緋弾に迫りしは緋色のメス   作:青二蒼

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1週間以内に投稿できたらいいなと思っていたが、随分と掛かってしまった……
てんぞーさんの執筆速度はバケモノか!?(ガンダムネタ風に)
あの方には驚きですよ。
とまあ、それは置いておいて楽しんで行ってください。
サブタイトル詐欺かな? いや、間違ってないはず。


10:浸透していく闇

 お父さんからの任務をこなしつつ夏休みを過ごしている。

 夏休みは半分は終わった感じかな。

「うーん……はあ」

 背伸びをして息を吐く。

 任務はないし、殺人衝動がある訳でもないし……どうしようかな?

 そう思っていると、携帯にメールだ。

 送って来たのは……キンジか。

 深海と言えども、潜水艦だからね。

 地上との連絡手段はあるし、それを応用して端末で連絡できる。

 優秀な技術者がいると便利だね~。

 肝心の内容は―― 

『今度の土曜日空いてるか?』

 と言うものだった。

 すかさず返信、取りあえずは予定はない事を明記しておく。

 返信を待ってる間に、銃の整備をしておこう。

 そして、整備中に返信が来る。

『もしよかったら今度の夏祭り一緒に行かないか?』 

 ふむふむ夏祭りね。

 そう言えば、日本の祭りは体験したことなかったな~。

 興味はあるし、特に断る理由もないから誘いに乗っておこうかな?

 取りあえず『いいよ』と送っておく。

 その後にジリジリ、と艦内に内通している電話が鳴る。

 念のために取りあえず声は変えて電話に出る。

「ハロー」

『僕だよジル君』 

「なんだお父さんか。どうしたの?」

『少し、君に渡したい物があってね。僕の部屋まで来てくれるかい?』

「うん、分かった」 

 電話を切る。

 どうしよう変装しようかな……でも、お父さんの部屋はすぐ近くだし素顔を見られても変装だと思うだろうから別に問題はないか。

 と言う訳で変装せずにお父さんの部屋まで直行する。

 結局、誰にも会わずにドアの前まで辿り着いたわけだけど。

 礼儀としてドアはノックしておく。

「入りたまえ」

 相変わらず綺麗に整った部屋に入る。

「来たねジル君」 

 お父さんは静かなクラシック音楽を流しながら優雅に待っていた。

「うん。それで、渡したい物って机に置いてるのだよね」

「その通りだよ」

 机の上にあるのは一つの箱。

 結構な大きさだね。

「開けてくれても構わないよ」 

 と、お父さんは笑顔で言うので取りあえず開けてみる。

 そこには一つの衣服があった。

 確かこれは、日本の浴衣と言う衣装だったかな?

 それと下駄もある。

 もしかして――

「キンジから誘いが来るのを推理してた?」

「はは、推理と言うほどのものでもないよ。金一君と同じようにその弟であるキンジ君もまた、義理堅いと分かるよ。それとキンジ君にはジル君に相当な借りがあると言うのも君との話で分かってはいた。そして、日本のこの時期は祭りが盛んだからね。そろそろだとは思っていたよ。そう言う思惑とは別に贈り物と言う事にしておいてくれ。選んだのは、僕じゃないけどね」

 何でもないようにお父さんは言う。

 にしても用意がいいね。

 どこから調達してきたのやら。

 お父さんからの贈り物か……

「取りあえず、これを着ていけばいいんだよね?」

「着るかどうかは君の自由だけれども、見た目は大事だからね」

 そうお父さんは、微笑みながらパイプをくわえる。

 浴衣の着方は……ご丁寧に箱の中に説明書があるから問題はないか。

「ここで着替えるのではなく、向こうの部屋で着替えるといい。僕が盲目だと分かっていても、無闇に男性の前で肌を晒すものではないよ」

 お父さんが私の思考を先読みしつつ、そう言う。

 別に問題ないとは思うんだけどね~。

 まあ、先に言われたのなら仕方ないか。

「分かったよ」

 違う部屋で取りあえず着替える。

 えっと、下着だけになってから浴衣を羽織ってそれから肩から落ちるように整えると……

 あとはこうなって、帯を締めて……コーリンベルトを着けて、伊達締めをして――こんなものでいいのかな?

 これで下駄を履いて髪は上部でだんご状に結って……出来たっと。

 うん……着てみて思ったけど、動きにくいね。

 それと私にとって服なんて変装の道具の一つとしか見てなかったけど……

 鏡に向かい、色々な角度から自分の姿を見てみる。

 ――たまにはこう言うのも良いかもね。

 取りあえずお父さんにお披露目しておこう。

 お父さんのいる部屋に戻るとイギリスの新聞、ザ・タイムズ(The Times)を読んでた。

 確か、イギリスで一番古い新聞だったかな?

 そしてこちらに気づく。

 新聞を下ろしてパイプを咥えなおしながら、

「ふむ、似合ってるね」

 微笑む。

 お父さんは盲目の筈なんだけどね。

 『条理予知(コグニス)』――優れた推理力によって、聴覚、触覚、嗅覚だけでも見えてるのと何ら変わりはない。

「こう言うのにはあんまり興味ないんだけどね」

「でも、たまには良いものだろう?」

 私が先程思った事をお父さんは言葉にする。

「そうだね」 

 だから、私も微笑んで返す。

「それはそうと来客のようだ」

 お父さんがそう言うので、聴覚に意識を集中させるとドアの向こうから足音が聞こえてくる。

 あの足音からして……理子かな?

「ジル君。少し隠れてくれないか?」

 なんで? そう思ってお父さんの顔を見てみると、お父さんは子供のやるイタズラっぽい顔をしていた。

 その顔を見て分かった。

(成程、そう言う事ね)

 と言う訳で静かに移動して、お父さんの背後にある本棚の横にあるカーテンへと隠れる。

 ちょうどその後にコンコンと、上機嫌そうなノックが聞こえてくる。

「りこりんで~す。入っても大丈夫?」

「ああ、もちろんだよ」 

 お父さんが許可するとドアの向こうから理子が入ってくる。

 何故かその手にはデジタルカメラを持ってる。

「やあ、理子君。衣装の件はご苦労だったね」

「ふっふっふ~。理子にお任せなのですよ~。それでお姉ちゃんは……」 

「その事なのだがね。残念ながらジル君はもう行ってしまったのだよ」

 この衣装を選んだの理子だったんだ……

 それはそうとさすがお父さん、演技が上手いね。

 すまなそうな顔をしながら理子に言うところとか。

 その瞬間、理子は残念そうにする。

「そっか~……せっかくのシャッターチャンスを逃しちゃったか」

「ああ、今度の夏祭りに着て行くみたいだからね。早めに戻ってしまったよ」 

「え? 夏祭り?」

 お父さんの『夏祭り』と言う単語に理子は反応する。

「どうやら金一君の弟であるキンジ君からお誘いがあったみたいでね」

「……お誘い」

 そして、何か凄いショックを受けたような顔してる。

 なんでそんなにショックを受けてるの?

「夏と言うのは男女の仲が進む時期だからね。ジル君もキンジ君をとても気に入ってるようだし、もしかすると……」

「も、もしかすると?」

「理子君なら分かるだろう?」

 遠回しな言い方だね。

 だけどお父さんの言いたい事は分かってるのか理子は唖然としてる。

 まあ、私も言いたい事は何となく分かるけどそう言う関係にはならないと言うか……そもそも恋なんて分かんないし。

 それとお父さん、理子に見えない角度で少し顔がニヤついてる。

「いや……いやいやいや。お姉ちゃんに限ってそんな事はない……よね?」

「さて、どうだろうね。ジル君の感情も10年前に比べると随分と豊かになった。それに、彼女も人間であり女性であることに変わりはないからね。そう言う時が来たのだろう」

 感慨深そうな顔をしながらお父さんがそう言った瞬間に理子は膝から崩れ落ちる。

 そして両手をついて四つん這いになった。

「お姉ちゃんが寝取られた……」

 『寝取られた』の意味は分からないけど誰にも私は取られてないよ、理子。

 面白い物も見れたしそろそろいいでしょ。

「ふふ、お父さん。もういいよね?」

「はは、そうだね。もう出てきても良いだろう」

「……え?」

 私の声が聞こえた時点で不思議に思ったのか理子は顔を上げてキョロキョロとする。

 まあ、お父さんの後ろに隠れてた訳だから出ればすぐに気付いたけど。

 出てくる際にカランコロン、と下駄の音が小気味好く聞こえる。

 そして、私の姿を確認したところで理子は目を見開く。

 さっきとは逆に別の意味でショックを受けてるみたいな感じだね。

 何だろう……感動してるって事でいいのかな?

 理子の目の前にまで行くと、さらに理子に変化が表れる。

「ふ、ふおおおおお……」

 変な声を上げながら打ち震えてる。

 今日の理子は面白い反応するね。

「うんうん。理子の目に狂いはなかった! よく似合ってるよお姉ちゃん」

「理子が選んでくれたんだよね。ありがとう」

 私が笑顔でそう言うと、理子は顔を赤らめながら視線を逸らす。

「あ、そうだ! お姉ちゃん、記念写真撮ってもいいかな?」

 急に理子はデジタルカメラを見せながら私にそう聞いてくる。

 まあ、元々そのつもりで持って来たんだろうけど……

 う~ん……写真かあ。

 証拠にならないといいんだけど、理子の頼みだし、仕方ないかな?

 それに知られたら殺せばいいんだよね。

 死人に口無しだよ。

「うん、いいよ」

「どれ、僕が撮ってあげよう」

 私が承諾した後にお父さんが撮影に買って出た。

「お~、世界一の探偵の撮影とか滅多にないね」

「僕の推理力を持ってすれば一番良い写真を撮る事も可能だからね」

「なんて言う推理力の無駄遣い。そこにりこりん痺れる憧れる~!」

 そんなやり取りを二人はする。

 それから理子からデジタルカメラを受け取りお父さんは電源を入れる。

 どう見ても盲目には見えないよね~。

「そうだね……向こうに並ぶと良い。そこが一番よく写る場所だからね」

「うっうー! ラジャー! お姉ちゃん行こ」

 随分とご機嫌なのか理子は私の手を引いて()かす。

 別に逃げたりしないんだから。

 そして、お父さんの言われた場所に着く。

「いいかい?」

「モチのロンだよ! お姉ちゃんもほら、ピースピース」

 私の腕に自分の腕をからませながら理子は言う。

 さっきからご機嫌だね。

「ん、いいよ。お父さん」

「Say cheese」

 英語圏の『ハイ、チーズ』を言いながらお父さんはシャッターを切る。

「ふむ、これでどうだい? 理子君」

「どれどれ~」

 理子がお父さんへと駆け寄り、カメラを受け取って写真を確認する。

 その後に理子はまたしても感動してるのか、「おお~」と言いながら目を輝かせてる。

「気に入ったようだね」

「とってもだよ」

 カメラを大事そうに胸に抱えながら理子はクルリと踊るように回る。

「早速、写真にしないと! ありがとうね、お姉ちゃん!」

 そう言って理子はスキップしながら部屋を出て行った。

 さっきまでショック受けてたのはどこにいったのかな……多分、様子からして忘れてるんだろうな~

「やはり若いと言うのはいいね」

 さっきの理子の姿にお父さんは羨むような視線をしながら言う。

 見た目だけならお父さんも充分に若いんだけどね。

「取りあえず、着替えて向こうに行く事にするよ」

「そうだね……楽しんでくるといい」

 私もそこでお父さんと別れる。

 楽しみだな~。

 そう思いながら私は自分の部屋へと戻った。

 

 ◆       ◆       ◆

 

 土曜日、霧と約束をした日だ。

 今日は、上野にある緋川神社で夏祭りが開催されている。

 そこは武偵達がよく利用する神社として有名だ。

 魔除けならぬ弾除けのお守りがあるのもここぐらいのもんだろうな。

 とにもかくにも、日頃から積み重なったツケを返す方法がこれくらいしか思いつかなかった訳なんだが……

「出かけるのか?」

 玄関で準備をしていると、涼しそうな着流しをしてるウチの爺ちゃん――遠山 (まがね)が尋ねてくる。

「ああ……まあな」

 少し振り返って、はぐらかしたような曖昧な返事をする。

 女の子と夏祭りに行くなんて言ったら……爺ちゃんの事だ、絶対に何かしら言ってくるだろう。

 ――キラン。

 何だ? 今、爺ちゃんの目が怪しげに細められたぞ。

「さては……女子(おなご)か?」

 一瞬で的を射てきたぞ……だが待て、遠山 キンジ。

 ここで動揺すれば、一瞬でバレる。

 パートナーから散々学んだだろう。 

 何でもないように取り繕うんだ。

「……違うよ」

「なら、金一が言っておった相棒と行くんじゃな? なんでも短髪の快活な女の子らしいではないか」

 兄さあああああああんっ!!

 なんで爺ちゃんに話したんだよっ!!

「キンジよ。お主も男ならこの夏祭りに仲を深める――ごふっ!」

 ドスッ! と、そんな鈍い音が聞こえてきたかと思ったら爺ちゃんは前のめりに倒れた。

 そして、爺ちゃんの後ろにはウチの婆ちゃん――遠山 セツがいた。

 婆ちゃんは倒れた爺ちゃんを気に掛ける事もなく俺の傍に来る。

「この季節、虫は多いからねえ。ちゃんと虫除けスプレーをしてから行っておきなさい。それと、他の"悪い虫"にも気をつけなさいね」

 俺を気にかけるよりも爺ちゃんを気に掛けた方がいいんじゃないだろうかと思ったが、復活したらしたらで面倒そうなので放置しておく。

「ああ、ありがとう婆ちゃん」

 きちんとスプレーをして、財布と武偵徽章(きしょう)と武偵手帳、ベレッタをホルスターにいれておく。

 武偵は常在戦場とか訳の分からん事を言ってたからな。 

 徽章と手帳はともかく拳銃まで常日頃に持ち歩く事を武偵では義務付けられている。

 とっさの事件に反応できるように、と言う事だろう。

「それじゃあ行ってくるよ」

「気をつけて行きなさいねえ」

 婆ちゃんに見送られながら、玄関を出る。

 するとさっき帰ってきたばかりの兄さんが縁側から顔を出した。

「キンジ。霧と一緒に緋川神社にいくのか?」

 唐突に掛けられた問い。

 霧のことを知ってる兄さんにはさすがに誤魔化せないな。

「まあ……な。アイツには色々と借りもあるし、今日で少しでも返せればいいなと思ってる」

「そうか……」

 何だか、微妙そうな顔だなと思ってると兄さんは此方に微笑みかける。

「粗相のないようにな。お前のことだ。女性が絡むとすぐにトラブルに巻き込まれるからな」

「酷い言いようだ……」

「まあ、今日は精々楽しんで来い。もちろん、彼女を退屈させないようにな」

「分かってるよ」

 そう答えて俺は霧との待ち合わせ場所になっている巣鴨の駅へと向かうのだった。

 

 ◆       ◆       ◆

 

 遠ざかって行くキンジの後ろを見ながら、俺はため息を吐く

 白野 霧――か。

 あれから法に触れない程度に彼女の事を調べてみたが……書類上に不審な点はない。

 つまりは、白だ。 

 彼女と初めて会った時に見せてもらった拳銃。

 ジャックが持っていたのと同じ物で同じ場所に傷があったのは単なる偶然だったんだろうか?

 今の俺には分からない。

 俺の勘は怪しいと言っているが、決定的な証拠は何もない。

 いや……彼女の私物を調べれば何かしら分かるかもしれないが、それではキンジに迷惑がかかる。

 キンジ自身も彼女の事はそれなりに信用している。

 それなのに俺が彼女の事を疑って掛かってしまえば、色々と問題になるだろう。

 今のところは彼女に不審な動きはない。

 それどころか、キンジが少しずつ成長してるのが分かる。

 彼女と出会ったおかげだろう。

 ――素直に良いパートナーだと思う。

(俺の考え過ぎか……)

 やはり、神経質になり過ぎてたのかもしれない。

(今度会う事があれば謝罪しよう)

 何にしろ勝手にあのジャックだと思って、疑ってしまった訳だからな。

 そこら辺の事は伏せておいて謝罪しよう。

 それとは別に話してみたいと言う思いもある。

 普段は同僚に専門的な医療の話をしてもあんまり分かって貰えないのだが、霧は博識だったな。

 キンジと同じ歳だと言うのに、驚きだ。

 どんな時代にも天才はいるものだな……

 月を見上げながら俺はそう思った。

 

 ◆       ◆       ◆

 

 巣鴨の駅に到着してからと言うものの、俺は霧の姿を探していた。

 メールによればもう来ているらしいのだが……

 一体どこにいるのか、さっぱり分からん。

 夏祭りがあるせいかいつもよりも人が多い。

 こう言う人混みの中、人を探すのは骨が折れるんだよな。

 そう思っていると携帯が震える。

 開いてみればメールの着信で、相手は霧だ。

『私は見つけたけど、キンジは見える?』

 そんな内容だった。

 おそらく近くにいるんだろうが、周りを見回しても霧の姿は見えない。

 引き続き着信が来たかと思うと――

『左後ろ』

 それだけ本文に書かれていた。

 つまり、今見てる方向の左後ろにいると言う事だろう。

 そう思って見れば――

「やっほ~」

 目の前に霧の顔が飛び込んできた。

「うおっ!?」

 思わず驚いて携帯を落としそうになる。

 普通に現れられないのかよ! そう言おうと思って霧に言おうとして、その姿を改めて見て――言葉に詰まった。

 予想外過ぎた。

 まさか、あの霧が――"浴衣姿"で現れるなんて……

 

 

 霧の浴衣姿に驚きながらも、何とか緋川神社に到着した。

 いつもと違う感じに思わずヒスりそうになったが上手く(とど)められた。

「賑やかだね~」

 そう言いながらカランコロンと下駄の音を立てながら、俺の隣を歩く。

 ピンクの浴衣と桜模様の刺繍が映える。

 桜は日本の花だしな。

 年中を通して着ても何ら不思議はない。

 遠山家にとっても縁起のいい花だからな……ご先祖様的な意味で。

 だが、今の俺には危険要素が満載過ぎる。

「どうしたのキンジ? そんなに見つめて」

 お前、絶対分かって聞いてるだろ。

 ニヤニヤと言った感じに霧は目を細めてイタズラっぽく微笑む。

「まあまあ、安心してよ。そんなにべったりくっつかないから」

「それはありがたいんだが……」

 見てるだけでも充分に危険なんだよな。

 ……あんまり考えないようにしよう。

 そもそも今日は霧に借りを少しでも返すと言う名目で来てるんだ。

 楽しんで貰わなきゃ意味がない。

「そうだ、霧。何か食わないか?」

「うん? そうだね~。おススメとかあるの?」

「あ~、ばくだん焼きがあるな」

 武偵に爆弾とか縁起でもないが、毎年人気があるらしい。

「たこ焼きは知ってるけど、ばくだん焼きって?」

「ようはたこ焼きがでかくなった奴だ。確か、一つで8個分らしい」

「いいね。じゃあ、お願いしようかな」

「分かった。だけど、人混みの中を歩く事になるがいいか? 別に俺が買ってきてもいいが……」

 霧は浴衣だしな。

 それに下駄だと歩きにくいだろうし、ふとした事で転びかねないぞ。

 …………。

 何だろうなこの違和感は――

 ……ああ、そうか。

 普段から俺の方が気に掛けられてるし、守って貰ってるからか、逆に俺が霧を気に掛ける事ってあんまりなかったからな。

 考えてみて思ったが、情けないな……俺。

「じゃあ、そうだね。拝殿の近くで待ってる事にするよ」

「ああ、分かったよ」

 急いで買いに行かないとな。

 そう簡単には無くならないとは思うが、早いに越したことはないだろうし。

 多くの人が行き交う中をかき分けるようにして進む。

 しかし、随分と武偵が多いんだな。

 帯銃してる奴や見知った顔がいるし。

 そんな事を思いながらも何とか目的の屋台に辿り着く。

 肝心の値段は……1個400円か。

 まあ、予算の範囲内だな。

 今回はそれなりにお金は用意してあるし、霧が大食いじゃなければ大丈夫だろう。

 もちろん金銭は俺持ちだ。

 まさか、ヒステリアモード以外で女の子に奢るなんて思ってもみなかったな……

「すみません。レギュラーで2個ください」

「あいよ!」

 威勢のいい若い男性の店員の声が帰ってくる。

 しばらくして目当ての物を袋に入れて貰ってから受け取り、代金を支払う。

 あとは、拝殿に待ってる霧の所へ行くだけだ。

 来た道を戻りながら拝殿に通じる道へと入る。

 家族連れの人たちが俺の横を何人も通り過ぎて行く。

 思わず目で追いながら、子供の無邪気な喧騒(けんそう)を聞く。

 家族……か。

 それにしても家族で夏祭りに来たのはいつだったか……もう、覚えてないな。

 兄さんと一緒に歩く事も最近はあんまりない。

 まあ、武偵庁に勤務してる兄さんだから忙しい分きっと多くの人を助けてるんだろう。

 以前は、ちょっとした病院を建てたと言う話も聞いた。

 本人は大した事はしてないとか言うだろうけどな……

 なんて考えてたらもうすぐ拝殿か。

 夏祭りと言えば、普通は金魚とか風鈴とかの浴衣を着るんだけどな。

 あいつの浴衣の柄は桜だから嫌でも目立つ。

 首を少し動かすだけで、すぐに見つけられたが――

 ……なんだ?

 霧の周りに見知らない顔の男達がいる。

 帯銃してない所を見ると、武偵ではないらしい。

 それよりもこのパターンは任務(クエスト)で見た事があるぞ。

 アレか……ナンパって奴か?

 武偵をナンパしようとするなんて物好きな奴らもいたもんだな。

 だけど、今の霧ならそれも納得だけどな。

 普段のあいつは自由奔放の一言に限るが、今日の霧はお淑やかで可憐さを感じる。

 って何考えてんだ俺は……

「キンジ!」

 此方に気づいたらしい霧が声を上げる。

 それと同時に男達も俺の方へと向く。

 人相悪いな……しかもこっちを見る目がいかにも『あぁん!?』って感じだ。

 だがハッキリと言うと武偵中学にいる教師よりも怖くない。

 あっちは本気の殺気も放ってくるしな。

「と言う訳で、先約がいるから私はこれで失礼させてもらうね」

 霧がそう言って備え付けのベンチから腰を上げる。

「まあまあ、そう言わずに少しぐらい俺たちに付き合ってくれよ。退屈はさせないからさ~」

「じゃあ、丁重にお断りさせてもらうね」

「そう言うなよ。あっちのパッとしない奴よりも俺らの方が良いって」

 進行方向を塞ぎながら男たちは霧に詰め寄る。

 それにしてもパッとしないって……まあ、事実そうなんだろうけどお前らに言われるのは余計なお世話だ。

 しかし、面倒な事になったぞ。

 いくら武偵だからと言っても銃を簡単に脅迫の道具には出来ない。

 今はお祭りの最中だしな。

 安易に出して誰かに見られれば誤解を招いたりパニックの原因になりかねない。

 相手は3人。

 徒手格闘でも充分に対処できるほどの素人だ。

 だが霧は浴衣でその上に下駄だ。

 普段はAランクの武偵であるアイツでもあの格好じゃあ、いつも通りに動けないだろう。

 となるとだ。

 俺が対処する事になるんだろうな……

 兄さんの言った通り、確かにトラブルに巻き込まれたよ……

「あ~悪いが、ウチのパートナーから離れて貰えるか?」

「なんだよ……テメエは」

 不機嫌そうな声を出しながら耳にピアスをしたスポーツ刈りの男が答える。

 俺のベレッタはともかく、武偵手帳ぐらいなら出しても問題ないだろう。

 後ろのポケットに入れてある武偵手帳を見えるように開いて出してやる。

「武偵だ。悪いが、ナンパなら他所(よそ)でやってくれ」

 これで、大人しく引き下がってくれるといいが。

「おいおい、中学生のガキの公僕がなんだって?」

 効果なしか……年下だからって見てると痛い目見るぞ。

 呆れてると、霧から反応があった。

 マバタキ信号(ショートウインキング)で何かを言ってるので、解読すると――

『無力化していい?』

 と、来た。

『出来るのか?』

『Yes』

 どうやら問題ないらしいな。

 あの浴衣姿でどうやるかは知らんが、取りあえず警告はしておいてやろう。

「その、なんだ……大人しく帰った方が良いと思うぞ」

「生意気言いやがって、黙らせようぜ」

「ああ……」

 一人がバタフライナイフを取り出した瞬間に、霧は動いた。

 両方の手刀を振り下ろし、背中を向けていた二人を気絶させる。

 突然にバタリと二人も倒れた事に驚いてる間に、霧は背後にいるスポーツ刈りの男にすり足で肉薄する。

 まるで地面を滑るように移動した霧に男は反応するが、もう遅い。

 左手で男の襟首を掴んで引き寄せながら、右手の掌底で顎を打ち抜く。

 相変わらず綺麗に決まるな……アレ。

 以前の演習でも見た光景、脳震盪を起こして気絶したのだろう。

 あいつらきっと、霧の事をただの綺麗な女の子としてしか見てなかったんだろうな。

 俺が武偵でしかもパートナーって言ったんだから、霧も武偵であるって言うことぐらい分かるだろう。

 そして霧は少しだけ砂埃が舞ってしまったのか浴衣を少しはたくと、俺に向かって悠然と歩いてくる。

 隣で歩いてる時には気付かなかったけど、随分と様になってるな。

「お待たせ」

「あ、ああ……」

 思わず生返事になってしまった。

 見惚れてしまったとかそういう訳じゃないぞ……断じて。

「えっと……あいつらどうするんだ?」

「まあ自業自得って事で、放置でいいんじゃない? 恥を掻いた方がきっと大人しくなるでしょ」

 いや、逆効果な気もするが……自業自得って言うのには変わりないか。

 霧は3人組に目もくれずに俺の手を引いて行く。

「目的の物はちゃんと持ってきてるんでしょ。冷めたら困るから早めに、ね?」

「分かったから引っ張るな」

 手を引かれながら先程とは違う備え付けのベンチへと座る。

 そして俺が買ってきたばくだん焼きをお互いに頬張る。

「成程ね~。人気って言うのも納得の味だね」

「こう言うの食べるの俺は久しぶりだけどな」

「キンジはこう言うお祭り騒ぎは嫌いそうだからね」

「いや、そう言う訳でもないんだが……」

「でも、当たらずとも遠からず。でしょ?」

「……まあな」

 人が多いところ、つまり女子も多い訳だからな。  

 それにこう言う事を楽しむ相手もそんなにいる訳でもない。

「随分と寂しいね~キンジは」

「放っておいてくれ……」

「いけないね~。キンジは人生を損してるよ。色んな人がいるから世の中は面白いのに、自ら人と関わって行かないなんて」

「俺はお前とは違うんだよ……」

 霧みたいに明るくするのは苦手だ。

 俺のその発言に、霧はキョトンとした顔をする。

 なんだ? 俺何か変な事言ったか?

「なに当たり前の事言ってるの? ま、キンジがそれでいいのなら私は構わないけどね」

 くすり、と小さく笑いながらいつの間に食べ終えたのか、立ち上がってプラスチックの容器をゴミ箱へと入れる。

「ほらほら、私を退屈させると……怖いよ?」

「分かったよ」

 ちょうど食べ終わったので、俺も霧の後へと続く。

 いくつも出店を回りながら時には舌鼓を打つ。

 徐々に俺の財布の厚みも減って行くが……まあ、問題ないだろう。

 帰りの分の電車賃ぐらいは確保してる。

「随分と店を回ったな」

「もうそろそろ終わりかな?」

「そうだな……」

 霧の言うとおり、いつのまにか時間が経っていた。

 もう神社には来た時ほどの喧騒は無い。

 人の姿も少なくなっている。

 祭りの終わりって言うのはこうして見ると寂しいもんだな……

「今日は、楽しかったよキンジ。こう言った事は初めてだったからね」

「初めてだったのか? てっきり、こう言うのは結構参加してるのかと思った」

「ただ単に今まで興味がなかっただけだよ。それに色々と忙しかったし」

 忙しかった、か……そう言えば、病弱な姉のために稼いでるんだったな霧は。

 なら、あまり触れてやらないでおこう。

 その時にドォン! と言う音と共に空が輝く。

 見上げれば色とりどりの華が空に咲いていた。

 そう言えば、花火もあったんだったな。

 しかも何気にちょうど見える。

 穴場だったのかもしれない。

 ラッキーだったな。

「た~まや~ってね。……ああ、そう言えばキンジ」

「……なんだ?」

「東京武偵高に行くんだよね?」

「まあ、な。腕を磨くのに打ってつけだし、寮もあるからな」

「じゃあ、これからもよろしく……だね」

 よろしく? それって――

「お前も、なのか?」

「そうだよ。てっきり中学だけの付き合いだと思ってた?」

 今まで考えてなかった……訳じゃないが。

 さすがに同じ高校とまでは行かないだろうと考えてた。

 素直に嬉しいと言えばいいんだろうが……さすがに恥ずいぞ、それは。

「だからキンジ――これからもヨロシク、ね?」

 ――ドォン!

 手を差し伸べながら笑顔でこちらに向いてきた霧の背後で大輪の花が咲く。

 その姿はとても幻想的だった。

「ああ、よろしく」

 俺はその手を取り握手した。

 俺にとってはもったいないパートナーだよ、お前は……

 

 だけど、結局俺は知らなかった。

 彼女の事を、何も――

 

 最高の相棒(パートナー)だと思ってた……この時は――

 




浴衣の描写なんてどうすればいいか分からん。
と言うか、衣服類には詳しい訳ではないのでどう描写したらいいのか悩みどころ。
まあ、ネットがあれば調べれば何とでもなる。
そして、金一がいくら調べたところで世界一の探偵に死角など無かった。
さて、次回で第1章に区切りをつけたいと思います。
ジルのお姉ちゃんとは誰か?
それを描写したいと思います。
え? ほのぼの? 何を言ってるんですか、原作に入って進む度に悲惨になる……予定ですよ。

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