まあ、緋弾のアリアは国際的ですから言語の壁に当たるのは無理からぬことなんですけどね。
さすがに一からフランス語やドイツ語を学ぶのは厳しいと言う……。
しかしエキサイト翻訳も正確ではないですから、頼り過ぎるのもどうかと思う訳なんですけど。
まあ、こだわってたら切りが無くなりますからね。
過ぎたるは及ばざるがごとしと言う事でほどほどにはして行こうと思います。
夏休み――学校に行った事が無い私にとっては初めての経験な訳だけど。
まあ、休みを貰ってもあんまり関係ないんだよね。
イ・ウーでの任務もあるし。
さてとそろそろかなと私は闇夜の中、家の屋根に腰掛けながら見下ろす。
「
甲高い声が聞こえる。
声の正体、それは私の視線の先にいるツインテールのピンクブロンドを靡かせ、防弾装備に身を固めた一人の少女。
お父さんの曾孫――神崎・H・アリア。
そして、私がいるのはロンドン。
相変わらずの曇天で、月は見えない。
しかし、アレがホームズ家の4世に当たる子か……
何と言うか、私とは気が合わなさそうだね。
あの子の母親に
理子とジャンヌと……あと、誰の罪を着せるんだったかな?
だけど、まあ冤罪の中に私の罪は含まれてないみたいだけどね。
見てる限り、確かに戦闘のセンスはある。
今でも武装集団を相手に大立ち回りをしている。
ただ……愚直だね~。
猪突猛進って言うのかな?
ほとんど真正面から火力で制圧してる感じ。
実力は……私以下なのはもちろんだけど、下手したらジャンヌよりも劣るね。
Sランク武偵と一言いっても、結構分かれるからね。
SプラスとSマイナスみたいな感じで、同じランクでも上下に分かれる。
大体、あんな罠や策謀に引っ掛かりそうな子がSランク武偵ね……
ま、いいか。
興味は無いし、お父さんからは手出し無用と言われてるから会う事はないでしょ。
向こうから私を追おうと思わない限りは――
さて、観察は終わったしお姉ちゃんにも会って来たし、イ・ウーへ帰ろうかな。
イ・ウーこと潜水艦ボストーク号にて、私は今日はのんびりすることにした。
えっと、血液B型のRHマイナスがこっちでAB型RHプラスがこっち。
と、もうちょっと医者の人員増やした方がいいんじゃないのかなって思ったけど、医療が出来る人って貴重なんだよね。
それもこんなアウトローの中に入ろうと思ったら、そこらの闇医者じゃダメだし。
結社に入るにしても秘密を守れるような人物じゃないと……
まあ、私を含めて数人だけでも十分に治療で来てるから別に問題ないんだけどね。
それに、私の場合はたくさん殺すから内臓と血液の調達には事欠かないし。
いざとなれば、マフィアとかに高値で売れるから資金源にもなる。
そう言えば、夾竹桃こと桃子の夏コミだっけ?
あれの時期もそろそろなんだよね。
夾竹桃の漫画は売れるし、これまた資金源になる。
しかし、女性同士の恋愛って人気あるんだね。
私には分からない世界だけど。
さてと、医療関係の整理はこんなもんでいいかな。
部屋に戻っていよう。
通路をいくつか抜けて、教会のようなところを少し抜ければ私の部屋。
ほとんどお父さんの部屋の近くにある。
私の部屋は医療道具と、刃物類が多い。
あとは変装するための衣装が入ったクローゼットと、強化ガラスで囲まれたベッドがある。
ベッドが強化ガラスで囲まれてるのはアレなんだよね。
殺人衝動がある時にはここに籠もってあんまりメンバーを殺さないようにしてる。
それはそうと、理子に連絡を入れたから帰ってきてるのは知ってると思うんだけど。
そろそろ来るかな?
と思えば、ドアが開く音がする。
「お姉ちゃん?」
「ああ、理子。心配しなくてもちゃんと部屋にいるよ」
一応は声を変えてる。
外見はロシア人女性だけど、すぐに素顔になると思う。
なんて考えてる内に理子がソファーに座っている私に飛び込んでくる。
「お帰りお姉ちゃん!」
「まあ、ただいま……と」
もう、素顔のままでいいんじゃないかなと思うけど同じ顔だと特定されるんだよね。
それに私闘を禁じてないから他のイ・ウーのメンバーの中にも私を狙うのは何人かいるし。
取りあえず変装を解こうかな。
その間に理子は甘えるようにして、私の膝に頭を乗せる。
「はあぁ~~」
何やら心地よさそうに理子は声を上げてる。
「お姉ちゃん、今度はどこに行ってたの?」
「ん~? イギリスのロンドン。ホームズの4世を見に行ってた」
「そう……どうだった?」
理子は少しばかり真剣そうに聞いてくる。
ホームズとリュパンだから因縁でも感じてるのかな?
「そうだね~。興味は全然湧かないかな? 遊び甲斐はありそうだけど。それに、私とは気が合わなさそうなんだよね」
元より殺人鬼と武偵。
立場的にも合わないけどね。
「お姉ちゃんから見て実力はどう?」
「実力? 確かにSランク武偵になるほどの戦闘のセンスはあるけど、それだけって感じだね。私の敵じゃないよ。理子でも充分に勝てるかな?」
それはそうと、なんで理子は最後の言葉で安心してるんだろ。
確かに理子にとってホームズは因縁の相手ではあるけれど、別に戦う必要はないよね?
ブラドやヒルダとの話し合いで、理子はすでに自由の身なんだから。
戦いたかったら別に止めはしないけど。
「そっかそっか~。ふふっ」
理子はスリスリと猫みたいにこっちに擦り寄ってくる。
少しふとももがくすぐったいけど、まあ理子なりの甘えなんだろうね。
甘え癖があるみたいだし。
「久しぶりにお風呂でも行く?」
「大丈夫なの?」
「別に、素顔だとは思われないし。名前を言わなかったら気づかないよ」
逆に堂々としてたら気づかないなんて事はよくあるよ。
理子が心配するほどでもない。
それに、こんな真夜中みたいな時間帯に浴場に来る人物なんてあんまりいないし。
浴場に到着した私と理子は、すぐさま衣服を脱いで浴槽へと入る。
私は変装も解いてるけど。
イ・ウーの浴槽は日本の銭湯のような設備になってる。
お風呂と言えば日本と言ったイメージがあるからこんな設備にしたんだろうけどね。
入口も横に開閉するタイプだし。
「理子とお風呂に入るのも久しぶりだね」
「うん。お姉ちゃん忙しいからね」
まあ、そもそも日程を合わせるのが厳しいからね。
理子は横で髪をまとめて頭のタオルの中にいれている。
私は、面倒だから下ろしたままだけど。
しかし――
「えっと……お姉ちゃん?」
「5年で随分と変わるものだね」
随分と切り甲斐のある体に……ってダメダメ、私ってば家族にそんな事を考えちゃ。
やっぱり普段から満足してない
「ふ~ん。胸ってこんなに育つんだ」
「ちょ、ちょっと!? お姉ちゃん、触っちゃ……ダメっ」
やっぱり人体は不思議だね。
私は男装の邪魔になるから、あんまり胸はいらないけど。
取りあえず理子の胸から手を離す。
「…………っ」
理子は顔を赤らめてこちらから目を逸らす。
そして、ぶくぶくと顔半分をお湯に沈ませる。
そんな反応されるとイタズラしたくなるな~。
まあ、やめておくけどね。
それよりも理子に聞きたい事があったんだ。
「そう言えば、理子。一つ聞きたい事があるんだけど。いいかな?」
「どうしたの急に?」
「ん~? 最近一つ分からない事が出来てね……。聞いてくれる?」
「もちのろんだよ。お姉ちゃんの力になれるなら、りこりん幾らでも聞いちゃう! それで?」
さっきとは打って変わって理子は驚きつつも眼を輝かせる。
「うん。恋ってなんなのかな?」
「うん? コイ?」
「そうそう。あの恋愛とかの恋」
「あ~、その恋なんだ。……えっ?」
変な声を上げたかと思うと理子は大きく叫んだ。
◆ ◆ ◆
「ええええええっ!? どどど、どうしたのお姉ちゃん!?」
まさか、お姉ちゃんからそんな言葉出るなんて夢にも思わなかった。
と言うより予想できない。
だってこう言うのもなんだけど、お姉ちゃんは切り裂きジャックだよ!?
世界に名前を轟かせる殺人鬼が恋について聞いてくるなんて、予想外にも程があるよ!
まさか、お姉ちゃんが喜怒哀楽の感情が出る前に恋という感情に目覚めたの!?
だとしたら、相手は!?
「どうしたも何も、特に意味は無いよ。ただ単に好奇心」
「そ、そっか……」
なんか、安心した。
いきなり彼氏が出来ましたなんてことになったら、いくらなんでも戸惑うよ。
「うん。"キス"したけど、恋とはあんまり関係ないって事は分かったし」
ん? ちょっと待とうかお姉ちゃん。
「キスした……?」
「そうだね。試しにしてみたけど、変な感覚がしただけでそれ以上の事は分からな――」
「だ、だだだ誰と!? と言うかお姉ちゃん、それって初めてってことだよね!?」
「初めての体験ではあったね。でも、身体接触しただけだよ」
いやいや、お姉ちゃん。
女の子にとってファーストキスがどれほど大事か分かってないよ。
と言うか、誰だ!? お姉ちゃんから初めてを奪った奴は!
「ねえ、お姉ちゃん……誰としたの?」
「ん~……遠山 キンジ。金一の弟とね。なかなかに面白い反応してくれるから、結構気に入ってるんだ」
そっかそっか~カナちゃんの弟だったんだ~。
…………。
何だろう、このふつふつとこみ上げる殺意は。
オルメスやブラド以上にぶっ倒したいと、思ったのは初めてだな。
くふふふ……
もし、会う事があったら男の証でも潰しておこうか。
「くっふっふっふ~」
「どうしたの? 不気味な笑いを上げて」
「ううん、何でもないよ」
倒す相手がもう一人増えただけだからな。
取りあえずお姉ちゃんの手前、初めてを奪った本人もいないのに喚き散らしても仕方がない。
首を振り笑顔で返事を返す。
「まあ、何か企んでるのは分かるけどね。あんまり目立つ真似しちゃダメだよ」
「うっうー! ラジャー!」
今度は敬礼のポーズと共に元気に返す。
「ふーん……こうで。うっうー! ラジャー! かな」
相変わらず人の真似をするのがお姉ちゃんは驚くほど上手い。
特徴をよく捕らえてるんだよね。
「パトラの真似は?」
「
「ツァオツァオ」
「金の切れ目が縁の切れ目ネ」
「お~……」
「まあ、声真似だけなら朝飯前だね」
何でもないように言うけど、充分に特徴は捕らえてる。
モノマネ選手権でも出たらお姉ちゃん、荒稼ぎ出来そうだよね。
本人はそう言うの一切、興味はなさそうだけど。
やっぱり、お姉ちゃんは凄い。
何にでもなれるし、自分の望む物は自分で手に入れてる。
両親を失って……ブラドによって自分さえも失ってしまいそうになったあたしとは大違い。
あ~、あんまり考えるとお姉ちゃんを妬んでしまいそう。
……考えないようにしよう。
「そう言えば、お姉ちゃんはこれからどうするの?」
「ん? いつも通りに世界を飛び回って任務をこなすだけだけど?」
「そっか……」
本当はお姉ちゃんの隣にいたい。
けど、あたしにはまだやらなければならない事がある。
確かにお姉ちゃんのおかげであたしはブラドから解放された……"表向き"は。
でも……いつまでもお姉ちゃんに守って貰うような状況は嫌だ。
本当に解放されるには、あたしがブラドに打ち勝つしかない。
だけどあっちは文字通りの化け物で理子の何倍も生きてる……勝機は薄い。
だったら別の方法でブラドから解放されればいい――そう考えた。
だからこそ、取引をした。
もし理子が初代リュパン……アルセーヌ・リュパンを越えた事を証明できたなら、有能だとして解放してやると。
アイツはそう言った。
だけど、敗北すれば……あたしは檻に戻る。
お姉ちゃんには何も知らせないまま消えて行く。
せっかく出来た家族と別れるなんてそんなのは嫌だ。
もちろん、勝機も何も無しに誘いに乗った訳じゃない。
お姉ちゃんは言ってくれた――今のオルメスならあたしは充分に勝てると。
これで決意は固まった。
オルメスの母親は冤罪を着せられて、日本に送られる予定だ。
あたしは、その日本で先回りしてオルメスを迎え撃つ。
相手が成長しない訳じゃないから、寝首をかかれないようにそれまでの間は自己研鑽に励む。
何時になるかは分からない。
だけど少なくとも、オルメスが来る1年前には日本にいる予定だ。
見ててねお姉ちゃん――ちゃんと家族として隣に立って見せるから。
「残念そうにしなくてもちゃんと帰るときには、連絡を入れるよ」
「……うん」
「そろそろ上がろうか」
「そうだね」
さっぱりしたし、決意も新たにしたままお風呂を出る。
そして、そのままお姉ちゃんと別れた。
部屋に戻り、ベッドに背中から倒れる。
なんか、心苦しいな~。
自分の力で解放されるためとは言え、お姉ちゃんを騙すのは……
――コン、コン。
扉を叩く音が聞こえる。
こんな夜更けに誰だろうと思って、扉を開ける。
「おお~、ジャンヌだ! 任務は終わったの?」
そこには、ジャンヌが立っていた。
珍しいな~ジャンヌがこんな時間に来るなんて。
「簡単な任務だったからな。こんな夜更けにすまないが、話がある。
任務帰りなのに疲れた素振りもせずに、そう言う。
真剣な表情を見る限り、重要な話だな。
あたしも気を引き締めてジャンヌの後について行く。
博物館のような場所の脇にある休憩所のテーブルへと案内された。
そして、対面する形で椅子へと座る。
「真剣な話って事でいいのかな?」
「ああ、そうだ。『
戦役については少し聞いてる。
戦力の再分配、ようはアンダーグラウンドな連中のバランスを取るための戦い。
それが戦役。
そして、その戦役での陣営を決めるための会議がジャンヌの言う
ジャンヌが理子を連れ出して
「ジャックを説得するために、理子を連れ出したの?」
「……そうだ」
静かに頷くジャンヌは、少し申し訳なさそう。
まあ、予想はしてたよ。
「ジャックの立ち位置は今のところは中立だ。だが、戦役でも中立を保っているかどうかは分からない」
そうだね。
ジャックは――お姉ちゃんはそう言う人だもんね。
三度の飯よりも人殺しが大好きだから……
きっと、戦役にも嬉々として参加する。
「
「理子がジャックを説得して、中立でいてもらうかジャンヌたちの陣営に引き込んで欲しいってことでしょ」
「その通りだ……」
この様子だと、他の連中も理子にジャックの事を説得して欲しいって頼みにきそうだね。
でも――
「悪いけど、説得は無理かな」
「……なぜだ?」
「確かにジャックは理子の言う事を信じてくれるし、頼みもある程度は聞いてくれると思う」
だけど――
「でも、迷惑はかけたくない。いくら付き合いの長いジャンヌでも理子は聞けないよ」
――ごめんね、あたしは静かにそう言う。
話は終わり。
あたしは立ち上がって、静かにその場を離れる。
ガタンッ!! と、後ろから椅子の音が聞こえたかと思うとジャンヌは叫ぶ。
「ジャックにはあまり関わるな! いくら何でも危険すぎる!! 言いたくはないが、奴はお前を見て楽しんでいるだけかもしれないんだぞ!!」
きっとそれはあたしを心配しての言葉なんだと思う。
だけど――
「………………違う」
「……理子。ジャックはお前にとっては家族同然で、唯一の存在かもしれない。だが、危険すぎる。お前もカナ……金一のように――」
ジャンヌは引きとめるのに必死なのか、あたしが近くに来ても気づいてない。
「ジャンヌ……やめて」
あたしが喋る事でようやくジャンヌはこちらに気づく。
「すまん。だが、これだけは言わせてくれ。ジャックはお前を家族とは思っていないかも――」
「
思わずフランス語で叫びながらあたしが髪を操りナイフを首筋に当て、露出している脇腹に銃を押し当てる。
「それ以上は何も言うな……あの人は、お姉ちゃんは殺人鬼だけど――理子の前では家族でいてくれるっ! あたし自身を見てくれて、家系じゃなくあたし自身に興味があるんだっ!」
そこはジャンヌでも譲れない。
さっきもそうだ。
お姉ちゃんは理子に相談してくれた。
相談内容はどうであれ、今まで守られて、教わってばかりいたあたしに。
そして、今まで変装してきたのにあっさりと素顔も晒してくれた。
そんなお姉ちゃんが――
「家族と思ってない筈がないっ! 理子の唯一の家族を悪く言うなら、ジャンヌでも許さない!」
視界がぼやける。
きっと、泣いてるんだと思うけどそんなのは関係ない。
「すまない……」
ジャンヌの顔は見えない。
だけど、申し訳なさそうな声であたしに謝る。
「あらあら、どうしたの?」
◆ ◆ ◆
「あらあら、どうしたの?」
涙で瞳を潤ませた理子と対峙していると、その背後にロシア系の成人女性がそこに立っていた。
見た目や口調からして、大人の魅力が出ている。
イ・ウーにおいて、目の前の人物にはあった事が無い。
新人か、あるいは――
「……お姉ちゃん?」
「そうよ。ジルお姉ちゃんよ」
理子が尋ねると、女性はにっこりと微笑んで返す。
やはり、ジャックか。
対して理子はと言うと、慌てて私から銃口とナイフを離し服の袖ですぐに涙を拭った。
「それで、何かあったのかしら?」
「な、何でもないよ。それじゃあ、りこりんは部屋でアニメのDVDを見なきゃいけないから戻るね! キーン!」
から元気にも程があるぞ……理子。
両手を広げて遠ざかる背中を見て私はそう思った。
「全く、慌ただしい子ね」
ゆったりとした口調でジャックはそう呟く。
そのゆったりとした口調とは別に、私は気が気でない。
もし先程の会話を聞かれていたとしたら……マズい。
「まあ、良いでしょう。それでは、ジャンヌさん。おやすみなさい」
――なに?
懸念していた事とは裏腹にジャックはあっさり去って行く。
此方がぽかんとしている間に、ジャックの姿は見えなくなった。
「はあ……」
拍子抜けではあるが……逆に疲れたぞ。
息を吐きながら椅子に座る。
冷や汗が少しばかり肌に着く。
「お疲れさま、と言った方が良いのかしら」
声がした方を振り返る。
そこには柱の後ろから煙が出ているのが見える。
「夾竹桃か……いつからいた」
「……そうね。
つまり、最初からいた訳ではないか。
そう思っていると夾竹桃が姿を現し、そして私と対面する形で椅子に座る。
「随分と無茶するのね」
「仕方がないだろう。直接的に交渉したところで、気まぐれな奴の事だ。素直に此方の思い通りに動いてはくれないだろう」
心苦しかったが、一番奴と親しい理子を介して交渉に臨もうとしたのだ。
その方がまだ確実性がある。
だがそれ以上に――
「やはり危険だな」
「ジャックが危険なのはいつもの事でしょう」
「違う。理子の方だ」
私の言う事に夾竹桃は
「端的に言えば、依存だ」
「……ジャックと言う存在に、と言うこと?」
そう、理子はジャックと言う枷に縛られている。
依存と言うのは大体自覚が無いと言う事が多いらしいが……
ともかく理子の中でジャックと言う存在が大きいのは確かな事だ。
理子がフランス語でキレる所を見たのは初めてだ。
「でも、彼女の生い立ちを考えれば無理もない事でしょう」
確かにそうだ。
夾竹桃も理子の過去の境遇は多少は知っている。
理子は幼い頃より両親を亡くし、帰るべき家を無くし、ブラドに騙され監禁された。
そして、そのブラドから逃げ延びた末に
今の理子ならジャックの言うことを大抵は二つ返事で聞きいれてしまうだろう。
下手に動けば切り裂き魔の餌食。
「策の打ちようがないな……」
「ジャンヌ・ダルクはお手上げみたいね」
「そう言う夾竹桃に策はあると言うのか?」
自信がありそうに発言をするあたり、何かあるのだろう。
しかし、あっさりと解決策を出されてしまっては策士として名折れだがな。
「要は依存を取り除けばいいのでしょ。なら、別のモノに依存させればいい」
成程な。着眼点としては良い。
今現在の理子はジャックのみに依存している状況だ。
依存する物を分散させればやわらぐかもしれん。
「だが、具体的にどうすると言うのだ」
「そこで、この薬を使う」
夾竹桃は一つの小さな瓶を机に置く。
「それは?」
「媚薬よ」
……媚薬だと?
「これをどうにかして理子に飲ませる」
「――ほう」
「そして、あなたがこれを飲んだ理子を慰める」
「………………」
「これで解決よ」
「バカかお前は」
そうだ……夾竹桃がそう言う趣味があると言う事を懸念し忘れていた。
「何を言ってるの。肉体関係は単純ながら効果的な依存方法よ」
「策ではなく快楽に溺れてどうすると言うのだっ!! それと鼻血を吹け」
全く、話を真面目に聞くのでは無かったな。
だ、大体だな……な、なぜそんな非生産的な事をせねばならんのだ。
「今度の冬コミのタイトルは『聖女と怪盗』で決まりね」
「話を聞けっ!!」
……どうやら思考の最中なのかこちらの方を見てはいない。
夾竹桃の事は放っておこう。
問題は理子だ。
このままジャックの影響を受け続ければ
どうしたらいいものか……
夾竹桃の呟きを聞きながら溜息を吐き、私は考えるのだった。
まだ、ジルのお姉ちゃんは本格的には出ませんよ。
ネタはちょくちょく書いているのですが……いかんせん一つの話にするには時間がかかるんですよね。
それと、理子が叫んだフランス語の意味は調べたとは言え合っているのかどうかは少々心配ではあります。
それはともかく頑張って行こうと思います。