理子「お断りします(AA略」
入学してから早くも10日。
日常的に変わりは無く、私が殺人鬼って事を忘れてしまいそうなくらいに学校生活を謳歌してる。
いや、殺人衝動はあるから休日には色々と
「ふあ~あ……」
「随分と暢気だな」
アクビ一つすると、キンジが隣の席で呆れた顔をする。
「だって、今は昼休みだしね。それにお昼の後には実習授業がない場合トレーニングのノルマを達成すれば、あとは自由だし」
「確かにな。でも、
キンジの言う通りなんだよね。
どうやら、私が思ってたよりも私とキンジのコンビは
特にキンジは、注目されてる。
Sランクだし当然と言えば当然なんだけどね。
「ま、その時はその時ってことで……それに教務科から依頼とかを指定された時は単位とか美味しいでしょ?」
「その通りだよ。遠山くん」
と、優男の
いつの間にやらキンジとはそれなりに良好な関係を結んでいるみたい。
この人も
なにせ、一般的な観点で見ればイケメンだからね。
それに話し方が様になってる。
性格的にも、強襲科では珍しい部類なんだよね。
「割り込んでゴメンね。気になる話を二人でしてるみたいだったからさ」
謝罪も忘れないとは、随分とマメな人だね。
「気にしてないから、別にいいよ。それに、キンジは非社交的だからむしろ相手側から近寄らないと……色々と、ね?」
「成程ね。色々となんだ」
「そう。色々と」
「おいお前ら、その本人の隣で何を話してる」
キンジはそう冷静にツッコミを入れてくる。
「ところで、話を戻すけど」
「おい」
キンジの言う事を華麗にスル―して、不知火は話を進める。
なかなかに
「確か、教師から指名があっての依頼は余程の事がない限り拒否は出来ないんだよね」
「耳が早いね~」
「これくらいは当然だよ」
笑顔で不知火はそう言うけれど、私の隣の人は知らないっぽい。
「キンジはもちろん、知ってるよね~?」
「すまん、知らなかった。と言うか、霧。確信犯で聞いてくるなよ」
それはいつもの事でしょ。
「はは、いいコンビだね。白野さんと遠山くんは」
微笑みながら、不知火は私とキンジをそう評価してくる。
しかし、教師陣からの依頼か。
まあ、武偵と言う組織に属してる以上は従うけど……本来なら命令とか頼みとかは気に入った人以外はあんまり聞きたくないんだけどね。
と、話が逸れた。
「それで、拒否できない代わりに報酬や単位はかなり貰えるんだよね?」
「そう聞いてるよ。でも、1年で教師たちから指名される人はそれこそ
「……マジか」
不知火に言われて、キンジは反応する。
自分でも呼び出されるかもしれないって言ってたでしょ。
「それと、白野さんも遠山君と一緒に呼ばれるかもね」
「まあ、コンビだからあるだろうな~とは思ってるよ」
一応は中学から引き続き、パートナーとして話は通ってる。
あり得ない話じゃない。
それはそうとして――
「ところでさ……背後から視線を感じるんだけど、気のせいかな?」
何となくだけど、星伽さんが見てる気がするんだよね。
「いや、気のせいじゃないよ」
不知火がそう言うので、背後を振り返ってみると案の定だった。
教室の後ろの扉から顔を出して何かをブツブツと呟きながら、私に怨嗟の視線を送ってくる。
読唇術で読み取ると、
「キンちゃんはただのパートナーって言ってたけど、怪しいよ。うん、そうだね白雪。間違いなく怪しいよね」
とか、言ってる。
嫉妬深いと言うか何と言うか。
そう思っていると、突然に驚いた表情をした瞬間に星伽さんは引っ込んだ。
私の視線に気づいて、って訳ではなさそうだね。
「今の白雪か? 一体、何やってんだ?」
隣にいるキンジがそう言って、私と同じ方向を見ている。
なるほど……キンジの視線に気づいたから引っ込んだのか。
「ねえ、白野さん」
「どうしたの?」
「遠山君って、もしかしてアレ……なのかな?」
キンジには聞こえないようにして不知火が私に耳元で話し掛けてくる。
『アレ』って言うのは、単純に察しが悪いって意味だろうね。
もしくは鈍感。
10日とは言え、星伽さんがキンジに向けてる感情がどんなものかは、大体の人は分かってる。
だって、アピールが露骨過ぎるんだもん。
「そうだね。簡単に言えば、察しが悪い方だよ。主に女性関連で」
「そうなんだ、納得したよ」
ニコリと私に不知火は微笑みかける。
それから私は何気なく時計を見るとどうやら、昼休みはもうすぐ終わりだね。
「っと、話してたらそろそろ時間だよ」
「本当だね。遠山君、一緒に行かないかい?」
「あ、ああ……」
キンジは生返事を返しつつ、さっきのはなんだったのか、みたいな感じで星伽さんがいた場所を見ている。
この察しの悪さは、何かしらの誤解を生みそうだね。
それはそれで、面白いけど――
そして、場所は
今日は徒手格闘の組み手で、蘭豹などの教師陣は見学しながら指導すると言う感じ。
だから誰と戦うかは自由なんだけど……
「よーっし! 行くよ、キーちゃん」
よりによって理子が相手か。
別に良いんだけどね。
手加減もしやすいし、実力を隠すにも打ってつけだし。
まさか、同じ
知ったのは入学してからだけど。
入学試験の時にもいたみたいだけど、全然気付かなかったよ。
「いつでもどうぞ」
と言うより、合図なんていらないんだけどね。
よーい、ドンで戦闘が始まる訳じゃない。
不意打ちでも何でもすればいい。
まあ、今回は格闘オンリーだから……不意を突けるのは体の動きだけ。
ついでにどれくらい理子が動けるかチェックしておこう。
そして一瞬だけ、理子の眼が鋭く変わったかと思うと地面を滑るようにして間合いを詰めてくる。
八極拳の
確か、格闘はココからの受け売りだったね。
踏み込みと同時に繰り出される正拳突き。
意外に速くなってるけど――
捕らえきれない速度じゃないよね。
「……え?」
バンッ!!
そんな音と共に、理子は背中から落ちた。
自分が仰向けに倒れてるのが分からないっぽい。
今のは単純に勢いを利用させて貰って、背負い投げを決めたんだけどね。
理子が呆気に取られてるのも一瞬ですぐにバネ仕掛けのようにして跳ね起きる。
そして、再び距離を詰めたかと思うと今度は連撃。
掌底、肘打ち、足技も組み合わせた、まさしくクンフーの動き。
だけど、ちょっと熱が入り過ぎだよね~。
さすがに髪を操る
「くふっ、やっぱり強いね」
「お褒めに預かりどうも、っと」
理子の笑い方からして、少しばかり戦闘による興奮状態に入ってきてるのは明らか。
これは、早急に終わらせるのが得策だね。
どっかでボロが出ても困るし。
飛んできた右の正拳を受け止めて、その肘に左拳を叩きこむ。
ちょうどファニーボーン――医学的な名称は
つまりは肘を打った時に痺れる、人間の中でも体の浅い部分を神経が通ってる部分を刺激した。
「……っ!」
目に見えて怯んだ理子をすぐさま足を引っ掛けて倒す。
そして、十字固めで腕を引き伸ばす。
「イタイタイタイタイッ! ギブギブ!」
バンバン、と理子は床をタップをする。
「ほう、やるやないか」
いつの間にやら蘭豹が私の傍に来ていた。
「恐悦至極です♪」
なんて、笑顔で受け答えながら理子を解放する。
「うえ~、キーちゃん容赦なさ過ぎ~」
なんて言いながら理子がのそりと起きる。
「峰 理子もなかなかええ動きやった。と言う訳で、敗北者サービスとして特別にウチの相手や」
「え? なにそれ理不尽」
「つべこべ言うなや!」
「キーちゃん、ヘルプ!」
ん~……どうしよう。
なるべく、ここでの味方は作っておきたいから他の人とも戦っておきたいんだよね。
だから――
「頑張ってね」
「ガッデム!」
そのままズルズルと理子は蘭豹に引き
まあ、死にはしないから大丈夫でしょ。
そんな感じで今日は過ぎて行った。
◆ ◆ ◆
酷い目にあった。
あれから、あたしはここの教師である蘭豹に
いや、イ・ウーでのお姉ちゃんよりはそれでもマシだけど、辛いものは辛い。
それは置いて――遠山 キンジ。
あたしのお姉ちゃんの
マジ、ぶっ殺す。
って言いたいんだけど……残念ながら、お姉ちゃんがそれなりに気に入ってるからあんまり手出しできないんだよね。
何にしてもカナちゃんの弟、実力は申し分無し。
オルメスのパートナーにも打ってつけだろう。
問題は、お姉ちゃんをどう説得するか……なんだよね。
オルメスと遠山 キンジを引き合わせたいって言って素直に頷いてくれるかどうか怪しいところ。
取りあえずは、お姉ちゃんに会おう。
お互いに報告って感じで女子寮前の温室で落ち合う事になってる。
そして、報告の後に引き合わせについて話そう。
元々はそう言うつもりで、お姉ちゃんを誘ったんだし。
扉を開けて、バラ園を囲う柵に腰掛けてるお姉ちゃんを発見する。
「来たね、理子」
あたしが声を掛ける前に気づくのは、相変わらず。
私も隣へと腰掛ける。
「さてと……お互いに報告って言ってもする事なんてあんまりないけどね」
「だよね~」
お姉ちゃんの言うとおり、これといって言う事がない。
「ただ、今日はちょっと本気出しかけてたでしょ?」
「ごめん」
今日の組み手で確かに熱が入り過ぎてた。
「まあ、それはいいよ。別に問題じゃないからね」
問題じゃないんだ……
「ただ、お互いに特に報告する事も無いのに呼んだのは、別に話す事があるんじゃないかな? とか、思っちゃったりするんだよね」
そして察しが良過ぎる。
「ああ、うん。確かにそうなんだけど……」
あたしとしては機嫌を損ねないか、とか心配なんだよね。
迷惑じゃないかどうかなんて、既に考えるのはやめてる。
黙ってブラドと取引してる時点で充分に面倒な事なんだ……
「言いにくい? 別に、怒ったりはしないから安心してよ」
いや、お姉ちゃん今まで怒ったこと無いじゃん。
そもそも怒り、って言う感情自体が無いから怒りようがないって言う感じだし。
ともかく……少し、遠回しに言って見るしかない。
「その、オルメスって大体はワトソンがいるでしょ? 今までもそうだったし」
「そうだね」
「だから、神崎・H・アリアのワトソン役にキンジを引き合わせたいなと思って……」
「それで因縁に決着を着けたいと?」
「そう言う事なんだけど、お姉ちゃんが大丈夫かな? って思って」
お姉ちゃん、アリアとは気が合わないとか言ってたし。
そんな気が合わないアリアにお姉ちゃんが気に入ってるキンジを引き合わせたいなんて、正直な話としては気が進まないけど。
それでも、あたしが解放されるにはこうするしかない。
「ふうん……なるほどね」
お姉ちゃんの一挙一動が気になる。
思わず、息を呑む。
「うん、別に良いよ」
――あれ?
思ったよりも、あっさり。
良いの? こんなにあっさりと話が通っちゃって。
理子的にはラストダンジョンに立ち向かう勇者的な心持ちで聞いたんだけど……
「……なんか、失礼な事考えてない? まあ、私のやってる事と比べれば失礼も何もないけど」
「そ、そんな事はないけど……でも、思ったよりもあっさりだったから」
「確かにアリアとは気が合わなさそうだよ? だけど……アレはアレで楽しみ甲斐がありそうなんだよね」
お姉ちゃんらしい理由だった。
表情からして主にサディスティック的な意味で。
「ただ、まあ……そうなるとホームズはともかくワトソン役のキンジが問題かな?」
「問題って?」
「理子が勝てる見込み」
そう言う事か――
確かに厳しいだろうけども、勝てない相手じゃない。
カナちゃん程に洗練されてる訳でも、経験が豊富な訳でもない。
それに時間はまだある。
「くふっ、大丈夫だよ。ただの武偵に理子は負けないって」
「うんうん、自信があるのは良いよ。ただ、過信はしないようにね」
「分かってるよ。おねえ――」
「はーい、Stopだよ理子。ここでは白野 霧であって、お姉ちゃんではないよ」
「……分かってる」
こんな時でも変装のキャラはしっかりしてるよね。
ただ……少し寂しくはある。
「なに、その寂しそうな感じは」
お姉ちゃんはマインドスキャンでも使ってるの?
「別に、寂しそうには言ってない」
と、言いつつも図星なので誤魔化すようにさっき買ってきたいちご牛乳を飲む。
「そうかな~? 私にはせっかくの学校生活なのに家族として過ごせない寂しさがあるように思えるんだけど」
「ぶっ――」
思わず少し吹き出した。
「なんでそんなに具体的なのッ!?」
「家族だしね~……それに、私の洞察力とか観察力を忘れた訳じゃないでしょ?」
「まあ、そうだけど」
洞察力とかなかったら他人に成り済ますのなんて不可能だし。
「あと、人には秘密があるのが当たり前だけど……それとは別に理子は、私に何かを隠してるんじゃないかな?」
ドクン……!
と、私の心臓が動揺して跳ねる。
やっぱり、怪しまれてた……?
だけどここで話す訳にはいかない。
それじゃあ、意味が無い。
何か……話さないと。
「………………」
ダメだ。
言葉が――思いつかない。
下手に言ったら余計にボロが出る。
「理子、私の目を見て」
静かにお姉ちゃんが囁く。
その囁きに無意識に思わず真正面から見てしまう。
変装してるから外見はもちろん違うし、声も若干が変えてるけど、中身はほとんど変わらない。
「ねぇ、そんなに話したくない? それとも、私じゃあ力にならない?」
……違う。
お姉ちゃんに頼って、ブラドから解放されたんじゃ意味が無いんだ。
影に隠れてるのが嫌になった私のワガママなんだ。
「話して欲しいな。困ってる事なら私が全部解決して上げるよ」
耳元でそんな風に言われると抵抗できなくなる。
全部喋ってしまいたくなる。
「理子は私の事が好き?」
「い……いきなりなに?」
突然の話題にあたしは戸惑う。
「私は理子の事が……好きだよ」
う、うわ……ヤバい。
顔が熱くなる。
そんな事を囁かれたら――堕ちる。
「だから、もし理子が私の事が好きなら……全部話して欲しいな」
ゾワリゾワリと、あたしの背中が震える。
変な感覚になってる……何も考えずに本当に全部喋ってしまいそうになっちゃう。
「あ……うあ……」
何とか堪えてるけど、もう無理だ……
口が勝手に動く。
これ以上は――
「これ以上はやめておくかな?」
急に雰囲気が変わった。
「……え?」
「いや、このまま聞き出しても良いんだけどね~。だけど、我慢してまで話したくないって言うのならさすがに聞かないよ」
それを聞いた瞬間、脱力。
あ、危なかった……けど、助かったのか助かってないのか分からない。
「ま、話したければ話してもいいし、話さなくてもいい。別に興味がないとかじゃないけど、強制はしない」
いや、半ば強引な方法でさっき聞き出そうとしてた気がするんだけど……
気にしたら……ダメだよね。
「それに、お互いに秘密があった方が面白いからね」
そっちが本音な気がするのは何でだろう。
「それで、他に何か私に話す事は?」
「な、無いよ……」
「そっか。それじゃあ、今日はこの辺にしておくかな? それじゃあ、お先におやすみね」
そう言って、お姉ちゃんは少し機嫌がよさそうに去って行った。
そして、一人残されたあたし。
「うあ~……すごい罪悪感」
何故か話さなかった事に、安心よりも後悔を覚えちゃうよ。
それよりもお姉ちゃんの話術がヤバかった。
あのまま続けられてたらきっと、関係ない事までペラペラ喋っちゃいそうだったよ。
文字通りあたしの全てを吐き出すところだった。
何と言うかお姉ちゃんは、ジャンヌやパトラよりも魔女っぽいよ。
魔性の女って言う意味で……
あ~、お姉ちゃんのさっきの言葉が脳内再生される。
『私は理子の事が……好きだよ』
その瞬間に、あたしの顔が熱くなるのが分かる。
うわ~、さっきので秘密の花園を開けて目覚めちゃいそうだ。
あたしに同性愛の属性なんて無い。
そう言う趣味があるのは同期の夾ちゃん(夾竹桃)だけで充分だよ。
うん、目覚めてなんか無い。
断じて……無い。
………………。
やめよう。
強調してると、何か自覚してるっぽく聞こえる。
今夜は、眠れる気がしない。
定期的に書いてないとなかなかに続きませんね。
2週間以上も経ってしまった。
それと、理子が最初に強襲科(アサルト)であった事を忘れかけていました。
一応は夏あたりに時系列が飛ぶ予定ですが、それでも原作までの道のりはまだまだありそうです。