緋弾に迫りしは緋色のメス   作:青二蒼

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久々の1週間以内投稿。



注意事項

・キンジ視点のみ
・部位欠損
・2万文字オーバー


71:人形と人間の境界

 混浴の温泉、レキの侵入と言う難事を何とか掻い潜り脱出できた。

 どうやら経験上、俺はレキではヒステリアモードにはなりにくいみたいだが油断は出来ない。

 相変わらずレキはよく分からない事をさっきの温泉でも言ってたしな。

 そう言う意味でも油断は出来ない。

 なんだよ――

『良くない風の流れを感じたのです』

 だの、

『死を纏った風を感じる』

 だの。

 相変わらずのポエムっぷりだ。

 今に始まった事じゃないけどな。

 俺は女将の沙織さんがサービスで洗濯・乾燥してくれた肌着の上から制服を着直し、そして『西陣の間』――この民宿である『はちのこ』の中で一番豪華な部屋――へと戻ってきた。

 西陣織の反物がタペストリーのように飾られている部屋の中に、"1つの布団"に"枕が2つ"置かれている。

 この光景の"意味"を分かりたくもないが、分かってしまった。

 って言うかこれ――

(……沙織さんの仕業かッ!?)

 いや、レキ以外に他に誰かいると言ったら女将さん以外にいないだろうが……それ以前にッ!!

 このままだと仲良くレキと同じ布団で寝る事になるぞ。

 予備の布団はと思い、押入れを開けてみるが――ないッ……!

(どうする……!)

 一難去ってまた一難だぞ。

 いつも寝てるベッドの布団よりも柔らかく、それでいて暖かそうだが……レキを外して1人でこの布団に入るとなると罪悪感で寝れる訳がない。

 大体、こんな狭いスペースで2人なんて俺には拷問でしかない。

 休める天国が地獄に早変わりだ。

 そして、布団の傍にある浴衣。

 これもよろしくない。

 寝間着のつもりなんだろうが、浴衣は危険だ。

 ――脱げやすいからな。

 帯1つ緩まれば自動的にはだけてしまう。

 何よりも俺は寝相が悪い。掛け布団を蹴飛ばす事もままある。

 そんな状態で2人仲良く寝てみろ、目を覚ませば犯罪的な光景が目に飛び込むに違いない。

 そこで運悪くヒステリアモードになれば、俺は婚姻届を出すような事をするかもしれん。

 取り敢えず枕を1つ持ってどうするか考えるが妙案が浮かばない。

 こう言う時に色々と助言をしてくれるかも知れない霧の手を借りたいところだ。

 が、その肝心の俺の元パートナーは別行動……と言うよりもレキによって接触自体をさせてすら貰えない。

 そこら辺も気掛かりだ。いい加減に説明して欲しいところだが、それは何度も思い、考えて……結局は諦めたしな。

 同じ日本語なのに別の言語みたいに聞こえる程に難解な言い回しでしか答えは返ってこない。

 そうして、通信科(コネクト)の中空知よろしく布団周りをグルグル回っていると……

 ――す、と制服姿のレキが(ふすま)を開けて来た。

 いつも通りの静かな様子で気配がなかったせいで不意をつかれた俺は、枕をお手玉しながら……

「は、はは……2人だと枕投げも出来ないなっ」

 などど自分でも訳の分からない言い訳をしながら枕を押し入れに置いて閉める。

 ど、どうする……目の前の光景を直視しないために、何か、何か話題は……

「そう言えば、ハイマキはどうしたんだ……?」

 自分でも無理矢理だと思う話題変換。

 レキはドラグノフを杖のようにして壁際に立ち、そのまま体育座りしながら言った。

「――室内にいます」

「室内?」

 いるのは何となく分かってるが、姿が見えないからどこにいるのかを具体的に聞いたんだが……

 まあ、いたらいたでハイマキは色々と嫌がらせをしてくるからな。

 それに取り敢えずは布団からは話は逸らせたようだ。

(とは言え……)

 俺は向かい合うようにレキとは反対側の壁にもたれて座る。

 この状況、気まずすぎる……!

 昔の政略結婚をさせられた人達もこんな気持ちだったのだろうか。

 何にしても沈黙はキツい、だからと言って話題にも困る。

 と言うか、レキはいつも通りあの銃を持っての体育座り――侍スタイルで寝るつもりなのだろうか。

 別にそれはそれで構わないのだが、そうなれば俺は布団を端に寄せて1人寝させて貰うからな。こっちは体質的な諸事情により事が事だ。胃に穴が開こうが構わん。

「お前は……ここでも銃を抱えて座って寝るのか?」

 言ったあとで俺は話題のチョイスを間違えた事に気付く。

 今の言葉『そんな所で寝るな』→『布団に入って寝ろ』って言う風に曲解されかねない。

 と、思ったがその心配は杞憂だったらしく――

「はい。常に敵に備えよと……風が命じています」

 そうレキは斜め下の畳を見ながら答える。

 どうやら仲良く布団の中に、とはならないようだ。

 珍しくすんなりと行きそうだ。

「――そうか。なら、完遂してくれ」

「はい、ただもう1つ風は私に別の命令を出しています。それは私1人では実行できません」

「何だそれ?」

 気になって俺は思わず眉を寄せる。

 するとレキは立ち上がり、

「風を守る、ウルスの子孫を作る事です」

「ウルスの子孫を作る?」

「キンジさんと私の子供です」

「……!?」

 そ、その話をここで蒸し返すのかよッ。

 狙撃拘禁初日のレキの部屋以来から聞いてなかったから油断してた……!

 そのままレキは立ち上がり、布団の上を歩いてきて明かりを紐を引いてカチンと消す。

 星明かりだけとなった薄暗い部屋に浮かぶレキの瞳が……きろっ、と俺を見下ろす。

 同時にゴトンと鳴る鈍い何かが倒れた音。

 音のした方を振り向くと……ハ、ハイマキが部屋にあるデカい高級そうな壺の中から出てきやがった!

 そのまま俺の背中をグイグイと頭を使って押してくる。

 前方からレキも俺に迫って来る。

 すんなり行くかと思ったら一転してピンチだぞ……俺っ。

 前門のレキ、後門のハイマキだ。後ろが狼なせいで前のレキが虎に見えてきた……って言うかこのシュチュエーション普通は男と女、逆じゃないのか!?

「それと敵に備えよと同時に、私はある事を命じられています」

 言いながら急にレキが前屈みになったぞ。

 ……な、なんだ?

「――キンジさんを守れ、と」

 そう言った瞬間にレキが普段とは違い、物凄い勢いで俺を押し倒してきた。

「……ッ!?」

 幸いにもハイマキに押された分、布団の上へと入り込んでた俺はちょうど枕の位置に頭を落とす形になった。

 後頭部は無事だが逆に眼前にレキの胸が押し付けられて安全とは程遠い状況だ。

 もう何が何だか分からなくなって、俺自身の顔が真っ赤になるその時。

 

 ――ビシュッ! シュン! バリン!

 

 襖の向こうから何かを裂く音と風切り音、そして窓が割れる音が闇夜の部屋に響く。

 絶え間なく撃たれる銃弾。

 そのまま障子の窓が外れたのを見た瞬間――さらに2発の銃弾が撃たれ後に携帯電話"だった"ものが俺の顔の近くに落ちてくる。

 それも2つ。

 間違いなく俺とレキの携帯だ。

 クソ、どうなってやがるッ!?

 内心で悪態を吐いたところで、部屋の壁に飾られていた絹の反物(たんもの)が羽のように舞い降りて縦・横・斜めにレキの背中へ重なる。

 そこで銃撃は終わった。

「――狙撃です」

 今の状況を顔色1つ変えずにレキは報告するように呟く。

 それから数秒遅れて聞こえてくるタァンとエコーが掛かったように山に響く銃声。

 狙撃銃は亜音速。

 距離が遠いほど銃声が遅れて聞こえる。

 撃たれてから数秒後に銃声が聞こえたって事は……

「レミントンM700。狙撃距離は約2180m、山岳方面から撃ってきました」

 銃声から銃の型式を見抜き、しかも距離を割り出したレキが呟いた数字に俺は目を丸くする。

(……2180m……!?)

 音からして1000mは越えてるだろうとは思ったが、まさかレキの狙撃距離(キリングレンジ)の2051m以上だぞ……

 どうやら敵は、目の前にいる狙撃の天才児を上回る天才らしい。

 しかもレミントンM700。

 装備も信頼度が高い上に性能も良いと来た。

「移動しましょう。敵に位置が分かりすぎている」

 レキの下から這うように出て行く途中で掛けられた言葉。

「敵ってなんだよッ……! なんで俺達が狙われる!?」

 身に覚えがない訳じゃない。

 イ・ウー関連で色々とドンパッチやってはいたが……あいつらのボス――シャーロックは空に消え、組織としては崩壊してるはずだ。

 ヤツらの生き残りか……?

 だとしても早すぎる。

 ましてや中心は俺とアリアのコンビだ。

 レキはサポートでいたが、それだけだ。ブラドみたいな大物を実際に捕まえた俺達からすればレキがターゲットになる優先順位は低い。

 これは、つまり……お前が夏の終わりの屋上で言っていた"これからの敵"――そいつが来たって事なのか?

 

 

 狙撃してきた方向から死角になるよう裏の勝手口から出る。

 出る間際に後ろから沙織さんが警察を呼ぶ声が聞こえた。

 おそらくは電話で通報してるのだろう。

 警戒心を剥き出し、毛を逆立たせたハイマキが不意に勝手口を出た途端に上を見上げ、それからどこからともなく。

「 遠山キンジ レキ 2人とも 投降しやがれ です」

 機械的な音声。

 人の肉声ではないと言うのがよく分かる、まるで言葉を切り貼りしたような声が聞こえた。

(こいつは……)

 4月で聞いたボーカロイド……その姉妹作品の声だ。

 その事に気付いた俺の隣で、レキは何かを見つけたのかドラグノフを空に構え、ダァンと銃弾を上空へと放つ。

 そして、夜の空に火花が散った瞬間に見えたのはラジコンヘリ。

 黒く着色されたそれが煙を上げてドライブウェーの方へと落ちていった。

 だが、レキの銃弾に応戦するようにいくつもの弾丸が降り注いできた。

「まだいるのか――!?」

 どうやらさっきのラジコンヘリは1機だけじゃないらしい。

 おまけに武装もしてるようだが……ラジコンが銃の反動に負けているのか精度は悪い。

「沙織さん! 外に出ちゃダメだ!」

 沙織さんが携帯を片手に出ようとしていたのを見かねて注意するが、同時に銃撃も激しくなる。

 相変わらず命中はしないがそれでも下手な鉄砲もってやつだ。

 すぐさまレキが、

「――私は1発の銃弾」

 あの(うた)を呟きドラグノフを構えて反撃に出る。

 1発も外す事なく夜闇に浮かぶラジコンヘリ射抜く。

 空中で爆発が続き、3機目のヘリが落ちながら壊れた機械音声で、

「 逃げたら……そこ、と 沙織……さんを 破、かいする、です アハハ アハハハハ 」

 無差別攻撃を宣言してきやがった。

 民間人もお構いなし、か。

 どうやら相手は危険な奴であるのは確定だな。

 ともかく優先されるのは民間人である沙織さんを危険に巻き込まない事だ。

 まあ、元より逃げるつもりはあまりないんだけどな。

「ヘリはもうありません。旅館の陰から森に入り迂回して反撃しましょう」

 レキに言われて移動を開始すると同時に俺はこの襲撃に不可解なものを感じていた。

 武装の付いた遠隔操作できるラジコン。人工音声。

 まるで4月にあった理子の襲撃を思い出させる手口だからだ。

 しかし、理子と明確な約定がある訳じゃないが今は休戦状態みたいなものだ……俺をこのタイミングで襲うのはおかしい。

 いや……正確には俺と"レキ"を、だな。

 理子の狙いは俺とアリアのコンビであって俺とレキのコンビではない。

 それに理子がレキを襲う要素が思い当たらない。

 そもそもレキと理子の接点自体が少ないのだからこの襲撃の動機としては不十分だ。

 イ・ウーの線もない訳じゃないが、レキはサポートでいただけで狙われる対象としてやはり俺とアリアに比べれば優先順位がやはり低い。

 ……分からない。

 一体、何で俺達が狙われるのかまるで分からない。

 俺たちを襲ってる奴は、一体何が狙いなんだ!?

 

 

 俺とレキは駐車場を抜け、その隣接してる林から森の奥深くへと進んでいく。

 木々の陰に身を潜めながら狙撃手(スナイパー)の射線に注意しつつ前進して、起伏(きふく)の激しい道ではない道を通る。

 やはり山奥は湿度が高いな。濡れた地面からは湿気の混ざった土と木々の臭いがする。

 狙撃手(スナイパー)に狙われていると言う極限的な状況の所為(せい)か、体力の消耗が激しい気がする。

 そんな中、レキは迷わずに息も切らさずに歩み進んで行く。

(不味(まず)いな……)

 山奥に進むごとに暗さが目立っていく。

 今目の前にいるレキの背中を一瞬でも見失えば、どこに行ったか分からなくなってしまいそうだ。

 星の明かりも月の(きらめ)きもこの森の中では届かない。

「レキもう少し――」

 明るいところへ行こうと俺が提案しようとしたところで、レキはこちらを向いて『シー』と静かにのジェスチャーをした。

 ゆっくり俺の方に近付いたと思ったら唐突に何かに気付いたように俊敏になり、俺の袖を引っ張ってすぐさま木の陰へと身を隠した。

 い、いきなりなんなんだ!?

 先頭を歩いていたハイマキも素早くこちらに合流した。

「静かに、何かが近付いてきます」

 こっそりとレキが俺に耳打ちするような近さでそう伝える。

 まさか……さっきの狙撃手(スナイパー)か?

 とも思ったが、遠距離から撃てる利点を捨ててまでこちらを捜索する意味がないだろう。

 そんな俺の疑問に答えるかのように聞こえてきたのは、何かの羽音。

 フィーンと言う、高い音を発しながら何かが近付いて来る。

「何だ?」

「分かりません。ですが、少なくとも自然のモノではない」

 俺の疑問にレキは冷静に答えた。

 それには俺も同意だ。

 確実に虫とかではない。

 音は段々と近付いて来る……先手必勝で仕掛けるか?

 いや……ダメだな……

 近付いて来るものが分からないのに仕掛けるのはリスクが高い。

 奇襲は基本的に相手が分かった上でやるものだ。

 だからこの案はなしだな。

 だが、見つかった時のために一応ベレッタを構えておく。

 しばらく静かにレキ、ハイマキと共に息を潜めていると音は段々と遠ざかって行った。

「どうやら行ったらしいな」

 俺はその言葉と共に構えていたベレッタを軽く下げて立ち上がる。

「ええ……ですが、キンジさん」

 そこで言葉を区切ってレキは俺を静かに見上げた。

「声を潜めて下さい。どうやら相手は集音器を使っていると思われます。さっきキンジさんが旅館の女性の名前を叫んだ後に、敵も彼女の名前を言った」

 そう言えばそうだ。

 旅館のホームページには女将の名前は掲載されていなかった。

 なのにボーカロイドの声は『沙織』と名指ししていた。

「どうやら敵は、そう言った機械を駆使する合理的な人物であると思われます」

 レキの言葉に同意するように俺は頷く。

「なるほどな。だが、これからそんな敵にどう対処する? そもそも俺達はどこに向かってるんだ」

「狙撃地点を推測し、こちらの狙撃に適した場所へと向かって攻勢に出ます」

「反撃するとは聞いていたが、そんな場所があるのか?」

「はい。目星はついています」

 さらりとレキはそう言ってのけやがる。

 今まで地図とかを見ていた素振りはなかった気がするが、こいつが嘘を言うようには見えないしな。

 大体、狙撃手(スナイパー)に対しての対処法を俺は知らない。

 餅は餅屋ってヤツだ。

 ここはレキに合わせるしかないだろう。

 そうして再び歩き出したレキ、ハイマキに俺は付いて行く。

 妙な羽音が聞こえた地点からしばらくして、先程とは違うずぶりとぬかるみにハマった感触がする。

 暗くて見えないが……どうやら目の前には川があるらしい。

 レキはこんな中でもすんなりと妖精のように川を渡って行く。

 どうやら折れた木やら川面から出た岩があってその上を渡っているらしいな。

 俺も何とか目を()らしながらレキに続いて行く。

 そうしてたどり着いたのは、1本の大樹だ。

 かなりでかいな……5人は陰に隠れられそうだ。樹齢は1000年ぐらいありそうだ、言うなればこの森の主だな。

 きな臭い事に巻き込んで悪いが、是非ともこの森の主さんの加護を得させて貰おう。

「ここから、どうするんだ?」

 少し休憩の意味も込めて、俺は座りながらベレッタの作動点検をしながら聞く。

 まあ、狙撃手相手ではこんな銃じゃ太刀打ち出来ないだろう。

 そもそも俺自身役に立たないだろうけどな。

 だがさっきの羽音も気になるし、警戒するに越した事はない。

「ここで待機・索敵し、狙撃の機会を(うかが)います」

 索敵……な。

 こんな暗闇じゃあ、お互いに見えないだろう。視界も木々に遮られて最悪だしな。

「そんな機会が出来るのか?」

「逆に迂闊(うかつ)に動くと危険です。腕時計の夜光塗料や金属など、光るものは隠してください」

 狙撃される危険性を避けるためだろう、レキの言う……金属はともかくとして、だ。

「夜光塗料? 敵からどれぐらいの距離があるか分からないが、こんなの見えるもんか」

「――私なら見える」

 真顔で言うレキに俺は生唾を呑む。

 相手はレキを上回る射程距離を持ち、携帯を寸分違わずに撃ち抜く程の優れた狙撃手(スナイパー)

 レキが見えると言うのならこんなのでも的になりかねないと言う事だろう。

「それに相手はおそらく、微光暗視照準器(スターライト・スコープ)を搭載しています。でなければ夜襲は仕掛けない筈ですし、黒塗りのラジコンも見えないでしょう。技術もありますが装備も充実していると思われます」

 微光暗視照準器(スターライト・スコープ)――狙撃銃とかに取り付ける暗視装置だな。

 前に俺も見せて貰った事はあるが、深夜の暗闇でも昼間みたいに見えるようになる代物だ。

「旗色は悪そうだな」

「しかし、勝機がない訳ではありません」

 俺の言葉を反論するようにレキはそう言う。

「2050m……ここは既に私の射程距離圏内(インレンジ)です」

「射程距離でも敵の場所が分からなければどうしようもないぞ……」

 腕時計を外しながら、逆に俺はレキの言葉に反論するように返す。

「だからこそ、機会を待ちます」

 そう言ってレキは座る。

 眉を寄せる俺の足元で伏せていたハイマキが突然に起き上がり、耳をヒクヒクと動かす。

 そして、何かを知らせるように吠えずに喉を鳴らして低く(うな)り始める。

 なんだ……?

 耳に意識を集中させると聞こえてくるのは――フィーン――と言う高い羽音。

 こいつは、さっきも聞いた音だ。

「この木の脇にある(しげ)みに隠れましょう」

 レキに言われ、移動する。

 ハイマキはいち早く茂みに入り込み、俺達もそのあとに続く。

 そのまま音のする方を警戒しながら様子を見ていると、音の正体が段々と近付いて来ていると分かる。

 何が来てるんだ?

 得体の知れない物に恐怖を抱きながら声を押し殺す。

 なんだ、ありゃ……? アレは……ドローンか?

 木の間を縫うようにして現れ、さっき渡った小川の上で空中静止している物体は最近色々と話題になりつつある遠隔操作が出来る小型無人機だ、

 4つのローターで動いてるらしいそれは、どうやらただの無人機ではなさそうだ。

 "銃身っぽい物"が機体の下部に蜂の針みたいに付いてるからな。

 索敵だけが目的じゃないだろう。

 しかし、さっきのラジコンヘリよりも実用的な感じがするぞ。

 何でさっきの夜襲の時に使わなかったんだ?

 そんな事を考えているとそのドローンはその場で如何にも索敵してるとばかりにその場で方向転換し始める。

 やり過ごすしかないだろう。

 と、思ったが……おかしい……アイツ確実にこっちを正面に向けたところで止まったぞ。

 俺が違和感に気付いた時に、すぐにレキはドラグノフを隣で構えて迷いなくドローンの中央を撃ち抜いた。

 その後、バチバチと音を立てて川に落ちる。

「見つかったようです。すぐに移動しましょう」

 そう言うとレキはドラグノフの銃口を上に向けて素早くその場を立ち上がり茂みを出る。

 あの暗闇でこっちを見てたって事は思ったよりも高性能っぽいな……! 何か暗視装置でも付いてたんだろう。

 俺もレキに続いて茂みから出ながらそんな事を考えているとさっきのドローンの飛んでる音が聞こえる。

 もう増援かよッ……!? しかも、音からして1機じゃない。

 少なくとも3機以上は近くにいる。

 と思えば今度は銃声。

 足元に銃弾が跳ねる。

 おいおい……さっきのラジコンヘリよりも精度がある気がするぞ?!

 上空にはいるんだろうが、木々が邪魔でどこから撃ってるのか分からない。

 反撃のしようがない。

 取り敢えず木を上手く遮蔽物(しゃへいぶつ)にしながら退避。

 しかし、追撃は止まらない。

 レキは木の陰に隠れながら素早く上空に3発の銃弾を撃った。

 閃光が連続する。

 すると、銃声が……止んだ?

「今ので撃ち落としたのか?」

(わず)かに見えるマズルフラッシュを的にして撃ちました」

 違う木から顔を覗かせてレキにそう聞くと、しれっとそう返してくる。

 相変わらずの神童だな、お前は。

 ともかくこれでさっきの妙な玩具(おもちゃ)は来ないだろうが。

 それでも、安心は――

 瞬間――バウ! とハイマキが上空に向かって吠える。

 また新手か?!

 そう思ってベレッタを構えて待ち受けていると、木々を折って何かが降りてきた音がする。

 何か落ちてきたぞ……何だ?

 それから何かを薬室に送り込む重厚なリロード音が闇の中から聞こえる。

 そして――

 レキが隠れていた所の木の幹が爆音と共に風穴が空いた。

「――レキ?!」

 目を向けていればどうやら回避していたようで、俺の傍まで来ていた。

 メキメキと決して細くはない木が、倒れる。

 近くに立っているのは……あれは――

「…………」

 アイツは、横浜ランドマークタワーでジャックと共に現れたメイド――シェースチだ。

 今回はどうやらメイド服じゃないらしい。

 白い機械甲冑――いや、プロテクトスーツとでも形容したら良いのか? とにかく近代的なそれを身に纏っている。

 極めつけは右腕にある物だ。

 腕に着けられているのは見た目からして恐らくはパイルバンカーだろう。

 出すのは銃弾じゃなく杭っぽいし、今もガシャンとリロードした上に薬莢が落ちてるしな。

 人に向けるもんじゃないだろう、どう考えても。

「………………」

 無言でこちらを見ながらゆっくりと歩き出す。

 取り敢えず俺はベレッタを構えて足を撃つが、容易くプロテクターで弾かれる。

「逃げましょう」

 レキが淡々と言うそれには賛成だ。

 問題は、

「どうやって逃げる?」

 敵だと言わんばかりの目の前の脅威からどう逃れるかだ。

「私に策があります。本来なら別にとって置きたかったのですが、仕方ありません」

 言いながらレキはドラグノフを構えて撃つ。

「撃ちながら後退して下さい。それから合図をしたら前を向いたままで」

 言葉と銃弾を止めないレキに(なら)って俺は言われた通り撃ちながら後退する。

 流石に数が多いと鬱陶しいのか相手は時々、左手の手甲(ガントレット)を使って銃弾を防ぎながらもゆっくり前進する。

 レキは策があると言ったが、本当に大丈夫なのか?

 そう思いながらも俺はひたすらに悪路を走り続ける。

 ハイマキが俺の隣を余裕で走り抜けた。同時にレキも俺のすぐ後ろに追いつく。

「今です、前を向いたままでいて下さい」

 レキがそう言った瞬間に彼女はさっきのシェースチが居た場所に向かって何かを投げた。

 言われた通り、俺は前を向いたまま走る。

 すぐに変化は起こった。

 背後から(ほとばし)る閃光。

 逆に明るすぎて何も見えなくなるほどにこの暗闇の森が一瞬、光で白くなる。

 それはすぐに消えたところでハイマキがこちらに見えるように木の陰から顔を出し、こっちだとばかりに小さく吠えた。

 泥水を越え、崖のような坂道を降り、ハイマキに連れられて来たのは少し開けた場所だった。

 森の中なのは相変わらずだが、態勢を整えるには良さそうだ。

 一角にはいい感じの大岩がある。

 そこに腰掛けながら息を整えていると、レキが戻ってきた。

 どうやら上手く逃げれたらしい。

「何をやったんだ、さっき。物凄い光だったが」

武偵弾(D・A・L)の1つである閃光弾(フラッシュ)を使用しました。敵もさすがにしばらくは動けないでしょう」

 いつも通りに淡々とした口調でレキは答える。

 武偵弾(D・A・L)――俺がシャーロックの時に使った特殊弾、か。

 あれは1発が100万ぐらいだから、ホイホイ持てるような物じゃない。

 専用の職人も必要だしな。

「問題は、相手は狙撃手だけではないと言う事です」

「何……?」

「私達が発見された時点で狙撃手からは約2キロの距離がありました。しかし、あの機械に発見されて1分40秒で彼女は現れた。彼女が狙撃手であるならば約2キロの山道をそんな早く進む事は出来ない」

 酸欠になった頭でレキに言われた事を冷静に飲み込む。

 確かにそうだ。

 じゃなきゃ矛盾だらけだ。

「キンジさん――私を使って、ヒステリアモードになって下さい」

 ……ん?

 な……何だって?

「お、お前……どこで聞いたのか知らないが……いや、どう言う物か知ってるんだろうが。ヒステリアモードになるには……だな」

 突拍子もない事に俺が言葉に詰まっていると。

「分かっています。ですが、悠長な事は言っていられない。この戦いの結果がどうであれ、"今のあなた"ではこの森を抜ける事は出来ない」

 その言葉に詰まっていた言葉すら出なくなった。

 レキの言う事は……正しい。

 相手が狙撃手であれ、シェースチであれ、一度補足されれば俺は終わりだ。

 そう、今の俺では。

 相変わらず気の進まない時に嫌な選択肢を出してくれる。

『人生、そんなものだよ』

 もし、今さっき心に思った事を呟いたら霧ならそう返すような気がした。

 ……そう返すだろうな、あいつなら。

「私は、何をされても構いません。あなたになら」

 レキはそう言うが気は進まない事に変わりはない。

 だが、ここでならなければ……"あの時"と同じようになる。

 ジャンヌと戦った学園島の地下倉庫(ジャンクション)での俺の元パートナーの悲惨な姿……それを今度は目の前で再現されるかもしれない。

 結果的には軽傷で済んではいたが……あんなのはもう見たくはない。

「キンジさん早く、HSSに――ヒステリアモードに」

 いつもの口調だがレキの言葉に焦りの感情が見える。

 時間がない事を強調してるのだろう。

 俺も覚悟を決める。

「――分かった」

 俺は立ち上がり、レキを引き寄せて相対する。

 覚悟を決めても慣れないよなこう言う事は……いや、慣れたらダメなんだけど。

 まじまじとレキを正面から見ると美人なのをより一層認識させられる。

 人形みたいに整った顔立ち、黄色い瞳とミント色の髪がこの暗闇の中でも輝いて見える。

 白雪の時はともかく、自分からこう言うのをするのに慣れてない俺はここで止まってしまう。

 あー……正面からジッと見られてると変に意識しちまう……

 どうしたもんかと、悩んでいると。

 ――バウ! ドン!

 ハイマキが吠えてから遅れてレキは俺を突き飛ばした。

 俺とレキの間に何かが割り込み、俺が腰掛けてた大岩を轟音と共に粉砕した。

 飛び散る破片、衝撃、聞こえるパイルバンカーのリロード音。

 まさか――もう追いついたのか?!

 プラチナブロンドの髪を(なび)かせるシェースチはそのまま、俺ではなくレキの方へと地を蹴って進んでいく。

「クソ――!」

 吐き捨てながらベレッタを構えるが、射線上にはレキがいる。

 撃てないッ。

 この暗闇で下手に撃てば、同士討ちの可能性もある。

 そのままレキは確実にシェースチに追い込まれていく。

 そんな主人の窮地にハイマキが援護しようと、飛び掛かった。

 しかし、シェースチは物凄い反応速度で左腕を払いハイマキの胴を横薙ぎにして吹き飛ばした。

「――ハイマキ!?」

 森の奥へと消え何かに叩きつけられる音に俺は声を上げた。

 が、それとは別にレキは冷静にドラグノフをハイマキに気を取られて静止したシェースチに向けて構えていた。

 反撃のチャンス。

 ハイマキが作ったこの時を生かすために俺はベレッタを構えてレキの援護に向かう……が。

 ――ビシュ!

 俺の近くを何かが通り抜けた音がした瞬間、レキの体勢が崩れる。

 マズイ!!

 その隙を逃さないとばかりに迫るシェースチに向かって発砲しようとするが、俺の足元で何かが跳ねてレキと同じく体勢を崩される。

「レキーっ!!」

 地面に倒れ、名前を呼んだ時には既にレキはトラックに跳ね飛ばされたみたいに木に叩きつけられていた。

 お、おい……嘘だろ。

 あんなもん喰らえばどう考えても五体満足でいる保証がない。

 同時に遠雷のような音が聞こえ、理解した。

 俺達が体勢を崩したのは狙撃によるもの。

 レキは倒れたまま動かない。けれども、彼女は何故かパイルパンカーをリロードしている。

 ……まさか、今のをもう一度叩き込むつもりか!?

「俺達を……俺達をどうして狙うんだ?!」

 俺が疑問を叩きつけるように叫ぶと、シェースチは歩みを止めて無機質にこちらを向いた。

 それから小さな声で、答える。

「……頼まれた。彼女の破壊を」

 頼まれた……?

 そう言われて、最初に思い当たるのは――

「ジャックか?」

 俺の出した名前にシェースチは反応しない。

 こいつはジャックの仲間。それは横浜ランドマークタワーで知っている事だ。

 だが、ヤツ以外に他にいるとすれば――

「まさか、理子……」

 そう……ジャックの弟子でもある理子もシェースチとは何らかの関係があるだろう。

 あまり考えたくないが、(つな)がりを考えると自然にそうなる。

「……違う」

 しかし、彼女は否定した。

 それだけ言ってシェースチはこちらに向けていた顔を戻して再び歩み始める。

 悠長に寝てる場合じゃない。このままじゃ、レキが危ないッ。

 俺はベレッタを持って駆けようとすると、この山の中に不相応な音が響く。

 立ち止まり、注意して聞けば……これは――バイクのエンジン音?

 ビィィィィンと言う甲高い音は、恐らく2ストロークエンジンだからだろう。

 段々と音は近付き、木々の中からそのバイクが飛び出てきた。

 それから、シェースチの前に立ち塞がるようにバイクを止めながら抑止の言葉を放ったのは、

「待つネ」

 ――ココ。

 あの水投げの日に俺に通り魔みたいな真似をした香港武偵高の留学生。

 アリアと同じ髪型である黒いツインテールと派手な中国風の衣装を揺らし、バイクに乗ったままシェースチに語り掛ける。

「レキ――優秀な駒ネ。殺すにはやはりもたいないヨ」

「…………どうするの?」

「持って帰るだけネ。使えるものは使うヨ」

「………………」

 そのままシェースチは武器を下ろす。

 シェースチが頼まれたってのは、ココにって事か。

 まさか……こいつらが繋がっていたとはな。

 おまけにこのタイミング。狙撃銃は持っていないが俺達を狙っていた狙撃手も、恐らくは彼女である線が濃厚だろう。

 俺は静かに立ち上がる。

「動くな。キンチ――追試は0点ネ。でも、戦績の優秀な駒は好きヨ。もう既に先約がいるのが残念ネ」

 ココは俺に減音器(サプレッサー)付きのUZIを構えながらそう言ってくる。

 どうやらさっきの話を聞くに、俺も持って帰るつもりだったのだろう。

 先約がいると言うのは、多分アリアの事だろうな。

 何て考えてる場合じゃないぞ。

 形勢は圧倒的に不利だ……

 ハイマキはどこかに飛ばされ、レキもぐったりとして動かない。

 レキが戦闘不能である以上、実質2対1と言う状況だ。

手枪(てっぽう)捨てるネ。胸のDE(デザートイーグル)もヨ」

 武装解除を要求するココに俺は従うしかない。

 見えるようにベレッタとデザートイーグルを目の前に出して、前へ放り投げる。

 それからココはUZIで後ろに下がるように示す。

「俺達を……どうするつもりだ?」

 何か打開策を見つけるためにも俺は下がりながらも時間稼ぎを試みる。

 実際に俺達をどうするつもりなのかも気になるところではあるしな。

「これから超能力(ステルス)、みんな滅びる。だけど、お前らみたいに『ただの人間だけど強い駒』、早く手に入れておくと良いネ。これから乱世、始まるヨ」

 乱世、だと?

 ココはそのまま続ける。

「キンチ、ジャックに気に入られて下手に手出し出来ないのが残念ネ。だから、お前は見逃してやるヨ。君子不近刑人(君子、危うきに近寄らず)ヨ」

 ……そう言えば海の中――イ・ウーでシャーロックがそんな事を言ってたような気がしないでもないが。

 ココの言ってるそれがマジなら完全にヤバいんだが。

 気に入られてるって何ですかね?!

「依頼は完了ネ。これで100万元は(ウオ)達の物ヨ」

 キヒヒと笑いながらココはそう言う。

 どう言う事だ?

 シェースチはココ達に依頼、あるいは雇われているらしいが……さらにココに依頼したのがいるのか?

 冷静に思考してる内にさっきのドローンが静かに2機ほど空から降りてきた。

 状況が時間と共に悪化してやがる。

「さっきの場所に戻るネ。ココは先に行ってるヨ」

 それだけ言ってシェースチを置いてココはバイクを走らせ、森林の闇の中へと消えて行った。

 音も遠ざかって行き、完全に聞こえなくなった。

 この場はシェースチに任せたのだろう。

 実際、コイツに俺が立ち向かったところで勝率はない。

 武装解除させられた上に、さっきの無人機が2機。

 何か妙な動きをすれば瞬殺されるイメージしか出てこない。

 万事休すか――!

 その後にピン、と何かが弾かれる音。

 

 ――ドオオオオオオオオン!!

 

「なん――ッ!?」

 轟音と爆炎。

 ドローン諸共(もろとも)、シェースチはそれに突如として包まれた。

 俺は言葉を途切れさせて爆風によって吹き飛ぶ。

 そして地面を少し滑ったところで起き上がれば、森は燃えている。シェースチの姿はない。

 一体、何が……?

「キンジ、さん」

 声のする方に目を向ければレキがドラグノフを杖の代わりにして血を流して足を引き()ってこちらに向かってきている。

 だが不意に倒れかけたのですぐさま支えてやる。

「大丈夫か!?」

「いいえ……私は、もう動けません。立つのがやっとです」

 いつもの冷静な口調。

 しかし、心なしかその声は弱々しい。

 実際のところ背中を強打していて、背骨には何らのかダメージがあるはずだ。

 おまけにパイルバンカーを打ち込まれた腹部には血が(にじ)んでいる。

 防弾制服のおかげで貫通こそはしてないが……それでも、出血は酷くなっている。

「武偵弾の1つ、炸裂弾(グレネード)を使用しました。これで、何らかのダメージは与えたはずです」

 レキはそう答える。

 どうやら先程の爆発は俺がシャーロックの時に使った物と同じ武偵弾――炸裂弾(グレネード)だ。

 目の前のレキも心配だが、シェースチがあの爆発で生きてるのかどうかは少し気になるところだ。

「早く、1人で……逃げて下さい」 

「何言ってやがる――!」

 急かすようにレキは自分を置いて逃げるように言うが、そんな事出来る訳ねえだろッ。

「私は、敗北しました。敵より、弱かったのです。弱き者は強者の(かて)になる……それは、自然の摂理です」

 弱肉強食ってヤツだろう。

 たしかに自然の摂理かもしれない。

「合理的になって下さい……2人とも一緒に殺されるより、1人でも生き延びた方がいい」

 そうだな、確かに一緒に死んでしまうよりもどちらかが生き残った方がいい。

 合理的だ。

 それはこの場における"最適"な解答ではあるだろう。

 でも、それは――"最善"――じゃない。

「お前……こんな所で終わっていいのかよ!」

「いいのです。私は……風の、私達の宿命の上で生きて死んでいく。それが私の生き方なのです」

 人は誰しも色々なレールに沿って生きている。法律にしても、宗教にしても。

 レキにとってそれと同義なのが『風』と言うモノの教え――教条(ルール)なのだろう。

 だがなレキ、お前は忘れてる。

「そんな人形みたいに扱われて、人として生きようとは思わなかったのかよ……! 笑う事も泣く事も知らず……何も抱かないまま死んでいくなんて……そんな人生……!」

 霧が嫌う、つまらない事じゃねえか。

「俺はやらねえぞ」

 レキをここで置いて行くのも、それをしてアイツにそんな事を話すのも。

 それにアリアだって、こう言うだろう。

 ――諦めるんじゃないわよ、ってな。

 だがレキはそれはダメだとばかりに首をふるふると振る。

「私は先日、感情を抱いた事がないと言いましたが……それは間違いです。本当は、あの時は……なぜか、あなたには言えなかった……私は一度だけ、明確に感情を持ったことがあるのです」

「……レキ……」

「私は、『風に』……キンジさんのものになれと命じられた時……自分の、自分自身の想いが、初めて生じたのです――」

 レキは……

「――キンジさんで良かった、と――」

 感情を、持っていたんだ。

 いや……正確にはきっと"知らなかった"んだ。

 きっと感情表現する事が不器用な子供のように、未発達なだけなんだ。

「だから、キンジさん……生きて下さい。ここであなたを死なせたくない。上手く表現出来ませんが、あなたと共に過ごした2週間は――」

 そうしてレキは、

「――楽しかった」

 少しだけ微笑んだ。

 ぎこちない笑み。

 だけど、今まで動かなかった頬を緩めて確かに柔らかな表情をしている。

「……レキ、ここでお前を置いていくのは合理的で最適なのかもしれない」

 だけど、そんなお前を見た以上言わせて貰う。

「"最善"なのは、全員で生き延びる事だ」

 レキの手を取って俺の肩に回し、ドラグノフを持って立ち上がる。

 悠長に話してる暇はないだろう。

 お前が今見せた笑顔を、俺は最初で最後にしたくはない。

 俺の行動が意外だったのか、レキの目が少しだけ開かれている。

 今度は少しだけだが驚いた顔をしてるな。

 だけど意識が遠のいてるのか、すぐに地面を見始めた。

 目の光も少しだけ曇ってるように思える。

 ダメだな……レキは歩けなさそうだ。

 すぐにドラグノフを背負い、レキの両膝を抱えてお姫様抱っこし、駆ける。

 そのまま逃げる前に自分の銃を回収し、ハイマキの飛ばされた方向へと向かう。

 少し走れば、飛んだ方向の木の影にハイマキは予想通り倒れていた。

 ()(つくば)って、力なく伏せている。

 俺達に気付くとハイマキは力なく立ち上がり、ヨタヨタと近付いて来る。

 こっちもダメージはデカそうだ。

「歩けるか、ハイマキ?」

 俺がそう聞くと、ワウ、と小さく吠えた。

 お前にも意地ってヤツがあるんだろうな。

 何となくそう思いながらも、ハイマキを連れて森の出口を探す。

 

 

 逃げるぞ、逃げてやる。

 こんな所で終わらせない。

 そう自分に思い聞かせながらも肉体は正直に悲鳴を上げる。

 だが、それもどうやら報われて森を抜けたらしい。

 開けた先は一面、秋桜(コスモス)の咲く美しい野原だった。

 星明かりに照らされたそれは、(もや)のように淡く光っているように見える。

「おい、レキ……レキっ!」

 呼びかけて意識の有無を確かめるが、レキは――答えない。

 マズイぞ……体温が低くなってるのを感じる。

 ハイマキも主人の容態が悪くなっているのを感じ取っているのか小さくクゥン、と鳴いている。

 最初に連絡手段である携帯を破壊されたのはかなりの痛手だ。

 圏内であればすぐに応援なり、救急車なり呼べたのにッ!

 腹部の傷は静かに、確実に、レキから生きる可能性を奪っている。

 (うつむ)く俺の視界の端にチラリとアゲハが通り過ぎる。

 そのアゲハがチラチラと目の前を舞ってから、どこか案内するように飛んで行く。

 それを視線で追った先には、あれは……道路の明かりか……?

 雑木林の向こう側に小さく光ってるモノが連なっているのが(わず)かに見える。

 あそこまで行けば、車が通るかもしれない。

(レキ……死ぬな……!)

 お前の事、俺はようやく分かり始めたんだ。

 ほんの少しだが、理解できたんだ。

 だからこそ伝えたい事がある。

 ここで死んだら、何も伝えられないだろ!

 全身全霊をもって足に力を込める。

 そんな時だった。

 ――ワウ……!

 ハイマキが何かを知らせるように弱々しくも吠えた。

 その時に、目の前にアイツが――シェースチが行く手を阻むように落ちてきた。

 ガスンと重厚な音と衝撃で秋桜の花びらが舞い散る。

 静かに立ち上がり、背中を向けていたヤツがこちらに振り向くと、左腕が……ない。

 先程の爆発でどうやら失ったらしい。

「…………ッ!?」

 同時に俺は別の事実に目を見開く。

 左腕から"ケーブル"っぽいモノが見えている。

 血は出ているのは分かる。

 だが、明らかに人間のモノじゃない部分が見えている。

「お前……」

 それ以上、言葉が出てこない。

 絶句しているこちらに構うことなく、彼女はこちらに歩み寄ってくる。

「……разрушение(破  壊)

 パイルバンカーをリロードして、よく聞き取れないが何かを呟いた。

 どうやら、どうしてもレキを殺したいらしい。

 だったらどうする?

 決まっている……抵抗するだけだ。

 俺はレキをそっと背後へ下ろし、前へと出てベレッタを構える。

 同時にハイマキも俺の隣に並ぶ。

 お互い男だ。

 種族が違っても何を守りたいかぐらいは分かる。

 意地を魅せる時だ。

 

「横槍、失礼ッ」

 

 突然そんな言葉と共にシェースチの側面から影が弾丸のごとく近付き、飛び回し蹴りを食らわせた。

 しかも防御が不可能な左からの一撃。

 そのまま牽制にグロックをシェースチへと撃ちながらこっちへと近付いて来て、長い黒髪を(なび)かせながら俺達の前に背を向けて立ち止まった。

 お前は……いつも正義のヒーローみたいなタイミングで出てくるよな。

 半分、来てくれるじゃねえかとも思ってたけど。

 思わず安堵(あんど)して息を吐く。

「よく俺達の場所が分かったな」

「あれだけドンパチしてたら大体の場所ぐらい分かるよ。一部燃えてて空が明るかったし、まあ私が近くにいたのもあるけど」

 俺の疑問に"霧"は背中を向けながら答える。

「もうすぐ増援も来るよ……星伽さん達がね。どうする? そこのターミネーターさん!」

 そう言って霧はシェースチに対して呼び掛ける。

 すぐさまシェースチは先程の霧の銃撃を防ぐために構えたであろうパイルバンカーを下ろした。

 そのまま俺達に向けてしばらく機械的に視線を動かしたあと、(すさ)まじい跳躍。

 背後の森へと消えて行った。

 何とか……危機は去ったらしい。

「すまん、霧」

 俺がそう言うと霧は「ふう」と肩で息を吐いて、こちらへと向き直る。

「無事で良かったね」

 霧は言葉ではそうは言ってくれてはいるが、どことなく角がつくような言い方だ。

「で、レキさんは?」

 そう淡々と言ってレキの傍へと近付き、しゃがみ込んで容態を見ている。

「腹部に裂傷、銃弾よりも大きい上に……貫通してない。さっきのパイルバンカーだね。この分だと内蔵の損傷もあり得る、か」

 傷を見ている霧は冷静に分析しながら携行していた救急ポーチを取り出し、清潔なガーゼを取り出して処置をしていく。

 手早いその応急処置を見て、俺は安心する。

「処置はしたけど、本格的な治療をしないと危ないかもね。まあ、それもすぐに解決するだろうけど」

 そう言って霧が立ち上がった瞬間、

「キンちゃん!」

 白雪が道路のある方から走ってきた。

 先程の白っぽい蝶に案内されるように連れられている。

 その蝶を改めて見て思い出したぞ、あれは――ホトギアゲハ。

 子供の頃、青森の星伽の神社で飼育されているのを見た事がある。

 あの時は神社で蝶を飼育してる事に疑問を持たなかったが、おそらくはパトラのスカラベと同じで使い魔的なヤツなんだ。

 つまり、あの蝶が俺達の居場所を知らせてくれたのだろう。

「何があったの……?!」

「レキが――」

「見ての通りレキさんが重傷。お供のオオカミもね」

 白雪に対して俺が答えようと思ったら霧が俺の隣に立ち、簡潔に事態を説明した。

「大変……! 分かった、すぐに病院に連れて行くよ」

 確かにレキの状態は危険で、霧が応急処置をしてくれたとは言え、ちゃんとした医療施設での治療は必要だろう。

 だが――

「それは、ダメだ。相手には狙撃手がいる。街中だと狙撃されかねない」

 俺はすぐに白雪にそう答える。

 ビルなどが近くにあればそれは恰好(かっこう)の狙撃場所になる。

 おまけにこっちには狙撃手がいない。つまりは反撃手段がないに等しい。

「そっか……あ、風雪(かざゆき)

 1人、俺達の方へと2メートルはある和弓を持った武装巫女が近付いてくる。

 風雪――白雪の1つ下の妹だ。

 白雪の妹の顔立ちは姉に似ているのだが、風雪はクールと言った感じの雰囲気をしており実際に冷静な子だ。

「白雪姉さま、先に行かないで下さい。心配なのは分かりますが、1人で行くのは感心出来ません」

 と、普通に注意された白雪は少しだけ落ち込みながらもすぐに切り替える。

「ごめん。それよりも、今は怪我人がいるの。分社に医師をお呼びして」

「病院ではダメなのですか?」

「相手には狙撃手がいるから、街の中に入っちゃ余計に危ないんだよ」

「なるほど……そう言う事でしたらすぐにお呼びしましょう」

 風雪は白雪の説明で納得し、すぐに携帯を取り出して連絡を入れ始める。

 ようやく肩の荷が下りた、と言ったところか。

 

 

 道路に行ったところで2台の車――どれも光岡自動車の高級車――が止まっていた。

 1台はオープンカーでワインレッドの卑弥呼、もう1台は堅牢そうな白のセダンの櫛撫(クシナダ)

 その内の防弾車である櫛撫(クシナダ)にレキを後部座席に乗せ、俺と霧とハイマキも後ろに同乗し、白雪は助手席に座る。

 卑弥呼の方には風雪が乗り、先頭を走って運転手と共に警戒をしている。

「キンちゃん、繋がったよ。教務科(マスターズ)の宿直室にいる南郷先生に」

 と言う白雪から白い携帯を受け取り、俺はすぐに状況を報告する。

 ――犯人が香港武偵高からの留学生であるココとシェースチと呼ばれる少女である事、比叡山(ひえいざん)付近で狙撃を受け戦闘になり、レキが負傷した事も。

『それはケースE8だ、遠山』

 俺の話を黙って聞いていた南郷が俺の話が終わると低い声でそう通達してきた。

 ケースE8――それは内部犯の可能性があるため周知は出さず、信用できる者に連絡を取り、当事者で解決せよ。

 と言う暗号だ。

 南郷の判断は……正しいのだろう。

 実際に留学生で2学期の始業式に出ていたココが犯人である以上、他にも近くに居る可能性は否定できない。

 もしそうなら、生徒全員に連絡すれば情報が筒抜けになるだろう。

 そして、武偵法4条――武偵は自立せよ。2年、3年になれば自分達に降りかかった火の粉は自分で払うのが原則だ。教師陣が助けるのはインターンと1年までだ。

 自分のいる学校がどんな方針で生徒を育てているかは当然、知っている。

 昨日今日、入ったばかりの新人じゃない。

 だが南郷の冷血漢め、少しは自分の生徒を心配する素振りぐらい見せろよ。

『もし民間人が巻き込まれそうになったらその時に連絡しろ、遠山』

 その時にはもう遅いだろうな、と内心思いながらも俺は一礼して通話を切った。

 そのまま次の電話をかける。

 相手は理子だ。

 ボーカロイドによる警告。武装したラジコン。

 レキがアリアと喧嘩した時に理子が見せた構えが中国拳法(カンフー)だったのも気になる。

 イ・ウーで何か繋がりがあるんじゃないか?

 それと、シェースチの事もだ。

 ジャックとシェースチは関係者であり、ジャックの弟子である理子はシェースチと少なくとも間接的、以上の関係はあるはずだ。

 そう思って電話しているのだが……肝心な時に出ねえな。

 そう言えば今日、大阪でアリアが呉で理子と武藤を待たせてるって言ってたがそれ絡みか?

 圏外なのか、ともかく理子は出る様子がなさそうなので一緒にいるであろうアリアにも電話してみるが同じく反応はない。

 ココ……一体、何者なんだ?

 銃撃戦はアリアに引けを取らず、ヒステリアモードの俺と同等の格闘能力、狙撃の腕はレキ以上。

 まさしく万能の武人とも言うべき才能だ。

 そんなのがいるとしたらイ・ウーの面子ぐらいしか思いつかない。

(もう1人いたな、イ・ウーのメンバー……)

 思い当たって俺は、電話をかける。

 深夜なのもあり、電話に出ないかと思ったが6コール目でその人物は出た。

『……星伽か? こんな深夜にどうした?』

「ジャンヌ、俺だ。遠山だ。今、白雪の携帯からかけてる」

 ジャンヌ・ダルク30世――あいつも元イ・ウーのメンバーなんだ。

 だから、何か知ってるかもしれない。

『……? なぜ、お前が白雪の携帯からかけているんだ』

 (いぶか)しむジャンヌに余計な詮索をされる前に俺は素早く事情と本題を切り出す。

「数時間前に敵襲に遭ってな、携帯はその時に破壊された。それよりもお前に聞きたい事がある。イ・ウーにレキ以上の狙撃手はいたか? それも、銃撃戦も格闘戦も出来るようなヤツだ。名前はココ」

「狙撃手……ココ……? いいや(ノン)。リーダーであるシャーロックを除いて、レキ以上の狙撃手は見た事がない。パトラなど扱える者はいても、それも(たしな)み程度だ。レキ以上の狙撃手など決して多くはないだろう。それはイ・ウーであっても例外ではない」

 ジャンヌは深夜にも関わらずハッキリとそう答えた。

 じゃあ、ココは――イ・ウーの残党じゃないって言う事か?

 そんな時に霧が隣から、

「外見的な特徴は?」

 疑問を投げかけてくる。

「特徴か? アリアと同じくらいの身長で、ツインテールの黒髪。中国っぽい民族衣装を着ていたがそれがなんだって言うんだ?」

『アリアぐらいの身長で……中国っぽい衣装? 待て……今の外見に一致するヤツなら確かにイ・ウーにいる』

 携帯を当てながら霧に答えていたためにジャンヌの方にも会話が入ってしまったらしい。

 が、それに対してジャンヌは反応を示した。

『名前は違うが、ツァオ・ツァオと言うヤツだ。イ・ウーでは外部組織からの技師(メカニック)、売人として所属していた。イ・ウーでの様々な兵器――魚雷やミサイルを乗り物として改造したのもヤツだ』

「何……?」

『ヤツはかなり金にうるさい。莫大な金が動く時には必ずと言って良いほど絡んでくる。日本でそう言うヤツを何と言うのかは知らんがな』

「そう言えば100万元がどうとか言っていた。レキや俺を襲ったのは、どうやら誰かの依頼らしい」

『ふむ、お前の言うココが私の言うツァオ・ツァオと同一人物かどうかは確証は持てないが……人物像としてはほとんど一致する。今からそちらに向かう、どこにいる?』

「星伽の京都にある分社に向かっているところだ」

『分かった。すぐに私もそこに向かおう。お前に伝えたい事もあるしな』

 そこでお互いに通話を切る。

 不意に霧を見てみると彼女は、車の窓の外をぼんやりと見ていた。

 さっき助けて貰ってからも視線をあまり合わせてない気がする。

 ……なんつーか、雰囲気的にも話し掛けづらい。

 金閣寺で理子が霧の機嫌が良くないみたいな話をしてたが、この様子を見るにマジっぽいな。

 俺達を襲った相手は気になるが、俺としてはこっちの方も気になる。

 そんな事を考えていると、明け方に染まる空から雨が降ってきた。

 まるで今の霧を表してるような、そんな天気だ。

 




久々の用語解説

レミントンM700……レミントン・アームズ社開発、ボルトアクション式の狙撃銃。警察や軍でもよく採用されている。ゲームでもよく出てくるようだ。
高い集弾性を誇るため一撃必殺を好む人にはオススメらしい。
何か、モデルと言うか派生が色々とあるようだが、素人には違いがよく分からん……

ドローン……イメージはCOD:BOⅡに出てくるドラゴンファイア


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