緋弾に迫りしは緋色のメス   作:青二蒼

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間に合ったーーーー!

これが今年最後の投稿じゃああ!


104:可能性の日常

 という訳で、

「最近何か悩んでる?」

 藪から棒とばかりの私の言葉にライカは目をぱちくりとする。

「何ですか、いきなり……」

「そっか……最近麒麟(きりん)ちゃんに会えないのが寂しいんだね」

「何も言ってないんですけど……」

「CVRの研修は忙しいもんね。でも麒麟ちゃんを襲ったりしたらダメだよ」

「一体何の話をしてるんですか?!」

 NOSBURGERというジャンクフード店で私とライカは2人きり。

 誘った私に対してライカは何故か怪しんでた。

 私は(おご)るって言っただけなのに、どうしてそんなに怪しむんだか。

 怪しみながらも普通にライカは好きな物を頼んで食べてるけど。

「とりあえずBランクなのは気にしなくてもいいと思うけどな」

 私の言葉につまんでたポテトを戻しながらライカは視線を落とす。

「先生から聞いたんですか?」

「まあね。戦姉(アミカ)ってそういうものだし。悩んでる後輩がいるなら必要な情報を聞いたうえでアドバイスする。ただ、最低限の情報だけで何を悩んでるかは私自身が聞かなくちゃいけないけど。でも、何となくは分かるよ」

 私の優し気な言葉にライカは敵わないなって顔をして、すぐに顔に影を落とす。

 それから問い掛けた。

「先輩はどうやってAランクになったんですか? Sランクに近いと言われる実力は……」

「うーん、小細工かな? どうしても正面の殴り合いには限界があるからね。だから諜報科(レザド)寄りの戦い方なんだよ。実際問題、誘いもあったけど私は――」

 キンジと一緒にいたいからって言おうと思ったけど恥ずかしいからやめた。

 ナチュラルに惚けるところだった。

「報酬の関係で断ったんだよ。手荒な依頼の方がお金もよかったし、必要だった。今でもだけど」

 あながち嘘ではない。

 医療関係の製品は高いし、小細工のための装備はそこそこお金を使うからね。

「なんて言うか……生々しいですね」

「そういう学校だしね。ちなみにこれは言ってなかったけど、CVRからも誘いはあったんだ」

「……マジですか?」

「嘘言っても仕方ないでしょ?」

 私の魅力は誤魔化せないか~

 なんて、ナルシスト気味におどけたけど……自然に人を手玉に取る性格をしてるせいで注目されたらしい。

 罪な女だね、我ながら。

「まあ、結局のところ私は器用貧乏で成り上がったところはあるかな? だから何でもやってみるもんだよ。蘭豹(らんぴょう)先生にも似たようなこと言われたんじゃない?」

 私の推測は当たりだったのかライカは目を逸らす。

 未だにライカは自身が女の子らしくないってコンプレックスを拭えずにいる。

 コンプレックスを乗り越えるってある意味では自分を乗り越えるって意味だから、難しくはあるよね。

「1人が怖いなら付き合ってはあげるよ。だけど答えは自分自身で見つけなきゃ。あと、ライカは私のことを何でもできると買い被ってる」

「でも、先輩は実際……何でもできちゃうじゃないですか」

「ふっふっふ、確かに私は何でも器用にできちゃう天才武偵。元Sランクであるキンジとパートナーも組んだ、優秀な相棒(バディ)……なんてね」

嫌味(いやみ)にしか聞こえませんよ」

 ジト目でライカが睨む。

 だけど、私はそんなライカに微笑む。

「でも、勘違いしないで欲しいのは……私は実際に自分の得意と出来ることを関連付けて伸ばした。最初から何でも出来た訳じゃない。努力をした……ただそれだけだよ」

「自分の出来ること、ですか」

「ライカ。君は君自身が思ってるほど魅力がないんじゃない。私から言わせれば、ライカは十分に魅力的だよ。人としても女としても、ね」

 少しだけ目は真剣に、口元は柔らかくして微笑んであげるとライカは顔を赤くする。

「な、ななな……」

「なに? そんなに顔を赤くして」

「へ、変なこと言わないで下さいよ!」

「そう? ライカってばモデル体型だし、その細長い脚なんて私からすれば羨ましい限りだよ」

「うぅ……調子狂う」

 何かを振り払うようにコーラを一気にライカは(すす)る。

 やれやれ、言葉で励ますのはいつだって簡単だけど……本人がそれで乗り越えるかどうかはその人次第。

 私よりも適任が来たみたいだし。

「だ~れだ♪」

「ひゃあ!?」

 突然に手で目隠しされてライカは驚くけど、誰か予想はついてるのかすぐに冷静になる。

「こら、麒麟~。先輩も分かってたなら教えて下さいよ」

「いや~見てなかったよ」

「平気でウソ言いますね」

「ウソじゃないよ。気付いてたけど見てはいなかった。ほら、ウソついてない」

 ライカは私の言葉にジト目を返す。

 麒麟ちゃんは私の言葉にくすりと笑う。

「相変わらずですのね」

「お邪魔なら帰ろうか? 2人きりで水入らず」

 私がにやけて尋ねると麒麟は受け流すように「まあ」と微笑んでいるが、ライカは顔を赤くする。

 が、いい加減に私のからかいにも慣れたのかすぐに冷静になる。

「麒麟、無視してくれ」

「冷たいね」

 ライカも最近は慣れてきたのか、冷静に対応してきた。

 反応が面白くないからそろそろ攻め方を変えようか……

 などとどうでもいいことを考えながら、麒麟ちゃんに目を向ける。

「で、どうしたの? ライカに用事?」

「ええ、お姉さまに少々お話がありまして」

「お邪魔なら去ろうか?」

 にまにましながら言うと麒麟ちゃんは良い笑顔で、

「大丈夫ですわ。あとでゆっくり2人きりになりますの」

 そう返してくる。

 そして隣でむせるライカ。

 思わせ振りな発言しちゃって……そんな気は少しはあるんだろうけど、今の時点では本気じゃない。

 まあ、本人は露も知らないだろうけど。

「なに言ってんだよ?!」

 復活して照れ隠しに怒鳴るライカ。

 私がからかった時よりいい反応してる。

「それで本題は?」

「ええ、お姉さまには申し訳ありません……(わたくし)、CVRの急な依頼でしばらく不在にしますの」

 私の質問に対して麒麟ちゃんはそう答える。

 ライカは気落ちした感じではあるが、しょうがないよな、と言った感じ。

「まあ、仕方がないよな……遊びに誘おうと思ってたんだけど」

「ごめんなさいですの。お詫びという訳でもないですが、奇跡的に手に入ったこれをお渡しします」

 そう言って麒麟ちゃんは1枚のチケットを来夏に渡す。

 横から少し覗くように見て、なになに……『女の子ランド』?

 見るからに甘酸っぱい感じのアミューズメントパークへのチケット。

 な~んか、ただの娯楽施設にしては色々と面白いことが起きそうな雰囲気だね。

 そして、ライカの反応は――

「こんな妙なとこ行くか!?」

 と声を荒げながらも、

「あとで捨てるっ」

 無闇にそのまま返したり捨てたりせずに何だかんだにポケットにしまう。

 捨てるとか言いながらも興味あるのは目に見えてる。

 捨てる気はなさそう。

 それを見て、麒麟ちゃんと私は顔を合わせて笑顔。

 これは面白いものが見れそう。

 

 

 という訳で、私はある申請をした。

 しかし……私ってば色々とやり過ぎかな?

 キンジの観察に、色々な趣味(暗躍)……そしてこれ。

 先生の方からも少し大丈夫かと心配された。

 まあ、依頼さえこなせば文句は出ないでしょ。

 ともかく、何か面白いことが起こる予感がしてる。

 これを見逃す気はないね。

 さて、コンプレックスとは厄介なもので、大体は劣等感からくるもの。

 人は自分にないものをねだり、そして妬む。

 私の家族は誰しもコンプレックス……よりも酷い闇を抱えてるからね。

 殺人鬼はどうなのって?

 そんなもの、あってないようなもの。

 ましてや私の友達は劣等感で殺してるんじゃない。

 もっとこう、単純に楽しみたいから殺してる。

 人に安らかな眠りを、驚きを、醜さを。

 色々と見たいから殺してる。

 いつだって単純なものだよ。シンプルな理由で、誰かが邪魔とか羨ましいとかそんな感情じゃない。

 人は醜いから美しい……ただそれを見たいがため。

 と、話が逸れた。

 そんなライカのコンプレックスは女の子らしくないこと。

 男勝り、女子にしては170近くと高身長。料理が得意という訳でもなく女子力は低め。

 女の子みたいなカワイイ服を着てみたいっていうらしい願望はあるんだけどね。

 要は自分で諦めて周りの評価に流されてる。

 そんな中で自身を変えたいと願う彼女はとても人間らしくて美しい。

 つまりは面白い。

 観察するのが私の趣味。

 いつも通りの行動パターンで準備を始める。

 

 ◆       ◆       ◆

 

 麒麟のチケットを持って、あたしは来ちまった。

 新宿にあるこの『女の子ランド』に。

 よく分かんないままに……

 気にならないと言えば、ウソになるし……使わないのももったいないしな。

 そうあたしは、自分で納得付けて受付へと向かう。

「チケットを拝見♪」

 受付の人もどことなくファンシーでロリータっぽいファッション。

 綺麗だな~

「ようこそ! 女の子の夢と愛を大発展させてくださいね!」

 眩しいほどの笑顔で、言われて声が上ずる。

「は……はひ!」

 ど、どうしよう。

 もう受付だけで、お腹がいっぱいになりそう。

 っていうかやっぱり今からでも帰ろうかとそんな考えが頭によぎる。

 ま、待て……いったん落ち着こう。

 そう思って入口まで戻ろうとすると――

 ぎゅっと、突然に手を掴まれた。

 ななな、なに!?

 そう思って振り返れば、ほっぺにダイヤとスペードのペイントをしたボーイッシュなお姉さんがいた。

「まずはこちらへどうぞー♪」

 何を言う暇もなく、勢いよくお姉さんに案内されたのは『ドレス・スタジオ』と書かれた部屋。

 心の準備が?!

 そんな事を思う前に扉が開かれた瞬間に、今までの戸惑いは吹き飛んだ。

「うわぁ~」

 すっげー……色んな衣装がある。

 ドレス、ワンピース、ロリータ、エプロンドレス。

 まるでウィンドウショッピングみたいに並んでる。

 あたしには手の届かないものがここにはある。

「お好みの衣装にお着替えくださいね」

 さっきのお姉さんがそう言って、あたしは更に舞い上がる。

「ど、どれでもいいのか?!」

「はい!」

 初めてかな、と言った感じで丁寧に答えてくれる。

 それから、唐突に箱を差し出してきた。

「あと、識別のためにどちらかのチョーカーを付けて下さい」

 出されたのは短いネクタイのようなチョーカーとリボンのチョーカー。

「識別……?」

 初めてくる施設だから何のことかさっぱり分からない。

 と思いながらも、

「お客様はこっちですね! 一目で分かっちゃいました♪」

 店員さんは、ネクタイのチョーカーをあたしに着ける。

 ……?

 一体、何の意味があるんだろう。

 先輩の言葉を借りるなら初めてのところほど全てに意味を見出せって言われたし、周りを観察してみればあたしと同じようにネクタイのチョーカーを着けてる人ともう一方のリボンのチョーカーを着けてる人がいる。

 同じ女の子なのに分ける必要あるのか?

 って、何をあたしは考えてるんだ。

 ここには楽しみにきたんだ。

 こんな所まで武偵高の生徒は来ないだろうし……

 旅の恥はかき捨てって言うしな!

 

 

 衣装を選んでてしばらく。

 いつぞやの武偵高の文化祭に来た少女――あのアリスみたいな少女と同じエプロンドレスを来て施設を回る。

 すごいな……デザートバイキングにステージもある、中央は噴水の大広間。

 とても華やかであたしには縁のない場所だと思ってた。

 何だかよく分からないところだけど――でも、すごく居心地がいい。

 やっぱりあたしは、好きなんだと気付く。

 昔っからカワイイものには目がなかった。

 だけど、あたしには手が届かないモノだと思ってた。

 そう諦めてた、それに――

(きっと、武偵高のみんなはこんなあたしを見たら大笑いするんだろうな……)

 どこかのスポットでポールに背中を預けながらそう思う。

 同時に白野先輩がどう言うかも何となく想像できる。

(自分にないモノを求めて何が悪いの? 笑わせとけばいいんだよ、そんなのは。もっと自分に自信を持つべきだよ、ライカ)

 似たようなことも言われたからこそ、容易に浮かぶ。

 先輩は強いよな~そういう意味でも。

 たまにあの人のメンタルが何でできてるのか気になる。

 いつでも笑顔で自信が溢れてるカッコいい先輩。

 可愛くて、時折お茶目な先輩。

 何かがあればいつでも冷静で、口調は軽くても動じない頼りになる先輩。

 こうして考えてみるとあたしは先輩の背中に追い付けてもいないって、どこか感じる。

 本人は伸びしろがあるって言ってくれるけど、あたしにはそんな実感はない。

「うわっ!?」

 あたしがそんなことを考えてると、いきなり左手を握られて変な声が出た。

 あぶな!? 危うくさっき買ったクレープを落とすとところだった……

 誰だと思って、左を見ればショートの黒髪で小さい女の子がそこにいた。

 見れば首にはリボンのチョーカー。

「……?」

 手を払うようにしてしまったのでその女の子は、困惑した感じだ。

 あたし……何かしたか?

 と、思ってあたしも何も分からないまま立ち尽くしていると、

「はいはい~ちょっといいですか?」

 さっきの頬にペイントをしたボーイッシュなお姉さんがこっちに来る。

「ここはお友達を作るスポット。モノガマスでもフェムトラさんがこんな所にいたらバリネコホイホイですよ」

 確かにお姉さんに言われてポールに垂れてる幕を見れば『MEET-UP SPOT』――出会いの場的な事が書かれてる。

「モノ……バリ……?」

 それよりもあたしには専門用語的なのを並べられてる事の方が気になる。

 どういう意味なのかさっぱり分からない。

 そんなあたしの困惑を店員さんは、

「あ……ビギナーの方ですね?」

 察したようにして対応を考えてる感じだ。

 ……勢いで飛び込みすぎたかな?

 今更ながら、下調べくらいしとけばよかったかもしれない。

 見ていてもあたしは楽しいけど、流石にちゃんとした楽しみ方もしらないんじゃ意味ないよな……

「それでは私がご案内します。どちらへ行きたいですか?」

 唐突にそんなことを聞かれてもあたしとしては返答に困る。

 とりあえずは――

「えーっと……トイレかな?」

 その一言で小さい女の子は顔を赤く。店員さんは、驚愕した後に眉間に指を当てて一息。

「ふ、普通にお手洗いって意味ですよね?」

 確認するように聞く。

 トイレは、トイレだろうに……何をそんなに驚いてるんだ?

 それから小さな女の子も逃げ出すようにどこかに行った。

「でも実際にそういうお客様もいたので、今はトイレが使用禁止で……風営法でガサ入れもありましたし」

 最後辺りに小声で言いながら、店員さんは案内図を渡してくる。

 穏やかじゃないな、ガサ入れ……そんな不健全なことをしてるような様子は見えないけど。

「すみません。ランド外のお手洗いをご利用ください!」

 腰を折って謝罪するように頭を下げる。

 そのまま取りあえず、表の受付とは別の出入り口に店員さんに案内してもらい施設を出る。

 しかし、なんで驚かれたんだ……?

 そう思った矢先だった。

「ライカ?」

 ――!? こ、こいつらは!?

 あたしの、強襲科(アサルト)の同級生トリオ。

 な、なんで……ここに!?

 同時に自身の顔が赤くなるのが分かる。

 それと秘密を見られたと悟って高鳴る鼓動。羞恥心。

「ぷっ、なんだそのカッコ」

 嘲笑するように眼帯の同級生が笑い始めて、

「とんだ勉強会もあったもんだぜ!」

 嘲笑が広がる。

 あたしの秘密を、軽蔑するように。

「な、なんで……お前ら……」

 こんな所に来るとは夢にも思っていなかった。

 安全だと……本当のあたしを出せると……そう、思ってたのに。

「あれ。ボク言ってなかったっけ? OGとの飲み会は新宿集合って……」

「こりゃスクープだぜ。無敵のライカの密かな少女趣味!」

「何の店だここ? 調べてやろうぜ!」

 あはははははは、と愉快そうに笑う3人。

 何で……? あたしがこんな夢を見ちゃいけないのか?

 そして同時にやっぱりとも思ってしまった。

 似合わないんだ。

 あたしには、こんな願望を持っちゃダメだったんだ。

 やっぱり武偵のあたしが本当で、彼女らにとって女の子あたしは幻想……

 でも、あたしは……やっぱり先輩や麒麟みたいに……女の子らしくありたいって――

 そう、思って……

 それを否定されて、何もかもがぐちゃぐちゃになる。

「……ッ」

 あたしは逃げた。

 逃げ出すしかなかった。

 どっちが本当のあたしかも分からない。

 扉を閉めて、届かない夢の場所に戻る。

 施設に戻れば、あたしとは違ってカワイイ女の子達が談笑している風景。

 あたしは……あそこには入れない。

 武偵(あっち)のあたしと、女の子(こっち)のあたし……

 どっちが、本当のあたしなんだよォ……

「えぐっ……ヒック……」

 

「何でどちらか一方しか選べないなんて諦めてるの?」

 

 誰……?

 そう思って顔を上げれば目についたのは黒くて美しい長い髪。

 日本人形みたいに童顔で、無邪気に微笑みながらも自信のある表情。

 ニッ、と不敵に笑ったところであたしは気付く。

「せん……ぱい……?」

「そうだよ。いつでも頼りになる君の戦姉(あね)

 ワンピースのような黒を基調にしたドレスに身を包み、スリットからは細い脚が出ている。

 そんな先輩はいつもの気さくな雰囲気だけど、

「まあ、こんな衣装よりもいつもの制服の方が気楽なんだけどね。今日は後輩の為に一肌……いや、一役買ったって言うべきかな?」

 髪をかき上げて答える白野先輩は……雰囲気が違う。

 無邪気な女の子じゃなく、淑女という感じ。

「涙を拭いて。ほらこっちに来なよ。夢を見たっていいでしょ、女の子ならね」

「どうして……ここに?」

 差し伸べられた手を取って、あたしは立ち上がりながら質問する。

 先輩がこんな所に来るようには思えない。

「私がこんな所に来るようには思えないって顔してるね。失礼な……」

 ピンポイントで心の声を当ててきた!?

 この洞察力の鋭さ……やっぱり先輩だ。

 それでもなんて言うか、違う雰囲気で思わずどぎまぎする。

「言ったでしょ。やれることは何でもやってみるもんだって」

「そうですね。白野さんの言うとおりです」

 白野先輩の言葉に同意するように、また1人誰かがこちらへ向かってくる。

 優雅な足取りで、紺色のロングドレスを着て一目で綺麗だと思える女性がこっちに来る。

「外で何かあったんですね」

 その女性は優し気な手で、白い手袋であたしの涙を拭って語り掛けてくる。

「さて麒麟ちゃん。どうかな?」

 麒麟……?

 白野先輩が呼ぶように言葉を投げ掛けるとさっきの女性の横から、

「よく来てくれましたわお姉さま♪」

 麒麟だ。

 イチゴ柄のロリータファッションに身を包んだ、麒麟がいる。

「き……麒麟?!」

「ご紹介しますわ。こちらはCVRの結城(ゆうき) ルリ先生。元女優さんですの」

 さっき現れた大人の女性といった感じの人を麒麟は紹介する。

「せ……先生?」

 こんな人が武偵高にいるんだと、驚く。

「よろしくね」

 同時にあたしは先生に挨拶もそのままに手を取られる。

 それから――

「今日は何もかも私に任せて」

「ひぁ……!?」

 唐突にファンシーな目隠しをされて、思わず変な声が出る。

「それでは白野さん、わざわざありがとうございます」

「これも戦姉(あね)の務めですから♪ お気になさらずに。あとはよろしくお願いします」

 そんな結城先生と白野先輩の言葉にあたしは困惑するしかない。

「え、え……!? せ、先輩!?」

「また後でね、ライカ」

 そのまま白野先輩はどこかに行ってしまった。

 あ、あたしはこれからどうなるんだ?!

 

 ◆       ◆       ◆

 

 先生に連れられてライカと麒麟ちゃんはパウダールームへ。

 あとは……ライカが新たな一歩を踏み出すのを見届けるだけ。

 うーん、愉しみ。

 どんな変化するんだろうね。

「さてと……」

 あとは先輩らしく教育の時間だね。

 なーんか、私がこんなひょうひょうとした雰囲気だから後輩の一部は舐めてるみたいだし。

 別に私自身舐められるの気にしてないしどうでもいいんだけどね。

 それでキンジの事を大したことないと思われるのは癪だし。

 そういう意味でこっちも先輩としての威厳は出しとかないと。

 ……まあ、当の本人はプライドなんて欠片もないけどキンジは勝手にカリスマ振りまいて人心掌握し始めるから性質(たち)が悪いと言えばいいのか……何とやら。

 ともかく、私のせいで人の評判が落ちるのは我慢ならない。

 特に気に入ってる人のことや家族の事なら尚更。

 という訳で――私は表の受付のある方へと歩みを進める。

 そこには武偵高の制服を着た3人の1年生。

 あれは……ライカの同級生だね。

「何だここ」

「女の子ランドって」

「こりゃ傑作だぜ」

 社会的な観点として帯銃を許されてる武偵高の制服着てる学生がウロウロしてたら周りが気圧される。

 1年生だろうが3年生だろうが武偵は武偵だ。

 しかし、施設と客の雰囲気ぶち壊しだね。

 受付の人もアミューズメントパーク出入り口周辺のお客さんも困惑してる。

 偶然出会ったとは言え、ライカの冷やかしで待ち構えてるのか。

 何で知ってるかって? 見てたし。

 しかし、偶然とは言えライカが変われるきっかけ……自分の気持ちを見詰め直すきっかけを作ってくれたのには感謝しよう。

「ちょっと、そこでたむろされるとご迷惑ですよ」

 私は喋り方や雰囲気を変えて比較的穏やかに注意しにいく。

「ああ、ごめんなさい。ちょっと友達と待ち合わせで」

 3人の内、眼鏡を掛けたツインテールの少女が温和に返してきた。

「そうですか。ですけど入り口でそんな物騒な物を持ってうろつかないでもらえます?」

「いやーそうしたいんですけど、ボク達はその友達が気になってて」

 ベリーショートな少女がこれまた温和に返してくる。

 仕方がないな~……誤解するように突っ掛かるか。

「へえ……ですけど同じ武偵として、周りの印象を悪くする行為は頂けませんね」

「何だよ……同じ武偵? ここにいるって事は大方CVRのヘナチョコなんだろう?」

 私が同じ武偵と知るや眼鏡の子が、さっきとは打って変わって下に見始めた。

 いくら私が神崎より身長が上とは言え、低身長=同学年か後輩と見るのはいかがなもんかな?

 簡単に引っ掛かったので私は雰囲気をまた変える。

「ああ、そう。私がCVRの人に見える……それは上々だけど、先輩への礼儀は教わらなかったんだね。1年?」

「な、何だよ先輩だからって……と言うか誰ですか?」

 流石に先輩だと思って敬語にしてきたが眼鏡の子は引き続き威圧的だ。

 まあ、CVRは大っぴらに表に出る専門科じゃないからね。

 戦闘的なランクで言うならD~Cが平均。

 Bでも高いって言われるし。

 強襲科では下に見る風潮がある。

 と、そんな内部事情は置いといて――

「白野 霧。強襲科(アサルト)2年」

 私は堂々と名乗る。

「え? 白野先輩――」

 

「気を付け」

 

 誰かが口を開く前に私の静かで厳かな口調の言葉に1年の3人は背筋を伸ばす。

「それで? 気付けなかったのは目をつむるとして……武偵として野次馬根性でこんなところで一般の人に迷惑を掛けた上にたむろしてる言い訳を聞くよ」

「あの、その……ライカのことが気になって」

 マズイと思ったのか、眼帯の子がおずおずとした感じで答えだす。

「そっか……冷やかしで待ってた訳ね。ゴメン、全部見てたから――それで面白い話は? ああ、別にライカのことで怒ってる訳じゃないから気にしなくていいよ。武偵憲章3条斉唱」

『つ、強くあれ。但し、その前に正しくあれ』

 武偵憲章を斉唱できない強襲科はもれなく蘭豹に折檻コース。

 銃声が耳から離れない程に弾を撃たされるという刑が待ってる。

 ボーダーライン越えるまでね。

 まあ、序の口だけど。

 私? そんな必要が無いほどには上手くやってる。

「そうだね。それで? 君らは仲間を冷やかすことが正しいことなの? それも民衆に迷惑を掛けてまですることなの?」

『い、いえ……違います』

 3人は顔を青ざめさせる。

 ああ、正論で人を追い詰めるのが何と楽しいことか。

 それも犯罪者の権化みたいな私がそれを語る。

 何とも愉快な状況だね。

「全員、明日は楽しみしてるよ。蘭豹には言わないでおいてあげる……昼休み終了後に強襲科専門科棟に集合」

 奴隷の1年、鬼の2年、閻魔の3年と武偵高ではそういうスクールカースト的なところがある。

 そりゃ学年上がる度に貫禄がないとダメだしね。

 そして私は鬼の2年。

『は、はひ……』

 私の言葉に冷や汗をかいて声が上ずる1年の3人。

「ただ、そうだね。ライカが出てきて、彼女を綺麗だと……目を奪われたと心から感じて素直に謝れば、今回の件は不問にするよ。君らがバカにしてる人がどう変わったかよく見てるといいよ」

 私の言葉と共に、そろそろだと思って後ろを見れば――そこには男勝りで少女の夢を追い掛ける女の子はいない。

 へえ、やっぱり逸材だったね。

 少し化粧をして、髪を下ろしてるライカがドレスアップをして出てきた。

 まるでモデルだね。

 少女的な衣装ではなくロングのタイトスカートにホルターネックにノースリーブ合わせたみたいなトップス、ガールじゃなくレディって感じの雰囲気。

「ライ……カ……?」

 誰かがライカであるかを疑うようにライカの名前を呼ぶ。

 同時に、

「…きれい…」

 そんな感想も漏れるのが聞こえた。

 その言葉に私は目を光らせる。

 言ったね?

「その、ライカ……冷やかして悪かったよ」

 誰かが口に出し、他の2人も少し頭を下げる。

「いきなり何だよ。ま、行ってくるよ勉強会。お前らも飲みすぎるなよ?」

 男口調は直らないけど、それでもさっきの印象とはまるで違うライカの言葉に同級生の3人は豆鉄砲を食らったかのように呆然とする。

「それじゃあ、私達はこれで。人を笑うなら今度は自分が笑われるかもしれないことをよく考えて行動しなさいね?」

 私は私でいつもの無垢な笑顔を向ける。

 それから先生と麒麟ちゃんを交えて、私達は外へと出る。

 あとは淡々としたもので、ライカは新しい自分への一歩を踏み出すために兼科申請書への書類を申請し、麒麟ちゃんはそれを快く受け取った。

「先輩がまさか1枚噛んでたとは思いもしませんでした」

 落ち着いてみればライカは当然に引っ掛かることを言葉に出す。

 私は当然とばかりに答える。

「そりゃあね。私は道を示すだけで、それを手に取るかどうかは本人次第だし。いい加減に踏ん切りをつけてもいい機会かなって麒麟ちゃんと何となく話はしてたんだ」

「ふふ、白野お姉さまのおかげですの。これでなかなか会えなかった埋め合わせはさせていただきますね♪」

 麒麟ちゃんは麒麟ちゃんでいい根性してるよ。

 それから麒麟ちゃんはライカの腕にしがみつく。

 お熱いねえ……

「それに、戦姉(あね)が手本にならないと示しがつかないでしょう?」

 言いながら私も自分の署名が入った兼科申請書をライカに見せる。

 当然に目が点になるライカ。

「え!? せ、先輩も?!」

「CVRからスカウトの話は出てるって言ったでしょ。素養は充分に認めて貰えてる。何にしてもおめでとうライカ、君は自分の可能性を自ら広げた。それは先輩としても誇らしいよ」

 素直に称賛を送る。

 まあ、私自身……魅力は磨いてても損はないと最近は感じてきたしね。

 絶対にどんな鈍感ジゴロでも振り向かせてあげる。

 私は執念深いんだから。

 私も可能性は広がるかもしれないしね。

 




それでは皆さん、良いお年を!

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