緋弾に迫りしは緋色のメス   作:青二蒼

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少しばかり時間が掛かってしまった。
結構オリジナル要素が入りますけど、短く出来たらいいな……

あと、変なところあっても多少は目をつむってください。
言ってしまえばこまけえ事はいいんだよ!

あからさまに文法がおかしかったら教えていただけると幸いです。


64:盲目の歌姫

 

 イギリスの夏はそんなに暑くはない。

 日本特有の湿度の高いジメジメした暑さではなく、カラッとした暑さ。

 それにイギリスは1年を通して……特にロンドンでは曇りが多く、年間を通して雨がよく降る。

 夏はあまり降らないけどね。

 雨が降るって言っても地面をはねるような雨ではなく、シトシトとした雨な訳だけど。

 幸いにして、今日はそんなイギリスでは珍しく全体的に快晴らしい。

 何が言いたいかと言うと――

「以織、出掛けるよ」

「え……あ、はい!?」

 私が部屋に入っていきなりの一言にベッドの上で腰掛けて英語の教材を見てた以織は素っ頓狂な声を上げる。

 ここに来て早くも5日。

 屋敷の住人に以織の紹介を終えてからと言うものの、以織自身は特に目的がある訳でもなく……いや、正確には失ってしまったと言う方が正しいのかな?

 ともかく屋敷の手伝いをしながらも怠惰に日常を過ごしている。

 未だに剣に依存している節があるのか、鍛錬は続けてるみたい。

 キンジのように親しい人を亡くし、追い掛けるべき背中を()くした彼女は生きる目的を探している。

 空虚なまま以織の生を終えさせるには惜しい。色んな意味で。

 だからこそ、私は家族に誘ったんだけども。

「出掛けると言っても、どちらに?」

 以織は出掛ける準備をしつつ、聞いてくる。

 別にそんなに慌てる程じゃないから、そんな焦って着替えなくてもいいのに……

 何て思いつつも私は答える。

「んー? ロンドン。少しばかり会わないといけない子達がいてね」

 と言っても最近は忙しいっぽいけどね。

「それよりも以織は、オペラに興味ある?」

 言いながら私は『ロイヤル・オペラ・ハウス』で行われるオペラのチケットを見せる。

 

 

 ダラムからロンドンまで電車で4時間近く。

 詳しく場所を言うならコヴェント・ガーデン駅へとようやく辿り着いた。

 結構早くに出なきゃ間に合わないからね。

「意外に遠いんですね……」

「疲れた? でも、目的地はもう少し先だから私からあまり離れないようにしなさいね」

「あの、姉上?」

「何かしら?」

「どうしてそんな格好を……しかも声まで」

 以織が疑問に思いながら見られてる。

 イギリスの貴婦人みたいな変装と服装をして、声も上品で優雅さがあるような感じにしてる。

「色々とあるのよ。淑女にはね」

 今は特に話す必要もないのではぐらかした答え方をする。

 以織は内心、私が危ない人だって事ぐらい何となく気付いてそうな気もするけどね。

 まあ……刀が手放せないって事で、持ってきた以織も充分に危ない人だけど。

 武偵高の武器の登録検査証が国際免許証で退学後でも使えるのは幸いだね。

 これのおかげでフリーランスのエージェントとして雇う事も出来る訳だし。

「は、はあ……」

「それよりも、早く行くわよ」 

 そう言って私と以織はそのまま歩いて劇場へと向かう。

 今の時間は19時を少し過ぎたあたり、まだ日は落ちてない。

 ロンドンの夏の日没は遅い。

 下手をすれば20時ぐらいまで微妙に明るいからね。

 到着したロイヤル・オペラ・ハウスの出入り口は既に多くの客で賑わっている。

 その客の流れに乗って、奇麗な受付へと辿り着きチケットとチケットを購入したクレジットカードを見せる。

 受付に同じクレジットカードの決済である事を説明して、以織も私に(なら)ってチケットを見せた。

 それからそのまま2階の右のボックス席へと向かう。

「あの、姉上? 会う人がいるとは?」

「シッ……あとで言うわよ」

 私は席に座った以織に静かにするように言う。

 そうしてオペラの公演が始まった。

 やがて、第1幕の途中で目的の人物が劇場に現れる。

 オペラの登場人物、このモーツァルトの『魔笛』の主役の内の1人とも言えるパミーナ。

 彼女の役をやってる人物が、私が会いに来た相手。

 隣を見れば以織は壮大なオペラに圧倒されている。

 まあ、普通ならこんな経験は滅多にないからね。

 場面は移り、第2幕第17曲「私にはわかる、すべてが消え」と言う独唱曲(アリア)

Ach, ich fühl's es ist verschwunden(あ ぁ、私 は 感 じ る)

 そんな言葉から始まる歌詞を彼女は力強く歌う。

 いつの間にやらこんなにも有名になっちゃって。

 

 

 公演が終わり、劇場を出る。

 以織は何やら余韻に浸ってる様子だけど、本来の目的を果させて貰おう。

「以織、行くわよ」

 私が言うとハッとなって以織は私の後ろを犬のように付いてくる。

 何て言うか、なかなかに可愛らしいと言うか愛らしいと言うか。

 舞台関係者が出る出入口付近の壁に背中を預けて、出てくるのを待つ。

 すると、すぐに目的の人物は舞台衣装ではなく……いかにもお嬢様っぽい感じのドレスに身を包んで男性のマネージャーに手を引かれて出てきた。

 頭には黒い網のような被り物――ベールフードを頭に掛けており、白い手袋にステッキ、手首にはいくつか腕輪を付けてる。

 車に乗り込む前に私は、彼女に接触する。

「久しぶりね、キア」

「あら、その声は?」

 優雅な英語で話しながら彼女は、首を動かす。

 天然パーマの黒と金髪が混じった長い髪が揺れる。

「こっちよ」

 と、私が存在を主張すると彼女――キアは私に気付いたのか嬉しそうに声を上げた。

「まあ……! ごめんなさい、チャールズ。友人とご一緒したいのだけれどよろしいかしら?」

「もちろん、今日の公演は終わりですしこの後のスケジュールは空いてます」

 彼女にチャールズと呼ばれた、ちょび髭を生やしたスーツ姿の彼はすんなりと快く了承してくれた。

 話が分かる人で何より。

「では、ご友人とご一緒に車へどうぞ」

 高級そうな黒塗りの車の後部座席の扉を開けて、チャールズはキアの手を取って車内へと案内する。

 私もそれに続いて乗り込む。

 以織はいいのかな? と言う感じの顔をしながらも私が車内に入ったのを見て、続いてくる。

「そう言えば、もう1人はどう言った方かしら?」

 キアはもっともな疑問をぶつける。

「ああ、彼女は以織。私の新しい家族になった子よ」

「あら、相変わらずですのね」

 と優雅に私とキアは会話してるけれども、英語が分からない以織としては心地が悪いだろうな~

 早いとこ以織には簡単な英語を話せるようになって貰わないといけないね。

 

 

 チャールズに頼んで、近くのレストランへ停まって貰った。

 私はキアの手を引きながら店の中へと入って、3人で4人席のテーブルを囲う。

 席に着いたところで、

「それでは遅れまして、自己紹介を。私の名前はキア・イレーヌ・アドラーと申します」

 とキアは(まぶた)を閉じたまま以織に向けて日本語で挨拶をする。

「日本語が、分かるんですか?」

「色々とありまして、イオリさん……でしたか?」

「は、はい。岡田 以織と言います」

「先程、お姉様から新しい家族と言うお話をしてたんですが……十中八九お姉様に連れられてこのイギリスに来たのでしょう?」

「そんな……ところです」

 言いながらも以織は顔を伏せる。

 その声音は、どこか思い出したくないような事を思い出してる様な不安そうな感じ。

 キアは声から察して呟く。

「何やら、訳ありの様ですね。私も似たようなものですけれども」

「そう、なんですか?」

「ええ……私もお姉様に拾われて、生きる意味を見出してくれました。あなたもそうなのでしょう? 何かを失ったような声をしています」

 私に相変わらずと言っておきながらも、キアの方こそ相変わらず。

 バカみたいに耳がいいんだから。

 キアの指摘に以織は勢いよく顔を上げる。

「すぐに言い返さないと言う事は、当たりですわね」

 自分の予測が当たった事にキアは口元を緩ませて微笑む。

 うーん、メニューどうしようかな?

「それはそうとお姉様はどうして私に会いに来たのですか?」

 そう言えば用件話してなかった。

 まあ、用件って言っても大したものじゃないんだけどね。

「大した話じゃないわよ。ただまあ、そろそろ次の舞台が整いつつあるって言うだけ」

 それに結構先の話しだし。

 私はメニューを見ながら答える。

 イギリス料理ってあんまり当たりがないんだよね~

「別に強制はしないわよ、けど……たまには"歌うんじゃなく歌わせてみたくない"?」

 言ってしまえば、これは勧誘。

 選ぶかどうかは本人次第だけど。

「意地悪な方ですね。いつも選択肢があるようでない感じの言い方。けれど、1つ思い違いをしてます」

 思い違いね。

 その言葉に私はメニューを口元まで下ろして、視線だけをキアに向けながら尋ねる。

「どう言う思い違いかしらね? お互いの手癖の悪さは知ってる筈だけど?」

「ふふ、たまにはお姉様に挑戦してみようかと」

 上品に笑う彼女は、二重の意味で『あやしい』。

 いつの間にやら生意気になっちゃって。

 それからメニューを頼み、団欒(だんらん)しながら届いた料理を食べる。

 意外にもキアと以織は結構喋ってた。

 どうやら似たようなものを感じ取ったのか、以織は少しばかり心を開いているようだ。

 その時に私は1つ面白い事を考えた。

 けれども、それは後にしよう。

 食事を終えて、レストランを出る。

 そこそこ有名な店なのか料理は結構美味だった。

 レストランを出て、車を走らせてしばらく、

「そうだわ! 今日は私の家にお泊まり下さい。ダラムまでは遠いでしょうし」

 キアは両手を合わせて突拍子もなくそう言った。

 実際、ダラムまで交通機関でも車でも4時間の帰り道になる。

 なのでホテルをとって明日に帰ろうと思ってたんだけど……その方が色々と話しやすいか。

「いいわよ。元々、明日帰る予定だったし」

 私がそう言うとキアはすぐさまチャールズに英語で話し掛ける。

「チャールズも、今日はありがとう。ここで降ろしてくれて構わないわ」

「いいのですか? シュロトンストリートまではもう少し先ですが……」

「いいの、エスコートも付いてるし」

「あんまり無茶はしないで下さい。ですが、友人と語らいたいと言うなら仕方ありません」

 言いながらチャールズは道路の脇に車を停める。

 私達3人は車を降りてから、運転席から顔を出したチャールズは――

「それでは、ごきげんよう。最近は犯罪が多いので夜道にはお気を付けて」

 そう言って車を出して離れて行った。

 なかなかの渋い英国紳士。

「それでは行きましょうか、エスコートをお願いします」

「歌姫様のご随意に」

 男性が言うようなセリフを言いながら私は、キアの手を取って歩む。

 それからしばらく歩いていると、キアは尋ねてくる。

「今、どの辺りですか?」

「ベルストリート、角を曲がって真っ直ぐ行けばもうすぐシュロトンストリートよ」

 私は答えながらも街灯しかない通りを歩いて行く。

 赤レンガの建物が多いこの辺りに住んでるのかな?

 自立して以来、あんまり会ってないからね。

 最近はどんな様子なのか全く分からない。

 期待の新人オペラ歌手と言う事で、居場所までは知れてたんだけどね。

The Perseverance(ザ パーセヴェランス)と言うお店の隣が私の住んでるところです」

「隣ってどっちかしら?」

「左です。赤レンガの建物らしいのですけれど」

 夜だから建物の色は分かり難いけど、あの3階建ての赤レンガのアパートメントだろう。

 扉の前まで辿り着き、

「着いたわよ」

 私がそう教えるとキアがドアノブに手を掛けてから鍵を取り出す。

 しばらく鍵穴付近で少し手が泳ぎ、ようやく穴にはまり、カチャリと鍵を開ける。

「どうぞ」

 ドアを開けたまま、キアがそう言うので――

「お邪魔するわね」

 私はそう言ってドアから室内へと入る。

 それから以織も続いて入ったところで、ドアが閉まる音がする。

 最初に入った部屋の電気を付ければそこは小さなキッチンリビング。

 家具はイスが4つにテーブルが1つ、それと食器棚ぐらいしかない。

 シンプルだね~

 いや、どちらかと言うと質素な感じだけど。

「何もないでしょう? あまり物が多くても仕方ないの」

 言いながらキアはステッキをカツカツと鳴らしながらこちらに歩いてくる。

 それを見た以織は何かに気付いた。

「もしかして、キアさんは……」

 やれやれ、ようやく理解したみたいだね。

 以織が口に出す前に本人の口から事実が語られる。

「あら? 今までお気付きではなかったのですか? 私が"盲目"だと言う事に」

 

 ◆       ◆       ◆  

 

 盲……目……?

 私が聞いたのは、初めて会った人物の驚くべき事だった。

 だけども私はすぐにおかしい事に気付く。

「目が見えないのに劇場の上をどうやって……」

「どう言う風に動くかは音楽が教えてくれます。劇場の上では、私は見えるの」

 と、キアさんは軽く言うが……目が見えない状態であんな歌劇(オペラ)をするなんて。

 さすがに驚かされる。

「今までヒントはいっぱいあったと思うわよ?」

 と、変装した姉上は呆れ顔で言う。

 ヒント……

 盲目と言う答えが分かった以上、その答えに至るまでの過程が頭に浮かぶ。

 そう言えば、キアさんは常に姉上に手を引かれて歩いていた。

 自己紹介の時も私の方をすぐには見ていなかったし、このアパートの鍵を開ける際にも手が少し泳いでいた。

「そう言う事です。家の中なら1人で動けますのでお気になさらずくつろいで下さい」

 そう言ってキアさんは静かに上の階へと上がって行った。

 自然と彼女を目で追う。

「気になるなら話して来たら?」

「別にそう言う訳では……と言うかいきなり地声にならないで下さい、姉上」

 テーブルに肘を突いて、こちらに微笑み掛けてくる。

「もしかしたら、何を目指して生きて行けばいいのか……1つの参考になるかもしれないしね」

 姉上はそう提案してくる。

 初めて会った相手にそのような相談をするのは、いささか(はばか)られる。

 が……何故かは分からないが彼女と話をして見たいと言う気持ちはある。

 それに、私には何かが足りなくなってしまった。

 生きて行く上での大切な何かが。

 レストランで少し話した彼女は、私と同じような感じがした。

「少し、話してきます」

 私は衝動に駆られたようにそんな事を言っていた。

 それを見た姉上は、軽く手を握ったり開いたりして「いってらっしゃい」と言外に伝えてくる。

 席を立って、階段を上がる。が、そこに灯りはない。

 上がった先に電気のスイッチを見つけ、それを点ける。

 どこにいるのか探していると、階段を上がって右側の部屋からギイギイと言う木の(きし)む音がする。

 ここなのだろうか?

 取りあえずノックをしてみると、

『開いてますわ』 

 と返事が返ってくる。

 ドアを開けて部屋を見れば、またしても灯りは点いていない。

 盲目なのだから電気など点けても意味無いのだろう。

「イオリさん、ですか?」

「そうですが……よくお分かりですね」

「足音で何となく分かるわ」

 目が見えない代わりに耳がいいのか、キアさんは暗闇の中から話してくる。

 取りあえず電気を探して点ければ、目に見えたのは女性らしい花柄の布団が掛かったベッド。

 木製の平机の上にはCDが置かれている。

 部屋にはクローゼット、ベッド、イスぐらいしか大きな家具はない。

 当の本人は揺れるイス――ロッキングチェア、だったと思う――に腰掛けていた。

 膝の上にイヤホンとCDプレーヤーがある辺り、おそらくはさっきまで音楽を聞いていたのだろう。

「どうかしたのかしら?」

「どうかしたと言う訳ではないのですけど……」

「お話なら歓迎ですわ。最近、年の近い人とあまり話せなくて。ベッドにでも腰掛けて下さいな」

 と、彼女は微笑む。

 貴婦人のような雰囲気だ。

 その気品に思わず萎縮してしまいながらも、ベッドに腰掛けて彼女と正対する。

 それからキアさんは話題を探すように1つ(うな)って、

「そうですわね……お姉様とはどちらでお会いされたの?」

 そう聞いてきた。

 私は少し言葉に迷いながらも切り出す。

「日本で最初は……姉上が男装して私に会ってきました」

 ところどころぼかしながら、私は今に至るまでの状況を話す。

 それを……彼女は何も聞かずに聞いてくれた。

 その途中で、私は直感的に思った。

 姉上が絡んでいるのなら、もしかしたら彼女も――私と似たようなモノなのではないか? と。

 ………………。

 …………。

 ……。

「そうですね。私も似たようなものです」

 私の話を聞き終えて発せられたキアさんは思い起こすように呟いた。

「不幸自慢、ではないですけど……私も色々とありました。私の目に光が映らなくなってからは、イオリさんと同じように空虚でいて……けれど、私は音楽に出会ってからこうして今の生活を得る事が出来ました。きっと、見つける事が出来ますよ。

 なにせ、お姉様が最後まで一緒に探して下さいます。だってそう言う人ですから」

 楽しそうに話す彼女は姉上を信頼してるようだった。

 もしかして彼女は姉上の本当の姿を見ていない――いや、"見えていないモノ"を見る事は出来ない。

 本当の姿を知らないのではないだろうか?

 無邪気に語る彼女はそんな気さえする。

 私も姉上の本当の姿を見てはいないが……私の見えているモノが全てではない筈だ。

 ピリリリと、何かのアラーム音が鳴る。

「あら……もう23時ですのね。寝る準備をしませんと」

 言いながら彼女は立ち上がり、CDプレーヤーを机の上に置く。

 平机のCDの影にデジタル時計があったらしい。

 それを取ってアラームを止めてから、彼女はイスの脇にあるステッキを手に取る。

 かなりの日数をここで過ごしているのか、目が見えているかのように一連の普通の動作をしている。

「バスタブは2階にあります。先に入って下さいな」

 ここは、好意に甘えさせて貰うとしよう。

 正直慣れない土地で少々疲れていたし、4時間も移動した事もあって眠かった。

「はい、ありがとうございます」

 

 

 思ったよりも風呂が狭く、シャワーだけにして風呂を上がる。

 それからキアさんが私の後に続いてシャワーを浴び、何故かコルセットに下着、その上にバスローブを羽織って出てきた。

 引き続き彼女の部屋にお邪魔していた私は少し驚いた。

 何と言うか、(なまめ)めかしいと言うべきなのだろうか?

 濡れた髪と言い、色白の肌と言い、顔立ちも外国人特有の高い鼻とシュッとした顔立ちが……その……同じ女性である私ですら色っぽさを感じてしまう。

 それからキアさんはパジャマに、かと思いきや……今日着ていたのとは違う貴婦人のような水色調のドレスを身に付けた。

「パジャマではないんですか?」

「朝は早いの。それに寝起きだと着替えるのも一苦労なんですの」

 目が見えないなりに普段の生活も変えないといけないようだ。

 と言うよりも、

「どなたか、お付きの人とか介護関係の人はいないんですか?」

 そこが疑問だ。

 見た所、盲目の彼女1人しかこのアパートにはいない。

 チャールズと言うマネージャーのような人が一緒なのかと思いきや、彼が帰ったところを見るに運転手であって付き人と言う訳ではないらしい。

 キアさんは首を振る。

「あまり他人には世話になるつもりはないの。盲目である事を良い事に色々とつけ狙われる時もありますし」

 どうやら人間不信のようだ。

 実際、障害者を付け狙う犯罪者はいる。

 これは勝手な予想だが、彼女も私と同じように何かしらのショックな出来事が過去にあるのかもしれない。

「それよりも、寝る時はそこのベッドをお使いになって下さい。私はロッキングチェアで寝ますので」

「い、いえ……ここはキアさんの部屋では? 別の寝床があれば私はそちらに――」

「実際、私はベッドではあまり寝ませんの。こんな格好ですし、布団から起きてステッキを探すのも大変なので」

 言いながら彼女はロッキングチェアに腰掛け、薄い毛布のような物を被るとそのまま寝る体勢に入る。

 話し掛け辛い状況になってしまった。

 姉上が上がってこないところを考えるともう寝ているかもしれない。

 ベッドをまじまじと見ると、彼女の言う通りあまり使ってないのか新品同様な匂いがする。

 他に寝るところもなさそうなので申し訳なくそのベッドの上に寝転がる。

 夏なので暑くはあるが、日本みたいに蒸し暑くないので寝心地はそれなりによかった。

 そのまま私は意識を手放す。

 ………………。

 …………。

 ……。

 カチャリ、と言う音が聞こえて目が覚める。

 今の時刻は夜中の3時頃。

 体を起こしてみれば、ロッキングチェアにキアさんの影が見えない。

 手洗いだろうか?

 それはそうと、少し喉が渇いたな。

 水道水は……やめておくか。姉上から話を聞くに水道水が飲めるのは日本くらいだそうだし。

 一応姉上からある程度のお金は渡されているので、自動販売機でも探すとしよう。

 私は持ってきた刀を腰に差し、外へと出る。

 日本は比較的平和だが、海外ではそうもいかないらしいからな。

 念のために帯刀はしておかないと。

 ドアを開けて外に出たはいいが……どこに何があるかさっぱり分からない。

 一先(ひと)ず、ぐるりと近くを回ってみるとしよう。

 と思ってどこから行こうかと首を回していると、左の方にドレスのような服を着た人物。

 間違いない、あれは……キアさんだ。

 しかし1人で、しかもこんな夜更けにどこに行くつもりなのだ?

 不審に思うのが半分、心配が半分。そんなある種の半信半疑な感情を抱きながら私は彼女の後を追う。

 そうして追い掛けていると、木々が見えてきた。

 慣れているのか彼女はすんなりと道路の向こう側……木々のある方へと渡ってしまった。

 暗闇の林の中を私も追い掛ける。

 入った先は、どうやら公園のようだと何となく分かる。

 それからすぐに見えたのは池だ。

 その池の(ほとり)に彼女は立っていた。

 こんな所で何を……と思っていると、聞こえてきたのは歌声。

「~~~~♪」

 けれど歌詞はない。

 発声練習なのだろう。

 けれども、私には1つの歌に聞こえるような感じがする。

 歌や芸術と言ったものに私は疎いが……私は今、魅せられている。

 眼が離せない。

 私はそのまま、木の影から人知れずに見守り、聞き入っていた。

 どれくらいの時かは分からないが、時間が経ち……歌は終わった。

 特に心配する程の事でもなかったが、このまま影から見守るとしよう。

 尾行していて今更出るのも正直恥ずかしい。

 そう思って去ろうとしていると、彼女に近付く怪しい団体。

 足元がふらついてる事から……かなり酔ってるな。

 ただの酔っ払いだが、私とあまり年齢は変わらなさそうだ。

 酒に酔った奴らは何をするか分からない。

 過去に武偵の任務で酔っ払いを相手にした事もあったが……理屈は通じそうになかった。

 とにかく早く彼女の所へ向かおう。

 既にどうやらキアさんは眼をつけられたようだ。

 駆け寄って、私は彼女と酔っ払いに割り込むように体を入れる。

Leave(離れろ)

 慣れない英語で簡単に私は話す。

She is my girlfriend(彼女は私の友達だ)

 と、私は強く言ってみる。

 意味はあってるかが心配だが、すぐに少年の1人が面白くなさそうな顔をして――

Shit,Boyfriend(チッ、彼氏かよ)

 そう言って去って言った。

 待て、今ボーイフレンドとか言ったが気のせいか?

 後ろでステッキでも突いたのか、カチンと音が鳴ったかと思うと後ろで笑い声が上がる。

「ふふ、イオリさん。もしかして尾行してらしたの?」

「眼も見えないのにどちらに行かれたのかと心配で……すみません、勝手に」

「いえ、いいの。それよりもイオリさん、あまり英語は堪能ではありませんのね」

「え、ええ……日本人ですし」

「先程の言葉、彼らにはどうやら私の彼氏だと思われたみたいですよ?」

 なに……? 彼氏?

 女友達と言う意味で言ったつもりだったが、間違いだったのか?

 と言うか何故だ!? 私は女だぞ!

「さすがの男気だね、以織」

 姉上の声が聞こえた瞬間に彼女が、ゆっくりと林の影からスカートにシャツと言うラフな姿で出てきた。

 そのまま軽い足取りでこちらに近付く。

 いつからいたんですか……それと声は地声ですけど、変装はされたままなんですね……

「さて、それじゃあ私から提案です」

 にひ、と言った感じに姉上が笑う。

 嫌な予感が……する。

「キア、以織を護衛兼付き人にどう?」

 はい……?

「そうですね。日本人らしい誠実そうな人ですし、お姉様の選んだ人に間違いはないでしょう。それに先程の言葉に少しばかりとトキメキました、何より彼女だと言われてしまいましたから……」

「いやいやいや、ちょっとお待ち下さいませんか?!」

 思わず口を挟む。

 何やら唐突に変な方向に話が進んでしまっている。

 姉上はこちらに手の平を差し出すように向けて問いかける。

「何か不満でも?」

「不満、と言うか話が唐突過ぎます」

「屋敷でほぼ剣しか振り回してないでしょうに、あんまり怠惰に過ごすのもよろしくないと思うけどね」

 うぐっ……と思わず唸る。

 痛い所を突かれた。

 確かに屋敷の中で何をしたらいいのか分からず、軽い手伝いなどをしてはいるが、正直なところそれだけだ。

 この短い期間で何かの役に立っているかと言われれば、全然だ。

「そ・れ・に、キアを見てれば何かを掴めるかもしれない、と私は思うのだけれどね。日本からこっちに来てまた移動って言うのも大変だけど」

「………………」

 その姉上からの言葉に私は思わず黙り込む。

 言葉に形容できないが姉上の言われた通り、何かを感じている。

 何かを掴めそうなそんな感覚だ。

「しばらく考えさせて下さい」

 けれど、ハッキリとした答えを出せない。

 私は姉上に向かってそう言う。

 それから、

「戻りましょう」

 そう提案する。

「ええ。ではゴメンなさい、手を引いて下さる?」

 キアさんは誰に手を向ける訳でもなく手を差し出してくる。

 それを私は手に取り、彼女が転ばないように気をつけながら舗装された道を通って公園の外へと向かう。

 気のせいか、キアさんの手を取る瞬間に姉上が私を見て少し微笑んでいたような、そんな気がする。

 

 




オリジナル話、考えるのは楽しいけど結構難しい。
主に原作絡みで。

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