緋弾に迫りしは緋色のメス   作:青二蒼

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お待たせしました。
うん、当たり前だけど仕事は楽じゃない。
だけどこう言った趣味の時間が楽しくなります。

それと、読者に時系列を指摘されて気付いたんですが……
アリアとキンジがピラミディオン台場にいる間に、間宮あかりとひかりの決闘があると言う事です。
えー、つまりは

7月24日 カジノ警備 あかりとひかりの決闘

となるはずが、自分の場合は――

あかりとひかりの決闘

↓後日

カジノ警備

となってしまっています。
本来の時系列であれば、カジノ警備の依頼に参加してるので理子も霧ちゃんも決闘に立ち会っていなかった事になります。
話を書き直さないといけない訳ですがさすがに勘弁して下さい。
なので、すみませんがただ単にアリア不在の時にひかりがあかりに決闘を持ちかけたと補完して下さい。
申し訳ありません。



59:第二の可能性

 

 いよいよ来た、7月24日。時刻は昼頃。

 俺は、台場にあるカジノ『ピラミディオン台場』へと到着した。

 今は夏休み真っ盛りだ。なのに俺は何でこんな時にGメンなんぞやってるのだろうか?

 普通の学生なら実家に帰るなりして夏休みを満喫しているだろう時に俺は……単位不足で補修任務だ。霧と組んでた時は、こんな事もなかったんだがな。むしろ、単位を早期に取得出来てて余裕にさえ感じていた。

 と言っても霧が俺を連れ回したおかげでいつの間にか単位が……って言う流れだったから、俺が積極的に依頼をこなしてた訳じゃない。いや、兄さんがいなくなる前はもう少し積極的だっただろうが、今にして思えばそれ以上に霧が連れ回してた部分が大きいように思える。

 だが一体全体、今はどうしてこうなった……。そう思うが、その原因は分かってる。アリアと出会った辺りからだ。

 アリアは霧以上に俺を連れ回すから……違うか。振り回されてると言った方が正しいんだろうな、この場合。

 とにかく俺は静かに暮らしたいって言うのに、2年生になってアリアと出会ってからここ3ヶ月は色々とあり過ぎた。

 リュパンの曾孫である理子と(はる)か上空の飛行機の中で戦ったり、学園島の地下でジャンヌ・ダルクの子孫と戦ったり、横浜の摩天楼で吸血鬼と戦ったり、極めつけは死んだと思ってた人との再会だ。

 俺の人生は一体どうなるんだ……

 と、グダグダと心の中でボヤいても仕方ない。

 さっさと依頼を終わらせて俺も夏休みに入ろう。

 そう決意する。

 俺はITの若社長と言う設定でカジノ警備にあたる。いかにも成り上がりって言う感じのちょっと高級そうなスーツに身を包み、成金風のネクタイを締めている。

 正面のホテルみたいな自動ドアへと向かい、中に入ると……ひんやりとした程よい冷気が身を包んだ。

 ここがエントランス・ホールか。事前にカジノ内の見取り図は見てたが、思ったよりも広いな。

 天井が高く、奥にある2階のフロアまで見えている。

 目の前のレーザー光線で彩られた噴水は打ち上げるように水が出て絶えず音が響き、涼しさを感じさせる。

 なるほど、カジノが日本で合法化されて最初に建てられた公営カジノ第1号なだけはあるな。内装も気合が入ってる。

 雰囲気だけで楽しめそうだ。

 今回は依頼で単位のために来た訳だし、ノンビリと見学するつもりはないけどな。

 こう言うカジノやパーティー会場では警備員以外に武偵が雇われたりする事もある。が……実際のところはトラブルなんて事はほとんど起きない。

 だから、武偵業界じゃ『腕が鈍る仕事』などと揶揄(やゆ)されている。

 つまり今の俺にはぴったりの依頼と言う訳だ。受けたのは霧って事になってるけどな……

 このエントランス・ホールの先がカジノ・ホール。そしてカジノ・ホール1階には主にスロットが立ち並び、2階にはルーレットやテーブルゲームが多い。

 まずは、

「両替を頼みたい。青いカナリヤが窓から入ってきたんだ。今日はきっとツイてる」

 チェンジカウンターで合言葉を言ってジェラルミンケースをカウンターに置き、作り物の1千万円の札束をチップに換えて貰う。

 そして、チップと一緒に何故か小型のインカムを出される。

「これは?」

「白野様からのお預かり物です。青いカナリヤの合言葉の方にお渡しするようにと」

 と、カウンターのお姉さんが説明する。

 霧からの指示か、連絡手段は確かにあった方がいいな。

「ありがとう」

 お礼を言いながらチップと一緒にインカムを耳に付ける。

 マイクは服に付けるタイプか。

 あんまり目立つところに付けると周りの客に警備員の(たぐい)だと勘付かれる。それじゃ私服警備の意味がない。襟首の裏でいいだろう。

 それからスイッチを付ける。

『あ、到着したみたいだね。どうもー聞こえてる?』

 気付いたのか、霧の声が聞こえる。

「ああ、聞こえてる。他のヤツにも同じように連絡手段が?」

『まあね。ただ、この喧騒(けんそう)で同時に回線を開くと誰が何言ってるのか分からなくなりそうだから普段は2人までの通信にしてるよ。会話をするには同じチャンネルにする事ね。緊急時以外は今開いてるオープンチャンネルはあまり無しの方向で』

「って事は、例えば俺だけがお前のチャンネルに合わせて話しかけても意味ないのか?」

『いいや、一方的な通信になるだけだよ。私からは話せなくてただ聞いてるだけ』

 なるほどな。

『それじゃ、そろそろ仕事に入るよ。何かあったら回線を開いてね』

 そう言って霧は通信を切った。

 ……何か、微妙に疎外感を感じる。

 そう言えば、兄さんがいなくなる前まではいつもこんな感じだったな。

 懐かしいな、この感じ。

 霧が準備とか色々と済ませて、俺はそれに連れられるような形で依頼をこなして行く。

 いい加減に借りをまとめて返したいんだが……一体どうすれば今までのを帳消しに出来るんだか、皆目見当がつかん。

 つーか具体的に今、どれくらいの借りがあるのかと思い始めると……想像するのも恐ろしいな。

「ちょっと! 何をボーッとしてんのよ!」

 いきなり耳を引っ張られて大声で叫ばれる!

 そのキンキンとした高い声に耳鳴りがっ……!

 耳を押さえて、声の主が居る方を見ると――

「もう、自分の事なんだから真面目に仕事しなさいよ!」

 プリプリと言った感じにアリアがバニーガール姿で俺を見上げて怒っている。

「おい、アリア……ちょっとは静かにしろよ。俺は客なんだぞ?」

「うっさいわね! あんたが突っ立ってるのが悪いんでしょ?!」

 客が突っ立ってたらお前は怒鳴るのかよ……

「あのな……足を止めて周りを見てるのがいけない事なのか?」

「あんたの場合は別の事を考えて突っ立ってただけでしょ?」

 俺の言葉にアリアはピシャリと言い切りやがる。

 どうやら言い訳だと思ってるらしい。

 ……いや、まあアリアの言う通り考え事をしてたのは間違ってない。

「どうせ霧の事でも考えてたんでしょ?」

 しかも考えてた内容まで当ててくるとは……

 無駄に直感が発揮されてるようだ。

 だけど、霧の事を考えてたのが事実だとしても――

「霧の事を考えてたら、なんでお前が不機嫌になるんだよ」

「別に、不機嫌になってないわよ」

 俺が聞くと、アリアはツーンとした感じでそっぽを向く。

 絶対に不機嫌だろ。

 お前、何か嫌な事があったりしたら割と顔を逸らすからな。

「それより、お前はちゃんとウェイトレスやってんのか?」

「してるわよ。でも、あたしには注文してこないで理子の方ばっかり行くのよ!」

 言いながらアリアがぐぬぬぬ、と言った感じの鋭い視線を向けた先には、

「お待たせしましたー♪ マンハッタンです」

 アリアと同じくバニーガール姿の理子が丸いトレーを持って、カクテルを男性客に配ってる。

 それで何となく不機嫌な理由が分かったぞ。

 だが、それも無理もないだろう。そもそも、バニーガールと言えば大人の女性がするものだ。アリアみたいな犯罪じみた身長でバニーガールの格好をして、胸にパッドを詰めたところで人気は出ないだろう。

 それを言ってしまえば、理子もアリアと同じように低身長だが……あいつにはパッドは必要ないからな。愛想もいいから、客受けはいいだろう。

 要はリュパン嬢ばかり人気なのがライバルであるホームズ嬢は気に食わないんだろう。

 こっちに気付いた理子が、一瞬だけこっちを向いてウインクをする。

 そして、次にアリアに視線を向けたかと思うと目を細めて「くふっ」と不敵に笑った。

 それからすぐに客に呼ばれてその場を離れて行く。

 明らかにアリアには挑発したな。 

「……いい度胸ね、理子ぉ」

 今にも銃を抜きかねない程にアリアの表情が引き()っておられる。

『あー、そこのお2人さん。あんまり一緒にいると不審がられるからさっさと移動してもらえるかな?』

 どこからか見えてるんだろう、そこにちょうど霧からの通信が俺に入ってくる。

 すぐにチャンネルを合わせて返信する。

「悪い、すぐに移動する」

『あんまり不真面目だと警備が不十分だったって言って評価を下げるように報告するよ?』

「嬉しそうに言いやがって……頼むから勘弁してくれ」

『勘弁するかどうかはキンジ次第だね。神崎さんとの通信に切り換えるよ』

 そう言って通信が切れたかと思うと、

「何よ、霧?」

 霧がアリアの方に話し掛けてるんだろう。アリアが反応を返す。

「は……?! あんたってばいきなり何を――わ、分かったよ!」

 どうやら早くも通信は終わったらしい。

 この感じ、アリアが何やら言い負かされたような感じだな……

 ちょっと俺は霧がアリアに何て言ったのか気になったので聞いてみる。

「霧に何て言われたんだ?」

「あんまり目立つ行動をしたら、ホームズの娘は警備も(ろく)に出来ないと報告するって言ったきたわ……。全くもう! イヤらしい脅しね!」

 プライドの高いアリアだからな。

 霧は、そう言えば簡単にアリアが言う事を聞くと思ったんだろう。

 人の扱いが上手いな……

「あんたもボーッとしてないで、留年しないようキチンとしなさいよ!」

 そのままアリアはズンズンと歩いて怒りを(あら)わにしながら去って行った。同時に俺は、バニーの衣装のV字に開かれ肌を剥き出したアリアの背中にある弾痕が目につく。

 七夕の夜に俺の部屋でチラリと見た程度だったが、改めて見ると随分と古いな。

 そんな俺の視線など気付かず、アリアは言いたい事は言ってやったって感じだ。

 アリア、お前は理子の方にばかり客が行くのが気に食わないらしいが。

 そんな不機嫌なオーラを出してたら余計に客が寄り付かなくなるぞ……

 

 

 理子とアリアと言う組み合わせに不安を抱きながらも俺は警備の場所を変える。

 奥のテーブルゲームがある方へと進んで行くと、本格的なギャンブラーっぽい人が増えてくる。

 絢爛(けんらん)なドレスに身を包んだ女性、俺と同じような高級そうなスーツを着て葉巻を吸ってる中年男性。一般客の中でも存在が濃いのが何人かいる。それに、普通の優男みたいな顔してるクセに目の色が違う奴もいる。

 どうやらここら辺は少しばかり警戒が必要なようだな。

 そのまま変に視線をギラギラさせないようにしながら警戒してると、ある1つのテーブルが他のテーブルに比べて人が多いのに気付く。

 何だ? あそこだけイベントでもやってるのか?

 こう言う賭け事をする場所では人が多いところでトラブルがよく起きたりするものだから……一応、見ておくか。

 そう思って俺は見物人を装って静かに近付く。

 そこには、金ボタンのチョッキを着てディーラーの姿をした霧がいた。しかも髪をポニーテールにしてる。

 どうやらここのテーブルゲームはポーカーみたいだな。

 霧はテーブルの上でトランプを扇状に広げ、それから見事な手際でカードをシャッフルをする。

 プロみたいなカード(さば)きだな。見ている人の何人かが少しばかり感嘆(かんたん)してる。

 相変わらず器用な奴だ。

 それにどこか様になってる。

 ここはあいつに任せても大丈夫だろう。

 さらに離れると、霧とは別に集団がいた。

 だけど今度はテーブルの周りに集まってる訳じゃなさそうだ。

「すげーカワイイ子だ!」「1枚写真撮らせてください!!」

 と、集団から黄色い声が聞こえる。

 アイドルでも来てんのか?

 その集団に俺はさり気なく近付き、野次馬的な感じでこの黄色い声を上げている人が集まった原因であろう人物を探す。

「カクテルウェイトレスの撮影はご遠慮下さい!」「出入り口の掲示板の注意事項にもございますので!」

 ウェイトレスのお姉さん達が俺へと向かってくる。

 そのまま、俺や他の人を押しのけるような形で去って行った。

 お姉さん達が人混みを抜けた後に、よろけて彼女達の中から出てきたのは……見知った顔だ。

 白雪だった。

 おいおい……。裏方やっておけって俺は言った筈なんだがな。

 ただでさえ人見知りする白雪だ、こんな欲望に塗れてる場所じゃ刺激が強すぎるから忠告したってのに。

 そのまま、バニーガール姿の白雪は半べそになりながらスタッフルームへと逃げ込むように入った。

「あー、霧? 問題発生だ」

 霧のチャンネルに合わせて俺は通信する。

 あいつは今はディーラーだからな……客の相手をしてるだろうし、都合よく返信はできないだろう。

「白雪が接客で参ったみたいだから様子を見てくる。あと、色々と注意をな。スタッフルームにいる」

 それだけ伝えてから通信を切る。

 返信は出来なくても聞こえてはいるだろうからこれで問題ないだろう。

 白雪が入った後すぐに俺もスタッフルームに駆け込んだら客に怪しまれる。

 しばらく時間をおいてからさり気なく入るか。

 

 

 そうして少し待って、白雪が入ったスタッフルームの扉の前。

 俺も入ろうと思って僅かに開いたドアに手を伸ばしかけた時に、声が聞こえた。

 少しだけ開いて、俺は中を見る。

「……うん、大丈夫。東京はお姉ちゃんに任せて」

 どうやら白雪が電話してるらしい。

 少し、話し終わるまで待つか……

「敵は、異国の()術を使います。だから(むし)に気をつけて持ち場を離れないように。霧雪、粉雪……星伽をしっかり守るんですよ。……また連絡します。それでは」

 話し相手は妹達らしい。

 白雪は静かに携帯を閉じる。

 終わったみたいだな……

「おい、白雪」

「ひゃいっ!?」

 扉を開けて声を掛けたら携帯と一緒に飛び上がったぞ。

 座ったまま飛び上がるなんて器用なヤツだ……

 それからあたふたと携帯をお手玉して掴んでから俺の方へと振り返る。

「ききき、キンちゃん!?」

 俺が声を掛けただけでこの有様。

 キンちゃん様にならないだけマシになったんだろうが……この調子だと、いつになったら普通に話せるんだろうな……

 それは置いておいて、だ。

「お前、やるなら裏方――バックヤードにしとけって言っただろう?」

「ごごごごご、ごめんなさい! ごめんなさい!」

「そんなに謝らなくていいっつの……」

「ごめんなさい……」

 そう言って(うつむ)く白雪。

 ダメだ、このパターンは堂々巡りになる。

「で、さっき妹達と話してたみたいだが……何かあったのか? 敵だとか、何とか言ってたが」

 堂々巡りになる前に俺は一旦、別の話題を出す。

 少し気になってたと言うのもあるけどな。

 白雪は「うん」とひと呼吸おいてから話し始める。

「イロカネアヤメが誰かに盗られちゃったみたいで……」

「菖蒲って、いつも持ってるあの刀か」

「ほら、私……この間の魔剣での事件で制約を破っちゃったし」

「謹慎とかじゃないだけマシだろ?」

「うん……」

 白雪は少し落ち込み気味だ。

 あの刀が大事なのは分かるが……だからと言って、M60を刀代わりに持ち出されても困るけどな。

「それはそうと、何でそのカッコなんだよ?」

「え……? それは……この間、キンちゃんがアリアにこれを着せて、楽しそう……だったし」

 俺の問いにモジモジした感じで白雪がそう返してくる。

 楽しそうって……俺はあの時、ただ単に踏まれてただけなんだが。

 何がどうして楽しそうに見えるんだ……

「それでも自分の向き、不向きぐらい考えて欲しいもんだけどね」

 突然に扉の方から霧の声が聞こえたので振り返ると、案の定そこには彼女がいた。上手く抜け出してきたんだろう。

 そうれはそうと、表情からして若干呆れてる。

 白雪は霧を見て少し声を上げた。

「き、霧さん……」

「一応この依頼は客の気分を害さないよう目立たず、私達が警備関係の人間だとバレないように遂行して欲しいって言う風に条件が付いてたでしょうに。まあ、私は別にバレて依頼が失敗してもいいんだけど……」

「おい」

 思わず突っ込む。

 お前はいいかもしれないが、俺はよくねえよ。

「今回の依頼はキンジの不足単位の補填(ほてん)と言う情けない目的があるんだから、白雪さんはキンジの足を引っ張りたいの?」

 さり気なく俺を(けな)すな。

 それと若干言い方がキツいぞ。

「う、うん……ごめん、なさい」

 ほら見ろ、白雪が目に見えて落ち込んだじゃねえか。

 そう言う意味を含めた視線を霧に向ける。

「ま、でも……荒療治(あらりょうじ)って事でいい機会かもね」

 呆れた顔から途端に笑顔になる霧。

 こう言う時のあいつの笑顔は嫌な予感しかしない。

 だがどう言う事をするつもりなのか念の為に俺は聞いておく。

 ストッパーは必要だ。

「荒療治って、何させる気だよ?」

「ん? 理子と一緒に引き続きカクテルウェイトレスをやらせる」

 いくら何でもハードルが高いだろ。

 アドシアードのチアでほんの少ししかまだ人見知りの耐性が付いてないって言うのに。

 そんな俺に霧が近付いて来て耳打ちする。

「理子と一緒に組ませとけば、大丈夫でしょ。このまま依頼の本分を果たせない人が出てきたら何かしら評価に影響が出るかも知れないし」

「それはそうだが――」

「それに、いい加減に人見知りでオドオドするのも治した方がいいってキンジも思うでしょ?」

 まあ、確かに霧の言う通りではあるが。

「キンジが言えば、張り切るだろうし。少し発破を掛けるつもりでさ、こう言ってみて」

 それから霧は俺が白雪に掛ける言葉を告げる。

 …………。

 ………………。

「おい、ヒステリアモードでもないのに何でそんな事を言わないといけないんだよ」

「じゃあ、ヒステリアモードになったら言ってくれるの? キスでもする?」

「おいバカやめろ。発破を掛ける前に白雪に爆弾を放り込む気かッ」

「だったら、四の五の言ってないでやりなよ。自分の単位と白雪さんのためでしょ?」

 確かにここで評価に影響は出て欲しくはない。

 それに、白雪の現状が少しでも好転するのなら……これも良い転機だと思えばいいんだろう。

「どうする? 留年したくないんでしょ?」

 ニヤニヤするなよ……

 平穏な生活を送るには、まずは何の問題もなく武偵高を出る必要がある。

 単位不足で留年なんてしたら転校出来なくなるかもしれん。と言うか、そもそも受け入れてくれる学校があるのか? って言う状態になる。

 そんな事になって武偵高に留まる事になったら今以上に居場所がなくなるぞ。

 後輩どころか同じ学年だったヤツにもいびられるに決まってる。

 ……背に腹は変えられない。

 俺は白雪に向き直る。

 未だに落ち込んでるのか、俺と霧が話してた事に気付いてない様子だ。

「あー、白雪」

「は、はいっ!」

 俺が怒ってると思われてるんだろうか……白雪がビクつく。

「白雪、お願いがあるんだ」

 そう言って俺は白雪の手を握る。肌が、絹みたいな触り心地だ。

 口調は微妙かもしれないが言葉だけはヒステリアモードみたいな優しいものだ。

 正気の時にこんな事を言わなきゃいけないのは、軽く自己嫌悪に陥りそうだ。

「え? え?」

 握られた手を凝視しながら白雪が混乱し始めている。

 これ、早めに済ませないと面倒臭い事になりそうだ。

「難しいお願いかもしれないが、接客をもう少し頑張ってみないか?」

「でで、でも……さっきみたいに男の人が――」

「これも白雪のためなんだ。もう少し、人前に出ても大丈夫なようになったら……キスの先を考えてもいい」

「きき、キスの先!? ええええAからBでCになってッ……は、はひ!」

 白雪の視線が泳ぎまくってる。なんて言うか、グルグルと目を回してる感じだ。

 おい、これホントに大丈夫なのか……?

 つーか霧は言わなかったが、キスの先ってなんだよ。

 内容は分からないが、ヒステリア的な要因を含んでる予感はすごくするんだが。

「だから白雪、これも特訓だと思って頑張ってくれ」

 あと、俺の単位のために。

「はははい! が、頑張ります!」

 効果は覿面(てきめん)だったが……とんでもない事をやらかした気分だ。

「それじゃ、俺は戻るからな」

 すぐに俺は逃げるようにスタッフルームを出る。

 出る前に少し白雪を見ると、頭をぐわんぐわんと揺らしながら放心状態で夢見心地のようだ。

 霧の方に視線を移せばいつも通りのニコニコ笑顔だ。

 それから「頑張ってね」みたいな感じで手を握って開くのを見てから、俺は今度こそスタッフルームをあとにした。

 

 

 アリアも白雪も私服警備(Gメン)には向いてないと言う、霧の言い分を身を持って実感した。

 理子を連れてきたのは、ある意味正解だったかもしれない。接客もあいつに合わせれば、何とか出来るだろう。

 さすがに依頼で悪ふざけは理子もあまりしない……筈だ、多分。

 アリアはおちょくるだろうけどな。

 ともかく、個人評価だったらいいな……と言う希望を持ちつつも俺は俺で依頼の本文を全うしよう。

 進級と転校が掛かってるんだ。

 と言う事で、俺はカジノの2階の特等ルーレット・フロア――所謂(いわゆる)会員のお金持ちが集まるVIPフロアへと警備を移す。

 ここでは会員パスを持ってる金持ちしか賭けには参加できない。

 見学するだけなら一般の人でも入れるみたいだが、見物料が別に必要になる。

 賭けに参加するなら賭け金は最低でも100万と言うハイレートだ。

 俺はあらかじめ成金風のスーツと一緒に貸されている会員カードを黒服の警備員に見せて中へと入る。

 色々と条件に金が付き纏うから客はそんなにいないと思っていたが、そうでもないみたいだな。

 何やらテーブルの一角に大勢の見物客がいる。

 並べられた動物の剥製を背後に構えてるルーレットテーブルにいたのは、霧と同じく金ボタンのチョッキを着たレキだ。

「…………」

 相変わらずの無言、無表情で賭けを進行している。

 しかし、その手際は良い。

 意外だな……霧ほどじゃないがコイツも結構要領がいいぞ。

「では、次のゲームへ移ります。プレイヤーは賭け金(ベッド)をどうぞ」

 次のゲームへの移行を宣言したレキに周囲の観衆が盛り上がる。

「はは、この僕がここまで負け越すなんてね……これで3500万円か」

 と、ゲームをしている青年が喋りだす。

 どうやらこのルーレットテーブルで賭けに興じてるのはこの人だけらしいな。

「――キミは運命を司る女神かもしれないね」

 運命の女神って……

 なんか、青年が突然にヒステリアモードの俺みたいな事を言い始めたぞ。

 レキが運命の女神なんて、どう言う感性をしてるんだ。

 人の好みはそれぞれだが……こんな愛想のないヤツでもいいのか?

 そんな疑問を抱きつつも青年を見ていると、その顔にどこか見覚えがある。確か、テレビで最近よく見る本物の青年IT社長だ。主にスキャンダル関係の報道で、だが。

 人が多い訳はこの有名人目当て。そう言う事か。

「残りの掛金は負け分と同じ3500万円……これを全て、(ノワール)に掛ける!」

 宣言と共に1枚が100万のチップを35枚、若社長は黒へと置いた。

 その勝負の姿勢に客は更に盛り上がる。

 だが、若社長は負け続きなのか興奮状態だ。

 これは……トラブルの予感だな。

「では、この手球が黒へと落ちれば配当は2倍です。よろしいですか」

 対してレキはいつも通りだ。無愛想に進行している。

 もう少し雰囲気を察して欲しいが……ロボットに空気は読めんか。

「いいや、配当はいらない――代わりに"キミを貰う"!」

 宣言しながらレキを指差す若社長。

「僕は強運の女性をものにして、強運を得てきたんでね」

 おいおい……何を言ってんだこの若社長は。

 その寡黙な少女は狙撃手(スナイパー)で武偵だぞ。

 言ってしまえば殺し屋もどきだ。

 まあ、レキに限らず武偵にいる連中は人を撃つのに躊躇わない奴らばっかりだけどな。

 アリアは別格。あいつはただの乱射魔だ。

 しかしマズイぞ……

 社長は興奮状態。観客はそれを煽るような雰囲気。対してレキは愛想笑いの1つもしない。無愛想過ぎて、周りに怒っているような印象や雰囲気を与えている。

 これだと社長が勝ってもレキが勝っても、問題になるぞ。

 問題無く仕事してるのが霧と理子って言うのが……

 ……仕方ない。俺が行くか、これも自分の単位のため。

「ちょっと失礼」

 意を決して、俺は割り込む。

 俺と言ういきなりの乱入者に周りの観客がどよめく。

「なんだ、キミもこのディーラー目当てか?」

 不快感を顔に出しながらワックスで固めたような髪を揺らし、若社長が俺を睨みながらそう言ってくる。

「いいえ、私はあなたの商売敵ですよ。この程度の手持ちしかない下請(した)けです。ああ、目当ては配当だけですのでお気になさらず」

 俺は100万のチップを1枚見せながら若社長にそう返す。

 そうして、さえないヤツが出てきたと周りに演出する。

 実際に周りのムードはやや盛り下がりを見せている。

 これで良い。

 あんまり周りが煽ると場に酔って自分の感情の(たか)ぶりを抑えられなくなるからな。

 もし、さっきの状態で若社長が負けていたら……強引な手段に出るかもしれない。

 こう言うヤツはプライドが高いし、障害にぶち当たれば無理にでも前に進もうとするタイプだ。恥を掻いたと感じた時には特に感情的になる。

 そこで俺が同じ場所に立つ事で、敗北した時の恥を分ける。そうする事で少しはトラブルの可能性を下げられるだろう。

 もしも若社長が勝った場合は……知らん。

 レキ自身が何とかするしかない。

「とっとと賭けろ。彼女は渡さない」

 渡さなくていい。

 こっちとしてもレキの扱いには困る。

 とりあえずそうだな……若社長と同じ場所に賭けて一緒に負けるのもあからさま過ぎる。

 ここは赤の――23だな。俺の出席番号に駆けておこう。

 確率は36分の1。パーセンテージにして2.5~2.7パーセントってところか。

 ともかく、当たる確率は低い。

「それでは時間です」

 レキが言いながら無機質にテーブルを撫で、参加締切を合図する。

 それからゲームが開始される。

 レキがルーレットを回し、それから白い手玉を手に持った。

 スッと滑らかにレキの手から放られた手玉はルーレットの上に落ち、(ふち)を滑る。

 そのまま球は勢いを失くし、そのままルーレット番号の仕切り板の上を小気味良い音を立てて跳ねる。

 それを固唾を呑んで俺と若社長は見守る。

 俺は演技だけどな。

 カツン、カツンと音を立てて球は――

「赤の23、2人目のプレイヤーの勝利です」

 俺の賭けた場所に入った。

 その瞬間俺は目が点になり、若社長は軽くコケる。

「おめでとうございます。配当は36倍なので報酬は3600万円です」

 レキの声で気が付くと、T字の棒でいつの間にやら俺の目の前に3600万円分のチップが置かれていた。

 そして観客は一気に大盛り上がりだ。

 おいおい……

 盛り下げるために出てきたのに、これじゃあ本末転倒じゃねえか!

 て言うかレキのヤツ、意図して俺の賭けた場所に入れたんじゃねえだろうな。

 ルーレットで特定のマスに自由自在に入れられるヤツはいない。このゲームはそう言う前提がある。大体、ルーレットが回ってて球自体もルーレットの縁を回ってるんだ。予測して特定のマスに入れるなんて事は前提以前に不可能だ。

 不可能なんだが……レキならやりそうだ。

「は、はは……これで7千万の負けか。でも、これだけお金を落としたんだ。君の電話番号を教えてくれないか?」

 若社長、あんたタフだな。

 あれだけ負けてもまだ食らいつくか。

「お引き取りください。今日はもう、帰った方がいいです」

「そこをなんとか――! メアド……いや、せめて名前だけでも!」

「皆さんもお帰り下さい」

 懇願するような社長をスルーしてレキは何故か観客に語り掛け――

「本日は良くない風が吹き込んでいます」

 そう言ったと同時にレキの後ろの動物の剥製(はくせい)の中から影が1つ飛び出し、重々しい音と共にテーブルの上に降り立った。

 チップを撒き散らし、テーブルに脚を下ろしたソレは以前に俺とレキが捕獲した銀狼(ぎんろう)だ。

 突然の銀狼の登場に一瞬言葉を失った観客たちを銀狼――ハイマキは跳び越えた。

 そしてフロアの片隅からこちらに向かって走ってきた人影に向かってハイマキは飛び付き、首に食らいついた。

 そのままスロットマシンを突き破るように押し、石柱へと叩きつけた。

「――!」

 俺はハイマキに飛び付き、押し倒したモノを見て言葉を失った。

 全身を黒いペンキで塗ったような肌をした人型、身に着けている物は腰に短い布。そして、半月型の手斧だ。

 格好もおかしいが、それ以上に言葉を失ったのはそいつの頭部だ。

 明らかに人の頭ではない。動物で言えばキツネのような頭をしている。

 アレはアリアと見ていた動物番組に映っていた……確か、そう――ジャッカルと言うイヌ科動物の頭だ。

 コスプレとか特殊メイクとかそんなものじゃないと直感的に分かる。

 なにせ表情の変化が自然すぎる。

 観客はハイマキが現れた時点で軽いパニックだったが、ハイマキが押し倒したモノを見た瞬間に恐怖心が加速したのか大声を上げて散り散りになる。

「お、おい……何のイベントだよこれ」

 どうやら若社長も腰を抜かしたらしく、俺の足元で声を震わせている。

「イベントなら良かったんだけどな」

 俺はネクタイを緩めながら拳銃(ベレッタ)を取り出す。若社長は俺の取り出した得物に気付いたのか、声にならない声を上げて一目散に去って行った。

「気を付けてくださいキンジさん、あれは人ではありません」

「見りゃ分かる」

 忠告しながら近付いてきたレキの言葉に俺が苦笑いしたところで、ジャッカル男がハイマキに首を噛まれたまま立ち上がった。

 その光景に俺はまたもや驚く。

 ハイマキはバイクに近い重量があるはずなんだがな……何で平然と立ち上がって首を大きく回してハイマキを振り払ってるんだよ。

 振り払われたハイマキはそのまま距離を保ちながら、ジャッカル男を威嚇(いかく)している。

 俺は何が来ても対応できるように周囲を警戒しながら身構えようとした瞬間に、

 ――パァン!

 発砲音と同時にジャッカル男のコメカミが撃ち抜かれ、頭が横に動きそのまま体も倒れる。

「異常があったならさっさと連絡してよね」

 撃った方向を見ればディーラー姿の霧がグロックを片手に階段のすぐ傍に立っていた。

「悪いな、客を逃がすのが最優先だったからな」

「ならいいけど。それよりも何でアヌビスがこんなところにいるのやら……」

「――アヌビス?」

「古代エジプトから伝わってる守護神みたいなものだよ。正確にはミイラ作りの神だったかな?」

 俺の問い掛けに霧は普通に答えた。

 相変わらず何でも知ってるな。

 俺はそんなオカルト染みた知識は皆無に等しい。

「それよりもキンジ……ジャッカル男を見てた方がいいよ。これからのために」

 意味深に霧がそう言うので俺が倒れたジャッカル男を見た時、その体が崩れ落ち、サラサラと砂になっていった。

 黒い砂――おそらくは砂鉄だろう。

(どうなってんだよ……ッ!)

 その光景に目を疑ってしまう。

 そのまま見ていると砂鉄の中から黒いコガネムシが出てきた。

 ダメだ、状況が何者かに襲撃されている。それ以上の事が分からない。

 それにあの虫……どこかで見た事があるような。

 そう思って虫に近付こうとした瞬間、レキに肩を掴まれる。

「キンジさん、あの虫に近付いてはいけません。危険です」

「危険? あの虫がか?」

「はい」

 あの虫が危険だとは思えないが、レキは簡潔に短く答えた。

「レキュの言う通りだよー、キーくん。あの虫は超危険だよ」

 そこへ理子が階段を使わずに柵の方から飛び上がってきた。

 普通に階段で登ってこいよ。

 そのまま理子は1階を見渡せる場所にある装飾された柵に降り立つと足を組んで腰を下ろした。

「あの虫が何なのか知ってるのか理子?」

「まあねー、って言うかあの虫を使うヤツって1人しかいないし」

 理子が知ってるって事は……イ・ウーの連中って言う線が濃厚だな。

「ちなみにあの虫に触れたら、不幸属性と言うバッドステータスがプラスされちゃうぞ♪」

「不幸って、もう少し分かりやすく言ってくれ」

「具体的に言えば、何か事故に遭うね。例えば肝心な時に銃が撃てなくなったりしちゃう」

 理子の話を聞くにつまりは呪い的なものなのか?

「詳しい話は後回し、今はこの状況を打開するのが先決だよ」

 そう言って霧はグロックの銃口を上にして構える。

 レキもビリヤード台の下から隠していたドラグノフを取り出し、弾倉を入れた。

 みんなして上に注目しているので俺も上を向いた瞬間、思わず呻き声が漏れる。

 絢爛なシャンデリアの向こう側、ホールの天井にさっきのジャッカル男が何体もへばりついていた。

 スパイダーマンみたいに天井を移動しながらこちらを見ている。

 気味の悪い光景だ。確実に10体以上いるな。

『緊急事態なので全員通信をオープンチャンネルに変更。神崎さん、白雪さん2階のルーレット・フロアまで来て』

 近くにいる霧の声が通信と一緒に聞こえてくる。

 俺もインカムをオープンチャンネルに変えて、通信で全員の声が聞こえるようにする。

『ようし! りこりんは今はウサギだから思いっ切り跳ねちゃうぞー! くふっ』

 ハイジャックでの時のように最後に笑った理子が柵の上で立ち、両足で飛び上がる。そのままシャンデリアの上へと軽々しく登り、

『落ちろ、蚊トンボ!』

 2丁のワルサーを持った理子が声を上げて撃ちまくる。

 天井に張り付いたジャッカル達がボトボトと理子が撃った空薬莢(からやっきょう)と一緒に落ちてくる。

 アリアもそうだが、理子も大概に遠慮がないな。

 そんな理子の背後を狙って、天井に張り付いていた1体のジャッカル男が飛び掛かる。

 ――マズイ!

 俺は銃を構えて撃つが、他のジャッカル男が射線上に飛び出して手斧で銃弾を防ぎやがった!

 俺の背後から間髪入れずに銃声が響いたかと思うと、俺の銃弾を防いだジャッカル男の額が撃ち抜かれ落ちていく。

 どうやらレキが撃ったらしいが、理子に襲い掛かるジャッカル男が止まった訳じゃない。

 いつの間にやら霧もジャッカル男と戦っている。

 確実にこっちの数を減らすためにジャッカル男たちが連携してやがるな。

 頭の中まで動物って訳じゃないみてえだ。

 射撃しようにも既にジャッカル男は理子の背後だ。

 シャンデリアが邪魔で精確に撃てもしない。

 半月の手斧を既に振り上げているジャッカル男が、その月を降ろそうとした瞬間――

 

 ――バスバスッ! ギンッ!

 

 ガバメントの発砲音と共にジャッカル男の手斧が弾かれた。

 そして、理子の髪がザワザワと動いたかと思うと振り向きざまにジャッカル男の首が掻き切られる。

 そのままジャッカル男はシャンデリアの上から落ちた。

『なに油断してんのよ』

 相も変わらず特徴的なアニメ声を通信越しに響かせながらやって来たちびバニーガールのアリアが、階段からホールの中央へと走りながら銃弾を上に向かって撒き散らして行く。

 それから走った後からボタボタとジャッカル男が落ちてくる。

『あたしが油断してる訳ないだろ、オルメス。お前の助けがなくても十分に対応できた』

 男口調で言いながら理子が、アリアが落としたジャッカル男達をシャンデリアの上から撃ち抜く。

 こいつら手馴れてやがるな……化物との戦いに。

『どうかしらね。あたしが撃ってなかったら今頃やられてたわよ、あんた』

 物陰に隠れたアリアが通信越しに挑発気味に言う。

『お前と違ってあたしはそこまで迂闊(うかつ)じゃない』

『ムカつく言い方ね』

『勝負ならいつでも受けて立つぞ』

 頼むからこんな時にケンカすんなよ……!

『なら、どっちがあのゴレムを多く倒せるか――勝負よ!』

 そのアリアの一声が合図だったかのように2人は同時に動き出した。

 理子はシャンデリアから飛び降りながらジャッカル男達を撃ち抜き、アリアはテーブルの間をすり抜けるように移動しながらジャッカル男達を撃ち抜いていく。

 ジャッカルがうさぎ達に狩られている。

 狩る側と狩られる側の立場、普通は逆じゃねえのか?

 なんて思っているうちにも次々とジャッカル男達は黒い砂に変わっていく。

 俺とレキはただ自分の周囲にいるジャッカル男共を倒すしかない。

 援護しようにもアイツら動き回りすぎて下手に発砲できん。

 徐々に数を減らしたジャッカル男はホールの残り1体となった。

 そこへ2匹のうさぎが挟むようにジャッカル男に迫る。

 お互いに顔を動かさず視線だけ向けて、

『あたしは9体倒したわ』

 アリア、

『あたしも9体だ』

 理子はそう報告した。

『そう、なら先に目の前のコイツを倒した方が勝ちね』

 獲物を狩る眼をしたアリアの言葉と共に2人は視線をジャッカル男に戻す。

 心なしか怯えてるようなジャッカル男は、

「――ォォォーン」

 と遠吠えをしたかと思うと一目散に窓へと向かい、ぶち破って逃走した。

 アリアと理子、そして俺はすぐさま追い掛けて窓の外を見る。

 ピラミッドの斜面を滑り降りたジャッカル男はそのまま"水面を走り出した"。

 そんなのアリかよ……。そう思うが、もう多少の事ではあんまり驚かなくなったな、俺。

 慣れ始めてると思うと、少し悲しくなってくる。

「せっかく白雪に客を外へ避難させたのに、外に逃げたんじゃあ意味ないじゃない!」

 と、アリアはうさぎの耳を揺らしてご立腹だ。

『そう思うんならキンジとアリアは追撃。レキは遠方警戒。白雪は結界を張って、理子はその護衛ね。私は周囲を警戒する』

 インカム越しに霧が素早く指示を出した。

 しかも的確だ。

 指示を受けた俺はアリアと不意に視線が合う。

「それじゃ――」

 余裕の笑みを浮かべたアリア、

「行くとするか」

 そしてセリフが続くように俺が言う。

 追撃戦の開始だ。

 

 ◆       ◆       ◆  

 

 ピラミディオン台場の内部――廊下を警戒しながら私は進む。

 角で止まっては棒の付いた鏡を使って廊下を確認する。

 ここも問題なし。

「内部は問題なし。警備関係の人間以外はいないよ。念のため、しばらく通信を切ってもう一度見回る。5分後に通信再開するよ」

 オープンチャンネルなので誰ともなしに報告する。

『うっうー了解デース!』

 と思ったら理子から返答が来る。

 それから少しノイズが入ったかと思うと、

『で、これからどうする気なの?』

 少し真面目な雰囲気で理子が聞いてきた。

 チャンネルを切り替えたね。

 まあ、私は通信を切って見回ってるって報告したから……誰も通信はしてこないでしょう。

 私もチャンネルを理子に合わせる。

 これで、一種の秘匿通信状態になった。

「前にも話した通り、私はイ・ウーに一度戻るよ」

『分かった。事前の打ち合わせ通りにあたしは行動すればいいんだね』

「特に大きな予定変更は無し。だけど――」

『だけど?』

 その前に今回のイベントを見ておく必要がある。

 おそらく、"彼"もいるだろうからね。

「きっと面白いものが見れるだろうから、それを見てからにするよ」

『ブレないねー』

 呆れ気味に理子が返してくる。

 仕方ないよ。私はそう言う性分なんだから。

 

 ◆       ◆       ◆  

 

 波に揺らされるような感覚。

 水の音が聞こえ、自然に目が覚める。

 ここは船の中……だったな。と言っても、今は"海の中"だが。

 潜水艦などではない。細長い船体をした少々大きいボートのような船だ。

 その船の甲板にある財宝で装飾された船室の中で、俺は壁に背を預けて座っている。

 ――長い夢を見た。

 それはキンジ達が今の教授(プロフェシオン)を打ち倒し、イ・ウーと言う組織に終止符を打つ夢だ。

 だが、所詮は夢。

 実現されていないのだ。

 そして、もしイ・ウーが崩壊すれば世界は大きく動き出す。

 キンジの傍に潜む悪鬼も動き出すだろう。

 ヤツが動き出すくらいならばと、俺は考えてしまう。イ・ウーを存続させると言う選択肢を。

 しかし、それは叶わない。

 どの道イ・ウーは崩壊する。それは宣戦会議(バンディーレ)の開催が決定した時から確定してしまった。

 少しでもヤツの脅威をキンジから遠ざけるには……アリアを消すしかない。

 でなければ敵対する事になる。

 武偵であるアリアではなく、犯罪者であるヤツを生かした方が安全。おかしな話だ。

 だが、もし……キンジがヤツに対抗できるほどの強さがあるのなら……可能性は広がる。

 しかしそれは『もしも』の話だ。現実味を帯びている訳ではない。

 そう思っていると船が浮き上がるような感覚。

 水の音が船室の外から聞こえてくる。

 どうやら海の上に出たらしい。

 俺は今一度、考え直す。

 しばらく自問自答を繰り返して、どうすれば"最小限の犠牲"で済むのかを考える。

 そう考えている時点で最早、犠牲無しに何かを守ることなど俺には出来ないと言う事に改めて気付いてしまう。

 考えは纏まってしまった。

 あとは如何にしてキンジに伝えるか、だ。

 ヤツの事だ……どうせ見ているのだろう。

 俺は静かに立ち上がり、扉のない船室の出入り口へと歩む。

 その間にパトラの砂人形が崩れたのであろう。出入り口の上から宝石と砂が滝のように落ち、夕陽で(きらめ)く。

 その砂の滝が勢いを失くし、止まる頃に俺は船室を出た。

 甲板に出て、眼下にいる水上バイクに乗ったキンジを確認しながら俺は呟く。

「夢を――見た」

 俺は儚い絵空事をただ呟く。

「長い眠りの中で、『第二の可能性』が実現される夢を……な。だが……」

 俺はキンジを見下すように正対する。

「所詮は夢。ただの儚い空想の出来事でしかなかった。キンジ……残念だ。パトラごときに不覚を取るようでは、『第二の可能性』はない」

 海風に漆黒のコートと長髪を揺らしながら、俺はキンジを見据える。

「……兄さんッ! なんだよ、『第二の可能性』って! パトラって誰だよ! アリアを撃ったような奴の船にどうして乗ってるんだ?!」

 どうやらアリアはパトラの呪弾に撃たれたらしい。

「これは『太陽の船』――古代エジプトで王のミイラを当時海辺のピラミッドへと運ぶための船を模したものだ。それでアリアを迎える……そういう計らいなのだろう? パトラ」

 キンジの問いに答えとも言えない事を答えながら、どこともなしに海に語りかける。

「――(わらわ)の名を気安く呼ぶでない、トオヤマキンイチ」

 女性の声が聞こえ、船の横の海からせり上がるように片手にそれぞれ古代エジプトの聖柩(せいひつ)とその蓋を持ったおかっぱ頭の少女が現れる。

 ステージの舞台装置のように海面に浮上した彼女こそ――パトラ。

 自称ではあるが、クレオパトラの生まれ変わりを(うた)っている。

 ツンとした高い鼻に、鋭い切れ目。細い胸当てに黄金の飾りを垂らし、絹のような腰布を巻いて金の鎖で止めている。頭には蛇を模した黄金の王冠のようなものを着けていた。

 彼女が持っている聖柩にはアリアが収められている。

 聖柩の蓋を閉めたパトラは、指一本で軽く船へと放り投げる。

 アヌビス達がそれを受け止めようとするが、何体か下敷きになり船が軽く揺れる。

「ほほほ、タンイとやら代償。高くついたの、小僧」

 手の甲を口元に持って行き、パトラは見下すように笑う。

「妾は下賤の事はよく分からぬが、タンイとやらは大方地位や金に関わるようなものなのぢゃろう? それを餌にしてみれば、簡単にここまで出てきおったわ。ほほ、ほほほ」

 パトラの笑い声と共に、そこでキンジは何かに気付く。

 俺が見た時から気付いてはいたが、ヒステリアモードになっているな。

 パトラは笑いながら見えない階段を上るようにこちらへと近付いて来る。

 そのまま甲板へと降り立ち、

「妾が呪った相手は必ず滅びる。イ・ウーの玉座を狙っておったブラドも妾が呪っておったからこのような小娘に遅れを取ったのぢゃ。くくくっ」

 俺の横を通り過ぎて何かに気付く。

「ほっ、そうぢゃ。まだ1人も殺しておらぬ」

 パトラはくるりと振り返り、両腕をキンジへと伸ばした。

 俺が伝えた事をもう忘れたようだな。

 キンジを見ると、手から、顔から、口から水蒸気が出ている。

「パトラ、それはルール違反だ」

 俺が短く告げながら甲板を歩き、パトラの真横へと行く。

「ふん、なんぢゃ……妾を『退学』にしておいて"るーる"なぞを持ち出すのか?」

 パトラは横に居る俺に向かって、目を細めて見てくる。

「イ・ウーに戻りたいと言うのなら、守れ」

「……気に入らんのう」

 パトラがそう言うと同時に周りのアヌビス達が俺に向かって船の(かい)を向けてくる。

 その先は、槍のように鋭い。

 ヒステリアモードではないとは言え、こんなものは脅しにならない。

「『アリアに仕掛けてもいいが、無用な殺しはするな』――俺が伝えた『教授(プロフェシオン)』の言葉をもう忘れたのか」

「………………」

 パトラは面白くなさそうな顔をしている。

 まるで子供だな。

「パトラ、お前がイ・ウーの頂点に立ちたい事は知っている。だが、未だにリーダーである『教授(プロフェシオン)』は健在だ。この意味が分からない訳ではないだろう?」

「いやぢゃ! 妾は殺したい時に殺す! (にえ)がのうては面白うない!」

 首と振りながら手を動かし、シャンシャンと手首に付けている金の腕輪がなる。

 ダダをこねる子供のようにパトラは俺の言葉を拒絶する。

「また"ヤツ"に狙われたいのか? 今度は五体満足でいれる保証はないぞ」

「……ふ、ふん。そのような脅しで妾は屈さぬぞ。あの神殿がある限り、妾は無敵ぢゃ!」

 パトラはピラミディオン台場を指差して言うが、強がりだな。

 ヤツとはもちろんジャックの事だ。以前にパトラがやり過ぎた時にはヤツがパトラに制裁を加えた。

 その時の恐怖心が残っているのだろう。

 パトラの声は震えている。

「そうだな。ピラミッドの傍でお前と戦うのは、賢明とは言えない」

「そ、そうじゃ。"今の"お前なぞ、ひとひねりぢゃ! ひ、柩送りにされとうなかったら妾に殺させろ!」

 声を荒げながら俺を脅しにきた。

 確かにパトラの言う通り、"今の"俺では太刀打ちできないだろう。

 ――なら。

 俺は、すっと滑るようにパトラに詰め寄る。

 遠山家に伝わる間合いを詰める足運び。

 そのまま何も反応できていないパトラの顎を人差し指で上げて、キスをした。

「――!」

 突然の出来事に目を見開くパトラ。

 俺を引き離そうと、両手で胸板を押そうとするが段々とその抵抗もなくなっていく。

 弟の前でこんな姿を見せる事になるとはな。

 脱力していくパトラを支えるように左腕を腰に回す。

「――これで(ゆる)せ。あれは俺の弟だ」

 言いながら俺はパトラの乱れた前髪を少し指で直す。

 パトラの顔は夕陽に負けない程に赤くなり、ふらりとした足取りで俺から一歩下がる。

「ト、トオヤマ、キンイチ……わ、妾を"使ったな"? 好いてもおらぬクセに――」

「哀しい事を言うな。打算でこんな事をするほど、俺は器用じゃない」

 遠回しに告白してるようなものだが、本心だ。

 父も俺もキンジも似たようなものだからな。キンジはさすがに不器用すぎるが。

 パトラは手を胸にやり、心を落ち着かせるよう深呼吸を繰り返す。

 そして、最後に「はー」と大きく息を吐くと

「な……なんにせよ、今のお主とは戦いとうない。か、勝てるには勝てるが、妾も無事では済まぬ。『教授(プロフェシオン)』になろうと言う大事な時に手傷を負いとうない」

 早口気味にそう言って、俺に砂時計を投げ渡してすぐさま海の中へと飛び込んでいった。

 この砂時計は、アリアの命のリミットだろう。

 どのような超能力(ステルス)が使われているか分からないが、常に砂が一定量落ちている。傾けても常に片方の砂は減り、片方の砂は増えていく。

 後部デッキの方からアヌビス達がアリアが入った聖柩を担ぎ、パトラの後を追うように海へと飛び込む。

 それに続いてキンジも――

 

「――止まれ!」

 

 俺はそれを抑止するように叫ぶ。

 俺の一喝にキンジは海へ飛び込もうとした体を止めた。

 追っても無駄だ。

 パトラは水中に長く滞在できる(すべ)を持っている。しかも装備もなしに海中に飛び込んでも見失うのが関の山だ。

 この洋上には俺と、キンジ、そして日が沈みその残照に照らされた太陽の船が残った。

 波の音が静かにそよぐ。

 

「――『緋弾のアリア』、か。儚い夢だったな」

 

 これから先の戦いで必要になるであろう力。

 俺はただ、その言葉を零す。

「緋弾の……アリア?」

 キンジはその言葉に疑問を浮かべている。

 そう、コイツは何も知らない。

 無知な子供のような顔をしている。

 ピラミディオン台場の2階の窓から、反射する光が"2つ"。

 1つはスナイパーのスコープ、もう1つは――

「兄さん……俺を騙したな! アリアを殺さないって、あんた……俺の部屋で言っただろう!」

「騙してなどいない。俺は事の成り行きを看過しただけだ」

「詭弁だろ! そんなの……! あんたが助けてくれればアリアは……アリアは……」

 アリアが死んだと思っているのだろう。

 キンジは顔を(うつむ)かせる。

「まだだ」

 俺のその言葉にキンジはハッ、と顔を上げる。

「アレはパトラによる呪弾。今から約24時間、アリアはまだ生きている」

「…………!」

「アリアを生かしている間にパトラは『教授(プロフェシオン)』と交渉を行うだろう。だが、その交渉がどう転ぼうと――『第二の可能性』は無い。無いならば、アリアはここで死ぬべきだ」

「兄さんは、アリアを見殺しにするのか!? あんたはそんな人じゃない、一体、イ・ウーで何があったんだ! 無法者の超人どもの巣窟(そうくつ)で何をされたんだ!!」

 何をされた、か……

 俺は失ってしまった。信念と言う、支柱を。

「イ・ウーは確かに無法者の集団だ。いかなる"法"も"無"意味とし、内部にも"法"規が一切"無"い。どこまでも自由に、自ら高みを目指し、自らの目的を果たし、自らの野望を叶える為の場所。他者がその障害となり得るのなら、排除する事さえ叶う。そんな魔窟だ」

「そんな組織、組織として成り立つはずが――」

「だが、実際に成り立っていた。イ・ウーのリーダーである『教授(プロフェシオン)』と言う絶対的な存在によって。そして、お前も一度会ったであろう存在がイ・ウーの規律を保たしてきた」

 現に見ているであろうヤツ。

 俺はそこで区切る。

「しかし、イ・ウーはまもなく崩壊し、終わろうとしている」

「終わる……?」

「リーダーが、死ぬのだ。病や傷ではなく、寿命によってな」

 ここから先は、俺が教えられる事の精一杯だ。

 キンジを見据え、俺は続ける。

「イ・ウーは、ただの超人育成機関ではない。彼らはいかなる軍事国家にも手出しできない超能力を備え、誰もが世間を騒がせるほどの力を持った戦闘集団だ。それこそ、テレビに出るような表の犯罪者とは格が違う。その中には主戦派(イグナティス)と呼ばれる、世界に対して侵略行為を目論む一派がいる。もし奴らがイ・ウーの主権を握れば……イ・ウーの力を思うまま操り、世界各地を襲撃して騒乱と殺戮(さつりく)を繰り広げるだろう」

 もっとも、そんな最悪のケースは起こらないだろうがな。

「だが、主戦派(イグナティス)のような騒乱を望まない研鑽派(ダイオ)と呼ばれる一派がいる。『教授(プロフェシオン)』の気質を継ぎ、ただ純粋に己を高める事だけを求める者達だ。『教授(プロフェシオン)』の死期を知った研鑽派(ダイオ)達は考えた。新たな『教授(プロフェシオン)』を探し、その存在によってイ・ウーを存続させ、主戦派(イグナティス)の抑止力にしようとな。武力、超能力、不死……それらの条件をクリアし、試行錯誤の果てに白羽の矢が立ったのが――アリアだ」

 だがそれも無駄な事だ。

 宣戦会議(バンディーレ)が決定したと言う事は、戦役(せんえき)は免れない。

 ならば先を見据えて動かなければならないだろう。

「アリアは、イ・ウーの次期リーダー、『教授(プロフェシオン)』に選ばれたのだ。アリアをイ・ウーへと導き、素質がなければ――すなわち弱ければ殺し、新たなリーダーを探す。それが研鑽派(ダイオ)の合言葉となった」

「そんな強引な方法でアリアが従う訳が……」

「いいや、従う事になる。『教授(プロフェシオン)』の前では必ずだ」

 アリアともなれば特に、な。

 俺の言葉にキンジは何も言い返せない。

「すまない、キンジ。今まで何も教えてやれなくて。俺は表の世界から消え――奴らを殲滅するためにその眷属(けんぞく)となった」

 お前を残して1人……俺は、悪意の沼に落ちてしまった。

 ちょうど1年前のあの夏に俺が気付いていれば……

 お前の傍にヤツを立たせる事もなかった。

 多くの事が、悔やまれる。

「俺は、奴らを(たお)す道を模索した。そうして見出した答えが――『同士討ち(フォーリング・アウト)』――」

 同士討ち(フォーリング・アウト)――武偵用語で、巨大な組織を相手にする場合、その組織で内部抗争を引き起こし弱体化させる方法だ。

 本来ならばそう言うつもりだった。

「イ・ウーを内部分裂させる――そうするには、奴らを束ねるリーダーがいてはならない。イ・ウーのリーダーの席に空白期間を作る必要がある。リーダー不在の状況を作り出せる方法は2つ――『第一の可能性』、今の『教授(プロフェシオン)』の死と同時期にアリアを抹殺し、イ・ウーが次のリーダーを探す空白期間を作り出すこと。『第二の可能性』――今代の『教授(プロフェシオン)』の暗殺――」

 俺が考えていた2つの可能性。

 だが、イ・ウーの崩壊が確定になってしまった今となっては意味合いが違うモノに変わった。

 『第一の可能性』――戦役の(いさか)いの種になるであろうアリアを抹殺し、キンジとジャックが敵対する可能性をなくす。

 『第二の可能性』――今代の『教授(プロフェシオン)』に挑み、ジャックを退けるほどの力をキンジに習得させる。

 前者は犠牲を出し、家族を救う道。

 後者は修羅の道だ。犠牲が出ないとは言い切れない。戦役に巻き込まれる事を視野に入れている。

 俺は――前者を選ぶ事にした。

 キンジにはやはり荷が重すぎる。

 アリアが死んだ後に俺がキンジの知らないところでヤツとの片をつける。それで良い。

「『第二の可能性』の先には『教授(プロフェシオン)』との闘いが待っている。お前達ならもしや……そう思って可能性に賭けた。が、賭けは失敗だ。パトラに不覚を取るようではこの先は生き残れない。『第二の可能性』が無いならば、俺は『第一の可能性』に立ち返るまでだ」

「兄さん……あんた、武偵のくせに……人を殺して事を収めるつもりなのかよ……!」

「キンジ、俺達は武偵以前に遠山家の男だ。遠山一族は義の一族。大義のために悪を討つ為なら人の死を看過する事を(いと)ってはならない。覚えておけ」

 話は終わりだ。

 それを表すように俺はキンジに背を向け、太陽の船の後部へと向かう。

 パトラが確実に遠ざかっているのだろう。

 太陽の船の船首と船尾が元の砂に戻って行く。

 その砂が、海風に乗って俺を覆い隠す。

 何が大義の為……だ。

 家族守りたさに他人を犠牲にしようとしているだけだ。

 大義と言うには小さい。

 義の一族だの大義の為だの……どれもこれもただの言い訳だ。

「帰れ、キンジ」

 俺は背を向けたまま語り掛ける。

「イ・ウーはお前の手に負える組織ではない」

 頼むから帰ってくれ。

 これ以上俺は、何かを失いたくはないんだ。

 揺れる船の上で俺は静かに眼を閉じる。

 ……。

 …………。

 ………………。

 目を開け、(わず)かに後ろを見るがキンジはまだ帰っていない。

 俺はもう一度、背を向けたままキンジに言う。

「帰れキンジ。お前まで死ぬ事はない。犠牲は――アリアで十分だ」

 俺がそう言った瞬間、水上バイクのエンジン音が聞こえてくる。

「――待て! 兄さん!」

 太陽の船に何かがぶつかる音の後に、

「――ふざけんじゃ、ねえッ!!」

 何かが刺さる音が聞こえる。

 見なくても分かる。

 そして、俺の中で怒りが燃え上がる。

 

 ――バカ野郎がッ!

 

 俺は振り返り、怒りの眼光を船の上へとよじ登ってくるキンジに向ける。

 弟に対して向ける(ソレ)ではないだろう。

 ただならぬ殺気にキンジは気付いてる(はず)だ。

 俺が本気だと言う事に。

 キンジ、お前は踏み越えてはいけない一線を踏み越えようとしている。

 お前は何も知らない。知ってはいけない世界がある。

 俺とキンジを隔てる目の前の砂塵(さじん)の壁がその境界線だ。

「兄さん――あんた、分かってるんだろ!」

 俺がやったバタフライ・ナイフを仕舞いつつキンジは睨み返してくる。

「何だかんだ言って、自分のやってる事が間違ってるって――本当は分かってるんだろ! 今のあんたは自分を誤魔化してる! 弱い自分を誤魔化してるんだ! 『義』を口にして謳うなら、誰も殺すな! 誰も死なせるな! それが、武偵だろ!」

「……確かにそうだな、俺は間違ってる」

「兄さん……」

「だが、俺がそれを分かっていないと思っているのか? キンジ、これは俺が何万回と考え……何万回も自問自答を繰り返し悩んだ末に出した結果だ。義と言うものがお前の言う通りのものであればどれほどに良かったか。――義の本質は、悪の殲滅(せんめつ)無辜(むこ)の人、そして秩序(ちつじょ)ある世界を護り維持する為には犠牲が伴われる事もある。いや、伴われる事の方が多い。お前もそれを理解するべきだ」

「そんな方法で世界が救われて良い訳ないだろ!!」

 そうだな。キンジ、お前の言う通りだ。

 しかし、俺にとっての正義は世界を守る事じゃない。

 たった1人の家族も救えなくて世界が守れる訳がない。

「キンジ、お前はたった1人の兄に逆らうつもりか?」

「もう、あんたなんか兄さんじゃない」

「…………」

「昔の俺が憧れてた兄さんは去年のあの冬、この海に沈没したアンベリール号で死んだんだ。正義だの可能性だの、関係ない――俺は――」

 腰のホルスターからベレッタを抜き、キンジは俺にその銃口を向ける。

「元・武偵庁特命武偵、遠山 金一! 俺は、あんたを殺人未遂で逮捕する!」

 俺は弟に銃口を向けられながらも静かに目を閉じる。

 ……キンジの言う通りあの冬の日。武偵としての俺は死んだ。

 お前の狙い通りだろう――ジャック。

 だがな、何もかもがお前の思うように事が運ぶと思うな。

 目を開けて、砂の壁の向こう側にいるキンジは逆境に立ち向かう目をしている。

 さっきはただ感情に突き動かされているだけだと思って追い返そうとした。

 が、もしかするとお前なら……

「――いいだろう。俺もまだ確かめていない事がある。お前のHSS……それは、アリアでなったものだな」

「それがなんだってんだ……!」

「――見せてみろ」

 俺は言いながら吹き荒れる砂の中で静かに爪先を動かす。

「この船が沈むまで残り(わず)かだ。その僅かな時でお前を今一度試す。お前の意志、想い、緋弾との絆が本物かを確かめる」

 ここで俺を退けなければ、お前は先に進む事は出来ない。

 実力もなく前に進めば俺のように大切な何かを失うだけだ。

 俺はキンジのように銃を構えたりはしない。

 銃口を見ればどこに弾が飛んでくるのか分かってしまうからだ。

 どこに飛んでくるのか分かってしまえば、その射線上に障害物を置くだけでいい。それで銃弾は防げる。単純な話だ。

 単純な話ではあるが、普通なら銃弾を防ぐなど容易い事ではない。

 しかし、イ・ウーにはそんな連中がごまんといる。いや、イ・ウーに限らずこの島国を出れば分かる事だ。

 自惚れている訳ではないが、俺が――その世界への入口だッ。

 

 ――パァン!

 

 ヒステリアモードの反射神経を使った超速の早撃ち。

 一部を除いて誰も反応できない『不可視の銃弾』がキンジの胸の中央へと吸い込まれ、銃弾が防弾布に阻まれ零れ落ちる。

 ……どう言うつもりだ?

「なぜ避けない?」

 キンジは何のアクションも起こさなかった。

 動く素振りさえ見せていない。

「わざと……だよ。それぐらい、分かれ」

 キンジはその口の端から血を流しながら笑みを浮かべた。

「――()えたぞ、『不可視の銃弾(インヴィジビレ)』!」

 確信を持った言葉に俺は少し驚く。

「兄さん。昔、一緒に見たよな? ジョン・ウェインの西部劇映画でその技の原型を――」

 キンジは『不可視の銃弾(インヴィジビレ)』の正体を遠回しに言い当てた。

 どうやらただの当てずっぽうとかではないらしい。

 なるほど。この瞬間にもお前は成長したのだな。

「さすが、俺の弟だな……」

 この技を使うには自動拳銃(オートマチック)ではダメだ。早撃ちと言う曲芸を実戦レベルで使えるようにするにはどうしても速度が必要になる。

 そうして俺が選んだのがこの時代遅れの回転式拳銃(リボルバー)だ。

 早撃ちと言う曲芸を実戦で使える戦技として俺は昇華させた。

 この『不可視の銃弾(インヴィジビレ)』の正体を見破ったのは素直に賞賛しよう。

 しかし……それでは足りない。

「よくこの技を見抜いた。俺が離れていたのは正解だったのかもしれない。お前はアリアを触媒に目覚めようとしている」

 そして、認めたくはないがヤツもまた……キンジの成長の助けとなっている。

 非常に腹立たしい事実ではあるがな。

「だが、見破っただけだ。いいか、キンジ……お前の技術は"俺が教えた物"だ。その技術の中にこの『不可視の銃弾(インヴィジビレ)』を防ぐ方法は無い」

 例え技の正体を見破ったとしても、それに対抗する(すべ)を持ち合わせていなければ何も意味はない。

 キンジから言葉による返答は無い。

 口元の血を拭い、ただ――"構えた"。

 それは俺と同じ無形(むぎょう)の構え。

 何をするかと思えば、

「――浅はかな」

 小さく溜め息を吐くしかない。

 この土壇場の中、見よう見まねで不可視の銃弾(インヴィジビレ)を放とうと言うのか。

 付け焼刃どころの話ではない。

「見よう見まねで同じ技を使うつもりだろうが……キンジ、お前の銃は自動式(オートマチック)不可視の銃弾(インヴィジビレ)を放つには不適切だ」

 同じ事は出来ても自動式(オートマチック)ではコンマ数秒の遅れが生じる。

 そのコンマ数秒が命取りになる。

 それはあいつも分かっているだろう。だが、諦めた顔をしていない。

 今でも眼は力強いままだ。

 勝算があるのだろう。

 本来であれば俺を超えようとしているのは喜ばしい事ではある。

 こんな場面でなければ、素直に褒めてやりたいところだ。

 しかし俺は、

「眠れ、キンジ。兄より優れた弟など存在しない」

 ここから先にお前を行かせたくはない。

 砂嵐が吹き荒れる中、その願いと共に俺は1/36秒で銃口をキンジへと向け、放つ。

 一瞬遅れて、キンジも俺と同じように不可視の銃弾(インヴィジビレ)を放った。

 刹那に鳴る2つの銃声。

 HSSにより全てが遅く()える。

 俺の放った銃弾とキンジの銃弾がぶつかり、俺の放った銃弾が"そのまま返ってくる"。

 キンジも同様に自ら放った銃弾がそのまま返ってくる。

 次の瞬間、キンジの銃から2発目の銃弾が放たれ、返ってきた自分の銃弾を『銃弾撃ち(ビリヤード)』で弾いた。

 ――バカな。

 ピースメーカーの銃口に自分の弾が入り、バガンッと言う音を出して破壊する。

 同時に太陽の船は完全に崩れ、俺とキンジは同時に足を滑らせ海へと墜ちる。

 すぐに待機させていた潜水艇『オルクス』を浮上させ、俺はその上へといち早く降り立ち、船を高速で少し前へと進ませる。

 そこへちょうど落ちてきたキンジを受け止める。

 どうやら失神しているようだ。

 これでは、この間の風力発電の時みたいだな。

 相変わらずお前は世話の焼ける弟だ。

 ……けれどな、キンジ。お前は確かに一瞬だが、俺を超えた。

 俺はパトラから受け取った呪弾の期限を示す砂時計をキンジの上着のポケットに入れる。

 そして、近くの桟橋にキンジ降ろして俺はそのままオルクスの中へと入り、潜行してその場を去った。

 『第二の可能性』――俺はもう一度、お前とあの緋弾に賭けてみようと思う。

 




霧「私のバニーガール姿が見れると思った? 残念でした」
理子「お姉ちゃんのサービスシーンってあんまりないよね」
霧「それは別料金だよ。もしくは妄想でカバーするか……」
理子「カバーするか?」
霧「絵師に頼むんだね」
理子「最低だこの人」

自分はあざといのはあんまり好きじゃありません。
なんて言うか、そうですね。
自分は露出の描写じゃなくて仕草とかの描写でエロさを出したいです。
あざといのが嫌いって訳でもありませんよ?
王道は大事です。
次回の更新はいつになるやら……待ってくれる人……いるの、か?

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