緋弾に迫りしは緋色のメス   作:青二蒼

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31:嵐の前の静けさ

 夾竹桃と理子が動き出した翌日の朝――

 私はキンジの部屋へと、来ていた。

 神崎と結び付けるためなんだけどね。

 様子を見に来たって言うのもある。

「不機嫌そうだね、キンジ」

「当たり前だ」

 私がベランダから来たのに突っ込みもせず、部屋に入れたキンジに私が尋ねると、キンジはそんな風に返してきた。

 いつもよりも不機嫌そうにムスッとした顔をしてる。

 まあ、他人に勝手に自分の事情を大したこと無いと決めつけられればそんな風に不機嫌にもなるだろうね。

「ゴメン、分かってて聞いたよ。だけど、あんまり神崎さんを責めてあげるのはやめてあげてね?」

「……随分とアリアの肩を持つんだな」

「そうじゃないよ。ただ、私も知っちゃったからね。彼女なりの事情って言うのを……」

「そう言えば、お前は知ってるんだったな。あいつの事情って何だよ?」

「調べてないの? H家とか、彼女が言ってた……捕まった『武偵殺し』が真犯人じゃないって言う事について」

「昨日の今日だぞ? 事件の報告とかもあってそう簡単に調べられなかった」

 一応、調べようとはしたんだ。

 少しは前向きになってるのかな?

 そうだと良いけど、それでもまだまだ消極的な方だね。

「そっか……本人から許可を貰ってないから、事情については本人から聞くと良いよ。神崎さんも、キンジに話したい事があるみたいだし」

「俺としては遠慮したいんだが?」

 やっぱり、そう返すだろうね。

 だけどキンジは、神崎の事が心の中のどこかで気になってもいるだろうね。

 何で自分たちを誘うのか、その理由を聞いてないし。

 私が何かを言う前に、キンジは一つ息を吐いて――

「……分かったよ。お前がそう言うのならな」

 そう言った。

 これで取りあえずは安心。

 あとは、神崎さんとキンジがまたすれ違いを起こさなければ……それはないか。

 性格的に見て、あの2人が言い争わない確率は低い。

 だけど……好きなだけぶつかり合えばいいよ。

 その方がきっと、キンジ達には合ってる。お互いの事をよく知れるだろうからね。

「取りあえず学校に行こう。もうすぐバスが来る」

「そうだね。よければ私がまた送って行くけど?」

「いや、いい……お前に借りを作り過ぎると怖いからな……」

「なんだ、残念。それじゃあ、学校前のバス停近くで待ってるよ」

 私は最後にキンジに向かってそう言って、部屋を出てベランダから飛び降りた。

 

 ◆       ◆       ◆

 

 ベランダから飛び降りた霧を見送って、俺はすぐに学校へ行く支度をした。 

 だが……正直な話、昨日のバスジャックの後にアリアとは喧嘩別れみたいな形になってしまってる。

 だから顔を合わせずらい。

 何より、あいつは俺の辞める事情を知らないクセに勝手に大した事がないと決めつけた。

 それが一番に腹立たしかった。

 家族を、俺の尊敬してる人の死が何でもないように言われたような気がしたから。

 それでも昨日、霧がアリアに掴みかかろうとした俺を止めてくれなかったら危なかったかもしれない。

 なんとか踏みとどまったかもしれないが、勢い余って掴むどころか殴ってしまっただろうな……

 本当にあいつは何もかも見通してるようだ。

 仲介――あの時は仲裁だったが――に入ってくれて助かった。

 武偵を辞めるって言うのに、こうなってくると霧無しで俺は上手くやって行けるんだろうか不安になってくる。

 そんな事をぼんやり考えながらも俺は登校する。

 昨日にバスジャックされたばかりだが、すぐに通常通りに運行となったバスへと俺は乗り込む。

「よお、キンジ。浮かない顔してんな」

 すぐに俺へと気付いた武藤が、いつもと変わらない様子で話しかけてくる。

 事件に巻き込まれたって言うのに、切り替えの早い奴だ。

 って……武偵にいる奴らが大体そうか。

 そうでもなきゃ、武偵はやって行けない。

「悪かったな、朝から辛気臭い顔してて」

 俺は返しながらも武藤の隣にある席へと座る。

 この時間帯はよく混むのだが、珍しく空いてる

「誰もそこまで言ってねえ……ってどっちにしろ意味はほとんど同じか」

 自分で言った事に呆れるように武藤は息を吐いた。

「昨日は、助かったぜ。ありがとな」

「いきなり何だよ気持ち悪い」

 武藤らしくない言い方に俺は思わずそう返した。

「な!? お前、ひでえな……せっかくこの武藤さまが感謝してやってるって言うのに」

「感謝される程の事はしてない。武偵憲章1条を守った……それだけだ」

 それに、霧が言わなかったら俺は本気を出さず、誰か犠牲者を出したかもしれないんだ。

 自分勝手な理由で見捨てようとしたも同然だ。

 本当に心から感謝されるようなことはしていない。

「あー、でもよ。確かお前、本気出すの嫌がってたよな?」

「そうだな……霧に言われるまで、出す気は無かった」

「また白野か、本当にいいコンビだなお前ら」

 武藤の言う通り、そうなんだろうな。

 だけど"本当の俺"じゃあ、あいつとは釣り合わないような気がするんだよな。

「まあな……」

 それでも、誇らしく思う。

「なんだよ、結局本命は白野か?」

「お前こそ何だよ本命って」

 いきなり言って来た武藤に俺はそう返す。

 このパターンはアレだ、俺の苦手なパターンの話題だ。

「とぼけるのか? 白野や星伽さんだけじゃなくて、神崎さんにまで手を出したクセに」

「意味が分からん。手を出すと言うか、関わって来るのは向こうの方なんだけどな」

「チッ、これだからリア充は……」

 武藤は俺に向かって、舌打ちしやがる。

 何で俺の周りには変な事を言う奴しかいないんだ。

 ――キンジは察しが悪過ぎる。

 唐突に頭の中で霧の言葉が反響する。

 察しが悪い、か……俺に何をどう察せと言うんだ。

 そんな事を考えてる内に、武偵高の一般校区前のバス停へと到着した。

 バスを降りるとすぐに霧と、

(――アリア)

 あいつがいた。

 知り合って数日しか経ってないが……いつもの強気そうな顔じゃなくて、しおらしそうな顔をしてる。

 そんな女の子っぽいアリアを見るのが逆に違和感だが……

 どうやら、様子を見るに話があるって言うのは本当らしい。

「あー、おはよう」

「ええ……おはよう」

 どんな風に声を掛けたものかと思って適当に挨拶をしたら、アリアも返してきた。

 が、それ以上は続かない。

 昨日は気まずいまま別れたからな、なんて声を掛けていいか分からん。

 俺としては不機嫌さ残るが、昨日の事は忘れることにした。

 確かにあの時はムカついたが、あんまりネチネチ根に持つのは男らしくないからな。

「はいはい、変な空気流してないでさっさと行こうね。話なら歩きながらでも出来るでしょ?」

 霧が言いながら俺とアリアの背中を押す。

 それで、お互いに歩き始めて霧も俺の隣に並んで歩くが……沈黙は保ったまま。

 周りの生徒も、様子がおかしい俺達を見てヒソヒソ話をしてる。

 おい、どうしろってんだよこの状況。

 そんな時だった――

「昨日は、悪かったわね」

 やけくそ気味に沈黙を破るように、いつもの調子でアリアがそう言ってくる。

「なんだよいきなり」

「謝ってるのよ。昨日、あたしがあんたに向かって言った事に」

 意外だな、こいつがあの時の事を気にしてるなんて。

「もういいんだよ。過ぎた事だ。あの時の事は、俺は忘れることにしたんだ」

 一応、俺の本心を言っておく。

「それじゃあダメなのよ。あの時、あたしは無責任だったわ。あんたの事情も知らずに……あんなこと言って」

「待て、それだと俺の辞める事情を知ったって言う事になるぞ」

「あ、あたし独自に調べたのよ! 決して霧に聞いたとかじゃないわ」

 アリアがそう言った瞬間に俺は無意識に霧の方を見る。

 こいつ、喋りやがったな。

 そんな目をして霧を睨むと、ゴメンと言った表情をしながら手を合わせている。

「そうかよ。だけどさっきも言った通り、俺は忘れることにしたんだ。だからお前も気にするな。それよりもだな、なんで俺達を引き入れたがる理由は結局説明してくれないのか?」

「それは……」

 アリアは視線を逸らす。

 これまでと同じく話そうとはしない。

 が……知る必要は無いと突っぱねた感じじゃなくて、迷ってるようだった。

 すぐに意を決心したように、アリアは俺達へと顔を向ける。

「今度の日曜日空いてる? 霧もよ」

 そんな事を突然に言われて、霧と顔を見合わせる。

「日曜日? 空いてるがどうした?」

「私も空いてるけど?」

「あんたたちに連れて行きたい場所があるの。そこで、説明するわ。集合場所はあとで連絡する」

 それだけ言って、アリアは先に教室へと入って行った。

「……まあ、ようやく本人から説明をしてくれるみたいだね」

「みたいだな……」

 霧の呟きに同意するように答えながら、俺達も教室へと入って行く。

 

 ◆       ◆       ◆

 

 そしてついに来た日曜。

 神崎の連絡通りに武偵高近くのモノレールの駅に集合となった。

「ところで、私服でよかったのかな?」

「ここに来て今更かよ」

 私の疑問にキンジは呆れて返してきた。

「そう言うキンジは制服でしょ? もうちょっと私服とか着ないの?」

「防弾・防刃性の服が割と高いんだよ」

 キンジは私から目を逸らしながらも答える。

 今の私は長ジーンズに、薄手のシャツにその上に赤と黒の半袖のチェックシャツを着てる。

 まあ、割と男性っぽい恰好だけど……こっちの方が動きやすい。

「お前の私服って、何か新鮮だな」

「武偵にいると私服で出かけること自体が少ないからね」 

「それってどこに帯銃とかしてるんだよ」

「ちゃんとあるでしょ? 腰のベルトに」

 私は上着を少し上げて、腰周りを見せる。

 ベルトタイプのホルスターにいつもの銃と予備の弾倉(マガジン)、それから武偵に支給されてる手錠。

 ちなみに後ろ腰には革製の鞘に収まった刃物もある。

「今じゃ、そう言うのもあるんだな……」

「武偵だったら割と安めだよ」

「いや、俺はそう言うのはいい。そもそも金欠だしな」

「その様子だとあんまり任務(クエスト)を受けてないね……理由は分かるけど」

 私が呆れたように言うと、キンジは「うぐ」と(うな)った。

 まあ、そこら辺の事はしつこく言わない。

 鬱陶しいと思われるだろうし。

「待たせたわね」

 どうやら、誘った人がようやく来たようである。

 声のする方を振り返ると、そこには武偵高では見掛けない姿の神崎がいた。

 ピンク柄の清楚な感じをさせる薄いワンピースに、あの(かかと)の高いサンダルみたいのは……確かミュールって言う物だったかな?

 それを履いている。

 そんないつもと違う神崎にキンジは少し驚いてる。

「それじゃあ行きましょ」

 物静かに神崎が言って先に歩いて行き、私とキンジは顔を見合せながらもその後ろをついて行く。

 そのまま神崎を追い掛けるようにしていくつもの電車を乗り継ぎ、あらかじめメールで聞かされていた新宿へと辿り着いた。

 ここまで会話らしい会話は無し、キンジも気になってるみたいだけど……目的地はもうすぐだと思って、それまでは聞かない様子だね。

 そして見えて来た建物は――

「新宿警察署?」 

 キンジが疑問を覚えるようにして、言う。

 そんなキンジに神崎は悲痛そうに答える。

「そうよ。ここに――あたしのママがいるの」

 

 

 それから面会の手続きを済ませて、面会室へと案内される。

 念のために武器は預けられた。

 まあ、そりゃ武偵とは言え……肉親が絡めば妙な真似をしないとも限らないだろうからね。

 アクリル板越しに2人の監視役と、もう1人女性が現れた。

 神崎の面影があるその人は私はもちろん知ってる。

 私が一方的に知ってるだけなんだけどね。

 神崎 かなえ――私の隣にいるホームズの4世の母親。

 私とキンジに気付いた瞬間に神崎の母親は、少し驚いたような顔をして――

「まあ、アリアのお友達に彼氏さん?」

「「……ちがっ!」」

「そうですね」

「ちょっと、霧!」「おい、霧!」

 神崎の母親の『彼氏』の部分を否定する時も同じ、私の肯定を否定する時も同じタイミングで神崎とキンジは言ってくる。

 そんな様子に神崎の母親は、クスクスと笑う。

「お若いですね。母親とは思えませんよ……てっきりお姉さんかと」

「あらあら、嬉しい事を……あ、それはそうと初めまして。アリアの母親の――神崎 かなえと申します」

「どうも、神崎さんと同じクラスの白野 霧と申します。私の隣にいる男性も同じくクラスメイトの遠山 キンジです」

「ど、どうも」

 私ににこやかに紹介されて、キンジは静かに会釈(えしゃく)する。

「ふふ、初めまして。お友達を作るのがヘタなアリアがお友達を2人を作るなんて、母親としてこんなに嬉しい事はないわ。うちの子と付き合うのは大変でしょう?」

「そうですねー。意地を張ってると言うか、何と言いますか……なかなかに自分勝手な――」

 私が神崎の母親と早くも打ち解けてると、その娘がわざとらしく咳払いして、

「ごほん……霧。面会時間が3分しかないの、あんまり談笑しないで貰える?」

 私を睨みながらそう言ってくる。

 余計な事を言わないで、と言った感じに。

 だけど事実なんだから仕方ない。

 私は、はいはいと言わんばかりに手を振って、黙る。

「ママ、手短に話すわ。私の隣にいる霧はともかく、こっちのバカ面は『武偵殺し』の被害者の1人よ。先週、チャリジャックなんて言う珍しい事件(ケース)に遭ってるわ」

「……まぁ、それは大変でしたわね……」

 本当に心配するように、神崎の母親は表情を固くした。

 バカ面と言われて、キンジはキンジで神崎を呆れた目で見る。

「それと、つい最近にはバスジャックにもあったわ。ヤツの活動はここ最近に活発になってる。きっと、もう一度動くはずよ。もう少しで尻尾も掴めるはず。あたしは狙い通りに『武偵殺し』を逮捕することに尽力するわ。そうすればママの864年の懲役(ちょうえき)も742年まで減刑される。判決が出る前にも間に合わせてみせる。だから、安心して」

 神崎が言った年数にキンジは目を丸くする。

 864年――私の言ったキーワードの年数と一致する事に当然気付いただろうね。

「ママをスケープゴートにした『イ・ウー』の連中も全員、ここにぶち込んでやるから……」

「アリア……焦り過ぎよ。そうは言うけど、あなたは『パートナー』を……仲間を見つける事が出来たの?」

「それは、まだよ」

 そう言い(よど)みながらも、神崎はキンジをチラリと見る。

 その視線にキンジは気付いてない。

 神崎と、彼女の母親との会話に聞き入っている。

 そんな神崎の様子に母親である彼女は気付いたのか、少し安心したような顔をする。

「そう。アリア、あなたの性格は遺伝性のモノだけど……あなたの性格を理解し、協力してくれる人がいなければその能力を十全には発揮できないわ。あなたは意地を張り過ぎなのよ。少しは自分に素直になる事を覚えなさい。そうすれば、きっと助けになってくれる人も増えるはずよ」

 どこか厳しそうに、だけど(さと)すように神崎の母親は助言する。

 さすがは家族だけあってちゃんと神崎の事を理解してるみたいだね。

「焦り過ぎてはダメよ。あなたがどれだけ転んで、立ち上がる子でも……母親として、あんまり傷ついて欲しくない。日本には『急がば回れ』と言う(ことわざ)があるわ。遠回りに見えるような事でも、一番の近道に繋がる事もあるのよ。今のあなたは最短で行こうとして、実は遠回りしてるのかもしれないわ」

「でも……!」

「安心して、私の裁判は弁護士の方が頑張って時間を引き伸ばしているわ。だから、焦らないで仲間と一緒に歩みなさい。1人で先走ってはダメ」

 神崎を心配するように、母親は言う。

「もうすぐ面会終了だ」

 監視役の1人から告げられて、神崎は早口になる。

「本当はこんな事じゃなくて、色々話したかった! 学校の事、あたしの戦妹(アミカ)のこと!」

「ええ、分かってるわ。だけどゴメンなさい。わたしも聞いてあげたいけれど、それは叶いそうにないわ。母親としていけない事ね……」

「ママは、悪くない! 悪いのは『イ・ウー』の連中よ! だから自分が悪いみたいな事言わないで!」

「ありがとう、アリア。白野さん、遠山さん……厚かましいお願いではありますが母親としてお願いします。どうかアリアを――」

「……時間だ」

 さすがに面会の規定を破る訳には行かないのか、監視役の人が少し間を空けてから告げて、神崎の母親を連れ出す。

「連れださないで、まだママが何か言おうとしてるでしょ!」

 神崎がそう叫ぶけど、監視員はそのまま無視して連れ出す。

「いいのよアリア……お2人とも、アリアを――どうかアリアの助けになってあげて下さい!」

 最後にそう言って、神崎の母親は扉の向こうへと……消えた。

 

 

 新宿警察署を出て、曇り空。

 まるで神崎の心を映してる感じだね。

 キンジは、そんな神崎に声を掛けられずにいる。

「これが、あんたが知りたがってた……あたしの事情よ」

 神崎は私とキンジに背を向けたまま、歩きながらそう言う。

 キンジはすぐに尋ねた。

「……なんで言わなかった?」

「同情で気を引けって言うの? そんなやり方で協力して貰うよりも、あたしの身勝手に巻き込んだ形の方がマシよ」

 へー、意外に考えてたんだね。

 確かに同情で気は引けても、協力をして貰えるかは分からない。

 世の中、お人好しばかりじゃないってことぐらいは彼女も分かってるんだろうね。

 だったら無理矢理引き込んで、自分に負担が掛かる形で振り回して……協力させる。

 そうして危なくなれば、引き離せばいい。

 使い捨てみたいな形だけど、そうすれば事情を話さずに協力させる事は出来る。

 焦るあまりにパートナーを探す事じゃなくて、そう言う手段に出たって言う所だろうね。

 多分、『パートナー』じゃなくてもドレイって言い方をしてたのも、そう言うこと。

 相手の負担を減らす事と同時に、駒だと自分に言い聞かせてた。

 神崎の母親が言ってた通り、最短距離で行こうとして彼女は遠回りをしてた。

 まあ、どれもこれも私の予想なんだけど……大体は合ってるだろうね。

 キンジは神崎の言葉に何も言えない。

 ついに歩みを止めて、顔を伏せる。

 肩を振るわせて、拳を握り、彼女の足元に(しずく)が落ちる。

 雨は降ってない。

「アリア……」

「泣いてなんかないわ。目にゴミが入っただけよ」

 キンジが声を掛けた直後に、怒ったように下手くそな言い訳を言う。

「泣いてなんかない……泣いて、ない……!」

 雨と一緒に、

「う……くっ……うわあああああああぁ!」

 神崎は泣きだした。

 彼女に近づこうとしたキンジの肩を持って、私は首を振る。

 どうせキンジには掛ける言葉なんかない。

 下手に言葉を掛けるよりも、こう言う場合はそっとしておくのが一番。

 通りかかる人に注目されながらも、気にせずに彼女は泣く。

「ママぁー……! うわああああぁぁぁぁぁー……!」

 子供みたいに彼女は泣く。

 その声は遠く響いて、私の胸にも声の振動が来る。 

 と言っても……私の胸には何の感情も湧かないし、響かないんだけどね。

 ただ心の中で私は――

 

 (わら)ってるよ。

 

 

 神崎は1人にして欲しいと言ってきたので、私達は新宿駅で別れた。

 私もキンジに「これでお互いの事情は知った。どうしたいかは自分で考えなよ」と、それから買い物に行くと言っていつもの調子で言って別れた。

 雨のおかげで服が肌に着く。

 天気予報と言うか、天気の事を気にしておけば良かったかな?

 まあ、雨は好きだから別にいいんだけどね。

 そんな中……ドクンと、私の血流が変化する。

 いつものが、来た。

 急いで帰っても準備できるかどうか……微妙な所だね。

 私は通りかかった店のガラスを見て、映る自分の姿を見る。

 今の所、外見的に変化は見られない。

 一応は片腕で顔に掛かる雨を防ぎながら、走って行く。

「よお、お嬢さん。1人かい」

 私の行く手を阻むように金髪の、黒いフードを(かぶ)った男が現れる。

「おほ、上玉じゃん。雨の中寒そうだな、俺達と一緒に温まる事でもしないか?」

 そう言いながら、他の男が5人ほど現れる。

 雨を防ぐために誰もかれもがフードを被り、愉快そうに笑いながら、私を逃がさないように前後を(ふさ)ぐ。

 またしても分かり易いぐらいにつまらない人たちが出てきた。

 あんまり短絡的にバラしたくはない。

「ナンパ? 先に言っておくけど、私は武偵だよ?」

 そう言いながら、私は腰のホルスタ―に下がってる得物(えもの)を見せる。

「へえー、それは大変だ。安易に銃なんて抜いて良いのかな~?」

 金髪フードはそう言う。

 後ろの方から銃をコッキングする音が聞こえる。

「私よりも先に、お兄さんたちも随分と安易に銃なんて抜くんだね」

 私が言いながら少し後ろを見れば『USSR トカレフ』を1人が持ってる。

 おそらくはコピー銃。

 だけどまあ、あれは粗悪品の方じゃなくてちゃんとした方っぽいね。

 武偵崩れみたいな奴もいるから、きっとどこからか流れてるんだろうね。

「ちなみに俺らのは防弾の服じゃない。撃たれどころが悪かったら死ぬだろうな」

 そう言って黒フード達は私に近づいてくる。

 なるほどね。

 武偵法9条を盾にした感じか。

 私はすぐに左の路地へと逃げ込む。

 だけど、すぐに行き止まりに気付く。

 まあ……上に逃げればいいんだけどね。

 もう間に合わないし、追い込まれたフリをしておこう。

「おー大変だ。怖いお兄さんに追い込まれちゃったぞー」

「マジで外道だなー、俺ら」

 金髪フードに同意するように仲間の1人がそう言うと、声を出して笑い出す。

 おそらくこれを見越して、私の前後を(さえぎ)ったんだろうね。

 私は悔しそうに怯えたフリをして、腰のホルスタ―を取って地面へと落とすように置き、両手を上げる。

「随分と物分かりが良いんだなー。そう言うの好きだよ、俺」

 言いながら段々と近づいてくる。

 いいよ……もっと近づいて。

「きっと君も楽しめるぜ~。それに、時間なんてあっという間だからな」

 そうだね……すぐに終わるよ。

 もうすぐで彼らが私に触れる。

 そして――

 

 さようなら。

 

 ザーッと、雨の音が支配する。

 私の手には緋色のメス。

 そして私の後ろには喉を切られて死んだ、さっきのフード男たち。

 血が着いたのは私の手だけ、それもすぐに雨で流れ落ちる。

 だから雨の日は好きなんだよね。

 血が着いても――流れるから。

 すぐに私のベルトタイプのホルスターを拾って、何事も無かったかのように路地を出る。

 周りに見てる人は、誰もいない。

 通りかかってる人も、そこの路地で人が死んでるなんて誰も思わないだろう。

 私は気配を消すように雨の中を歩く。

 そして、電話が掛かって来る。

 いつもの調子で、私は電話に出る。

「はい、白野です」

『あ、キーちゃん。オルメスとキンジの様子はどう?』

 理子だった。

「いい感じだよ。お互いに気になってるみたいだからね。充分にお膳立てはしたよ」

『そっか、じゃあそろそろ勝負を仕掛けるよ』

「うん、頑張ってね。って言ってもどうするか知らないけどね」

『さっき、ロンドン武偵局から命令が来たらしい。あんなんでもSランク武偵だからね。優秀な人材を外国に置いておくのは惜しいんだろう』

 真剣な口調で理子が言う。

 つまり、帰還命令なんだろうね。

 受けるか受けないかは本人の自由かもしれないし、強制かもしれない。

 どっちにしても彼女は帰るんだろうね。

 キンジは前向きじゃない。

 神崎は時間が無いことから考えて、そんなキンジの返答を待っている暇はないだろう。

「と言う事は……」

『ハイジャックで決着を着ける』

「大まかな筋書き通りではあるね。一応、メッセージにはなってる」

『あとはキンジを誘い出して、それで終わりだ』

「HSSのキンジだったら一筋縄じゃ行かないよ? だから、殺す気でやっても良いよ」

『いいの? お姉ちゃん、気に入ってるんじゃ……』

 さっきとは一転して、理子の口調が穏やかなものに変わる。

「別に心配しなくても良いよ。きっと、それぐらいの方がちょうど良い……それに、神崎以外は死ななければいいんだよ」

『分かった』

「うん。応援してるねー」

 そう言って電話を切った。

 どういう結果になるか楽しみだ。

 雨の中、帰りながら私はそう思う。

 

 




・用語解説

USSRトカレフ……アリアのガバメントと並んで『世界で多く生産された拳銃』である。高い整備に生産性、厳しい環境下での確実な作動が強みである。AKやドラグノフと同じだが、ソビエトの銃はなぜこんなにも実戦的なのだろうか。それはともかく、素人でも簡単に操作を覚えられるらしい。

次回はハイジャックです。

最近、前書き後書きで書く事が少なくなってきた。

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