緋弾に迫りしは緋色のメス   作:青二蒼

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意外と文章が進んだので投稿。
ちょっと深夜テンションで書いたのでどこか間違いがあるかも。
もうすぐ、ハイジャックです。
あとは夾竹桃戦を書いて……まあ、終わりでしょうね。



30:毒の牙

 

 通りかかった武偵の子達の話によると、どうやら……理子は行動し始めたみたいね。

 私もそろそろ行動しないと。

 私が狙うのは間宮 あかりと間宮の秘毒。

 だけど、あの子も可哀想なものね。

 よりによってジャックに目をつけられるなんて……

 まあ、同情なんてしないけど。

 どっちにしても私のやる事は変わらない。

「それじゃあまたねーライカ、志乃ちゃん」

 どうやらあの子が帰宅するみたいね。 

 私は煙管(キセル)を一回吹いてから仕舞い、傘を開いて間宮の子の後ろを追って行く。

 どうやら平穏に過ごしてるみたいね。

 妹には既に毒の異変が訪れてるでしょう。

 なのに、間宮 あかりに焦ってる様子も何もない。

 きっと気付いてないのでしょう。

 異変に気付かせまいと思って隠してるのかも、だとしたらお姉ちゃん思いのいい子ね。

 ついでだから、あの子も一緒に頂いて行こうかしら。

 『鷹捲(たかまくり)』は一族の長男長女のみが伝承する事になってるのは間宮の秘伝書で知ってる。

 だけど、あの子も間宮の子だし……何か知ってるかもしれない。

 それに姉妹の仲を引き裂くほど、私は残酷ではないつもり。

 ジャックなら場合によっては躊躇(ためら)いなく妹は殺すかもしれないけれども。

 私の追跡に間宮の子は気付いている様子もない。

 そうして辿り着いたのは1つの古めかしいアパート。

 ここがあの子たちが住んでいる所ね。

 あかりが部屋に入った所で、私は彼女が入って行った扉の前へと立つ。

 

 ピンポーン……

 

 チャイムを鳴らして、私は傘で顔が見えないように隠す。

『はーい! ちょっと待ってくださーい』

 扉の向こうから、あかりの妹の声が聞こえてくる。

 すぐに扉は開いた。

 随分と無警戒ね。

「どちらさま、ですか?」

「2年前……植えた種が育ち、開いた花を摘みに来たの」

「……?」

 顔を見なくても分かる。

 私の言う事が分からないと言った風に、あかりの妹が私に視線を向けている。

 

 ゆっくりと傘を上げて――顔が見えるようにしてあげる。

 

「……あ……ああ」

 目を見開いて、私から逃れるようにあかりの妹――ののかが部屋の中へと下がりながら扉をすぐに閉めようとする。

 だけどその前に私は彼女を捕らえて玄関へと入る。

「ののか、どうしたの?」

「お姉ちゃん! 逃げて!!」

 本当に姉思いのいい子ね。

 自分よりも姉を逃がそうとする。

 まだ制服姿のあかりが駆けつけて、玄関にいる私と、私に捕まっている妹を見る。

「……夾竹桃(きょうちくとう)!?」

 憎しみに顔を歪めて、私に向かってすぐにマイクロウージーを構える。

「あまり騒がないで頂戴(ちょうだい)。そうね、少しお邪魔させて貰うわ」

 私は玄関へとさらに深く入って、扉を見ずに閉める。

「撃っていいの? この子もそのまま傷ついちゃうけど」

「……くっ……ののか」

 私の腕の中にいる妹を見て、あかりは躊躇ってる。

 そして、私を射殺すような眼をしている。

 いい眼ね……確かにジャックの言う通り、あなたは影で生きる子。

 そう言う間宮の子が欲しいのよ。

「落ち着いて話でもしましょう。別に今すぐどうこうするつもりはないの」

「信用できると思う?」

 あかりの言う通り、ごもっともな意見ね。

 私は証拠として捕らえたあかりの妹をわざわざ解放する。

「姉の所に行きなさいな」

 そう言って、後押しして上げる。

 私を警戒するように後ろを見ながら、ののかはあかりの所へと行く。

「……お姉ちゃんッ!」

「ののかっ!」

 姉が妹を抱きとめながらも、私に銃を向けたまま。

 姉妹愛って言うのも良いものね。

 思わず鼻血が出そう。

 それと、ここには火災報知機とかは無いのね。

 それを確認して、煙管に火を着けて煙を吹く。

「一体、どういうつもり?」

 あかりはそう聞いてくる。

 すぐに撃ってるかと思ったら、意外にも話は聞く気があるのね。

「だから言ったでしょ? 落ち着いて話でもしましょって」

「どうして今更、あたし達の前に現れたの……」

「2年前の忘れ物を取りに来たのよ。意図的に置いて来たモノだけどね」

 煙を吐きながらそう答える。

「……2年前、あなた達のせいで間宮の一族は隠れ住む事になった」

「知ってるわ。私が現れたのは、あなた達をペットにするためと――間宮の口伝『鷹捲(たかまくり)』を貰い受けにきたのよ」

「ッ!?」

 あかりと私とのやり取りの最中に、妹の様子は段々と変わって行っている。

 あら、ちょうどいいタイミングで毒の兆候が出て来たわね。

「そんな技は……知らない」

「あらあら、そんな風に言ってとぼけちゃって。一族の長男長女のみに教えられると言うのは知ってるのよ」

「……仮に知ってたとしても、教える訳がない」

「ええ、だからこそ交渉に来たの」

「どう言う意味?」

「さあ、あなたの妹に聞いてみたらどうかしら?」

 私の言葉に間宮の妹は肩を震わせる。

「……ののか?」

「ごめん、ごめんねお姉ちゃん」

 妹の様子がおかしい事にあかりは尋ねるけど、その妹は許しを()うように泣きながらしがみつく。

「よく分からないけど、ののかは下がって」

「う、うん……」

 そう言って姉から離れて行く。

 そしてそのまま、"私に向かって"ふらふらと歩いて来る。

「の、ののか! そっちは行っちゃダメ!」

「あ、アレ……? お姉ちゃん、どこ?」

 可哀想に、もう見えなくなったのね。

「え、何言ってるの!? どうしたの、ののかっ! 私はここにいるよ!」

 いくら言っても無駄なこと。

 もう彼女に姉の姿なんて見えてないんだもの。

「あ……う、お姉ちゃん……ゴメン、ね」

 そう言って妹は壁に手を突いたあと、バタリと倒れた。

「ののか……? ののか!」

 私が目の前にいるにも関わらず、あかりは妹の所へと駆けつけ、抱きかかえる。

 それを私は見下ろし、反対に彼女は私を見上げて睨みつける。

「ののかに何をしたの!!」

「毒が回って意識が朦朧としてるだけよ。もう目は見えなくなってるでしょうね」

「……毒?」

「思い当たる節はあるでしょう?」

「……2年前の、あの時に……!」

 どうやらようやく気付いたのね。

 毒してあげると言っておきながら、今まで何の変化もなかったから安心していたのでしょう。

 2年間、何もなければ……確かに毒されてるとは気付かないわね。

 この『符丁(ふちょう)毒』は、使い勝手が良いわね。

 問題はかなり遅行性だと言う事だけど、確実に相手を苦しめ、死に至らしめる事が出来る。

「ちなみに私が死んだりしたら、その子はもう助かる事は無いわ。その解毒方法を知ってるのは私だけよ」

「そんなの……医者に行けば!」

「そう思うならどこの病院でも連れて行けばいいわ。だけど最後に、あなたは私の所へ来るしかない。そのまま『イ・ウー』へ招待して上げる。妹ともどもね」

 私は玄関を開けて、仮の連絡先を示したメモを置いて行く。

「1週間の猶予(ゆうよ)を上げるわ。お友達とかにお別れの挨拶でもしなさい。自分の全てを犠牲にすれば、何も失わなくて済むわ」

 最後にそう言って私は扉を閉じた。

 あの子は閉じる前に見た間宮の子は悔しそうに涙を流し、閉じた扉越しでも声が聞こえる。

 傘を開いて、何も思う事も無く私はその場を去って行く。

(そう言えば、ジャックを引き合いに出してなかったわね)

 まあ、別に構わない。

 私との交渉が決裂しそうになったら言えばいい。

 焦る事も無い、確実に毒して行けばいい。

 

 ◆       ◆       ◆

 

 あれから……と言うほど時は経ってないけど、神崎とキンジと私がバスジャックを解決してその夜。

 報告も済んで、一件落着。

 万々歳……と言う訳でもなく。

 最後にホームズの4世がキンジの琴線(きんせん)と言うか地雷に触れた。

 そのおかげで、少なくとも2人の間に溝が出来た。

「全く、見事に言ったねー。自分に比べて大した事がない、なんて」

「あたしの何が、キンジに触れたって言うのよ」

 女子2人、私と神崎は喫茶店である『Wildschut』と言う店で話をしてる。

「一体、なんだって言うのよ……」

「武偵なら調べればいいんじゃない?」

 皮肉をこめて、神崎にそう返す。

「もっとも、友人が少なさそうな神崎さんが他の人に聞いても辿り着きそうにないだろうね」

「……あたしに喧嘩を売ってるの?」

 怒り交じりにそう返すけど、私にとっては知ったことじゃない。

「事実を述べただけなんだけどね。まず最初に言わせて貰うと、自分の事情と人の事情を比べるモノじゃないよ」

「……どう言う事よ」

「母親が864年の罪を犯して、判決もある程度の所まで決まってる……まあ、大した事情だよね」

「あんた、やっぱり知ってたのね。先に言っておくと、あたしのママの罪は冤罪(えんざい)よ」

「常識的に考えてこの年数はおかしいと思ってるよ。だけど、冤罪を示す証拠は?」

「…………ないわ。それを探してるし、これからも探す。だけど、時間がない」

「なんでそれを説明しないの?」

「冤罪を着せてる相手が一筋縄じゃ行かないからよ。『武偵殺し』に『魔剣(デュランダル)』、『無限罪のブラド』……どれも都市伝説みたいな存在だわ」

 神崎は悲痛そうに顔を逸らす。

 確たる証拠は無い。

 その内の1人、いや1人と1匹は武偵にいる訳なんだけどね。

 私はカウントしない。

 だってその冤罪に関しては関係ないし。

 いや、この間来たジャンヌを含めれば神崎が言った奴は皆いるんだけどね。

 この武偵高に――

「だから、実力のある人に協力して欲しいんでしょ?」

「……そうよ。だけど彼らの背後にいる存在を、その背景を知ったら面倒な事になるわ。だから、詳しく言う訳にはいかない」

「だから知ってもいない、キンジの事情と比べた訳ね……」

 ここでキンジの事情を話そっかな?

 そうした方が神崎もその前提で動いてくれるだろう。

 キンジにもそれとなく神崎の事情を説明して協力するように話してみよう。

「今から言う事はキンジには内緒ね」

「なによ……」

「キンジが武偵をやめたい理由を、ちょっとね」

「………………」

「簡単に言うと、キンジはね……去年のクリスマス・イブに家族を亡くしたんだよ。それも、事件のスケープゴートにされてね」

「スケープゴート、ですって?」

 赤い目を少し開いて神崎は驚く。

 まあ、死んだか死んでないかの違いと細かい違いはあるけど、神崎も母親をスケープゴートにされてる訳だし。

 驚くのも無理はないね。

 実際は死んでないけど。

「そう。その人はキンジと同じ武偵なんだったんだけどね、豪華客船の警護にその日は就いてたんだけど……その豪華客船は何らかの人為的な理由で沈んだんだよ。詳しい事は、何も分かってない。ただの事故かもしれないし、テロかもしれない。だけど、人的被害はキンジのお兄さんのおかげで皆無。だれ1人失う事はなかった。本人を除いてね」

 もっとも、私がそう言う選択肢を出したんだけどね。

 自分を犠牲にするか否か、って言うね。

「そして、客からの訴訟を恐れたイベント会社は責任転嫁(てんか)をした。他の武偵もいたのに亡くなったキンジのお兄さん1人に全てをなすりつけてね。そこからは酷いものだったよ。『事故を未然に防げなかった無能な武偵』、『正義の味方みたいな真似して死んだマヌケ』そんな事がネットに流れてたよ。死んだ上に唾を吐きかけるような、そんな有様だったよ。当然、そんな惨状を間近で見てたキンジは……武偵と言う仕事に絶望したんだろうね」

 私は悲しそうに言う。

「………………」

「神崎さんは、そんなキンジが辞める事情を大した事がないって言うんだね。随分と大したものだよ」

「……悪かったわ」

 さすがに罪悪感があるのか、私に向かって神崎は謝る。

 だけど、それは筋違い。

「私に謝るんじゃなくてキンジに謝りなよ」

「あんたも怒ってるんでしょ? 元パートナーの……キンジの事情を知ってるから、あたしの発言を無責任だと思ってる」

 別に怒ってはいないけど、

「そうだね。無責任な発言だよ……それに、神崎さんがキンジの部屋に押し掛けて来た日に私は言った筈なんだけどね」

「『自分の事情もろくに話せないのに、他人に信用して貰えると思わない方がいい』……確かにそうだわ。だけど、どうやって知ったら危険が及ぶような事情を説明しろって言うのよ」

 私が言った言葉を繰り返すように言う。

 そして、同時に葛藤(かっとう)してる。

「そんなモノは自分で考えなよ。私は既に答えを言ったような気もするけどね」

 素直に何もかも打ち明けないからそうなるんだよ。

 何でそんな簡単な事が出来ないのか、私には不思議で仕方ないんだけどね。

 まあ、どうせプライドとか余計な物が邪魔してるんだろうね。

 私としては、そんなつまんないモノ捨てた方が良いと思うんだけど。

「……分かったわ。あたしにはキンジが必要よ。他にパートナーを探してる時間は……あまりない」

「まあ、事情を知ったからには私も協力するよ」

「ほんと?」

 私の言葉に、神崎は嬉しそうな顔をする。

 私はその疑問に笑顔で答える。

「嘘言ってどうなるんだか……だけど慈善活動じゃないから見返り程度は……ああ、やっぱりいいや」

 どうせ、どっかで払って貰うし。

 それに協力すると言っても"武偵"として活動してる間だけどね。

「なによ。遠慮しなくても良いわよ」

「全部が終わったらにするよ」

 その時にどうなってるかは知らないけど。

「……ありがとう」

 私の『全部が終わったら』と言う発言が、最後まで付き合うって言う風に取ったんだろう。

 嬉しそうに、だけどどこか恥ずかしそうに神崎は静かにそう言った。

 実際、最後まで付き合うよ。

 ――"誰"の最後になるかは知らないけどね。

 そんな時に神崎から携帯の音が鳴る。

「はい、神崎です。……ライカ? どうしたの、あたしに何か用?」

 どうやらライカから連絡が着たらしい。

 私としてはライカが神崎の連絡先を知ってたのが意外だけど……まあ、繋がりがない訳じゃないか。

 同じ強襲科(アサルト)だし、神崎の戦妹(アミカ)である間宮 あかりと友人関係だし。

「あかりの妹が失明して病院?」

 それから神崎はしばらく黙って聞いている。

「……そう、分かったわ。すぐに行く」

 そう言ってすぐに通話を切った。

「何がどうしたの? 間宮さんの妹が病院に運ばれたっぽいけど」

「ええ、聞いた通りよ。失明して病院に運ばれた……ライカの話してる様子だと、敵に接触(コンタクト)されたみたい。最後はあたしの勘だけど」

 勘、か。

 間宮の妹が失明したと言う事は、夾竹桃も動き出した。

 神崎の勘は当たってるだろうね。

「あたしは武偵病院に行くわ」

「私も気になるし、ついて行くよ。ライカもいるみたいだし」

 私はそう言って、神崎と一緒に会計を済ませてすぐに武偵病院へと向かった。

 はてさて……どんな様子かな?

 早いとこ夾竹桃のモノになってくれると嬉しいけど。

 

 

 病院へと辿り着き、受付で間宮 あかりの妹の病室を聞いてそこへと向かう。

『あかり! 待てよ、どこに行くんだよ!』

 目的の病室に近づいた時にそんなライカの呼びとめる声が聞こえる。

『ついて来ないでよ! あたしが犠牲になれば、ののかは少なくとも死ぬ事は無いの……あたしが犠牲になれば』

 扉一枚を隔てた向こう側で間宮 あかりのそんな声が聞こえる。

 既に私と神崎は扉の前に立っている。

 お互いに顔を見合わせて、神崎は疲れたような顔をしてため息を吐く。

『ごめん、みんな……さようなら』

 最後に間宮の子がそう言って、扉が開く。

「お別れにはまだ早いんじゃないかしら?」

 神崎は扉が開き、間宮の子と目が合った瞬間にそう言う。

「アリア、先輩……!?」「霧先輩まで……」

 扉の先に自分の戦姉(アミカ)がいた事に間宮は驚いてる様子だった。

 間宮と同時に、ライカは私もいた事に驚いた表情をする。

「やっほー……って、軽く挨拶(あいさつ)を言える状況でもなさそうだね」

 私はそんな感じで言いながら、病室へと入って行く。

 あのベッドで目に布を巻いてる子が、間宮の子の妹。

 同じく2年前に見た子だね。

 他にも間宮の友人である佐々木とライカ……そして、ライカが戦妹(アミカ)にしたと話してた島 麒麟(きりん)がいた。

 以前に『ラクーン台場』の事件で救出した子だけど、あれからあの子の顔を見て思い出した。

 去年に理子の戦妹(アミカ)だった子だ。

 まあ、だからと言ってあまり面識はないんだけどね。

 それと武偵中学の時にいた風魔もいる。

「最初に言っておくわ。自己犠牲が褒められるのは、お伽話(とぎばなし)の中だけよ。犯人の言いなりになっていけば、どんどんそこに漬け込まれるわ」

「だけど……あたしには、これしか方法がないんです」

「どうして助かる方法が一つしかないと思うのよ。それに、今まで言わなかったけどあんたは別の"何か"を隠してる」

「……ッ?!」

 神崎に言われた瞬間に、間宮は確かに動揺した。

「自分の事を(いつわ)って、何もかも隠したまま。あんたと接触(コンタクト)されたであろう敵とどんな関係があるかは知らないけど……そんなので解決できるの?」

 神崎も人の事言えないクセに。

 いや、彼女の場合は違うか……話さないんじゃなくて、どちらかと言うと話せない方か。

「………………」

 間宮の子は黙ってる。

 それを心配そうに周りの子も見守っている。

「ごめん、みんな……今まで黙ってて」

 間宮はそう言って沈黙を破った。

「話ます、何もかも……あたしの、あたし達――間宮一族について」

「……お姉ちゃん」

 間宮の妹はそう言って、心配そうな声を上げる。

「話すにしても、一先ず座りなよ。神崎さんや友達以外に聞いて欲しくないのなら、私は出て行くけど?」

 そう言って、私は病室を出ようとする。

「いいえ、白野先輩も聞いてください……」

 どっちしろ聞くつもりだけどね。

 もしかして、私を疑った事に負い目でも感じてるのかな?

 まあ、間宮から許可が出たのなら遠慮なく聞かせて貰う。

 私は引き返して、椅子(いす)を取り出して座る。

 間宮も、他の皆もそれぞれ聞く体勢になる。

「あたしたちの家は昔、公儀隠密――いわゆる諜報機関みたいな役職に就いていました。敵地に潜り込んで情報を持ち帰る。そして、その存在を敵に知られてはならないから……生死を掛けた危険な戦いもあったそうです」

 だからこその必殺の技術。

 まさしく見敵必殺って奴だね。

 だからこそ、話してる間宮の子は強襲科(アサルト)じゃなくて諜報科(レザド)の方が合ってる。

 自分の持ち味を自分で殺してるんだよね。

「その戦いの技術は……子孫であるあたし達にも、脈々と受け継がれてきました。お母さんは言ったんです『いつ戦時になるかも分からない。だけど、そう言う時代が来たら……人々を守るために戦ってね』って」

 確かに間宮の母親は強かったねー。

 そう言う信念があったせいで危うく目玉を抉られる所だったし。

「でも、2年前……そんな技術を狙われて間宮一族は襲撃を受けました。……お母さんも、あたし達を守るために傷つきました……切り裂きジャックを名乗る人に、やられて」

 間宮が言った犯罪者の名前に、その場にいる何人かが驚く。

 まあ、知ってる人は知ってるだろうね。

 2年前に、武偵にも忠告として連絡されたから……その本人は、ここにいますけどね。

「……随分と大物がいたものね。何人か驚いてない所を見るに、それなりにニュースにはなってるのでしょう」

「そうだね。武偵中学でも確かに警告されたよ……襲われた所が間宮さんのいる場所だとは思わなかったけど」

 神崎に私はそう補足する。

「私が思うに、諜報機関って言うのは公安0課みたいに危険な仕事。その技術って言うのはもしかして――」

「はい、白野先輩の予想通り……間宮の技は人を(あや)める技――必殺の技術です。私の『鳶穿(とびうがち)』も、元を辿れば眼球や心臓を取るための技」

「だから、技術を"矯正(きょうせい)"しようとした。武偵法9条を破らないために」

 神崎の言葉に間宮は確かに頷く。

「なるほど。法を破らぬために、『鳶穿(とびうがち)』を敵の得物(えもの)を奪い取るモノにしたのでござるな」

 風魔は合点がいったとばかりに言う。

「うん……。だけど、改変出来たのはそれだけ……それ以外はどうしても急所を狙っちゃうし、無理にやろうとすれば技として成立しなかった」

 もったいない。

 自分の才能を殺しちゃうなんて、本当にもったいないよ。

 だけど、そう思っても私は印象が悪くなるような事は言わない。

「間宮さんは、武偵に向いてないね。公安0課や武装検事を目指した方がまだまだ自分の才能を生かせる」

「霧先輩……さすがに今のは聞き捨てなりませんよ」

 ライカは怒り交じりに私にそう言ってくる。

 まあ、今のは冷たいと言われても仕方ないけど、事実だしね。

 だけど――

「まあ、待ちなよ。何もやめろとは言ってない。間宮さんは、武偵と言う道を歩んだ事に後悔はしてる?」

「してません……アリア先輩に、みんなに会えたから」

「だったら問題は無いよ。向いてないと言われても、後悔してないなら自分のやりたいようにすればいい。だけど間宮さんが接触された……誰かは知らないけど、敵の交渉に応じて後悔はないの?」

「あるに決まってるじゃないですか! だけど、あたしは……応じるしかないんです」

 間宮は私の言う事に答えながらも、椅子を立って病室の扉へと向かう。

「どこに行くつもり?」

 視線だけ追って、神崎はそう呼びとめる。

「お別れです。あたしは、アリア先輩……先輩たちのようには戦えなかった」

『……!!』

 その言葉に間宮の友人が全員驚く。

「あかり。武偵憲章10条……言ってみなさい」

 神崎は呼び止めるようにそう言う。

「……あき……るな」

 彼女は神崎の言う事に答えるかのように言うけど、その声は小さくてはっきり聞こえない。

「聞こえないわ!」

 

「――(あきら)めるな! 武偵は決して諦めるな!!」

「そうよ。あんたは今……武偵憲章10条を破ろうとしてるわ。あたしの戦妹(アミカ)なら、戦いなさい! 最後まで(あらが)いなさいよ! あんたはあたしと違って、独りじゃないわ!」

 どうやら神崎は、今まで独りだと言う自覚はあったんだね。

 まあ、そんな事は言わないでおくよ。

「だけど、今のあたしには……」

「神崎さんの言った通りでしょ? 間宮さんは独りじゃないって」

 間宮が何かを言う前に私がそう言ってライカの背中を押す。

 その行動の意図が分かってるのか、私の目を見て確かに頷いた。

「そうだよ、あかり。先輩たちの言う通り、アタシ達がいるだろ?」

 男前な感じでライカはそう言う。

 この子、生まれてくる性別間違えたんじゃないかな……

 何となくそう思うよ。

「そうです! お姉様の言う通りです!」

 島はライカに同意し、

「私もあかりさんがいなくなると、寂しいです! 絶対に敵なんかに渡しません!」

 佐々木は何やら別の決意をしてるっぽい。

 やっぱりこの子、間宮に対して並々ならぬ感情があるよね。

「某も協力いたす。風魔の秘伝『符丁毒』を悪用するその所業、許すまじでござる」

 当たり前だけど、風魔も協力するだろうね。 

 さて夾竹桃はどうなる事やら。

 情報の一つでも流しておくか……

 なんて考えながらも、

「武偵憲章1条」

 私が言うと、

「――仲間を信じ」

「――仲間を助けよ」

「ですの!」

 ライカ、佐々木、島の順番で答える。

 そんな皆に間宮は涙を流す。

「みんな……ありがとう……」

 神崎は立ち上がって、間宮に向かい合う。

「あたしから初めて作戦の命令を下すわ」

「……それって……」

「ええ、戦姉妹(アミカ)作戦よ。あたしは、今回のバスジャック事件の犯人を追う。あんたは自分の目の前の敵を逮捕する事に尽力なさい。2つの事件を同時に解決する」

 少し間を置いて、彼女は宣言する。

 

「作戦コードは……『AA(ダブルエー)』。あかり(Akari)アリア(Aria)のAよ」

 

「……はい!」

 間宮は笑顔で神崎に答えた。

 なーんか、私としては面白くないなー。

 表には出さないけど。

 ま、いいや。

「ライカは間宮さんの作戦に協力することを、姉である私から一応命令しておくよ」

「はい、もちろんです。そうすると、霧先輩はアリアさんの方に協力を?」

「まあね。そう言う訳で、頑張りなよ」

 私は笑顔でそう言って、病室を神崎と共に出る。

「全く、ビックリしたわ。あかりに向かって武偵に向いてないなんて言って……思わず撃ちそうになったわ」

「病室で発砲する気だったの?」

 神崎から驚愕(きょうがく)の事実を言われて、思わず突っ込んだ。

 神崎も間宮の子に思い入れがあるみたいだね。

「さすがに病院で発砲はマズイから、途中から殴りかかってやろうかと思ったけど……さすがに自重したわ。他の人が見てる手前、そんな所見せられないもの」

「短気だね。そんなんだから、独りなんだよ」

「風穴空けられたいの?」

「ほら、そうやってすぐに銃に手が伸びる」

「……あんた、苦手だわ」

「奇遇だね、私も神崎さんとは気が合わないと思ってるよ」

 本当にね……

「それじゃあ、私は戻るよ」

「ええ……あたしは、犯罪者を捕まえる前にキンジに謝らなくちゃいけないけどね」

 病院のロビーで、少し後悔したように神崎は顔を少し下に向ける。

 後悔するなら、最初から言わなきゃいいのに。

「ま、機会を見て近い内にキンジのいる場所を連絡するよ」

「分かったわ。あたしも予定は押してるから、早めにお願い」

 最後に神崎がそう言って、私と別れた。

 病院からの帰り道、私は傘を差して武偵用じゃない携帯を取り出す。

 喉を叩いて、声を出しながら適当な声を調整する。

 周りに人はいない。

「もしもし? 夜分遅くにすみません、夾竹桃さん。ジルですけれども」

 丁寧な口調の女性の声で、私は早口に言う。

『どう言う用件?』

「いえ、一つ情報提供をと思ってご連絡をさせて頂いたしだいです」

『私に貸しでも作りたいの?』

「いえいえ、まさかそんなつもりはありませんわ。どうしてもあの子が欲しいので、私から進んで協力させていただきたいのです」

『……そこまであの子が欲しいの?』

「ええ、出来れば欲しいです」

 私がそう言うと、少し間を置いて返って来る。

『いいわ。教えて』

 私はすぐに早口で伝える。

「ええ、どうやら交渉は決裂しそうです。愉快なお友達を誘って行くそうですわ」

『そう。人数は?』

「5人ですわね。だけど、武偵ランクで言えばBランク以下の子たちしかいませんけれども……あなたが毒を奪った風魔の子がいますわ」 

『風魔の一党ね。なるほど、他には?』

「ええ、その内1人は特殊捜査研究科(C V R)の子ですから実質の戦力としては4人になりますわね。おそらく、その子は支援(サポート)に徹するでしょう。情報提供としては以上ですわ。何か他に知りたい事は御座います?」

 私が最後にそう尋ねる。

『ええ、あるわ』

「なんでしょう?」

『どうやって情報を掴んだのかしら? 盗聴(とうちょう)だけじゃないのは確かでしょう』

 違和感を感じたのか夾竹桃は聞いてくる。

 まあ、そうだろうね。

 だけど夾竹桃も私のやり口は分かってるはず。

「いつも通りのやり方ですわ。誰かに成り代わって聞いた、ただそれだけです」

『それにしては随分と具体的ね。まるで実際にその場にいて、聞いて来たような口振り。あなた、理子と同じで武偵の中に――』

 

「……消しますよ」

 

 別に武偵の中にいる事が知られても、問題は無い。

 顔も声も違うんだから。

 だけど、このままだと余計な事まで聞いてきそうだったからそこで釘を刺した。

『…………………』

「すみません。そのまま勢いで余計な事を聞いてきそうなものでしたから」

『……いいえ、悪かったわ』

「いえいえ、誰しも間違いはあるものですから。それでは、ごきげんよう」

 最後にそう言って私はそのまま電話を切った。

 

 

 雨の中を、歩く。

 雨音を聞きながらも、これからキンジと神崎をどうするかを考えてる内に女子寮に帰って来た。

 私は女子寮の玄関口で、傘を閉じて入ろうとした所で珍しい人物を発見した。

「あ、レキさん。今日の事件、お疲れー」

 私は笑顔でミントグリーンのショートヘアをしたウルスの子――レキに話しかける。

 この子、反応少なくて楽しくないんだよね。

 今のお疲れ様についても、何も反応しない。

 私は溜息を吐いて、彼女の横を通り過ぎる。

「あなたは危険です」

 通り過ぎてから突然にそんな事を言われた。

「一体どうしたの? 私が危険って……」

 振り返りもせずに聞く。

 何も証拠は無い。

 なのにこの子も神崎と同じで点と点を線で結びつけてくる。

「あなたは、(わざわ)いをもたらす存在です」

「誰がそう言ったの?」

「――『風』が、そう言っています」

 ……風。

 確か、お父さんの話によると彼女は璃璃色金(りりいろかね)を守護してた一族。

 星伽と同じような役目を持ってるって話だったね。

 そして、イロカネは心と結び付く金属。

 彼女はそのイロカネの声を聞く事が出来るようだ。

 ――『イロカネの導き』か。

「もう、レキさん。冗談も大概にしなよ」

 私は茶化すように言うけど、

「冗談ではありません」

 私の事を黒だと確信して返してくる。

 何も疑っていない。

 私が危険な存在だと確かに思ってる。

 面倒な人形だね。

 この様子だと、どこかで邪魔になりそう。

 あんまりこの姿でしたくはないけど……

 

 消そう。

 

 スリーブガンの要領で左腕から緋色のメスを取り出し、右手には携帯してる劇薬の注射器を握る。

 さすがにここで血を撒き散らす訳にはいかない。

 ピリリリリ!

 だけど、その瞬間に電話が掛かって来る。

 すぐにどちらも仕舞って、私は電話にでる。

「はい」

『ジル君、出来れば彼女を(あや)めるのは待ってくれないかな?』

 お父さんがまるで見えてるかのように語りかけて来た。

「うん、どうしたのお父さん?」

『ウルスの子がいなくなれば、少し問題が出てくる。僕としてはあまり好ましくない』

 お父さんがそう言うなら仕方ない。

 私としては、気に入らないけど。

「分かった……」

『踏みとどまってくれて嬉しいよ。心配しなくても、武偵にいる間に彼女が襲ってくる可能性はないだろう』

 なら別にいいんだけどね。

 それに、彼女は神崎と同じく独りだから……さっきみたいに「危険だ」と言っても誰も信じないだろう。

「うん、分かった。それじゃあねお父さん、おやすみ」

『ああ、おやすみ』

 それだけ言って電話を切った。

「それじゃあ、レキさんもおやすみ」

 私は振り返って、レキさんに向かって笑顔で言う。

 そのまま彼女は何も言わず、私は背を向けて自分の部屋へと歩き出す。

 

 ――邪魔なイロカネの人形だ。

 

 




ええ、さすがに疲れました。

最近は文章を推敲してると10000字を越えるようになってきました。


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