緋弾に迫りしは緋色のメス   作:青二蒼

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82:気の長い話

 神崎の母親の裁判が行われる日。

 私は同行せず別件で席を外してる。

 場所は紅鳴館。ちなみに変装はしてる……いや、そもそも白野 霧の姿でいたらマズいし当たり前なんだけど。

 イメージは新社会人っぽい女性かな。

 今となってはこの館の管理者は牢屋の中で、今はあの娘が跡を継いでいる。

 しかし、不在みたいなのでちょっとばかり場所を拝借。

 ヒルダは大方、神崎の裁判が終わるまで待ち伏せしてるんだろう。

 携帯に連絡が入る。

 送り人はリリヤ。

 "例の医者の娘"が不穏な動きをしてる……か。

 携帯に送られたメッセージを見て、すぐに閉じる。

 無人機による偵察、光学迷彩による潜入。

 リリヤは結構働きものだよ。

 そして、情報を制する者はってね。

 って言うか最近知ったんだけど、リリヤはほとんどこっちにいるらしい。

 だからって学園島の地下倉庫を拠点にしなくてもいい気がする。

 まあでも、色々と助かってるし無人機のおかげで正体をそんなに知られる事もない。

 それから帰ってきたリリヤが――

「……どうするの?」

 と、小首を傾げて聞いてくる。

 何をするかはまだ言ってないからね。

 計画はお姉ちゃんから聞いてるっぽいけど、具体的な段取りは私に任せるみたいだから……

 今いるここは無機質な壁に囲まれた陰湿な部屋。

 監禁・拷問部屋って感じ。

 たまに使ってたんだろう道具とか手枷とか、色々と置いてある。

「ここに理子お姉ちゃんを苦しめる子を連れてきて、ちょっとばかり教育をする。そのための道具とかを取り寄せて欲しいんだ」

「……分かった」

 粛々とリリヤは頷く。

 その反応に私は少しだけ目をやる。

 ふむ……ちょっと違和感を覚えるけど、すぐに私は次の指示を出す。

「具体的にはこの紙に書いてある感じの配置でお願い、ざざっとね。多分、1週間前後で実行に移さないといけないだろうし」

 吸血鬼解剖・再教育プログラムとでも名付けようか。

 種族で劣等だの優秀だのなんて知った事じゃない。

 まあ、その価値観はそれぞれ……

 私の中では下らないと思ってるけどね。

 そして、それを叩き折るのが最高に楽しい。

「……悪い顔」

「割と見てるでしょ?」

「……怖い」

 無表情なリリヤが少しだけ眉を寄せて引き気味。

 前にもこんなことあったね。

 ふーむ、どうも理性が削られてる感じがする。

 ちょっと今回はいつもより慎重にならないと……油断してたら意識が持っていかれるかも。

 それもこれもヒルダが余計な事をするせいだ。

 それから電話。

 ワイズか……一応、声は変えておこう。

 中性的な男性の声に変えて、出る。

「珍しいね、君から電話なんて」

師匠(マスター)の組織に属した以上は連絡をと思ってね。それに僕をスカウト役に任命したのは師匠(マスター)だろう?』

「じゃあ収穫はあった訳だね」

『運命の出会いがあるとは知っていたけどね。その人物に僕達の事を紹介したら喜んでいたよ』

「名前は……流石に知らないか……」

『そうだね。そこまでは聞けなかったよ。だけど通称は「UNKNOWN(何者とも判らぬ者)」と呼ばれてるよ』

「ああ……なるほど。イギリスで有名な犯罪者の1人。正体不明なのによく分かったね」

『言ったろう? 運命の出会いだ、って。偶然であり必然だよ』

 その偶然を必然だと言わんばかりに引き当てるのがすごいよ、君は。

「是非ともお会いしたいものだね」

『そう言うと思って師匠(マスター)の姉上にお伺いをしてね。居場所をリークしたよ、彼女にね。今頃はそこら辺にいるんじゃないかな?』

 そこら辺にいる、ね。

 ワイズがそう言うってことはかなり近いところにいるんだろう。

 この悪趣味な部屋の中に既にいる可能性もある訳だ。

 ふむ、向こうから会いに来たってことは少なくとも何もしないってことはないだろう。

 それにその通称の犯罪者の犯行の話を聞いてる限りだと、クローズド・サークル――閉鎖空間での殺人がお好きなようだし。

 外界との交流手段を断ち、その場にいる人間に疑心暗鬼を埋め込ませ、互いに殺し合うか自ら死に、最後には"誰もいなくなる"。

 誰も残らないのに同じような事件は続いている。

 まるで誰かが舞台を設定して、登場人物がいなくなれば新しい話を作り出す脚本家のように、何者かが背後にいる。

 そう思わずにいられない犯行がイギリスでは続いてる訳だけど。

 誰もいないんじゃ、話は続かない。

 結局は犯行現場に残した物が全てで、その中に犯人に続く物はない。

 つまりは……()り方は違うだけで私と同じような部類な訳だ。

「分かった、ありがとうワイズ。引き続きよろしくね」

 それだけ言って電話を切る。

「なるほど――UNKNOWN(何者とも判らぬ者)、それはつまり逆に言えば私みたいに"誰にでもなれる"訳だ」

 声を変装してる女性のものに戻して、流暢(りゅうちょう)な英語で言いながら私はそのままリリヤに目を向ける。

「そうでしょう? "初めまして"、と言うべきかな――ミス・アンノウン」

「ウワーオ、一瞬で見破られた。流石は天下の殺人鬼様、格が違うね」

 リリヤではない声で、その人物は陽気に自分の正体をすぐに明かした。

 正直、理子が苦しめられてる事に関しての下りで反応が薄すぎたのが違和感だった。

 あの子ならもうちょっと感情が表に出るからね。

 どれぐらい観察してたかは知らないけど、時間的に長くはないだろう。

 とは言え雰囲気まで似せるとは、私もちょっと驚いてる。

 かなりのやり手、なんだろうね。

 直接的な戦闘とかじゃなくて、やはり私と同じで搦め手を使う部類。

 それにかなり情報に関して素早く入手できる腕があり、観察力もあると見える。

 そもそも一体全体、リリヤに関してどうやって知ったんだか……

 リリヤが彼女を迎えに行ったとも考えられるけども。

 まあ、お姉ちゃんの許可が出た以上さして重要ではないから置いておいて――

「会えて嬉しいよ」

「こっちこそ、お会いできて光栄。自己紹介としては、そうだね……アンノウンって言うのも味気ないから、仮の名でウルスラとでも名乗っておこうかな?」

「本名でないと言ってるようなものだね」

「お互い様、だろう?」

「これは一本取られたよ。正体は……別に明かすつもりはないんだろう?」

 私がそう言うと、彼女はふむ、と顎に手をやって考える。

 それからすぐににこやかな顔になって、

「私のアイデンティティだから、その言葉に甘えさせて貰うよ。あなた達ならきっとすぐに私の正体に辿り着くだろうけど……蛇の道は蛇だものね」

 彼女もまた私と同類なんだと思わせる言葉を紡いだ。

 シンパシーってヤツかな?

 何となくお互いの事が分かる。

「さて……挨拶に来てもらって申し訳ないが見ての通り歓迎の準備は出来ていなくてね」

「別にいいんだよ。ただの興味本位で来ただけ、だからさ。そして実際に会ってみて私以上に君は――」

 

 ――人でなし。

 

 そんな分かりきったことを言うってことは、

「なるほど、初対面でそこまで言うとは……やはり同類だね。君もまた"観察"するのが好きな訳だ。特に人の本性を見るのが愉しみだと、そんな目をしている」

 そう指摘すると、一般人なら底冷えする瞳を開き、そして微笑んでいる。

 ――狂っている。

 素人でも判断できるような泥のように重苦しい、死の気配。

 実に良いね。

「ようこそ、エニグマへ」

 歓迎の言葉をそこで私は紡いだ。

 それから軽く握手をする。

 正気でいるからこその狂気。

 きっと君にも"表の顔"があるんだろうね。

 などと考えながらもリリヤの顔で彼女は、疑問を投げ掛けてくる。

「ようこそって言ってるけど、方針なんてないって聞いてるよ?」

「まあね、好き勝手にやってる。ただ単にお互いの欲望を満たす舞台をたまに協力して用意しよう的な感じの集まりであり、シンポジウム的な事も出来ればと考えている」

「Oh...それは、刺激的な提案。でも、私の通り名を知ってるなら()り方も知ってるんだろうね。ええっと……Mr.(ミスター)? Ms.(ミス)? ジャック」

「女性の時はジルなのだけれどね。まあ……ジャックの方がよく知られてるしどちらでもお好きなように。それと、君の()り方なら存じ上げているとも……10人のインディアンになぞらえたような殺し方。君の場合は、その10人のインディアンの中の"1人"になり、その中で殺していく」

 つまりは、集まった時点で10人のインディアンの1人は既に死んでいる。

 で、その中で疑心暗鬼の種を植え込み、育てていく。

 単純な話ではあるけれど、簡単ではない。

「けれど君が直接的に殺すのは多分だけれど、毎回"1人"だけ。違うかい?」

 私がそこまで言ったところで、彼女はクスクスと笑い始めた。

「アハハ、そこまで分かってしまうなんて。イイね、実にイイよ。君に会えて良かった」

 そう言って彼女は喜んでいた。

 見破られて悔しがるとかではなく、似た価値観――共通の認識を持つ人を見つけたとばかりに、歓喜してる感じだった。

 それから何かを思い出したように、私を見つめる。

「ところで、私を誘った人物から聞いたんだけど……メンバーを募集中だって?」

「まあね。今のところ君を含めて4人だよ」

「それなら心当たりが1人。都市伝説的な感じでニュースにはあまりでないけど、その人物は"アリス"と呼ばれててね。……噂だと刺激的な()り方をするらしい。そう、私と同じようにある"物語"になぞらえてね」

 それは良い事を聞いた。

 早速、メンバーの当てが出来るとは……やっぱり類は友を呼ぶってヤツかな?

 だけど、その人物に関しては直感的に嫌な予感がする。

 童謡や童話は思ったより残酷だからね。

 アリスなんて呼ばれてて真っ先に出てくる物語なんて1つしかない。

 その話は後回しにしておくか。

 自然と耳に入るかもしれないけど、ワイズへはその人物との接触は避けるように釘を刺しておこう。

 私が直接行かないと死ぬような人物かもしれないし。

 まあ、そもそも平気で人を殺せるヤツが常識を持ってるかどうかは別問題。

 倫理的に破綻(はたん)してるのは間違いないし、共通事項だけどね。

「興味深いね、だけど今は少々イベントが控えていて話の真相はまた今度確かめさせて貰おう」

「イベント?」

「ああ、イベントさ。吸血鬼を解剖する予定でね」

 私がそう言ったところで彼女はうーん、と唸る。

「私の趣味ではないね」

「まあ、そうだろう……君の場合は私みたいに人間の"中身"じゃなくて"内面的"な方に好奇心があるようだし」

「会って間もないのにそこまで分かるとは、ちょっと驚きだね」

 と、彼女は少しだけ複雑そうな声音で言う。

 理解されている事に不満はなさそうだけど、あまり理解され過ぎるのもそれはそれで複雑なものなのだろう。

 あまり踏み入った事は言わない方が良さそうだね。

 それに彼女について大体分かったし。

 もうそろそろお開きって感じかな。

「これからよろしく頼むよ」

「ええ、こちらこそ。それじゃ、また」

 私の言葉に彼女は快く答えて、その場を去った。

 本当に私と会うためだけにわざわざ来るとは……酔狂な人物だよ。

 それにお姉ちゃんが私の居場所を簡単に教えたってことは"問題はない"ってことなんだろうね。

 色々と環境は整いつつある。

 そして、やっぱりぼちぼち私は覚悟というか……一つの選択をしないといけない。

 ただ、正直なところ迷ってるんだよね。

 私の方に来る可能性は低いけど、それでも――

 必要か必要でないかと言えば、仕事上は必要ない。

 だけど私の精神の安定のためには必要で、私にとっては初めて持つことができた殺人以外の欲望。

 もし叶わないのなら……多くの人が必要になる。

「すぅー……ハァ……」

 ため息なのか深呼吸なのかも分からない息を漏らす。

 ああ、この湿気に混じる微妙な血の空気は心地が良い。

 同時に今の私には毒だけど。

 ――殺したい。中身を……見たい。

 あの吸血鬼が早く間違いを起こして欲しい。

 私の欲求を満たすためのオモチャになって欲しい。

 魔臓がなければきっと、吸血鬼の伝承にある弱点に対しての痛みを感じることが出来るハズ。

 その痛みに悶える様子を見れば、私のこの熱も冷めるだろう。

 薬による倦怠感も晴れるだろう。

 だから、早く……ハヤク――

 このままだと、私は"歪んで"しまう。

 狂ってるのは知ってる。

 その狂いが歪んでしまうのが私にとっては困るんだよ。

 だからこそ私は――なぁーんてね♪

 

 

 ――エル・ワトソン。

 黒板に達筆な英語の筆記体で書かれたあとに女子の黄色い声が上がる。

 あまりの声量に高天原先生が教壇から足を踏み外した。

 昨日の時点で何かしらやってたのはリリヤを通じて知ってはいたけど、まさか転校してくるとはね。

 しかも"男子高校生"として、とは。

 女性であるのは既に知ってる。

 ワトソン家の事情により、男性として育てられたその経緯も把握済み。イ・ウーにも生徒としていたし面識はある。

 まあ、彼女の事はどうでもいい。

 あまり興味はない。

 気になると言えば、妹である理子が欠席でいない。

 あのコウモリ女の絡みだろうけど、準備が整うまでは我慢我慢。

 最近は我慢してばっかだね……私。

 だけど、もう少しの辛抱。

 それともう一つ気になるのはさっきから変な空気を出してる神崎とキンジ。

 また、ひと悶着(もんちゃく)あったかな?

 ホントにトラブルには事欠かないね。

 雨降って地固まる。

 いつも通りぶつかりながらも仲直りするでしょ。

「エル・ワトソンです。よろしく」

 中性的な顔をしたワトソン"ちゃん"――じゃなくワトソン"君"はそう男性にしては高めの声で、自己紹介した。

 その瞬間にキャー! と再び教室からの女子の歓声が上がる。

 ふーむ……相変わらず男装としては70点。

 子供の頃から男子として育てられた点からして、それらしい振る舞いは出来てる。

 だけど、やっぱり年を重ねるごとに積もる女性らしさを押し殺すことは出来ないよ。

 顔や声は中性的で通せるとしてもね……もうちょっと体は少しだけ男性らしいゴツゴツした感じ出した方が良いんじゃないかな?

 まあ、そう言う体格の男性もいるけどさ。

 と、馬鹿正直にダメ出しなんてするつもりはない。

 言ってしまえば敵なんだし。

 塩を送る必要もない。

 ワトソン君が一番後ろの席に着席したところで、ホームルーム終了のチャイムが鳴ると同時に女子達がワトソン君の席を歓声を上げながら取り囲んでいった。

 いつも通り私はキンジのところへ。

「なんだ、お前はあっちに興味ないのか?」

 開口一番、キンジはそんな事を聞いてくる。

「悪いけど、私のタイプじゃない」

 優等生っぽいのは見ていてつまらないからね。

「なんだそりゃ……女子から見てああ言うのは、一般的に興味があるもんじゃないのか?」

「じゃあ私はその一般的とは違うってことで、ちょっと散歩でもする?」

 居心地が悪そうだからキンジにそんな提案をしてみる。

 私の気遣いに気付いたのか、キンジは神崎をちょっと見てから息を吐いて――

「そうしよう」

 すんなりと提案に乗ってくれた。

 そのまま席を立って私と二人で教室を出る。

 神崎は、複雑な……追い掛けようか迷ってる感じの顔をしていたけど、結局腰が上がることはなかった。

「まーた、トラブル? キンジも好きだね~」

「お前な……気晴らしに誘っといて的確に地雷を踏むなよ」

 教室を出たところで私が軽めに話題を振ると、機嫌悪めにキンジは返してきた。

「地雷は爆破処理に限る」

「普通に避けろ」

 私のボケに対して、的確なツッコミ。

「そして私の考えが正しければ、ワトソン君に関係があると見た」

 いや、知ってるんですけどね。

「正解だ」

「ホームズにワトソン……ね。ま、お似合いなんじゃない?」

「……そうだな」

 間が空いて返すキンジの言葉に少し不機嫌さが残ってる。

 どうやらワトソン君が気に入らないらしい。

 ま、あっちはあっちでキンジの事が気に入らないだろうけど。

 ホームズと言えばワトソン、ワトソンと言えばホームズ。

 そんな切っても切れない関係だからね。

 で、そんなワトソンのポジションにいるのがキンジ。

 長年の関係の中に突然に割り込んできた第三者なのだから、嫌悪を抱く理由は分からないでもない。

 まあ、付け加えるなら割り込んできたというより神崎が選んだんだけど。

「とは言え、どうも個人的にワトソン君は気に入らないね」

 私がそう言うとキンジは少し驚く。

 実際のところ気に入らないのは本当。

「いきなりなんだよ。別に前から知ってる訳じゃないだろ?」

「うーん、女の勘かな? きな臭い感じがするんだよね」

「勘かよ」

「神崎さん程じゃないにしても、私の勘もそれなりに信じれるでしょ?」

「まあな……」

 笑顔の私にキンジは少しだけ、微笑み返してくれた。

 今まで貸しだとか借りだとか色々あったけど、やっぱりキンジに頼られるのは悪い気がしない。

 

 

 その後の一般授業でワトソン君は見事な秀才ぶりを見せた。

 今日転校してきたにも関わらず、授業の内容を理解している。

 まるで、今まで一緒に授業をしてきておまけに予習復習を欠かしていないかのような感じだよ。

 先生から出す問題に全て正答するし、英語はもちろん本場のネイティブな発音。

 しかも貴族らしい、上品なイギリス英語。

 まあ、日本人にその違いは分からないだろうけどね。

 ともかく、海外から転入して初日にここまで勉強が出来るのは流石に驚いてる事だろう。

 日本の歴史に詳しいのはイ・ウーにいた事と色金が関係してる事は無縁ではないだろうけどね。

 何にしてもワトソン君は優等生として十分な印象をアピールできたことだろう。

 授業の休み時間に、もてはやす女子達に向かって、

「少し予習してきたからね」

 と言いながら苦笑いしている。

 さて、第一印象は好印象で成功。

 早くもワトソン君はこのクラスに自分の城の壁を一つ築き上げた訳だ。

 ワトソン君の目的がアリアとキンジの関係の切り離しであることは既に知ってる。

 さて、『西欧忍者(ヴェーン)』の異名を持つリバティー・メイソンの若き諜報員の次なる手は……おそらく相手の外堀を埋めていくことだろう。

 キンジの交友関係は狭いからね、そこを攻めるのが定石だろうし。

 自分に有利な状況を作りつつ、相手の弱点を突いて徐々に攻める準備をする。

 悪いとは言わないけど、優等生だからこそ読みやすい。

 その内、私にも何かしらのアプローチがあるかもしれないけど。

 そこはゆったりと待っているとしよう。

 あの医者の子孫だ。

 読み易い性格をしてるのは知ってる。

 曾お爺さんであるジョン・H・ワトソンはあの子供っぽい性格のお父さんの生涯の相棒だったのだし。

 真面目な常識人の側面が強いらしいけど、前にお父さん曰く『あれほど愉快で退屈しない生涯の友人は彼一人』だと言い切ってるからね。

 その子孫であるあのワトソン君が面白いのかどうかはこれから、だけど。

 ちなみに私の中で気に入らないのと面白いかは別問題。

 それは置いておいて、キンジと神崎の仲は険悪とまではいかないけどお互いに避け合ってる感じだから、この後も別行動するだろう。

 折角だし有効活用させて貰おう。

 

 

「さて、次は専門科目の時間だけど……よければ送っていくよ?」

「今日はやけに親切だな。また貸しにでもする気か?」

「ただの善意だよ」

 キンジは私の言葉に怪しいとばかりに目を細める。

 思惑がないと言えば、嘘になるけど……ぼちぼち私の秘密を話す皮切りを作っておかないとね。

 まずは交渉。

 そして、交渉が上手くいけば私と神崎の"どちらも失わない"で済む。

 それにお姉ちゃんの目的はともかく、その方法は神崎達にとっても最善で、悪くない話だろうからね。

「それで、どうするの?」

「……巡回バスで行く」

「疑ってるの?」

「あんまり世話になるのもどうかと思っただけだ」

 と、言ってキンジはそのまま席を立つ。

 一緒に行くことについては何も言ってないので私はそのまま後ろをついて行く。

 何かを話す事もなく、そのまま2人でバス停へと向かう。

 だけど時間になってもバスは来ない。

 いつもなら神崎の自転車か私の車で2人、ないしは3人で強襲科へと向かってその強襲科から探偵科へと徒歩でキンジは向かう。

 しかし、渋滞もないのに巡回のバスが時間からずれているのは……何かトラブルかな?

「……はぁ」

 と、何に対してかは分からないけどキンジは疲れたような息を吐いた。

 その時に一目で高級車と分かる黒い車が目の前にハザードを点けて停まった。

 何だったかな? ポルシェのカレラ・カブリオレ……だったような気がする。

 詳細は覚えてない。

 価格が1000万ぐらいするのは覚えてるけど。

 (ほろ)が自動的に開きながら、外国車であるため歩道側にある左の運転席の窓が開いて、

「やはりトオヤマか……それと、ミス・シラノだったかな?」

 サングラスを軽くおでこの方へと外して顔をのぞかせた。

「どうも、ミスタ・ワトソン」

 そのまま私は軽くワトソン君に挨拶をする。

「2人とも、バスを待っているようだけれどバスなら来ないよ。この前の交差点で強襲科(アサルト)の生徒達が車内で乱闘して、騒ぎを聞きつけた蘭豹がバスを素手で横転させたからね」

 相変わらずのゴリウー系教師だよ。

 またしても男の寄り付かない武勇伝を作り出してしまうとは……

 ワトソンの説明でキンジは顔が引きつる。

 でもまあ、時間的に充分徒歩でも間に合う。

「仕方ない、歩いて行く?」

「そうだな」

 と、私の提案にすぐにキンジは同意する。

 だけどそこにワトソン君は待ったをかけた。

「乗りたまえ、ミス・シラノ。英国紳士として送っていくよ」

 紳士的な対応痛み入ると言いたいところだけど……そんな親切心で動いているような目には見えないね。

 ドアのロックが解除された音が鳴ってからキンジの顔を見れば、何か嫌な感じを覚えてる風に見える。

「またあとでな」

 だけどそこでそれだけ言ってキンジだけは先にその場を去って行った。

 さて、正直なところイジり甲斐がありそうというだけで、ワトソン君自身に興味はないので切り捨ててもいいんだけど。

 ここは一つ、観察させてもらいましょうか。

「じゃあお言葉に甘えまして」

 運転席と助手席しかないその漆黒のポルシェに私は乗り込み、そしてドアを閉めればそのまま幌が自動で閉まっていく。

 完全に閉まったところでワトソン君は手慣れた感じで車を発進させた。

「こんな高級車に乗るなんて生まれて初めてだよ。なんだか、物怖じしちゃうね」

 最初は当たり障りのない話題を出す。

 おそらくだけど、何かを知りたいなら向こうからアプローチしてくるはず。

 これに対してワトソン君は、爽やかな感じで普通に返してきた。

「そう緊張する事はない。所詮は道具だよ」

「それは庶民的な感覚じゃないね」

「ボクと君とじゃ住んでる環境が違うからね。それはそうだよ」

 私を下に見てる訳でもなく、かといって対等には見ていない。

 まるで値踏みしているような言い回しを感じる。

 仕方ない、イ・ウーでも肝心なところは掴ませない感じだったし……私から少し踏み出すか。

「キンジのこと、気になる?」

「……どうしてそう思うんだい?」

 ワトソン君は前を向いたままそう返す。

「英国紳士関係なく、君があのワトソンの子孫であるなら……目的は神崎さん、そしてそのパートナーであるキンジだろうからね。で、私を乗せたのも彼のことが聞きたかったから……私を車に乗せたのはそういう意図があると踏んでたのだけど、違ったかな?」

「……キミは聡明だね、ミス・シラノ」

 隠すつもりはないらしい。

 ワトソン君はそのまま言葉を続けた。

「なるほどね……キンジのこと、気に入らない?」

「逆にキミはどうなんだい? 彼と元はパートナーだったのに、アリアにその立ち位置を許しているのは何故なのか……ボクはそこが疑問だよ」

 質問に質問で返されるのは困ったものだね。

 だけど、キンジに対して好印象を持ってないってのは分かった。

 まあ元々真面目でお堅いエージェントって感じだったから、女たらしのキンジが気に入らないのは別段不思議ではないけど。

 義理堅いってだけで、キンジは真面目か不真面目かで言ったら不真面目な部類だからね。

 筋は通す、けれどもそれ以外には無頓着。

 と、キンジのことは今は置いといて――

「今は彼女に彼が必要ってだけ。だから私は一歩引いてるだけだよ。結局のところ家柄的に長年の付き合いがあるワトソン君としては、キンジに対して不満かな?」

「――勿論だとも」

 どうやら感情も隠すつもりはないらしい。

 ハンドルを握る手に力が微妙に入ってるのが分かる。

 相変わらず感情的なんだから……イ・ウーで私にからかわれた時もよく手が出そうになってたし。

 ただまあ、腐ってもエージェント。イ・ウーにいた時は潜入目的もあったから大事な一線は越えなかったけど。

 そのまま交渉とばかりにワトソン君は口を開いた。

「不満はあるけどそれとは別に、ちょっとした事情があってね。キミに協力して貰いたいんだ」

 何かを切り替えるように冷静になり始めたね。

 お得意の工作か。

 イ・ウーでは私には負けるけどその根回しの良さと陰湿さは認めてるよ。

「込み入った話をすると、イギリスでの問題でね。アリアをこちらにいさせることに対して不満の声が高まっている。だから一度、こちらに戻ってきて欲しいのだけれど話をする機会がなくてね」

 そして、早くも私の察しが良い事を利用するか。

「つまり、キンジと神崎さんを一時的に遠ざけてその機会を多くして欲しいと」

「少しだけで良いんだ。ボクもこちらに来て日が浅くてね。まだ"やること"があるんだ」

「まあ、イギリスの問題なら仕方ないね。やってみるよ」

 私がそう話をしめたところで、強襲科の近くへとちょうど停車した。

 扉を開けて、ワトソン君に一言。

「送ってくれてありがとうね」

「英国紳士として当然だよ、ミス・シラノ。タダで頼むのも何だから、今度お礼をするよ」

 さっきまでの怒りの混じった表情はなく、ワトソン君は柔和な笑みを浮かべてそれだけ言った。

「別にこれぐらいお安い御用だよ」

 私も柔和な笑みを浮かべて扉を閉め、私が車から離れたのを見てからワトソン君はすぐに車を発進させた。

 さてと……具体的に何をするかは知らないけど。

 というか具体的な話はしてなかったね。

 色々と掘り下げようと思えば、掘り下げられた。

 でも、どういう根回しをするかは予想がつく。

 だからと言って、別に邪魔をするつもりはない。

 むしろ、私もキンジと話をする機会が欲しいとは思ってたからね。

 気の長い先の話にはなるかもしれないけど。

 いつも通り、私はこれからの楽しみ方を考えながら強襲科へと向かうのだった。

 




いろんな意味でしんどいわ!

今以上に更新が出来ない可能性がなきにしもあらず。

タイトル通り気の長い話ということで、お待ちください。

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