気付いたら1万5000字を越えてたが、あまり進んでない。
正しい性知識を貴族のお嬢さんに教えてあげた後日。
キンジを見ると、神崎は顔を赤くして逃走するようになった。
もちろん、私からも逃げるようになった。
まあ、神崎は公私を分けるタイプで切り替えも早いから逃走期間は短く済んだ。
白雪に関しては逆だけど。
彼女の場合はどちらかと言うと、ショックでキンジを避けていると言った感じだね。
あれだけキンジの身の回りを世話をしたがっていた彼女が、こうも避けると言う事は……それほどに衝撃を受けたんだろうけど。
まあ、さすがの白雪もキスだけで子供が出来るなんて
普段から妄想
それよりも……そろそろジャンヌが動き出すはず。
問題は、今回は白野 霧として武偵側で動くのかはたまたジャックとして傍観者でいるのか、って言う事だけど。
神崎とキンジに実戦経験を積ませると言うのがお父さんの狙いと言うのは、私でも分かる。
今の時点で何も言わないって事は、きっとどちらに手を貸しても問題は無いと言う事だろうね。
ダメなら、今すぐにでも連絡があってもいい。
私の考えてる事もきっとお見通し。
それに、ジャンヌは敵対する人物の情報くらいは集めるだろうし……もしかしたら、私に何らかの形で接触してくるかもしれない。
そこら辺の事は置いておこう。
何にしても、理子や夾竹桃の時は傍観者だったけど……今回は役者の1人として舞台に上がらせて貰おうかな?
観るのも良いけど、やっぱり同じ舞台に立つのが何よりも最高の客席だよ。
とまあ、そんな事を考えてるある日の――昼休み。
生徒でにぎわう食堂で私とキンジ、神崎の3人。
最近だとワンセットみたいになりつつある私達が同じテーブルに着いていると、
「やあ。相席、良いかな?」
そう断りを入れて、優男な笑みを浮かべながら不知火が席に着く。
「キンジ、少しばかり尋問させろ。逃げたら拷問に変わって轢いてやるからな」
「あ、ごめん。武藤君の席はないや」
「前から思ってたが、白野さん。俺に風当たり強くないか?」
私の発言に少し肩を落として言う武藤が、椅子を持ってくる。
それからキンジのトレイを押しのけるように自分のトレイを置いて、どっかりと座る。
「貴希ちゃんからお兄ちゃんは適当に
「あのスピード狂が……兄を何だと」
うなだれる様にして武藤は頭を下げる。
実際にそう言ってたんだから仕方ない。
だけど、そんな私の言葉は置いておくようにして顔を上げた武藤に対してキンジは用件を聞く。
「いきなり割り込んで、尋問ってなんだよ……
「んな訳ないだろ。それよりもお前、星伽さんとケンカしたんだって?」
その話題か、とばかりにキンジは少しばかり顔を伏せる。
対して武藤の表情は
まあ、惚れた人が落ち込んでるのならそう言う表情にもなるだろうね。
「あれはケンカと言うよりも、どちらかと言うと誤解とどこかのお嬢さんの知識不足が引き起こした事態だと思うけどね」
「――むぅっ!?」
「その原因にお前も入ってるだろうが」
「酷いよキンジ、私のせいにするなんて」
「実際そうだろ……ワザとらしい嘘泣きをするなよ」
よよよ、と手を口に当てて私が顔を逸らしてると普通に返された。
それはそうと神崎が何故か喉を叩いてる。
どうやらももまんを喉に詰まらせたらしい。
一体何に動揺したんだか。
それから神崎は水を急いで飲み始める。
「んぐ、んぐ――はあー……。霧、いきなり変な事言うんじゃないわよ!」
それから私を睨み、指を差して怒鳴り始める。
「そっちが勝手に動揺しただけなんだけどねー。一体、何について動揺したんだか」
のらりくらりと言いながら、私は食事を進める。
そんな私に神崎は「ぐぬぬ」と言った感じに悔しそうな顔をする。
下手に喋れば私が揚げ足を取るからね。
それを警戒してるんだろう。
「で、何をしたんだよキンジ? 星伽さん、結構沈んでる様子だったぞ」
「あのなー、武藤。今の霧の説明通りだ。誤解とかが重なって面倒な事態になっただけだ。と言うかお前、白雪を見たのか?」
「いいや。不知火が
……へえ、温室で白雪を見た、ねえ。
一般校区でキンジと一緒にいた時に、廊下で今朝の予鈴頃に白雪を見た。
その時には、トイレに逃げ込まれたんだけどね。
もし、不知火が同じ時刻に見たなると……あれは白雪じゃないかもね。
観察する暇もなかったし、本物かどうかも確かめる暇もなかったけど。
それは置いておいて、私は不知火に尋ねる。
「花占いか……白雪さんも乙女だね~。で、実際に白雪さんを見た不知火としてはどんな様子だった?」
「そうだね。なんだか、アンニュイって感じだったよ。僕に気付いたのと、予鈴が鳴ったのとで慌てて占いは中止しちゃったみたいだけど……悲しそうな顔だったよ」
なるほど、廊下で見たのが"白雪に成り済ましたジャンヌ"で本物は不知火が見た方か。
白雪の姿で動いてたとしたら、何か仕掛けたんだろうね。
「花占い、な……何を占ってたんだよあいつは」
「花占いで占う事と言えば1つしかないでしょ、キンジ……ってキンジの事だからどうせ知らないか」
「お前は知ってるのかよ」
「むしろ、知らない方が少ないんじゃないかな?」
常識を知らなきゃ、こうして馴染む事も出来ない。
対して私の言う事にキンジは、「ふーん」と興味がなさそうな顔をしてる。
「花占いはあれだよ。恋占いの1つだよ、花びらを1枚ずつ取りながらスキ・キライ・スキ・キライってやるのだね」
「あー、アレか……」
「なんだ、知ってたの?」
「知ってるも何も、いくらなんでも古いだろ」
「割とメジャーだと思うけどね。一体、誰と誰の恋について占ってたんだか……」
「さあな。あいつにも好きな人くらいいるだろ」
そのキンジの発言に私と不知火は視線を合わせ、私に関しては首を振る。
私の発言に疑問を持ってない辺り、相変わらず自覚と言うか白雪の好意に気付いてる様子はないね。
不知火は引き続き話をする。
「それで、なんで別れちゃったの? もう愛が冷めちゃったとか?」
「お前、人の話を聞いてたか?」
キンジは呆れるように食事の手を止めて言う。
それと同時に神崎は『愛』と言う単語に反応してるけど、さっきみたいにももまんを詰まらせてはいない。
「そもそも、俺と白雪はそう言う関係じゃない。言うなれば、ただの幼馴染みだ」
「はぐらかし方としてはポピュラーな言葉だね。白野さんはどう見る?」
「さあてね。キンジと白雪さんの関係がどうであれ……白雪さんの恋とやらを応援しようと思うけど、その相手はかなり朴念仁と言うか鈍感らしいから、一筋縄ではいかないと思うよ」
その言葉に眉を寄せたキンジが私に聞いてくる。
「なんだよ、お前は白雪の相手が分かってるのか?」
「知ってるよー。広めたら他の人たちが騒ぎそうだから、もちろん広めないけど」
「そらそうだろうな。武偵高の連中はバカ騒ぎが好きだし、広めない方がいいだろう」
自分の事を言われてるとも露知らず。
自覚がないから皮肉も通じない。
ある意味、愉快な状況だね。
「どっちにしても、ウワサは違うってことなんだね」
「……ウワサ?」
「そうだよ、遠山君。結構騒いでたみたいだったからね。ウワサにもなるよ。ウワサでは神崎さんがヤキモチをやいて、星伽さんに発砲したって言う風に聞いてる。対して星伽さんは神崎さんと遠山君がうまくいってるのに嫉妬して女子2人が決闘……って言う感じかな? 最後のは僕の推理だけど」
「正直な話、不知火の推理は当たらずとも遠からずって感じだね~。どこかの誰かさんがキンジの話を嬉しそうにするからそう言うウワサも立つに決まってるよ」
私が言いながらチラリと神崎に視線を向ければ、彼女は再び動揺して、もきゅもきゅとももまんを口の中に頬張り始める。
それから飲み込むと、目を吊り上げさせて立ち上がり。
「こ、この――ヘンタイっ!!」
顔を赤くして私の隣にいるキンジに殴りかかる。
……やれやれ。
パシッと言う音と共に私は神崎の手首を掴む。
そして、キンジは目の前に神崎の拳がある状況。
「食事中に人に殴りかかるのが、貴族のテーブルマナーか何か?」
「……ぐっ」
「まあ、落ち着いて座りなよ。冗談にいちいち反応してたら、キリがないよ」
「む、むむむ――ふんっ!」
どっかりと座って神崎はそっぽを向く。
私は諭すように言う。
「照れ隠しなのは分かるけど、暴力は感心できないね」
「……悪かったわよ。って、照れ隠しなんかじゃないっ!」
口を尖らせての謝罪からのツッコミ。
本当に素直じゃないね。
不知火と武藤は苦笑いをしてる。
そして、キンジはと言うとホッとしたように息を吐く。
「すまん、霧」
「いえいえってね。今のも貸し1つに勘定しても良い?」
「………………」
「冗談だって、そこまでしつこく貸しにしたりしないよ。ただ、今のくらい反応してもよかったんじゃないかなーとか思ったりもしたけど」
「はは、遠山君も痛い所を突かれたね」
私のダメ出しに不知火は便乗する。
「……そうだな」
そのキンジの言葉に、誰もが驚いた。
特に神崎は驚いてる。
いつものキンジなら「勘弁してくれ」とか言ってはぐらかそうとするのに。
ちょっとは前向きになってるって言う証拠かな。
「……そう言えば不知火。お前、アドシアードの競技に何か出るのか?」
キンジが話題を変えて来た。
あんまり、白雪とかの事を掘り返されたくないんだろうね。
アドシアード――武偵高の国際競技大会で、
まあ、スポーツで言えば武偵生徒によるインターハイとかオリンピックみたいなものだね。
「いいや、僕は補欠だからね。競技には出ないよ。武藤君も同じで、補欠扱いだからイベント
つまり、何も決まってないって言う事だね。
「霧とアリアは?」
「私は愛想が良いからチアでもやってな、だってさ」
「あたしは
「アリアはともかく、霧はてっきり何かの代表にでも選ばれてると思ってたんだがな」
「そうだね~。Sランクに近い人って言われてるんだから、準レギュラーにでも選ばれてるかと思ったんだけど」
キンジが意外そうに言って、不知火も意外そうに言う。
「私は器用貧乏みたいなものだよ。腕は一流と二流の間だけど、超一流とか
「いや、白野さんは充分に汎用性が高過ぎて逆に凄いと思うんだが」
武藤の言葉にキンジと不知火は静かに頷く。
汎用性が高くても、真正面から戦えば負ける時は負けるんだよね。
それから神崎は気付いたように尋ねる。
「そう言えばキンジは、何やるかは決まってないのよね?」
「あ、ああ……まあな」
「じゃあ、キンジもやりなさいよ。チアのバンドは男子がやるんでしょ?」
キンジは神崎の言葉に考えるような顔を少しした後に、
「バンド、か。特にやる事もないし、それでいいか」
投げやりっぽく答えた。
行き当たりばったりだね~。
神崎の言う通り、バンドは男子だけ。
しかも女子を前面に押し出すから後ろで演奏するだけなんだけどね。
「僕もそれでいいかな? 一緒にどうだい武藤君?」
「そうだなぁ……演奏できる男ってカッコイイだろうし、一つやってみるか」
行き当たりばったり
「それにしても神崎さん、代表に選ばれて蹴っちゃうなんてもったいないね。アドシアードでメダルを取れれば、色々と推薦も取れて、キャリアにも箔が付くのに」
「あたしには先を考えてる暇がないのよ。今すぐ"やらなきゃいけない事"がある。だから、競技の練習に出てる暇もないわ」
その意志が籠もった言葉に、キンジは神崎の言っている事が分かった顔をしてる。
発言した不知火も、何かあるんだろうと言う顔をして、すぐに笑顔へと戻りそれ以上は何も言わない。
それから突然に神崎は無い胸を張って、腕を組み、座りながら背伸びをしてる。
ああ、これは見下す視線を作ろうとしてるんだね。
神崎の身長じゃあ子供の背伸びみたいに見えるんだけど。
「そ・れ・よ・り・もっ! キンジ、あんたの調教と秘密を探るのが先よ!」
まーた、そうやって誤解するような事を言う。
「お、おいおい……お前ら変な事でもしてるんじゃないだろうな?」
「心配ないよ。私が見てる所で、そんな事はしてないし……そもそもキンジと神崎さんにSMプレイなんて出来ないよ」
「――ぶっ!」
私の発言に呆れながらも水を飲もうとした武藤がテーブルの下へと吹き出す。
「どうかしたの、武藤?」
「いや、白野さんからそんな単語が出るとは思わなくて」
「言っておくけど、私は知識だけはあるからね。今までそう言うのを知らない人だと思ってた?」
「意外ではあった」
そう言う武藤は苦笑い。
「一体、いきなりどうしたって言うんだよ?」
キンジは武藤と私の会話に疑問を覚えながら尋ねる。
「お前、今の白野さんの言った言葉の意味分かってないのか?」
ありえねーとばかりに武藤は言うけど、キンジは意味分からんと言った表情をするだけ。
そんなキンジを見て、武藤は私に顔を近づけてくると同時に不知火もさりげなく顔を近づけてくる。
そして、小声で尋ねてくる。
「なあ、白野さん。あいつ、マジで分からねえのか?」
「キンジは女嫌いだからねー。性知識なんて中学生レベルで止まってると思うよ?」
私は武藤に正直に答える。
「遠山君って天然?」
「それは
「もちろんだよ」
「そうだろうね~。天然の女誑しだよ。それにフ×××オとか、パ××リとかも知らないし、下手したら薬指に指輪をはめる意味も知らなさそう」
「白野さん、随分とオープンだね……」
「女性はそこら辺、進んでるからね~。それに所詮は単語だって言う風に私は思ってるから別に私語で言う分には、羞恥心とかは特にないし」
そもそも羞恥心そのものがないし。
なるほど、と不知火は言って、変にからかう事もなくさり気なくキンジと神崎を見る。
武藤は武藤で何かショックを受けてる。
「大丈夫だよ。天然じゃあどうしようもないって」
「何のフォローだよ?!」
小声で勢いのあるツッコミを武藤は私に言ってくる。
私が顔を引くと同時に、他の2人も自分の席に戻って行く。
私はいつも通りの笑顔。
不知火はホストのようなスマイルをしてるし、武藤は少し苦笑いをしてキンジを見てる。
ただ2人に共通してるとしたら……視線が残念なものを見るような感じってことかな?
その視線を向けられてる本人は神崎に向かって色々と言い合いをしてる。
だから、視線に気付く事もない。
この日以降、キンジには『たらし』と言うあだ名が増えたのは当然と言えば当然なのかもね。
キンジの性知識が中学生レベルで止まってる事と、天然の誑しであると言う事が分かった翌日。
朝の7時、体育館とレインボーブリッジに向けて建てられ巨大な看板裏の間の細い長い空き地に私とキンジはいる。
どうやら私と武藤、不知火が小声で話してる間に朝練の話をしていたらしい。
それで、私もいると言う事はもちろんその朝練に私も付き合わされてる訳なんだけど……
キンジが少し前向きになったから、本人が望むのなら私が少しブランクを取り戻す手伝いをしようって言う魂胆。
私がキンジの心を折っておいて、私が立ち直らせて、私がキンジを成長できるように動いてる。なんて回りくどい事やってるんだかって思うかもね。
事情を知ってる人が見たら……
だけど、楽しいんだから仕方ない。
こんな愉快な状況にいるんだから、一緒に踊らなきゃ損ってね。
なんて考えながらも私は木の幹に腰掛けて、読書中。
読んでるのは洗脳とか暗示、催眠関係について。
まあ、使い手もイ・ウーにはいる事だしそろそろ手を出し始めようと思ってたから、この機会に学んでおこうと思ってたし、基礎は出来てる様なもの。
それに少しばかりヒルダの動きが怪しいってリサが言ってたし、理子に関しても様子が変って言う風に聞いてる。
さては……手癖の悪さが出たかな? あのコウモリ
ここは理子が助けを呼ぶか、色々と日の当たる場所まで出てくるのを待つしかないね。
焦る必要もない。
どうせ、理子が救われるのも織り込み済みなんでしょ? お父さん。
「何か用? 神崎さん」
見ていた本を下げて、目の前にいるチアガール姿の神崎にそう声を掛ける。
「あんた、何してるのよ?」
「見ての通り読書」
「随分と物騒な分野の本を読むのね」
「こう言うのは知っていたら防げるからね~。特に神崎さんみたい直情型の人間は……簡単に"堕ちる"から、学んでおいた方が良いんじゃない?」
「……む。あたしがそう簡単に無法者になると思ってるの?」
「そうかもね。神崎さんの場合、選択肢を突き付けられたらきっと迷って選べないタイプだよ。そこからどんどん漬け込まれて、最後には……なーんて」
笑顔で茶化すけど、本人は面白くなさそうな顔をする。
「笑えない冗談ね」
「まあ、あり得ない話じゃないからね。世の中そう言う奴もいるって事だよ。ところで、キンジには何をさせるつもりなの?」
「それをこれから説明するのよ。だから、あんたも来なさい」
「――来て欲しいって、言って欲しいね。そんな命令口調じゃなくて」
私が笑顔でそう言うと、神崎は少し
「……あんた、やっぱり苦手だわ」
顔を逸らし、彼女は背を向ける。
「これからキンジの調教について――」
「訓練か特訓ね。人はモノじゃないんだよ」
「……訓練について説明するから来てちょうだい」
あの上から目線を訂正するのも疲れちゃうよ。
なんでかな~、彼女の命令になんか反抗したくなるのは……
同族嫌悪みたいなものなのかな?
いや、それだとお父さんに対して説明が付かないんだよね。色々と。
考えながらもキンジの傍へと来た瞬間に神崎が、
「……ぉほん」
偉そうに咳払いをする。
その仕草にキンジは少しだけ顔を引くつかせる。
が、彼女はそのまま説明に入る。
「取りあえず、特訓の内容について説明する前に……私の中では、キンジ。あんたはSランク武偵だわ」
「お前の中ではな。そもそも、常時Sランク武偵って言う訳じゃない」
「余計な口は挟まない!」
「そう言う神崎さんは、銃に手を伸ばす癖をやめた方がいいと思うけどね」
私に言われて、彼女は銃に伸ばしかけた手を止める。
何かの拍子で飛んできたら反応して、銃弾を斬りそうになる。
そうなったら……私がSランク以上の実力を持ってる事が露呈する事になるんだから。
「と・に・か・く、よ! あんたがバスジャックやハイジャックで見せた実力は本物だった。だけど
その説明に対してキンジは少しだけ反応する。
まあ、着眼点と言うか相変わらず直感はいいね。ここでも冴えてる。
確かにキンジはHSSを上手く使いこなせてる訳ではない。
「問題はあんたの力を引き出す『鍵』が必要ってことよ。だから、あたしの見立てでは――」
ごくりとキンジは唾を飲み込んで、
「――二重人格よ」
そして脱力。
よかったねキンジ。彼女に推理力があったら今頃バレてる所だよ。
対して神崎は自分の答えに自信を持ってるのか、勝手に納得してる。
「きっとあんたには、危機的な状況に陥ると出てくる人格があって、その人格があんたを護ってるのよ。霧から聞いた、あんたのお兄さんが……その、いなくなった日を
言い辛そうな事を頑張って言ったのはいいけど……推理に関してはやっぱり駄目だね。
『上手く力を使いこなせてない』『その原因がお兄さん』と、直感で言ってる部分は合ってるのに予想してる所が全部外れてる。
「どうかしら、あたしの推理は?」
「いやー、私からは答えは言えないからね」
神崎の自慢げな質問に、いつも通りの笑顔で私は言うけど……正直な事を言うなら赤点だよ。
「その通りだ。よく分かったな」
キンジは勘違いしたアリアにそのまま勘違いして貰うつもりなのか、あっさりとそう言う。
感心したような相槌を打ってる。
ここは合わせてあげるか……
「いいの? そんなにあっさりと観念しちゃって」
神崎が私を見てないのをいい事に、私はワザとニヤニヤした笑みを浮かべる。
「いいんだよ。これで」
「ふふ、ようやく観念したわね!」
キンジのニュアンスは『勘違いさせたままでいいんだよ』って言う事なんだけど。
そんな事を知らない神崎は嬉しそうに言う。
「それで、どう言う特訓をするつもりなんだ?」
「もちろん、あんたの人格が危機的な状況で現れるって言うのなら……戦闘のストレスにさらしまくるのが特訓の第一段階よ」
言いながら神崎は、背中に隠してあった小太刀をキンジに向ける。
「お、おい待て待てッ!?」
「なによ、今更やめるのなんてなしよ!」
「その前にお前は俺を殺す気か!」
「さすがにそんな事しないでしょ。実際にやったら神崎さんが檻の中に入って、母親を救うどころじゃなくなるよ?」
「全くよ。あんた、本当にバカキンジモードだとバカね」
私の説明に神崎が余計な一言を付け足す。
でも、今のはそう言われても仕方ないけどね。
「簡単に言えば、これはあんたを覚醒させてそれから反撃の流れを作る訓練なのよ」
「つまり、カウンターって事ね」
「そうよ。霧はよく分かってるわね」
神崎は満足そうに頷いてるけどキンジはいまいちイメージが出てこないのか、しかめた顔をしてる。
「カウンターって言っても、何をするつもりだよ?」
「まずは
「ちょ、おまっ――」
神崎が振り下ろした小太刀に反応も出来ず、キンジは立っている。
左肩の寸の所で彼女の刀は止まっている。
防弾・防刃制服とはいえ今のままの速度で下ろしてたら、ちょっと肩の骨に
それから、ひゅる、と言う風を切るような音共に流れるように彼女は小太刀を背中に仕舞う。
「今のタイミングで500回、まずは頭の中でイメージする。私の理想としてはこうよ。まずバカキンジがいる。次に、戦闘時にあんたが覚醒。そして、その場で反撃。これがあたしの思い描く理想」
シンプル・イズ・ザ・ベストって言うレベルじゃない。
単に
彼女には教師も出来そうにはないね。
まあ、そもそも人に説明するのが下手な人が人に上手くものを教えられる訳がないか。
それに、その前にキンジにはやる事もあるしね。
「実戦で使えなきゃ意味がないけどね。それも組み込むかな」
「いきなり何の話だ」
「そりゃあもちろん、キンジはブランクがあるからね。体のキレが悪いし。だから、私もここにいる」
「それってつまり――」
「久々の組み手ってやつだね。今のキンジの動きは酷いよ~。
「イヤな事を思い出させるな……」
高校から武偵になった人達とか中学から武偵だったに関係なく、まさしく地獄だからね。
大体そこで
「アリアと同じチアガールじゃなくて制服でいるかと思ったら、そう言うつもりだったのかよ」
「一応、持ってきてはいるけど。なんならチアガール姿でやってもいいんだよ?」
そう言うとキンジは私から視線を逸らす。
「あ、ああ、あんたね! そんな事して恥ずかしくないの!?」
何故かは分からないけど、神崎は赤面して反応してる。
「恥ずかしいって何が? そもそも、チアガールなんて人前に出るのが普通なんだから何を恥ずかしがる必要があるんだか」
「だ、だからって、チアの姿でやったら色々と……見えちゃうじゃない」
「どうせ下はアンダースコートとかスパッツとかだから問題無しだよ。そもそも、チアの姿でやるとは言ってない。で、キンジはどうする?」
私がそう言うと、キンジは逸らしてた視線を戻す。
「お前と徒手格闘か……久々だから、お手柔らかに頼むぞ」
「徒手格闘? 違うよ。神崎さん、小太刀を貸して」
「いいけど、何に使うのよ」
彼女はそう言いながら、鞘ごと投げて渡してくる。
「ナイフ・
「一理あるわね。じゃあ、それで行きましょ。あたしがチアの練習をしてる間は霧が、霧が練習してる間はあたしがキンジの相手をすればいいわね」
神崎の言葉にキンジは冷や汗を流してる。
「ま、これも戦闘での勘を取り戻すためだと思って諦めなよ」
私は笑顔でそう言いながらも、視線だけを左方向にある木の影に向ける。
そこには隠れるようにして見てる白雪。
他の2人が気付いてないけど、私は気付いてる。
と言うか、妙に悲しそうな顔しちゃって。
私がそちらに顔を向けようとすると、白雪はそれよりも速く木の後ろに隠れた。
アレは……"本物"か。
朝練があった放課後。
私は昼休み『3大危険地域』と呼ばれる
どう言う用件なんだろう。
私の変装がバレた……って言う訳ではないでしょうね。
もしそうなら、今頃は監視されてるか不審な動きがあるはず。
そもそもここでは目立った不審な動きなんてしてないし、怪しまれる要素も特にない。
そんな訳で、堂々と呼び出しがあった
『あー……開いてるよぉー』
気だるそうな女性の声が返って来たので、扉を開ける。
「失礼します」
そう言って私が入ると目に飛び込んできたのは黒い革張りのイスに腰掛けて足を組み、
私が入って来た事に白雪は少し驚いてる。
「お話があると言う事で来ましたけど、白雪さんがいると言う事は何か関係が?」
「まあねぇー。そこら辺の事を詳しく話すからぁ……適当に座りなよー」
気だるそうに黒いコートを少し直して、私の質問にそう返して来た。
コートの乱れはまだまだ全然直せてないけど。
私は取りあえず壁に立てかけてあったパイプイスを持ってきて、白雪の隣に座る。
「はぁい……詳しく話す前にここでもんだーい。どうして、白野はここによばれたでしょうかぁ?」
「別に悪い事してはないですからね~。簡単に考えれば依頼で、白雪さんがいる事を考えれば依頼の内容は彼女の護衛とか……かな?」
「だーい正解。ま、ちょっと考えれば普通に分かるわなー……」
褒めてる割には感情が籠もってない。
それから彼女はそのまま煙草っぽい物を灰皿に押しつけて火を消し、2本目を灰皿から取り出して火を付けて説明し始める。
「腕の立つ奴がさぁ、大体はアドシアードの代表に選ばれてるしー……星伽の護衛が出来る奴が白野くらいしかいないんだよねぇ」
「神崎さんは? 確か、アドシアードの代表を蹴ったからフリーなはずですけど」
「そう言えば……アンタは遠山と一緒に神崎ともよくつるんでたなー。神崎に関してはなぁ……一応、
「つまり、面倒な事になると」
「そう言うこと」
本当に面倒そうに綴は言いながら煙を吐く。
どこでも少し厄介な扱いになってるね、神崎。
それから綴は
「それでさぁ星伽ぃ。最近、おまえ成績が下がってるよなー……何か変化でもあったぁ?」
「いえ、変化なんて……何も」
そんな風にあからさまに落ち込んでるのに何もないなんて嘘だって分かるに決まってる。
私は少し息を吐いて白雪を見て、綴も少し目を細めて何かを見透かしたような顔をしてる。表面上、何も変化はしてないけど。
「ふぁ……まあ、成績はどうでもいいんだけどー」
先生としてはダメな発言だね。
と言うか、普通に考えたら言っちゃダメなんだけど……ここはキンジの言う"普通"じゃないから気にしない。
「それでさー、単刀直入に聞くと星伽はアイツに
「――
ジャンヌの動きは勘付かれてはいるのか……
だけど、確信を持ってはいない。
そんな感じだね。
白雪は続けて言う。
「それは……ありません。そもそも、私程度の人なんて――」
「謙遜するねー。アンタは伸び代があるんだし、
そんな白雪の弁明を綴は遮るように言う。
なるほど、そのために私を呼んだのか。
私と白雪は友人関係。仲もそれなりに良い。
だから
まあ、譲歩ってヤツだろうね。
親しい私を護衛に付けさせる事で、少しは態度を軟化させて貰おうと言う狙いなんだろう。
「星伽ぃ、いい加減にボディーガードをつけろってば。
「でも……その、ボディーガードは――」
「白野も、星伽に何か言ってやりなよー……お友達なんだろぉ?」
そう言う綴の目は『説得しろ』って言ってる。
私の察しが良い事を教師であるこの人は分かってるだろうし、今回は武偵として動く予定でもあるから乗っかっておこう。
「白雪さん、私が融通を利かすから心配してる事は気にしないでおきなよ」
「霧さん……」
「
「そうだねー。アドシアードには外部の連中もわんさか入って来るから護衛期間はそれまで……正直な事を言うと、保険としてもう1人くらい欲しい所なんだけどさぁ」
私の質問に綴は答えながらも通気口に視線だけを動かす。
私と綴は通気口に向かってグロック18を同時に向ける。
「その前にネズミを
綴がそう言うと、通気口のカバーがガシャンと外れて落ちてくる。
そして、誰かの影が降りてくる。
私と綴のグロック18の銃口はそのまま降りて来た人物を追っているが、その人物は臆することなく――
「――そのボディーガード、あたしもやるわ!!」
特徴的な声で宣言した。
それから遅れてもう1人、通気口から落ちてきてその下の人物を下敷きにする。
「うおっ……!?」
「みぎゃ!?」
変な声をそれぞれ上げて、もつれ合う。
「ちょ、ちょっとバカキンジ?! 変な所に顔を押しつけんじゃ――にゃっ!?」
神崎の言葉の途中で銃を仕舞った綴は、彼女とキンジの襟首を掴んで壁に向かって投げ飛ばした。
全く、こんな所まで来ちゃって。
そんなネズミ2匹――もとい2人にコキコキと肩を鳴らしながら綴は近付き、私は彼らに至極当然な事を聞く。
「2人して何してるの?」
「いや、これは……だな」
キンジは答えにくそうな顔をしてる。
どこら辺から見てたのかは大体分かってる。
成績のくだり辺りから聞いてたんだろう。
「んー? あー、誰かと思えばハイジャック解決したカップルかぁ」
そう言いながら、綴は神崎のツインテールの片方の根元を引っ張り顔を近づける。
「ウワサをすれば影が差すってヤツだねぇ。神崎・H・アリア――タイ記録も作ってる、ヨーロッパで活躍するSランク武偵……だけど、アンタの手柄はロンドン武偵局に横取りされてる。協調性に欠け、独断専行が目立つせいで厄介払いされてる事もあるんだってなぁ?」
「そんなの、あいつらが勝手にあたしを妬んでの行動に決まってるでしょ! ちょっと、髪を引っ張らないでよ!」
綴の淡々とした口調と、怪しげな雰囲気に怯む事もなく神崎は噛みつく。
「そう言えば、蘭ちゃんから聞いたけど……アンタ、およげ――」
「わぁーーーー!!」
神崎は大声で綴の話を遮った。
全く、特徴的な高音なんだからあんまり騒がないで欲しいよ。
耳に響く。
綴も同じなのか片耳に指を突っ込んで防いでる。
「カナヅチ――泳げない事ぐらい、
水泳の時間だけいつもいないし。
「ち、違うわよ霧! 浮き輪があれば泳げるわよ!」
「なかったら?」
「ちょっと体が水に沈むだけで、泳げない訳じゃないわよ!」
それを一般的には溺れてるって言うんだけどね。
イギリスにいた時は雷も怖がってたし、神崎の苦手なものとして
・雷
・水、もとい泳ぐこと
・恋愛関係
1つ目はそう
綴は神崎を解放すると、キンジへと向き直る。
「で、こちらは遠山 キンジくん。白野の元パートナーで、元Sランク武偵……解決した事件は青海の猫探しに、武偵高行きのバスジャック、ANA600便のハイジャック。なんで事件の規模がどんどん大きくなってるんだろうねぇ?」
「俺に聞かないでください」
「それで、違法改造のベレッタはどうした? なくしたか?」
チラリとキンジのホルスタ―を見れば、綴の言う通り銃がない。
威圧するような口調にキンジは怯む。
武偵が銃を落としたら、罰則どころじゃないけどね。
一般人の手に渡ったら面倒な事になるし。
そう言えば違法改造してたね……あのベレッタ。
確か、3点バーストとフルオート射撃が出来るように平賀 文っていう
「なくしたんじゃなくて、こないだのハイジャックで壊されました。今は、米軍から流れた合法のやつを取寄せ中です」
「で、そのまま
放任主義とは言え、見てる所はちゃーんと見てるんだよね。
対してキンジは、綴にズバリと言われて冷や汗を流してる。
「まぁ、それはどうでもいいんだけどー」
違法改造を『どうでもいい』で流したよ。
でも、カスタムと言うか違法改造してる生徒なんて武偵高には掃いて捨てるほどいるからね。
私は全く改造とかはしてない。
変に銃にクセを付けるのもやりにくいし。
それから綴は、視線を再び神崎へと向ける。
「ボディーガードを引き受ける、って事でいいんだよなー……?」
「そうよ。あたしが24時間体制の無償で引き受けるわ!」
彼女は立ち上がって、そう宣言するけど……それをされると依頼された私の立場がなくなるんだけど。
分かってるのかな?
「あー、私の立場は?」
取りあえず、手を挙げて静かに私は綴に尋ねる。
「別にぃ、白野に関しては正式な
簡単に言えば、自ら
神崎は神崎で、
武偵としての本分もあるだろうけどね。
「と言う訳なんけど、星伽ぃ?」
「そ……そんな、嫌です! 霧さんならともかく、アリアがいつも一緒だなんて!」
綴が尋ねると、今まで黙っていた白雪はハッキリと拒絶した。
いや、まあ……分かってはいたけどね。
そう言う反応をする事ぐらい。
「あたしにボディーガードをさせないと、コイツがどうなっても知らないわよ!」
神崎はスカートの下のレッグホルスタ―から銀色のガバメントを取り出すと、キンジのこめかみに銃口を押し当てる。
探偵の子孫が脅迫しちゃったよ。
言い回しも犯人のそれだし。
キンジは私に向かって、冷や汗を流しながら目で助けを求めてるけど。
悪いね。面白そうだから、このまま傍観させて貰うよ。
いつも通りにニコニコしながら見てると、キンジは私が助けるつもりがないのが分かったのか、ショックを受けた顔をしてる。
白雪に関しては、両手で口を塞いであわあわとしてる。
神崎がキンジを殺す事がないと分かってても、彼女にとっては気が気ではないだろうね。
「なるほど、そう言う関係かぁー……」
「そう言う関係ですよー」
綴の言う事を肯定するように私が乗っかる。
それから3人を見て綴はニヤニヤとした表情をし始める。
「それでぇ、星伽はどうすんのぉ?」
この状況を楽しむかのように白雪の担任である彼女が尋ねると白雪は、
「わ、わわ、分かりました! だけど、じょ、条件があります!」
勇気を振り絞るように座りながら腕を伸ばし、
「キンちゃんも、私を護衛してください! に、24時間体制で!」
涙声で声を張り上げた。
「私も、き、キンちゃんと一緒に暮らしますぅー!」
「く、ふふっ……」
この時の魂が抜けたようなキンジの表情を見て、私が笑い声を押し殺したのは秘密。
理子みたいな笑い声になっちゃった。
そう言えば、あの子もどうしてるんだろうね。
いやー、やっぱり思いっきり書けるのは良い!
問題は自分の書きたい話までが遠いと言う事ですが……