緋弾に迫りしは緋色のメス   作:青二蒼

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霧ちゃんカワイイ

本筋の方の新年一発目。

ちょっとスランプかも。


第10章:幻想の日常(ア・ライフ・レス・オリジナリー)
101:ようこそ一般社会


 

 日常に戻った私はいつも通りに過ごしている。

 教室では何故かキンジがいない。

 任務でもある訳じゃないのに。

 違うクラスだけど、レキもいないらしい。

 ……待てよ。

 確か転校手続きは出してたはずだけど……早すぎるし……

 うーん、でも何だかそんな予感がする。

 なので私は何となく準備をする。

 別に私は転校届を出すつもりはない。

 何故って? どうせキンジは帰ってくるって分かってるから。

 でもまあ……隣にいないのはどうも落ち着かない。

 という訳で、職員室で1つの経過観察任務に私は自ら志願する。

 これは武偵高から退学あるいは転校した者が社会的に馴染めているかを武偵高に報告するもの。

 単位的には何の旨味もないし、報酬もそんなにないので時間の無駄とは言われるが……教育組織的には助かるために一応は任務として残されている。

 あとは、いざとなれば武偵高にそれとなく引き戻す役目を任されることもある。

 優秀な人材を武偵がおいそれと辞めさせる訳がない。

 そして自分はそんな任務だと観察対象にバラしてもいいし、バラさなくてもいい。

 要はどっちでもいい。

 経過観察であって、監視ではないからね。

 そしてこの任務では他校への潜入(スリップ)が出来る。

 代わりに学校の警護もその期間は引き受けるってことになるけど。

 まあ、対価ってヤツだね。

 そんな訳で私の予感は的中したのか、教務科(マスターズ)に早速お呼ばれしていた。

「タイミングがいいね、白野ちゃん」

「女の勘ですよ、先生♪」

 高天原先生に言われて私は笑顔で答える。

 経過観察については問題なく了承されたようだった。

「いつかは出るとは思ってましたけどね。まあ、キンジなら大丈夫だと思いますよ。人間、身についた習慣はそう簡単に消えませんし……普段の生活に違和感を覚えて帰って来るに決まってますよ」

「まだ経過観察する対象は言ってないんですけどね」

 先生の言葉に久々に墓穴を掘った感じがする。

「そうでした。それで、対象は?」

「自分でも分かってるくせに。遠山くんとレキさんよ」

 先生が2人の書類を渡してくる。

 転校する学校の名前とか、場所とか。

 余計なのが……いや、レキはキンジと共にいるみたいな騎士的な誓いを立ててたはずだし、不思議ではないか。

「でも、白野ちゃんは相変わらず遠山くんが好きなのね」

 先生から意外な言葉が飛んできた。

「……そうですよ」

 そう勘繰られても仕方ないと思ってたけど、改めて言われると照れる。

 神崎みたいに否定はしないけど……うん。

「初々しいわね。先生もそんな時期があればな~」

 あんまり深く聞いちゃいけない先生なのでノーコメント。

 いや、知ってるけどさ。

 私みたいに笑顔のまま極刑犯罪者は問答無用で殺してたゆとり先生。

 現役時代のランクもそこそこ高かったはず。

 ヒエラルキー的にも割かし教員の中では上だもんね。

「ともかく、重要な授業のみ参加でそれ以外は東池袋高校の生徒で問題ないですね」

「うん、しっかりと情報は送ってね。一応は任務だから」

 と、高天原先生に笑顔で念押しをされて私は職員室を出た。

 ……待ってれば帰って来るって分かってるのに。

 神崎に待つ女がいい女って説教した私がバカみたいだよ。

「キーちゃん」

「なに、理子?」

 職員室を出たところの廊下で私にいつの間にか近寄ってた理子に目を向ける。

 ものすごいジト目をしてる。

 別に色金の件はバレてないので話す必要もない。

 それとは別っぽい。

 バレてるなら多分、理子は怒るだろうし。

「……惚けすぎじゃない?」

「何が?」

「メスの顔してる」

「失礼な」

「分かったよ。肉食のメスの目をしてる」

 いや、何が分かって言い直したの?

 肉食ついただけだよね。

「私はまだ何もしてないと思うけどね」

「自分で気付いてないだろうけど、キーくんを見てる頻度が多いよ。あと時折、アリアを殺しそうな笑顔で見てる」

「…………」

 どうしよ、自覚がない。

 それはマズイね。

「どうしたの本当に? 情緒不安定過ぎない」

「かもね~」

 原因なんて分かりきってる。

 色金を容易に使いすぎだよね。

 この2、3ヵ月で2回も使ってるし。

「どうせなら、理子が私の精神安定に付き合ってくれたり――」

「……痛いのじゃなかったら考える」

 つまり私の切り裂き癖以外だったらいい、と。

 理子は少しだけ羞恥に顔を斜めにする。

 ははーん……さてはいつぞやの暗示の続きでも期待してるんだね。

 しかし、それよりも私はキンジが優先。

「聞いといてなんだけど、私は別でやる事あるから……それじゃあね~」

 理子に軽く手を振って、私は背を向ける。

 先生の情報によるとキンジ達が出るのは11月の終わり。

 私にもお別れの挨拶に来るだろう。

 こういうとき武偵高では、適当に長期任務に行くことになった的な感じで言って自然消滅するのが普通らしい。

 死んだ場合も同様。

 その方がダメージが少ないから……割と鬼畜な発想な気はするけど、理には適ってる気がする。

 

 11月29日。

 11月の最後の日曜日に私はキンジの部屋でくつろぐ。

 どうせ、帰ってくるだろうし。

 そう思ってるとキンジは普通に帰ってきた。

「お帰り~」

「ただいま」

 私の声が聞こえた瞬間にキンジは諦めた感じで答えた。

 レキは、足音の数からしていない……ので良し。

「それで? いつまで出張?」

 私がそれを聞くと、キンジは素っ気ない感じで返す。

「さてな……長いとだけ言っておく」

「ふーん」

 私がソファーで横になってにたにたしながら見てると、キンジはすぐに何かに気付いた顔をする。

「内容を聞きたいか?」

「言いたくないならいいよ」

 と、私の答えにキンジは確信を得たとばかりに溜め息を吐く。

「お前がそう言うってことは、もう気付いてるんだろ?」

「何のことか分からないね」

「で、俺から話すまでがワンセットだ。じゃあ"お前だから"話すが、俺は退学だ。一般の高校に俺は行く」

 その言葉に思わずドキリとする。

 全く、この天然の女誑しは。

「おめでとう」

「素直だな、随分」

「私はキンジの幸せを願ってるからね」

「絶対に嘘だろ」

 まあ、半分本当の半分は嘘。

 絶望も見たい気持ちはある。

 それとは別に私は質問する。

「内容を伏せて長期任務ってことは、自然に消えるよう言われてたんじゃないの?」

「まあな。お前はどっちしても気付いたろうけど、ていうか実際に気付いてるだろ? バレてるんなら話したところで問題ない。いたずらに話すつもりもないんだろ?」

 そりゃあね、と私は肩を少し上げる。

 話したところで暴走しそうなのいるし、私は……この秘密は別に共有しなくていいと思ってる。

 というか私だけの秘密にする。

 神崎達には絶対に教えてあげない。

 レキ以外に邪魔者はいないってことだし。

 それに――

「前にも話した気はするけど、キンジの性格じゃあ……戻ってくる方に私は賭けてるし」

「誰と何を賭けてるんだよ」

 キンジはツッコむ。

 以前、ベランダのロッカーの中で似たような話をしたような気もするし。

 私はうーん、と伸びながらソファーから起きる。

「それで? ついてきて欲しいとは言わないの?」

「俺の事情だしな」

「ああ、そう……私を置いていくんだ」

「その言い方はズルいだろ。貸し借りならちゃんと返すって」

「どうやって?」

「それは……卒業して会社で給料を貰って美味い物食べる、とか?」

「何も考えてないんだね」

 私の指摘にキンジは苦い顔をする。

 相変わらず行き当たりばったりなんだから。

「悪かったな」

 今度はうつ伏せでソファーに横になりながら、キンジの方を向く。

 ……どうしよう、経過観察とはいえついて行くのに……離れるってことにどうしても心がざわつく。

 普段から素直に、とは言ってる私。

 いつでも本心は言ってる。

 だから――

「私、寂しいな」

 それだけ言ってあげる。

 案外、依存してるのかもね。私。

「……ッ」

 私の言葉にキンジは顔を真っ赤にする。

 意図してやった訳じゃないけど、その反応に私は嬉しくなる。

 何だかんだ意識はしてくれてるんだ。

「べ、別に離れ離れになる訳じゃないだろ?」

「そうだけど、近くにいてくれないのは寂しいって話」

 私の言葉にキンジはまた赤くなる。

 にへらと笑うと、キンジは視線を逸らしてまだ荷物をまとめてるのか部屋に戻ってしまった。

 ……まあ、逃がさないんだけどね。

 

 ◆       ◆       ◆

 

 少しだけ心残りがあるが、無事に俺は12月1日を迎えた。

 この日を境に一般人となる。

 我ながら未練がましく思うが、霧の言葉が引っ掛かる。

(寂しい、か)

 確かに霧を置いて武偵高を去ったのは数少ない未練だ。

 だけどまあ、あいつの姉を救うのとアリアの問題が解決するまで……それまでは付き合おう。

 そう決めてるからな。

 武偵じゃなくても出来ることはあるだろう。

 それに武偵免許や武装関係をすぐに返納、解除することは非推奨行為。

 なので何かあっても武力的な助けにもなれる。

 本来は犯罪者からの報復があった際に自衛手段が無いなんて事態を防ぐための処置なんだけどな。

 ともかく、俺は一般高校生だ。

 校舎は武偵高みたいに秘密基地みたいな感じじゃない。素晴らしい。

 新生活に年甲斐もなくワクワクしながら、俺は新しい下駄箱へ行き、上靴を履く。

 途中まで一緒に登校していたレキと共に刀剣も銃もない、職員室へと入り――

 2年2組に配属された俺は、1組のレキとしばし別れ。

 引率してくれる担任は……すれ違う生徒たちの会話を読唇したので分かったが、『ゴリ』というアダ名らしい男性の体育教師。気難しそうな顔をしてはいるが、どこぞの女教師にみたいにバスを横転させそうな感じはしない。普通のガタイの良い体育教師って感じだ。

「そうだ。もう1人転校生がいるんでしばらくここで待ってくれ」

「あ、はい」

 ゴリに言われて、俺は教室の前で少し待つ。

 まさかこの時期に俺と同じ転校生がいるとはな。

 転校生と聞いて、霧やアリアを思い浮かべるが、あまり普通な転校生に会ったことがないなと思いながら、待っていると――

「どうやら来たようだな」

 ゴリがそう言って、こちらに向かって来た転校生の顔を見て俺はギョッとする。

(き、霧?!)

 印象こそ違うが……どう見ても霧に瓜二つの女生徒。

 霧にそっくり、なのだが俺は少し冷静になる。

 いやいや、レキはともかく霧は退学を言い渡された時にあの場所にいなかった。

 つまりは武偵高にいるんだ。

 だから、この人はそっくりさんで霧とは何にも関係ない。

 そう思ってはいても、流石にそっくりな顔の人物を見てしまうと気になってしまう訳で……つい俺はそちらをチラチラと見てしまう。

 体型も似てるし、髪型はポニーテールだが長さ的に黒髪のセミロングだ。

 だけど目元は少し鋭いし、霧に比べて気が強そうな印象を受けるな。

 と、俺は武偵高での癖で観察してしまう。

「何見てんの?」

 俺の視線に気づいたのか、言いながら鋭い目で俺を睨んでくる。

「いや、すまん」

 まあ、ジロジロ見られたらそら不愉快だよな。

 そう思って謝罪するが、どうも他人のような気がしない。

 雰囲気はちょっとヤンキーって感じだな。

 そして――

 ガラガラ、と、ゴリが2組のスライド扉を開く。

 彼について、ざわつく教室に入り……

「HRを始めるぞ、静かにしろー。まずは今日は、転校生を紹介する」

 などと学園ドラマの始まりみたいな事を言ったゴリは、チョークを取り、黒板に俺と隣の女生徒名前を書いていく。

『遠山金次』

『赤桐亜金』

 俺は隣の子の名前が気になって、視線だけ黒板の方を向ける。

 名前は……あかぎりあかね? おそらくそんな名前だ。

 同時に名前を書き終わったところで新しいクラスメートたちの視線が、こっちに集中する。

「質問があれば後で挙手。じゃあまずは遠山からだ。自己紹介しろ」

 と言われたので俺は、

「は、はい。えっと……遠山キンジです。よろしくお願いします」

 武偵は不特定多数の前で自分の事を語るべからず――と叩き込まれた習慣が出て、黒板を背にとりあえず名乗り……それだけにしておいた。

「続いて赤桐(あかぎり)

 言われて隣の女生徒も続いて自己紹介を始める。

「赤桐 亜金(あかね)。イギリスの生まれだけど、育ったのは日本。なので英語はあんまり。好きなものは紅茶、嫌いなのは退屈。趣味は人間観察で、得意なのはちょっとした小細工かな? よく手癖が悪いって言われる」

 お手本のような自己紹介をしながら赤桐が右の手のひらを出してくるりと回転させると、人差し指と中指の間に500円玉がいつの間にか挟まってる。

 す、スゲエな。

 クラスメートも一瞬、何があったかよく分からない感じで目を見開く。

 それからクルクルと指の上で500円玉が転がす……カジノでもマジックをしてるテーブルがあって似たような動作を見たな。

 コインロールとかいう技法だったはず。

 そうしていつの間にか転がしてる内に2つに増えて、動きが止まると今度は薬指と中指に500円玉が挟まってる。

 それを全員に見えるように見せて一気に2枚とも手の中に握って軽く振ると、500円玉が2つとも消えた。

「こんな感じだ」

『おお~!』

 一気に釘付けだな。

 俺もだけど。

 同時にますます霧みたいだな……っていう印象が強くなる。

 好きなものとか趣味とか。

 それにあいつはいきなり人の背後に立ったりする変わり者だが、多芸だったな。

 ナイフでジャグリングしたり、空中でリボルバーのリロードしたり。

 物騒な芸だったが、面白くはあった。

「それじゃあ、質問あるやつは挙手していけ」

 ゴリがそういうと一気に手が上がる。

「遠山は何か一発芸とかあるの?」

 1人の男子生徒が当てられてそう言う。

 まあ、今の流れからして俺の方にもくるよな。

 別に俺はそんなに多芸じゃない。

 せいぜい出来るのは白雪も絶賛してたバタフライナイフの高速開閉ぐらいだ。

 しかし、そんな危ないものは校則違反なので持ってきてはいない。

 いや……あるわ。

 潜入(スリップ)のために声色を変える練習を霧としてたから、小声ではあるが変声術が使える。

 ただまあ、別に目立ちたい訳じゃないしな。

「ちょっと、そういうのはありません……」

 なので俺は視線を逸らしつつ無難に答える。

「趣味は?」

「いや、特に……テレビで映画を見るとか……」

「特技は?」

「特技……別に……」

 ずっと俺は面白い回答のできない質問ばかりされた。

 対して赤桐はと言うと、

「好きな音楽は?」

「オペラかな? 私の友人が好きなんだ。あとメジャーなアーティストは一通り聞いてる」

「部活は?」

「特にはしてないね。私が好きそうなのがないんだ。料理は得意なんだけど、どうしようかなって感じだ」

「さっきのマジックみたいなのって他にもあるの?」

「あるけど、お金ないって言っても疑わないでね」

 色々と質問責めにあっている。

 なんかこう、比べられるとあれだな……俺って何もないんだな。まあ、知っちゃいたけど。

 

 HRが終わり――

 ゴリは「学校のことで遠山が分からないようだったら、教えてやれ」と、俺の隣に座ることになった女子にそう言い残して去っていった。

 で、俺は指示された窓側の後ろの席についていた。

 赤桐は同じ転校生ってことでまとめられた感じで同じ後ろの席の俺の右側。

 するとすぐに赤桐のところに早速何人か生徒が集まってくる。

 そりゃそうだろうな……なんて考えていると、くるっ。ゴリに言われた女子が、笑顔で振り向いてくる。

「先生も言ってたけど、何かあったら聞いてね。私、望月(もちづき)(もえ)。クラス委員なの。他のクラスにも望月さんがいるから、萌って呼ばれてるよ」

 さっきの俺の(つまづ)きをフォローするような優しい言い方だ。

 ていうか、普通にカワイイな。俺の場合はツイてない部類の顔立ちだ。

「あ、ああ」

「さっそく何かある?」

 サラサラのボブカット、色は茶色がかっているが眉毛の色からして地毛だ。穏やかそうで大きなふたえの目。色白で、身長は158cmくらいか。中空知や白雪ほどではないがグラマーな体型だ。ダイナマイトボディ……意味合いは違うが、俺には爆発物に変わりない。

 探偵科(インケスタ)の習慣で外見をパーツごとに観察してしまったが、

「いや、特に……」 

 俺にはそれぐらいしか会話が続かない。

 だが、せっかくの好意を無駄にするような感じがして俺は何とか話題を絞り出す。

「萌は……クラス委員なのか?」

「あ、うん。そうだよ? 困ったら何でも聞いて」

「そうか、しっかりしてるな。妹とかいるからか?」

「え……? そうだけど、何で分かったの?」

「勘だよ。俺も妹とかいるからな」

 本当はさっき振り返った時に筆箱の中身が見えて、プリクラの写真があったからだ。

 萌と似た感じの一回り小さい子の顔と一緒に萌が写ってる。

 姉ではないだろうし、写真の顔の下に名前もイニシャルでM・MとM・Sってあった。

 望月(Mochiduki)(Moe)だから、望月なんちゃらって名前だろう。

 霧のせいで変に観察力が俺も上がっちまったな。

 探偵科(インケスタ)との授業とは別で。

「そうなんだ。遠山君の妹さんってどんな感じかな」

「あー……一言でいえば、天才だな。あとカレーを作るのが得意だ」

「て、天才?」

「ああ、アメリカから帰ってきたばかりなんだ」

 人工天才(ジニオン)だし、間違ってはいない。

 その俺の言葉に萌はほえー、とした感じで目を輝かせる。

 そんな時だった。

「ねー萌~。亜金ちゃんすごいよ」

 などと萌と親しいクラスメートなのか、男女混成のグループがこっちに来た。

 転校生の亜金が、やれやれって感じで引っ張られてきた。

「ねえねえ、さっきのやってよ」

「同じネタなのに飽きないな。はい、じゃあ右手に500円玉があります」

 言いながら亜金は指に挟まれた500円玉を見せる。

「これを握ると、あら不思議」

 こっちに手の甲を向けるようにして握った。

 それからすぐにパッと手を開いてこっちに見せると、手の中にあるだろう500円玉が消えた。 

「すごい」

 素直に萌は驚いてる。

 亜金は萌を見て、

「ちょっと失礼」

 左手で萌の首筋の後ろ辺りの髪を触り、引くと――

「ゴミがついてたよ」

 なんて言いながら500円玉が亜金の左手に握られていた。

『お~』

 鮮やかな手つきで周りは感心する。

 さっきの自己紹介の時のネタは分からないが、これは分かったぞ。

 そんな俺に気付いたのか、亜金はフッと笑う。

「気付いたの?」

「……ネタバレしていいなら」

「いいよ」

「簡単な手口だ。右手に握ったヤツは袖の中にある。原理はこうだ、こっちに手の甲を見せることで手首に滑る500円玉を見られないため。今、彼女の右手の中には腕を下したと同時に袖から落ちた500円玉がある」

 亜金は正解とばかりに右手の中を見せる。

 その手には確かに500円玉があった。

「で、みんなが右手に注目してる間に左のポケットの中の500円玉を握って他の場所から出てきたように見せた」

 俺も同じようにたまたまポケットにあった小銭を握って萌の後頭部から10円玉が出たように見せかけた。

「ミスディレクションってやつだ。マジックとかでもある視線誘導。大げさな感じで注目させてその間に別の事をする」

 俺が少し実演してみせると、周りも『おー』と驚いてる。

「詐欺とかスリでもある手口だから気をつけた方が――」

 しまった、つい癖で犯罪の方に結び付けそうになった。

 なのでそこで俺は言葉を止める。

 亜金は、

「序の口だけど、正解」

 つまらなさそうに口を尖らせていつの間にかトランプ束を握ってた亜金。

「あ。こういう道具って校則違反だった」

 しまったとばかりにパン! と、トランプの束を両手で挟むと消えた。

 これは……分からん。

 しかし、本当に多芸だな。

 霧だって言っても俺は驚かないぞ。

 

 ◆       ◆       ◆  

 

 はい、どうも赤桐 亜金こと白野 霧です。

 経過観察と言うことで知られないように偽名です。

 名前の由来? それは秘密。

 ふふ……疑わしい感じでキンジは私を見てるけど、確証は得られてない感じ。

 結構な時間一緒にいるけどこの程度も見破れないなら、しばらくは安心だね。

 って言うか、本当にあんまり白野 霧っていう人物のベースは崩してないんだけど。

 せいぜい変えたのは目元というか、霧は丸っこい目だけど、こっちはツリ目。

 それでいて雰囲気をギャルっぽい感じにしただけ。

 別に色黒とかにはしてない。

 ああ、あとポニーテールか。

 ともかく変えたのは目元と髪型と雰囲気と、喋り方。少し男勝りな感じ。

 そもそも私が隣に来るとは思わないでしょう。 

 なので今の私はちょっと手癖の悪いギャル女子高生。

 しかし、キンジってばやっぱり私の言うとおりになった。

 話題にもついていけず、コミュ障も相まって全然交友関係が広がらない。

 生活音も銃や刃物の音、戦闘の音に聞こえてるんだろう。

 授業中も全く集中できてない。

 しかもチンプンカンプンって感じで、無駄に疲弊してきてる。

 切り替えが大事って話もした気がするんだけどね。

 授業も終わり、私に色々と遊びに行こうと他のクラスメートに誘われたけど断った。

 片付けがあるって理由をつけてね。

 それよりも私は先回り。

 目指すはキンジの実家。

 久しぶりだし、ご挨拶に行かないとね。

 服装は変えとこう、まだネタバレには早い。

 適当な公衆トイレで着替えて、私はJR巣鴨駅に近いキンジの実家へ向かう。

 実家に訪れるの1年ぶりくらいかな?

 そう思って楽しみで向かっていると――

「あァ?」

「……あ」

 正門前、ロック歌手みたいな男が箒で石造りの門前を掃除してる。

 お互いを認識した瞬間に私は、

「ぷ、くく……」

 笑いながらも写真撮影。

「オイ……肖像権って知ってるか?」

「君って治外法権じゃないの?」

「俺はこれでもアメリカ(USA)の武偵だ。まだな」

「そっか、それは残念。君のお兄さんに送りつけようと思ったのに」

 ジーサードに言いながら私は見えるように写真を消してあげる。

「なんでテメェがここにいる?」

「経過観察。キンジが退学しちゃったし、上手くやってるかなって」

 私の言葉にジーサードは怪しんでいる。

 だけど、すぐに何か結論を出したようですぐに掃除に戻った。

「かなめを救ってくれたのには感謝してやる。だが、俺はお前を信用しちゃいねェ」

 それだけを言って黙々と掃除をするジーサード。

 なるほど。

 私に中にあるものを知ってると、そう言いたい訳だね。

 キンジは私がかなめを救ったとは言ってないだろう。

 そして、色金のことももちろん話したりはしてない。

 キンジは約束を破るような人じゃないしね。嘘は時折言うかもしれないけど。

 ともかくあの時のことは私とキンジだけの秘密なんだから勝手に知られたと見るべきだね。

 ちょっと迂闊だったかな~

 まあ、いいや……別に知られたからってすぐに状況が変化する訳でもない。

 キンジの家族には手を出さない。

 でも私の家族の邪魔になるなら、それは話は別だしね。

「ご自由に」

 私はそれだけ言ってトントンと玄関をノックして、

「お邪魔しまーす」

 入る。

 誰か来ないかと待っていると、そろりとかなめが私を居間の陰から見てる。

「何でここにいるの?」

 半分顔を覗かせた状態でジト目で見てくる。

 お互いに言えるセリフではあるけど、そこに関しては触れない。

「ほら、私ってばキンジの……何だろう?」

 うーん……プロポーズ的な告白をされたとは言え、あっちはそう認識してないだろうし。

 恋人? 婚約者(フィアンセ)? でも家族宣言されたとは言えまだ距離感が近い訳じゃないし。

 ああ、そうだ。

「そう、人生のパートナーだからさ」

 しっくりくるね。

 私はキンジがいないとダメ。キンジもおそらくリードしてくれる人物がいないとダメ。

 ある意味では運命共同体とも言えなくもない。

 瞬間、かなめの顔がすごい形相になる。

「……ふーん。あ、ふーん。そんなこと言うんだ」

「妹はお呼びじゃないよ。かなめちゃんの場合は愛が重いし」

「ストーカーの癖して……」

「お兄ちゃんのアルバム作ってる人に言われたくないね」

「あれは成長記録です~。あとは記念日とかまとめてるだけだから」

 なんで成長記録を妹がしてるの……

「どこの世界にキャラメル貰っただけで記念日にする妹がいるんだか」

「お姉ちゃんだって、お兄ちゃんの洗濯物嗅いでる癖に」

「ちゃんと洗濯出来てるか確認してるだけだから……」

 人を臭いフェチみたいに言うのはやめて欲しいね。

 しかもそれしてるのかなめの方だし。

 無駄な話をしてるとキンジの祖父――遠山 (まがね)が着流しに半纏(はんてん)というラフな姿で出てきた。

「ふむ、誰じゃ?」

「どうも、初めまして。白野です」

 何だかんだで初対面。

 家に何度か訪れたけど、会う機会はなかったからね。

「お~、お主がキンジのコレという噂の」

 小指を立てていやらしい笑みを浮かべるお爺さん。

 第一印象はただのスケベジジイだね。

「まあ、そんなところです」

 だけど悪い気はしないので乗せられる。

「キンジならまだ帰っとらんぞ」

「そうですか。授業も終わってると思って様子を見にきたんですけど」

「まあまあ、そういうことなら上がりなさい。待っておれば帰ってくるじゃろう」

 という訳で上がらせて貰う。

 鐵さんはそのまま、台所がある方へと向かっていった。

 私は居間の方でかなめと2人。

「……はむ」

 キャラメルを頬張りながら、かなめは私をジトーとした感じで睨んでる。

 と、思いきやかなめが口を先に開いた。

「何で黙ってるの?」

「何が?」

「あたしを生き返らしたの」

 サード経由で知ったか。

 まあ、キンジは話さないだろうね……そりゃ。

「別にお礼が欲しい訳じゃないからね」

「なんで色金を持ってるの?」

「私にも分からない。物心ついた時には保有者だったからね」

 実際、私は自身の事は何も分からない。

 お父さんに拾われるまでは色金が体内にあることすら知らなかった。

 それにどうやら私には殻金なんて上等な物はない。

 なのに心結びはされてないのが不思議なくらい。

 融合してるかもしれないけど、自我が失われてる訳じゃない。

 それはそれで謎だけど。

「もうこの話はいいかな? 色金の話は正直したくないんだよね」

 どこで誰が聞いてるとも分からないし。

「私のことを怪しむなら別にいいよ。信用がないのも分かってる。でも、私はキンジの味方……それは信じて欲しいな」

 にっこりと私は微笑む。

「その、お礼だけは言っておくよ。助けてくれて、ありがと」

 かなめは少し照れくさそうに言う。

「どういたしまして」

 私はそれだけ答える。

 実はキンジの為のエサにしようかな~とか考えてたし。

 サード? あっちはちょっと戦闘力的にも手こずるからダメ。

 別に弱みがない訳じゃないから()りようはあるけど。

 ともかく、お礼を言われる立場じゃないからね。

 変なところで律義? 

 まあ、そうかもね。

 

 ◆       ◆       ◆ 

 

 玄関先で妙な光景を見た俺は疲れながらも久々の実家に心が安らぐ。

「ただいまー」

 そう何となしに言った俺の言葉に、

「お帰りー」

 と言葉が返ってきた。

 ……聞いたことある声が居間から聞こえてきたな。

 気のせいだろ。

 疲れてるんだな、俺。

 居間の方へと歩みを進めると、

「ども」

 いるんだよな~

 居間のこたつでくつろいでる霧がいた。

 座椅子に背を預けてる。

 しかもせんべい食ってお茶まで飲んでるし。

「サードとかなめに加えて何でお前までいるんだよ」

「様子を見にきた。新生活は馴染めてる? お友達はできた?」

「母親みたいなことを言うんじゃねえ」

「だってキンジ、神崎さんのこと言えない程コミュ障だし」

「共通の話題がないだけだ」

「モノは言いようだね」

 なんて話してる内に俺は少しホッとする。

 まだ1日しか経ってないが、こっちの方が気楽だ。

 お茶を飲みながら霧はニヤニヤしてる。

「それで? 実際のところお友達はできた?」

「別に、お前が心配する事じゃないだろ」

「そう言うってことは出来なかったんだ。友達じゃないけど知り合いはできた感じかな?」

「そうだな、転校生でお前に似てるやつがいたよ」

 と言うと霧はふーんと、特に興味もなさそうな感じだ。

 それからゆっくりと立ち上がりながら、

「ともかく元気そうで何より、私は帰るよ。様子を見にきただけだし」

「もう帰るのかよ?」

「こっちも授業があるんだからそりゃ帰るよ。寂しいなら、いつでも帰ってきていいんだよ~♪」

 最後に小バカにしたような感じで言ってくる。

 1日だけの転校生とかどんなヤツだよ。

 そう心の中でツッコミつつも俺は、はいはいと手を振る。

「お邪魔しました~」

 そのまま霧は普通に帰っていった。

 本当に様子を見にきただけなのか……

 あいつもあいつで心配性だな、と思ったが。

 実際問題、霧の言うとおりになってきてしまっているあたりが笑えない。

 もうちょっと何かやった方がいいな、俺。

 そう実感するのだった。 

 

 




R-18版もあるのでよろしくお願いします。
官能表現って未知のジャンルなんで、まあ、イケる人はどうぞ。

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