緋弾に迫りしは緋色のメス   作:青二蒼

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明らかに後半がメインの話。

圧倒的な感じが演出出来てると……いいなあ。

理子の視点のままブラド戦を描写しようと思ったけど無理でした……

と言うか後半の話を考えるとキンジ視点の方が都合がいいと言うのが正直な話。

今回の注意事項

・おなじみ再構成
・理子の心境変化
・役立たずキンジ
・アリア、死す



52:夜霧の摩天楼

 

「…………た、す、け……て…………!」

 悲痛で、か細い声。

 それが理子の口から絞り出すように出された。

 

「――言うのが、遅いのよ!!」

 

 迷いもなく、理子の言葉に応えるようにアリアが叫び、駆ける。

 そんなアリアの叫びに気圧され2頭の銀狼が怯む。

 風圧が隣にいる俺にくる程に、ブラドへと突貫する。

「キンジ! あたしの側面は任せたわよ!」

 俺に指示を出しながらも足は止めない。

 その時、ブラドの下僕(しもべ)である銀狼達が左右からアリアを挟撃する。

 しかしアリアはそれに目もくれない。

 ――側面は任せたわよ!

 なるほど、そう言う事か。

 だったら……!

 ベレッタを構えてそれぞれ1発ずつ銀狼に発砲する。

 だが狙うのは命じゃない。

 撃たれた銀狼達は空中で姿勢を崩すとそのままアリアを通り過ぎて倒れる。

 ぶっつけ本番だったが出来たな……

 レキが以前にやった、銃弾を掠めさせて脊椎(せきつい)を圧迫し、体を麻痺させると言う妙技。

 さすがはヒステリアモードだ。

 アリアは既にブラドの所へと辿り着いている。

 2丁のガバメントを構えて、ブラドの側面に回り込み流れるように立ち回っている。

 そして、マズルフラッシュと音を放ちながらいくつもの銃弾がブラドの腕と肩へと吸い込まれる。

 生々しい音が鳴るが、

「学習能力のねえ人間どもだ」

 ブラドは大きく口を開き、牙を見せながら笑っていやがる。

 傷口は赤い煙と共に治り銃弾が零れ落ちる。

 一度治る様子を見たとは言え相変わらず現実離れした光景だ。

 冷や汗じりにそう思いながらも俺は、アリアの方へと視線が向いているブラドの死角に潜り込むように駆ける。

 バタフライ・ナイフを展開して狙うのは、尺側手根屈筋(しゃくそくしゅこんくっきん)短掌筋(たんしょうきん)長掌筋(ちょうしょきん)

 どれも手の平を握るのに必要な筋肉だ。

 その筋肉が通ってる腕と手首に向かって素早く刃を突き立てる。

「……なにッ!?」

 ブラドは握力を失った事に驚いた顔をしながら、理子を手放す。

 それを俺がお姫様抱っこでキャッチする。

 どうやら握力が失ったところを見るに、筋肉の位置は人間と大差なさそうだな。

 すぐさまブラドは腕を振りかぶり、俺に向かって鎌のように剛腕を振り下ろしてくる。

 それを俺は素早くバックステップで(かわ)した。

 何とか、大丈夫だったが……振った腕から旋風が巻き起こり俺と理子の服と髪を揺らす。

 今の一撃を喰らったら、骨が持って行かれてただろうな。

 そのまま距離を取りアリアと合流する。

 アリアは理子の様子を見て呆れ顔。

「あたしに散々、色々と言ってくれたクセに酷い顔ね」

「うる、さい……!」

 確かに涙の跡が残ってる理子の顔は酷いものだ。

 それを隠すように理子は左袖で拭う。

「まあいいわ。あんたとの勝負は"お預け"よ」

 と、言ってアリアはブラドへと向き直り俺と理子を守るように大きく一歩前に出る。

「ブラド! よくあたしの前にノコノコと姿を現せたわね! あんたを……あんたを逮捕するわ!」

「ゲァババッバッ! オレを逮捕だァ? 大きく出たなホームズの小娘」

「誰が小娘よ! あたしはもう16よ!? 立派なレディに向かって失礼な言い草ね!」

「ハン、そんな貧相な体で何がレディだ……しかも16でそれじゃあ将来の見込みもねえなあ」

 ニヤニヤとした感じでブラドが見下す。

「あんた……牢にブチ込む前に、1発どデカイ風穴あけてやるわ……ッ!」

 おい、簡単に挑発されてるなよ。

 青筋を額に浮かべるアリアを見て、心の中で突っ込む。

 すぐさま畳み掛けるようにアリアは言い返す。

「あんたはあたしの事を侮辱したから言い返させて貰うけどね! あんたは相当のマヌケよブラド! キンジ、武藤レベルにマヌケよッ!!」

 さり気なく味方である俺を(けな)すな。

「『無限罪のブラド』――あたしにとってはジャックと同じくらいに正体を掴めないでいるあんたがわざわざこうして出てきたんだから、ラッキーの一言に尽きるわ」

「アンラッキーの間違いだろう。てめえはオレを倒すつもりでいるらしいが、ジャンヌやそこの4世程度に苦戦してるお前じゃあ話にならねえ。オレはイ・ウーのナンバー2だ、この意味も分からないほどに頭が弱いらしいな……ホームズの小娘」

「あたし1人じゃないわ、"あたし達"があんたを倒すのよ!!」

 そう言って、アリアは理子に目を向ける。

 その『あたし達』に理子も含んでの発言だろう。

 理子はそんなアリアの発言に少し驚いた様子で、目を向けている。

「なるほど、ジャックの言う通りてめえは(なぶ)甲斐(がい)がありそうだなホームズの4世」

 そう言ってブラドは傍にある携帯の電波を受信するアンテナに手を掛ける。

 片腕で掴んだそれをミシミシと言う金属音と共に折り曲げ、根元から引きちぎった。

「串と言うよりは棒だが、まあいいだろう」

 長さは5メートル、重さは数トンありそうなそれを軽々と肩に担ぐ。

 どうやら、あの剛腕は理子を軽々と持ち上げてた事からも見掛け倒しじゃないらしい。

 そんな中、アリアがブラドに見えないよう背中でなにか手信号(ハンドサイン)を送ってくる。

 いや、これは指信号(タッピング)。武偵の使う暗号の一種だ。

 解読すると「リコ ヲ カクセ」との事らしい。

 ブラドから庇うよう俺達の一歩前に出たのはこの暗号を送るためか。

「さあ、どうするホームズの小娘?」

「上等よ、やってやるわ」

 アリアが2丁の銃を構えてブラドに答える。

 ブラドの意識がアリアに向いているのを確認してすぐさま俺は反転し、ヘリポートの階段下の影……この屋上から降りるためのドアの傍へと理子を下ろす。

「く、ぅッ……!」

 どうやらオオカミに噛まれた右腕が痛むらしい理子は下ろしたと同時に呻く。

 些細な動きでも苦痛を伴うらしい。

 彼女の右腕を見れば、それほど出血はしていない……オオカミの顎の力がどれくらいかは分からないが、あの100キロ級の重さのオオカミだったらその力は200キロは超えていそうだ。

 骨には到達してると考えていいだろう。

(みじ)めだね、あたし……敵であるお前ら、に、救われるなんて……」

 男口調のままで自嘲じみた言葉を紡ぐ。

 言葉の端々からも痛みがにじみ出ている。

「敵だ味方だなんて今は関係ない。俺のご主人様が言ってただろう? 勝負は預けるって」

「永遠に預ける事になりそうだけどね」

 理子は小馬鹿にするように苦笑しながらそう言う。

「だったら、助けてくれないか?」

「……別にいいよ」

 俺の言葉にあっさりと了承した。

「囮でも何でもしてやる。その代わり、あたしが死のうがあいつを必ずぶっ倒せ。あの人を裏切ったあいつを、あたしは許さない」

 さっきまでの泣き顔とは一転して、俺を見上げた理子は怒りに燃えていた。

 その鋭い眼は……ハイジャックの時とは違う獲物を狩るような眼ではなかった。

 ヒステリアモードの俺すら、どう表現していいのか分からない。

 ただ確かな意志を持っている。

 それだけは分かる。

 だけど――

「死んでも、って言うのは聞けない相談だね。せっかく手に入れる自由を生きて実感しないつもりかい?」

「でも……! 生半可で勝てる相手じゃない。あたしはほとんど右腕が使えないし――」

「なら、これで腕2本追加だ」

 俺はポケットから取り出した"本物の青い十字架(ロザリオ)"を理子の首に掛ける。

 理子には超能力(ステルス)とも言えるべき力がある。髪を手のように扱うことが出来る力が。

「これは……」

「正真正銘の本物さ。ブラドから救い出す時にポケットの中にあったのを落ちてた偽物とすり替えておいた」

「………………」

「理子、君にもいなくなれば悲しむ人や会いたい人がいるだろう? だから、こんな所で生きる事を諦めちゃいけない。もし理子が助けを呼ぶなら、俺は何度でも理子を助けに来る。約束だ」

 力なく垂れ下がってる理子の左手を見えるように持ち上げ、握り締めながら俺は真っ直ぐに理子を見据える。

 俺のその言葉に、理子は丸い目をさらに丸くする。

 そして、夕焼けみたいに頬が染まる。

 それはいつもの猫を(かぶ)ったような理子とも俺達と敵対した時とも違う一面だった。

 それからすぐに何かを振り払うように首をぶんぶんと振り、

「……行くぞ」

 理子は立ち上がって誤魔化すようにそう言った。

 俺の横を通り過ぎて、理子はヘリポートへと続く階段を上がる。

 この状況……本来なら逃げるべきなんだろう。

 相手は文字通りのバケモノで、ジャンヌからも警告されてる。

『逃げるための戦いをしろ』

 そう言う風に言われた。

 だが、ジャンヌ。お前が心配してる理子は退く気がないみたいだぞ。

 もちろん、俺もこんな所で逃げ腰になる気はない。

 正直に言うと、面倒だ。

 それを言えば確実にアリアから風穴をあけられるだろう。

 だけどそれ以上に――!

 女の子2人が勇敢に立ち向かって行ってるってのに、

 

 ――男の俺が退く訳には行かねえだろッ。

 

 俺も理子に続いて、ヘリポートへと駆け上がる。

「こん、の……!!」

 そこではアリアがブラドが振り回す鉄塊(てっかい)を躱しながら、距離を取って銃弾を浴びせている。

 全て命中しているのだが全くと言っていい程に効果がない。

 傷は治り、銃弾は全てヤツの肉体から零れ落ちる。

 大きく回ってアリアは俺達に合流する。

「逃げなかったのね」

「お前に貸しを作るのは(しゃく)だからな」

 アリアの一言に理子はそう返す。

 いつもの売り言葉に買い言葉。

 しかし、今はそれが頼もしく感じる。

 並んでる俺達を見て、ブラドはニィと牙を見せながら笑う。

「オレの遺伝子コレクションに自らなりにきたか? ガキんちょども」

「誰があんたの物なんかに……! 血統書付きの犬猫じゃあるまいし」

「だったら串刺しの標本にでもなるか? 肉が腐るまではさぞやいい眺めになるだろうよ」

「品のない趣味ばっかね!」

 ブラドとアリアが問答をしてる間に、俺は理子に耳打ちする。

「理子、俺はジャンヌからブラドの弱点はあの白い目玉模様だと既に聞いてるが……どうなんだ?」

「ああ、間違いないよ」

 確認するように問い掛けた言葉に理子が肯定すると同時に俺は、白い目玉模様の位置を再度確認する。

 両肩にそれぞれ1つ、右脇腹辺りに1つ……容姿はあまり参考にならなかったジャンヌのイラストだが、場所に間違いはない。

 問題は4ヶ所目だ。

「弱点は4ヶ所……最後の1つはどこだ?」

「最後の1つは――」

「理子! キンジ! 来るわよ!」

 アリアに言われて正面を見ればブラドが大きく鉄塊を上に振りかぶっている。

 俺達は左右に分かれ、振り下ろされるそれを回避する。

 理子は右に、俺とアリアは左に。

 ブラドが振り下ろした場所は、今まさに聞こえてる雷のようなくぐもった轟音を響かせて粉砕する。

 パラパラと瓦礫(がれき)が飛び、さっきまで俺達の居た場所に風穴を刻む。

 分断されたか……

 しかも、理子が4ヶ所目の場所を言う前にされたのは手痛い。

「さて、コソコソと動くお前らを相手にするのも飽きた。ホームズ、そしてそれを補佐するワトソン役であるてめえ……ホームズにパートナーがいる時は警戒しろと言われている。人間風情(ふぜい)に遅れを取るオレじゃあねえが……」

 ギロリと金色の瞳がアリアから俺へと向けられる。

 そのブラドの後ろで理子は口を開いて何かを伝えようとしている。

 急いで読唇術で読み取ると、

『キンジは右脇腹、アリアは両脚の膝裏の腱を切った後に肩のどちらかをやれ! 同時にだ!』

 早口でそう伝えてくる。

「遠山、てめえの"今の状態"は少しばかり厄介なんでな」

 俺を警戒するような言葉を発するブラド。

 何かしてくるつもりだ……!

 急いで俺はブラドに見えないようアリアに指を使った和文モールスで理子の言った内容を伝える。

 もちろん、白い目玉模様が弱点である事も添えながら。

 理子が何をするか分からないが、早口で伝えた様子を見るに勝負は一瞬。

 そして、おそらくは俺達が知らない4ヶ所目の弱点の位置を知っていて"ソレ"と"もう片方の肩"を理子がやると言う事だろう。

 武器を全てオオカミに捨てられた彼女が2ヶ所もどうやるかは分からないが、信じるしかないだろう。

 作戦とも呼べないプランだが、実行するしかない。

 俺とアリアがアイコンタクトで頷き、いざ踏み出そうとした瞬間――

 

 ずおおおおおおおおっ! 

 

 そんなけたたましい音と共に、ブラドが大きく胸を反らして空気を、吸っている……ッ!?

 風船みたいに膨らむ毛むくじゃらの胸筋。

 あまりの不気味さに俺もアリアも踏み込もうとした足が止まる。

「ワラキアの魔笛に酔え――!」

 ブラドの宣言と共に、 

 

 ビャアアアアアアアアアアアアアアアアアッ――!!

 

 咆哮が放たれる。

 振動の波が、俺達の体を貫く。

 砕けたヘリポートの一部がグラグラと揺れさらに崩れる。

 夜の染まった雨雲さえも千切れる。天を貫くような魔笛。

 服も、内臓も、全てが揺れる。

 なん、だこりゃあ……ッ!

 耳を塞いでも、音と振動が全部体を突き抜けていきやがる!

 体全体でその音と振動を聞いているような感覚だ!

 腰を据えて踏ん張れ! 意識を保つのに全力を注げ!

 ここで意識を失えば確実に終わりだ!

 そうして、数十秒にも及ぶ咆哮が終わった。

 何とか、耐えられたが……感覚が残っている。

 まだ体が振動しているような感じだ。

 どうやらアリアも理子も、何とか意識は失っていないらしい。

 理子に関しては無理やり右腕を動かしてでも両耳を塞いだようだ。

 ……だが何だ、この違和感は。

 ――ッ!?

 そこで俺は気付いた。

 血流が、おかしい……ッ。

 ヒステリアモード独特の体全体を巡るような血の流れが、"ない"。

「どうだ、遠山」

 俺に話し掛けてきたブラドは嘲笑している。

 コイツ……ッ!

 ――ヒステリアモードを、破りやがった!

 戦力が半減どころじゃない。

 今の俺には次どう動くべきかも分からない。

 ブラドの体重を乗せた足音が、近付いて来る。

 マズイ……!

 どうしたらいい……どう動けばいいんだ!?

「キンジ! 何やってんのよ! 動きなさい!」

 さっきの咆哮から回復したらしいアリアが俺に向かって叫んでる。

 動かなきゃならない。分かってる、そんな事は。

 なのに、頭も体も……止まってしまっている。

 既にブラドは俺に向かって金棒を振り上げている。

 そこでようやくハッとなって気付く。

 だが、既に遅すぎた。

 今から動いても間に合わない……ッ!

 ……終わるのか、俺は――?

「キンジッ!!」

 特徴的な声が響き、俺を守るようにアリアが前に出る。

「アリアッ!?」

 突然の行動に俺は声を上げる。

 それしか出来ない。

 もうブラドは俺達に向かって今にも金棒を振り下ろそうとしている。

 その時、アリアが不意に上を向く。

 

「――しゃがめッ!!」

 

 声と共に俺の頭を掴む感触。

 その手に無理やりにしゃがまされると同時に、頭の上を風が吹き抜ける。

 俺の右側に現れたその人物は――

 

 "理子"、だった。

 

 どうやら俺の頭上から降ってきたらしい彼女は、そのまま俺の頭を掴んでしゃがませたのだ。

 アリアが上を向いたのは、理子に気付いたからなんだろう。

 理子が俺を何とかすると信じ、アリアは持ち前の反射神経で同じタイミングでしゃがんでいた。

 つまりは全員、無事だ。

 次に理子は前後に出来た俺とアリアの隙間を縫うように駆け抜け、ブラドに向かって跳んで行く。

 彼女の髪の右にはアリアの日本刀が一本、左手には俺のバタフライ・ナイフが握られている。

 どちらもさっき通り抜ける一瞬で盗み取ったようだ。

 ブラドは俺とアリアを薙ぎ倒すのに大振りで金棒を振ったため硬直している。

 跳んでくる理子に何も反応できていない。

 絶妙なタイミング。

「うおおおおおおおおッ!!」

 そのまま理子は、雄叫びと共にブラドの金色の瞳に刃を突き立て、2つとも潰した。

「ぐおおおおオっ!? オレの目があああああああッ!!」

 さすがのブラドも目玉は痛いらしく苦悶の叫びを上げて体を大きく動かし、暴れている。

「今だ! やれえッッ!!」

 理子はブラドの顔に張り付いたまま、俺達に向かって指示を出す。

 二度とないチャンス。

 誰の目から見ても分かる。

 ヒステリアモードであるかないかとか関係ない!

 ――やるしかないだろッ!

 理子に指示されたアリアはすぐにブラドの背後へと回り、

「はぁッ!!」

 一声と共に日本刀で膝裏を一閃する。

 血飛沫(ちしぶき)が出ると同時にブラドが膝を突く。

 これでブラドは俺と同じ頭の高さになった。

 すぐに再生するとは言え、短時間だが大きく暴れまわる事は出来ないだろう。

 俺はベレッタを構え、狙うは右脇腹の目玉模様。

 アリアがブラドの左肩に向かって飛び込み日本刀を目玉模様に突き刺すと同時に、俺も目玉模様の中心を撃ち抜く。

 理子は勢い良くブラドの両目から刃を引き抜くと、すぐさまバタフライ・ナイフで右肩の模様を深く貫く。

 左手のナイフを離さないまま、理子は痛みを堪えるように負傷した右腕で自分の胸からデリンジャーを取り出した。

 そのままブラドの口の中へと彼女が十字架を入れられたように銃口を押し込める。

 

「――く た ば れ!」

 

 理子の声。雷鳴。銃声。

 全てが同じ瞬間に響く。

「ぐ、お……お……ば、かな……オレが、人間ごときに……!」

 悪役がよく言う常套句(じょうとうく)を吐き出しながら、ブラドは前のめりに倒れる。

 そして俺達が離れると同時に金棒のように持っていたアンテナが倒れ、ブラドの上にのしかかる。

 倒れながらだらしなく出している舌には弱点である"目玉模様"。

 弱点の4ヶ所目だ。

 なるほど、4ヶ所目が見つからないのはそう言う事か。

 撃ち抜かれ、貫かれた目玉模様からは血が溢れ出てくる。

 これが600年を生きた吸血鬼の血。

 ブラドが上書きし続け、いくつもの人間の遺伝子が詰まったものだろうそれが流れて行く。

 異様な回復をしていたブラドだが、それも今では傷が治るような様子は全くない。

 そんな瀕死のブラドの傍で、理子は右腕を抑えながらその場でペタンと女の子座りをする。

「はっ……はっ……やった、ついに……」

 疲れたように息を吐きながら、呟く。

 ブラドを倒した。

 それは理子にとっては大きな意味を持っているんだろう。

 こいつにとっては過去の因縁、恐怖の象徴みたいなものだしな。

 自由を手に入れるため、ブラドの呪縛から解き放たれるためにオルメス――アリアに勝とうとした。

 けれど、ブラド本人を倒した今はアリアを襲う必要ももうないだろう。

 取引は見事に白紙と言う事だからな。

 何にしてもこれで一件落着ってやつだ。

「こんの、バカキンジ!」

「いってええええええッ!!」

 今までない程にアリアに足を強く踏まれた。

 顔を向けると、アリアは俺に向かって差し迫ってくる。

「ほんと、ほんっとバカキンジ! 敵を目の前にして突っ立ってるなんて何考えてんのよ!!」

「あ、おい、やめろ! 言いながら殴ってくるな!」

「ほんと……あんたを死なせでもしたら霧に怒られるかもしれないじゃないッ!」

 と、アリアは俺に背を向けて言う。

 それはいかにも怒ってますと言う感じのアピールだった。

 確かに、最後の最後でみっともなかったしな……俺。

 あんなの霧に見られてたら絶対に色々と嫌味を言われてただろう。

 それに、特にアリアには心配させた。

「悪かったよ、アリア。心配させたな。それと、助けようとしてくれてありがとう」

「……ッ!? な、なな、なによいきなり!! き、気持ち悪いわね……」

 おい、素直にお礼を言ったのになぜ引く。

 俺のそんな心の突っ込みも(むな)しくアリアは俺から離れ、顔も合わさない。

「このツンデレ天邪鬼(あまのじゃく)が」

 アリアに向かって理子は小さく吐き捨てるように、何かを呟く。

「ツン……何だって?」

「何でもない」

 俺は聞き返したが、理子はもう一度答えるつもりはなさそうだ。

 そんな時、ヘリのローター音が近付くのが聞こえる。

 空を見上げれば神奈川県警のヘリがこちらを(うかが)うように飛んでいた。

 あー……雲を裂く程の咆哮が響いたんだ。通報されて当然だろう。

 一応、あれにレスキュー隊とブラドの身柄引き渡しの連絡をするようにお願いしよう。

 ブラドは鉄柱の下敷きだしな。

 俺達じゃ、あの重さの物はどうにもできん。

 再びブラドを見ると、どうやら動けるようになった銀狼達がブラドを心配するように寄り添っている。

 あんなんでも動物には好かれてるらしい。

 それとも銀狼達の忠誠心が高いのか……

 まあ、襲って来ることはないだろう。

 そんな銀狼達が何かに気付いたようにビルの外へと首を向け始める。

 何となく俺もその方向を見ると、段々と何か……煙のようなものが迫ってくる。

 風に乗って、瞬く間に広がっていく。

「なによ、これ……?」

 アリアも変に思ったらしく、俺と同じ方向を見ている。

 これは――

「……霧?」

 そう、アリアの言う通りに霧が出ている。

 それは段々とこちらに迫って来て、296メートルはあるこのランドマークタワーの屋上をあっという間に包み込んでいく。

「なんだか、気味が悪いわね……。こんな日に霧なんて出るのかしら?」

「いや、普通はないはずだ」

 天気に関して詳しい訳じゃないが、それでもアリアの言う通り、こんな日に夜霧が出るのはおかしい。

 大して気温が下がった訳でもない。

 しかもこの霧は、俺達に向かって広がるように出てきた。

 ――まるで生きてるかのように。

 話してる間にも夜霧は濃くなっていき、夜の街の光が小さくなる。

 おそらくだが、これはみなとみらい21の地区を覆うくらいに範囲が広い。

 神奈川県警のヘリが見えなくなり、俺達がいるヘリポートの端から端さえも見えなくなる。

「……まさか」

 理子が、冷や汗を流しながら何かに気付いたように漏らした言葉。

 俺とアリアが顔を見合わせまさに尋ねようとしたその時――

 

 ――パン、パン、パン。

 

 くぐもった音。

 手袋をしながら拍手したような音が、このヘリポートに響く。

 ……おかしい。

 このヘリポートには俺たちしかいないハズ。

 屋上の扉を開けたような感じはしなかった。

 

 コツ、コツ、コツ。

 

 拍手と一緒に響く靴音。

 

「いやはや、実に……お見事」

 

 知らない男性の声。

 

 倒れたブラドの後ろ側から夜霧に映る人影。

 

 俺達以外の誰かがそこにいる。

 

 そうして現れたのは1人の男性。

 これから社交ダンスにでも行くようなタキシード姿。黒い外套(がいとう)に黒いシルクハット、白いシルクの手袋を付けた手には黒い杖。そして黒い髪をした英国人男性だと思われる風貌(ふうぼう)

 19世紀の英国紳士のイメージを体現したかのような青年が現れた。

「……ジャック」

『――ッ!?』

 理子が呼んだ名前に俺とアリアは息を呑む。 

 ――ジャック――

 この状況……誰を指すかは1人しか考えられない。

 イースト・エンド、ホワイトチャペルの悲劇の再来。

 世界的な国際犯罪者――切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)

「失礼、こうしてお会いするのは初めてだな。リュパンのご息女が既に言ってしまったが、改めて名乗らせて貰おう」

 シルクハットを取って両手を広げ、自分を大きく見せるように演技かかったような動作をする。

 そのままシルクハットを持ったままお辞儀をし、

「初めまして、私の名前はジャック。世間では切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)などと呼ばれている者だ」

 自ら、彼は名乗った。

 吸血鬼に続き、出やがった……殺人鬼と言う2匹目の"鬼"が……!

 ジャンヌとファミレスにいた時に考えてた事が現実になりやがった!

「ああ、そちらの自己紹介は別にしなくても構わない。遠山 キンジにホームズ家のご息女――神崎・H・アリア、だろう?」

 コイツ、俺達の事を知ってやがる。

 柔和な笑みを浮かべ、シルクハットを(かぶ)りながら喋るジャックは、圧倒的な存在感を放っていた。

 けれど不思議と殺気は感じない。ヤバイ雰囲気も一切しない。

 殺人鬼の(はず)なのに、だ。

 それが逆に恐ろしく感じる。

 普通、犯罪者は大なり小なりヤバイ雰囲気をしてるものだ。

 なのにコイツにはそんなのを微塵も感じない。

「あんた……ブラドを助けに来たの……?」

 ここで気丈にもアリアが発言した。

 そうだ。こいつはイ・ウーの一員。

 このタイミングで現れたと言う事は、ブラドを救出しに来たと考えるのが普通だろう。

 だが――

「いいや、違う。私はただ単に賞賛と通告をしに来ただけさ」

 彼は笑顔で否定した。

 それから、ジャックはブラドへと近付く。

 2頭の銀狼が守るように唸るが……ジャックを見て、止まる。

 あの屈強なオオカミが驚愕している。人間みたいに恐怖し、止まっているのだ。

 そのままオオカミを無視して通り過ぎ、ジャックはブラドに話し掛ける。

「無様なものだなブラド。まあ、これも自業自得……因果応報と言うやつだ」

「て、めえ……」

「おっと、そうだった。少しばかり貴方にお礼をしたいと言う方がいるんだ」

 ジャックが楽しそうに手を2回叩くと、ジャックの後ろからもう1つシルエットが夜霧に映る。

 今度は誰だ……?

 そう身構えて注視して現れた姿は――シェースチだった。

 紅鳴館で働いていた少女メイドが、ジャックに付き従うように出てきた。

 しかし、今の彼女はあの時のメイド服とは違う。その上に何か機械的な物を装備している。

 スカートの上、腰のあたりから『く』の字をした飛行機の尾翼のようなものが彼女の左右にあり、後ろ斜めに出ている。背中には機械的な3枚の刃のような翼がこれまた左右に生えており、頭にはレース付きのカチューシャの他に隠れよう髪の下にヘッドバンドのみたいな物を付けている。

 どうやらアリアの言う通り、只者じゃなかったらしいな……!

「………………」

 シェースチは紅鳴館での時のように静かだ。

 ブラドの傍に近付き、見下ろすと、1丁の銃を向ける。

 あれは……KBP PP-90M1。

 ロシアの軍や法的機関向けに開発されたサブマシンガンだ。

 さすがのブラドもあの無限回復を失ったであろう今では、ただの銃弾でも十分なダメージを与えられるはずだ。

「それは私からのお礼でもある。シェースチとリュパンが世話になったからね」

 皮肉の意味を込めた感じにジャックは言う。

「それから、我らがイ・ウーのリーダーである教授(プロフェシオン)から貴方の事は好きにしていいと言われている。つまるところ、"やり過ぎた"んだよ貴方は」

「おの、れ……この、オレが……たかが人間、に……!」

「貴方は既に人間の強さを知っているはずだ。教授(プロフェシオン)も少々長生きしただけの人間。その人間に敗れておいてなお、貴方は人間を侮った。自信がある事は良い事だが、"自信と過信、余裕と(おご)りは似ているようで全く違う"。老兵は自ら去るが老害は居座る。そして、今の貴方は老害だと言う事だ」

 どうやらイ・ウーはブラドを見捨てるつもりらしい。

 ジャンヌは言っていた、ジャックはイ・ウーの処刑人だと。

 だとしたらここにジャックが来たのは、ブラドを始末するため……!

「ちなみにシェースチの持っている銃の弾倉は全て法化銀弾(ホーリー)だ。銃弾の形をしているとは言え、結局は純銀。お釣りが出るほどに十分なお礼だろう」

 (たの)しそうにヤツは笑みを浮かべている。

 ジャックが言った『法化銀弾(ホーリー)』とは、魔除けのまじないがされた銀の弾丸だ。購買でもサラリーマンの年収の半分がすぐ吹っ飛びそうなバカ高い額で売られている。

 日本で言えば破魔矢、みたいなものだろう。

 それに銀は吸血鬼の有名な弱点の1つ。

「ジャックゥゥゥッ!! きさ、まああああああああ!!」

 さっきまで瀕死だったブラドが突然に叫ぶ。

「逆ギレとは、みっともない……契約を先に破ったのはそちらだと言うのに。くだらない事この上ない」

 ブラドに背を向け、ジャックはパチンと指を鳴らす。

 その瞬間にいくつもの発砲音とマズルフラッシュ。

 

「ブェァア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ッ!!」

 

 ブラドの断末魔が、響く。

 (おびただ)しい血が流れる。

 数秒後、銃声は止む。

 その光景に俺もアリアも理子も、何も出来ずに呆然と見ている。

「ふむ、さすがは600年を生きている吸血鬼。回復力を失ったとは言え、やはり丈夫だな……ま、生きていなければ逆に困るがね」

 ジャックは後ろを向いて、そう俺達に聞こえるように呟く。

 どうやらアレだけの銀を撃ち込まれたのにブラドは生きているらしい。

 ほとんど死んでるようにしか見えない。

 アレでも生きてる辺り、やっぱりバケモノだな。

「………………」

 シェースチは黙って弾倉(マガジン)を捨てると、予備の弾倉を取り出した。

 止めを刺す気かッ!?

 それを見てジャックは呆れるように言う。

「シェースチ、やめなさい」

「……生かす理由、ない」

 ここで初めて喋った彼女は冷たい視線をジャックに向ける。

 紅鳴館の時とは違う機械的で、氷のような冷たい雰囲気だ。

「確かにそうだが、殺す事よりもこの状況で生かされ人間の檻に入れられた方が屈辱的だろう。それに、そちらのホームズのご息女にとっては死なれては困るみたいだからね」

 ジャックの視線にアリアはビクンと体を震わせる。

 ブラドはアリアにとっては母親の冤罪を着せた相手。

 その冤罪を晴らすためにはブラド本人の証言が必要だ。

 ヤツの言う通り、ここでブラドに死なれたら証人がいなくなり、アリアの母親であるかなえさんを救う方法が少なくなる。

 シェースチはそのままジャックを見ると、静かに銃を下ろした。

 何とか、ブラドを失わずに済んだようだ。

「それはそうと、私の弟子を救っていただきお礼を申し上げます」

 紳士的な態度で俺とアリアに向かって謝辞を述べるジャック。

 ジャンヌの言う通り、話が通じないヤツではないらしい。

 このままやり過ごせるかもしれない。

 大体、こっちはヒステリアモードじゃない上にブラドとの戦闘後なんだ。

 特にアリアはブラドと戦った時に銃弾を多く消費してる。

 例え万全だったとしても、何人もの高ランク武偵を葬り、逃げてきたであろうジャックに勝てる訳がない。

「今回の事は貸し1つと言う事で、機会があればその時にお返ししよう」

 そう言ってからジャックは理子に視線を向け、名前を呼ぶ。

「理子」

「は、はい」

「帰りますよ」

「……うん」

 理子は立ち上がると、フラフラした足取りでジャックの所へと行く。

 全く警戒もなく行くところを見るに、理子はジャックにかなり心を許してるらしい。

 これまたジャンヌの言う通り、理子がジャックを慕っていると言うのは間違いではなさそうだ。

 この状況……理子がジャックに何かされる可能性は少ないだろう。

 様子からして、理子を迎えに来たような感じだからな。

 このまま穏便に――

「ま、待ちなさい!」

 アリアが呼び止めるように叫ぶ。

 おい、バカ野郎!

 なんで呼び止める!

 直感の鋭いお前なら、このまま行かせた方が安全だって事くらいわかるだろう!?

 背を向けて夜霧の向こう側に行こうとしたジャックがこちらへと振り返る。

「何か?」

「わざわざ国際的な犯罪者が目の前に出てきて、あたしが見逃すと思う?!」

 クソ、喧嘩は売るなってジャンヌに警告されてるのに!

 アリアに向かって俺は耳打ちする。

「バカかお前は! ここで相手を挑発してどうするッ!?」

「バカは、あんたよ! 武偵が、犯罪者を見逃してどうするのよ!!」

 赤い瞳を向けてアリアは俺を見上げながら答える。

 確かにアリアの言う事は正しい。

 だが、今は違う。その正しさが、この場では命取りになるかもしれないんだ!

「もう少し状況をよく見ろ! 今の俺は、お前の言うところのスーパーモードじゃない! おまけに相手の実力は不明で、理子が敵に回る可能性もあるんだぞ!!」

 そうなれば3対2と言う、数的にも不利な局面になる。

 加えてこの濃霧。

 警察のヘリがこのヘリポートに直陸するのは困難だ。

 増援の見込みもない。

「クク、ハハハハはははははははハハッ!」

 突然にジャックは笑い出す。

「私に立ち向かうか、あまり賢い選択とは言えないな。君達には私を捕まえる事など『無理』だ。そんな事をしても『疲れる』し『面倒臭い』だけだ。やめておきたまえ」

 それは、アリアが俺に言った3つの禁句。

 ジャックはその禁句を全てを言った。

「……やってみないと、分からないじゃないッ!!」

 2丁のガバメントを抜いてアリアは激昂する。

 やっぱりこうなるか!

 そんなアリアに対してジャックは言葉を続ける。

「君は直感が優れているそうだが、その直感で私と対峙することは得策ではない事ぐらい分かっているんではないか? 今の君は武偵という立場から来る使命感とホームズ家であるプライドで動かされてるに過ぎない。君と私に直接的な因縁(いんねん)はない(はず)だ。違うかい?」

「違うわ! あんたをここで逃がしたら犠牲者が増える! あたしは、その犠牲を止めたいだけよッ!!」

「やれやれ、シャーロックもそこまでは向こう見ずではなかったと言うのに……」

 呆れるようにジャックは顔に似合わずどこか年寄り臭い事を呟く。

 まるでシャーロック・ホームズを知っているような口調。

 まさかとは思うが、コイツもブラドと同じで長い事生きている本人とかじゃねえだろうな。

「今の君は勇気と無謀を履き違えている、そして持っているのはプライドではなく傲慢(ごうまん)だ。実に、つまらない。君は今まで自分の力で生きてきたと勘違いしている」

「なによ……! 何が言いたいの?!」

「君は生かされていると言う事だ。私は教授(プロフェシオン)から君に手出しをしないように言われている。だから、"見逃してやろう"」

 ギリ、とアリアは歯軋りをする。

 犯罪者に生かされてる、見逃してやる。

 プライドの高いアリアには屈辱的な事だろう。

「――ッ! 風穴、あけてやるわ!!」

 怒りの限界とばかりにアリアはジャックに向かって発砲する。

 夜霧がさらに濃くなり、ジャックの姿が見えなくなる。そして、銃弾がヤツの居た場所を通り抜ける。

 消えた――ッ!?

 夜霧が少し晴れると、シェースチと理子の間にいたヤツの姿がない。

 どこに行ったんだ……!

 俺もアリアも周りを見回すが、何も見えない。

 再び正面に向き直ったその時、

 

 バサ、と服をはためかせて――アリアの目の前にジャックが現れる。

 

 それからアリアの顔を覗き込むようにジャックは滑るように近付いた。

 おかしい、正面には誰もいなかった筈だ。

 なのに……ヤツはテレポーテーションしたみたいに突然に現れた。

 顔を覗きこまれているアリアは、声を引き()らせながら硬直している。

 さっきのブラドのオオカミ達と同じで、動く事を忘れたように。

 次の瞬間には――

 プシャア!

 アリアの体から、鮮血が飛び出る。

 防弾制服だと言うのに、布切れのように切り裂かれ、血で染まる。

 目を見開いて、その光景を直視してしまう。

 手首と手、太ももと膝が離れている。

 ツインテールを揺らして、倒れて行く。

「あ、アリアーーーーッ!!」

 俺が叫ぶと同時にドクンと、心臓が鳴り意識が覚醒する。

 そこで見たのは五体満足のアリア。

 切り裂かれてはいない。

 ジャックはアリアの目に前にいるが、距離はさっき滑るようにアリアに近付く前の位置だ。

「何か見えたかね?」

 そう言ってジャックは愉快そうに笑みを浮かべている。

 今のは……幻覚……?

「何が見えたかは分からないが、私は君達が見た光景を現実に出来る」

 そう言ってジャックは背を向ける。

 アリアは膝が崩れ落ち、その場に座る。

 力なくガバメントを床の上に垂らす。

「それでは――近い内に"また会おう"」

 夜霧の奥へと進むジャック。

 理子とシェースチもヤツに続いて夜霧の奥へと消えていく。

 3人の姿が霧の奥に消えた後、夜霧が段々と晴れる。

 そこに3人の姿はない。

 夜の街の光、雲の掛かった夜空が見え始める。

 

 霧のように悪夢が、去って行った。

 




原作のメインヒロイン消失させるわけ無いでしょう!
話が続かなくなるわ!
と言う訳で、前書きのはイメージの中で一度死ぬと言うオチでした……

ほんと今回のキンジはほとんど役立たずだな……
いい反省点になるとは思いますけど。
そしてキンジの中で浮上するジャック本人説。

あと……問題は、天気の霧と名前の霧がややこしくなりそうなのと機械系の描写が難しいねん。

次回はちょっとキマシタワーを建造するかもしれない。

用語解説

KBP PP-90M1……通称――水鉄砲。ロシア製のサブマシンガン。色々と特徴的な設計を盛り込んでいる。銃のボディのほとんどがポリマー製で、結構軽いらしい。
特に目を引くのはヘリカルマガジンと言う円筒形の弾倉。

ヘリカルマガジン……円筒形の弾倉に螺旋状に弾丸を入れるマガジン。スパイラルマガジンとも言う。横に細長いため残弾が少なくなると銃全体の重心がズレると言う問題がある。

尺側手根屈筋《しゃくそくしゅこんくっきん》……小指から肘に沿うように線を引くと、大体それがこの筋肉である。正確には手首から肘まで。

短掌筋《たんしょうきん》……手の甲にあり、手首に近い位置。親指と小指が繋がるようにある筋肉。

長掌筋《ちょうしょきん》……手首を内側に曲げた時に、その手首に浮き出て見える筋がこの長掌筋。

上記はどれも手を握るのに必要な筋肉。

素人がネットで軽く調べた程度なので、間違いなどがあるかも。


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