「つまり、私にその深海なにがしを殺せと大淀ーー失礼、階級を知らない故、そう呼ばせてもらうが。申しているとのことで間違いないだろうか」
「間違いありませんが、付け加えるなら大本営の御達しでもあることも加えてください」
大本営と来たか。参った。これは参ったと東雲は頭を抱えたくなった。
つまるところ、この子大淀はたった今、東雲に四の五の言わずに受け入れろと釘どころではなく刀剣の刃をこちらの喉に向けたのだ。
「では、理由をお聞かせ願えないだろうか、横須賀、佐世保、呉、舞鶴があるのに何故潰れ掛けの私の鎮守府に来たのかを、お聞かせ願えぬだろうか。特に横須賀には東郷が提督としていたはずだ」
「明確に提督の疑問に答えることはできませんが舞鶴、呉が壊滅的な打撃を数時間前に受け佐世保は数分前に交戦状態に入りました。横須賀が提督不在のまま数時間もしないうちに攻撃を受けるからといえばよろしいですか?」
大淀が言葉を強めた。
しかし、東雲にとってそれは最悪の回答に他ならない。予期をしたいくつもの事情と現状の全てに置いて最悪だといえる。佐世保や呉や舞鶴は横須賀ほどではないにせよ。戦艦や空母もあったはず。旧世代の練度の高い者たちが多いーーん。どういうことだ。
”なに”で”奴ら”を倒すのだ。
現行の戦艦で勝てーーないからここまで押し込まれているのか。ならばどんな兵器を使っているのだろうか。
おそらくではあるが生産性に乏しく運用がしにくいものなのだろうし、なにより隠さねばならない理由を背負っている。
これが最大の欠点だ。なぜに隠すのだ。
ここまで追い込まれればどんづまり。背水の陣を敷かれる場所だろう。なのにいまだ隠そうとしている。
東雲は第三者の思惑に乗せられている気がしてならなかった。
「もうそれでいい。理由はそれで十分だが我々は一体”なに”と戦い”なに”で迎え撃つのか教えてもらう」
「お答えしたいのは山々ですがそれはこちらの資料を見ながらに移動しつつお答えしましょう。東郷提督のことにつきましても移動中にお話しさせていただきます」
ここで持っていた書類を大淀は東雲に手渡すが渡されたとき意外な書類の重さを東雲は体験しそれを片手で持っていた大淀はなにものなのだと考えつつも逆らえない上司のような存在なのだと理解した。
「なんとも、忙しいものだな。今日という日も明日の日も」
「忙しいのはお嫌いですか?」
フフフっと笑いながら大淀は問う。
「・・・たまにはそんな日があってもいいかもしれないな」
「この戦い。なにもしらない今だからこそ聞きたいのですが勝てるでしょうか」
「--負けはしないさ」
遠く遠方に居たはずの友を憂いてももはや戻ってこない事実に心寂しいものを感じながら東雲は帽子掛けから軍帽を取り頭に被る。
ふと、横須賀にいた友であった東郷との思い出が湧き上がってくる。士官学校での日々は今の東雲が出来上がるほど大きな影響を受けた場所だった。
最高の教育環境とは言えなかったが寄宿舎で馬鹿みたいに教官を出し抜くことやら次の模擬戦闘試験ではどうするなどを夜が明けるまで語り合った。横須賀についてからも交流はあったが”深海棲艦”などといった話は出てこなかった。彼なりの配慮があったのだろう。馬鹿野郎めと東雲は毒を吐く。
頼れなかったわけではないのだろう。ただ彼は意地っ張りだ。巻き込みたくもなかったのだろう。
大淀は言葉を濁したが横須賀の提督が不在ということはつまり呉や舞鶴での襲撃に偶然だが出くわしたということなのだろう。逃げればいいものをおそらく呉や舞鶴の仲間を助けにいって死んだのだろうと友の性格上そんなところか。
ならば、そんな友の仇をとるのも私だろう。任務を成し遂げるのも私の仕事だろう。
「東雲提督?」
「すまない。ちょっと呆けていた」
「・・・・」
心中を大淀が察したのかはわからないが彼女なりの思うところがあったのかそのまま執務室の扉を開け何も言わぬまま大淀は歩き東海鎮守府の門前に停車していた黒塗りのダットサン12型フェートンへと大淀は運転席に乗り込み東雲は後部座席に乗り込むと大淀がキーを差し込み時計回りに回しメーターの周辺にあるランプが赤くつくとチョークボタンを引き吸気を制限しガス濃度を一定ラインにまでとどめるとおぼつかない足取りで車の前に立った門番の一人がバンパー中央にクランク棒を差し込み時計回りに力強く回す。一回ではかからず二回目にしてエンジンが点火すると門番がクランク棒を抜き大淀がハンドブレーキをリリースしてクラッチを踏み、ギアをそっとローに入れ車を発進させる軽く門番に手をあげ感謝を表す。
車の発進とともに言い表せない複雑な念が東雲に纏わりついた。望郷・仇討ち・不安など挙げれキリがないほどに様々な念。
しかし、いつ乗っていても車の海風を切るこの感覚だけはいいものだ。