緋弾に迫りしは緋色のメス   作:青二蒼

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感想を見る限り皆さん、霧ちゃんに肩入れしてますね。
これでキンジと霧が結ばれなかったら、フルボッコにされそうな勢いなんですが……

今回の注意事項

・レキさん出番無し




41:深刻化した事態

「お……ッ! キン…………っ!!」

 まどろみの中、誰かの声が聞こえる。

 ……寝不足のせいでどうやら寝てしまっていたようだ。

 寝不足の原因は昨日。

 白雪の様子がおかしかった事だ。

 それは置いておくにしても今はまだアドシアードの最中、起きなければと思いつつも意識は半分眠ったままで夢の海に沈んでいる。

「おいっ!! 起きろつってんだよキンジっ!!」

 肩を大きく揺すられる衝撃とともに一気に覚醒した。

 目の前に何やら肩で息をしている武藤がいる。

 寝ていた事に怒っている――と言う訳ではないらしい。

 それよりも何かを焦っているような、そんな感じだ。

「どうしたんだよ?」

 俺が目を少し(こす)って尋ねると――

 

「――星伽さんがいなくなった」

 

 武藤のその言葉に、俺は思わず目を見開いた。

「どういう事だよ……?!」

「どういう意味もそういう意味だよ! 星伽さんがいなくなった。それと、白野さんの姿も見えないらしい」

 白雪だけでもなく霧も!?

 武藤の言葉に俺は耳を疑う。

「10分ほど前に屋内基地局が破壊された。今は通信科(コネクト)の連中が復旧作業に入ってる。どうやらこの武偵高で何かが起こってるらしい。携帯での連絡ができない以上、教務科(マスターズ)は口頭でだがケースD7を発令した」

 武藤は俺の目を見てそう告げる。

 走ったからこいつはこんなにも、呼吸が早いのだろう。

 そしてケースD7――Dはアドシアード期間中に武偵高内で事件が起きた事を表す暗号だ。これがD7となると『事件かどうかは不明瞭。連絡は一部の者だけとし、保護対象者の安全のためにアドシアードは通常運行。みだりに騒ぎ立てずに極秘裏に解決せよ』と言う事だ。

 俺は思わず携帯を確認する。

 武藤の言うとおり、どうやら屋内基地局が破壊されたのは本当らしい。

 携帯の電波の表示が圏外になっている。

 と同時に気付いた。

 メールが一通、届いてることに。

 おそらくは屋内基地局が破壊される前に届いたのだろう。

 そのメールの内容を見て、俺は凍りついた。

 

『キンちゃんごめんね。昨日はありがとう。さようなら』

 

 なんだよ……これ。

 まるで遠くに行ってしまうような、白雪から別れを告げる文面。

 何がどうなっているのか……俺には全く分からない。

 だがこれだけは分かる。

 ――白雪の身に"何かが起こった"のだと。

 霧もいない事を考えればもしかしたら……霧は白雪の身に起こった異変に巻き込まれたんじゃないのか?

 ともかく、あいつらを探さなければならない。

 俺は思わず駆け出した。

 

 

 最初に白雪が担当する場所に俺は向かったが、そこには当然に白雪の姿はなかった。

 携帯が使えない以上、アリアに連絡することすら叶わない。

 今はこの武偵高の敷地さえ広く感じてしまう。

 一体、どこに誰がいるのかさえ分からない。

(――チクショウ)

 闇雲に走り回っていると間に霧の言葉がチラつく。

『確かに魔剣(デュランダル)がいるなんて証拠はないけどさ。いない証拠もないって事でしょ?』

『存在しないなんて、決めつけるのは早計じゃないかな?』

 そうだ。

 あいつの言うとおりだった。

 確かに魔剣(デュランダル)がいるなんて証拠はない。

 だけど、いない証拠もなかった!

 先日アリアに言った事もそうだ。

『何度でも言ってやる、敵なんて存在しない。お前の妄想だ!!』

 ――違う。

 それは逆で、俺も魔剣(デュランダル)は『いない』なんて言う妄想に取り付かれてたんだ。

 武偵憲章7条――悲観論で備え、楽観論で行動せよ。

 その言葉通りにアリアと霧は悲観論で備えていただけだ。

 なのに俺はどうだ?

 敵なんていない。ボディーガードの必要なんてない。

 そんな楽観的な考えで備えていたんだ。

 アリアに偉そうに証拠を出せとか言っておきながら、俺も魔剣(デュランダル)がいない証拠なんて何一つ出してない。

 その結果がこれだ。

 白雪は俺が守ってくれると信じてくれていた。

 なのに、俺は……裏切ったんだ!

 信じてくれていた白雪の心や信頼を。

 白雪がどこにいるかも分からない。

 だけど――探すしかない。

 ここで諦めちまったら、俺はそれこそ最低な男に成り下がる。

 そう思って武偵高の南側に向かおうとした瞬間――

「待たれよ」

 突然に声が掛かり、俺の目の前に人が降ってきた。

 こいつは――

「ふっふっふ、伊賀忍者――霧隠 泰蔵、推参」

 黒いバンダナをした鋭い目をした忍者はそう名乗る。

 俺はこいつを覚えている。

 1年前に『4対4戦(カルテット)』で戦った相手だ。

「こんな時に一体なんだよ」

 焦りのあまりに俺は強い口調で聞いた。

「まあ待て。(それがし)は白野殿に頼まれてお主を探していたのだ」

「なに……どういう事だよ?」

「異変が起きれば遠山殿を探し、地下倉庫に向かうように伝えてくれとな。しかし、お主を探し回るのは苦労した。講堂にいると言う風に聞いて行ってみればおらぬしな」

 はっはっはと、少し霧隠は高笑いをする。

 だが引っ掛かる部分がある。

「異変が起きれば?」

 思わず俺はその部分を反芻(はんすう)する。

「詳しくは白野殿に聞いてくれ。忍びは多くを語らぬのでな。ただ頼まれたことを遂行するのみだ。時間もないのだろう?」

 俺の疑問には答えないとばかりに霧隠は答えた。

 確かに霧隠の言うとおり、詳しい事を聞いてる暇はない。

「分かった……ありがとう。お前はどうするんだ?」

「某も付いていきたいところだが……あまり大袈裟に騒ぐわけにもいかん。持ち場に戻るしかないだろう。神崎殿を探しておるのなら心配するな、桃子が連絡に行っている」

 どうやらアリアの事を知っているらしい。

 いや、霧が教えたんだろうな。

 何て事ないと言った感じで微笑む霧の顔が頭をよぎる。

 感謝……だな。

「そうか、ありがとう」

「武運を祈るぞ」

 それだけ言って、霧隠は忍者っぽく走り去って行った。

 俺はすぐに地下倉庫(ジャンクション)へと足を向ける。

 

 

 武偵高の地下は7階まであり、多層構造になっている。

 その中で地下倉庫(ジャンクション)は一番下の地下7階にある。

 そして、地下倉庫などと言ってはいるが厳密に言えばあそこの大部分は火薬の保管庫だ。

 それ以外には資料室ぐらいしかない。

 また、地下2階以下は海面で立ち入り禁止区画でもある。2階までは階段で降りられるが……地下7階に行くには非常ハシゴかエレベーターを使うしかない。

 一先ず地下2階まで降りてエレベーターを探し当て、飛び付き、扉の横の端末を操作する。

 が、反応がない。

 おかしい。

 武藤の言葉どおりに武偵高で何かが起こっていることを実感させる出来事だった。

 ともかく、エレベーターが使えないなら非常ハシゴを使うしかない。

 すぐに変圧室へと向かい、扉を開けて俺の目の前に飛び込んできたのは――

(ハッチが開いてる?)

 誰かがハシゴを使ったと見られる形跡が残っていた。

 もしかしなくても、霧が既に下へと降りているのだろう。

 霧隠は『異変が起きれば俺を探して地下倉庫に行くよう白野に頼まれた』と言っていた。

 だから、霧の奴は巻き込まれたんじゃなくて白雪の異変に気付いてたんだ。

 ただ気になるのは、どうして俺やアリアに知らせてくれなかったのか? と言う事だ。

 だが、今は考える時間も惜しい。

 すぐにハシゴを使って下の階へ――!

 そう思って、急いで俺はハシゴを降りる。

 しかし、どうやらハシゴはかなり使われていないようで……あちこちに(さび)があるのが触っていて分かる。

 時折その錆に指を引っ掛けて切れるが構いはしない。

 それ以上に白雪や霧が傷つくかもしれないんだ。

 痛みに手を休めてる暇なんてない!

 落ちないように全速力でハシゴを降りて、ようやく地下7階へと辿(たど)り着いた。

 静かに資料室の扉に張り付いて、扉の窓ガラスから中を覗き見るが……暗い。

 点灯しているのは赤い非常灯だけだ。静かに中に入ってみてもその様子は扉を開ける前と何ら変わりはない。

 それどころか不気味さを感じる。

 けれども俺は足を止めずに先へと進む。足音を殺し、急ぎながらも2人の姿を探す。

 探しながらも奥へと進んでいる内に1つの大きな扉が俺の行く手を阻む。

 この扉の先がどこに続いているのかを携帯の明かりで照らされた武偵手帳で確認する。

 ――大倉庫。

 広い空間になっていて特に弾薬が多く集められている場所だ。

 あと探していないのはここだけ。

 ………………。

 扉を開けて入れば誰かがいる気配がする。

「……ど……て?」

 (わず)かながらに聞こえた白雪の声。

 誰かと話しているようだ。

 俺は息を殺し、白雪の声がした方へと棚を沿いながら近づいて行く。

 近付きながら棚に置かれている箱にチラリと視線を向ければ、『KEEP OUT』や『WARNING!』と言う警告を示す英単語が目に入る。

 箱の中身は火薬だ。

 火花でも起こせば簡単に爆発する。

 銃は使えない。

 棚の端まで辿り着き、その隣に続くように置かれている大きな木箱へと俺は移る。

 バタフライ・ナイフを静かに展開して、刃を鏡代わりに角を確認すれば――

(――白雪!) 

 積み上げられた弾薬箱の傍で座り込んだ巫女装束の白雪がいた。

 暗闇の中で1人。

 その光景に俺は思わず内心、悪態を吐いた。

 こんな時にこそ俺は白雪の隣に立つべきなのに……俺は影で様子を(うかが)う事しか出来ない。

 俺がマヌケじゃなければこの状況ももう少し違ったものになっていたかもしれない。

 ………………。

 今は、そんな過ぎた事を考えてる場合じゃない。

 白雪を救う事を考えろ。

 俺は(はや)る気持ちを抑え、曲がり角に身を寄せて耳をすます。

「霧さん……私のために……!」

 白雪は涙声で、呟いた。

 霧が、どうしたって言うんだ?

 少しばかり不安を感じさせる雰囲気に俺は息を呑む。

魔剣(デュランダル)どうして?! 私が身を差し出す代わりに誰にも手を出さない! そう言う話だったのに!!」

 訴えるように叫んだ白雪の声が倉庫内に響く。

 ――魔剣(デュランダル)

 本当に、実在してやがったのかよ……

「勘違いをするな。私が自ら手を出したのではない。奴がこの場に来たのだ」

 それに対して、男のような鋭い喋り方をする女性の声が返って来た。

 ナイフの刃に映るように声のする方へと向けるが……何も見えない。

 上手く闇の中に隠れてる様だ。

「そんなの、ウソだよ」

「嘘ではない。昨日、葛西臨海公園の人工なぎさで白野に慰められていただろう?」

 その言葉に俺と白雪は離れていながらも同時に驚愕した。

 なんでコイツがそんな事を知ってるんだ……いや、簡単な事だ。

 あの時、近くにいやがったんだ。

 魔剣(デュランダル)は言葉を続ける。

「どうやら、その際にお前の携帯に送った私の脅迫メールを自分の携帯へと送ったようだ。貴様が気付いていない辺り、転送した事は削除したのだろう」

「………………」

「つまり白野はお前の異変に気付いていて、貴様を助けるために動いていたと言う事だ。もっとも……私と闘うつもりはなかったようだがな。私の姿を確認出来ればすぐに連絡し、増援が来るまでは待機か足止めする心算だったのだろう。少しばかり侮っていた。だが、貴様のおかげで"助かった"」

「――ッ!?」

私に続け(フォロー・ミー)、白雪。貴様が来れば遠山も、武偵高にいる者たちも傷つかずに済む」

 魔剣(デュランダル)は勧誘するように言葉を投げかけて来た。

 白雪は震えながら、返した。

「なんで、私なんかを……欲しがるの?」

「知れた事を……貴様は原石だ。それも大きな力を秘めた、な。このような箱庭でそんな値打ちのあるものが、欠陥品の武偵にしか守られていないのならば手が伸びるのは自然な事だ。疑問に思う余地はない」

「欠陥品……?」

「そうだ。遠山 キンジ……ヤツが欠陥品でなくて何だと言うのだ?」

「――違う! キンちゃんは、欠陥品なんかじゃない!」

 白雪はすぐに反論した。

 だが、それを魔剣(デュランダル)は一笑する。

「ふんっ……なら何故ヤツは貴様の傍にいない? 何故助けにこない?」

「それは、私が助けを呼ばなかったから……」

「違うな。欠陥品でないのなら、助けなど呼ばなくても白野のように自らここに辿り着けるはずだ。つまり、ヤツはお前の危機に何も気付いていなかったのだ」

「違う! 私がキンちゃんに気付かせないように振る舞ってただけ! だから……」

 魔剣(デュランダル)は事実を述べ、白雪は必死に反論するが……俺にはどちらの言葉も胸に刺さる。

 思わず左手で胸を抑えるように握る。

「遠山に迷惑を掛けたくないと言う一心か……。だが、貴様が知らない内に貴様は私に協力していたのだぞ?」

「……え?」

「"すぐに来てくれ! 白雪! バスルームにいる!"」

 俺は耳を疑った――俺自身の声だ。

 魔剣(デュランダル)は俺の声で喋ったのか?!

 同時に白雪は息を呑み、肩を震わせるのが見えた。

 その白雪の反応を見てか、ヤツは楽しそうな声を上げる。

「ホームズは警戒網を敷いていたようだが、罠が張ってると分かっていて考えもなしに飛び込むほど私はバカではない。やり方は幾らでもある。中国では私のこのやり方を離間の計と呼ぶらしいがな」

「キンちゃんと、アリアを仲間割れさせるために……私を利用した……?」

「そうだ。あとは水が高い所から低い所に流れるように自然に進んで行った。いい意味での誤算だったさ」

 俺が東京湾に落とされた夜、白雪は俺が電話を掛けて来たと言って風呂場に侵入してきた。

 そして、上半身裸の俺を見た白雪は暴走し俺はそれを取り押さえたところで、アリアと霧が運悪く帰って来て俺は誤解される破目になった。

 だが、今になって分かった。

 あれは"運悪く"帰って来たんじゃない。

 アリアたちが帰って来るタイミングで魔剣(デュランダル)が誤解させるよう仕向けるために、白雪を動かしたんだ。

 俺とアリアを仲違いさせて、少しでも隙を作り、白雪に近付くために……

 次の女の言葉に俺は、耳を疑う事になる。

「お前は遠山に幻滅すべきだ。"兄と違って"臆病者なヤツには特にな」

 兄と違って……だと?

 なんだよ、それ。

 それじゃあまるで――

 

 兄さんを知ってるみたいじゃねえか!?

 

 ギリ、と歯軋りをする。

 なんでだ……なんで魔剣(デュランダル)が俺の兄さんの事を知ってる様な口振りなんだ……?!

「どうしてキンちゃんにお兄さんがいるのを知ってるの!?」

 白雪が叫ぶ。

 対して、ヤツは当然とばかりに返した。

「当たり前だ。星伽の巫女、遠山 金一を殺したのは他でもない。これから貴様が行くところ――」

 

 ――我々、イ・ウーが殺したのだからな――

 

 頭が、真っ白になった。

 今、魔剣(デュランダル)は何て言った……?

 ――イ・ウー。

 アリアの母親に冤罪を着せただけでなく、峰・理子・リュパン4世を使って俺の兄さんを殺した。

 

 アイツらが……俺の兄サンヲ……ッ!

 

 頭に血が上って行くのが分かる。

 歯を噛み締め、バタフライ・ナイフを握る手もカチカチと震える。

「それともう1つ。白野に関しては終わった事だが、もう1つ誤算があったようだ。星伽、遠山に連絡したな?」

 白雪に語りかけていた声が俺へと向けられている。

 その事に気付いた途端に俺は冷水を掛けられたように、頭が冷めた。

 バレたのなら、迷ってる暇はない!

「白雪、逃げろ!」

 俺は犯人の確保するために叫びながら角から飛び出す。

 今まで会話を聞いてたんだ。

 声のした場所は大体分かってる。

 相手が何らかの行動を起こす前に、辿り着くんだ!

「愚かだな」

 魔剣(デュランダル)の言葉と同時に俺の足に何かが引っ掛かった。

 派手に前へと俺は転ぶ。

 すぐに立ち上がろうとするが、何かが飛んでくる。

 ――間に合わねえ!

 だが、その何かは俺自身じゃなくて俺の傍の床へと突き刺さる。

 それから信じ難い現象が起きた。

 パキパキ、と飛んで来た刃物の周りが凍り始め、俺の足を床と縫い付けた。

 ……何、だ? こいつは……

 そんな事を思っている内にも瞬く間に氷は広がって、(ひざ)(ひじ)、と順番に床と一緒に凍りついて行く。

 気が付けば俺は四つん這いで固められてしまった。

 体を起こせない。

「星伽をここに呼んだのは私だぞ? 罠があると、考えれば分かるはずだがな」

 魔剣(デュランダル)は拍子抜けとばかりに呆れたように言ってきた。

 その言葉に俺はさっき引っ掛かった場所を見れば細いワイヤーが1本、床に沿って張られているのが見えた。

 チクショウ……こんな単純な手に……

「キンちゃん!」

 俺を心配するように白雪が叫んだ瞬間に赤い非常灯すらも消える。

「いや、放してッ! キンちゃ――!!」

「――白雪!」

 闇の中で白雪は俺に助けを求め、俺は白雪を助けようと足掻き……声を上げる。

 が、届かない。

 それどころか遠ざかって行く。

 俺は目の前で起きている事に対して何もできない。ただ、傍観者でいるしかない。

 ……ここまで事態を深刻化させたのは俺の所為だ。俺がもう少しアリアや霧の言葉に耳を傾けていればこんな事にはならなかった。

 なのに俺は……何も聞かず、何もせずにいたんだ。

 もう、どうしようもないのか……?

 

「何を諦めてるのよ、バカキンジ!」

  

 俺の内心で思った事に対して叱咤するように響いたアニメ声。

 それから暗闇の中で1つ天井の明かりが点いたかと思うと、連鎖するように別の明かりも点灯していく。

 暗闇に包まれていた倉庫内が白い光に照らされる。

 さっきのアニメ声――聞き間違える筈がない。

「アリ――ぐほっ?!」

 俺が名前を呼ぼうとした瞬間に、背中と足を踏み付けられた。

 床を歩くように自然に歩きやがった。

 それから、俺の目の前にちっこい脚が2本現れる。

魔剣(デュランダル)――! 未成年者略取未遂の容疑で逮捕よ!」

 日本刀を担ぎ、魔剣(デュランダル)のいる方向を指差してアリアは高らかに声を上げる。

 そのアリアの気炎とは逆に冷静な口調で、姿の見えない女は聞こえるように呟く。

「誰かと思えば、使えないホームズか」

「名誉毀損(きそん)も罪状に加えるわよ……?」

 俺が見えているのはアリアの背中だけだが、頬をヒクヒクと動かしている表情が俺には目に浮かぶ。

 火薬箱が置かれている棚の隙間から突然に風を切る音が聞こえ、アリアに向かって2本の投剣が飛来する。

 アリアは慌てる事もなく肩に担いでいた日本刀を上から下へと一閃すると……金属音が2つ響き、キャリキャリと音を立てて投剣は床を滑って行った。

 そして、アリアは飛んできた方へと首を向ける。

 俺もそっちに唯一動く首を向け、次に聞こえたのはガシャンと言う扉が閉められた音。

「逃げたわね」

 そう言うとアリアはくるりと俺へと振り向き、持っていた日本刀で俺と床をくっ付けている氷を砕き始める。

「全く、無様な姿ね」

「うるせえ……」

 俺の目の前でしゃがんだ腰の布の中身が見えそうだったので俺はアリアにそう一言返して視線を外す。

 屋上でケンカした時の気まずさもあって、俺はその事から意識を逸らすように尋ねた。

「今までどこにいたんだよ……」

魔剣(デュランダル)は、白雪を監視してた。あたし達を含めてね。それから段々と距離を詰めてる様な感覚があった。だけど、あたしや霧がべったりだったから直接的に手を出そうとはして来なかった。だからあたしは一度、白雪の傍を離れる事にしたのよ。霧も無意識の内か狙ってかは分からないけど、遠巻きからの護衛に切り替えてたしね」

「じゃあ、強襲科(アサルト)の屋上でケンカ別れしたのは……」

「ま、これもいい機会と思ったのよ。あんたのやる気のなさに腹が立ったのは事実だけどね。それに武偵憲章2条『依頼人との契約は絶対に守れ』。それを破る訳ないでしょう?」

 言いながらアリアは俺の膝の氷を剥がす。

 ようやく床と氷から解放された。

「そうだ、白雪――!」

 魔剣(デュランダル)に連れて行かれたあいつを探そうと、俺はすぐに駆けだす。

 が――

「待ちなさい」

「うおっ――!?」

 アリアに襟首を掴まれて首が締まった。

「何すんだよ!」

「少しは警戒しなさいよ」

 アリアは呆れるように言って俺の前に出て日本刀を振り、見えない"何か"を切った。

 それから光に反射して、宙に細い線のような物が舞う。

 これは……

「ワイヤーか」

「そう。TNK(ツイストナノケブラー)ワイヤー。今のはあんたの首の高さ、それでこれはあたしの首の高さ」

 言いながらアリアはもう1本のワイヤーを切る。

「どっちも首の頸動脈を擦るよう斜めに張られてる。確実に殺す気だったわね」

「用心深いヤツだな……」

「だけど無駄よ。あたしの目は誤魔化せないわ。早く白雪を探しましょ」

 流れるようにアリアは日本刀を背中に仕舞う。

 俺はアリアに続き、白雪が連れて行かれた場所へと向かう。

 

 

 白雪を見つけるのに、そう時間は掛からなかった。

 あいつは倉庫の壁際のパイプに立ったまま鎖で縛られていた。

 口には布を巻き付けられている。

 さっきの反省もあり、俺は罠に警戒しながらもアリアと一緒に白雪の傍へ駆けつける。

 そして布を外してやると、

「よ、よかった……キンちゃん、無事だったんだね」

 自分の心配よりも俺の心配をするあたり、白雪らしい。

 そんないつもと変わらない様子の白雪に少し安堵する。

 どうやら怪我も特にないらしい。

「俺よりも自分の心配をしろよな……」

 呆れながらも俺は言う。

 それから白雪は何かに気付き、それから震えながら口を開く。

「キンちゃん……霧さんは?」

「いや、俺も場所が分からない。魔剣(デュランダル)と話してる時から気になってたんだが、霧がどうしたって言うんだ? あいつもここにいるんだろ?」

 それから、ボロボロと白雪は涙を流し始める。

「き、霧さん……どうしよう、キンちゃん……私のせいで……霧さんが!」  

 涙声になりながらも、白雪は俺に何かを伝えようとしている。

 俺でも分かる。

 嫌な予感だ。

 こんなにも白雪が必死そうな顔をしてるのに、分からない訳がない。

 俺の中の不安も大きくなる。

 そして、思い出すのは魔剣(デュランダル)が会話で言った言葉。

『もっとも……私と闘うつもりはなかったようだがな』

 

 ――まさか……!

 

 嫌な予感が確信に変わった時、血の気が引いて行く。

 アリアも、俺と同じような事を思ったのか俺の顔を見る。

「すまん、アリア。ここで白雪を――」

「言わなくていいわ。早く探しなさい!」

 言いたい事は分かってるとばかりにアリアは俺のセリフを遮る。

 すぐに俺は彼女達に背を向けて走る。

 それから棚の通路を1つ1つ、探し回る。

 いつもニコニコしながら何でもそつなくこなして来たあいつに限って、そんな事があるのか?

 否定しながらも、不安は大きくなるばかりだ。

 そうやって探してる内に、白雪が魔剣(デュランダル)と話していた場所まで戻って来た。

 それから棚の影の向こうの壁際に人影が見えた。

 思考するよりも前に駆けつける。

 ………………。

 壁際にいたのは間違いなく霧だった。

 だけど、壁にもたれるように倒れている。

 

 ――両手足を氷漬けにされて。

 

 ――人形みたいに頭を垂らしている。

 

 今までに見た事ない姿だった。

 




ブラック・ブレットのあとがきを見たら、「黒糖パン超うまいし」と言う作者のコメントを見る限り……黒パンって言う呼称は半分公式なんですかね……
ともかく思わずクスリとしました。
そして、垣間見えるラノベ作家の苦悩。
まあ、どんな仕事にもやってみなきゃ分からない辛さはあるものですしね。
特にクリエイティブな仕事は生み出し続けないと行けないという苦悩がありますから……
そういう意味では、作家さんには頑張ってもらいたいです。

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