緋弾に迫りしは緋色のメス   作:青二蒼

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実は、書きたかった話の1つ。

ちなみに今回はジャンヌ視点のみでお送りします。

その方がキャラの紹介とか楽だし……


第9章:運命の天秤と輪(フォーチュン・メッセージ)
79:エニグマ


「――宣戦会議(バンディーレ)に集いし組織・結社・機関の大使達よ。まずはイ・ウー研鑽派残党(ダイオ・ノマド)のジャンヌ・ダルクが、敬意を持って奉迎する」

 見回して、全員を一瞥(いちべつ)した後にそのまま言葉を続ける。

「初顔の者もいるので少しばかり説明しよう。我々は世界の目立たぬ影の中に身を潜め、表に顔を出しながらも各々の武術・知略・技術を秘しながらも伝承してきた。そして――求める物を奪い、巡り、(しのぎ)を削ってきた。だがそれもイ・ウーの隆盛と共に休止されたが――その崩壊と共に、今また、砲火を開こうとしている」

 これは定められていた運命だ。

 誰もが予期していた事態。

 シャーロックが残した言葉の通りに時代は進んでいる。

 その中で1人、イ・ウー所属であったナチスの残党である魔女連隊(メギメント・ヘクセ)のカツェ=グラッセが口を開く。

「あいつは来てねェのか、ジャンヌ?」

「まだ来てはいない」

「いや、来てねえなら良いんだ。あんまり顔を見たくねえからな……」

 私の言葉に安堵したように見える彼女はそのまま黙る。

 会議の進行中に口を挟むとは、ヤツが余程のトラウマらしい。

 元はと言えば、最初にジャックの面倒を見たのはカツェだ。

 本人は嫌がってはいたが、シャーロック直々の依頼。

 リーダーである以上、無下にも出来まい。

 それに本人も最終的には同意した。

 シャーロックに言いくるめられた形には見えたがな。

 詳しい事は分からないが、半殺しにされて危うく死ぬところだったという。

 イ・ウーを出る時期が早まった原因でもあるらしい。

 つまるところヤツを育てた責任の一端でもある訳だ。

 本人はその事に少しばかり後悔してるようだがな。

「――皆さん。あの戦乱の時代に戻らない道はないのですか?」

 柔和な笑みを浮かべて前に出た大剣を背負ったシスターが、甘い声で語り掛ける。

 母性を感じさせるほどの女性的な体型をしている泣きボクロが特徴的な彼女――メーヤは、バチカンの聖職者らしく手袋をしたその手に十字架(ロザリオ)を握りしめながら、

「バチカンは必要悪として許容しておりました。高い戦力を有するイ・ウーがどの組織と同盟するかを見守り続け、その加勢を得た敵を恐れながらお互いに手を出せず……結果として平和が実現できたのです。その平和を保ちたいとは思いませんか?」

 そのまま話を聞いていたが、それは難しい話だ。

 そもそも平和と言っても停戦であり、嵐の前の静けさであっただけ。

 いずれはこうなっていたであろう。

「私はバチカンが戦乱を望まぬことを伝えに、今夜、ここへ参ったのです。平和の体験に学び、我々で平和を保つ努力をし、無益な争いを避ける事は――」

「――できる訳ねェだろ、メーヤ。今までの平和は仮初(かりそめ)な上にただ単に停滞してただけだろうが。小競り合いもあったしよ……。それに平和を保つ努力なんざやってなかったと主に懺悔(ざんげ)しろよ」

 魔女を象徴する黒のトンガリ帽子を揺らしながらカツェが挑発する。

「黙りなさいカツェ=グラッセ。忌まわしい不快害虫。あなたが主の事を語るなど言語道断です」

 急変し、その表情と口調を歪ませるメーヤ。

 そのまま詰め寄り、カツェの首を掴む。

 相変わらずだなこの2人は……

「――はっ! リュッセルドルフでアタシの使い魔を襲いやがった癖に、平和だの和平だの口先だけか? 所詮(しょせん)は聖書を盾にした偽善者共なんだろ?」

「黙りなさい! お前こそ、かの悪魔を生み出した元凶の1人であるのは知っています。その所業……煉獄(れんごく)でも浄化されぬと知りなさい!」

 そのまま首を掴まれ、吊り上げられながらもカツェは少しだけ真顔になったかと思うと、ニヤリと笑う。

「……そういや、あいつに何人か()られてるんだってな? いい気味だぜ。おまけに待ちに待った戦争だ。こんな絶好のチャンスを逃せるかってんだ! なあヒルダ!」

 剣呑なやり取りのまま、カツェは愉快そうに笑っているが。

 どうだろうな……本心は。

 対して話を振られたブラドの娘のヒルダは、

「そうねぇ。私も戦争、大好きよ。いい血が飲み放題になるし」

 日傘を回しながら悠然と答える。

 こちらもいつも通りだな。

 ジャックに父親がやられた事に今のところ触れてこないのは気がかりだが。

「ヒルダ……その首を一度落としたのに、あなたも存外にしぶといですね」

 パッ、とカツェを離したメーヤは鋭い視線をヒルダへと向けた。

 最初の和平だのはどうした……

 今のところ場を一番にかき乱してるようにしか見えないぞ。

「――首を落とした程度で竜悴公姫(ドラキュリア)が死ぬとでも思って? 相変わらずバチカンは詰めが甘いわね。ほほほほっ、お父様が話して下さった何百年前と何も変わらないのね」

 手の甲を口元に近付けて、パトラのような高笑いをしながらヒルダは語る。

 やはり、気が重い。

 この段階で様々な欲望や思惑が交錯しているのを感じる。

 ただ1人、遠山だけが話についていけていない雰囲気だ。

 何も知らずに来させたのは失敗だったか?

 だがやはり、この事を言えば来なかった可能性を考えれば何も言わなくて正解だと思いたいが。

「和平、と(おっしゃ)りましたか――メーヤさん?」

 のどかな声でそう切り出した諸葛は、丸眼鏡の奥の細い目をにこやかにさせている。

 この状況においても冷静でいるあたり年季があるな。

 こう言う交渉、大使と言った事に慣れているのがよく分かる。

「それは非現実的と言うものです。元々、我々には長江(チヤンジャン)のように長く、黄河(ホアンホー)のように入り組んだ因縁や同盟、(よしみ)があるのですから。こうなるのは当然の帰結かと」

 言いながら諸葛は風車のプロペラに腰掛けるレキを見上げた。

 そうだ、当然の帰結。

「――私も、出来れば戦いたくはない」

 私はそれだけ言って一同を見渡す。

「だが我々はそういう運命であり、そういう風に出来ているのだ。既にこれはシャーロックが存命中に決められていたこと。ならば、我々は進まねばならない……裁定をしなければならないのだ」

 腹の探り合いはもういいだろう。

 私はそのまま、進行を続ける。

「では、(いにしえ)の作法に(のっと)り、まずは3つの協定を復唱する。86年前の宣戦会議(バンディーレ)ではフランス語だったそうだが、今回は私が日本語に翻訳させて貰った。その事を容赦(ようしゃ)頂きたい。

 第一項、いつ何時、誰が誰に挑戦する事も許される。戦いは決闘に準ずるものとするが、不意打ち、闇討ち、密偵、奇術の使用、侮辱は許される。

 第二項、際限なき殺戮(さつりく)を避けるため、決闘に値せぬ雑兵の戦用を禁ずる。これは第一項より優先される」

 つまりは無駄な兵力は出さず、各組織の代表の戦士がそれぞれ闘う。

 だが……戦士の数に規定はなく、決闘の回数の規制も無い。

 たとえ負傷しても回復すれば戦線に復帰でき、戦闘できる駒がなくなれば敗北だ。

 ちなみに捕虜に関しての規定はない。殺害してはならないという決まりもない。

「第三項、戦いは主に『師団(ディーン)』と『眷属(グレナダ)』の双方(ふたかた)の連盟に分かれて行う。この往古(おうこ)の盟名は、歴代の烈士達を敬う故、永代、改めぬものとする。

 それぞれの組織がどちらの連盟に属するかはこの場での宣言によって定めるが、黙秘・無所属も許される。宣言後の鞍替えは禁じないが、その時に応じた相応の扱いに留意されよ。

 そのまま連盟の宣言を(つの)るが……まず、イ・ウー研鑽派残党(ダイオ・ノマド)を代表して『師団』となる事を宣言させて貰う。バチカンの聖女・メーヤは『師団』。魔女連隊のカツェ=グラッセ、竜悴公姫(ドラキュリア)のヒルダは『眷属(グレナダ)』。よもや鞍替えは無いな?」

「はい。バチカンは元より汚らわしい魔性、その眷属(けんぞく)の者を討つ『師団』。殲滅師団(レギオ・ディーン)の始祖です。ああ神よ……再び剣を取る私をお(ゆる)し下さい」

 聖職者らしく胸の前で十字を切りながら宣言する。

「ああ、アタシもメーヤと一緒なんてなれるもんかよ。当然、『眷属(グレナダ)』だ」

 そう宣言するカツェの向こう側で、

「その通りよ。我々は元より闇の眷属……あなたもそうでしょう? 玉藻(タマモ)

 ヒルダはハイヒールを鳴らして遠山の隣にいる小柄な狐耳の少女に問い掛ける。

「すまんのう、ヒルダ。(わし)は今回『師団』じゃ。未だに仄聞(そくぶん)のみじゃが……星伽は基督(きりすと)協会と盟約があるらしいでの。じゃからパトラ、おぬしもこっちゃ来い」

 狐耳を動かしながら少女――玉藻は答える。

 対してパトラは、

「タマモ。かつて先祖が教わった諸々(もろもろ)の事は、感謝しておるがの。イ・ウーの優等生共には私怨(しえん)もある。それに、(わらわ)も代表として来ておるでな。よってイ・ウー主戦派(イグナティス)は『眷属』じゃ」

 私を見て、含みのある言葉を放つ。

 どちらかと言うとお前は自業自得の部分もあるだろう。

「あー……お主はどうするのぢゃ、カナ」

 そして、カナに対してアヒル口で問い掛ける。

 完全にホの字だな。

 前から知っていたが。

 大鎌を持ってカナは少しばかり目を閉じて――

「まだ"1人"来てないでしょう? 私は個人でここに来たけど、決めるのはそれからにするわ」

 ぞわりとする瞳を開いた。

 持っている大鎌より鋭い……底冷えするような冷たさだ。

 初めてだぞ、あんなカナを見るのは……

 見れば遠山も少しばかり驚いてる。

「そ、そうか……」

 隣にいるパトラも怯え気味だ。

「ジャンヌ、リバティー・メイソンは『無所属』だ。しばらく、様子を見させて貰う」

 低くよく通る声の男がそう宣言する。

 トレンチコートを羽織ったその男は、口元を見る限り美形そうだな。

 リバティ・メイソンの中でも若い部類だろうが歴戦の戦士を(ただ)よわせる。

「――LOO――」

 柱が曲がった風車の傍にいるのは、アメリカから来た代表。

 安全の為、武装の必要はあるだろうが"歩行戦車"で臨む必要はないだろうに。

 そいつはルゥーと単語を発しながらも、何を伝えたいのか分からん。

 せめて意思疎通の方法ぐらい確立してからここに来て欲しかったぞ。

「LOO――LOO――……LOO……」

LOO(ルゥ)。お前がアメリカから来るのは知っていたが、私はお前をよく知らない。意思疎通の方法が分からなければ黙秘と見なし、『無所属』とさせて貰うが――良いな?」

 その確認にLOOが少しだけ、しゃがむ姿勢を取る。

 頷いた感じだ。了承したという事だろう。

「――『眷属(グレナダ)』なる――!」

 たどたどしい喋りでそう宣言したのは、トラ模様の毛皮を着た十代程の少女。

 とは言え、頭に"角"がある以上はヒルダや玉藻と同じ人外の者だろう。

 種族で言えば鬼か。

 身長以上の、メーヤの大剣以上の大斧(おおおの)を振り回し石突を地面に打ち、立てる。

 それで少しばかりこの空き地島自体が揺れた。

「――ハビ――『眷属』!」

 もう一度、鬼の少女はそう宣言した。

 さて、次はお前だぞ遠山。

「遠山……バスカービルはどちらに付く?」

「……何で、俺に振るんだよ……ジャンヌ」

 この場の雰囲気に呑まれ、周りを見る事ぐらいしか出来なかったようだな。

 困惑してるのが分かる。

「お前はシャーロックを倒した張本人だろう」

「い、いや。あれはどっちかつーと流れで……アリアを助けに行ったらシャーロックがいたっていうか……」

「まだ分からないのか? この宣戦会議(バンディーレ)にはリーダーの連盟宣言が必要だ。最近、『バスカービル』という組織が出来た訳だが……その代表としてどうするつもりなのか聞いている」

「どうするつもりって、お前……あれは武偵の学校のチームであって組織とか大層なものじゃない。それに俺はリーダーって言っても、名前を貸してるだけの――」

 その言葉に私は流石に苛立ちを覚えた。

 (しゃく)だが、ヤツの言葉に印象に残っている言葉がある。

 無知は罪だが知ろうとしない事はさらに罪深いと。

 イ・ウーにいた時に説教交じりに言われた事だが――

 この会議の内容を教えなかったのは私の考えだ。

 しかし、遠山……お前は何も"知ろう"としてはいない!

 

 ――ガン!

 

 遠山のいる方向の地面に向かって片手でデュランダルを振り下ろし、地面を穿(うが)つ。

 遠山は私の雰囲気に足を引いた。

「現実を見ろ。貴様は、我々が口火を切る原因を作った。成り行きだろうがその事実は既に変えられない。その責任を取れ」

「お、いッ……」

 私の言葉、そして周りの視線に押し負けたように遠山は言葉を詰まらせる。

 そんな私と遠山に対して、傘を回しながらヒルダが声を掛けてきた。

新人(ルーキー)は皆、そう無様に慌てるのよねぇ。あんまりそうイジメちゃかわいそうよ、ジャンヌ。どちらに付くかなんて分かりきった話よ。遠山 キンジ、お前達は『師団』……それしかないわ。私の父であり『眷属』の蒙古であるブラドお父様の(かたき)なのだから」

 ツリ目を不快とばかりにさらに吊り上げながら、高圧的な息を吐くヒルダ。

 遠山はそちらに視線をやる。

「それでは、ウルスが『師団』に付く事を代理宣言させてもらいます」

 バスカービルの一員でもあり、ウルスの代表でもあるレキが宣言した。

「私個人は『バスカービル』の一員ですが、同じ『師団』になるのですから問題はないでしょう。私が大使になる事は既にウルスで許諾(きょだく)されています」

 その言葉にレキを見ていた諸葛は丸眼鏡と視線を向け、不敵に笑った。

「ならば藍幇(ランパン)の大使、諸葛静幻(せいげん)が宣言しましょう。私達は『眷属』。ウルスの蕾姫(レキ)とその一行には先日にビジネスを阻害された借りがありますからね。残りは……貴方だけですが?」

 諸葛の言葉に全員が目を向けたのは、顔にペイントをした少年。

 道化師のような派手な衣装に、何かの音楽をイヤホンで聴きながらガムを噛んでいる。

 礼節の欠片(かけら)もないな。

 だが話は聞こえていたのか、

「チッ、美しくねえな……」

 携帯音楽プレーヤーをイヤホンごと足元に、言葉と共に吐き捨てるように捨てた。

 それに少しばかり私は、剣を杖のように立てながら眉を寄せる。

「どうやら、お前は何か納得していないようだなGⅢ(ジーサード)

「あァ? 当たり前だ、強えヤツが集まるかと思って来てみりゃ。結局は使いっ走りの集いだった訳かよ。どいつもこいつも取るに足らねェ。とんだムダ足だったぜ。何よりも、だ……ジャック・ザ・リッパー。アイツはどこにいる?」

 他は興味ないとばかりにそれだけを聞いてくる。

「分からん。参加する意思があるのは確か……だが、ここに来るかどうかは不明だ」

「なら、ここに来た意味はねェな。それと、今度は一番強いのを連れて来い。それを全殺しにしてやる」

 私がそう答えると、GⅢはそれだけ言った直後、彼の体からノイズが聞こえてきた。

 その姿が、段々と霧と一緒に消えて行く。

 光学迷彩。

 あまりヤツの事はよく分からないが、随分な先端技術の装備を持っているらしい。

 完全に、気配すらも無くなった。

「――下賤(げせん)な男。吠える負け犬のようだわ。殺す気すらも失せる」

 ヒルダはため息交じりに言葉を吐く。

「でも、これで……この場にいる全員の表明は済んだ。そうよね、ジャンヌ?」

「……その通りだ。最後に――」

 

 ――お待ち下さい。

 

 私の声を(さえぎ)る言葉が、聞こえた。

 この場にいる誰のものでもない声が。

「~~♪」

 童謡である"ロンドン橋が落ちた"のメロディを口ずさみながら誰かが歩いてくる。

 霧の向こうから。

 来たのか……やはり。

 周りにいる者がその方向に視線を向ける。

 好奇、恐怖、怨恨(えんこん)、敵意。

 そんな視線が混じる中で、霧の向こうの影がライトによって鮮明になる。

 19世紀を思わせる、いつも通りの黒のタキシード。

 ジャックが、姿を現した。

「やあ、どうも……紳士・淑女の皆様方。遅れてすまないね」

 気さくそうな笑みを浮かべなら彼は自然に皆の中央で足を止めた。

 そのままシルクハットを取ると、紳士的にお辞儀をして謝罪をする。

「改めて、謝罪を。時間に遅れるのは紳士的ではないが……少しばかり熱烈なファンに追いかけ回されていてね。タイミングを見ていたのだよ」

 熱烈なファン――さっきのGⅢのことか?

 どうも、ジャックを狙っているような話をしていたが……こんなのを追い掛けて何になると言うのだ。

「まあ、それはそうと宣戦会議(バンディーレ)の連盟の表明だったね。私個人としては……『師団』と言いたいのだが――」

「あなたが、『師団』? いつもの気まぐれにしては随分な冗談ね」

「ヒルダ、その方が都合が良いんじゃないのかね? 君の父親を売ったようなものなのだから」

「別に、どうもしないわ。そこは我が父でありながらも愚かだったと認めましょう」

 あのヒルダがそう言うとはな……しかし、ジャックが『師団』?

 敵に回したくはないが、味方でも安心はできない。

 好奇心で動いてるヤツなどに信用などある訳がない。

「個人としては、と言いましたが……それではまるで"個人"で来た訳ではないと、聞こえますが? 貴方はイ・ウー以外に所属している組織はない、と記憶しています」

 諸葛が丸眼鏡を少し指で上げて、疑問を投げた。

 そうだ。私もそんなのは知らない。

 シャーロック以外に誰か上にいる人間などいない(はず)だ……

 何だ、この胸騒ぎは。

「ええ、そうでしょうね……だからここに来たのです。"我々"がどうするのかを――」

「我々? 我々だと? 諸葛の言う通りお前は、イ・ウー以外に所属していた組織はない筈だ!」

 思わず、私は声を出す。

 聞いていない。

 ジャックを御せる人間はシャーロック以外にいない。

 それ以上の人間がいるなど……

「思い込みが激しいですね、ジャンヌ・ダルク。シャーロック以外に何故、私の上に誰もいないと思ったのですか?」

 ヤツは柔和な笑みを浮かべながら寒気が走る言葉を紡ぎだした。

 そんな、バカな……

「さて、ではお教えしましょう。私が所属する組織の名は『エニグマ』――素晴らしいでしょう?」 

 エニグマ……その言葉にカツェが反応する。

 エニグマはナチス・ドイツが用いていたローター式暗号機のことだ。

 だからこそ、言葉の意味も知っているだろう。

 その言葉の意味は――『謎』だ。

「エニグマ……だと?」

「そう、まさに謎の組織! 構成員も! 目的も! 場所も! 何もかもが謎に包まれている!! "探偵"にとっては素晴らしく挑み甲斐(がい)のある組織だろう?」

 私の驚きの言葉に満足したように、ヤツはワクワクしたような子供じみた感じで答える。

 そして、探偵のところで遠山を見た。

「それと、我が盟友であるシャーロック・ホームズを打倒した武装"探偵"である君には是非とも挑戦して貰いたい」

「ふざけるな、そんなのは丁重に断る」

 遠山の言葉にジャックは少し、顎に手をやって何かを思い返している。

「"武偵が謎を解き明かさなかったら意味がない"、と言ったのはどこの誰だったかね?」

「――!?」

 その言葉に遠山は目を見開いた。

 何だ。今の言葉に何を驚いている……?

「お前……」

「はっはっは、いや失礼。いい反応をありがとう。それと、もう1つ良い事を教えてあげよう」 

 愉快そうに言いながらジャックはシルクハットを被る。

「今後もホームズの4世に味方をし続ければ――」

 ……残酷な何かが、

 

 ――君の元パートナーは必ず死ぬ。

 

 今、解き放たれた。

 




探偵なのだから推理と言うか謎解き要素があってもいいじゃない。

ミステリーは謎の領域ですけど……

でも、言葉の意味を考えるのは案外楽しいものですよ。

あと、お知らせとしてはお盆の投稿はここまでですね。

また気長にお待ちください。

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