緋弾に迫りしは緋色のメス   作:青二蒼

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ながーいお付き合い、青二葵

FGO夏イベントは順調にリンゴが消える模様。


77:新しい人生

 ――ざあっ――

 新幹線がまたしてもトンネルに入り、轟音と闇が俺達を包む。

 だが、トンネルは短かったのかすぐに通り抜けた。

 その先では――バラバラと何かの音が上空から聞こえる。

 不意に上を見れば、サーチライトが俺とレキ、シェースチを照らしだした。

 あれは、報道ヘリだ。

 不知火がこの新幹線に乗っていると言うテレビスタッフを通じて、他のところにも情報が入ったのだろう。

 ヘリは1機だけではなく複数飛んでいる。

 安全なところから高みの見物とは良いご身分だ。

 お互いにサーチライトが当てられ、まるで映画のワンシーンのようなこの状況で先に動いたのは、戦闘用ドローンだ。

 4機が一斉に俺達に向かいながら発砲してくる。

 俺とレキはすぐさま、左右から挟むように攻撃してくるドローンに向かって発砲する。

 レキは2発撃つと、ドローンが2機火を吹いて落ちた。

 負傷してても腕が変わらないのは頼もしいな。

 俺も負けじと発砲するが、ドローンは距離をとった。

 すぐに拳銃の射程から外れ、複雑に左右に揺れながらシェースチのところへと戻っていく。

 対応が速いな。

 それから、まるで鳥のようにシェースチの肩に止まる。

 いや――装着した感じだな。

 ドローンからベルトみたいなのが巻き付いてる。

 そのまま、肩から発砲しながら左右に緩急をつけて高速で駆けてくる。

 しかも空中での反動制御がない分、命中精度が上がってるな。

 それに懸念する事は他にもある。

「レキ――16号車に移るぞ!」

 俺がそれだけ言うとレキは、俺についてくる。

 そのまま連結部を飛び越えて、白雪に伝える。

「白雪……列車の切り離し、出来るか?」

『で、でも――キンちゃん』

「頼む白雪。これが最善だ、これ以上は民間人を危険に(さら)せない」

 俺が引っ掛かっている部分はそれだ。

 既に安全な速度ではない。

 このままの状況だと、脱線する可能性は高まるばかりだ。

 早く切り離さないと、事故は甚大になる。

 俺が叫んでる間にもシェースチは迫ってくる。

 俺達が車両の中央付近まで来たところで、シェースチが連結部を飛び越えて、そのまま2本目のナイフをレッグホルスターから取り出し、構えだす。

『白雪さん、私達は武偵。身近な人と天秤(てんびん)にかけちゃダメ。それに、キンジを信じてあげなくちゃ――女が(すた)るってものだよ』

 通信越しに霧からそんな通信が入る。

 ありがたい援護だ。

 そんな霧に押されて白雪は、

『……分かったよ。キンちゃん、私、やるよ。だから、無事に帰ってきてください』

 心配しながらも覚悟を決めたようだ。

「心配するな」

 俺はそんな心配を掻き消すように力強く答えてやる。

 あと、そうだな。

「アリア、お前も15号車に移れ。かなえさんの裁判もある。お前にはお前のやる事があるだろう」

『そんな……!』

『聞こえたぜ、キンジ。どうやら俺は居残り組らしいな』

 アリアが何かを言い掛けたところで武藤が通信に割り込んでくる。

「済まないな、武藤。こんな事になっちまって」

『はっ、ガキの頃から新幹線を運転するのが夢だったんだ。それが叶って本望だぜ!』

 半ばヤケクソな感じはするが、取り乱してはいない。

『その意気込み良いね、武藤君。生きて帰れたら、ドライブでもしてくれる?』

『マジかよ?! って、それフラグじゃねえのか!? ああ、でも……白野さんとドライブなんてしたら自慢できるぜ』

『だから頑張ってね♪』

『うっしゃあ、絶対に生きて東京に着くぜ!』

 霧の誘いにまんまとノッたな……武藤。

 まあ、意気消沈してるよりずっと良いが。

 話している内にシェースチの雰囲気が変わり、

 ダッ――!

 足を力強く踏み込み、シェースチが動いた。

 視線はレキに向けられている。

 接近戦に慣れてない方から、潰すつもりなのだろう。

 そうはさせまいと、すぐさまシェースチに向けて銃を撃とうとするが、片方の肩のドローンがこちらに銃身を向け、ダダダッと発砲してきた。

 まるで自分の意思でもあるみたいだ。

 すぐさま銃弾弾き(ビリヤード)で対応するが、相手はマシンガンで、こっちはハンドガンだ。

 クソ、連射力と装弾数が違いすぎる。

 命中するやつは弾いたが、下手に動けない。

 もう片方のドローンがレキの方にも撃っている。

 確実に仕留める感じだぞ、あれは。

 そのまま接近するシェースチに対して、レキはその場にしゃがんで狙撃の構えを見せた。

 いくつかの弾丸がレキの露出した肌にかすり傷をつける。

 だが、レキはそれに動じず。

「――私は一発の銃弾」

 あのいつもの言葉を呟きながら引き金を引いた。

 瞬間、シェースチの肩のドローンから火が出る。

 すぐさまシェースチはそのドローンを外し、蹴り飛ばした。

 新幹線の幅からはみ出したところで、ドローンが空中で爆発する。

 だが、シェースチは止まらない。

 ドローンを蹴り飛ばしながらも真っ直ぐレキに向かって行く。

 俺の方を向いていたドローンが銃口をレキに向けた瞬間、ドローンが発砲するよりも速く、レキは再び引き金を引いた。

 またしても銃弾に貫かれるドローン。

 装備を解除したのか、シェースチの足に向かって落ちる。

 それでも、シェースチは止まらない。

 ナイフをレキに向けたかと思うと、何か持ち手にあるボタンを押した。

 すると、刃先が飛び出した。

 あれは、スプリングが内蔵されてる仕込みナイフかっ。

 レキに向かって飛んで行くそれは、既にドラグノフで撃ち落とせぬほどに近い!

 俺がすぐさま撃ち落とそうとしたところで、発砲音と同時にギィンとそれは弾かれた。

 俺はまだ撃ってないぞ?

 と、俺が不思議に思っていると――

「全く、レキに貸しを作るなんてね」

 背後から聞き慣れたアニメ声。

 新幹線の側面から漆黒のガバメントを持ったアリアがよじ登ってくる。

 窓からやって来たらしいが、窓ガラスがどうなったかは……まあ察するしかないな。

 俺は呆れながらアリアに目を向ける。

「移れって言っただろうに」

「悪かったわね――」

供え 近付いて来るアリアが言葉を区切ったところで、15号車と16号車の接合部分を輪切りにするようにバーナーのような火が出る。

 瞬間――ばくんと切り離される音がした。

「乗り遅れたみたいだわ」

 アリアはその離れていく15号車を見送ってそう言った。

 ……お前な。

 そう心の中で再び呆れた俺が15号車に目を向けると、連結部分だった断面で白雪が日本刀を持って振り返っているところだった。

 刀を振るった後の残心。

 そんな感じだった。

 だが、すぐに力を使い果たしたかのようにその場にへたりこむ。

 そのまま15号車は段々と距離が離れていく。

 最後に、遠ざかる白雪は俺達を切なげに見ていた。

 よくやった、白雪。

 お前のおかげで民間人の命は救われたぞ。

「………………」

 そんな中、こちらを黙って見ているシェースチは3対1の構図になっても動じていない。

「アリアさん。あなたもキンジさんに近付かないように言った筈です。車内に戻ってください」

 レキは警告するように言う。

 3人になったとは言え……そのまま戦力になる訳じゃない。確執(かくしつ)は未だにある。

「……ッ。怪我人こそ、車内で安静にしてなさいよ!」

「いいえ、アリアさんが退くべきです」

「あんたでしょ」

「アリアさんです」

「あんたよ!」

 だから……こうなるのは当たり前だよな。

 白雪とも喧嘩はしたが、何だかんだ危機には連携していた。

 だが、こっちは連携する気が微塵(みじん)もない。

 こんな時でも、レキはアリアに対して殺気を向けている。

 アリアも受けて立つとばかりの、(とが)った雰囲気だ。

 今にもガバメントで追い払いそうな感じさえする。

 この状況は相手にとって好都合だろう。

 だが、それでも不可解な部分はある。

 戦闘不能になった猛妹(メイメイ)も、未だに隠れて様子を見ている炮娘(パオニャン)も闘志を失っていない。

 向こうで実質戦えるのは猛妹を除き、2人。

 こっちが連携出来るかは別にしても、相手にとっては数的には不利な筈だ。

 まるで何かを待っているような――

 それに気付いた時に、ヘリの音に違和感を感じた。

 空をもう一度見渡すと、車両の後方から1機のヘリが近付いてきていた。

 この列車には爆弾があるんだぞ!? 命知らずなマスコミもいたものだな。

 そこまで考えたところで、分かった。

 あの報道ヘリは違う!

「アリア! レキ! 敵機だ!」

 俺が叫ぶと同時に操縦席にいる人物を捉えた。

 ――3人目のココ。

 それから、ヘリがこの16号車の後方を並走し始めたかと思うと、ハッチが開いて狙撃銃を持ったココがシェースチの傍に降りてきて、ぎゃりという金属音を鳴らす。

 そのココが持ってる狙撃銃はマッドブラックに塗装されたレミントンM700。

 山の中で狙撃された時にレキが言っていた銃だ。

 つまり、俺達を狙撃していたのはこのココかっ。

「年貢の納め時ってやつネ」

 3人目のココがそう言うと、そのヘリから戦闘用ドローンが出てくる。

 さっき、どこからともなく現れたのはそういうことかっ。

 マズイぞ。

 またしても状況はこっちが不利だ。

 追い詰めていたと思えば、すぐに形勢を(くつがえ)される。

 さすがは兵法書『孫子』を編纂(へんさん)した人物の子孫だ。

「……人形劇は終わり」

 シェースチがそう言うと、ドローンが俺達を囲むように飛び始めた。

 心なしか、その銃口が全てレキに向けられている気がする。

 どうあっても、レキは殺したいようだ。

 一体ジャックはレキの何が気に入らないのか理解出来ない。

 味方は俺達だけ。増援の見込みはなく、四方には敵。

 四面楚歌(しめんそか)、この状況はまさしくそれだ。

 さらにシェースチは猛妹の近くに刺さっている青龍刀を拾い上げて、幅広の刀を活かして盾にするように構える。

 明らかに突っ込んでくる気だ。

 すぐに俺達は背中合わせになるが……ヒステリアモードの頭でもこの状況を打開する方法がすぐには思いつかない。

 相手は今にも火蓋を切ろうと――

『下へ参りまーす』

 理子の陽気な声が聞こえた瞬間に、爆発。そして重力を感じた。

「うおッ!?」「みぎゃ!」「……」

 声をあげてる内に気付けば、車内が視界に映っている。

「と、上へ投げまーす」

 目の前にいた理子が何かを上に投げた瞬間に上から閃光が降り注ぐ。

 今のは……

「キーくん、最初に跳んで!」

 すぐに理子が手を組んで叫んだ。

 言われて頭上を見れば穴が空いてる。

 あそこから俺達は落ちてきたのか――って、今は状況を冷静に振り返ってる場合じゃない!

 上で閃光が見えたって事は――

 俺はすぐに理子の組んだ手を足場に、打ち上げられるようにして跳躍する。

 再び新幹線の屋上に出たところで目についたのは、全員が目を覆っているところだった。

 やはり、さっき理子が投げたのは閃光弾の(たぐ)い。

 勝機が見えた!

 すぐさま俺は2丁拳銃で周りを囲んでるドローンに向かって回転しながら発砲して、1機残らず撃墜する。

 ガチンと、薬室が両方とも開く。

 ちょうど弾切れか……

 不意に、狙撃銃を持ったココが、視界が少し回復したのか銃口を俺に向けてきた。

 だが、俺は落ち着いている。

 ――あいつらを信じてるからな。

 バッ、と穴からレキが飛び出して、空中でドラグノフを構えたかと思うと3人目のココに発砲した。

 斜め上からの狙撃に、銃だけが上手く撃ち抜かれる形になる。

()っ」

 短く悲鳴をあげたココは、そのまま少しよろめいて尻餅をついた。

 すぐさまレキは、着地した瞬間に後ろを振り向き、今度は新幹線の先頭に隠れ気味だった炮娘(パオニャン)のUZIを撃ち落とす。

 これで2人。

 最後にシェースチが、特攻とばかりにこっちに向かって突っ込んで来る。

 その視線、殺気が向けられているのはレキだ。

 機械的に、対象を殺す事だけを目的とする彼女はまさしく兵器。

 だが、家族のために兵器であろうとするシェースチが……俺には少し、悲しく見える。

 そう俺が思ったところで、最後にアリアが穴から飛び出して、ガバメントを乱射しながらシェースチを迎撃する。

 盾にされた刀に弾が当たるが、流石に口径の大きい.45ACPの連射には耐えられなかったのか、そのまま連射に負けて青龍刀が弾き飛ばされた。

 武器を失ったシェースチはそこで足を止める。

 そっちが孫子の兵法なら、こっちは日本の兵法――織田の三段撃ちだな。

「降参しろ! もう終わりだ!」

「イヤ」

 この状況においてもシェースチは降伏するつもりはないらしい。

 俺の勧告をすぐに無表情ながらも力強く切り捨てた。

「キンジ、無駄よ。ああ言う目をしたヤツは捕縛しないと止まらないわ。それに、これは良い機会よ。あいつを逮捕すればジャックに関して何か分かるかもしれない」

 アリアの言葉に俺は頷く。

 シャーロックにも色々と気になる事を言われたしな。

 それに、相手が俺を狙ってるなら少しでも対策はしておきたいところだ。

 本当はそんなヤツと関わりたくないんだが……向こうが俺の事をお気に入りにしてる辺り、積極的に関わってきそうだしな。

 シェースチをココとまとめて逮捕しようと画策していると、ボシュウ、と何かの音と同時に俺達は煙に包まれた。

 新幹線の前の方にいるココ――炮娘が何かしたのか……

 ともかく、これじゃあ何も見えない。 

「アリア、レキ、固まれ!」

 すぐに叫んで俺達は固まり、背中合わせになる。

 これで全方位、どこから来ても対応できる。

 この煙はそう長くは出し続けられないだろう。

 さあ、ここからどうするつもりだ?

 

 ◆       ◆       ◆  

 

 ――危ない。

 キンジ達やツァオ・ツァオ達の目を盗んで、発煙筒(スモーク)()いて、何とかリリヤを車内に連れてこれた。

 何にしても煙が出てる時間はそう長くない。

 目の前には京都駅で帰った筈の妹。

 ちょっとだけ、驚いてるかな?

 いつも無表情な顔が少しだけ驚きに変化し、そしてグリーンの瞳は何かを恐れてるかのように揺れている。

「流石のお姉ちゃんもぷんぷんだぞ。どうして帰らなかったの?」

 最初はいつもの調子でフザケたけど、後半は真剣に聞く。

「理子に嫌われたくなかったんでしょ?」

 と、お姉ちゃんが脈絡なく言う。

 その言葉にあたしがお姉ちゃんの方に向けていた視線をリリヤに戻すと、しゅんとした感じでリリヤは下を向いてる。

 え? 当たりなの?

 お姉ちゃん、心情把握はやくない?

「別にあたしの頼み事が出来なかった件なら気にしてないのに」

 と言うか、言うことはよく聞く子だった筈なんだけどね……リリヤ。

 だから、キンジからリリヤが来てるって聞いたとき驚いてしまった。

 そんな私の言葉に反してリリヤはフルフルと首を振るった。

「……望みを――"命令"は遂行しないと」

 その言葉を出したリリヤは、どこか……震えてる。

 命令……って、あたしは別にそこまで強制するつもりはない。

 リリヤが無事でいる方が大事だし、あんなのを見たら帰すに決まってる。

「使えない兵器は廃棄処分」

 そのお姉ちゃんの言葉にリリヤは肩を震わせる。

 いきなり何を言い出すんだか……

 少し意味を考えていると、あたしは1つ思い至った。

 まさか、リリヤが恐れてるのは……

「……みんな、みんな()てられた。使えないって……兵器は、結果を出さなきゃ……棄てちゃ、ヤダ……」

 リリヤがロシアの研究施設で育ったのは知ってる。

 でも……その施設の研究内容は知らない。

 知ってるのはお姉ちゃんだけ。

 どんな苦しみを、どんな理不尽を、どんな過去なのかを知らない。

 でも、知ってる。

 今のリリヤは、自分を必要としてくれる存在が欲しいんだって事が。

 だから――こんなにもあたしの服の端をすがるように握りしめてる。

 あたしはそれに応えるように、両腕で抱き締める。

「棄てたりしないよ。リリヤも理子にとって必要な家族。だから――」

 

 ――逃げて――

 

「それで、お姉ちゃんのところに戻ってきて。これは命令じゃなくて約束」

「やく……そく」

「そう、約束。だから逃げて」

 真っ直ぐにそれだけを目でも語る。

 リリヤは少しだけグリーンの瞳を潤ませていた。

 何だかんだ、子供なんだよね……

 年齢は1つ下なんだけど、どうも精神年齢が幼い感じがする。

 それは置いといて、あんまり時間はないんだった。

「……うん」

 それだけ答えてリリヤは切り離され、外に繋がった連結部へ向かう。

「……約束、だよ」

 振り返り、それだけ言ってリリヤは車外へと飛び出た。

 アグレッシブな下車するなー

 最後はちょっと笑ってたかな?

 妹って案外に手が掛かるものなんだね。

 まあ、お姉ちゃんからしてみればあたしも手の掛かる妹だろうけどさ……

「お姉ちゃん、久々の空気」

 ……手が掛かるのは姉も一緒か。

 

 ◆       ◆       ◆  

 

 煙が晴れれば、何かしらのアクションを起こすと思っていたが。

 予想外だな……

 シェースチの姿がない。

 そして、ここでシェースチが消えた事にココ達も困惑してるようだった。

「キンジ、今よ!」

 その困惑をチャンスと見たアリアがさっき狙撃銃を破壊されたココに飛び掛かる。

 そのまま捕縛すると、倒れていた猛妹と共に一緒にまとめて手慣れた手つきで縛った。

 すぐに俺も新幹線の先端にいるであろう炮娘に目を向けると。

 ――パアン!

 隣でレキがその炮娘に向けて発砲した。

 だが、炮娘に当たった感じはない。

 外したように見えるが、違うな。

 以前も見たことがある。

 すぐに炮娘はフラりと、その場で倒れた。

 あれは通常弾で体の一部、神経系を圧迫して相手を麻痺させる精密射撃。

 レキが以前にハイマキを無力化した時と同じ方法だ。

 人間でも出来たんだな。

 流石は狙撃の麒麟児だ。

 あの場所なら滑り落ちる心配もないだろう。

 レキは、ドラグノフを肩に掛けて炮娘の方へと向かっていく。

「これで犯人は無力化した」

「ええ、そうね。事件は解決してないけど」

 現状を整理するように俺が呟くと、アリアがすぐ近くまで戻ってきた。

 レキもズルズルと麻痺して動けなくなった炮娘を引きずって戻ってきた。

 扱いが雑だな……まあ、こいつらにはこれぐらいの事は我慢してもらおう。

 それから、レキとアリアの視線が合う。

「か、勘違いしないことね。さっき、ナイフに弾が当たったのは偶然だから。別にあんたを助けるためじゃないから」

 赤くなって、そうアヒル口でアリアは言う。

「私も……彼女達を無力化したのは成り行きです」

 レキもそう言葉を返す。

 2人して意地を張ったような言い方だが……その目はお互いを認め合う、信頼の証だった。

 雨降って地固まるってヤツか。

 これで2人の仲が少しだけ、前に進んだことを祈るよ。

「き、きひ……お前達も終わりネ。一緒に吹き飛べ……ば……敗北じゃなく、痛み分けヨ」

 麻痺して上手く喋れない炮娘が不気味な笑みを浮かべる。

「お前達は何も出来ないネ」

「このまま人生も終着駅ヨ、バーカ、バーカ!」

 アリアに縛られた2人のココもそう(まく)し立てる。

 既に新幹線は都心に入り、加速もとうに限界だろう。

 確かにここにいる面子じゃ、この状況は打開できない。

 だが、仲間を信じ、仲間を助けよ。

「いいや、出来るさ……”俺達なら”」

 俺が言った瞬間に後方に目を向けると、近付いてくるもう1つの新幹線。

 その登場にココ達は目を丸くしている。

「――この修学旅行Ⅰ(キャラバン・ワン)はそう言うことも学ぶらしいんでね」

 

 

 俺達は理子が開けたであろう穴から車内に降り、ココ達を協力して車両の後方から中へと入れた。

 正確にはアリアが突き落としたんだけどな。

 これぐらいの意趣返しはあっても良いでしょ、と突き落とした本人は少しだけスッキリした感じで言った。

 そこは挑発したコイツらの自業自得だな。

 俺達が車内に戻った時には既に武藤によって新幹線のドアが開けられており、並走する新幹線から風船のチューブが伸びていた。

 そこから、

「あや、あややややー!」

 こてん、と尻餅をついて装備科の平賀 文さんが出てきた。

「すまないな、平賀さん。こんなことに巻き込んで」

「顧客のピンチなら、あややは喜んで手を貸すのだ。とーやま君、レキさん、理子ちゃん、霧さん。みんな大口顧客なのだ」

 言いながら平賀さんはチューブ先のロープを引っ張ると、工具やらボンベやら機材がこっちに運び込まれる。

 そのまま素早く機材を設置し始める。

「解除できんのか平賀よー!」

 その機材の設置途中で武藤が新幹線を加速させながら叫ぶ。

Nothing is Impossible (不可能なんてない)!」

 平賀さんは、笑顔で大きく答えた。

 そのまま作業をしながら説明する。

「気体爆弾は酸素と混ざると爆発するって、さっき理子ちゃんから無線で聞いたのだ。それ以前に、ある程度の事は不知火くん達からも聞いたのだ」

 平賀さんはボンベを持ってくると、気体爆弾の充満する洗面室の窓に丁寧な作業で取り付けた。

 そのままチューブを伸ばし、先端に取り付けられたカッターで小さな穴を空けて何かを送り込んでいる。

「これは……?」

 窓を覗いたアリアがそう聞く。

「これはシリコンの風船なのだ。これを窒素で膨らませて、中にある気体爆弾を押し上げてこの真空ボンベに送り込むのだ」

 平賀さんが言ってる内にも、風船は膨らみ始めていた。

 真空ボンベに取り付けられたメーターが動いてるのを見る限り、順調に作業は進んでいるようだ。

 だが――

「間に合うかどうか、賭けになりそうだね」

 俺達の近くに来ていた理子が窓を見ながらそう言う。

 そうだ。既にこの新幹線は新横浜駅を越えて、品川駅に迫っている。

 時間にしてもう数分もない。

 コンプレッサーの音が焦燥感を煽る。

「キンジ、最後の加速行くぜ――!」

 武藤が言うと、クンと加速する車両。

 品川駅を過ぎて、東京の夜景が窓を流れる。

 これで時速410キロ。

 間に合うのか、と俺達が見守る中で。

 ピー、と機材が音を鳴らした。

「よし、完了なのだ!」

「武藤、ブレーキだ!」

 平賀さんの宣言と同時に俺が武藤に叫ぶ。

 瞬間――キィイィィィ! と、甲高い音と共に揺れる車内。

 前へと行く凄まじい慣性が体に襲い掛かる。

 減速してるが、止まらない。

「止まりやがれー!」

 武藤が、叫んでいる。

 外ではブレーキの摩擦で火花を散らしているオレンジの光が見える。

 まだか、まだなのか――!?

 そう思いながらも車体は長く、滑る。

   

 ギィ、イィィィン……

 

 思わず閉じていた目を、音がなり終わったと同時に開けて……窓の外を見ると。

 JRの駅名掲示板が見えた。

 

 ――『東京駅』――

 

 目に見えたのはそれだ。

 着いた、らしいな……無事に。

 俺の近くで止まった事を感じたらしいアリアが目を開けてこっちを見た。

「アリア、さっき通学しない理由言ってなかったな」

「……?」

「苦手なんだよ、電車が」

「同感だわ……」

 アリアはそう、苦笑いした。

 しばらく、電車は乗らなくていいな。

 お互いにそう思ってる事だろう。

 

 

「思わず寝ちゃったけど、やっと着いたー」

 おい、霧……降りてからの第一声でそれはどうなんだ……?

 と言うかあの状況でよく寝れたなお前。

 そう思ってると不意に霧が俺を見て、

「信じてたよ」

 相変わらずの笑顔で言ってくる。

 真っ直ぐ、純粋に言われたそれに対して少しだけ恥ずかしさを覚えながらも俺は軽口を返す。

「今日の返済は大きいんじゃないか?」

「でも、ゼロじゃないんだよねー」

 そこは触れるな。

「しかし、随分な歓迎だね」

 霧が周りを見て言う歓迎とは、この爆発の対策としてだろう停止標識の周囲に積み上げられた土嚢(どのう)

 そして、盾にするつもりだったのか、無人の電車が密集してこのホームに停められている。

「あはっ♪ この中身は、作業料としてあややが貰っていくのだ」

 新しいオモチャを見つけた子供みたいに、平賀さんがボンベを大事そうに抱えて降りてくる。

 その後ろからはレキが静かについている。

「火遊びは程々にな……」

 俺が注意すると同時に、武藤も降りてきてホームの様相に驚く。

「うお、なんだこりゃ! ご丁寧に土嚢まで積みやがって」

「東京ぅ~、東京ぅ~、お降りの際は段差にお気をつけ下さい」

 調子外れなアナウンスをしながら理子は武藤と一緒にココ達をホームへと運ぶ。

 段差に引っ掛かってココが1人痛がってるぞ。

 そして、そのまま3人まとめて今積んである土嚢みたいに転がされる。

 近付いたら噛みつきそうな感じだな。

 見た目が似てるせいか、アリアが不機嫌な時にそっくりだ。

 ここまで来て、まだ反抗の意思があるのは大した根性だよ。

「ああ、そうだキンジ。こいつらが使ってたヘリは神奈川県警が押えたらしいぜ。まあ、何にしてもこの状態じゃあ逃走もままならないだろうけどな」

 肩を鳴らして、軽く回しながら武藤が近付いてくる。

「そうか、大役ご苦労だったな武藤。ありがとう」

「礼には及ばねえよ。武偵憲章にあるだろ、仲間をなんとかって。しかし、駅弁と言うかジェット焼売(シュウマイ)買おうと思ってたのによ」

武藤(むとー)くん! こっちから出られるのだ!」

 一刻も早く分析したいのか、ボンベを抱えた平賀さんが階段で待ってる。

 それを見た駅弁マニアでもある武藤は、お、と声をあげるとすぐさま階段へと向かった。

「じゃあ後始末は頼む。そいつらは尋問科(ダギュラ)にでも引き渡して(しぼ)ってもらえ!」

 言いながら走り去る武藤。

 さりげなく押し付けたな。

 だが、この様子だと店なんか閉まってるだろ。

 避難勧告とか出てるだろうし。

「シェースチ、車内にいるかと思ったらいないわね。煙に紛れて逃げたのかしら?」

 言いながらアリアはココ達の上に座る。

 息をするように座ったな。

「さあな……」

 俺はアリアに向かって、分からないとばかりに答えるが……いささか不可解な部分がある。

 あれだけ、執念みたいなモノを感じたシェースチが退いたとはあまり考えにくい。

 最後までレキを倒そうと言う雰囲気だった筈だ。

 しかし、煙が消えたと同時にヤツも消えた。

 それも、忽然(こつぜん)と……

 腑に落ちない。

 それに煙を出したと思ったココ達が何もしなかったのも疑問だ。

 ただ1人、疑いたくはないが……シェースチとジャックに関わりがある人物。

 彼女が何かをした可能性が高い。

 ただ、本人は喋らないだろう。

 喋ったら命の保証はないかもしれない。

 唯一、疑いを晴らすには霧に聞くしかない。

「なあ、霧。理子は結局スイッチを解除出来なかったのか?」

「そうだね。穴を開けた以外は、何とか爆弾かスイッチを解除しようとしてくれてたんだけど……やっぱり間に合わなかったよ。キンジをいい感じに助けて、また貸しを作ろうと思ってたのに……」

「やめてくれ。いたちごっこになる」

 残念そうに答える霧が、嘘を言ってる感じはしない。

 まあ、それも当然だろう。

 霧はまだそこまで事情を把握してないだろうしな。

 ココとのやり取りで理子に何らかの裏がある事だけは、察しの良いこいつには分かってるだろう。

「疑ってるの? 理子のこと」

「まあ、あんな聞き方したらお前なら分かるよな」

「そりゃあね……ただ、きっと知りすぎるとよくないよ。深淵をのぞくとき、深淵もまたこちらをのぞいている。ニーチェの言葉だけど、謎のままの方が良いこともあると思うんだよね」

 いつになく真面目な事を言う。

 霧の言うことも分かる。

 だが――

「武偵が、謎を解き明かさなかったら意味がないだろ?」

 なんてたって武装”探偵”なんだからな。

「そっか」

 それだけ言って、霧は離れる。

 逃げた理由は不明だが。

 理子が手助けした訳じゃないとすれば……一体誰が――

 不意に空を見上げる。

 ……なんだ?

 キラ、と何かがビルの上で光って――

「伏せてください」

 レキが静かに言うと、すぐにドラグノフを構えた。

 それに対してまだヒステリアモードの頭が瞬時に理解する。

「スナイパーだ!」

 俺が叫ぶと、全員が物陰へと走り出す。

 既に、2発の銃声が聞こえていた。

 撃たれた。

 だが、それは俺達じゃない。

 カランコロンと俺の足元に何かが転がる。

「止まるネ」

 ココの1人が、手に何かのスイッチを持って忠告する。

 そして俺の足元に転がるこれは――

 やられた。

 今の1発、俺達を狙ったものじゃない。

 よく見れば、ココを縛っていた1人分のロープが切れている。

「逃しました。200メートル以内で、銃声からしてTRG-22でしょう。狙撃慣れしています」

 レキがそう分析して報告する。

 また狙撃手。

 距離はレキ達に見劣りするにしてもロープだけを撃ち抜く腕の持ち主。

 まだ、仲間がいやがったのか……

「ジャックの言う通り暗殺しておけば良かったヨ、ウルスの姫。よぉーく、分かったネ……お前は、空っぽの人形。風が(しつ)け、風の命令でしか動かない。そんなのは、兵じゃないネ……だから、いらない。ここで死ね」

 言いながらココは手に握ったスイッチを見せつける。

 俺の足元に転がる爆弾を起動するスイッチだろう。

「レキ……まだ、弾を持ってるはずネ。それを使え、ここで。出来ればキンチは殺したくないヨ。無惨に殺されたくはないネ、だから――」

 ココはカチリと、スイッチを押した。

 その音に冷や汗が出る。

「死なば諸共ネ。この手のスイッチを離せば、少なくともアリアも巻き添えヨ。だが、お前だけが死ねば……全員助かるネ」

 俺が叫んだと同時に物陰に行く途中だったアリアまで……10メートルか。

 少なくともこのホームにいる俺達が殺傷範囲。

 レキ以外の誰かが何かをすれば、全員巻き添え。

「私だけを撃てば……みなさんは助かるのですね」

 その言葉に俺は振り返る。

 よせ、よすんだレキ。

 ――最後の銃弾――

 ジャンヌから聞いた、最後の1発で状況が変わらなければ、主人の足手まといにならないために、自ら命を絶つ。

 それをしようってのか……!

「曹魏の姫の名に誓うヨ」

「いいでしょう、ウルスの姫――蕾姫(レキ)の名において今の言葉を誓いの言葉とし、この場にいる全員の命を奪わない事を守りなさい」

 誓約が、取り決められてしまった……

 それからレキが弾倉を外して、残弾を確認すれば――1発。

 最後の銃弾だ。

 そして、再びドラグノフに装填されてしまった。

「レキ、やめなさい! あんた騙されてるわ!」

 アリアが金切り声をあげて、叫ぶ。

 俺も続いて、言葉を投げ掛ける。

「やめろ……レキ。誰もそんな事は望んじゃいない」

「いいえ、望んでいます」

 少しだけ、視線を動かしてレキは俺を見つめた。

「――私が」

 そのままドラグノフの銃口を顎につけた。

「私は、あなたに生きて欲しいと思いました。それは風の意思ではなく私の想いです」

 そのまま独白される言葉。

「ウルスの女は銃弾に等しい。銃弾に意思などありません、ですが……シェースチ、彼女を見て思った。何かを守りたいと想う事は出来るのだと」

 そう思えるなら、お前は銃弾なんかじゃない。

「ですが、私はそれだけです。銃弾であることに変わりはありません。以前にキンジさんは、人を撃つなと言いました。ならばこれは造反に当たりません……何故なら、私は人ではなく」

 最後に靴を脱いで裸足になって、ドラグノフの引き金に足の指が乗る。

「”お前は人間だ!”」

「――1発の銃弾」

 俺の叫びは空しく響き、無情にも引かれる引き金。

 

 ――ガチン。

 

 弾は、出ない。

 レキは目を開けて驚いている。

不発弾(ミスファイヤ)……」

 アリアも赤紫(カメリア)の瞳を驚きで満たしている。

 現代の銃で不発なんてのは、そうそうに起こらない。

 じゃなかったら敵に撃たれる。

 ましてやレキは、自分で銃弾を作成し、撃つごとに完全分解する程に不発防止に努め、可能性を極限にまで低くしていた。

 その可能性は何千、何億分の一の領域だろう。

 そして、レキ自身も――

『この銃は私を裏切りませんから』

 そう言い切る程に信頼をしていた銃が、裏切ったんだ。

 レキを生かすために。

「チェックメイト」

「あうっ」

 陽気な声が聞こえたと同時にココの短い悲鳴。

 すると、ふ、と力が抜けたようにココが倒れた。

 すかさず霧が、倒れるココのスイッチの指を押えながら抱える。

「見た目通り軽いねー」

 言いながら霧は、そのままゆっくりその場に座る。

 これでココによる爆発はなくなった。

 俺は足元に転がる爆弾を注意しながら、拾い上げる。

 軽いな、中身はさっきの気体爆弾か。

 俺はそのままレキからドラグノフを静かに取り上げて、弾倉から銃弾を取り出し、握り締める。

「レキ、二度と自分を撃つな」

 それから睨み付ける。

 俺が怒っている事を伝えるために。

「お前、俺の命令なら聞くんだろ? これは命令だ」

 俺の鋭い視線を見つめたレキは――こくり。

 無言で頷いた。

 それを確認した俺は、弾丸をもう一度弾倉に入れて、

「それに、さっきも言ったがお前は人間だ。それ以上でも、それ以下でもない。1人の人間で、女の子なんだ」

 そう語り掛ける。

 さて、爆弾……このままスイッチを押したまま運搬なんてのは危険だしな。

 駅の上は、何もない。

 周囲の建物の人は避難してるだろうし、ビルから距離もある。

「レキ、こいつを撃ってくれ」

「打ち上げ花火?」

「正解だよ、霧。新しい門出にはいいだろう」

 俺がそう言うと、レキは撃つことに了承したのか頷いた。

 まだギリギリ、ヒステリアモードは続いている。

 だったら夜空に高く打ち上げよう。

 マッハで拳を打ち出す『桜花』の投擲(とうてき)版で今夜限りの――『桜花火』!

 シュン、と風切り音と共にホームの端から打ち上げられる気体爆弾。

 我ながら本場の花火顔負けの上昇速度だ。

 ドラグノフをレキは、静かに構える。

「ここは暗闇、何も見えず、何も聞こえず」

 それから、いつもと違う詩を紡ぎ始めた。

「ただ一筋の光があるのみ。何もない私は――」

 そして、

「光を駆ける者!」

 撃ち放たれた弾丸が、今、上空にある爆弾に当たる。

 瞬間、閃光が空に弾けた。

 まさしく、一筋の光だな。

 今、確かにレキは生まれ変わったんだこの場で。

 新しい生誕。

 心の中で祝おう、お誕生日おめでとう――レキ。

 

 ◆       ◆       ◆  

 

 色々と何やかんやあって、事件は解決した。

 後処理も済んだ、今――

「ふふ、キンジ。やっぱり退屈しないよ、君といると」

 この興奮を抑えずにはいられない。

 人形に心を与えるなんて、まるでピノキオの一節みたい。

 今まで空っぽだった筈なのに、シェースチみたいに人になった。

 つまらない存在だと思ってたのに。

「ああ、そうだ……連絡しておかないと」

 声を変えて、すぐさま連絡を取る。

『なに?』

「レキを殺すのはナシだよ、ルミ」

 低い男性の声で告げると、向こうから疲れたような吐息。

『ドタキャンはどうなの?』

「何故そんな日本語を知ってるのかは、置いておいてだね。事情が変わってね。人間になったんだよ、彼女は」

『どっちにしても邪魔』

「いやいや、観察しないともったいないだろう」

『相変わらず面倒な人』

「面倒と言う割には、スコープが嫌いな君が珍しい事をしてた気がするが?」

『私の意思じゃない』

「なるほど……」

 大方、あの人の指示か。

 理由は……なかったらレキが死んでるから、だろうね。

 つまりまだ退場には早いと言う訳だ。

『帰る。次はドタキャンなし』

 通信が切れた。

 相変わらずドライなことで。

 あ、そうだ。

 新しく結成中のメンバー第一号に声を掛けておこう。

Oui(はい)

 フランス語の穏やかな、女性的な声。

 たった2文字でも分かる優しげな感じ。

「やあ、こうして話すのは初めてだね。ジャックだ」

『初めまして、愉快な紳士さん』

「やってることは紳士にほど遠いがね」

『約束はきちんと守る、充分に紳士的だと思うわ』

「そう言う君は淑女的なことはしてるのかね?」

『いつでも安らかな眠りを提供してる』

「それは実に淑女的だね。どちらかと言うと母親的か」

『私は未亡人よ。知ってるでしょう』

「そうだったね。まあ、それはそうとどうだろう? 研究の助けになってるかね?」

『ええ、いつもありがたいわ』

「礼は不要だよ。君は、愚かな死を迎えるしかない人々に安寧を与える存在だ」

『ありがとう。それで、ご用件は何?』

 と、用件を忘れてた。

 世間話に花を咲かせるのもこれぐらいにしておこう。

「近々大きなイベントが起きる。どうかな?」

『ああ、そう言うこと……』

 少し間が入り、向こうですぐに変化はあった。

『嬉しいわ。是非ともお願い』

「ありがとう、R.I.P(リップ)。君と同じ舞台に立てることを嬉しく思う」

『たまには童心に戻らないと、自由な発想は生まれないもの、それじゃあ』

 童心に戻らないとって、言う程に歳は食ってないでしょうに。

 そこで通話は切れた。

 あとは、リリヤ……か。

 今は何してるんだろうね。

 

 ◆       ◆       ◆  

 

 極東の島国の猿にしてやられたヨ。

 今は、日本人(リーペンレン)の武偵共の護送車の中。

 気絶して、目を覚ませばこの中ネ。

 それよりも何カ、この目の前の札は。

 これじゃあ、不死人(キョンシー)ネ。

 

 ガシャン!

 

 何かにぶつかた衝撃と共に浮き上がった車体。

 な、何事カ!?

「事故でも起こしたネ」

「下手な運転ヨ」

 妹達は口々にそう言うが、と言うか妹達にも札が貼られてるヨ。

 でも、今のは事故を起こしたと違うネ。

 そう思てると、扉が乱暴に引き剥がされた。

「お前ハ……」

 扉の先にいたのは、ジャックのとこのメイド。

 まさか、(ウオ)達を助けに来たのカ?

「……早く、逃げる」

「あの時逃げたクセに何で戻ってきたネ……」

「……逃げたのは、指示があったから」

 それだけ、彼女は言う。

 相変わらず淡々としてるヨ。

「……でも、助けに来たのは私の意思」

 その言葉に妹達も驚く。

 どう言う風の吹き回しなのカ。

 思てると、そのまま彼女は立ち去るつもりみたいネ。

「……装備見てくれたお礼」

 それだけ言って、消えたヨ。

 助けてくれたはいいが……どうやって藍幇(ランパン)に帰れば……

 ええい、考えても仕方ないネ!

 このまま捕まって保釈金が支払われれば、ココ達のお金が減ってしまうヨ。

「炮娘、猛妹! 逃げるネ」

「狙姐、ちょっと待つヨ!」

(ウオ)走れない、走れないアル!」

 




殺人鬼の知り合い、まずまともじゃない。

一応、既に情報はありますよ会話に。

ただ本格的な登場は先の予定。


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