緋弾に迫りしは緋色のメス   作:青二蒼

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前回からの続きです。


25:濃い1日の終わり

 ――ドレイになりなさい。

 そう言われて、キンジは絶句してる。

 いや、キンジが調べられてる時点で私についても多少調べられてるだろうなとは思ってはいたけど……

 まさかのいきなり奴隷(どれい)宣言。

 ちなみにこの時のキンジの表情は、見なくても分かる。

 だって背中が語ってるからね。

 肩を脱力させて、猫背になってる。

 予想としては「ありえんだろ、コイツ」と思ってるだろうね。

 私? 呆れてはいるけど、想定の範囲内だから別に驚く事も無い。

 だけど表向きは驚いたフリをしてる。

 しかし、ドレイ……奴隷ね。

 もうちょっと言い方はないのかな? って思う。

 ま、この子も大概コミュニケーション能力が低いしね。

 イギリスで何度か観察させて貰った時に、他の武偵と言い争ってる事もあったし。

 それと同時に、私は今ので確信した。

 彼女とは気が合わない――

 気が合わないって言っても、すぐにどうこうするつもりはない。

 それに、お父さんや理子の目的も果たしてないしね。

 なんて考えてると、神崎は勝手知ったる他人の家とばかりに、さっきキンジが寝転んでたソファーに、ぽふ! と、腰掛ける。

「ほら、客が来てるんだから飲み物ぐらい出しなさいよ! その程度のもてなしも出来ないの?」

 ここまで図々しい人を客って言って良いのかな? って、紅茶の準備の続きをしながら思う。

「コーヒー! エスプレッソ・ルンゴ・ドッピオ! 砂糖はカンナよ! 1分以内に用意なさい!」

「残念だけど、エスプレッソマシンはここにはないよ」

「なによ、エスプレッソマシンも置いてないの!?」

 私が答えると、彼女は信じられないと言った感じに叫ぶ。

「今、紅茶を淹れてるんだけど」

「じゃあそれでいいわよ!」

 神崎は投げやりに答える。

 大体、偶然とは言え紅茶を用意してるのにコーヒーを用意しろなんて無茶にも程があるよ。

 キンジはキンジで、フラフラとこっちにやって来る。

「お前、今の魔法の呪文の意味分かってるのか?」

「魔法の呪文? エスプレッソのルンゴ・ドッピオに砂糖はカンナって言うの?」

「ああ、それだ」

「エスプレッソコーヒーは分かるでしょ? コーヒー豆を加圧して抽出した濃いめのコーヒーだよ。喫茶店とかでもメニューにあると思うけど……それで、エスプレッソには4種類あってね。ソロ、ドッピオ、ルンゴ、リストレットがあるんだけど――」

「すまん、もういい」

 キンジは片手で頭を抑えるように、もう片方の手で制止するように突きだして、言ってくる。

「自分で聞いておいて、それはないんじゃない?」

「それは悪かったけど……お前の知識量に脱帽してるよ。どこでそんなの覚えてくるんだよ……」

「偶然だけど、お父さんがどう言う訳か今のコーヒーが好きでね。その折に覚えただけだよ」

 お父さんの曾孫だけあって、やっぱり好みも似るのかな?

 なんて事を思う。

「なるほどな……で、この紅茶は?」

「イギリスって言えば、紅茶も有名でしょ?」

「まあ、聞いたことはあるけどな。俺は飲んだことないけど」

「ちょうど出来た所だし、飲んでみたら?」

 私はティーポットからティーカップへと移し、キンジにカップを渡す。

 ついでに神崎の分も持って行って、彼女に渡す。

 二人ともカップを持ったまま見つめてる。

「……ずず。毒が入ってる訳じゃないんだから、普通に飲みなよ」

 毒殺するにしても、もっと別の機会でするし。

 私は先に飲みながら、そう言う。

 頻繁(ひんぱん)に飲む訳じゃないけど、やっぱり紅茶はおいしいね。

 イギリス人なのか自分でもよく分かんないけど、取りあえず紅茶は好きだし。

「ずず……初めて飲んだが、上手いな」

 キンジは先に飲んでそう言う。

 そしてキンジに続いて、神崎も私の紅茶を飲む。

「へー、美味しいじゃない。あんた、紅茶が()れられたのね」

「まあね」

「茶葉はどこの店の物?」

「英国王室御用達のとこって言ったら、分かるかな?」

「見る目があるのね」

 私としては、君に褒められても何とも思わないんだけどね。

 大体、嬉しいなんて感情も知らないし。

「それよりも、だ。仲良く話をしてるとこ悪いが」

 キンジはそう言って紅茶を飲みながらも、私の前にいる彼女に指を向ける。

「今朝、俺を爆弾事件(ボムケース)から助けてくれた事は感謝してる。それに、失礼な事を言ってしまった事についても謝る。だがな、何で男子寮の俺の部屋にまで押し掛けてくるんだ?」

「なに、分かんないの?」

「当たり前だ。しかもいきなり霧と2人(そろ)ってドレイになれなんて言われて、分かる訳が無いだろう」

「……おかしいわね」

 キンジはイラついてる様子だけど、神崎は逆に疑問を覚えて、何やら考えてる。

 私は彼女のことについてほとんど知ってるから……別に疑問を覚える事もあまり考える必要も無い。

 だって、そう言う風に"誘導"してるんだからね。

「霧だったわね。あんたも分かんない?」

 私に話を振らないでよ。

「分かるも何も情報が無いからね。私が知りたい――ああ、いや。ちょっと待ってね」

 私は理科棟での会話を思い出す。

 今日、白野 霧と言う人物が武偵高に帰って来てから知ってる情報だけを使って論理()てる。

 普通に考えれば、ただ単にキンジが救われただけなら彼女がキンジを調べる事も無い。

 その1点だけでも充分に考えられることはある。

「キンジは聞いてた思うけど、理科棟の屋上での会話から考えて……始業式が始まる前に、それも周知メールにあった自転車を爆破された時に神崎さんと何かあった。違う?」

「何かあった、て言うか……さっきも言っただろう? チャリジャックの時に俺はコイツに救われたんだよ」

「違うよ。救われた以外に、何かあったんじゃないかって話だよ」

 私がそう言うと、キンジと神崎はお互いに顔を見合わせる。

「「…………ッ!!」」

 その後に何かを思い出したような顔をして顔を赤くする。

 神崎はティーカップを机に勢いよく置いたかと思うと、私に訴えるように叫んだ。

「こ、こいつはね! あ、あたしに強猥(きょうわい)したのよ!!」 

「強猥じゃねえよ! あれは偶然――」

「偶然で服を脱がそうとする訳がないでしょうがッ! し、しかも、その後に……お、お姫様抱っこなんかして! 突然、変なキャラになって、あたしに変な事言ったじゃない!」

 がるるるる、とばかりに唸ってキンジを睨みつけながら怒ってる。

 変って、2回も言う必要があったのかな?

 それにしてもやっぱり、感情的に動く子は分かりやすいね。

 私は紅茶を優雅に飲みながら、2人の話を聞いてる。

 だけど、このままだと話の収拾がつかなくなりそうなので私が止める。

「ああ、はいはい。大体の事情は分かったよ」

「おい待て、霧! 今のは誤解だからな!?」

 キンジは私が強猥したと言う事実を鵜呑(うの)みにしてると思って、必死に弁明しようとしてる。

 ………………。

 からかってみたくなったので、私は半目になってキンジに言う。

「さすがにそれはないよキンジ……訴えれば武偵三倍刑だね」

「おいいいいいっ!? お前、本気で信じてるのかよ!」

「本気も何も事実でしょうがッ!」

「話がややこしくなるからお前は黙ってろ!」

「黙ってろですって?! ドレイの癖に生意気ね!!」

「だから、ドレイじゃねえっつうの!」

 あーあー……随分とまあ仲良くなっちゃって。

 あながちこの子とも相性は悪くないみたいだね、キンジ。

 私はちょっと満足したので、今度は本当に止める。

「と言うのは冗談で、キンジ……ちょっとベランダに集合」

 私は飲み終わったカップを置いて、キンジの腕を掴んでベランダに引き摺りだす。

 窓を閉めて、読唇術で彼女が読み取らないように海の方を向く。

「ったく、お前も話をややこしくするなよ」

 キンジもそこら辺は分かってるのか、私と同じ海の方へと向きながらそう言う。

「話をややこしくするようなタネを持ってきたクセに」

「持って来たのはあのチビッ子で、それを育てたのはお前だろうが」

「いや、ゴメンね。なんか久しぶりにからかってみたくて……とまあ、そこら辺は置いておいて本題。

 今朝の爆弾事件(ボムケース)の時に、何があったの?」

 私が尋ねると、キンジは歯切れが悪そう「あー」、と唸る。

 私は大体予想ついてるけどね。

「その、だな……チャリジャックの時に、俺はアイツに空中で救出(セーブ)されたんだよ。パラグライダーを使ってな」

「ふむふむ、なるほどね」

「お前、今の話を信じるのか? かなり突飛な話だぞ?」

「あのね……いちいち嘘だと思ってたら話が続かないでしょう?」

 それに、最初は見てたし。

「ああ、それもそうだな。じゃあ続けさせて貰うが、俺がアイツに――空中に浮かぶアリアに飛びついてから、自転車が爆発した。その時の爆風で、俺とアリアは外にある体育倉庫の中にある防弾性の跳び箱の中に入った」

「随分とまあ、上手い事入ったもんだね。それで?」

「それで、だな……その時に服がめくり上がったんだよ」

「ふーん。ブラジャーはどうだった?」

「寄せブラだった――って、違うだろうがッ!!」

 真面目に言った後に、顔を真っ赤にしてキンジがツッコむ。

 久々だと良いね、やっぱり。

「冗談だよ。ともかく、それで誤解されたってことね」

「まあ、そう言う事だ。弁明しようにも、話を全然聞く気はなかったし」

「そっかそっか。ところで、話は"それだけ"?」

 私は問い(ただ)すように聞く。

 キンジは、

「やっぱり、お前は誤魔化せないか」

 そう言って(わず)かに笑う。

「そりゃあね。それに『突然に変なキャラになって』って、神崎さんが言ってたからね。だから……"アレ"になったんだろうなと、すぐに思ったよ」

「そうだよ。俺はアイツでヒステリアモードになっちまったよ」

「悲しいねえ、男の(さが)と言うか本能と言うか」

「頼むからそう言う話はやめてくれ」

「それであの子、どうするの?」

「どうするって、簡単には退出してくれなさそうだからな。お前も協力してくれよ」

 助けを求めるようにキンジはそう言うけど、私としてはキンジとあの子が離れて貰うと困るんだよね。

 だから、

「いくら私でも出来ない事はあるからね……それに、どうやらキンジには特にご執心(しゅうしん)みたいだし」

 私は遠回しに言う。

「マジかよ。まあ、取りあえず話だけでも聞いてみるか。このままじゃあ進展しないからな」

 キンジの言葉を最後に、ベランダからリビングへと戻ると、

「ねえ、おなかすいたんだけど」

 図々しくもホームズの4世はそんな事を言ってきた。

 彼女はすっかりくつろいでる。

 ソファーに柳のようにしなだれかかる彼女を見て、キンジは顔を赤くする。

 そう言う仕草にも反応するんだ……

 神崎は引き続き、聞いてくる。

「なにか食べ物はないの?」

「ねーよ。カップ麺ぐらいはあるだろうけどな」

「かっぷめん? 何それ。あと、ももまんはないの?」

「ねえっつうの」

「だったら買ってきなさいよ」

 理不尽だねー。

 別に私はイラついたりと言うか、怒るって言う感情が分かんないから……何とも言えないけど。

 ただ、呆れてはいるね。顔には出さないけど。

 キンジはまたしても疲れたような顔をしてるし。

 会話をキャッチボールするどころか、変わってドッジボールだよ。

「仕方ないね、私が何か作ってあげるよ」

「お前、料理出来たのか?」

「酷いねキンジ。私だって料理の1つや2つくらいするよ。それに、中学の時に一人暮らししてたの知ってるでしょ?」

「そう言えばそうだったな。悪い」

「それと、ももまんだったら下のコンビニにある筈だから買ってきたら?」

「じゃあ行きましょう」

 神崎がキンジの腕を掴む。

「ちょっと待て、何で俺の腕を掴む」

「あんたも一緒に来るのよ!」

「何でだよ! おい、話を聞けって!」

「うっさい! あんまり口答えすると風穴を空けるわよ!」

 神崎に銃を突きつけられて、まるで人質みたいにキンジは連れて行かれた。

 あの子本当に武偵なのか疑いたくなる。

 自分でも言うのも何だけど、私の方が武偵してる気がする。

 取りあえず冷蔵庫から食材を取り出して、準備をする。

 持って来た新鮮なトマトがあるし、パスタもあるから本格的なナポリタンでも作るかな。

 あとは米料理と、バランスを考えてサラダ系と――

 

 

 しばらくして、キンジが戻って来た。

 大分時間が掛かったね。

 あの2人の事だからぎゃーぎゃー言いながら、帰って来たんだろうけど。

「ぜぇ……ただいま」

 既に満身創痍(まんしんそうい)と言った感じのキンジ。

 コンビニまでの距離はそんなに遠くないのに。

 移動って言っても階段を上り下りするぐらいしかない、なのにかなり疲れてる。

 予想通り騒いで帰って来たんだろうね。

「ああ、お帰り。もうちょっと待ってね」

「それはいいんだが、聞いて――」

「ちょっと、キンジ! 話はまだ済んでないわよ!」

 キンジが私に話しかけようとすると、何かを言う前に神崎が割り込んでくる。

「あら、美味しそうな匂いね」

「もうそろそろいいかな? 今ちょうど出来たよ」

 神崎にそう答えながら、テキパキと準備をする。

「俺も準備をするよ。どの皿を使えばいい?」

「大きめの平たい皿、ない?」

「ああ、あるよ。そっちの棚だ」

 キンジも自分から手伝いをする。

 神崎は、蚊帳(かや)の外。

 うーん……これだとさすがにちょっと気まずくなるから、

「神崎さん、食後の紅茶の準備でもしてくれる?」

「なんであたしが……まあ、いいわ。あんたには美味しい紅茶を飲ませて貰ったから、お返しして上げる」

 ふふん、と自慢げに言いながら準備をしてくれる。

 何だかんだで、頼めば聞いてくれるよね。

 そうして淡々と準備をして、テーブルに割と豪勢な料理が並ぶ。

 と言ってもほとんどイタリア料理だけど。

 そうして私達は席に着き、

「さ、食べてもいいよ」

 と私が言うと神崎は遠慮なんてせずに、早速料理を取って行く。

 キンジも続くようにゆっくりと食べ始める。

「上手いな、このライスコロッケ」

「あたしのとこの料理人みたいに、良い腕してる……」

 それぞれ小さく料理の感想を言う。

 最初に言い争ってたのがウソみたいに、2人は静かに食べてる。

 それから黙々と料理を食べ続けて、皆満足した所で食後のティータイムに入る。

 さすがは貴族と言うだけあって、飲み物に関してはこだわりがあるらしい。

 何気に美味しい。

 そして神崎だけは、コンビニで買って来たであろうももまんを一緒に食べてる。

 神崎が淹れた紅茶を皆で飲みながら、キンジは気になっていたであろう話を切り出す。

「さっきの話の続きだが……ドレイってなんなんだ?」

「簡単な話よ。強襲科(アサルト)であたしのパーティーに入りなさい」

 その彼女の言葉に、キンジは眉を寄せる。

「悪いが、断る。お前は俺の事を何も知らないだろうから、ハッキリ言ってやる。俺は武偵をやめるんだ。それまで俺は探偵科(インケスタ)で転校までの間、静かに暮らす。だからお前のその頼み、もとい命令は聞けない。ムリだ」

「あたしには嫌いな言葉が3つあるわ」

「お前なあ、人の話を聞けよ」

「『ムリ』『疲れた』『面倒くさい』。そんなネガティブな事を言ってると、自分の可能性を潰す事になるわ。だからあたしの前では言わないこと。いいわね?」

 威圧的に彼女はそう言う。

 あーあ、また始まったよ会話のドッジボールが。

 だけど、彼女を知ってる私としては分かる。

 焦ってるね~。

 母親が冤罪を着せられてるのに、誰一人として本当の犯人を発見出来てないからそれも当たり前だろうけど。

 ま、私の罪は彼女の母親の冤罪とは関係がないから……私を追う事もないだろうし、戦役までジャックとして会う事はないだろうね。

 それまではせいぜいピエロみたいに踊ってる所を近くで見させてもらうよ。

「あんたも一緒よ、霧」

 だからいきなり私に話を振らないで欲しいね。

「んー? それって神崎さんの下につけ、って事だよね?」

「そうよ。ドレイなんだから当然でしょ」

「だったら、私も断らせて貰うよ」

 "お願い"って言うならまだしも、命令なら聞けないね。

 私の家族でも、私が気に入った人間でもないのに私に命令をしないで貰いたいね。

 武偵って言う組織に馴染むためにも、政府の偉い人や、ここの教師であれば許容は出来るけど……なんで同じ武偵、しかもお姉ちゃんみたいに才能を持ちながらも寿命が短い訳でも、理子みたいに壮絶な過去や復讐心があるわけでも、リリヤみたいに機械人形から人間になった訳でもない。

 イロカネに選ばれた程度しか面白みがない。そんな人の命令なんて聞く気はない。

「私に反抗する気?」

 ぎろりと、紅い目で神崎は睨みつけてくる。

 私はすぐに笑顔で言葉を続ける。

「ただ……素直に協力して欲しいってお願いするなら、ちゃんと協力するよ?」

「ふん、まあいいわ。霧はそうね、まだ実力が分からないからポジションは保留として……キンジはあたしと同じフロントね」

 この子、話を聞かないね。

 どうしよう……こう言う身勝手と言うか、プライドが高い人を見てると……

 ――無性に心を折りたくなるんだよね。

 なんて思っても、お父さんとの約束を守るために自制自制っと。

 キンジは自分がフロント――前線で戦うポジションに勝手に位置づけられて怒鳴る。

「何勝手にポジションを決めてるんだよ! 大体、なんで俺達なんだ?」

「キンジが今聞いてるのは、『なんで物は下に落ちるのか?』『なぜ太陽と月は昇って沈むのか?』と言ってるのと同じ事よ。この程度の事、推理してみなさいよ」

 推理が下手なくせに、他人には推理を求めるんだね。

 随分と良い性格をしてるよ。

「霧、何とかしてくれ……」

 キンジはお手上げと言った状態で、私に助けを求めてくる。

「どうしようもないよ。この手の人間は」

「あんた、私をバカにしてるでしょ?」

 私の言い方に神崎は頬を引くつかせる。

「ま、取りあえず今日はもう帰った方が良いんじゃないかな? 外ももう暗いし」

 一旦、休戦的な意味で帰宅する事を提案するけど……まあ、ホームズの4世は断るだろうね。

「イヤよ。あんた達が頷くまでは、帰らないわ」

 やっぱりね。

 それに彼女は帰らないって言うけど、私にも女子寮に部屋があって、そこに住んでるのを分かってるのかな?

「霧はどうかは知らないけどな。俺は頷く気はないぞ」

「なにがなんでも入って貰うわ。あたしには時間が無いのよ! あんたがうん、と頷かないのなら――」

「何する気か知らねえけど言わねえよ!」

「頷かないのなら泊まってくから!」

 その発言に一瞬の静寂(せいじゃく)

 これも想定通りの答えなんだけど、私は驚いたフリをする。

 キンジの方は絶句し、すぐに叫んだ。

「ふ、ふざけんなッ!? さっさと帰れ!」

「うるさいうるさい! こんな事もあろうかと準備は万端よ! 長期戦になる事も想定済みなんだから!」

 ビシッ! っと、リビングに置いてあるトランクを指差す。

「――出て行きなさい!」

 本来キンジが言うであろうセリフを、彼女が叫ぶ。

「なんで俺が出て行かなくちゃならないんだ!?」

「うっさい! 分からず屋には頭を冷やす時間が必要でしょう?! しばらくは戻ってくるな!!」

「ちょ……ッ、霧! 助けて――」

 私に完全に助けを求める前に、神崎が強引に引っ張りだす。

 そしてよく吠える子犬みたいにガウガウ言って、拳を振り上げたかと思うと、彼女は無理矢理キンジを玄関へと追い払った。

 さてと、どうしよっかな?

 キンジを追うべきか、神崎と話すべきか……

 私としては後者はあんまりしたくないけど、そこは家族の事を思って我慢しよう。

 それに、用があるのなら向こうから声を掛けてくるはず。

 だから……私は取りあえずキンジを追うために玄関へ向かう。

「待ちなさい」

 私の行く手を玄関前で神崎が止める。

「なんだ、私にも出て行けって言ったんじゃないの?」

「あんたは残りなさい。話があるわ」

 止めて来たか。

 私は仕方ないと言った感じに神崎の後ろに続きながら、どう話すか考える。

 彼女は広いソファーに足を組んで座り、私はその斜めにある小さな椅子に座る。

「いくつかキンジについて話があるわ」

「なに? 何でも……とは行かないけど、ある程度の事なら話してあげるよ?」

 それに、どうせ答えようとしなかったら無理矢理聞き出そうとするつもりだろうし。

「じゃあ、質問させて貰うわ。あなたはキンジの元パートナーなのよね?」

「そうだね」

「また組む予定はあるの?」

「いいや? 任務(クエスト)とかには付き合うだろうけど、本格的にコンビで武偵活動、って言うのはしないだろうね」

「どうして解消したのかしら? あんた達、強襲科(アサルト)ではそれなりに有名なコンビだったらしいじゃない」

 ふむ、どうやら夏に私が家庭事情――と言う名の嘘の理由で武偵高を離れるから、コンビを解消せざるを得なかったことを知らないのかな?

 いや、多分メインで調べられてたのはキンジだから……私についてはそこまで詳しい事は調べられてないってことなんだろうけど。

「うーん、まあね。家庭事情で私が夏に一時的に武偵高を離れることになったから、仕方なくコンビを解消したんだよ」

「だったら戻って来たのに組む気はないって言うのは、どう言う事かしら?」

「そこは本人が言ってたでしょ? 武偵をやめるって。だから、組んでも意味無いんだよ」

 私がそう言うと、彼女はしばし考えて……そして口を開く。

「どうして武偵をやめるのを止めないの?」

「そこら辺はキンジの事情が絡んでくるね。キンジも、色々と苦労してるんだよ……」

 私は少し、悲しそうなフリをして言う。

 私の表情を見て彼女は何かあるとばかりに私を睨む。

「次の質問をさせて貰うわ。あんたは、キンジの本当の実力を知ってる。そうでしょ?」

 確信に満ちたような目。

 全く、根拠も無いのに点と点を真っ直ぐに線で結びつけてくれるね。

 お父さんも言ってたけど、優れた直感も予知になりえるって言うし。

 だからこそ、お父さんは『コグニス』――条理"予知"って呼んでるんだろうね。

「本当の実力、ね」

「とぼけてもダメよ。あたしは今朝見たんだから! キンジが一瞬で7台のセグウェイに載せられたUZIの銃口を1発で撃ち抜くのを。そして、あんたはそのキンジが隠してる本当の実力に気付いて――いや、知ってるはずよ」

「根拠どころか、そう思った過程すら飛ばしてるね」

「あたしは説明するのが下手だけど、分かるわ。あんたはキンジに心を許してるし、信頼されてる。それに……ベランダにキンジを連れだして話をしてたのも、多分キンジが隠してる実力についてだと思ってる」

 気持ち悪いくらい当ててくるね。

 論も証拠も無いのに、答えだけは出してくる。

 こんなの常識で考えたら信じられる訳が無い。

「何の証拠も無いね。例え知ってたとしても教える訳がないでしょ?」

「教えなさい! 私には時間が無いのよ!」

「時間が無いって言っても、ねえ? 何の時間が無いのかよく分からないし」

「それは……教えられないわ。あんたには関係のない事よ」

 私の言葉に彼女は言い淀む。

 そりゃそうだよね。

 神崎 かなえの冤罪。

 そしてその冤罪を着せてる世界的な犯罪組織――イ・ウーに立ち向かうって言うんだから、並の実力だと瞬殺されるし。

 そんなメンバーの1人である切り裂きジャックが目の前にいる訳なんだけどね。

 そう考えると、随分と滑稽(こっけい)な話だよ。

 私の罪と神崎 かなえに関係はないけど、ね。

 取りあえず――

「人の事は教えろって言っておいて、自分の事は教えられないんだね」

「………………」

 私の言葉に彼女は何も答えない。

 自分でも理不尽だとは思ってるし、分かってるんだろうね。

 だったら、ちょっといい事を教えて上げよう。

「そうだね~。質問されてばかりだとつまらないし……こちらからも一つ、言わせて貰うよ」 

「……なによ?」

「自分の事情もろくに話せないのに、他人に信用して貰えると思わない方がいいよ?」

「――ッ!? あんたに、あたしの気持ちの何が分かるのよ!」

 ソファーから立ちあがってそう叫ぶ。

 おーおー、感情が出て来たね。

 これだから直情的な人間は扱いやすいんだよ。

「分からないね。ましてや今日会ったばかりの人の事情も気持ちも、何一つ分からない」

「あんたねえ……ッ!!」

「だからこそ、素直になった方が良いんだよ。じゃなかったら協力しようにもできないし、どうして欲しいのかも分からないからね」

「……何が言いたいのよ」

「素直に協力して欲しいって言ったら、キンジを強襲科(アサルト)に戻す手伝いくらいはするよ。私も、キンジには戻ってきて欲しいからね」

 その瞬間、彼女は驚く。

「あんた、キンジが出て行くのを止めたくなかったんじゃないの?」

「止めるつもりはないけど、反対してない訳じゃないんだよね」

「自分で言っておいて、あんたこそ素直じゃないのね」

「私は素直に言ったよ。やめて欲しくないってね。それでもやめるって言うんだから仕方ないよ」

 そこまで言った所で、彼女の表情が柔らかくなる。

 ようやく協力者を得たと言う感じにどことなく嬉しそうに思える。

「分かったわ、もう質問は無しよ。私自身の手でキンジの秘密を暴き出すことにするわ。どうせあんたは、喋る気なさそうだし」

「そりゃそうだよ。自分の事情が自分の知らない所で漏れてるなんて聞いて、いい気分がするかな?」

「分かったから、もう聞いたりしないわ。だけど、キンジを連れ戻すのにはちゃんと協力してちょうだい」

「協力するって言っても、私が直接説得したりはしないからね?」

「なんでよ……」

「事情を知ってるからこそ、無理矢理引き戻したくはないんだよ。反対に、君は事情を知らない」

「なるほどね。分かったわ……ところで忘れてると思うけど、あんたも私のドレイなんだからね?」

 彼女は笑顔でまだそんな事を言う。

 なので私は――

「ドレイって言うなら協力するのやめる」

 そう言うと彼女は途端に掌を返したように、

「わ、悪かったわよ」 

 謝罪した。

 せっかくの協力者を失うのは嫌みたいだね。

 本当に扱いやすい。

「そうだわ、あんたも泊まって行きなさいよ」

 いきなり何を言い出すんだか……

「私にも帰る部屋はあるんだよ」

「いいじゃないの。それに、あんたがいればキンジとも話がしやすいだろうし」

「そう言われてもね……」 

 キンジが許すとは思えないけど。

 まあ、取りあえず本人の帰宅を待とう。

「ところで、お風呂どこ?」

「トイレの隣じゃないかな? 大体、私はここに住んでる訳じゃないよ」

「そう言えばそうだったわね」

 彼女はトランクから着替えを取り出して、風呂場へと行こうとする。

 あ、そうだ……1つ釘を刺しておかないと。

 そう思って私は引き止める。

「ちょっと待って」

「なによ」

「キンジには私が協力してるなんて言わないでね」

「……ああ、そう言う事。分かったわ」

 私の言いたい事は伝わったのか、そうしてこんどこそ神崎は風呂場へと行った。

 私が協力してるなんて言ったらキンジは警戒するからね。

 そしたら私を避けるだろうし、居場所を教えるなんて事も出来なくなる。

 全く、面倒くさい役回りだね。

 取りあえず、暇になったのでテレビをつける。

 チャンネルを変えてるけど……特にこれと言って面白そうな番組はやってない。

 ガチャ、と……扉が開く音がする。

 キンジが帰ってきたみたいだね。

 そのままくつろいでると、洗面所の方から何か物音が聞こえる。

 ああ、キンジがアリアを発見したのか。

 …………からかいにいこう。

 椅子から立ちあがって洗面所に向かうと、廊下でキンジが風呂場を見ながら硬直してる所だった。

「何してんの?」

 キンジはゆっくりと首をこっちに向ける。

 今、風呂場には神崎。

 そしてその神崎がいる風呂場を見ながら固まってるキンジ。

 見方によっては、

「キンジ……覗きなんてするんだね」

 うん。覗きをしようとしてるように見える。

「待て、お前は何か誤解をしてる」

「誤解って言っても神崎さんがいる風呂場を見て固まってるあたり、状況証拠が既に(そろ)ってるんだけど?」 

「いやいやいや、違うんだこれは」

「へー……何が、どう、違うのかな? 私はあの子と違ってちゃんと話を聞いてあげるよ?」

 キンジに近づいて、顔を覗き込むように迫る。

「洗面所で手を洗ってから気付いたんだから、たまたまだっつうの! 帰ったと思ったんだよ……」

「靴が置いてあるんだから、帰ってる訳がないでしょ?」

「………………」

 私に言われて、キンジは黙って玄関を見る。

 その視線の先には私とキンジ以外の靴がもう1つある。

 気付いてなかったっぽいね。

「ねえ、キンジ。一言いい?」

「何も言うな……」

「マヌケ♪」

 私は飛び切りの笑顔でそう言ってあげる。

 その瞬間にキンジは恥ずかしさと同時にショックを受けたのか……顔を逸らす。

 んー、やっぱりキンジを弄るのは楽しい。

 

 ピン、ポーン……

 

 そんな時にアリアとは違って、静かにチャイムが鳴らされる。

 キンジは凄い反応速度で顔を玄関に向ける。

「このチャイムの鳴らし方……まさか」

「キンジの部屋に訪れそうな人物で、こんな 丁寧(ていねい)な鳴らし方をするとしたら……白雪さんか」

「あ、ありえん。ありえんだろこの状況――」

「どうするの? 私はともかく神崎さんが風呂に入ってるなんて知ったら、白雪さん確実に暴走するよ?」

「そんなもん居留守を使うに決まってるだろ……! 取りあえず、念のために洗面所のカーテンを閉めて――」

 グキッ……!

 キンジがカーテンを閉めようと足を踏み出すとそんな、音が聞こえる。

 そして、私の方に倒れてくる。

 バタン! とそのまま私はキンジに押し倒された。

 足を(ひね)るなんてどんだけ鈍臭いんだか……

 とっさに受け身を取ったからダメージは無し、頭を浮かしたから後頭部は打たなかったけど――

「足、捻った……すまん……き、り?」

 ちょっと顔が近いと思うんだけどね。

 謝罪しながらキンジが目を開けると、私の顔が目の前にあるのに気付いたのか……目を見開いてる。

 大体、拳2つ分くらいの距離にお互いの顔がある。

 なんかこんな状況を前にも見た事があるよ、具体的に言うなら入学試験の時に。

 その時に私は立って見てただけなんだけどね。

 って言うのは置いておいて。

「その……す、すまん。ワザとじゃないんだ」

 キンジが顔を赤くしながらそう言う。

「それぐらい分かってるよ。私はそんな事で一々騒いだりしないって言うのに……取りあえず固まってないで早くどかないと」

「あ、ああ……分かってるよ。白雪に見られたら――」

「……キン、ちゃん?」

「面倒な、事に、だな……」

 壊れた人形みたいにキンジは、途中で聞こえた別の声の方にギギギと、首を後ろに向ける。

 玄関に巫女装束を着た、黒い長髪の少女――星伽(ほとぎ) 白雪が、私達を死んだような目で見てる。

 あーあー、面倒な事に。

「その、だな。白雪、頼むから俺の話を聞いてくれ」

「ふ、ふふ……分かってるよキンちゃん」

「本当に、分かってるのか……?」

 苦笑いでキンジは聞き返す。

 そして彼女は笑顔で返す。

 目は笑ってないけど。

「うん、分かってる。久しぶりだね、霧さん」

「久しぶり。白雪さん」

 私はキンジに組み敷かれながらも、顔が見えるように笑顔で白雪さんに挨拶する。

 彼女は、笑顔から一転して――

「この、裏切り者ぉおおおおおお!!」 

「分かってねえじゃねえかーー!?」

 目を吊り上げてどこから出したのか刀を上に大きく振りかぶって、叫びながら跳んでくる。

 勢いからしてキンジごと斬りそうだ。

「ぐほっ!?」

 私は自分の上にいるキンジを横に蹴り飛ばし、跳ね起きる。

 そして、サバイバルナイフを構えて上から勢いよく振り下ろされる刀を受け止める。

「き、霧さんッ! キンちゃんとなんてうらやま、じゃなくてふしだら、じゃなくて羨ましい事を!!」

「それって結局、言い直す必要があるの、かな……ッ」

 チリチリと金属が競り合う音を響かせながら、私達は言い合う。

(この子、超能力(ステルス)で身体強化してるからッ……ちょっと、力が常人じゃないんだけど)

 いや私も元々身体能力高いけど、それでも若干きついんだよね。

 これが愛の力と言う奴なのかな? なんか、違う気もするけど。

「霧さんは、信じてたのに……ッ! そうじゃないって、信じてたのにッ! なのに、帰って来て早々にキンちゃんと――」

「そんな親の敵みたいに言われても、困るんだけどね。取りあえず、落ち着いて話を聞いて、ねッ!」

 最後の言葉に力を入れると同時に私は刀を上へと弾き、踏み込んで右手の掌底を彼女のお腹に決める。

 白雪さんは廊下から玄関の先、通路まで軽く吹っ飛んで行く。

 私はすぐに駆けだして靴も()かずに玄関の外に出て、扉を閉めながら彼女の両手を素早く掴む。

「放してよ! 私、霧さんが帰って来て喜んだのに――」

「ていっ!」

「キャッ……!?」

 素早く白雪さんの頭を(はた)き、サバイバルナイフを仕舞う。

「勝手に勘違いで話を進めちゃダメだって、前に言ったのに」

「ぐすっ……だ、だって、キンちゃんに押し倒されてたし、まるで自分からき、キスしようとしてたし!」

「泣きながら言わないで欲しいね。順序よく説明するから一先ず落ち着いてよ」

「う、うん……」

 どうやら一旦落ち着いたのか刀を下ろす。

 この子も大概面白いからね。

 付き合うのは少し骨が折れるけど。

 私は事情を説明する。

「最初に押し倒されてたのは、キンジが足を捻って私に倒れて来たから」

「……じゃあ、キスしようとしてたのは?」

「あれは倒れた時に後頭部を打たないように、頭を浮かしてただけだよ。キスをしようとしてた訳じゃない。顔の距離は近かったと思うけどね」

「ホント……?」

「嘘言っても仕方ないでしょ? それとも、信じてないの?」

「そうじゃないけど……でも」

 納得してないのかなー?

 仕方ないので証人を呼ぼう。 

 玄関を開けて、キンジを呼ぶ。

「あー、キンジ。ちょっとこっちに来て」 

「大丈夫……に決まってるか、お前なら」

 心配しようとしてキンジはやめた。

 なんか気になる言い方だね。

 キンジが靴を履いて、外に出て玄関の扉を閉める。

 そのままキンジは白雪の目の前に出て、頭をぼりぼりと()いて言う。

「……あのな白雪、さっきのは事故なんだ」

「本当に?」

「ああ、たまたま足首を捻って霧を巻き込んで倒れちまったんだ」

「そうなんだ、よかった……」

 私の言った事が本当だと分かって、白雪さんはパァー、と笑顔になる。

 キンジの言う事はあっさり聞くんだね。

「何がよかったのかは知らんが、どうしたんだこんな夜に?」

 そうキンジは言ってるけど、さっきから後ろの玄関の扉をチラチラ見てる。

 さては……神崎の事が気になるんだろうね。

 今ここで白雪と会えば、私以上に面倒くさい事になるって分かってるから。

「ああ、うん。それよりもキンちゃん。今朝の周知メールにあった事件の被害者って、キンちゃんだったの?」

「俺だよ」

 キンジが面倒くさそうに答えると白雪は跳び上がり、

「だ、大丈夫だった!? 怪我とかない!?」

 何て言いながらキンジの服に掴みかかろうとする。

 この子、どさくさに紛れてそう言うことするよね。

 半年前とちっとも変わってない。

「俺は大丈夫だっての……それより用事は何だよ?」

 キンジは彼女を引き離し、用件を尋ねる。

 あと焦ってるのか、ちょっとキンジの口調が冷たいよ。

 だけど、白雪は気にした様子も無く足元に置いてある包みを持つ。

 見た目が箱っぽい。

「う、うん。あのね、旬のタケノコご飯を作って来たの」

「そ、そうか……悪いな。だけど夕食は食べちまったから、朝にでも食べるよ」

「そうなんだ。でねキンちゃん。私、明日から恐山で合宿なの。だからキンちゃんにご飯を作ってあげられなくて……」

「へー、そ、そうなのか。準備で忙しいのにわざわざありがとうな。用事はそれだけか?」

 包みを受け取ってから、段々とキンジの口調が焦りでおかしなことになってる。

 冷や汗も出てるし……

「キンちゃん、何か様子おかしくない?」

 ほら、やっぱり気付かれた。

「そ、そんな事はないぞ。お前の気のせいだよ。な? 霧」

 私に助けを求めるようにキンジは、話を投げかけてくる。

 仕方がない。

「そうだよ白雪さん。ちょっと今朝の事件で疲れたから、キンジも早めに休みたいんだよ」

「そう、そうなんだよ」

 キンジは私の言葉に相槌(あいづち)を打つ。

 私からしたら怪しさ満点なんだけどね。

「だったら私が癒して上げるよ! ほら、私ならマッサージとか得意だし漢方にだって詳しいから」

「いいって! 明日合宿なんだろ? 早く帰って準備をしないで間に合わなかったりしたら俺が困る」

「キンちゃん、私の事……心配してくれてるの?」

「あ、ああ。そうだよ。だから早めに帰れ。な?」

「……嬉しい」

 そう言って白雪さんが別の意味で、我を忘れてるよ。

 いかにも幸せと言った表情をしてる。

「分かったよ。もしかして、霧さんも部屋に帰ろうとする所だったの?」

「まあね。ちょっと持って来た荷物もあるし、片付けて帰るから多少遅れるよ。積もる話もあるだろうけど……先に帰ってていいよ。ゆっくり話すのは、合宿の終わりになるだろうしね」

「うん、分かったよ。じゃあ先に帰るね。キンちゃん、霧さん、おやすみなさい」

 そう言って白雪さんは笑顔で去って行った。

 隣のキンジは峠を越えたとばかりに、ため息を吐く。

 一体、今日で何回吐いてるんだか……

 そう思ってると、キンジが気付いたように顔を上げる。

「って、ちょっと待ってくれ霧。お前、本当に帰るのか?」

「男子寮に女子を泊めさせるの?」

「いや、だけどな……アリアと2人きりになるのは勘弁して欲しいんだが」

「別に私はいいけどね。だけど、帰って来て早々にまた私に借りを作る事になるけどいいのかな?」

「……うっ。お前、まだ覚えてたのか」

「覚えるも何も、一体何個借りを作ってるんだか……。細かいのを数えなかったとしても、相当積もってるよ。それに返して貰うどころか増えてるし」

「あー、すまん」

「ま、あんまり気にしないでもいいけどね。どこかで纏めて返してもらうから」

 にやー、と私が笑うと、逆にキンジは苦笑いになる。

「どっちにしても、私もアリアに泊まれって言われてるんだよね。だからまあ、付き合ってあげるよ。キンジが嫌じゃないなら」

「お前は違うだろうが、なんて言うか……その、姉さんみたいな感じだし」

 姉さん……お姉さんか。

 キンジが弟ね~。

 それはそれでいいなぁ。

 何て思ってキンジを見てると、自分で恥ずかしかったのか照れてるし。

「お姉ちゃん、って呼んでもいいんだよ?」

「……言える訳ないだろうが」

 そう言いながら、私とキンジは玄関を開けて入る。

 そしてキンジは気付いたように、

「今の内にアイツから武器を取り上げるか」

「それって、彼女の衣服に手を突っ込むってことになるよ? 」

「う……だが、いちいち銃やポン刀で追い回されんのは勘弁して欲しい。それに、入浴中に俺が帰ってきてるのを見られたら問答無用で襲撃されかねない」

「先に言っておくと、私が行って取ってくるなんて事はなしだからね」

「なんでだよ」

「また借りを作りたいの? それに私は今の所襲われた訳でもないし……まあ、撃たれそうになったら止めてあげるけどね」

「いや、そうなる前に武器を取り上げて欲しいんだが……」

「帰って来たばかりで私も疲れてるんだよ。ふぁー」

 アクビをしながら、私はリビングへと向かう。

「自分で何とかするしかないのか……」

 キンジの呟きが後ろから聞こえる。

 本当に武器を取り上げるつもりだね。

 シャーと、後ろからキンジがカーテンを開ける音がする。

 だけど、数秒後に――

「ヘ、ヘンタイ……ッ!!」

 神崎の声が聞こえてくる。

 あーあ、タイミング悪かったね。

「ち、違うッ! 目的は武器で――」

「じゃあそのあたしの下着は何よッ!? この、ヘンタイ強猥男!」

 ゴスッ! と音が聞こえたので後ろを振り返ってみると、キンジが吹っ飛んで廊下の壁にぶち当たる。

「死んでしまいなさい!」

 再び神崎の声が聞こえて来たかと思うと、彼女の膝蹴りがキンジの顔面にクリーンヒット。

 メシャアとか、音が聞こえてきそうだよ。

(前途多難だなー)

 私はそう思わざるを得なかった。

 濃い1日が、終わる。

 




私が最近思う事、どうやって感想を返そうか……
あんまり質問に答えると本編のネタバレになる可能性もあるし、どう答えた物かとよく考えます。
つまりは本編のネタバレにならない質問の返し方と言う奴ですね。

律儀に答えなくていいじゃないか?って思っても、やっぱり返信されると、感想を見てくれるんだなとか思いますし。

私も感想書いて返信して貰えると嬉しく思いますしね。

それはそうと、お前ら結婚しろよって、書いてる自分でも思う。

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