緋弾に迫りしは緋色のメス   作:青二蒼

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さすがにAAの毒の一撃(プワゾン)の話とか島麒麟の絡みとか書くと進まないのでカット。

16巻を読み返して思った。メインヒロインである、ホームズの4世さんどこ行った?

今回の話の要点――

武藤貴希ちゃんの口調が心配である。

レキさん初登場。

アリアのおでこ負傷を回避。

早速、16巻に出てくるキャラの名前だけがチラッと出ます。

全員に見せ場があるようにしたけど、出来てるかな?
そこが心配。


29:深まった溝

 

 くふっ、いよいよだねー。

 準備は万端。

 あたしはランラン気分で地下倉庫(ジャンクション)を通って、非常口から外に出る。

「うー、さぶっ」

 潮風が吹いて来て、あたしの肌を冷やす。

 海に面してる小さな4、5メートル四方のコンクリートの地面へと、降り立つ。

 連絡した時間だともうすぐのはずだから、ペンライトを点滅させて誘導する。

 すると――

 

 ザアアアアアアァッ!

 

 と、夜の海面に2つの『オルクス』が浮かぶのが見えた。

 お、きたきた♪

 こっちに向かってきて、2基は接岸すると同時にハッチが開く。

「ジャンヌに夾竹桃(きょうちくとう)、おっ疲れー♪」

「特に疲れてなどいない。そもそも自動操縦(オートパイロット)だからな」

 ゆらりと立ちながらジャンヌはそう言う。

 あたしは手を差し出し、ジャンヌはあたしの手を取る。

 そして、陸地へと引き上げる。

「ふー……」

「夾ちゃん、そんな所で一服しないでよ」

「ごめんなさい、寝起きだったものだから」

 煙管(キセル)の煙を吐きながら、オルクスから立ち上がる。

「ところで、どうしてこんな所にいるのかしら……ジャック」

 まあ、夾ちゃんの言う事もごもっとも。

 あたしについて来たんだけどね、お姉ちゃん。

 誰も驚く事も無く、梯子の上を見る。

 そこには日本人の顔立ちの青年が座りながらあたし達を見下ろしてた。

「いや、なに。物見遊山って奴なんだろうか?」

「私達に聞かれても困るぞ」

「ホームズの4世を観察しに来てた。ただそれだけさ、ジャンヌ」

「それで、私達に何の用だ?」

「おいおい、そう邪見しないでくれよ。用がなかったら仲間に会いに来ちゃいけないのか?」

「……相変わらずの気まぐれか。貴様はセーラ以上に読めん奴だ」

 ジャンヌは不機嫌そうに喋ってる。

 ジャンヌこそ、相変わらずジャックもといお姉ちゃんの事が苦手と言うか嫌いだよね。

「実は用はあるんだけどな」

「お前はッ……性格も顔も毎回違うクセに人をからかう所は、一貫するのだな……!」

「あーっとジャンヌ、抑えて抑えて」

「理子、止めなくても分かってる。私がコイツにかすり傷すら負わせられない事は知ってるが、無駄だと思っても攻撃したいのだ……」

「策士が沸点低かったら世話ないな」

「誰の所為だと思ってる!」

 余計に泥沼にはまってるよジャンヌ……

 こめかみがすごいピクピクしてるあたり、相当乗せられてる。

 ジャックは笑みを浮かべて、

「ちなみに、用があるのは夾竹桃の方なんだがな」

「私にどう言った用件かしら?」

 夾竹桃は煙を吐いて答えながら、陸地へと上がる。

「なに、確か……お前の狙いは間宮の毒だった(はず)だよな?」

「そうね。2年前に植え付けた種が花開くころよ」

「間宮 あかりを(さら)う予定は?」

「あるわ。元々そのつもりだもの。あなたは、毒じゃなくてそっちに興味があるみたいだけど」

「ああ……その通りだ。なに、ホームズの4世を観察してる内にあいつを見つけた時は、驚いたもんさ」

 間宮 あかり――オルメスの戦妹(いもうと)だったね。

 2年前って言うと、夾ちゃんやあのブラドが襲いに行った間宮の里か。

 あの子がそこの生き残りだって言う事くらいは、知っていたけれども。

「あいつは良い才能を持ってる。観察して分かったさ。あの子に武偵なんざ似合わない、外見うんぬんの話じゃなくてな」

「あの子に何を見たのかしら……」

 夾ちゃんの問いに、ジャック笑みを深める。

「――人を(あや)める才能さ。元々、間宮の技術は必殺のモノなんだから当たり前の話なんだがな」

「随分と気に入ったのね」

「なに、理子と同じく育てて見たくなったのさ。夾竹桃に用があるって言うのはそう言う事なんだが……」

「私もあの子は気に入ってるのよ。それに秘毒『鷹捲(たかまくり)』を教えて貰うためにはどの道、イ・ウーに連れて行かなくちゃならない」

「話は乗るって事でいいのか?」

「見返りは(さら)ってから求めるわ。皮算用は好きじゃないでしょ?」

「成立だな」

 随分と黒い会話だよ。

 怖い怖い……オルメスはあたしがやるから、あの子は色々と失う。

 この間までは『毒の一撃(プワゾン)』の特訓で楽しくやってたのに、残念だよ。りこりん的に。

「なに、いざとなれば俺を引き合いに出してもいいぞ。復讐って言うのは、間宮の子にとって甘美な響きだからな」

「随分と買ってるのね」

「まあな。それに、楽しめりゃあいいのさ……何事もな」

「話は終わりか?」

 今まで黙ってたジャンヌが口を開く。

「ああ、終わりさ。俺はしばらく日本にいるから、前もって連絡してくれれば手は貸すぞ? それじゃあな」

 そう言ってジャックは立ち上がって跳び、去って行く。

「相変わらずだねー、あたしの師匠は……。それじゃあ気を取り直して、各ターゲットの少女(Girl)を拉致または殺害する『GGG(トリプルジー)作戦』、楽しんで行ってみよー♪」

 あたしは大きく拳を上げて、そう叫ぶ。

「理子、お前のターゲットはさっきジャックが話していた神崎・H・アリアだぞ。イ・ウーの下級生程度の実力しかないとは言え、まがりなりにもSランク武偵だ」

「ジャンヌ、心配は御無用だよ。今のあたしならアリアには勝てるって師匠のお墨付きだから。それに、準備も万端だよ」

「なら良い。私の方を手伝ってくれ。お前の情報通りに星伽 白雪が合宿から帰京次第に()る。夾竹桃は、さっきのジャックとの話し通りに間宮 あかりか?」

「そうね。だけど、心配は無用よ……。あの子は雑草と同じ。放っておけば伸びるけど、今は脆弱(ぜいじゃく)な存在。簡単に引き抜ける仕事よ」

 夾ちゃんやジャンヌにとってはただ攫うだけだけど……

 あたしにとっては、大事なんだよね。

 自由とあの人の隣……あたしが笑顔で帰れる場所のために。

 

 ◆       ◆       ◆

 

 おかしい事が起きた。

 俺はアリアと出会ってしまった失敗を教訓に、余裕を持ってバスに乗れるように出た筈だった。

 だが――既に、7時58分のバスは到着していた。

 雨と言う事もあって、多くの生徒がバスの中に押し掛けている。

(このままだと乗り遅れる!)

 そう思ってダッシュする。

「あぶねー! ギリギリ乗れたぜ! おう、悪いなキンジ。見ての通りこのバスは満員なんだ」

「何お前は青いタヌキ型ロボットに出てくるキツネ顔の少年みたいに言ってるんだよ!」

 武藤がこちらに気付いたと同時にそんな事を言ってくるので、思わず突っ込んでしまった。

 だが、確かに武藤の言う通りバスの中の人口密度はヤバい事になっている。

「な、なんとか入れてくれ武藤!」

「入れてくれって言われても、どう考えても入れそうにないぜ。あ、お前の元パートナーに迎えに来て貰えよ。確か白野は車持ってたろ? と言う訳で、2人仲良く登校しろよこのリア充め!」

 プシュ―と言う、バスのドアが閉まる音がするとそのままエンジンを(うな)らせて行ってしまった。

 何か恨みが()もってたぞ、アイツ。

 最後に『リア充』とか言ってたが……確か、理子語と言うかネット用語みたいな物だったはず。

 無理矢理に理子に教えられたわけだが、意味は確か『リアルが充実してる奴』を略した言葉だったような気がする。

(充実してるどころか、不充実なんだけどな……)

 武偵にいる以上、普通の生活なんて出来る訳がないんだからな。

 しかし……このままだと、1時間目に確実に遅れる。

 1年生の3学期以降、俺は単位が少し危ない事になっている。

 あまり評価を落とすようなことはしたくない。

 だが、霧に迷惑も掛けたくないしな……

 ――歩いて行くか。

 そう思っていると、1台の黒い車がバス停を通り過ぎて停まる。

 あの車は、どう見ても

「お困りの用だねー」

 助手席の窓から、霧が顔を出す。

 入学試験の時もそうだが、タイミングが良い奴だよ。

「悪い、送って貰えるか?」

「断る理由はないよ。ただ、貸しが……ねえ」

 ニヤニヤと言った感じに微笑みやがって。

 しかし、遠山 キンジ。

 ここで意地を張ったら、1時間目には確実に遅れる。

 しかも1時間目は一般学科の国語だ。

 普通の高校に行くためにも、あまり逃したくは無い。

 なので――

「すみません。送って下さい」

 腰を折るしかない。

 ああ、我ながら情けないぜ。

 女子に頭を下げたからとかじゃなくて、人として。

「別にそこまでしなくてもいいのに……貸しはチャラにしないけど」

「お前、ホントに酷いよな」

「そう言ってないでさっさと乗りなよ。置いて行っちゃうよ?」

 雨である事もあって霧の冷たさが身に()みる。

 鞄を後ろの席に載せて、俺は助手席に乗り込む。

 

 

 どうにかこうにか一般授業である国語には間に合いそうだ。

 と、思いながら霧と共に廊下を歩いている。

 はあ……全く、時計が遅れてるなんてな……

 学校の時計を見た所、俺の腕時計はどうやら10分前後ほど遅れていたらしい。

 理子に修理を頼んだのが間違いだったか?

 霧と同じようにイタズラの気質があるから、これもちょっとしたイタズラなんだろう。

 俺にとってはいい迷惑だが……

 何となくだが、霧と理子が仲が良い理由が今更ながら分かった気がする。

「ある意味ラッキーだったね。私が通りがかって無かったら、今頃は遅刻コースだよ」

「本当にな……」

 そう霧と話しながら、教室の扉を開けるが――

 人が少ない。

 おかしい、武藤は確かにバスに乗っていた筈だ。

 しかも霧の車よりも先を走っていた。

 一度も抜かしてはいない。

 普通に考えれば、既にうるさいくらいには人数がいるのだが。

「これは妙だね~」

 霧も同じように異変を感じ取ってるのか、少し目を細めてる。

「あんた達も来てたのね」

 後ろからアニメ声が聞こえる。

 霧と2人で振り返ると、

「アリア……」「神崎さん」

 アリアがいた。

「今すぐにC装備に武装して女子寮の屋上に行くわよ!」

 そして、突然にそんな事を言い出した。

「いきなり何だよ。これから強襲科(アサルト)の授業じゃなくて国語の授業だぞ」

「違うわよ、バカキンジ! 授業どころじゃない!」

「授業どころじゃない……?」

 俺が疑問を覚えて、そう聞くとアリアは呆れるように唇を開いた。

「――事件よ」

 

 

 移動してる道中で簡単な説明をされたので纏めると……

 どうやら、バスジャックが起きたらしい。

 それも俺と同じ『武偵殺し』の模倣犯と思われる。

 俺が乗ろうとした――7時58分のバス。

 武藤や多くの他の生徒が、乗りこんでいるバスだ。

 だが、どうもおかしい。

 模倣犯にしてはやり過ぎだ。

 それに『武偵殺し』は既に逮捕された筈だ。

 だとしたら、逮捕されたのは何なんだ?

 もし、仮に影武者だったとして……俺の事件を含め本物の『武偵殺し』だったとして……なぜ今更出て来た?

 何かがあちこちおかしい。 

 俺はC装備である、TNK(ツイストナノケブラー)製の防弾ベストに、フィンガーレスグローブ、強化プラスチックで出来た面あて(フェイスガード)付きのヘルメットを装着しながら考える。

 アリアは何も詳しい事を話そうとしない。

 そもそもだ……なぜあいつは俺と霧を、特に俺をパーティーにいれたがる?

 ベルトを締めて、拳銃を入れるホルスタ―と予備の弾倉(マガジン)を装備してから強襲科(アサルト)を出る。

 その間も、疑問は絶えない。

「来たね、キンジ」

 自分の車のボンネットに腰掛けている、俺と同じ装備をした霧がいつもとかわらない笑顔で迎える。

「アリアはどうした?」

「神崎さんなら一足先に、女子寮の屋上に向かったよ」

 霧は何でもないように答える。

 事件が起きたのに慌てる事も無く、いつもの調子だ。

 霧の強みは、いつでも冷静な事だ。

 調子を崩さないし、いつも笑顔でいる。

 マイペースと言っていいだろう。

 だからこそ周りの事をいつも見ているし、調子が崩れないから訓練通りの力を発揮(はっき)できてる。

 中学の時から実戦慣れしてるっぽいしな。

 そのおかげで、良い感じにバランスが取れてた訳だが……

「出来れば小さな事件であって欲しかったよ」

「願ってもどうせ選べないんだから、願うだけ無駄だよ」

「だよな……」

 霧の言う事は時々正しいから困る。

 いつもは子供みたいに、無邪気だって言うのに。

 車に乗り、女子寮に向かいながら俺は思う。

(本当に俺はこのままでいいのか?)

 いや、何を迷ってるんだキンジ。

 こんなトチ狂った場所からおさらばするって決めただろう。

 そして、おさらばするにはアリアを引き離さないといけない。

 俺に失望してくれれば、二度とパーティーに誘う事も無いだろう。

 

 

 女子寮の屋上に着いて俺は見知った顔を、開いた扉の隣に発見する。

 レキ――狙撃科(スナイプ)麒麟(きりん)児だ。

 霧とは反対に無感情だが、それでも充分に美少女だろう。

 口数が少なくて、ミステリアスな雰囲気が多くの男子に人気らしい。

 いつもオレンジのヘッドホンを着けているが、何を聞いているかは分からない。

 どうやら、様子を見るにたまたま屋上にいたと言う訳ではなさそうだ。

 ランクはアリアと同じSランクだ。

「すぐに爆弾処理出来る子はいる? そう、なるべく腕の立つ子……分かったわ」

 無線機でアリアは何かを話しているようだ。

 どうやら、爆弾処理に長けている子を探しているらしい。

 が、すぐに無線を切って俺へと向き直る。

「あんた、霧はどうしたの?」

「あいつは地上から行くそうだ。今は女子寮の前にいて、応援を待ってるらしい」

「なるほど、いい考えね。通信は聞こえてるかしら?」

『聞こえてるよ。感度も良好ってね』

 武偵高の校章が入ったインカムから霧が、アリアに応えるように話しかけてくる。

「それで、詳しい状況説明(ブリーフィング)は?」

「学校の廊下で話した通りよ。7時58分に男子寮前に停まったバスがジャックされた。本当は爆弾処理に長けた子が欲しかったけど、出払ってるみたい」

「どうして事件だとすぐに分かった? それに、『武偵殺し』は逮捕された筈だが?」

「気付いたのは『武偵殺し』が使う爆弾を操作する電波にパターンがあったから! 私はそれを掴んだから気付けた。それと、逮捕されたのは真犯人じゃないわ!! 説明は以上よ! 今は事件に集中しなさい!」

 声を荒げるアリアだが、やはりここに来る前と同じで何かがおかしい。

「真犯人じゃないって、どう言う事だよ?」

「事件の説明は充分したでしょう!? その裏や、事件の背景を説明してる暇は無いわ! あんたには知る必要も無い!」

 そのアリアの言い方にイラッと来た。

「ああ、分かったよ! だがな、現場の詳しい状況をもう少し説明しろよ! 犯人はバスの中にいるのか?! バスの周りに不審な影は無いのか?!」

「そんなもの、現場に行けば分かるでしょ!? 自分の目で確かめなさいよ!」

 コイツ……詳しい状況も分からずに乗り込むつもりか?!

 セオリー無視どころか無鉄砲だぞ!?

『ちょっとお2人さん。冷静になろうよ』

「だけど、霧! こいつは、現場の危険度も知らずに飛び込むって言うんだぞ?! そんな奴に背中を預けられると思うか?!」

 俺はインカムから聞こえてくる霧にそう訴える。

『確かにねーって、結局神崎さん……キンジに自分の事情を説明してないの?』

「説明する必要は無いわ……あんた、あたしの事情の何を知ってるのよ」

『神崎さんがキンジの部屋に押し掛けて来てから、個人的に調べさせて貰ったよ。他の人と協力してね。キーワードは――864年』

「――ッ!?」

 霧の言葉に、アリアは目を見開いて確かに驚いた。

 ――864年。

 何の年数だ?

 だが、アリアに関係するのは少なくとも確かなのは分かる。

「あんた、そこまで調べたのね……。意外だったわ」

『いやー、神崎さんを見てて私は思ったんだよ。どこか"焦ってる"ってね。調べて納得したよ』

「どう言う事だ、霧。その事情ってなんだ?」

『さすがに今ここで話すのは場違いだから、事件が解決したら話すよ。神崎さんが話していい言うならね……。ただ、キンジにとっては喉の奥に何か詰まったような感じになるだろうけど』

 確かにそうだ。

 霧は基本的に、人の事情を知っても本人の許可がなければ話さない。

 そこは信頼できる。

 実際、俺のヒステリアモードについてアリアが知らない所もそうだし、今まで他の女子に俺の秘密を漏らした事は無い。

「分かったよ……事件に集中する」

『それとねー。キンジにも言いたい事があるんだけど、プライベートチャンネルにして貰って……いいかな?』

 俺に言いたいこと?

 こんな時になんだって言うんだ。

 俺は不意にアリアを見る。

「……手短にしてちょうだい。もうすぐ、移動手段であるヘリも来るわ」

 渋々と言った感じに、許可した。

 そして見えるようにアリアはインカムの通信を切った。

 俺はすぐに屋上の扉を開いて、中に入って閉める。

「こんな時になんだよ。俺に話って……」

『正直に答えて欲しんだけどね。キンジは、『本気』を出す気がある?』

 いつもの調子で言ってる筈の霧の声に威圧感を感じる。

 『本気』のニュアンスは――ヒステリアモードを使うのかと言う事だろう。

 ………………。

 ダメだ、どう考えても霧には誤魔化せない。

 表情を見られない通信越しとは言え、嘘は言えない。

「本気は……ヒステリアモードになる気は無い。俺は、武偵をやめる……そう何度も言ったよな?」

『そうだね。だから、アリアが邪魔なんでしょ?』

「……そうだ。何だかよく分からんが、いきなりドレイになれと言ったり、人の部屋に押し掛けては図々しくも居座って俺の事情も知らずに踏み込んできやがる。霧の言う事情が絡んでるのかもしれないがな……」

『まあ、多分当たりだろうね~。あの子は自分の事情にキンジを巻き込もうとしてる。私は言ったんだけどねー、素直に自分の事情を話して助けてって言えばいいのに、って。結局は言ってないみたいだけど』

「逆にそれはそれで困るけどな……」

『と言いつつ、事情を知ったら見捨てるなんて器用な事は出来ないでしょ?』

「……そんな事は、無い」

 なんだか本当の事を言われた気がするが、それでも俺は否定した。

『いいや。キンジはそんなこと出来ない。それとね、自分でも気付かない?』

 ――気付かない? 俺が、何に気付いてないって言うんだ?

『キンジも今、自分の事情に他人を巻き込もうとしてる』

「……俺が?」

『そうだよ。キンジが本気を出さないまま、長年のブランクを抱えたまま現場に出たとして……どうするの? ここまで来てこんな事言いたくは無いけど、足引っ張るだけだよ?』

「随分とストレートに言うな、お前」

『だってさ、このまま足引っ張って失敗してさ。爆弾があってそれが爆発したら確実に誰か死ぬよ? その時に生き残って責任を取れる?』

「……ッ!?」

 その言葉に、俺は驚愕(きょうがく)した。

 そうだ……あのバスには知らない奴だけじゃない。

 俺の友人も乗ってるし、顔見知りもいるだろう。

 

 俺は――バカだ。

 

 元パートナーにこんな単純な事を教えられている。

 平穏を望むあまり、他人を巻き込もうとしてる。

 全力で挑まず、友人や関係ない奴らを私情に巻き込もうとしてる。

 確かに俺は武偵をやめたい。

 だけど――!

 その前に俺は、一般人になる前にそんな最低野郎に成り下がる所だった。

 そんな失敗をして死んだら、俺自身……普通の生活も味わえない。

 何より生き残って、友人が死んで、普通に知らん顔をして生きていけるのか?

 出来る訳がない。

 そんな事で得た平穏なんてクソ食らえだ。

「悪い、霧。今、言われて気付いた」

『そう。世話が焼けるね。まあ、事件を解決したら神崎さんとの喧嘩を仲介くらいするよ。女子寮の玄関口で待ってる』

 霧からの通信がそこで切れる。

 喧嘩する事前提かよ……

 だけど、あの分からず屋には真正面から言ってやらないと分かりそうにないな。

 その前に早く、玄関口に行かないと。

 気は進まないが……悪友を救うためだ。

 

 ◆       ◆       ◆

 

 ホント、世話が焼けるよね。

 ここまでお膳立てしないと、前に進まないなんて。

 まあ、こう言う回りくどいの好きだから別にいいんだけどね。

 なんて思ってる内に、キンジが降りて来た。

「……待たせた」

「はいはい、さっさとしないと神崎さんがうるさいよ?」

 言いながらキンジに向かい合うけど、照れくさいと言うか恥ずかしがってるのか……既に顔が赤いんだけど。

「いい加減に慣れないかな?」

「キスするのに慣れたらダメだろ……ただですら、俺は恥ずかしいってのに」

「そんな初心(うぶ)な反応してるから、からかわられるんだけどね」

「逆にお前は羞恥心(しゅうちしん)がなさ過ぎるんだよ!!」

 羞恥心って言われてもねー。

 何を恥ずかしがればいいのか、私には分からないんだよ。

 演技は出来るけど。

 試しにして見ようかな……

「私だって、恥ずかしいんだよ?」

 はにかんだ様に言いながら、キンジの胸に飛び込む。

「うっ……」

「だけど、キンジはちゃんと受け止めてくれるから……あんまり恥ずかしがってたらダメだと思って、ね?」

 上目遣いで、キンジを見上げる形で顔を覗き込む。

 そして熱の籠もったような声音で話しかける。

 同時にキンジはさらに顔を赤くして、

「そんな事に気付かなかったなんて、俺はバカだったよ霧」

 ……あれ?

 キンジの口調が変化した。

 さりげなく首に手を回しながら脈を診るけど、脈拍も上昇してる。

 さすがの私でも、これには驚いた。

 簡単に堕ちた……ヒステリアモードに。

「もう、なったの?」

「ああ。君のいつもと違った感じに()かれてね」

 私が尋ねると、(いと)おしそうにキンジはそう答える。

 ギャップって奴だね……

「そう言っても、霧。いつもと違う君が演技なのが、少し残念だよ」

 さすがに気付かれるか、この状態で密着してると。

「悔しかったら演技じゃなくさせてみなよ。取りあえずスキンシップは短かったけど、仕事に戻ろうっか?」

「そうだね。もう1人のご主人さまも、きっと痺れを切らしてるだろうからね」

「一時的だけど……」

「ああ、プラチナコンビ復活さ」

 パン! とハイタッチをして、お互いに別れる。

 女子寮の玄関口を出ると、呼んだ応援もちょうど来たみたいだね。

 1台の白いスポーツカーがかなりの速度で走って、ドリフトして停まる。

「やっほー、霧さん!」

 窓に身を乗り出して、顔を出してくるヘルメットを(かぶ)ったシャープな美人顔の子。

 武藤の妹である武藤 貴希(きき)が私に挨拶をして来る。

 すぐさま後部座席に乗りこむ。

「挨拶してないで、事件だからちゃっちゃと行くよ」

「ところで……霧さん」

「なに?」

「霧さんの車、改造していいんですよね?」

「それからは好きに運転させてあげるよ。ぶつけたり、交通違反しなきゃね」

「了解です♪」

 兄妹揃って乗り物好き、彼女に関してはスピードに酔ってる。

 当然のことながら武藤経由で彼女の事は知った。

 入学から日は浅いけど、私の(ふところ)がお金的な意味で広い事と、私の車を見たら目を輝かせてた。

 かなり現金な子だったけど、まあ充分だね。

 腕は悪くないし。

「行きますよ。せいぜい、()かれないでください」

「車に乗ってるのにどうやって轢かれるんだか……」

 私がそう言うと、彼女はアクセルを思いっきり踏んで行く。

 かなりのスピードだけど、こうでもないと追いつけないだろうからね。

『武偵の皆さんに連絡いたします。現在、バスは青海南橋を渡り台場へと進入。今もなお、暴走しています』

 透き通った声でインカムにオペレーターの通信が入ってくる。

「もしもし、聞こえてる?」

『は、はにゃ……き、聞こえてるわよ霧』

 私がインカムに語りかけると、神崎の間の抜けた声が返って来た。

 これは、キンジが甘い事囁いたんだろうね。

 ヘリのローターの音が聞こえる辺り、既に乗っているみたい。

「バスの具体的な居場所は分かる?」

『現在、ホテル日航の前を右折しています』

 この声は、ウルスのレキか……あの子もいたんだね。

「了解っと……貴希ちゃん?」

「聞いてるよ」

 タメ口でそう言いながらもすごいスピードで道を曲がる。

 結構、遠心力が働くけど問題ない。

 バスに爆弾がある以上、一般車両は既に退避してる。

 ここも距離があるとは言え、交通規制が掛かっていて今の所は車は少ない。

 スピードを出しても大丈夫。

 すぐに私達の車は台場へと進入。

 そのまま、さっきレキから聞いたホテル日航をも通り過ぎる。

『こっちはバスの上に着いたぞ、霧』

「ちょうど今見えてるよ」

 キンジから通信が入ったと同時に、バスの後ろを捕らえた。

 バスの屋根の上にはキンジと神崎が見える。

「よし、こっからは腕の見せ所だよ。あのバスに乗り込むからあまりスピードをぶれさせないでね」

「大丈夫だよ、そんなの朝飯前!」

 貴希ちゃんは自信を持ってそう答える。

 すぐにバスに追い付き、左側を並走する。

 スポーツカーの屋根が開いて行き、オープンカーになる。

 当然、凄い勢いで雨粒が顔に当たる。

 風の音も凄い。

「今から乗り込むよ」

『了解。カバーするわ』

 神崎からそう通信が入って、私は風に負けないように声を上げて貴希ちゃんに言う。

「乗り込んだら、すぐに離脱しなよ?!」

『それは出来なさそうだぞ』

 キンジから今度は通信が入る。

「どうして?」

『後ろから『武偵殺し』のオモチャが迫ってる』

 来ちゃったか……なんて思いつつも後ろを振り返ると後ろから赤いオープンスポーツカー、そして運転手にはUZIが鎮座してる。

「あ、あれは!? ルノー・スポール・スパイダー! 1997年に生産されたオープンスポーツだー!」

 貴希ちゃんは嬉しそうに声を上げる。

 後ろを見ながら何事もなく運転してるあたり、兄妹(そろ)って運転技術が若干ヘンタイ的なんだよね。

「まあ、応戦しなきゃ面倒くさい事になるけどね!」

「あの車体に穴を空けるの!? もったいなくない!?」

「貴希ちゃんもヘルメット被ってるとは言え、当たったら脳震盪(のうしんとう)でも起こしてあの世にスピード直行だけどいいの!?」

「遠慮なく撃って下さい!」

 すぐに掌を返した。

 大声で喋ってると疲れる。

『この状態で爆弾を解体するのは難しいぞ』

『分かってるわよ! すぐにアレを追い払って、解体するわよ!』

 神崎がキンジ向かって通信越しにそう言うと、腰を屈めて射撃する。

 が、80キロのスピードで蛇行するスポーツカーに当てるのは結構難しい。

 車体にはいくつか当たってるけど、それでも追い払うには至らない。

 まあ、キンジは別だろうけど。

『全員伏せろ!』

 キンジが車内の窓に叫ぶと同時に――バリバリバリッ!

 当然撃たれるばかりではなく、無人のスポーツカーも反撃に出た。

 窓がいくつも割られる。

「牽制するから、キンジは車内の様子を見て」

『もう入ってるよ』

 私の言う事にそう答えた。

 気付けば、キンジはするりとルノーが死角になってる場所から車内に入ってる。

 早いねー。

 私もぼちぼち反撃しますか。

 そう思って、後ろのルノーに向かってグロックをフルオートで撃つけど、すぐさまバスの後ろへと隠れる。

 いいよ、理子。

 その調子で頑張ってね。

『車内の様子は?』

『運転手が1名負傷した。さすがに運転しながら屈むなんて言う器用な事は出来ない。ああ……武藤、タイミング良く運転を変わってくれ』

 神崎が応戦しながら現状報告を求めると、キンジは途中で別の人物に語りかけてる。

『お前、ヘルメットいいのかよ!?』

『ああ、大丈夫さ。今の俺なら、そう簡単に傷ついたりしない』

 私はグロックをリロードしながらバスの中を見ると、キンジはヘルメットを武藤に渡してる。

『意味の分かんねえ事言いやがって、死んだら()いてやるからな!』

『そう言えば、霧。お前が乗って走ってる車を運転してるのは、貴希か?』

「そうだね!」

『え、オイ!? マジかよ!』

 私が答えると武藤が車内で驚いたようにしながらも、素早く運転を変わる。

 少しふら付いてたバスが、まっすぐ走りだす。

『お兄ちゃんに何か伝言はあるか聞いてくれ』

「貴希ちゃん、お兄さんに伝言はあるー?!」

「死んだら轢いちゃうぞー!」

『おいいいいッ!? マジで貴希が来てんのかよ!』

 妹の声を聞いて、焦ったような声を出してる。

「死んだら、お兄ちゃんのお気に入りのバイクとか貰って行くからねー!」

『絶対に許さんぞ! オレのBMWのネイキッド・バイクは渡さんからな!』

 私とキンジのインカム越しで会話する武藤兄妹だけど、走ってるスピードは全く一緒。

 さすがは兄妹。

『あんた達、こんな時にコントしてんじゃないわよ!』

 神崎が銃声を響かせながらそう叫ぶ。

「さてと、さっさと早めに終わらせようか」

『だが、問題はあのルノーよ……どうやって引き離すつもり? 段々都心に近付いてるわ』

『この先はレインボーブリッジだ。そこで勝負を掛ける。それまでにあのUZIを引き剥がせば俺達の勝ちだ。俺達であのルノーを停止出来ればいいが、無理に(こだわ)る必要は無い』

 ほほう、さすがはヒステリアモードのキンジ。

 ()えてるね。

 私もその狙いには気付いたよ。

「狙いは?」

 だけど、一応は聞いておく。

『ここは台場だ。建物が多い、上にいるレキも狙撃できないだろう』

『勝負を掛けるって言うのは、そう言う事ね』

 神崎も分かったみたい。

『それと、霧。お前のグロックを貸してくれ……これからやる事は、俺のベレッタだけじゃ装弾数がなさ過ぎる』

「分かった、これからバスに乗り移る――うわっち!?」

 ルノーがバスの前から現れて、こっちに銃口を向けてくる。

 貴希ちゃんがブレーキを踏んで、バスの後ろへと潜り込み、撃たれる前に弾丸を回避する。

『大丈夫か!』

「キンジ、心臓に悪いよこのアクション映画」

『体験型なんてお断りだな。無事そうでよかったよ』

「それじゃあ、今からそっちに行くよ。フックショットでね」

『ああ、分かった』

 私はすぐさまキンジに向かってフックショットを放ち、それをキンジが掴む。

 さすがは反射神経も跳ね上がるヒステリアモード……まあ、その性能はキンジのお兄さんで体験済みなんだけどね。

 そのままモーターが高速で回転して、私は後部座席から飛び立つ。

「そんなのアリ?」

 貴希ちゃんがそんな事を言った気がするけど気にしない。

 私もバスの屋根へと飛び移りフックショットを仕舞いながら、ワイヤーを屋根に打ち込む。

 そのままキンジにグロックと予備の弾倉(マガジン)を素早く渡す。

 そして、M500でルノーに向かって射撃する。

 と言っても、当てるつもりはあまり無いけどね。

 まあ、そもそもある程度狙っても揺れる車体の上に的も動いてるから自然に逸れるんだけど。

 当てようと思えば当てられるけど、それじゃあすぐに事件が終了する。

 この役回り本当に面倒だよね。

 Aランク前後の腕でやりつつもそれで演技だと、手を抜いてると思わせない。

 我ながら難しい事やってるよね。

「車体ぐらいにしか当たらないよ、全く」

「本当にね! うろちょろしないでさっさとホイールなりあのUZIに当たりなさいよ!」

 神崎さんも射撃しつつ、そう言う。

 Sランク武偵でもあのルノーの軌道には、イラついてるようだね。

 そして反撃も当然して来る。

 UZIから放たれるいくつもの弾丸がこっちに向かってくる。

 これは、下手すると直撃コースだね。

 だけど――

 

 ギギギギギギンッ!!

 

 UZIから放たれる弾丸が横から来た別の弾丸に、空中で弾かれた。

 それも私や神崎に当たる物だけを判断して弾いた。 

 神崎は少し身構えてたけど、すぐに異変に気付いてキンジの方を見る。

「あんた、今のって……」

「『銃弾撃ち(ビリヤード)』だよ。お嬢さん」

「お、お嬢さッ!? もう、調子狂うわね!」

 神崎は顔を赤くしてキンジから目を逸らす。

「俺がお前らに飛んでくる弾丸を全て弾く。だから、お前らはルノーのUZIを当てる事に集中してくれるかい?」

 優しく語りかけるようにキンジは言ってくる。

 まあ、確かに反撃されるかもしれないのに移動してる物体に当てるのは普通の人間だと難しい。

 神崎は、惜しくもUZIを固定してる場所にいくつか掠めてる辺り凄いんだけどね。

 今のキンジは私のグロックとベレッタの双銃(ダブラ)、HSSのキンジならマシンガンにも引けを取らないだろうね。

 キンジがやればそれで終わりそうだけど、それだとバスの中の人たちが無防備になる。

 だから防御に徹する事を言ったんだろうね。

「分かったわ、あんたを信じる。霧、やるわよ」

 そんな突飛な事を言われても、神崎はあっさりと信じた。

 おそらく持ち前の直感だろうね。

 今のキンジなら出来ると、その目は確かに信じてると言った感じ。

「はいはいっと」

 神崎に応じるように私は射撃する。

 特に神崎は、怒涛の連射をルノーに向かって放つ。

 UZIを含め、車体にかなりの弾痕が刻まれていく。

 キンジはキンジで、UZIから放たれる銃弾を確かに弾いて行く。

「やっぱり……少し火力不足ね。私はさっきから撃ってたから弾が無くなりそうだわ」

 すぐに神崎は気付いて、ガバメントを仕舞う。

「もうすぐレインボーブリッジだけど、このままだとキンジがもたないからね」

「直接叩き折るしかないわ」

 神崎は力強くそう宣言する。

 随分と大胆な行動に出るね。

「つまり、ルノーに飛び移るって事ね。距離を間違えたらさようならだよ?」

「『行動に()くあれ。先手必勝を旨とすべし』……このまま後手に回ってたらあんたの言う通りキンジがもたないわ」

 HSSとは言え、かなりの集中力を使うだろうね。

「跳ぶから、手伝って頂戴(ちょうだい)

「どうなっても知らないけどね」

 そう言いながら(かが)んで私は手を組む。

 あわよくば死んでくれないかなー、とか思ったりもしたけどさすがにそれはお父さんとの約束に反する。

 神崎は私から距離を取り、

「行くわよ!」

 そう言って私に向かって走ってくる。

 目標はバスの後ろから少し離れたルノー。

 タイミング良く私の受け皿のように組んだ手の上に神崎の足が乗ると同時に、私の後ろに向かって打ち上げる。

 そのまま神崎は放物線を描いて、真っ直ぐにルノーへと向かって行く。

 UZIは空中にいる神崎に標準を向けたかと思うと、そのまま弾丸を放つ。

 空中じゃあ避けようも無いけど、心配は御無用。

 キンジの手によって、再び銃弾は神崎に当たる前に弾かれた。

 いくつもの音が雨の音と共に空中で響く。

 

 ――だが、今度はルノーは大きく減速した。

 

 このままだと神崎は、地面に激突。

 まさしく一巻の終わり。

 だけど、そうは行かないだろうねー。

 ルノーの真後ろから走ってくる"白いスポーツカー"がそのまま減速したルノーのスピードを下げないように押し上げる。

「貴希ちゃん、最後にいい仕事するね」

 私がそう呟くと同時に、神崎はルノーに乗っていたUZIを蹴りで叩き折った。

 そのままルノーの運転席に乗り移ったかと思うと、神崎はハンドルを切って減速し、停止した。

 貴希ちゃんも同じく停まる。

 どうやら運転席でも制御できたみたいだね。

『ルノーは無力化したわ!』

「上出来だよアリア。だけど、問題は解決してない」

 キンジはそう言うけど、その口調は余裕そう。

 その理由は既にレインボーブリッジに入ってるから。

 バスに並走するように離れて飛んでくるヘリ。

 ハッチが開かれていて、ウルスの子であるレキが狙撃銃であるドラグノフを構えて膝立ちしてる。

『レキ、荒っぽい爆弾処理だけど頼めるかい?』

『問題ありません』

 キンジの問いかけにウルスの子は無機質に答える。

『私は一発の銃弾――銃弾は人の心を持たない。故に、何も考えない……ただ、目的に向かって飛ぶだけ』

 詩的な事を呟きながら彼女は発砲する。

 遠雷のような音と共に、銃弾がバスの底部へと命中する。

 ガランガランと言う音がすると、バスの後ろへと何かが落ちて行く。

 それは部品に取り付けられたプラスチック爆弾。

『――私は、一発の銃弾』

 最後にそう言って、再び撃つ。

 爆弾ではなく部品に銃弾が当たり、そのまま放物線を描いて海の方へと落下する。

 その刹那、

 

 ドウウウウウウウッ!

 

 耳を(つんざ)く轟音と、空気を伝わる振動と共に巨大な水柱が上がる。

 その様子を見てバスの中の武藤が大丈夫だと判断したのか、ゆっくりとブレーキを踏み減速する。

「事件解決だね、キンジ」

「ああ、これにて一件落着だ」

 バスの屋根の上でキンジと私はハイタッチした。

 どうやら、HSSが切れかけてるみたい。

「お前ら、パートナー解消したんじゃなかったのかよ……」

 武藤が雨に打たれながら、私達を見上げてそう言う。

「もちろん解消したさ、霧の都合で」

「……嫌味?」

 私はジト目で聞く。

 キンジは首を軽く振って、

「そんな事はねえよ。再び組まないのは俺の都合だしな。今回はただ単に事件解決として一時的に復活しただけだ」

 武藤の疑問に答えるように目を向けながらそう言った。

「なんだよ、神崎に乗り換えたのか?」

「誰があんな身勝手なチンチクリンの()ライオン――」

 武藤にそう答えるけど、キンジ……本人が近くにいるのにそう言うのは――

「……誰が、チンチクリンですって……ッ!」

 もう遅かったか。

 キンジは、肩を震わせて声がした方へと顔をゆっくり向ける。

 私も同じように見るけど、そこには(ほほ)をヒクヒクさせた神崎。

「人が気にしてる事を……あんたは……!」

 言いながら2丁のガバメントを抜いちゃったよ。

 弾は打ち切った訳じゃないから、少しは残ってるだろうねー。

「地雷を踏んだねー……コンプレックスを言われたら誰だって怒るよ」

「これはコンプレックスじゃない! それと、あたしはチンチクリンじゃなくてスレンダーって言うのよ!」

「スレンダー過ぎるんじゃないかな?」

「うっさい! それ以上口答えしたら、風穴空けるわよ!」

 私の言う事にいちいちツッコむホームズの4世。

 やっぱり、弄り甲斐(がい)はあるよね。

 これ以上やったら本当に撃ちかねないから、やめるけどね。

「まあ、何にしてもあんた達の実力は見せて貰ったわ」

 私とキンジがバスの屋根から降り立つと同時に、神崎は満足そうに笑みを浮かべてそう言ってくる。

 キンジはその言葉に嫌な顔をしながらも、さりげなく私のグロックを返してくる。

「約束通り、実力は示してやった。満足しただろ? 約束は守った、これで事件を含め全部解決だ」

 キンジは切り替えて、約束を守ったのだからつけ狙うのはやめろと言外にそう言う。

「ええ、確かにあたしの満足のいく結果だったわ。だから、再契約よ」

「――"再契約"?」

 そのニュアンスにキンジは、顔を歪める。

 まあ、彼女がこんな優良物件を逃すつもりはないだろうね。

「あたしのドレイになる再契約よ」

「はあ~……」

 その神崎の言葉に否定するのではなく、キンジは呆れの混じった息を吐いた。

「なによ、そのため息は……」

「呆れてるに決まってるだろ。いつまで経っても事情も説明しないまま、ドレイになれドレイになれって言われて、さすがの俺でも呆れる。それに俺の答えは変わらない。そんなもんは断る」

「どうしてよ! あんたは、そんな実力があるのにどうして!? 武偵をやめるからとか言うからじゃないでしょうね!」

「ああ、やめるから断るに決まってる! 俺は残りを平穏無事に過ごしたいんだ!!」

 予想通りに喧嘩が始まったよ。

 まさか、事件解決直後に早速とは思わなかったけど……

「白野、一体どう言う事だ? キンジと神崎はいい仲じゃなかったのか?」

 武藤がおそるおそると言った感じに私に尋ねてくる。

「いい仲どころか、見ての通り正面衝突してるよ」

「……なんでだ?」

「武偵をやめたいキンジと、キンジと私をドレイもといパーティーメンバーとして組み入れたい神崎さん。どう考えても意見がぶつかり合うでしょ?」

「なるほどな……って、白野も神崎に誘われてるのかよ」

「どうもそれなりに実力を持った人が欲しいみたいなんだけれど……なぜ私達を引き入れたいのかその事情を全く説明しないから、御覧の通り納得も行く訳もないよ」

 私の説明に納得したのか、武藤は「なるほど」と言いながらヘルメットを外す。

「と言う訳だから、あんまり詮索せずにバスの中に鑑識科(レピア)の人がいたら引きつれてルノーの検証とか証拠を確保してくれるかな?」

「ああ、分かったよ」

 武藤はそれだけ答えて、何も言わずにバスの中に戻って行った。

 そして、神崎とキンジの口喧嘩は留まる事を知らない。

「大体だな、何で俺達を引き入れたい説明ができないんだよ!」

「あんた達には知る必要がないって言ってるでしょ! だけど、あたしからは時間がないとしか説明できないのよ!」

「なんだよそれ! 意味が分かんねーよ!」

「武偵なら頭使って調べればいいでしょ! 霧はとっくに知ってるのよ!?」

「俺は、あいつほど器用じゃねえんだ! お前の口から説明されなきゃ納得もしねーよ!」

「出来ないって言ってるでしょ! 大体ね、あたしに比べれば……あんたが武偵をやめる理由なんて――」

 神崎が言おうとしてる言葉をすぐに予測して、私はキンジへと静かに近づく。

 

「――大したことじゃないに決まってるわ!」

 

 その言葉を聞いたキンジの右腕が動く。

 私は、その腕を掴んでそれを止める。

「ストップ……我慢ならないのは分かるけど、踏み越えちゃダメだよ」

 私は静かに言う。

 拳を振りかぶろうとした状態で、キンジは止まってる。

 今までにも見た事のないキンジの表情。

 思わず背筋が震えそうになる。

 ――兄弟(そろ)っていい表情をしてくれる。

 内心、そう思いながらも顔には出さない。

 キンジ自身、踏みとどまるつもりはあったのだろう。

 思ったよりも私が止めた事に抵抗しない。

「何よ……なんなのよ……」

 その表情を真正面から見た神崎は雨に打たれながらも固まってる。

「……すまん、霧」

「頭を冷やした方が良いよ。充分に言いあったでしょ」

「――ああ」

 キンジは力無く言って、ちょうど迎えに来た車の方へと向かう。

 神崎はそんなキンジを見送る事しか出来ない。

 私は降りしきる雨の中……この2人をどう結び付けるか、考えるのだった。

 




新年一発目、いよいよ本格的に武偵殺しと絡みます。

本当は大晦日とお正月にも投稿したかった。

活動報告でも言いましたが、今年も『緋弾に迫りしは緋色のメス』をよろしくお願いいたします。

用語解説

コルト ガバメント(US M1911)……アメリカの中でもかなり代表的な拳銃。銃の中でもかなり有名だと思われる。ルパン三世の銭形のとっつぁんが使ってる銃でもある。他のアニメや映画、ゲームでもよく出てくる銃である。アリアの場合はシルバーモデルとブラックモデルの2丁で、グリップ部分には母親である神崎かなえの横顔が浮き彫りにされたコンクシエル(ピンク貝)のカメオが付いている。
かなりバリエーションも豊富である。

USSR ドラグノフ (SVD) ……ソビエト軍が正式採用したセミオートスナイパ―ライフル。レキの愛銃。AK47と同じくかなり実戦的。耐久性に優れ、操作系や外観もAK47によく似ているが構造的には全く異なる。現実的な問題としてこの銃で2000メートルの狙撃は不可能である。だけど、細かい事は気にしない。

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