緋弾に迫りしは緋色のメス   作:青二蒼

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やっと……書けた。

丸一日かけてようやくですね。

なんも言えねえ……

ともかく楽しんで言ってください。

注意事項

・シリアス
・急展開
・主人公久々の登場




67:ライヘンバッハ

 

 微妙に倦怠感が残る目覚め。

 昨日、色金を使ったあとに何とか(しず)めようと殺る事は殺ったんだけども……

 フラストレーションが溜まってるのを感じる。

 何とか我慢できない程ではないし、これは適度に殺りつつ時間経過で普通に治まるのを待つしかないか。

 しばらくは大人しくしてよう、キンジを弄りながら。

 さて、と――心の中でそう思いながらソファーから体を起こす。

 そろそろ役者は(そろ)いはじめてきたし、あとは団結していかないとね。

 まずは以織か、それともキアとミアの姉妹か。

 ………………。

 決めた、両方にしよう。

 二兎追う者は?

 そんな言葉は知りませんね。

 それに別々の方向じゃなくて同じ方向に逃げようとしてる二兎ならやりようはある。

 そうと決まれば行動を移す前に身内の人間観察と行こうかな?

 メンタルヘルスチェックも兼ねてね。

 まずは以織かな?

 短期間で色々とありすぎたし。

 と思ったら、本人が向こうからやって来た。

 私はすぐさまソファーから体を起こす。

「おはよ、以織」

 すぐさまいつもの調子で挨拶をする。

「おはようございます。夜遅くに帰って来ましたが……姉上は昨日、どちらまで行かれてたんですか?」

 聞かれると思ったよ。

 以織の質問に対して私は、

「ちょっとした危ない仕事よ」

 当たらずとも遠からずな答えを出す。

「そうですか……」

 納得した風な答え方をしてるけれど、以織の顔は腑に落ちてない。

 まあ、そろそろ不信感を持ってもおかしくないだろうね。

 色々とやってきて、以織はそれに関して聞きつつも私は茶を濁してばかりだし。

 以織自身も色々と分かってはいるだろうね。だけど見て見ぬふりをしてるだけ。

 そろそろ、いい加減にここらでネタバラシしとこうかな。

 私は立ち上がって以織の肩に軽く触れて横を通り過ぎる。

 それから、何だろう? と言う感じの顔を向けた以織に微笑みながら私は手招きをする。

 そのまま以織と共に早朝のロンドンへ。

「………………」

「………………」

 お互いに会話がないまま、歩道を歩く。

 別に話し出せない訳じゃない。

 ただ単に話す場所を選んでるだけ。

 ここら辺でいいかな? 散歩としても最適であんまり不審な場所じゃないし、それにそろそろ話し出さないと以織も不安になるだろうし。

「以織」

「は、はい」

 急に声を掛けられてビクリと肩を震わす以織。

 そんな、白雪みたいな反応しなくてもいいのに。

「まあ、そんなに不安がらなくてもいいわ。……そろそろ色々と教えるべきだって思ってね」

「姉上は――やっぱり」

「そうね、あなたを誘った時から何となく分かってる事だろうけど。かなり危ない人よ、私。それこそ、武偵とは正反対に位置する事をやってきてる」

 そんな私が武偵をやってるって言うのも、かなり数奇な人生なんだけどね。

 私は振り返り、改めて以織に面と向かって話し掛ける。

「色々と理由はあるんだけど人殺しには変わりないわね」

「それを教えて、どうするんですか?」

「別にどうもしないしわ。ただ、改めて私がそう言う存在なのを認識しておいてって事よ。まあ、もっと言うなら――」

 一度目を伏せて、すぐに上げる。

「私と共にいるにはそれ相応の覚悟がいるわよ?」

 私の視線に肩を硬直させて直立する以織。

 あんまり殺気を向けたくはないんだけどね。

 でも、私といる事は実際にリスクがある。

 それこそ……人生をダメにしてしまう程のね。

 以織をこちら側に引き込んだのは私だけど、それでも引き返す道は常に用意する。

 なんでか、って聞かれたら私は勿体無いからって普通に返すよ。

 面白い逸材を一緒に墓場に持って行きたくはない。

 私に墓標なんて立つはず無いんだろうけど。

 それに例え色々と観れなかったとしても一緒に終わらせたくはないんだよね。

「覚悟と言うより、もうどこにも行けません。私に他の居場所なんて――」

「別に作ればいいだけの話よ。ないものは作れる。今はここしかなくても、時間がない訳じゃない」

「なぜ、今になって……そんな突き放すような事を」

「これから先、色々と荒れるからよ。そうなれば守る余裕はなくなる」

 誘ったのは私で、お姉ちゃんの指示でもあるけど……身の振り方を決めるのは本人自身。

 今は無理でもアフターケアはしないとね。

 と思いきや、すぐに以織はにっこりする。

 迷いはない笑顔だ。

「別に構いませんよ。荒れると言うのなら斬り払うまでです。今の私の居場所は――此処(ここ)にあります」

 恥ずかしそうに上気した顔で私に視線を向ける以織。

 言葉と感情が真っ直ぐなのは分かる。

 同時に分かるのは……思った以上に私に対して依存度高いなーと言うこと。

 以織は母親が早々に離婚したせいか、母性というか甘える存在がいなかった反動で無意識の内にそう言うのを求めてるかな?

 ふむ、これはこれで別に対処するとして……

「分かったわよ、好きにしなさい」

 半ば投げやりに言いつつも私は笑顔を向ける。

 正直なところ手放したくないのも事実。

 まあ、それは以織に限った話じゃないんだけどね。

 そのまま以織を連れてどこかの公園へ入り、備え付けられているベンチに座って次の話をする。

「問題はキアとミアね」

「キアさんはともかく、ミアとはどなたですか?」

 あー、以織は知らないんだった。

 別に隠しておく事でもないんだけど……ロンドンを暗躍する死神って言うのは伏せておくかな。

「キアの双子の妹よ」

「行方知れずの妹さん、ですね」

 と言う以織は少し悲痛そうな表情。

 もしかして――

「キアから聞いたの?」

「ええ、ついこの間……キアさんからお聞きしました」

「まさか彼女たちの生い立ちも?」

 私の確認に以織は静かに頷いた。

「だって今のキアさんからは想像できません。そんな――」

 

 ――奴隷生活があったなんて。

 

 以織の呟いた事実は公園の喧騒にすぐに呑まれ、虚空へと消えていく。

 そこまで話すって事はキアも相当に以織の事を気に入ってるね。

 ふう、と私は一息吐いて以織がキアから聞いてるかも知れない事を改めて話す。

「あの姉妹と理子の生活は似てるわ。監禁した相手が本物の化物か人間の皮を(かぶ)った化物かの違いと、貞操があるかないかの違いだけ」

「…………」

「彼女達の出自(しゅつじ)はロマ族みたいな移動民族みたいでね。詳しい事は分からないわ。ただ、そこから拉致されての奴隷生活。姉の悲痛な声と下卑(げび)た男達の声を聞きたくなかった妹は耳を(ふさ)ぎ、残酷な光景を見たくなかった姉は目を閉ざした。そんな生活がどれくらい続いたかは知らないけど、そこから2人を連れ出したのが私よ」

 仕事でたまたま、なんだけどね。

 アンダーグラウンドな世界でそこそこの勢力を持つ組織だったんだけど、イ・ウーの邪魔をちょくちょくしてくるから消してくれって言うお父さんの依頼でね。

 ある意味、今ままで水面下にいたイ・ウーと言う組織が裏の世界で表に出始めた時でもあったかな?

 それまではひっそりと超人を育成してたみたいだからね。

「解放された事実を妹は見ていたけど、姉は知ら(見え)ないからね。そうして一緒に逃げようと妹は手を差し伸べるも、姉はその手を払った。それが姉妹の間に出来てしまった最初の溝。そうして溝は段々と広がっていき……現在に至る訳よ」

「……何とか、ならないんですか?」

「何とかするわよ、これからね」

 実はこれからその話をしようと思ってたところなんだけどね。

 その言葉に顔を上げた以織は、すぐさま私を見た。

 それに対して私は「任せなさい」とばかりに優しげな笑みで答える。

「今まで姉妹共々、お互いに会わせる顔がないの一点張りでね。でも、それも以織のおかげで解決しそうよ」

「本当ですか!?」

「まあ、一芝居やってもらう事になるけどね」

 あとはお姉ちゃんに知恵を貸してもらって、ついでに"金"を釣り上げよう。

 

 

 と言う訳で数日と言う短い期間だけれども、シナリオは上々に仕上がった。

 あとは各自のアドリブとしっかりキャストが揃うかどうかってところかな。

 いつも通りに顔は変えて紳士っぽい感じの身なりを軽く整える。

 夜のロンドン、連なった屋根の上に黒ローブのミアが静かに私の目の前に降り立った。

「呼び出してすまないね、ミア」

『別に』

 私の謝罪の言葉にミアは死んだような目を向けながらそう口パクで返す。

 動かし方からしてツンとした声が聞こえてきそうだよ。

 いや、普通に聞こえないから私の想像なんだけども。

 双子なんだけどね……今じゃ正反対な性格になってる。

 そうなった原因は過去にあるから今がある訳なんだけどね。

「それで、会合についてなんだが……おや?」

 と、私が何かを見つける。

 その私の視線を追ったミアもすぐに見つけられたのか、少しばかりピクリと動揺を見せる。

 そこには大通りを仲良く歩くキアと以織。

 ちょうどオペラの公演帰りのようだ。

 しかし、このミアの反応……どう考えても姉の事を心配してるよね。

 棒立ちしてるように見えてローブの端を軽く握ってる。

 しかし……常々思ってたけど、私の周りには素直じゃない人が多すぎる。

 まあ、それも今日で(いく)らか埋まると思うけど。

 それじゃあ始めましょうかね、歌姫()死神()の再会と言う演目を。

 

 ◆       ◆       ◆  

 

 川沿いの人気のない道。

 姉上に言われてこうしてキアさんと一緒に散歩をしてる訳だが、本当にこれで良いのだろうか?

 目の見えない彼女を連れ回すのは少し気が引けるのだが。

 と思っていたのが、

「イオリさん、私……タワーブリッジの下に行きたいのだけれどよろしいかしら?」

 本人はそんな事などお構いなしに楽しんでる様子。

 私に手を引かれながらも色々と行きたい所を言ってくる。

「ゴメンなさい、イオリさん。私ったらはしゃぎ過ぎかしら」

「いえ、そんな事はありませんよ。むしろ頼ってください」

「まあ! イオリさんってば、他の男性よりも紳士なのね」

 紳士ですか……紳士、と言われても正直なところ女である私には困りどころなのだが。

 と、少しばかり自分でも分かる程に微妙な顔になってしまう。

 幸いにもキアさんは見えないので表情を読み取られる事はないのだが。

「本当にゴメンなさいイオリさん……」

 先程の浮かれた感じの謝罪とは違う、心から申し訳なさそうなキアさんの声。

 その儚げな声に思わず私は振り向く。

「チャールズは運転手で、私の付き人でもあるけれど……普段の生活まで連れ回す事は出来ないの。彼にも生活はあるのだから。だから、こうして貴女にその役目を押し付けてしまう形になってしまう事を申し訳なく思うわ」

 おそらくあの生活からして、彼女が1人で出歩くと言うのはなかなか出来ないだろう。

 まあ、それでも耳だけを頼りに自宅からあの公園に辿り着くのも結構驚きだが。

 オペラでの行き帰りと自宅の周辺が彼女の行動出来る範囲だ。

 こうしてはしゃいでいるのは、見知らぬ場所に行けるからだろう。

「良いんですよ多少のワガママは。今まで狭い世界でしか生きていなかったんです。私が目になってもっと広い世界に連れ出してあげますから」

 私もそうして姉上に救われたのだから。

 ……ん? 私は何となくだがとんでもない事を言ってないだろうか。

 と言うか、気のせいかキアさんの手が熱いような。

 いや、そもそも夜の街の灯りに照らされている彼女の顔が赤いような。

「私にその提案は魅力的すぎます」

 そう言って彼女は顔を伏せた。

「でも――ゴメンなさい」

 三度目の謝罪。

「私の目の代わりは妹って決まってますの」

 その言葉に私は思わず笑みを浮かべる。

 きっと、ずっと想い続けてきたのだろう。

 色々な想いが詰まったような妹の事を心から思う言葉だ。

「そうですか。なら、仕方ありません……」

「ああ、でも……私の騎士(ナイト)に、なってくれませんか?」

 つまりこれはボディガードのお誘いだろう。

 ……唐突な話ではあったけれど、もうそろそろ答えを出した方が良さそうだ。

 それにあの家にいても正直なところ今の私ではあまり力になれそうにない。

 手に職がないと言う宙ぶらりんな現状、何もしないよりかはマシだ。

「喜んでお受けします」

 これはうろ覚えだが、映画でよくある騎士の誓いの真似事をしてみる。

 キアさんの手の甲にキスをする。

 私は日本の生まれなのでこれにどれほどの意味があるかは分からないが、何事も形からと姉上も言っていたし誓いとしては十分だろう。

「嬉しいわ」

 そう言って微笑む彼女はまさしく姫のようだった。

 

 ◆       ◆       ◆  

 

 おー、見せ付けてくれるね以織ってば。

 キンジ程じゃないけどあの子も大概なジゴロな気がしてきた。

 どちらかと言うとジャンヌと同タイプだね。

 それよりも問題は――

「…………」

 死神(ミア)の殺意レベルがドンドン上がってる気がする。

 こう言う風に仕組んだのは私だけどそのせいで以織の寿命がヤバい。

 さっきから死んだ目から冷めた視線へと段階がシフトしちゃってるんだよね。

 これはもう、嫉妬してるんだろう以織に対して。

 早いとこ傍に行けばいいのに……キアの様子を見るにいつでも妹を受け入れる準備は出来てるはずなんだよね。

 わざわざ見えない目でお金を稼いで住む場所を構えて待ってるのがその証拠。

 何よりも、1人で暮らしてるのがそう思わせる決め手だった。

 ミアの隣に行って、1つのメモを彼女に見せる。

『行かないんですか?』

 そう書かれた英文を見せた瞬間に冷たい視線がこっちに来る。

 目の端がピクピクと動いてるあたり、相当にご機嫌が悪いらしい。

 そして、そこに火に油か……

 お互いに軽く距離を取るように体を躱した瞬間、私とミアの間を通り抜ける布のようなモノが2つ。

「あは、やーっと見つけた♪」

 姿を隠さずに私達の傍に近寄る1つの影。

 前回のジーサードのように漆黒のプロテクトスーツに身を包んだ少女が堂々と目の前に現れる。年齢的には理子と同世代。

 背中で交差させるように差した刀が2本、両腰に2本。

 HMD越しに見える目が、私達を捉える。

 しかし……1人、ね……斥候(せっこう)役って事かな?

 周りには彼女以外の気配もないし。

「やあ、お嬢さん。こんな夜更けに怪盗ごっこかね」

「んーん、違うよ。亡霊退治(ゴーストバスター)しに来たんだ」

「ふむ、バスターズではないのかね?」

「うん、でもすぐに来るよ。もう既に連絡は入れた、10分もあれば到着する。あたしはそれまで時間稼ぎ出来ればいい」

 そう言って少女は左腰の柄を抜いたかと思うと、柄から"刀身が燃え上がった"。

 ああ、なるほど。

 先端兵装(ノイエ・エンジェ)の剣と言う訳ね。

 言ってしまえばアーク溶接で出る光を刀身にしたものだろう、実際……眩しい。

 彼女が構えると同時に先程の布がフワフワと少女の両脇に浮かぶ。

「――ッ!!」

 息を吐き、屋根を蹴り、電光石火の如く突っ込んでくる少女。

 同時に少女の尖兵であるかのように布のような兵器が少女よりも速く突っ込んでくる。

 やれやれ優先順位は私の方が高いか。

 布の兵器の1つは牽制(けんせい)かミアの方へ、少女を含めて残りはこっちに。

 ナイフを出して、布の兵器を紙一重でいなす。

 ギャリギャリと音と火花を散らせる。

 布っぽいけど見た目通りに布で出来てるわけではないみたいだね。

 そして問題はあの光る刀身。

 ナイフだとそれごと斬られるだろうね。

 こう言う防御不可な攻撃は――

「……!?」

 懐に入るのが定石(セオリー)ってね。

 予想以上の速さだったのか少女は目を見開く。

 少女の振り下ろされる腕より内側に入り、その刀をナイフで弾き飛ばす。

 そして、そのままクルリと回って少女を蹴り上げる。

 プロテクターがあるせいか、打撃の手応えがあまりない。

 ただまあ……攻撃手段は奪わせてもらおう。

 2本のナイフを投げて、さっき弾き飛ばした光る刀身を出す柄を貫く。

 と、同時に浮遊感。

 いつの間にか布が足首に絡みついてる。

 あー、意外にこれは面倒だね。

 それからタロットのハングドマンみたいに釣り上げられる。

「サードは時間稼ぎだけでいいって言ったけど、これからを考えれば致命傷でも与えたら合理的だよね」

 そう言って着地した少女が今度は背中に付いてた長い刀を取り出す。

 SFっぽい見た目をした刀はその刀身からモスキート音のような高い音が発してる。

 今度は高周波ブレードってヤツ?

 致命傷どころか四肢切断されそうだよ。

「と言う訳で、解体されちゃえ!」

 いや、本当に切断しようしてる……

 突っ込んで横薙ぎに来る刀身を私は素早く体をUの字にして(かわ)す。

 背中に風圧を感じる。

 それからそのまま足に絡まってる布の先端にある菱形の部分と布の接合部分を緋色のメスで斬る。

 瞬間、布が浮力を失い落下する。

「そんな……弾丸をも防ぐ磁気推進織盾(Pファイバー)が斬られるなんて」

 私が着地してる間にも少女は驚愕する。

 ――だろうね。

 さっきナイフで防いだら火花散ってたし。

 それよりもどうやら布自体にプログラムがある訳ではないらしい。

 あの布にくっついてる菱形が端末、と言う事だろう。

「さて、人数的には2対1……兵器はいくつか破壊された訳で武力的にも怪しくなってきた訳だが」

「非合理的ぃ……誰も"2機"しかないなんて言ってない」

 そう言って彼女の背後から浮かび上がる布が6枚、いや6機か。

「それに最初にも言ったけど、時間稼ぎが出来ればいい。勝とうなんて思ってない」

 すぐさま少女はPファイバーと呼んでた布の兵器を6機をこちらに差し向ける。

 まるで槍のように真っ直ぐ突っ込んできたそれは、突然にカクんと進行方向を90度変えた。

 それはミアの方へと向かい、屋根の一部を吹き飛ばす。

 煙が巻き上がって、屋根から1つの煙の塊が落ちる。

 すぐさま風が巻き起こり、無事に難なくミアは鎌を振り回しながら着地する。

 けれども、ちょっとそこは"気まずい場所"だろうね。

 私もすぐさま屋根から飛び降り、彼女達の所へと行く。

「お前は……!?」

 辿り着いた時には、以織が臨戦態勢になってる。

 同時にミアは以織の後ろにいる姉の存在に表情を曇らせた。

「イオリさん、一体何が?」

「ロンドンの死神です。傍には見慣れぬ男性が」

 目の見えないキアに現状を説明する以織。

 その言葉にキアは以織の背後に隠れる。

 いつの間にやらお姫様を守るナイトやってるね、以織。

 以織の反応で思い出したけど、変装した私の姿を教えてなかったな。

「あーあ、非合理的な事になった。そこのカップルさん、危ないから下がりなよ」

 少女も忠告しながらPファイバーに捕まりながら降りてきた。

 うん、これで状況は上手く揃った。

 あとは……邪魔なキャストには早々に退場して貰おう。

「ふむ、合理的に動いてくれてありがとう。ジーサードによろしく伝えてくれ、"戦役"で会おうとね」

「…………」

 瞬間、少女の表情が歪む。

 それはそうだろうね、もう決着を付けると言ってるようなものだし。

 私はミアに向かって「目くらましを頼む」と言ってから少女に向かって直進する。

 ミアが腕を一振りすると巻き上がる風の波。

 砂塵を巻き上げて少女に襲いかかる。

 目はHMDで守られてるだろうけど……さすがに風圧に対して真っ直ぐには立っていられないだろう。

 私は風と共に駆ける。

 さーて、取って置き見せちゃおうかな。

 あれからちょくちょく練習した必殺の――

 

 ――鷹捲(たかまくり)――!!

 

 そのまま人間魚雷とばかりに空中を回転しながら少女に突っ込む。

 HMD越しに私の姿を捉えているだろうけど、既にこの手は少女のプロテクターに触れている。

 バチバチと言う音と共に弾ける装備。

 あの時の夾竹桃みたいに身に纏ってる衣服と言うかスーツも弾けてる。

 悪いけど、私は殺人鬼だからね。

 そのまま少女の首を勢いよく引っ掴む。

「――かはっ!」

 喉を刺激されて苦悶の息が漏れる。

 それから回転してテムズ川の方へと放り投げる。

 からの――ナイフ三連投げ!

 身を護る物がなくなった少女の右肩、左脇腹、右脚に突き刺さる刃。そして少女は川の中へ。

 すまないね、致命傷を負わせて貰ったよ。

 その方がこっちにとって合理的だし。

 あれなら1ヶ月近くはあまり動けないだろう。

 さて、気を取り直して――

「そう睨むな少女」

「お前は、一体……?」

 以織に向かって私は話し掛けるが、対して以織は変装してる私に対して警戒心バリバリだ。

「はは、分からないかね」

 面白がって私が引き続き問い掛けてると、

「……まさか、お姉さま?」

 予想外にもキアが答えた。

 以織も私も思わず「え?」と驚愕した。

 いやはや、まさかね。

 声で変装を見破られるとは思わなかった。

「あははッ! まさか、当てるとはね。お姉ちゃんビックリだよ」

 言いながら私は、変装を解く。

 同時に以織は二度目のビックリ。

「ほ、本当に姉上ですか?」

「そうだよ。なんで分かっちゃったのかな?」

「いえ、愉悦と言うか愉快そうな声が同じだったので」

 キアは何となしに答えてるけど、声が同じって……声調とか(なま)りとか色々と変えてるんですけどね。

 なに、能力でも目覚めたの?

 と思ったけど……目が見えない分、耳が相当に発達してると考えよう。

 お父さんもそうだったし。

「もしかして、並んでるところを見るに姉上は死神と知り合いなんですか?」

「ああ、知り合いと言うか何と言うかね」

 以織の恐怖混じりの質問に私は歯切れの悪そうな答え方をしながらミアの様子を見る。

 ミアは呆然とキアを――姉の姿を見てる。

 同時に安堵したかのような表情をしてる。

 光が灯った瞳で、確かに姉の姿を見ている。

「キア、あなたの妹よ」

「「……え?」」

 ここで言うしかないだろうね。

「ミア? 本当にミア、なの?」

 途端、ミアの表情が曇る。

 ミアに声は届かない。

 だけど、言葉は分かる。

 キアの口の動きで何を言ってるかは分かってるだろう。

 すぐに怯えた表情をして、背中を向ける。

 私は立ち塞がるようにミアの前に立つ。

「せっかくの機会なのに、ここで目を背けるの?」

 私の言葉にミアは首を静かに動かして振り返ろうとするけど、踏ん切りがつかないのか顔を伏せる。

「ここまで言えばあとは、2人次第だよ。もっとも君のお姉ちゃんは――」

「逢いたかった」

 ミアの背中にもたれ掛かるようにしてキアが彼女の両肩から手を伸ばして胸の前で自身の手を掴む。

 抱き締める、とは違うかな。

 二度と手放さないようにその腕の中に妹を確かにおさめてる。

「本当に、逢いたかった。ゴメンなさい、手を振り払ったりして……あなたを拒絶して、ゴメンなさい」

 漏れ出すキアの感情。

 今のミアには声も言葉も届いてはいない。

 でも、気持ちは届いてるみたいだよ。

 流れ落ちる2つの雫。

 ミアはキアの腕をすり抜け、向かい合わせになって抱き締める。

 あんまり近くにいるのは野暮かな?

 そう思って以織の傍へと行く。

「上手くいったみたいですね」

「ん、まあね。以織もありがと」

「別に礼を言われる程では……直感で思ったんですよ。ここでキアさんを妹さんのところに連れて行かないといけないって」

「その直感は間違ってないよ。だからこうして今の光景がある」

「ところで姉上……」

「どうしたの、いお――」

「イタズラが過ぎませんか?」

 いつの間にか抜かれてる刀身。

 それが首にある。

 居合、意外に速いね。

 と言うか以織の表情に(すご)みがある。

「死神がキアさんの妹の事と言い、ボディーガードの事と言い……人に黙って色々としてくれてますよね?」

「ほら、でも結果として良い方向に進んでるでしょ?」

「結果論です。まったくもう……他にも色々と隠してるのではないのですか?」

「いやー、私から話せる事はないかな?」

「そうやって誤魔化してるんですか?」

「なに、以織は色々と共有しないと済まないタイプ? そう言うのは面倒な女ってなって旦那さん見つからないよ?」

「余計なお世話です!」

 なんて漫才を続けてる暇はない。

 もうそろそろジーサードが来ちゃう。

「それよりも早くトンズラしないと、武偵局とか警察にミアの姿を見られると面倒なことになる」

「む……そうですね」

 以織はそう言って刀を納めた。

 ふむ、何とか誤魔化せたか。

 そうしてすぐに私とミア、以織とキアで別れる。

 私達がある程度距離を離れたところで電話が鳴る。

「はい?」

『歌姫と死神は無事に出会えたでしょう』

 お姉ちゃんが前置きもなく答えを言ってくる。

「無事にね。知恵を貸してくれありがと」

『別に……礼はリリヤに言いなさい』

 今回の演目の舞台裏。

 ジーサード……と言うか協力してるリバティー・メイソンにキアの周りに気になる影があると言う曖昧(あいまい)な情報を流した。

 信憑性はあまりないだろう。

 だけれども、ジーサード達は死神と私に数日前に会っている。

 つまりそんな情報でも彼らにとっては動く要因になり得る。

 まあ、詳しい事を省けば結局のところどれもこれもお姉ちゃんの盤上の出来事だった訳だよ。

『役者集めは一旦終わりよ。集合して頂戴(ちょうだい)

 

 

 そうして翌日、ダラムに帰って来た私達。

 理子とリリヤ、以織はもちろん、キアとミアの姉妹も居る。

 居るんだけれども……

「ねえ、お姉ちゃん。あそこだけ姉妹空間出来上がってるんだけど」

「いやー、姉妹仲良くって言うのはイイね」

「だからって道中ずっとお互いに引っ付いてるのはどうなの? 明らかに姉妹の距離じゃないんだけど」

 理子がそう言った先にはミアに腕を絡ませてるキア。

 道中ずっとあんな感じ。

 もう二度と離れないとばかりにくっついてる。

「それは、ほら。長年お互いに会えなかった反動だよ」

「いや、雰囲気的に夾ちゃんが見たら『キマシタワー』って言いそうだよ」

 理子とそのまま雑談をしながら屋敷の玄関を通り抜け、お姉ちゃんの書斎へと向かう。

 その扉を開いて見えた光景は、異様と言う雰囲気だ。

 この屋敷に住んでる面々は別として、あまり見ない来客が何人かいる。

 1人はいかにもギャングと言う感じのスーツとハットを被った金髪少女。

 もう1人は船長と言う感じの服装。服の種類としてはジュストコールってヤツかな? 17世紀か18世紀のヨーロッパでの古い男性用の上衣だね。モーニングコートやフロックコートの元になったヤツ。

 ただ、問題はそれを着てる人物は中学生くらいのアジア系の少年って事な訳だけど、酷く似合わない。

 服に着られてる感じ。

 そしてレアちゃんにワイズに、キアとミアの姉妹。

 なかなか豪華なキャスト。

「さて、集まる面子は集まった事だし説明しましょうか」

 1人アンティーク机に座ってるお姉ちゃんは切り出す。

「望む事は人それぞれ、だけど求める物は同じ。言うまでもないけど戦役は近い……いや、もう水面下では既に始まってる。個人では望みの物を得られる可能性は低い、だったら台頭するしか望みはない。単刀直入に言うと、私の駒になって貰うと言う訳よ」

「駒、ね」

 ソファーに足を組んでる金髪少女の呟きにお姉ちゃんが流し目を送る。

「不満があるなら別に退室してもいいわよ?」

「いいや、オレに不満はないさ。ボスが何て言うかは知らないけどね。でも、その方が利口だってのは分かる。ところで一本吸っていいかい?」

 言いながら金髪少女はぶっきらぼうにタバコのケースを見せる。

「残念ながらここは禁煙だ。ソフィー様の喘息(ぜんそく)が酷くなる」

「さすがはイギリス紳士だね~」

 と言いながらも、タバコを咥え始めたのでちょっと脅す。

「この会合がお別れパーティーになってもいいのかしらね?」

「……ああ、はいはい。分かりましたよ」

 金髪少女は不貞腐れたように口を尖らせながらタバコを仕舞う。

「それで? 協力する見返りはあるのかね?」

 アジア系の少年が古めかしい喋り方で問いかける。

「望みの物を得られるだけで不満なら、望みを叶えるまで付き合うと言うのはどう?」

「ふん、お主が生きてる前提だろう。その言葉を信じるかどうかは半信半疑だ」

「約束は守るわ。じゃないとジルに殺されるもの」

「ほう? どう言う意味かね」

 お姉ちゃんが私に目を向ける。

 理由を話せって事ね。

「もしお姉様がそんなつまんない人なら、私が殺してあげるわよ。私、つまらない人間は嫌いなの。約束を守らなかったり裏切り者は特にね。家族だろうが何だろうが、ね」

「なるほどな。相変わらず扱い辛いのか易いのかよく分からん思考をした鬼だ」

「いいじゃないの船長。今まで何度か手も貸したでしょ?」

「ああ、船を孤児院みたいに扱ってなければもう少し感謝も出来たがな」

「それはほら、船員確保って事で」

「阿呆……余計なお世話だ」

 言いながら少年――船長は帽子を深く被る。

「この場にいる全員、1つの勢力として戦役に参加する事に異論は他にあるかしら?」

 ――沈黙。

「そう、ならいいわ。そうね、これからは今後を考えてこう名乗りましょう――」

 

 ――ライヘンバッハ――

 

 

 

 お姉ちゃんもなかなかに(いき)な事を考えるものだね。

 さーてと、会合も終わった事だし……私は私で帰る準備をしないとね。

「あれ、お姉ちゃん何してるの?」

「んー、帰る準備」

 私の部屋を覗きに来た理子に向かって私は普通に答える。

「まだ夏休みあるのに帰るの早くない?」

「ちょっとキンジの様子を見に行こうと思ってね」

「あー、そう言えばイ・ウーの後に入院してるんだっけ?」

「そうそうお見舞いだよ」

「ウソだ……お姉ちゃんの事だからそれは建前で絶対に目的は違う」

「よく分かってる。それじゃ、キンジを(いじ)ってくるね~」

「ああ、うん。気を付けてね」

 荷物を持ってそそくさと出る私を理子は呆れたように見送ってくる。

 そのまま空港を乗り継ぎ、交通機関を利用して1日近く。

 武偵病院へと辿り着き、キンジのいる病室へ――

「どうもーイジリに来ました」

「おい、臆面(おくめん)もなく言うな」

 普通に入室。

 本人は元気そうだ。

 まあ、夏休みは潰れて単位は結局不足だけどね。

「いやー、元気そうでなにより。リンゴは白雪で食べ飽きてそうだからうな饅買ってきた」

「マジか、なんか悪いな」

「いいのいいの、遠慮なく食べといて。それよりさ……キンジ」

「んぐっ……何だ?」

「単位不足です」

「――ゴホッ!?」

 あ、喉詰まらせた。

 やっぱりこう言う時も楽しい。

 

 ◆       ◆       ◆  

 

 お姉ちゃんが一足先に帰って翌日。

 何故か屋敷の面々が書斎に集められた。

 あたし、リリヤ、以織、ジェームズ、ウィリアム、ソフィー。

 重要な話があるって事で集められた訳だけど問題は、

「お姉ちゃん抜きで重要な話って、なに?」

 そう……お姉ちゃんがいないこのタイミングでやった事だ。

 以織は気付いてないし、リリヤは……正直分かんない。

 男性陣2人は何となく気付いてる。

「そうね、重要よ。本人は気付いてるようで色々と自分の体を誤魔化してるみたいだけど」

 自分の体を誤魔化してる。

 そう言うって事は、明らかに嫌な方向にしか話が見えてこない。

「ここにいる誰しもにとって重要な事よ。特に私にはね」

 ソフィーはパイプを吹きながら淡々と告げる。

「――私とジルの寿命は5年あるかないかよ」

 

                        Go For The Next Stage!!




ところでR18って需要ありますか?

いえ、ゴメンなさいなんでもないです。

うん……色々と溜まってるんだ疲れとか。

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