストラと呼ばれている藤井蓮も、カール・クラフトが別空間に保存しているマルグリットコレクションを何回か破壊しようと協力したりしたが、全て失敗に終わっている。
さらに女神の写真や映像が入ったカメラやパソコンなども破壊をしても復活、あるいは壊れた事実を無かったことにされる為、こちらも失敗に終わっている。
「ストーカーとは失礼な、獣殿。そもそも最近の私はそれ程女神を追い掛けていないのだがね」
「どうだろうな」
「そこまで疑うのなら、女神に最近何か物を取られたりしてないか聞いてみるといい。では―――」
カールは最後にそう言うとカールは瞬きする間に消えてしまった。
ラインハルトはそんな親友に対し呆れたように溜息を吐いたが、先ほど見ていた兄妹の事を思い出し、再び口元を吊り上げる。
「相変わらず我が盟友は困ったものだが……まあよい。それより―――カールが手を加えた件の兄妹、中々に面白い。故に私も卿らを諦観しよう。さあ―――我らに未知を見せるがいい。それこそが今の卿らに出来る精一杯の供物なのだからな。ふふ…ふははははは……」
そうして黄金の笑声が城へと響き渡っていく……。
ちなみに余談だが報告を終えたベイは、シュライバーとザミエルの殺し合い(という名の暇つぶし)の中に嬉々として突っ込んでいき、ザミエルに丸焦げにされ、シュライバーに八つ裂きにされたのだが―――それはまた別の話である。
所変わって、黄昏の浜辺―――黄昏時の空とそんな空の色に染まる海を一人眺めていたベアトリスは嬉しそうに笑う。
「あの子たち、ベイ中尉を退けましたね……ふふ、あそこまで強くなるなんてやっぱり私の教え方がよかったんですね」
そんな事を言ってニコニコと笑うベアトリスに―――
「嬉しそうだな、ベアトリス」
「あっ!藤井君……」
ベアトリスは後ろから自らを呼んだ人物を見て、少し気まずそうな表情を浮かべた。
「なんでそんなに気まずそうな顔をしてるんだ?」
「あ、いや……え〜っと〜……」
「……なあ、少し前から気になってたんだが、最近何か様子がおかしくないか?この前は浜辺で誰かと話してたみたいだし、今は別の世界を見ていたろ。一体どうしたんだ?」
「う、う〜ん……と……」
「……そういや最近、あの水銀もここに来てないよな。いつもならマリィの事をコソコソとストーカーよろしく追いかけ回すのに……もしかしてお前が見ていた世界に関係でもしてるのか?」
「ふ、藤井君、なんで私に聞くんですか?」
「……何か知ってんだろ?」
「え!?別に私は何も……」
(知っているだろう)
その時、どこからともなくカール・クラフトの声が二人の耳へと届く。
それを聞いた蓮は半眼をベアトリスに向け、ベアトリスは冷や汗をダラダラとかく。
「……聞かせてもらおうか?一から全部」
「……副首領の馬鹿ぁ!!」
ベアトリスの怨念に満ちた声は黄昏の空へと消えて行った。
明日以降から更新が遅れると思います……(学校)
誤字脱字・感想等よろしくお願いします。