緋弾に迫りしは緋色のメス   作:青二蒼

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今回は金一さんが、かなりアレな事になります。

注意してください。


22:折れゆく心

 1ヶ月――

 お父さんに頼まれた任務の準備に掛かった期間。

 まあ、私はすぐに他の人になれる訳じゃないし、それと、同じ人は二人もいらない。

 矛盾が生まれるからね。

 

 ドオオオオン!

 

 と、くぐもった轟音が響き、施設が揺れる。

 電力供給の無人施設が爆発した音か。

 金一……いや、カナが上手くやったみたいだね。

「なんだ?」

 私の周りにいる研究員がざわざわ、と騒ぐ。

 そしてすぐに施設内の電気が消える。

「おかしい、予備電源が作動してないぞ」

 当たり前だよ。

 それは私が無力化してるからね。

 さて、そろそろ私はここの責任者に会いに行かないと。

 私は机から立ちあがり、オフィスのような部屋から出て行く。

 研究所の廊下を悠々と歩いてる最中に予備電源が作動してないことに疑問を覚えてる人たちが、何事かとうろたえてる。

 そして研究所を護ってる軍人たちが私の隣を通って行く。

 私には気付かない。

 誰も――

 しばらく歩き、ここの研究所の責任者がいる扉へと辿り着く。

 電子ロックやカードスキャナーを通さなければ行けないが……電源が作動していない事により、その必要も無い。

「すみません主任」

 私はそう言って、中に入る。

「ライリーか……一体、どう言う事だと思う?」

 私の方を向いて彼は、私が成り代わっている人物の名前を言って尋ねる。

「分かりません。ですが恐らくは、襲撃を受けていると思います」

「だろうな。端末で他の部門に通達。電子機器がダウンしている以上、バックアップを取ってる時間は無い。重要なファイルを持ちだせるように連絡してくれ」

「主な研究メンバーは集めますか?」

「ああ、集めてくれ」

 私はすぐに携帯を使って、ここの研究メンバーに集まるように言う。

 電話番号はきっちりと覚えてる……と言うよりは、私が成り代わってる人の元々の所有物なんだけどね。

 しばらくして、他の研究メンバーがこの部屋に集まってくる。

 全員がいる事を確認すると、主任は話を切り出す。

「見ての通り、どうやら襲撃を受けている事は分かっているだろう。通信機器も何も使えない。連絡が取れない以上、状況を確認してる暇は無い」

「研究データはどうするんですっ!? まさか、全て捨てるつもりでは?!」

 若い女性研究員がそう声を荒げる。

「いや、ファイルだけは確保してくれ。軍人がいると言っても、事態が収束するとは限らない」

 ここの人は、割と決断が早いね。

「イ・ウーと言う組織により、アメリカ国内のいくつかの研究所が破壊……また、研究員すらも帰らぬ人となっていると言う通達が来てる。機材は無料じゃないが、代替はある」

 随分と賢明な判断だね。

「すぐに撤退だ。他の研究員にも連絡してくれ」

 それを最後に彼らは部屋を出ようとするけど……

 私は扉の前に立っている。

「ライリー、ちょっと邪魔よ」

「ああ、すみません。ですが、ちょっと言い忘れた事があります」

「何よ……」

 声を荒げた女性研究員が私に変な目を向ける。

 他の研究員も同様。

 残念ながら……もう、遅いんだよね。

「チェックメイトですよ」

 

 ◆       ◆       ◆ 

 

Freeze(止まれ)!」

 アサルトライフルを構えた軍人たちが私の前に立ちはだかる。

 だけど、ゴメンなさいね。

 パン! パァン!

 私は見えない銃撃――不可視の銃弾(インヴィジビレ)を放ち、彼らが装備しているヘルメットに掠める。

 そして、そのまま振動により昏倒して彼らは倒れる。

 数だけは多いわね。

 全ての軍人を無力化しつつ、他の研究員に見つからないように、私は目的の場所を目指す。

(ジャックと仕事をするのは、気が進まないけど……)

 これもイ・ウーのリーダーである教授(プロフェシオン)の命令。

 そして何よりも、組織に馴染むために必要な事だから仕方ないわね。

 確か、ジャックの情報によると……この先が研究所の責任者がいる場所だったはず。

 そんな場所を軽々と集合場所に指定し、おまけに彼がその場所にいると言う事は……

(また、誰かに成り代わったわね)

 相変わらず、末恐ろしい奴ね。 

 準備にとは言え、1ヶ月――それだけで、他の人には不審がられる事もなく成り代われる。

 今の私でも見抜けるかどうか怪しい。

 いや……そもそも奴が、本当はどう言った人物なのかすら知らない。

 見抜くも何もないわね。

 そのためには――

(理子……あの子が教授(プロフェシオン)以外にジャックを知るカギとは思わなかったわね)

 もっとも、ジャンヌからそれとなく聞いた事だけれど。

 一体、彼女とジャックにどんな関係があるのかは詳しくは知らない。

 少なくとも師弟関係であったことと、彼女がジャックを(した)っているのは確か。

 ……と、考えてる間に辿り着いたわね。

 既に扉は開いてるでしょうと、私は扉に手を掛け、開ける。

「お待ちしていましたよ、カナ」

 タキシードを着たヤツは机の上に腰掛けながら、笑みを浮かべている。

 その周りには縛られて、口に布を巻き付けられている男女が5名。

 恐らくはここを代表する主なメンバーでしょう。

「ええ、それで? ここにいるって事は、仕事は終わってるんでしょ?」

「そうですね。あとは施設内の設備を壊してさようなら、と言ったところでしょう」

「だったら、さっさと帰りましょう」

「ええ、それではお願いしますよ。カナ」

 お願いします?

 一体、何をお願いすると言うのかしら――

 ……嫌な予感がする。

 

Kill'em all(全員殺しないさい)

 

「…………どう言うつもり?」

 設備を破壊して研究を阻止しろ、と言われただけで殺せだなんて任務は言い渡されていない。

 そう言外に尋ねる。

「何を不思議がる事があるんです? ちゃんと任務で言われたでしょう」

「ええ。設備の破壊であって、研究員を殺せとは言われていないわ」

 とぼけたようなフリをする彼に向かって、私は少し苛立ちを覚える。

 なのに彼は、逆に私の質問に疑問を覚えている……が、すぐに納得したような顔をする。

「ああ、なるほど。全く、鈍いですねえ」

「………………」

「研究員"も"設備でしょう?」

「――ッ!!」

 すぐに胸倉に掴みかかった。

 コイツは、一体どこまで堕ちていると言うの!?

「やれやれ……甘い人ですね。いいですか? 機材なんてコストが掛かるにしても、代用は幾らでもあるんですよ。つまり、阻止するには何事も元を断つと言う事です」

 そう言いながらジャックは自分の頭を指すように叩く。

 その意味は知りたくなくても、分かってしまう。

 人の記憶がある限り、環境が整えば……同じ結果は得られなくても同じ作業は出来る。

「ああ、キレイなままでいたいのでしたら、私に任せてくれても構いませんよ。"あの時"と同じように見捨てればいいのですから」

「また、私に選ばせるつもりね……」

「そうですね。ただ、今回は強制しませんよ。全員が助かる道もちゃんとあります」

 ……全員が助かる道?

 一体何を話してるの、コイツは。

「選択肢は主に3つ。1つ、アナタがそこの5人を殺して他の人たちを見逃す」

 ………………。

「2つ、私に任せて施設内の全員が死んでいくのを待つ」

 ……………ッ。

「3つ、私を殺して全員が助かる」

 最悪の選択肢。

 出来る訳がない……

 選べない……

 私は、ジャックを掴んでいた手を静かに離していた。

「ドウシタンデスカ?」

 奴の言葉が、気味悪く感じる。

 今まで色んな犯罪者を見て来たつもりだったけど……違った。

 目の前のバケモノは、次元が違った。

「私に、人を殺せと言うの……」

「いいえ、だから言ったでしょう。見殺しにすればいいんですよ。自分の手を汚したくはないのでしょう?」

 愉快そうに(わら)う。

「そう言えば、大層な信条を掲げているんでしたね。誰も殺し誰も死なさず誰もを助ける、でしたか?」

 ……嗤う。

「止めたければ私を殺しても構いませんよ。もっとも……アナタの信条に反する事になるでしょうが」

 ……殺す。

 切り裂きジャックを?

 だけど、奴の言う通り……それこそ、私の信条を今度は私自身の手で自ら捨てることになる。

 どうすればいい?

 何をどう選べばいい?

 

 ピリリリリリリリ!

 

 場違いな音が、私の思考と静寂を破る。

 この携帯は、イ・ウーのメンバーと連絡を取るための物。

 こんな時に誰?

「もしもし……」

『ええ、もしもし。ジャックです』

 なぜか電話を掛けてきた。

 そこで私は気付く……奴の声が"電話でしか"聞こえない。

 ――いない!?

 顔を上げて奴がいた場所を見れば、部屋の中からすでに消えていた。

『周りに知られるには時間が掛かるとは言え、あまり掛けてはいられませんのでね』

「まさか、今すぐにでも他の研究員を殺すつもり!?」

『いいえ? ただ、1分待ってあげますよ』

 ……1分。

 何の時間だと言うの?

『さっきの選択肢から1つを、1分以内に決めてください』

「ふざけないでッ!」

『ふざけてなんていませんけど? ともかく、今からきっかり1分です。何を犠牲にしますか? 信条か、少数の命か、大勢の命か』

 奴の言葉を最後に、ツーツーと言う音が耳に残る。

 止めないと……だけど、この人たちを置いて行くべきなのか?

 私は、助けを求めるように声を上げようとする5人に目を向ける。

 ダメ……連れて行く線はない。

 奴と鉢合わせした時に護りながらは戦えない!

 そこまで甘い奴ではないわ。

 何より、ジャックにとってこの研究所内にいる人全員が標的。

 この5人に(こだわ)らず、他の人たちを狙う可能性が高い。

 私と正面から戦うなんて言う面倒な事はしないはず。

 動かずにじっとしている方が、まだ安全……

 だったら――

「ごめんなさい。しばらく大人しくしてて頂戴(ちょうだい)

 私は扉を閉めて、駆けだす。

 ――残り45秒。

 どこ?

 奴はどこにいるの?!

 明かりのない研究所の中を私は探す。

 研究所内には確実にいる。

 どこを目指す……

 落ち着いて、推理しなさい、私。

 効率的に多くの人が集まる所を奴は目指すはず。

 そして、奴は切り裂きジャック……自分の手で人を(ほうむ)るでしょう。

(――だとしたら!)

 私の足は目的の場所へと目指す。

 ――のこり30秒。

 何人かの研究員に見つかるけど、気にしてられない。

 最短距離で行かないと間に合わない。

 ――のこり15秒。

 目的地である、研究所の玄関ロビーが近づいて来た。

 暗くても分かる。

 扉が開かない事で出来た人だかりが。

 多くの人の話し声も聞こえてくる。

 そして、静かに彼らに近づいて行く人影に向かって大鎌――サソリの尾(スコルピオ)で行く手を阻むように刃の向いてる内側へと入れる。

「動かないで、私が鎌を引いたら切れるわよ」

 私がいる後ろを振り向く事もなく、ジャックは呆れるように首を振る。

「それで? 答えとしては、私を殺す事に決めたんですか?」

「いいえ、誰も殺さないし誰も死なせないわ。私は何も捨てない。キンジにも顔向けできないしね」

 親を早く亡くしてしまったから、キンジは親の愛情なんて他の子たちと比べればあまり知らない。

 それに、親がいない以上……親の背中を見ながら成長なんて出来ない。

 私が道しるべになるしかない。

 だから折れる訳にはいかない。

「さすがのあなたでも、私とよそ見しながら戦えるほどバケモノでもないでしょう?」

「………………はあ~」

 静かに息を吐く声が聞こえる。

 どうやら、何とか止められたみたいね。

「1つ、私の事について教えて上げましょう」

 唐突にそんな事を彼は言う。

 ここに来て時間稼ぎ?

 いや、その可能性はさすがに無い。

 いつもの気まぐれでしょう。

「何を教えてくれるのかしら?」

「そうですね……私も一応、最初は誰かに教えて貰っていた訳なんですが。その誰かと言うのはご存知ですか?」

 昔話をするように、彼は言う。

「知らないわ。あなたの過去なんて詳しく知ってるのは教授(プロフェシオン)くらいよ」

「じゃあ続きを話しますと、私の教師役はカツェ=グラッセだったんですよ」

 カツェ=グラッセ……魔女連隊(レギメント・ヘクセ)の子だったわね。

 今となっては、イ・ウーを自ら退学してOBとなってる人がジャックの教師役ね。

「話にオチが無い、なんて事はないわよね?」

「まさか。続けますと、一般的に言えば先輩な訳なんですが……あの人が自ら出て行く理由を作ってしまったのは私でしてね」

「何をしたと言うの?」

「簡単な話、うっかり半殺しにしてしまいましたよ。日頃の欲求不満でね」

「そう。まさか、それがオチじゃないでしょうね?」

 私がそう尋ねると奴はここからが本番とばかりに「いいえ」と、楽しそうな声を上げる。

「カツェ=グラッセが私の教師役となったのは教授(プロフェシオン)の命令だったそうなんですが。どうやら教授(プロフェシオン)は、相性すらも推理できていたようでしてね」

 つまり、相性が良かったと言うことね。

 …………いつもの気まぐれにしては、やけに喋る。

 一体、何を考えてると言うの?

「まさか、私にも超能力(ステルス)の才能があるとは思いませんでしたよ」

「……それは、初耳だわ」

「さて、突然ですがここで今のアナタの心境を当てましょう。なぜ私がこんなに喋るのか分からない……そうでしょう?」

「………………」

 おかしい――

 どうしてこの状況でジャックは楽しそうにしている?

 本来なら阻止されて、面白くなさそうな顔の一つや二つはするはず。

 なのに表情を見なくても分かる。

 この状況を楽しんでる。

 時計を見て、彼は言った。

「さて、"ゲームが始まって"2分ほど経ちましたね」

「…………………」

 ――ゲームが始まって……

 …………ッ?!

 私の脳内が何かを告げる前に、鎌を振り抜く。

 ピシャアと、私の顔に液体が飛び散る。

 それは血じゃなくて、

 

 ――ただの"水"。

 

 そんな……そんなッ!!

 私はすぐに来た道を引き返す。

 今まで話してたのは、ジャックじゃなかった!!

 ジャックを(かたど)った人形……パトラと同じ、超能力(ステルス)によって作られた人形だった!!

 今まで話していたのも時間稼ぎ。

(……まんまと引っ掛かった)

 思わず舌打ちをする。

 そもそも研究員を全員殺す必要も無い。

 主要なメンバーを殺せれば、研究を頓挫(とんざ)させるには充分だ。

 なのに私は、奴の事だから皆殺しにするのが当たり前だと思っていた。

 段々と研究所の主任室の扉が見えてくる。

 迷ってる暇も無い。

 バン! と扉を勢いよく開け放つ。

 既に暗闇に慣れた目が、彼らの無事を確認する。

(良かった……まだ、生きてる)

 ……でもおかしい。

 彼らを狙ったのではないなら、ジャックは一体、どこに?

 よく見ると彼らは私に何かを伝えようとしている。

「ーーーーーー!!」

 誰かが叫ぶ。

 その瞬間に、

 

 ――彼らの首が飛んだ。

 

 なんで……

 どうして?

 私は、確かに間に合ったはず……

 

 また、救えなかったのか……俺は――

 静かに部屋の中へと足を踏み入れる。

 目の前の光景は、冗談でも何でもない。

 たった今、この惨状になるのを目撃したのに、どこか冗談だと思ってる。

 一歩進めば、ピチャリと音を立てる。

 今度は水ではなく――血。

 転がっているのは、人だった頭。

「うっ……ゲホッ!」

 自覚する度に吐き気が襲う。

 漂ってくる死臭。

 膝を突き、頭を下げる。

 

 ピリリリリリ!

 

 鳴り響く、コール音。

 何も考えずに出るしかない。

『いやはや、やりましたねー』

「………………お前が、やったのか……?」

『やったのは、アナタでしょう』

「ふざけんじゃねえッ!」

 コイツが……!!

 電話の向こうにいるヤツ(ジャック)の所為で!!

『確かに私は罠を仕掛けましたよ。しかし、起動したのは他でもないアナタだ』

 ……やめろ。

『別に良いですけどね。まあ、言い訳なんて幾らでも出来るでしょう?』

 …………やめろ。

『選んだのではなく、選ばされた。殺したのではなく、殺させられた。救えたのに、救わさせてくれなかった』

「やめろおおおおおおおおッ!!」 

 電話を投げ捨てる。

 動揺で息が荒くなる。

「ハッ……ハッ……ハァっ!」

 

「アナタは神様ではないのですよ。お分かりですか?」

 

 静かに後ろを振り返る。

 アイツが……ジャックが嗤っている。

 (たの)しそうに。

 ………………。

 ――殺してやる。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 鎌を振り上げ、首を狙う。

 躊躇(ためら)いなんて無い!!

「――ぐほっ!?」

 漏れ出たのは、俺の息。

 いつの間にか拳が、腹にめり込んでいる。

(……クソッ、たれがッ!)

 そう思いながらも、俺は……地に伏せる事しか出来ない。

「お前だけは、許さな――……」

 途端に衝撃が来る。

(意識が暗く……チクショウ)

 完全に俺の意識は、遠のいた。

 殺意と折れゆく心を残して――

 




感想欄にて支援絵を頂きました。
http://or2.mobi/index.php?mode=image&file=66285.jpg
ありがとうございます。

今回の話はもう少し長めにしておいた方が良かったかな?

具体的には1万字くらい。

でも、あまり長くてもテンポが悪くなったりと色々ありますからね。

何にしてももう少しで原作です。

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