緋弾に迫りしは緋色のメス   作:青二蒼

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ようやく、執筆できた。
最近は更新が亀どころかナメクジのような勢い。

まあ、気を取り直して
本日の注意事項

・戦闘はほぼカット
・ほぼ原作通り
・味気ねえ……


61:夢の狂宴

 アンベリール号の甲板の上で白雪はアリアの無事に喜びながら抱きつく。

 抱きつかれてる当の本人は、パトラを退けた時の事をまるで覚えてないらしい。何が起こったのか分からないという風にポカンとした表情をしている。

 その光景を見てくすくす、と三つ編みに髪を結い直したカナが笑っている。

 ……まあ、色々と思うところはあるが。

 アリアは助かった。

 パトラは近くにある棺桶に閉じ込めて逮捕。

 この件はこれで一件落着と言うやつだ。

 あとは、武藤達が帰り道を用意してくれるのを根気よく待つだけだ。

 俺はもう既に光を失っているバタフライナイフを見ながらため息をつく。

 その時。

 

 ――ハッ。

 

 と、カナが海の方へと振り向く。

 まるでそこに何かがいるように。

 俺も視線をそちらに動かしてみるが、目の前に広がるのは広い海と水平線だけだ。

 しかし、カナには別の何かが見えているような雰囲気だ。

 そして動揺している。

 今まででカナのこんな表情は見た事がない。

「キンジ……今すぐ逃げなさい。ここから早く!」

 振り向きざまに俺に掛けられた言葉。

 いきなりなんだよ、カナ。

 あんたがそんな風に俺の名前を叫んで、そんな青ざめた表情をするなんて……今までなかったじゃないか!

「2人も早く、この場から逃げるのよ」

 俺の腕を引いてこの甲板からカナは離れようとしている。

 カナの焦りようからして、アリアも白雪も尋常じゃない事態が迫っているだろう事は分かっているだろう。

 だけど、逃げるって言ったってここから離れる手段なんて俺達にはない。

 小舟一つ持ってやしない俺達にどうやってこの船から出ればいいんだ……

 そんな事も分からない程に、カナは必死になってる。

「キンちゃん……」

 次にその"異変"を悟ったのは、白雪。

 自分の体を抱きしめるようにしてその場に座り込み、震えている。

「何かが……くる……怖い」

 俺も段々と異変に気付いた。

 おかしい……

 ――海が、おかしい。

 さっきまでこの船の周りには今までテレビでも見た事がない程のクジラの群れがいた。

 それが一匹もいない。

 それから起こったのは地震……いや、振動だ。

 船どころか、海が震えて――揺れているッ!?

「どうして、ここに……?!」

 足を止めたカナが振り返りながら呟き、冷や汗を流しながら舳先(へさき)の向こう側に広がる海を見ている。

「キンジ、あそこ!」

 こう言う局面で勇敢さを発揮するアリアが舳先へと立ち、海を指さす。

 俺もカナの腕を振り払い、アリアの(かたわ)らへと急ぐ。

 アリアの指先。アンベリール号の船首から数百メートル先の海が――持ち上がっている。

 ――そんな――バカな。

 

 ザアアアアアアアアアアアアアアアッ!!

 

 豪快な水音を響かせて、大きな水飛沫(しぶき)が俺達に襲いかかる。

 クジラ――じゃない。

 それよりも遥かにでかい。

 300メートルはありそうな何かが浮かび上がり、滝のように海水を落としている。

 浮上してきた時に起こった波浪がアンベリール号をボートのように揺れる。

 浮かび上がってきたモノが何かは分からない。

 だが、間違いなく"人工物"だ。

 それが分かったのは、幅が2メートルはあるであろう『伊U』の2文字が悠々と目の前を横切ったからだ。

 ――『伊U』。

 ヒステリアモードの頭が、瞬時に閃光のごとくその意味を理解する。

 それは歴史の教科書の副読本にもあった。

 

 ――『伊』、それは旧日本帝国海軍で使われた潜水艦を示す暗号。

 

 ――『U』、それはドイツで潜水艦を示すコードネーム。

 

 『伊U』……つまりはこれが秘密結社『イ・ウー』の正体だったんだ!

 そして、その船体は俺が見た事のある造型だった。

 武藤みたいな乗り物オタクじゃないが、それでも知っている。

 その武藤達が屋内プールで動かしていた潜水艦の模型――

「……ボストーク号」

 それだった。

「知って、しまったのね。そう、これはかつてボストーク号と呼ばれた戦略ミサイル搭載型・原子力潜水艦。出航直後に行方不明となり沈んだとされているけれど、違う。ボストーク号は沈んだのではなく"盗まれた"。世界一の頭脳を持つ『教授(プロフェシオン)』によって……!」

 カナが立ち尽くしながら言った言葉は、俺の答えが間違いでなかった事を証明した。

 ターンを終えた原潜が真正面で正対するように止まり、その艦橋に1人の男性が見えたところで――

 カナが立ち上がって叫ぶ。

「『教授(プロフェシオン)』……やめて下さい! この子達と、戦わないで!」

 俺達を護るように前へと出てカナが立ちはだかる。

 

 ビシュ!

 

 何の前触れもなく、カナが殴られたように跳ねる。

 三つ編みを揺らして倒れるカナを反射的に受け止めた瞬間に、遠雷のような銃声が響く。

 撃たれた……?!

 その証拠に受け止めた俺の手に血の感触がする。

 ウソだ……ウソだろ!?

「カナ!!」

 叫びながらカナの体を見ると、胸元から血が滲んでいる。

 "防弾制服の上から撃たれている"紛れもない事実だった。

 あの男は動く素振りすら見せていなかったのに、カナを撃ち抜いた。

 ――『不可視の銃弾(インヴィジビレ)』――兄さんの技を、あいつは狙撃銃でやったんだ!

 カナを覆い隠すように抱いた俺がその事に驚愕し顔をあげると、その男が……見えて……

「……!!」

 あれは――

「あ、あなたは……!」

 この場で誰よりも驚愕しているのはアリアだろう。

 その男は、アリアの持っているモノクロ写真の人物。

 鷲鼻(わしばな)に、角張った顎。

 右手にパイプと左手にステッキを持った彼は、まさに紳士と言うべき風貌。

 写真のようにハンチング帽はかぶってはいないが、それでも他人だとか他人の空似だとかそう言うのを疑う余地はない。

 イ・ウーのリーダーである『教授(プロフェシオン)』の正体。

 アリアがその正体を掠れた声で、呼ぶ。

 

「……(ひい)、おじいさま……!?」

 

 そう、アリアの曾祖父。

 

 "シャーロック・ホームズ"だったのだ。

 

 誰が想像できる……こんな展開に!

 心も頭もついていける訳がない!

 そのシャーロック・ホームズの隣にまた人影。

 そいつはタキシード姿にシルクハットをかぶり、黒い髪をした英国人男性がシャーロックと同じようにステッキを持って立っていた。

 それはランドマークタワーで出会った、あの時と同じ服装。

 ジャック――!

 世界的な探偵(シャーロック・ホームズ)世界的な犯罪者(ジャック・ザ・リッパー)

 その2人が俺達の目の前に現れた。

 不可解にも本来なら相容れない立場の2人が今は仲良く肩を並べている。 

 映画なら夢の共演として売れるだろうが……こっちとしては最悪のシナリオだ。

「カナ! カナ!!」

 俺は必死に呼び掛けるが、俺の腕の中で力が失われていくのが分かる。

 認めたくない。

 認めたくないが……クソ。

 カナは心臓を撃ち抜かれている。

 武偵高の制服はライフル弾でも防ぐが、それが撃ち抜かれているとなると使われたのは装甲貫通弾(アーマーピアス)

 それも理論上作成が可能で国際的に開発が禁じられている(アンチ)-TNK弾に違いない。

「キンジ……これを――」

 ヒステリアモードが解けたのか、男声でカナ――いや、兄さんが鋭い目つきで背中に隠していたのものを俺に渡してくる。

 それはパトラが隠していたであろうアリアの白と黒のガバメント、そしてその弾倉(マガジン)だ。

 銃の持ち主を見ると、アリアは舳先で立ち尽くしている。

「アリア伏せろ! 俺達は撃たれてるんだぞ!」

 カナを抱えたまま叫び、アリアの腕を引っ張るが彼女はペタンと俺に引っ張られるがままその場に座り込んだ。

 視線の焦点は定まらず、ただ驚愕に顔を染めて空虚にただシャーロック達を見ているだけだ。

 完全に放心状態。

 それも当たり前だ。なにせ、俺の兄を撃ったのが自分が敬愛し、いつも肌身離さず持ってる写真の人物――シャーロック・ホームズなんだからな。

 おまけにその敬愛する自分の曾祖父の隣には横浜のランドマークタワーで出会った殺人鬼がいる。

 俺は船の落下防止柵を遮蔽物(しゃへいぶつ)にしながら、アリアのホルスターにガバメントをねじ込む。

 それから海に浮上してる"それ"を睨みつける。

 イ・ウー。

 無法者の超人を作り出す育成機関。

 アリアの母親に冤罪を着せた無法者の組織。

 そいつが俺達の目の前に現れた。

 どこの国も手出しが出来ない訳だ。

 移動するアジトなんて誰が考えつく。

 それも原子力潜水艦だぞ。

 4月に起きたハイジャック事件で不可解だった点が俺の脳裏に浮かび上がる。

 あの時、俺達が乗っていた飛行機は"どこからともなく"飛んできた対空ミサイルによってエンジンを破壊された。

 あれは海にいたイ・ウーから放たれたものだったんだ!

「……!」

 海の中から何かが――あの白い航跡は、魚雷!?

 俺がそれを捉えた時にはもう遅かった。

「……えっ……?」

 アリアがまたしても信じられないと言った声を上げた時には、アンベリール号の船底から激震と爆音が響き、一瞬だけ持ち上がった。

 俺達のいる甲板に着弾した時に上がった水柱の飛沫が降り注ぐ。

「きゃあああぁ!!」

 背後で響く白雪の悲鳴。

「白雪!」

 名前を叫びながら俺がそちらの方へ向くと、白雪はパトラの入ってる黄金(ひつ)にしがみつき姿勢を保っていた。

「キンちゃん、今のは……!?」

「一瞬しか見えなかったが恐らく、Mk-60対艦魚雷(マークシックスティ)だ。イ・ウーが撃ちやがった!」

 パトラが元々自沈させようとしていたから船が沈むのは時間の問題だったが……今ので完全に止めを刺された……

 船底から黒煙が出て、船体自体も傾き始めている。

 沈むまでの猶予(ゆうよ)はそんなに残されてはいない。

 俺は未だに続いているヒステリアモードの頭で船の構造を思い出す。

「白雪、船尾側に救命ボートがあるはずだ! すぐにそれを下ろせ!」

 そのまま俺が命令を出すと、白雪は頷いて駆け出す。

 白雪が離れると同時にパトラの入っていた柩の蓋が勢いよく蹴り開けられ、パトラが飛び出てきた。

「キンイチ――!!」

 おかっぱ頭を揺らして彼女は、ビキニみたいな下着姿でこちらへと駆けてくる。

「――おっ、おい!」

「ああ、キンイチ! ……そんな」

 警戒して拳銃を抜こうとしたが、そんな俺を無視してパトラは俺を押しのけ、兄さんの傷に触れる。

 それから銃創(じゅうそう)に両手を当てるとその両手が青白く光り始める。

 よく分からないが、なにやら超能力的な治療をしているようだ。

 ジャンヌと戦った時に白雪がアリアを治療してた時と同じような感じではある、が、ピラミッドが崩れ無限魔力を失ったパトラの治療は(かんば)しくないようだ。

 その顔には俺達と戦った時のような余裕そうな表情はない。

 ――どうやら、パトラを再び拘束してる場合ではないみたいだな。

 イ・ウーの後部の艦橋に立っている2人が甲板へと降り立ち、全長300メートルはある原子力潜水艦の上を歩いてくる。

(あいつらが……来る……!)

 1世紀前のイギリスの英雄――シャーロック・ホームズ。同じく1世紀前にイギリスの殺人鬼で未だに色々と謎に包まれている殺人鬼――ジャック・ザ・リッパー。

 2人は世界を股にかけるどころか、時空を股にかけてきたような感じだぜ。

 

 

 ついに2人がイ・ウーの船首へと到着したようだが……イ・ウーとアンベリール号の間は勿論、海だ。

 しかもアンベリール号の舳先(へさき)は火災を起こしている。

 どうやって渡るつもりだ?

 そんな俺の疑問に答えるように、シャーロックは海へと踏み出す。ジャックは……動いていない。

 彼が踏み出すと海から氷がせり上がる。

 まるで映画の演出のように彼が踏み出したところから氷の橋が出来上がっていく。

 瞬間、俺達の周りにちらりと映る雪……じゃない。微細な氷――ダイヤモンドダストだ。

 それはジャンヌが見せた魔術の氷。

 彼が冷気の煙と銀氷の渦を身に(まと)うと、次に黄金に輝く砂の階段が氷の橋からアンベリール号の舳先(へさき)へと伸びていく。

 それを見た瞬間に、俺は瞬時に理解する。

 ジャンヌはイ・ウーを天賦(てんぷ)の才を教え合い、高め合う場所だと。

 際限のない能力の向上、共有。

 ならばその能力を全て兼ね備えた完成形が存在する筈だ。

 そいつが一番強いに決まっている。最強の存在として畏怖(いふ)され、無法者を束ねる。

 それがイ・ウーのリーダー――シャーロック・ホームズなんだ――!

 砂の階段を上りきったシャーロックから銀氷の風が吹き荒れ、炎と煙のカーテンを押し退ける。

 そして、そのまま舳先へと降り立った。

 

「もう逢える頃だと"推理していたよ"」

 

 何気ない第一声。

 なのに俺の全細胞が硬直する。

 理解したのは格の違い。

 これは……ジャックの時と同じだ。

 実力が違いすぎる。

 そして、ジャックと違うのはカリスマとでも言うのだろうか……

 この男の前だとひれ伏してしまいそうな、そんな……格の違いを、理解してしまう。

「――卓越した推理は、予知へと近付いていく。何事もそうだ。卓越した何かは、別の事象へと変化していく。僕の場合は予知に近い推理という事で『条理予知(コグニス)』と呼んでいるがね。つまりは、僕はこれを全て(あらかじ)め知っていたのだ。だからカナ……いや、遠山 金一君。キミの胸の内も僕には推理できていたよ」

 試験の解答でもするような態度でシャーロックは、瀕死の兄さんにそう告げる。

 聞こえない声で『そうかよ』と言ってから、兄さんは喀血(かっけつ)した。

「さて、君は僕の事をよく知っている事だろう。これは決して傲慢ではない事を理解して欲しい。僕という存在はあらゆる資料、教本、映画などで取り上げられているからね。だが、紳士として自己紹介はしなければならない」

 回りくどい言い方をしたシャーロックは一拍おいてから――

「初めまして。僕は、シャーロック・ホームズだ」

 胸に片手を当て、紳士的にお辞儀をしながら名乗った。

 ああ、そうだろうな。

 今更になって偽物とかそっくりさんとかそんなチャチなモノじゃないだろう。

 これは本物だ。

 ヒステリアモードの直感で、そう分かる。

「それと、もう1人紹介しなければならない人物がいてね。君達は一度会っている事だろう」

 そう言った瞬間にさっきまでイ・ウーの甲板にいたジャックがシャーロックの背後から飛び出し、舳先へと舞い降りた。

「お目にかかるのは二度目だね。久しぶり、と言うべきかな?」

 柔和な笑みを浮かべるジャック。

 俺としてはあまり会いたくなかったんだがな。

「さて、色々と疑問に感じてもいるだろうが……まずは――アリア君」

 呆然としていたアリアが自分の名前を呼ばれて背筋がビクッと震える。

 そして、その視線が交差する。

 血族同士の邂逅。

 今、俺の目の前ではアリアとシャーロックが言葉のない意思疎通をしているようだ。

 それは俺と兄さんのように言葉にしなくても分かる何かがあるような感じだ。

「時代は移ろうものだが、君はいつまでも同じだ。ホームズ家の淑女に伝わる髪型をきちんと守ってくれているんだね。それは初め、僕が君の曾お婆さんに命じたものなのだ。いつか君が現れることを推理していたからね」

 ツインテールを見たシャーロックがそう語りかけ、何の警戒もなく近付いてくる。

 アリアに近付けてはいけない。

 俺の直感がそう告げる。

 ベレッタの銃口が俺の直感に従い、本能として動くが――

「その銃口を向けた瞬間、敵対行為と見なすがよろしいか?」

 ジャックの冷たい視線と言葉に金縛りに遭ったかのように腕が硬直する。

 この銃口を向けた瞬間に五体をバラバラにされる死のヴィジョンが、容易に想像出来てしまう。

 なんだ、これは……

 同じ存在感を持つヤツが2人。

 これが、本物の偉人――子孫じゃないオリジナルってヤツ、なのか?

「アリア君。君は僕が待ち続けた才女だ。美しく、強く、天与の才を与えられた少女――それが君だ。それなのに、ホームズ家の落ちこぼれ、欠陥品と呼ばれ続け、自分の存在を認めて貰えない日々はさぞかし辛いものだっただろう。だが、僕は君を認めよう。僕は君を"後継者"として迎えに来たんだ」

「……ぁ」

 シャーロックの言葉に反応して小さく漏らしたアリアの声。

 それは、アリアの中で何かが入り込んで膨らみ……同時に今の状況を認識し始めたような感じだ。

 抗うような素振りは一切ない。

「おいでアリアくん。君の都合が良ければだが……いや、都合が悪くても、おいで。そうすれば君の母親は助かる。もう、君は"独りで戦わなくていいんだ"」

 その瞬間、アリアの赤紫色(カメリア)の瞳が見開かれる。

 今のでアリアの心は完全にシャーロックへと傾いてしまった……!

 シャーロック言葉がまるで甘い蜜みたいにアリアの中で広がっていったんだと、俺でも分かる。

「さて、行こう。積もる話も色々あるだろうからね。何より、機会を逃して後悔する事はままあることだ」

 まるでダンスに誘うような手取りでアリアを引き寄せ、シャーロックは彼女を抱え込む。

「あっ……」

 そのままお姫様抱っこへと持って行き、小さく声を漏らすアリアだが。

 何も抵抗しない。

 いや、この流れを受け入れている。

 ただなされるがまま……

「さあ、行こう。"君のイ・ウー"だ」

 そう言ってシャーロックがくるりとこちらに背を向け、アリアにイ・ウーを見せつけるようにする。

 もう舳先の火災はダイヤモンドダストによって消火されており、イ・ウーの威容が見える。

「――キンジ……」

 困惑しているような表情をこちらに向けてアリアは俺の名を呼ぶ。

 だが、今の状況を拒絶する意思はない。

 シャーロックの言われるがままになろうとしている。

「アリア君、君たちはまだ学生だったね。ならばこれから『復習』の時間と行こう」

 その言葉とともにシャーロックはまるでちょっとした段差から降りるような気安さで、アンベリール号の舳先から飛び降りた。

 それに続いてジャックもシルクハットを片手で抑えて、飛び降りる。

 そして、一瞬だがシャーロックの長いコートが……ムササビのように広がった。

 そのまま滑空して流氷群へと降り立つ。

 ジャックも同じように外套(がいとう)が広がって、難なく流氷の上へ降り立った。

 あれは……理子のように髪を動かすのと同じタイプの超能力……!

 ヤツらはあれが使えるのか。

 いや、それよりも……アリアが連れ去られて行く。

 この間のパトラみたいに(さら)われたのとは訳が違う。

 アリアは逃げる事が出来た筈だ。

 たとえそれが叶わなくても、藻掻く事は出来る。

 なのにそれすらしなかった。

 逃げようとすら思わなかった。いや、"逃げる理由"がないんだ。

 自分の敬愛するシャーロックに認められ、しかも後継者として迎えられ、かなえさんが……母親が助かるとまで言われてしまった。

 受け入れない理由もない。

 だが……アリア。

 そっちに行っちゃダメだ。

 そいつは危険だ。シャーロックは危険なんだ!

 俺の本能がそう警鐘(けいしょう)を鳴らす。

「アリア!」

 ようやく金縛りから解かれた俺は衝動のまま、沈没しかけのアンベリール号の舳先へと駆け出す。

 眼下には流氷から潜水艦の上へと移ろうとしている3人の後ろ姿。

 ――追わなければ。

 そう思っていてもどうやって向こうに行けばいいのか分からない。

「アリアァァーーーッ!」

 ただ叫ぶことしか出来ない俺に。

 何かが内側から、こみ上げる。

 "通常のヒステリアモードとは違う"何かが。

 

 ◆       ◆       ◆  

 

 (つんざ)く悲痛なキンジの叫び。

 無力な自分を嘆いているようなそんな慟哭(どうこく)

 普通なら元パートナーの現状に良心が痛むんだろうけど、生憎と私にそんな感傷的な感情は持ち合わせていない。

 それと、こんなところで指を咥えて眺めている程……大人しい"2人"じゃないだろうからね。

 私はイ・ウーの黒い甲板の上で立ち止まる。

「お先にどうぞ。私は少しばかり、踊りたくなりました」

 そう私が言うと、

「踊る相手は1人だけだよ。3人も一緒には踊れないからね」

 お父さんはにこやかにこちらへと少し顔を向けてそう言うと、顔を正面へと向けて再び歩み始める。

 1人……1人ねえ。

 だったらどちらと踊るかは決まってる。

 振り返れば、漆黒のアンダーウェアに身を包んだカナ……いや、もう女装は解けてるから金一か。

 流氷からこのイ・ウーの甲板へ移り、自分たちに向かってくる金一の背後にはその背中を追うようにしてキンジもいる。

 ああ、まるで1年前のキンジを見てるみたい。

 兄に憧れて、その背中を追ってたキンジ。

 がむしゃらに、一族の誇りを持って……正義の味方なんて言う単純なモノに憧れてひた走ってた。

 それを私が奪って……あの時は――

 

 良かったなあ♪

 

 うん、何度思い返しても自然に頬が釣り上がる。

 もう一度、あの時と同じ事をしてみたいと言う欲求が私の中で生まれる。

 今度は目の前で。

 けれども、今はその時じゃない。

 愉しみは後に取っておくもの。

 まだ序章が終わりそうなところなのに、そんなメインイベントを最初に持ってきたらそれこそ味気のない物語になっちゃう。

「――シャーロック!」

 私の事よりもお父さんを優先か。

 まあ、実際に神崎さんを連れ去ってるのお父さんだし。

 そのお父さんに向かって不可視の銃弾(インヴィジビレ)を叫びながら放つ、金一。

 だけれど、邪魔はさせない。

 その銃弾の正面に立ち、私のナイフが瞬時に両断する。

 ギンと言う金属音と火花。

 相手が不可視の銃弾を放つと言うのなら、私は不可視の斬撃で迎え撃てばいいだけ。

 ただまあ、さすがに斬撃で全部の銃弾を防ぐのは……出来ない事もないんだけど……

 お披露目するには早いかなー。

 もうじき明らかになるとは言え、自分からネタバレはしたくない。

 だったら簡単な話、自分に有利な状況にすればいい。

 ちょっと時間稼ぎと行こうかな。

 発煙弾(スモークグレネード)を足元に2個転がしてお父さんと私が見えないようにする。

 だけど、こんなのすぐに潮風で流れる。

 すぐに超能力(ステルス)を発動してこの甲板を濃霧で覆うようにする。それともう1つ仕込みをする。

 発煙弾の煙がなくなる頃に甲板は濃霧に包まれた。

 下手をすれば海へと落ちそうだね。

 それぐらいに視界が悪い。

 彼らの目的は私の後ろにあるだろう艦橋。それにこの潜水艦の甲板は割と狭い。

 簡単に言えばほぼ一本道だ。

 つまり、私を超えない限りはお父さんに……アリアに辿り着く事はできない。

 "2人一緒"にはね。

 目の前の濃霧の壁に映る黒いシルエット、そこから飛び出したのは――金一。

 私をその視界に捉えると同時にマズルフラッシュを瞬かせ、銃弾が私に迫る。

 数は4。

 銃弾は見事、私を貫通した。

 それから"偽物の私"は水となって消える。

 その瞬間にすぐに私は金一の脇の霧の中から飛び掛かる。

 私のナイフの閃光が差し迫り、それを金一は同じようにナイフで対応する。

 これで不可視の銃弾(インヴィジビレ)は封じた。

 このまま接近戦に持ち込めば問題ない。

 何度か斬り結びながらステッキに仕込まれた刃を(あらわ)にさせる。

 そのまま仕込みステッキをフェンシングのようにして突きを繰り出す。

 それをナイフで受け止めた金一はそのまま(つば)競り合いへと持ち込んだ。

「今だキンジ! そのまま艦橋へと走れ!」

 金一の叫びと共に、私の背後で霧を巻き上げて駆け抜ける一陣の風と人物。

 見なくても分かる。

 まあ、狙い通りに上手く行った。

 いや……そう来ると確信してたよ。

「見逃すのか?」

「ええ、彼は先に進んで貰わないといけませんのでね」

 私がそう言うと、金一は眉を寄せる。

「これも筋書き通りか……?」

「さてどうでしょう。生憎と台本は用意されていない舞台ですので」

 私ののらりくらりとした回答に金一は何も反応を示さない。

 いい加減に慣れてきたか、さすがに。

 一度大きく刃を押し上げ、お互いに少し距離を取る。

 死に体とは言えあっちはヒステリアモード、キンジは既にイ・ウーの中。そして、周りは濃霧で人の目を気にする必要はない。

 この状況――

「そちらはどうしますか? 今なら遠慮なく私を葬れますよ」

「もちろん、そのつもりだ」

 そう言って金一は殺意をこちらに向ける。

 迷いはもう無いみたいだね。

「それは結構。ただ、私としては死ぬつもりは全くありませんがね」

「刺し違えてでも、お前はここで討たせて貰う」

「ほう……ならお別れは済ませてきたんですね」

 言いながら私は仕込みステッキを甲板に突き刺し、シルクハットをその柄に掛ける。

 そのまま素早く後ろへと跳び、霧の中へと身を隠す。

 足音を殺し、静かに移動する。

 相手もその場に棒立ちしたままではないだろう。

 お互いに視界では見えない。

 けれど、目で見つける必要はない。音で見つける。

 心臓の鼓動、息遣い。

 何でもいい。

 もうこの戦い方もそろそろ対策されるだろうね。

 潮風が霧の中を吹き抜ける。

 流れていく霧だけど……流れがおかしいところがある。

 何かの障害物に当たって、霧が左右に分かれている。

 向こうは気付いてない。

 足を静かに踏み込み、地面を滑るように音を立てずにその方向へ駆ける。

 ナイフを投げて牽制し、軽く斜めから入り込むようにして見えてきた人影にナイフを構えて突っ込む。

 見えてきた姿は私のさっき投げたモノを手に持って両手にナイフを持った金一の姿。

 不意打ちと言うにはお粗末だけど……少なくとも間合いには入れた。

 逆手に持ったナイフを横薙ぎに振り抜く。

 それを金一は難なく防ぎ、もう片方のナイフで反撃してきた。

 教範にあるような見事な受け流しと反撃。

 それを右足を軸足に私は左回りにクルリと回って回避しながら左の袖口からナイフを抜き出す。

 そのまま逆手で突き立てるように金一の横腹へと薙ぐ。

 一度、金一は大きく下がりその薙ぎを躱す。

 私はすぐさま、距離を取られないように追撃する。

 さあ、ここからテンポを上げて踊ろう!

 




この年末年始で少なくともシャーロックと決着はつけたい。
それと、重要な種明かしも色々として行きたいですし。
次のステージへ移動するための新たな愉しみもお披露目したいです。

と言う訳で上げて行くぞ!

ちなみにフェイトグランドオーダーは結構育ってきましたよメンツが。
アンデルセンがどのパーティでもほぼ外せん。

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