黒髪美女に日本刀ってほぼセットですよね。
まあ、似合うからいいんだけども。
逆に黒髪美女以外に日本刀が似合うのってどんなキャラなのか……なんとなく気になります。
私の目的は達成された。
今にしても思えば、お姉ちゃんがあのタイミングでルミちゃんを通して私に連絡をしたのは……きっと以織と巡り合わせるためなんじゃないかと思う。
何となくそう考えるよ。
あの人達にとって大体の事はきっと想定の範囲内だからね。
お父さんの言葉を借りるなら『推理通り』って所かな?
何にしても彼女は私の家族になったんだ。
これからが楽しみになってくるよ。
だけど、それは一旦置いておこう。
次は……理子の方だね。
◆ ◆ ◆
潜入開始から10日目。
俺達の計画は着々と進んでいる。盗む算段も大体はついた。
つまりは理子の『大泥棒大作戦』もいよいよ大詰めと言うところだ。
そして、今のところ動きが勘付かれてもいない。
最初はシェースチと言う、ロシア人と思われる少女メイドがいたのには驚いたが……それでも順調だ。
と言うか、向こうからそんなに接触してくる事はそんなにない。
なんつーか……レキに似た雰囲気をしてる。
会話らしい会話なんてほとんどない。
一応、分からない事があれば教えてくれるが会話の例を出すなら「……掃除」「……手伝う」とか言った風に、ほぼ最低限の言葉しか言わない。
もしかしたら、レキ以上の口数の少なさかもな。
まあ教えてくれなくてもマニュアルがあったので、それを見れば大体の事は出来るからそれほど教わる事もなかったが……
夜になって、夕食の時間。
俺は厨房で料理の支度をする。
と言っても、小夜鳴はそう難しい料理を注文してこない。
頼むのはほぼ1品だけだ。
それも串焼き肉。料理って言っても焼肉みたいなものだ。
生肉を串に刺して焼けばそれで終わり。
家事経験が少ない俺でも普通に出来る。
ちなみにアリアは、厨房に立たせられない。
メイドの特訓で理子と一緒に料理も練習したのだが……オムライスを作るので精一杯だった。
それ以外のレシピだと何故か錬金術が発生して、どんな食材を使っても黒い物体になる。
こう言うのもなんだが、女子としてそれはどうなんだと思う。
白雪や霧は普通に出来るって言うのに、同じ女子でも料理が出来ない人は出来ないんだな……と痛感した。
「――キンジ」
「あつっ!?」
いきなり特徴的なアニメ声が聞こえてきて、思わず
頭の中で考えてた人物がいきなり背後に来たら誰でも驚く。
しかも直感が鋭いから下手な事を考えたら足を踏まれるしな。
「なにやってんのよ、鈍臭いわね」
「うるせえ、いきなり声を掛けてくんなよ」
そう言いつつも俺は出来た串焼き肉を皿に載せる。
「どうしたんだよ、いきなり? 何か問題でも発生したか?」
「そう言う訳じゃないんだけど、キンジはシェースチって言う子についてどう思う?」
「どう思うって、普通に物静かなヤツだなってくらいしか思わないが……」
要領得ない質問に俺が答えると、アリアは顎に手を当てて唸る。
「本当にそれだけ?」
「逆にお前はどうなんだよ、あの子がどうかしたのか?」
「……そうね。何て言うか、只者じゃない感じがするわ」
「考え過ぎじゃないのか?」
どっからどう見ても、口数の少なさ以外は普通のメイドっぽい感じだが。
それでもアリアは何か引っ掛かるような顔をする。
「だけど、気になるのよ。理子は動きに警戒しながら接触は避けるようにって言ってたけど、特に対策とか立ててる感じじゃないし」
「突然の事だからそれぐらいしか対策が出来ないんだろ。不測の事態って言うのはあるもんだ」
「そうかしら……? これはあたしの直感だけど、理子はあのシェースチって子をあたし達から遠ざけてる気がするのよね」
お得意の直感か。
だけど、この間の
間近で見てきたからな、案外馬鹿にならない程に当たる事は身を持って知ってる。
だから否定するような事は言わない。
「本人に聞いてみたらどうだ?」
「それもそうね。キンジにしては良い事を言うじゃない」
俺の提案にアリアはご満悦の様子。
だが俺に『しては』って言うのは余計だ。
10人以上が席に着けそうな洋風の長テーブルに1人、小夜鳴が座っている。
一応、作法通りにドーム状の銀のフタを開けて中身を見せながら、
「山形牛の炭火串焼きの柚子
と俺は本日のメニューを言う。
ちなみに昨日は神戸牛だった。
アルバイトである俺達の食事はこの屋敷の冷蔵庫から、適度に調理して食べて良いと言う事になってる訳だが。
生まれて初めて高級肉を食ったぞ……
潜入だって言うのに、
まさかこんな敵地で高級肉を食べる機会が得られるとは。
あと、俺達が食べる料理を出すのは例の西洋人形みたいなメイドであるシェースチと言う少女だ。
別に俺が頼んだ訳でもアリアが命令した訳でもない。
彼女が自ら勝手に作って、俺達の部屋に持ってきてくれる。
メニューは多分、ロシア料理だったはず。ロシア料理に詳しくないから実際は分からんけども。
ともかく潜入してからはずっとそんな感じだ。
口数は少ないが、本物のメイドらしい。
アリアが厨房で言った意味とは違うが、只者ではないな。
「実に美味しそうですね。今日もありがとうございます神崎さん」
「え、はい……どういたしまして」
小夜鳴はニコニコとした笑顔でアリアに感謝するが、本人は複雑な表情だ。
それもそうだろう。
作ってるのは俺なんだから。
まあ、表向きはアリアが作ってると言う事になってる。
じゃないと仕事の割合が――これ以上はやめておこう。
俺に向かってなんか、噛み付くような視線が飛んできてる。
いそいそと串から肉を落として、俺はそのまま下がる。
これで俺の仕事は終わり、あとは食堂の片隅で指示待ちだ。今にして思えば、随分と楽なバイトだな。
そんでもって悲しい程にナプキンを腕に掛けて待機してるのが似合っているな、俺……
10日経って、サマになって来た感じだ。
「
と、窓の外にある庭のバラを見て小夜鳴は何かを呟く。
まただ……。確かこのフレーズは、以前にコーカサスハクギンオオカミ……レキのペットとなった『ハイマキ』が保健室のロッカーに隠れてる俺と武藤を襲う前、同じ言葉を小夜鳴は発していた。
どう聞いても"ぶっ殺す"にしか聞こえないが、
「ルーマニア語ですか? "
テーブルに置かれたグラスに赤ワインを注ぎながら、アリアが尋ねる。
「おや、知っておいでで。もしかして、神崎さんはルーマニア語を話せるんですか?」
「
「
2人は何やらルーマニア語でやり取りをし始める。
何言ってるのか、全然分からん。
おかげで俺は会話に割り込めない……
なので自然と意識は考え事へと向かう。
霧はルーマニア語とか分かるんだろうか?
ふとそんな事を思う。
あいつ、無駄に万能だから尋ねてもいつものニコニコ顔で「分かるよ」とか言いそうだ。と言うか、普通に想像できる。
実際、喋れるかどうかは分からんけど。
そう言えば、あいつは今頃どうしてんだろうな……
などと考えてる内にいつの間にやら小夜鳴とアリアの会話は終わったらしい。
そんなに時間は長くなかったが、密度的には随分と話し込んでいたようだ。
それから程なく夕食は終わり、残りの仕事も終わらせた俺達はそれぞれの部屋へと戻る。
作戦は大詰めだ。
本格的に盗むのは、最終日。
つまりは俺達がここから出て行く日だ。
去り際に十字架を頂戴して、そのままとんずらしようと言う事だろう。
理子、相変わらず抜け目のないヤツだよ。
そろそろか、と思い俺は俺で風呂の準備だ。
今の時間帯ならもうアリアは風呂を出てる事だろう。
いつかの時みたいに上がってくる時にバッタリ出会うのはゴメンだ。
まあ、あの時は武器を取り上げようとしただけなんだけどな。
2ヶ月ぐらいしか経ってないが、あの時の事が少し懐かしく感じる。
いい思い出かどうかと聞かれたら違うんだが。
ここの浴場は、この屋敷が広いだけに無駄に広い。
竜の彫刻の口から湯が出てるのを見た時は驚いた。
と言うか、大理石の浴場自体を生で見るのは初めてだった。
おかげで庶民の俺は未だに落ち着かない。
銭湯の貸切みたいで。
だがまあ、その分ゆっくり出来る訳だが……
扉を開けて、更衣室で服を脱いで、タオルを腰に巻く。
ガラスの扉を開けて中に入るが、凄い蒸気だな。
なんでこんなサウナみたいな状態なんだか。
そう思いながらもさっさと頭や体を洗って、タオルをお湯に浸けないよう頭に乗せゆっくりと浴槽に入る。
このお湯が体を包み込むなんとも言えない心地、まさしく疲れが癒されるな。
それから、誰かが換気扇を回したのかはたまた自動なのか分からないが蒸気が晴れて行く。
晴れていくと同時に、向かい側に
誰だ……? 小夜鳴か?
まさか、こんな所で出会う事になるとは。
日本じゃあ裸の付き合いみたいな事はあるが、先生と生徒だし色々と複雑だ。
先生には申し訳ないが、こっちは泥棒な訳だしな……
向こうはこっちに気付いていないようだ。
このまま気付かれないうちに去る事も考えたが、もしかしたら何か情報を聞き出せるかもしれない。
そう考えて静かに近付くが――
見えてきた人物は、銀髪じゃなくて白っぽい金髪。
きめ細かい肌に、エメラルドみたいな瞳を持っている。
つまり、例の少女メイド――シェースチだった。
思わず素早く後退する。
蒸気の
最初から彼女は、ここにいたんだろう。
扉を開ける音がしなかったしな……
って言うか、これどうすんだよ!?
なんて思っているが、やる事は1つしかない!
幸いにも目を閉じていてまだ向こうは気付いてない、今なら普通に出れる!
考えが
腰にタオルを巻いて彼女に背中を向けず正面を向いたまま、扉の方へと進む。
出来るだけ音を立てずに慎重に、だ。
だが、ぱしゃと言う水音を立てて人影が動き出す。
マズイ……どうやら向こうも上がるつもりらしい、こちらへと迫ってくる。
急がないと、ヒステリアモード的な意味で最悪の状況になる!
大理石の浴場の淵に足を掛けようとした瞬間、腰のタオルがズレる。
嘘だろ――!?
そう思った時にはもう遅く、タオルを踏んだ俺は背中から派手にコケた。
最悪だ……と思って、素早く体を起こすが――
既に彼女が俺を見下ろしていた。
そして、当たり前だがここは浴場な訳で……当然に彼女は裸だ。
アリアみたいに騒ぎ立てる訳でもなく、静かに俺を見下ろしている。
妖精みたいな感じで、どこかファンタジーの世界の住人みたいな印象を受ける彼女。
だが、別な意味でファンタジーな部分が色々と見えちまいそうになってる!
「す、すまん……! 入ってるのに気付かなかったんだ! 決してワザとじゃない!」
「…………?」
俺は弁明するが、シェースチは小首を傾げるだけだ。
いや、羞恥心とかねえのか!?
俺が何で慌ててるのか分からない様子だ。
なんつーか、雰囲気は違うがレキみたいな感じだ。
それから彼女は、何事もなかったかのように俺の横を通り過ぎる。
な、なんかよく分からんが助かった。
ヒステリアモードには……なってないな。
蒸気が完全に晴れてなかった事と、動揺が激しかったのが幸いしたらしい。
思わず彼女が浴場を出て行くのを確認するために背後を向いてしまったが、
――気のせいか、背中に何か金属の小さい円盤が付いていたのが見えた気がする。
何とか珍事を乗り切った俺は、すぐに着替えてベッドへと倒れ込む。
風呂に入ったはずなのに無駄に疲れた。
そして深夜――
この泥棒作戦でお馴染みになりつつある報告会の時間がやってきた。
携帯電話を三者間通話にして、連絡を取る。
『んちゃ。それじゃいつもの報告会に行ってみよー、やってみよー!』
理子が電話の向こう側でそう言って進行する。
前から思ってたが、お前……夜行性だろ。
なんで報告会の時は毎回ハイテンションなノリなんだよ。
だがそんなノリも10日間もすれば慣れるもので……
『それじゃ金庫内の様子について報告するわ』
アリアはそんな理子を気にする事もなく続ける。
まあ、構うだけ無駄だからな。
『地下金庫についてはちょっとマズイわよ。掃除の時に調べたんだけど、事前調査の時よりもかなり厳重になってる。物理的な鍵は当然にあるとして、声紋、指紋、網膜、磁気カード、おまけに室内は赤外線だけって事になってたのが感圧床まであるわ』
おい、どんだけだよ。
機密書類でも眠ってるのか、この屋敷には……
それからもアリアは続ける。
『それに、どうやらあのシェースチって言うメイドがセキュリティのメンテナンスをしてるみたい。多分、備え付けたの彼女なんじゃないかしら?』
『――ゴホッ!?』
理子側の電話から何か飲み物を吹き
呑気に何飲んでやがんだあいつは。
『あー、うん。そう言うオチか……でもでも、問題はナッシング! どんな高い壁も乗り越えて盗み出すが泥棒の
と、
どうやら、理子は壁が高い程に燃えるタイプらしい。
『大まかな作戦は3日前から変更なしと言う事で、「
「アリアの方が小夜鳴とよく話してるから、アリアだな。俺にルーマニア語は分からんし、共通の話題は多い方がいいだろう」
『おー、随分とキーくん張り切ってますな。どうしたの? アリアにイイところ見せちゃいたい感じ?』
俺が答えると理子が突っつくように聞いてくる。
テンションが高いとよく絡んでくるな、お前……
って言うか、何でそう言う話になるんだよ。
「ノーコメントだ」
『キーちゃんに弄られてるせいか耐性が出来てきて、反応がうっすーい! そうだ、今度から報告会をする時は2人とも同じベッドの中でしてよ』
『あ、あああんた、バカじゃないの!? なな、何でそんな事をする必要があるのよ!』
『ほらぁ、報告会の後に映画とかでよくある重大な作戦の前夜に愛を囁き合うスキンシップをするんだよ』
「おいばか、やめろ」
俺をヒスリ殺す気か。
いや、その前にアリアに風穴祭りされるだろうけど。
『くふふ、ほらキーくんもアリアぐらい反応してくれないと』
『あんた……おちょくってるわね。後で覚えてなさいよ』
『いやん、こわーい♪』
アリアが怒気を含んだ言葉を放つが、理子はどこ吹く風だ。
相変わらずアリア相手にケンカを売る大した肝っ玉を持ってるよ。
『それじゃ、
『急に話を戻すんじゃないわよ……そうね、割と研究熱心ですぐに地下に戻りたがると思う』
「だな、普段の休憩時間からして10分前後って所だろう」
『10分か~……』
俺が答えた時間を聞いて、理子は考え込んでる様子だ。
さすがの天下の大泥棒の子孫様でも難題らしい。
使えるのは俺だけで、しかも多くのセキュリティを突破した後に偽物を置き、かつ証拠を残さずに去れって言うんだからな。
『15分に出来ないかな~……例えばアリアが――』
『あたしが何よ?』
『先生、あたしに保健を実技で教えて下さい♪ とか』
『今すぐあんたの場所を教えなさい、素敵な銃弾をプレゼントしに行ってあげるわ……』
こ、こええ……アリアがマジトーンで怒ってるぞ。
電話越しに黒いモノが漏れ出てる感じだ。
『おお、こわいこわい。ま、そこら辺はりこりんが考えておきますよ。それじゃまた明日、同じ時間にね~』
『待ちなさい』
怒りを抑えて、アリアは真剣な口調で理子を呼び止める。
どうやら、厨房での俺の提案を実行するらしい。
『うん、どうしたの~? まだ何か連絡することがある感じ?』
『あのシェースチって言う子はどうするのかしら?』
『今のところ、放置だね。さすがに1人で2人は誘き出せない。セキュリティのメンテナンスをつい最近にやったなら、しばらくは金庫に近付いたりしない筈だから……気にする必要もないよ』
『そう。それと理子、あんた……あの子について何か知ってるんじゃないの?』
さすがはアリアだ。
いきなり本題にズバリと入り込む。
だがそれを何事もなく理子は返す。
『ヤダな~、あの子について理子が知る訳ないじゃん。潜入開始の日に初めて知ったんだよ?』
『その割にはあたし達を彼女から遠ざけてるように感じるわ』
『思い違いだよそれは、よく分からないイレギュラーだから下手に刺激して藪蛇とか出さないために言ってるんだからね』
『……分かったわ、変な事を聞いて悪かったわね』
『うん、それじゃあ理子はおちるね~』
プツと理子との回線が切れる。
もっともらしい感じで、特に変な所は無いように俺は思えたが……
「アリア、どう思う? 俺は特に気になる感じじゃなかったが」
『どうかしらね。あたしは、まだ何か隠してるように思うの……』
「それも勘か?」
『当然よ』
相変わらず自信満々に答える。
『あんたもそうよ。あたしに、何かを隠してる』
まさか俺にも矛先が向かって来るとは……予想外だった。
ここは逃げるに限る。
「切るぞ」
『待ちなさいよ! あんたにも聞きたい事があるのよ!』
「…………………」
俺はそのまま何も反応せずに電話から耳を話そうとした瞬間、
『――カナって、誰?』
切る前に聞かれてしまった。
思わず硬直する。
『その……あんたにとって、大切な人……なの?』
先程とは一転して弱々しく聞いてくる。
大切な人。
間違いはない。
だけど俺は、
「悪いが、今は答えられない」
そう答えるしかない。
『いえ、いいのよ。……以前に霧に言われたわ「自分の事情と人の事情を比べるモノじゃない」って。だから、教えろだなんて言わない。あんたが言えない事にも何らかの理由があるんでしょ? でも、ごめん。踏み込み過ぎたわ』
アリアか? と思う程にしおらしく、素直に謝ってきた。
俺はこのまま話さずにいる事も出来る。
だけど、それはそれで申し訳なくなる。
だからせめて――
「俺自身、心の整理が出来てないんだ。悪い」
『それじゃあその心の整理が出来たら……』
「ああ、ちゃんと話すよ」
『そう、分かったわ。もう聞いたりしない。話してくれるまで待ってるわ』
その健気な一言に俺はドキリとする。
いつもの強気な感じからは想像もできない言葉に、思わず顔が赤くなる。
チクショウ、いつもは凶暴なクセに可愛いこと言いやがって。
「その……おやすみ」
『ええ、おやすみ』
気恥ずかしくなって俺はすぐに電話を切った。
霧と言いアリアと言い、俺の調子を狂わせる奴が多すぎる。
困った話だ……
◆ ◆ ◆
はあ、危なかった。
相変わらずオルメスは、勘だけは冴えてるんだから。
なんて思いながらも、イスに座ったままあたしは項垂れる。
それにしても何が『知る訳ないじゃん』だよ。
とんだ嘘
今にして思えば、あたしはいくつ嘘を言ってるんだろう。
オルメスを仕留めるだなんて啖呵を切っておいて出来てないし、妹の事を知らないだなんて言ってるし、お姉ちゃんには相変わらず何も言ってないし。
ホント、
嘘吐きは泥棒の始まりだなんて言うけど、あたしの場合は泥棒だから嘘を吐き続けてるような感じだよ。
はあ……
お姉ちゃんの声が聞きたいって思ってる辺り、あたしはもうダメだな。
だけどそれは、包容力があり過ぎるあの人が悪い。
何で子供みたいな性格してるのにあんなにも母性に溢れまくってるのか……
おかげで依存性になるよ。
……お姉ちゃん、今頃は何してるんだろうな。
◆ ◆ ◆
「あの、この体勢は恥ずかしいんですが……」
「いいでしょ、別に。私以外誰も見てないんだから」
「しかし、同じ布団に2人と言うのは……」
「まあまあ、そんな事は気にしないでそのまま胸の中にいてね」
女子寮の私の部屋で、同じベッドに以織と一緒に寝ている。
以織のアパートに行く事も考えたけど、少し距離がある。
と言う訳で私の部屋へと誘って、こうして今に至る訳だけど。
ちょっと半ば強引に布団には押し込めた感じ。
心の抵抗はあるけれど、そんなに拒んでる感じはしない。
そして今は寝ながら布団を
私の顔の下に、以織の頭があってその頭を腕で包みこんでいる。
これだけ密着してれば、彼女の息遣いも心臓の鼓動も聞こえる。
不安がっているかどうかも分かる。
「このままの体勢でよく聞いてね。自分の選択に後悔は、ない?」
「……分かりません」
「まあ、そうだよね。その時の選択が正しかったかどうかなんて振り返らないと分からない。でも、君は孤独が嫌だから私と一緒にいる事を選んだ」
「……はい」
「復讐へと導いた私でも、一緒にいたいと思う?」
「……はい。貴女のおかげで、父の
「そっか、安心したよ。もう、君は独りじゃない。これ以上孤独を許容して生きていかなくてもいい。私が、君の孤独を……埋めてあげる」
私の言葉に以織の心音が高鳴る。
それからそのまま脈は速くなり、彼女の体は少し火照りを見せる。
少し迷うような感じで彼女は尋ねる。
「これから、何と呼べばよろしいでしょうか?」
「何でもいいよ。私は本当の名前を知らないからね」
「知らない?」
「そう、今は白野 霧だけど。本当の自分の名前じゃない、そもそも分からない。だけど、あえて名乗るとしたら――ジル。それが私の名前」
「ジル……」
「お姉ちゃんでも構わないよ?」
私の提案に以織は気恥ずかしそうに、顔を伏せる。
「では、姉上と」
「うん♪ それじゃあ、以織……おやすみ」
「はい、姉上……おやすみ、なさい」
数分と経たず、以織の寝息が私の胸にかかる。
これだけでもかなり心を許してるのが分かる。
私の言葉をすんなりと受け入れる辺り、余程独りでいる事が耐えられなかったみたい。
つまらない大人の保身のおかげで、以織みたいな子が簡単に堕ちる。
さて、これでお姉ちゃんのお願い通りに手駒は手に入れた。
もっとも……私は手駒なんて扱いはしない。
なんてったって家族だし、勝手に切り捨てるなんて言うつまらない事もしない。
それに来る者は拒まずってね。
来る者と言うよりは誘う者って感じだけど。
少し、頭を撫でて私は寝室から離れる。
それからベランダに出て、声を変えて連絡を取る。
「やあ、リリヤ」
『……なに?』
「贈り物は届いてるかい?」
『……大丈夫』
「なら、念の為に準備をしておいてくれ」
『……分かった』
「キンジ達――今、紅鳴館で働いてる人達が行動をしたら教えてくれ。あと――」
それから、私はリリヤにいくつか指示をしておいてから電話を切る。
これで私のやる事は一通り終わったかな?
ホームズの4世程じゃないけど、私もそれなりに勘がいい。
だから嫌な予感がするんだよね。
具体的に言うなら、どこかの吸血鬼が牙を研いでそうな感じ。
ま、杞憂ならそれでいいけど。
――もしもの時は――
理子が知ったらキンジ、死にはしないだろうけど殺されそうだな。
さて、次回辺りがブラド戦の予定です。
いや、本格的に戦うのは1つ話を挟んでからの予定ですけど。