それから私はお父さんに研究所の破壊と研究員を抹殺した旨を伝える。
一通り報告は済ませたし……今日は眠いし帰ろうかな?
そう思っておやすみ、と言ったあと、お父さんに背を向けた時だった。
「待ちたまえ、ジル君。もう一つ、君に頼みがある」
「うん?」
珍しいなあ~。連続で任務なんて……でも待てよ、任務じゃなくて『頼み』だから別件なのかな?
なんて考えつつも、再びお父さんに向き合う。
「
「そうなんだ。で? で? どんな頼みなの? 早く教えてよ」
お父さんが任務とは別に私に頼み事するなんて、治療以外なかったから結構楽しみなんだ。
「はは。まあ、落ち着きたまえジル君」
お父さんは、にこやかな微笑みで私にそう言った。
まあ、ちょっと楽しみにしすぎたかな?
「頼みと言っても、簡単な話だよ。君にある人物とパートナーになって欲しい」
「パートナーか~」
実際に組むのはいいけど、あまりつまらないと殺しちゃうかもしれないけどいいのかな?
私について来れると言うか、気が合うのは理子だけど。
そう言えば、理子も結構強くなったな~。
お姉ちゃんは鼻が高いよ。
「大丈夫だよジル君。君としても彼を気に入るはずだ」
「んん~。お父さんがそう言うなら間違いないんだろうけど、資料とかあるの?」
「ああ、僕の手元にあるのがそうだ」
私はお父さんに近づき、机の上に置かれた資料を手にとって見る。
え~と、名前は……『遠山 キンジ』か。
これはこれは。
「金一の弟さんか」
「その通りだよジル君。遠山 金一を勧誘した君なら当然、その弟も知っているだろう」
「うん。直接は会ってないけどね」
金一は私の中ではお気に入りの部類だ。
だから、その弟である彼も気になってる訳なんだけど……
「ねえ、お父さん」
「なんだい?」
「キンジ君のパートナーになればいいんだよね?」
「その通りだよ」
「じゃあ、イ・ウーに勧誘するの?」
「勧誘ではないよ」
「じゃあ、どうやってパートナーになるの?」
私の疑問にお父さんはパイプを吸い、間を置いた。
一瞬の静寂が部屋を支配した後、お父さんは煙を吐きそれから答えを言った。
「君が彼のいる場所に行くのだよ。ジル君」
……彼のいる場所――まさかね。
答えは手元の資料にある訳なんだけど。
「……神奈川武偵付属中学」
「そう。君はこれから『武偵』として彼とパートナーになって貰いたい」
「………………」
再び静寂が訪れるが今度は長い。
今の私が感じているのは脱力感、もしくは虚脱感、そして絶望感。
武偵――武装探偵の略で、目の前にいるお父さんのような戦えて、犯人を追いつめることのできる探偵を育成する機関。
私のような殺人鬼を謳ってる者とは対極の存在のような感じ。
何よりも耐えがたいのは――
誰も殺せない……
武偵法9条に確か殺人の禁止を明記してたはず。
つまり、私の生き甲斐が奪われる。
もっと、色んな人を観察したいのにそれができないとなると死活問題だよ。
でも限界まで我慢した後に誰かを殺したらすごく快感を得る事が出来るんじゃないか? なんて、思ったりもしたけどやっぱり我慢は良くない。
でも、組織に属する以上その組織の規則を守らないと怪しまれるし、一体どうしたらいいんだろう……
と、私がうんうん悩んでるとお父さんが微笑みながらこちらを見ていることに気づく。
「え~と、なに?」
「ジル君が心配していることは自分の性質のことだろう。なら、心配はない。いつも通り定期的に君に任務を与える。それをこなせば君の殺人欲はある程度抑えられるだろう」
「そっか、じゃあ安心だね」
「それに、僕としてもそろそろ君には外の世界をもう少しゆっくり見て来て欲しくてね。これを親心と言えばいいのか僕には分からないが」
「うん。ありがとうお父さん」
「部屋に戻って早速準備をすると良い。もう、手続きは済ませているから」
「うん、分かったよ」
それから私は
しばらく艦内を歩いてると、無骨な鉄の通路の向こう側に見慣れた人影が右から左へと通ったのを発見した。
こっちを見てた訳じゃないから、多分気づいてない。
ちょっと驚かせてみよっかな。
静かにかかとから踏み込み、音が出ないようにして小走りする。
行き止まりの通路を左に曲がると、目標の人物の背中をとらえた。
距離は5メートルほどかな?
小走りじゃなく、早歩きで目標に近づく。
すぐにその距離は縮まり、腕が届く距離になった。
「やあ、ジャンヌ」
「うわああああああ!?」
両肩を掴んで声を掛けると、彼女は肩を大きく跳ねあげる。
その瞬間、私の両手を振り払い大剣であるデュランダルが顔の右側から迫る。
だけど、慌てる必要もないし避ける必要もない。
風を切るような速さで迫ってるけど、私には見える。
その大剣デュランダルを左手の中指と人差し指で挟み、止める。
渾身の力、と言う訳ではないけどそれなりに勢いがあったのにピタリと剣が止まったことに驚きの表情を浮かべてるのはジャンヌ・ダルク30世こと、ジャンヌである。
ふふ、驚きに満ちた良い表情だね。
「!? ――何者だ!?」
「嫌ですねえ。いい加減、慣れてくれると嬉しいのですが」
私は優男で気障な少年を演じる。
まあ、いつも
なんてったって、私の本当の顔を知ってるのはお父さんも含めて3人だけだからね。
「……ジャックか」
「そうですよ。思い出していただけましたか?」
「思い出すも何も、いつも違う姿ではないか。この間は東洋系の成人女性のような姿だったと思うが?」
「そう言えばそうでしたね。いやはや、失敬。なにぶん、顔が多いものですから」
と、大袈裟なジェスチャーを加えながら話す。
きっと、他の人から見ると舞台の演出家のようなイメージになんだろうな~、とかぼんやりと考えてると、
「ところで、私に何か用か?」
ジャンヌが顔には出さないものの不機嫌そうな口調で聞いてきた。
「いえ、特に用とかはありませんよ。ただ見かけたので、少々驚かしてみたかっただけですので」
そうあっけらかんに言うと、ジャンヌは少しジト目になった。
悪いね。本当に特に用はないんだよ。
「おやおや、その様な表情は似合いませんよ。貴女のような方には、女神のような微笑みが似合います」
私がそんなくさいセリフを言うとジャンヌは――
「ジャック……本当のお前はどれなんだ?」
と、突然真剣な表情で聞いてきた。
本当の私か~……お父さんとかと二人きりの時がそうなんじゃないかな?
実際、本当の私なんて私にも分からないし、分からなくても特に問題はない。
ただ、これだけは言えるかな?
「本当の私はありませんが、本当の顔ならありますよ?」
「……………」
「父上と理子と、あともう一人以外には見せたことがありませんがね」
「なに!?」
この言葉にジャンヌは眼を見開き、さっきとは違う驚きの表情を浮かべる。
おっと、機嫌が良いから口が滑っちゃったかな?
ちょっと釘を刺しとかないと。
「おや、失礼。少しばかりお喋りが過ぎてしまったようです。今のことは他言無用で、まだ死にたくはないでしょう?」
「――――っ!?」
ニヤリと、笑いながら囁くとジャンヌは声にならない声を上げる。
ん~? ちょっと、殺気を出しちゃったせいかな。
でも、ジャンヌもどんな表情してくれるか気になるところなんだよね。
今は仲間だから手を出さないけど、敵対する機会があったらいいな~。
そんなことを思いながら、私は硬直しているジャンヌの横を通り過ぎ、自分の部屋へと続く道を進んでいった。
◆ ◆ ◆
「ハァー……ハァー……」
私は奴――ジャックが横を通り過ぎ、見えなくなった瞬間膝を折り、その場にへたり込んだ。
息が……荒くなっているのが自分でも分かる。
そして、安堵感と同時に汗が噴き出すようにして流れる。
それほどのプレッシャー……本当に奴は『人』なのか?
少しとは言え、奴の殺気を浴びてこの様だ。
あれほどの男……いや本当は男なのか女なのか、はたまた老人なのか青年なのかすら分からない。
その上、私のデュランダルを本気ではないとは言えたった指二本で止めたあの実力。
「あまり――いや、絶対に敵対はしたくないな」
つまり、イ・ウ―の崩壊もそう遠くはないのだろう。
そうなれば今、取りきめの最中である『
戦い、特に殺人が認められているとなればジャックは必ず現れる筈だ。
それまでの間に、奴をこちら側に引き込むか中立を保つように説得しなければ――終わりだ。
奴は殺人鬼の割には一度取り決めた契約は反故にしたりなどしない。
考えてみればまるで、伝承の悪魔のようだな。あまり、笑えんが……
もし敵対したなら……場合によっては止められない事もないだろうが、それでも犠牲は多く出るだろう。
今回の話で幸か不幸か思わぬ情報が手に入った。
意外だったのが、シャーロックの他に奴の素顔を知る者がいると言うこと。理子がその一人と言うことも意外なことだ。
だが、正直扱いに困る。
下手に漏洩させて、奴の機嫌を損ねれば私の屍がどこかに転がることになる。
それに、この情報をどう生かせばいいかも今の私には分からない。
まさか、わざと情報を私に握らせて殺すための大義名分を得るのが目的だったのか?
殺人鬼の割に妙なところで頭もキレる奴のことだから何かしらの意図があるのかもしれない。
まさしく、理性のある獣。
いや、獣など生易しいものじゃない。正しく化物。
でなければ、あのパトラが奴の影に怯えるはずがない。
しかし、奴を味方につけるにはどうすればいいのだろうか?
………………
……今、考えても仕方がないか。
私はデュランダルを杖代わりにして立ち上がり、自分の部屋のある方へと歩みを進めた。
◆ ◆ ◆
お父さんの『頼み』を受けてから三日後。
私は今、神奈川武偵付属中学に向かっている。
世界一の探偵と言われるお父さんの手の回しようが、なんと早いことか。
住居の手配から、編入の手続きまで既に完了済み。
昨日、面倒くさかったけど学校の方に行って試験を受けてきた。
結果としてはAランク。
本当ならSランクだかRランクだか取れるんだけど、精神安定剤を投与してから試験を受けたからいつもよりも力が出なかったんだよね。まあ仮にそんなランク取ってたら、目立って仕方ないからしないけど。
でも、薬を投与してなかったら先生を多分殺してたし、お父さんの頼みが叶えられなくなっちゃう。
そう言うのは避けたいんだよね~。
あと、学校とか言うのを私は行ったことがないから少し楽しみにしてたりする。
ここにいる間は人を殺せなくなるのがかなり残念だけど。
とか考えてる間にも職員室に到着。
ノックして――
「すみませ~ん。編入することになった白野 霧でーす」
と言いながら入る。
ちなみに白野 霧と言うのがここでの私の名前。
ショートカットに黒い髪で、瞳はブラウン。
まあ、この方が日本人に馴染み易いし特に怪しまれないで済む。
最初はアルビノみたいな髪の色と瞳にしようと思ったんだけどね~。さすがに目立ち過ぎだし、却下した。
顔立ちの方は夾竹桃を参考にしたから少し似てるかもしれないけど少し童顔かな?
声と性格はお父さんと話す時とあんまり変えてないけど。
で、私が入ると近づいてくるジャージ姿の女性が一人。
確か、
「え~と、お前が白野か」
「はい」
「ふ~ん」
なんか、すごくジロジロ見てくる。
取りあえず愛想笑いをしておこう。
「お前は……よく分からんな」
いきなり何を言い出すんだか……
でも、本当の私なんてないからよく分からなくて当然だろうけどね。
「それじゃあ、ついてきな。もうすぐ、ホームルームの時間だから」
「りょーかい」
矢貫先生に連れられて、3-Aの教室の前まで来る。
「あたしが言ったら入って来い」
「はい」
返事をした後に先生が教室の中へと入ってく。
楽しみだな~、遠山 キンジ。
◆ ◆ ◆
「へっくし!!」
なんだ? 春先に風邪か俺?
ただですら、色々ストレス(主にヒステリア絡み)で胃が若干、痛い気さえしてくるのに勘弁して欲しい。
そんなことを俺――遠山 キンジ――は机に頬杖しながら思ってると、担任である矢貫が入ってきた。
「席に座れ~」
気だるそうな声を出しながら矢貫が教卓で声を掛けるが、タラタラと移動するのが数人。
お前ら学習しろよ。
ほら、矢貫がいつ取り出したか分からんけどサバイバルナイフ握ってるぞ。
そして気づいたのか、それを確認したさっきタラタラ移動していた奴らが機敏に席に着く。
俺らのクラスの担任は徒手格闘を専門に教えている筈なんだが、なんでナイフの方が得意なのか意味が分からん。
しかも、この矢貫先生。
ナイフ一本で銃を持ってたテロリスト10人を制圧したとか言われているらしい。
ありえんだろ、普通。
だけど、3年も中学とはいえ武偵をやってればさすがにそういう話を聞いても大袈裟に驚くことはなくなった。
「え~、今日ここに編入生が来ることになった。今もう、教室の外で待機してもらってる」
矢貫がそう言うと、教室が少しざわめく。
そりゃそうだろう。
一般中学校から武偵に転校してくるのも珍しいが、編入と言うのも珍しい。
それも3年……しかも武偵中学に編入してくるなんて珍しいにもほどがある。
「いいぞ、白野。入って来い」
矢貫の向いている扉に全員が注目する。
俺としては、その編入生が女じゃない事を祈る。
俺を利用する奴が増えたら困るからな。
…………
それにしても反応がないな。
もしかして緊張して入ってこれないのか?
反応が無いことに訝しいんだ矢貫がもう一度、扉に向かって言う。
「おい、白野」
「はい」
返事がしたのは扉の方じゃなく、俺の後ろ。
おかしい。
俺の席は窓際で一番後ろの席。
つまり、俺の後ろには誰もいないはず。
その突然の不可解な事態に俺は勢いよく後ろを振り向くと。
「………………」
幼さの残る黒くて短い髪の少女が静かに俺を見下ろしていた。
しばらくじっと見つめて、それから少女はニコニコと笑顔になる。
俺を見ている訳じゃないんだろうけど、クラス中の視線が集まっているのがなんとなくだが分かる。
と言うか、なんだこの空気は。
「お前、どこから入った?」
いや、先生……聞くとこそこじゃないだろ。
それとなんとなくだが、矢貫の声に少し驚きが混じっている気がする。
「えーと、呼ばれた時に近くの扉に入ったから後ろから、かな?」
「そうか。取りあえずそんな所にいないで前に来て自己紹介しろ」
「はーい」
おい、それだけかよっ!
なんで後ろから入ったとか、なんで俺の後ろに立ってるのかとか、一切触れない。
元気よく返事をした白野と言う少女は、まるで子供のようにててて、と走り。
「今日からここに入ることになりました。白野 霧です。よろしくね」
その自己紹介とともに振りまいた無垢な笑顔にクラスの男子が、おお~! と、喜びの声を上げる。
素直に歓迎してやればいいんだろうが、俺はそんな気分じゃない。
もし、こいつも俺の秘密を知ったら利用するんだろうか? と言う不安に駆られる。
利用されてて気づいたのが女子って言うのは、猫かぶってるのが多いって言うことだな。
その上、集団でいることが多いから少し抵抗するだけでヒステリック気味に叫んだりする。
「それじゃあ、質問していけ。制限時間は5分だ」
矢貫がそう言うと、我先にと一斉に手を上げる。
主に男子がな。
お前ら喰いつき過ぎだろう。
そして、矢貫が次々と生徒を当てていき、白野がそれに答える。
「ランクは?」「Aランクだよ」「趣味とかは」「う~ん、人間観察かな?」
順調に答えてる中とある男子生徒が、
「この中で気になる人はいる?」
という質問を繰り出した。
その瞬間、クラス中の男子が興味を持ったのか真剣に耳を傾ける。
こう言う時に限って変に団結力を発揮しやがるな。
肝心の対する白野は、何か考えるような仕草をしている。
「う~んと、そうだね~。窓際の席の一番後ろの人かな?」
窓際で一番後ろの席ね。
……俺じゃねーかっ!!
そんでもって、男子共は俺を恨めしそうな目で見るな!!
と言うか、なんでまた女子に目をつけられたんだ俺は?
なんて俺の考えをよそに事態は進行していく。
「質問タイム終了だ。白野は廊下側の一番後ろの席だ」
ちらりと時計を見た矢貫が切り上げ、席を指示する。
だけど、男子共の恨めがましい視線が途切れることはなく未だに刺さってくるんだが……
そして、席に着こうと白野が移動してるときにだが……チラリと俺を見たような気がする。
多分気のせいだろうけど。
このとき、転入生である白野 霧との邂逅が、俺の人生を劇的に変えることになるとは俺は知る由もなかった。
取りあえず、時系列としては原作の2年ほど前です。
あと、色々と気をつけてはいますが矛盾している点があるかもしれません。できるだけ、そうならないようには気をつけます。