緋弾に迫りしは緋色のメス   作:青二蒼

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34:嵐の終わりの夜

 

 夾竹桃の敗北を見届けた私は、キンジの部屋のベランダ……の下の階のベランダにいる。

 ちなみに部屋の人は帰って来てない。

 そんな私の上、つまりはキンジの部屋のベランダには神崎とキンジがなにやら話をしてる。

 話しに割り込んでも良いけど、そんな雰囲気でもないし……様子を見るか。

「台風が過ぎ去って、雲が晴れたせいか……星がきれいだな。都会の空気は汚いから普通はあんまり見えないんだが」

 キンジがなにやら話す話題に困るようにしてそう言った。

 まあ、下の階にいる私はその表情は見えないし、覗き込めばすぐにバレる。

 だから声で判断するしかないんだけどね。

「そうね……こんな星空が見えるとは思わなかったわ」

 神崎はキンジに同意するように返す。

 それからしばらく静かな夜が、流れる。

 なんだか微妙な空気だね。

 お互いにぎこちない様な感じで、2人が視線を合わせずに黙ってるのが目に浮かぶ。

「ママの裁判の公判が……延びたわ」

 神崎が先にそう切り出した。

「そうか……良かったな」

 キンジは心の底から祝うようにして神崎にそう返し、

「ええ、本当にね。今回の件で、『武偵殺し』の事が冤罪と証明できたから年単位で裁判は見送りになるんだって」

 嬉しそうに神崎は報告する。

 いつもの意地を張った感じじゃない。

 それほどに嬉しかったんだろうね。

 私としてはこの結果に複雑な心境を抱いているから、微妙なんだけど。

「それよりも、あんた……どうしてあたしを助けに来たの?」

「……さあ、何でだろうな?」

 神崎の疑問に、自分でも分からないと言った風にキンジは答えた。

「なによそれ」

「自分でもよく分からん。霧に言われて、お前の事情を知って……『武偵殺し』に狙われると分かって……放っておけなかったんだと思う」

「っ!? ……思う、ってハッキリしないわね!!」

 キンジの『放っておけなかった』の部分で神崎は言い淀んで、それから怒鳴るようにして叫んだ。

「なんでいきなり大声出すんだよ……」

 しかし、当の本人は言い淀んだ事については気付いてないと。

 完全に照れてるよね、神崎。

「よ、余計なお世話よ。あんたが来なくても……武偵殺しは1人で何とか出来たわ!!」

 強がってるね~。

 実際、神崎と理子が戦えば理子が勝つに決まってるんだけど。

 神崎の戦い方は真っ直ぐ過ぎるから、特に母親関連で揺さぶりでも掛ければ簡単に乱れる。

 そう言うのは理子の得意分野だし。

「そうだな。余計なお世話だったかもなぁ……」

 キンジが深い溜息を吐くのが聞こえる。

「……ウソよ」

 神崎は否定した。

 その言葉にキンジは尋ねた。

「なにがだ?」

「1人で何とか出来たって言うのは……ウソ。もしあんたが守ってくれてなかったら、あたしは死んでた」

「………………」

 ふーん、どうやら神崎を死の間際までは追いこんでたのか。

 HSSのキンジがいる状態でなのか、もしくはそうじゃない状態でなのかは分からないけどね。

「ハイジャックが解決して、理解したの……あたしにパートナーが必要な『理由』。1人じゃ出来ないことがあるんだって、分かったの……」

 へえ、素直に気付いたんだ。

 またプライドとかが邪魔するかと思ったけど、神崎は言葉だけでなく本当に理解したらしい。

 そのまま神崎は続けて話しだす。

「――だから、今日はお別れに来たの」

「……お別れ?」

「ええ、あんたと霧を仲間に出来たら良かったんだけど……。あんたの事情も知っちゃったし、あんたが信頼してる霧を、引き離すような事も出来ない。だから、あたし……パートナーを探しにイギリスに戻ることにしたの。ロンドン武偵局もなにかとウルサイしね。キンジは、武偵をやめるつもりなんでしょ?」

「ああ……」

 キンジは力無く答えてる。

 迷ってるね~。

「そう、よね。もし、今からでも気が変わったのならあたしのパートナー……とは行かないけど仲間に――」

「……悪い」

 必死な神崎の言葉を遮るようにして、キンジは短く言った。

「あ、あんたが謝る必要なんてないわ。もしも、って言う話よ。今度は別に、強制なんてしない」

 慌てて神崎はキンジをフォローするようにそう言って、

「あーあ、この武偵高に来て4ヶ月……良い事がなかった訳じゃないけど、微妙な日々だったわ! UFOキャッチャーは上手くいかないし、ハイジャックでは犯人に逃げられるし!!」

 どこか自棄(やけ)になるように声を張り上げて、続けた。

「もし、日本に来るような事があれば……教えてやるよ」

「ふん……あんたに教えてもらう必要なんてないわよ。自分で何とかするわ!」

 キンジが気を(つか)うような言葉を言って、神崎はそれに強がりで返した。

 さすがのキンジでも、これは強がりだって分かるでしょ。

 私からは二人の様子は見えないんだけどね。

「そう言えば、霧はどうしたのよ?」

「さあな……あいつは気まぐれだし。昨日は、ハイジャックの件で少し走り回ってたみたいだからな。どこにいるか分からん」

 神崎の質問にキンジは回答する。

 これは、チャンスだね。

 私はすぐに上にあるキンジのベランダへと飛び移る。

「私のこと、呼んだ?」

 そう言いながら、私はベランダへと着地する。

 神崎とキンジはそんな私を見て驚いてるけど、

「お前、いくらなんでも神出鬼没(しんしゅつきぼつ)だろ」

 キンジは慣れたように呆れながら、私に言ってくる。

「いや~、そう言われても……実はさっきから下のベランダにいたんだけどね」

「……何してんだよ」

「だって、割り込める雰囲気でもなかったし、ね?」

 私はキンジにそう言って、神崎に目を向ける。

 まあ、いわゆる"良い雰囲気"だったから私なりに気を遣ったって言う事なんだけど。

 そんな私の意図が読めたのか、神崎は顔を赤くし始める。

「あ、あああ、あんたね! あたしとキンジがそう言う風な雰囲気になる訳がないじゃない!!」

「そうかな~? 星が見える夜空にベランダで2人きり、これ以上ないほどに良いシチュエーションだったと思うけど?」

 私はそう言って笑顔を向けると、神崎はさらに顔を赤くする。

「ちゃんと俺に分かるように話してくれ」

 そしてキンジが分からないと。

 最早お決まりだね。

「さすがは察しの悪さに定評があるキンジだね」

「…………バカにしてるだろ」

「してる」

「俺でも怒るぞ」

 そんな私とキンジのやり取りを見て、神崎は羨ましそうな目をする。

「あんた達、やっぱり良いコンビなのね……」

「神崎さんにも見つかるよ。もう見つかってるだろうけど」

 そう言って私はキンジを見る。

 神崎はそんな私の視線の意味に気付いてるけど、首を振る。

「いや、もういいのよ。悪かったわね、付き合わせて……。あんた達に負けないパートナーを、あたしも探す事にするわ」

「元パートナーだよ」

「そうだったわね」

 キンジの言葉に、神崎はそう答えて玄関へと行く。

 私もそれに続くように、彼女を見送る。

 さて……問題はここからだけど、まあ大丈夫でしょ。

 きっとキンジなら、私の予想通りに動いてくれる。

「その、頑張れよ」

「ええ、ありがとう。バイバイ」

 キンジと神崎はお互いに別れの言葉を言って、神崎は笑顔でドアを閉じた。

 私は部屋に戻らず、そのまま玄関にいる。

 そして、逆にキンジは部屋に戻ろうとして……違和感に気付く。

「あいつ、帰ったのか?」

「いいや……足音がしないよ」

 キンジが気付いた事を私に聞いて、私はそれに答える。

 どうしても気になったのか、キンジはドアの覗き穴に向かって外の様子を見る。

『イヤだよ……あんた達みたいなコンビ、そう見つからない。キンジ……霧、あんた達以外に、仲間になれる人なんて……早々に見つからないよぉ……』

 その声は、ドア越しで私にも聞こえる。

 神崎の泣き声と一緒に本心が出ている。

 だけどキンジは、その言葉に背を向けて……静かに部屋へと戻る。

 それと同時に、ドアの向こうの神崎の足音も聞こえる。

 ドア越しとは言え、お互いに背中を向けて歩いてる。

 さてと……ここからが本番だね。

 私もキンジの後ろに続いて、部屋へと戻る。

 キンジはすぐにソファーへと寝転がって、片手で頭を抑えてる。

 何も見なかった事にしようとしてるぐらいは、分かる。

「このままでいいの?」

 私はキンジに声を掛ける。

「……何がだよ」

「自分でも分かってるんじゃないのかな?」

「………………」

「あの子は、孤独。それも、キンジとは反対方向に走ってる。私はキンジと神崎さんがハイジャックで何があったかは詳しくは知らない。最後に、空き地島で皆と一緒に誘導灯になったぐらいだからね」

「何が言いたいんだよ……」

 少し、怒り交じりにキンジは言い返してくる。

 私はそれに(ひる)む事も無く続ける。

「だから言ってるでしょ? 自分でも分かってるんじゃないかって……簡単に言うなら、キンジのお兄さんが亡くなった時に私がキンジを放っておけなかったのと同じかな?」

「………………」

「それで、今度はキンジがあの時の私なんだよ。このまま放っておくかそれとも放っておかないか……神崎さんを連れ戻せるとしたら、似たような境遇(きょうぐう)にあるキンジだけだと思うんだ」

「…………ッ!!」

 私の言葉に、キンジは悩んでる。

 すぐにソファーから起き上がり、立ち上がって机へと向かう。

 それからキンジは不意に携帯のストラップを見た。

 あれは確か……神崎とUFOキャッチャーで入手した、ライオンをデフォルメしたようなマスコットストラップ。

 同じ物を確か、神崎も持っている筈だ。

「なあ、霧。お前、バスジャックの時に俺に言ったよな……俺が『見捨てるなんて器用な事は出来ない』って」

「そうだね」

 それからキンジは私へと振り返って、真剣な顔をする。

 

「――お前の言う通りだったみたいだよ」

 

 そう言ってキンジは玄関へと歩き出す。

 私はキンジが玄関を出る前に言う。

「多分、女子寮の屋上だよ。そこにヘリが停まってるのが見えたからね」

「――ああッ!」

 キンジはそれだけ答えて、玄関を飛び出していく。

 私に車で送って貰う事も頼まずに、いても立ってもいられないとばかりに飛び出して行った。

 良かった……お姉ちゃんと私の思った通りに動いてくれて……

 

 

 私はすぐに女子寮前の温室へと来た。

 ヘリの音が近くで聞こえる。

 そのまましばらく待っていると、温室のビニールの屋根から……男女一組が落ちて来た。

「お、おお……さすがに無茶だったか」

 尻から落ちた男――キンジは悶絶(もんぜつ)しながら、私に気付く。

 私は軽く挨拶するように手を挙げる。

「どうもってね」

「何でここにいるのかはもう突っ込まんが、せめて受け止めてくれても――」

「こ、このバカキンジ!!」

 キンジの襟首を揺さぶって、神崎は怒鳴る。

「あんた、いつものバカキンジの方なのね! って、なんで霧がここにいるのよ!!」

 急激な話題変化。

 私を見つけて、神崎はそう言ってくる。

「いや……きっと来るとしたらここ何だろうなと思ったから、スタンバってた。何も準備してないけどね」

「このバカキンジのやる事が分かってたんなら、受け止める準備くらいしなさいよ!!」

「Sランクならこれくらい受け身を取りなさいよ!!」

 声は似せてないけど、神崎の口調を真似してそう言う。

「あたしの真似をするなーー!!」

 対して神崎は腕をぶんぶんと振って、子供っぽく抗議してくる。

「ふん、まあいいわ。それよりキンジ」

 神崎はいつもの調子で言って、紅い目をキンジに向ける。

「なんだよ……」

「あんたには何かもう一つ秘密があって、スーパーモードになれるスイッチが存在する」

「……」

「それが何かは分からないし、霧に関してはそのあんたの秘密を知ってる。だけどあんたはその力を使おうとしていないし、使いこなせていないのかもしれない。だから、あたしは考えたの……あんたを調教してやればいいってね!!」

「ぶっ――!?」

 キンジは吹き出した。

 どう考えても発想がおかしい。

 私はそう思う。

 人のこと言えないとか理子に言われそうだけど、私は殺人鬼だから別に良い。

「霧、助けてくれ!! このままだと、倫理的にマズイ事になる!!」

 キンジがそう言ってくるけど、

「……神崎さん、思う存分に調教すると良いよ」

 私はイイ笑顔で答える。

「待て、お前! 絶対に楽しんで言ってるだろ!?」

「うるさい、うるさーい!! 元パートナーからの許しも得た事だし、あんたに拒否権はないわ!!」

「俺に選択権ぐらいよこせよ!?」

「"ホームズ"のパートナーになるんだから、光栄に思いなさいよ!!」

 神崎から飛び出した単語に驚いてキンジは、

「……ホー、ムズ!?」

 繰り返す。

 その様子を見て、神崎はさらに怒鳴る。

「あんた、まだ知らなかったの!? 霧から聞いたんじゃないの?!」

「教えてくれなかったんだよ! 自分で調べろって言う話だったが、バスジャックやらハイジャックやらで忙しかったから調べてる暇もねえよ!!」

「こ、このバカちん! バカデミー賞! そうよ! あたしの名前は、神崎・『ホームズ』・アリア……ホームズの4世よ!! つまり、あんた達は2人のワトソンに決定したの!! 逃げようとしたら――」

 ああ、やっぱり……

「――風穴をあけるわ!!」

 彼女とは気が合わない。

 

 

 それから後日の夜。

「あんた、ももまんの美味しさを知らないの!?」

「お前こそ、このクセになるウナギまんの魅力が分からないのかよ!!」

 神崎とキンジはももまんとウナギまんのどちらが美味いかと言う口論をしてる。

 そんな私に、突然に電話が掛かる。

「はい、どうしたの白雪さん?」

『き、きききき霧さん!!』

 その大声に思わず携帯を耳から少し離した。

 ああ、多分話題になってるんだろうね。

「そんなに慌ててどうかしたの?」

『どうしてそんなに落ち着いてるの!? そ、それよりもキンちゃんが神崎って言う泥棒猫と同棲(どうせい)してるってホントなの?!』

「まあ、ホントだけど私が慌てる理由もないからね~」

『でも、男女が一つ屋根の下で暮らしてると知らない間に子供が出来るって聞いたことあるもん!! そう言うのって学生である私達には早いよ!!』

「へー……ハムスターやネズミみたいだね」

『キンちゃんとその泥棒猫がそう言った行為、もしかして……してない、よね?』

 心配そうな声で、白雪は聞いてくる。

 私はそれに対して、

「あー、そう言えば前にキンジを起こしに来た時に同じ部屋でネテタキモスルナー」

 棒読みで答える。

 まあ、ウソは言ってない。

 神崎がキンジの部屋……つまりはここに押し掛けて来た日には同じ部屋で寝てたし。

 ちなみに同じ部屋とは言ったけど、同じベッドとは言ってない。

 だけど彼女の事だから――

『……は、ハハハ……あハハハハハハハハ!!』

 狂ったような笑い声を出し始めた。

 時々、白雪が本当に人を殺してないのか疑問に思う事がある。

 とまあ、それは置いておいて。

「今日もキンジの部屋にいるよ。今は私がいるけど……離れたら、どうなるだろうね?」

『ウン、ワカッタ……今からそっちにイクヨ』

 そう言って電話が切れた。

 それと同時にキンジが聞いてくる。

「白雪からか?」

「まあね。女の子と一緒に暮らしてるの? って聞いて来たよ」

「……どう答えた?」

「ありのままを答えたけど?」

 私がニヤニヤとした顔で答えると、キンジはぞわぁ、と言った感じに肩を震わせる。

 それから、どどどどどど! っと玄関の外から音が聞こえてくる。

 それに気付いたキンジは冷や汗を流しながら言う。

「霧……お前、なんて事してくれる……ッ!?」

「どうしたのよ、キンジ。変に震えて」

「あ、あ、アリア! にに、にに逃げろ!! 今すぐに――」

 キンジが警告する前に、ガランガランガランと斬られた玄関のドアが、音を立てて崩れ落ちる。

 神崎もキンジも、現れた白雪の異様な雰囲気に呑まれてる。

 ゆらゆらと揺れながら、斬れたドアを踏みつけて、玄関に入って来る。

「……ふふ、霧さんの言う通り……いたね。ねえ、キンちゃん……? どう言う……事かな?」

 舌足らずに言う白雪を見てキンジは、

「霧いいぃぃッ!! 何とかしろおおおおお!!」

 私に助けを求めるのだった。

 

                     Go For The Next!!

 




これにて1巻は終了。
次からはジャンヌさん。
もう少し、あまり考えずに軽い感じの文章にした方が良いかな?

あんまり本格的だと私も読者も疲れるかもしれないですし。
まあ、素人である私の文章が本格的かどうかと言うと、多分そうじゃないのかもしれないですけど。

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