「さて、十分といったがなにをどうすべきか」
十分に作戦室に集まるとしたが本来であるならば今すぐにでも集まってもらわなければならない。しかし、十分と間を置いたのはそれが死ぬ前の最後にやることがあるならやっておけといえる時間だからだ。
靴が接している敷き詰められた石畳の道は乾いている。水でもかけてしまえば一瞬でなくなりそうなほどだ。
「お前もこの道を歩いたのか東郷。嫁さんできたってよろこんでいたばかりじゃないか」
顔も性格もよかった良妻とは彼女を指すのをいうのだろう。
なぜかそれが無性に怖く東雲は感じた。命がこうして消えていってしまう。気がつかないうちに友が先生が肉親が消えてしまう。
たとえ今回に救えたとして、いずれは。
駄目だ。考えるな、考えてはいけない。深海棲艦の資料を読み第一に思ったことが勝てない。
現状の戦力しだいではあるが一度も東雲は運用を行ったことがない。ましてや今しがた艦娘の存在を聞かされたばかりで観たこともない。
「あぁ! 艦娘ってなんぞ! 何ぞ! 聞いたこともなければ観たこともない。提督に据えられたが情報一つもよこさない」
一般に開放できない情報があるのならばせめて提督や少将ぐらいまでは情報を開放するべきではなかろうか。
「ねぇちょっと、そこのあなた」
東雲は声をかけた主が艦娘だとすぐに理解できた。
声がではなく見た目でもう艦娘だと大々的に知らしめる”何か”が二つも頭に付随していた。
容姿はすらりとした若草の茎の如く白くしなやかで流麗な身体は小柄で上質な絹で拵えたような肌をより深く深く引き立て幼い印象と大人びた印象の両立を可能とする。
腰まで伸びる明るい海の色をした髪は丁寧に手入れがされ潮風に乗って甘い石鹸に似た優雅な匂いが鼻腔をくすぐる。
女性の匂いと言えば嫌らしく聞こえてしまうがこの小柄な少女からは見た目からは思えないほどの強がりと信念が通った立派な女の匂いがした。
しかしながら、同時に東雲は自分の立場を痛感する。
これほどの少女に戦えと言うのだ。人が殺せぬ人外を人外となって殺せと命令をするのだ。
大規模運用が見込めぬ今に、恐らく配属したての上の階級も知らぬ、軍のいろはも知らぬ新兵に少数精鋭となって海で戦えとーー言えない。できない。
彼女たち艦娘という存在がこのようなか弱き乙女ばかりならば出来ぬ。到底出来ぬ。
人としての心を捨てよと申すのか、横須賀鎮守府《ここ》は。
「あんた、人の話し聞いてるの?」
少女の声にハッと我に返る。同時に自分は軍人であることも今更ながら思い出した。
結局、彼女を人身御供《ひとみごくう》としなければ人間が滅ぶ。
選択の余地はない。
ならば、私はこれから彼女たちを少しでも幸せにできる道化となろう。
ならば、私はこれから艦娘の命を喰い生きながらえる鬼となろう。
「聞いているが、生憎と私はここに今日配属されたばかりでね。あまり役には立てそうにない」
今日配属の言葉に彼女の頭部で浮遊している二つのユニットがピクピクと反応する。
「そう、私も今日配属されたばかりよ。お仲間ね」
少し嬉しそうな顔をしていた。
私の心は少し苦しそうな顔をした。
「良かったら名前を聞いてもいいか?」
「あら、女性に名前を聞くときは男性からいうものよ」
「これは失礼した。私は東雲 雲継。東海鎮守府からの転属だ。これからよろしく頼む」
意外とばかりに彼女は目を開き察した表情を作った。
「特型駆逐艦、五番艦の叢雲よ。変なことしたら酸素魚雷を喰らわせるわよ」
「お手柔らかに頼むよ。叢雲」
どうやら私を上官と察した訳ではないようだ。
「あんた次第ね・・・っと、忘れるところだった。あんた作戦室ってどこにあるか知ってる? 配属早々非常呼集がかかったのよ」
非常呼集の合図など無かったはずなのだがと一連の流れから叢雲が非常呼集を受け取る時などなかったのだが、艦娘達専用の意思や命令を受け取る機能があるのだろうかと考察するが止めておく今は作戦室の場所だ。
「私もそこに丁度いくところなんだ。ここから彼処に見える赤煉瓦屋敷に入ってすぐだが、良かったら案内するよ」
「案内は遠慮するわ。しかし、転属しばかりなのに詳しいのね」
「何度か来たことはあるんだ。ここの提督とは馴染みでね」
「そう、それは残念ね。お悔やみを申し上げるわ」
「気にしないでくれ。まぁ、職業上のサダメみたいなものだ」
会話はここで途切れ、叢雲は私の前を行くように走りだしていた。
一人にしてくれと纏う空気がなってしまったのかなと愚考する。
叢雲は赤煉瓦屋敷の前まで行くとクルッと反転し体の向きを私に合わせた。
口の前に両手をもっていきまるで拡声器にでもしようとしている。
大きく息を吸い。私に届くように声を張り叢雲は言う。
「あんたが司令官ね。ま、せいぜい頑張りなさい!」