緋弾に迫りしは緋色のメス   作:青二蒼

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はい、半年ぶりですね。
理由は聞かないでくれ。

ざっくり言うと、色々と割としんどいね。

おかげで誤字とか表現もあんまりかもしれない。


84:希望を持たせるほど

 

 早朝――気怠さが残る目覚め。

 これは眠いとかしんどいとか、そんな気怠さじゃない。

 最近はいつもこれだからね。

 無理して我慢してるってことなんだろう。

 限界ではないけど、レッドゾーン手前のイエローゾーンであるには違いないね。

 だけどまあ、そろそろ色々と動き出す頃だろう。

 ――この我慢も、一つの楽しみとしておこう。

 私は隣で小動物のように寝てる理子の頭を軽くなでる。

 ふふ……お姉ちゃんが、ちょっとしたサプライズを用意してあげるからね。

 心の中でそう呟いて、私は素早くベッドから降りてリビングへと向かい、着替える。

 着替える途中で腕とかを軽く見る。

 注射痕は目立たない位置になるべくしてるけど……あんまり見られたくはないね。

 特にキンジには――

 女の子なら見た目には気を遣わないとね。

 それから素早く武偵高の制服に着替える。

 もう、3年前かな……中学の3年生の時にお父さんに着物をもらった時は服なんて変装道具程度にしか考えてなかったけど。

 今なら見た目に気を遣う理由は何となく分かる。

 本当に何となくだけど……あとはまあ、あんまり心配かけたくないかな?

 と、それは置いといてご飯を準備して行こう。

 クラスで唯一、私だけがキンジの味方。

 いや、理子やジャンヌもある意味では味方かな?

 神崎は複雑な立場だけど。

 どっちにしても、クラスの他の連中は見る目がないね。

 ただワトソンの手駒として利用され、踊らされてることに気付かないなんて。

 まあ、それはそれで外から見てて面白いんだけど。

 あとは……リリヤに連絡して、準備の最終段階に移行して貰おう。

 

 実に、愉しみだよ。

 

「キーちゃん?」

 寝起きとは言え、お姉ちゃんとは言わないあたりちょっとは精神的に余裕が出来たかな?

 理子が目をこすりながら寝室から出てきた。

「おはよ、朝ご飯食べたら退散しよっか」

「うん……」

 と、生返事気味に理子は答えて洗面所に向かう。

 そのまま着替えた理子と共に朝食を食べて、キンジへの朝食について書置きしたところで部屋を出る。

 そして、男子寮の1階の出入り口付近で神崎と出くわした。

「おはよ、神崎さん」

「霧……理子も、なんでここにいるのよ」

 目をパチクリさせたと思ったら、私の挨拶に不機嫌そうな顔をして返した。

「何でいるって言われたら、簡単な話だけどね」

 私はそれだけ言って、明確には答えない。

 ただ付け加えるとすれば――

「私はキンジの味方だから」

 笑顔でその言葉を告げると、神崎は何かを後悔してるような顔。

 貴族の立場とワトソンの方を優先してる事実にどこか気付いてる感じだね。

 こういう時、身軽な人は有利なものだよ。

「そう言う自分こそ、なんでここにって――聞くまでもないよね」

「別に、何でもないわよ……」

 何もなかったら女子が男子寮に来る訳ないでしょうに。

 相変わらずウソが下手だね。

 この先そんなので生き残れるのやら……

 まあ、仮に生きてても心が先に折れちゃうかもね。

「それじゃ、私達はこれで。早めに問題は解決しておきなよ。キンジと神崎さん、いつものごとくどっちにも原因があるだろうけど」

 それだけ気軽に告げて私と理子はその場を去る。

 神崎が遠ざかったところで理子が聞いてくる。

「ねえ、キーちゃんは結局いつまでキーくんの味方でいるの?」

 と、どこで敵対するのかを遠回しに聞いてる感じだね。

 チームを組む時もそんな話した気がするけど……

 実際問題、神崎がお姉ちゃんの要求を呑む気がないのならそれが明確な宣戦布告。

 ただまあ、それは"敵対する理由"であってキンジの味方を"やめる理由"じゃない。

 本人は覚えてるかどうか知らないけど、パートナーである限りキンジを守る約束はあの夏で終わった。

 チームは組んだけど、パートナーとは違う。

 いつまで味方でいるかって言うのだったら、そうだね~

「"私"が死ぬ時、かな?」

 『宣戦会議(バンディーレ)』でも明確に忠告したし。

「ま、そこは気にしないで良いよ」

 まだ先の話だからね。

 それに彼らは"謎"にすら、まだ辿り着いていない。

 今は謎が起きるまでの予兆と言ったところかな?

 その私の言葉に理子は不安げな視線を向けている。

 いや、別に私が死ぬんじゃなくて"白野 霧"が死ぬっていう意味で言ったつもりなんだけど……

 この様子だとその意味で通じてないっぽいね。

 ついこの間には約束を果たすまで死なないって言ったのに。

 仕方ない……自殺願望がある訳じゃないけど、"証拠"を見せるしかないか。

 ちょっとしたネタバレ演出をしてあげよう。

 今まで証拠を出さない私が証拠を見せる、ね。

 まあ、それも良いでしょう。

 

 ◆       ◆       ◆  

 

 相変わらずお姉ちゃんは何考えてるか分かんない。

 いや、自分が楽しくなる事に関して余念がないのは知ってる。

 特に人を観察し、精神的あるいは物理的……どちらの中身もお姉ちゃんはいつも見たがっている。

 人間、人外問わず善であれ悪であれ、なぜ中身は一緒なのか?

 腹黒いという言葉はあれど、実際に人の腹は黒くない。

 拷問なんてするのはこの地球上で人間だけ。

 人の残酷さを分けるものは何なのか?

 なんて……妙に哲学っぽいことを過去に語って、それがお姉ちゃんにとって人を切り裂いて中身を見る理由だと答えた。

 なんであたし……こんな関係ない事を思い出してるんだろ。

 まあでも、肉体的なものから精神的なものを見出そうなんてのは狂った考え方なのは間違いない。

 お姉ちゃんが言ってるのは、悪人の血は黒くて、善人の血は綺麗な赤色をしている。考えが歪んでる人は頭蓋骨が歪んでいて、頭のいい人は綺麗なのだ。

 極端に言えばそんな感じのことを確かめようとしてるんだからね。

 意味なんてない、そう言われてもお姉ちゃんは「だからなに?」って返すだろう。

 好奇心で動いてる人だから、自分が納得しなかったら誰に何を言われても止まることはない。

 どんな姿でも、自分を見失っていない。

 ま、ちょっとした憧れなのかもね~

 りこりんって、他人の持ってるものを欲しくなっちゃうし。

 人が持ってるからこそ価値がある。

 

 ――逆に持ってる人がいなかったら?

 

 そんなのは落とし物を拾うのと一緒。

 盗みじゃない。

 なんて……盗みの美学を一人で考えてみたり。

 …………。

 ………………。

 ダメだね~あたしってば……キャラがブレブレだよ。

 何もかも中途半端。

 あたしがいるこの建設途中のスカイツリーみたいに、大事な部分が欠けてる。

 分かってるよお姉ちゃん。

 お姉ちゃんがよく言ってるように、自分に素直になるよ。

 あたしは――お姉ちゃんを失いたくない。

 家族を失いたくはない。

 もう、独り置いてかれたくなんてないんだよ。

 "たとえ自分を失うこと"になっても……

 450メートル付近の鉄パイプと鉄板を組み合わせた簡素な階段で待っていると、誰かが上がってくる音がする。

 そして見えてくる人影。

 やっぱり来たんだ、"キンジ"。

 なんとなくそんな気はしてたけどね。

「――キンジ」

 あたしがそう呼びかけると、キンジが振り仰ぎ、鉄骨の陰にいるあたしに向かって声を掛けてくる。

「"アリア"……!」

 そのままキンジは話しながら階段を駆け上り、あたしは下る。

「お前、大丈夫か? ワトソンに薬を飲まされたらしいが――」

「平気よ。ここに着いた時には寝てたから、何が何だかって感じだけどね。あんたこそ、平気? ここに来たってことは……戦ったんでしょ?」

 お互いに階段の途中で合流して、あたしはキンジを窺うように見て、話を進める。

「あんたとワトソン、どっちかが上がってくるとは思ってたけど……そう。負けたのね。上がってこないってことは……まあ、ヒルダとの取引に失敗したんだから仕方のないことなのかもね。そこら辺の話も、もう聞いたんでしょ?」

 外堀通りでの戦いから既にワトソンとヒルダは取引をしていた、アリアごと『眷属(グレナダ)』に鞍替えするという取引を。

 その前にあたしはお姉ちゃんを人質にされ、脅迫されてる。

 そして、ワトソンとキンジの戦いを監視していたヒルダは敗れたワトソンがすぐにキンジに助力する素振りを見せた時点で無力化した。

 ワトソンは人外との戦いに精通し、慣れている。

 何より、イ・ウーでお互いを知ってるんだから最優先で潰すに決まってる。

「……ああ。ある程度はな」

「そう」

 あたしは一つ瞬きをして、キンジの袖を掴んで軽く上に引っ張る。

「来て。ヒルダと話すわよ」

「話すっ、て。俺とお前はヒルダの親父を殺し……ちゃいないが、(かたき)なんだぞ? 話が通じる相手なのかよ」

「通じるわ。それに最終的に止めを刺したのはジャックでしょ? どちらかというと恨みはあたし達より、向こう寄りぽかったわ」

 実際問題、ヒルダはお姉ちゃんを目の敵にしてる。

 表向きは自分の実力が上のように振舞っているけど違う。

 頭が良いと実力差もそれとなく察してしまえる。それがヒルダの悪いところでもある。

 下等だと思っている存在に手も足も出ない。

 それ以外でもプライドをそれなりに傷つけられてる。

 本命はジャックで、キンジやアリアはお遊戯のつもりだろう。

「それに彼女は計算高いの。シャーロック・ホームズ……曾お爺さんを倒したキンジをそれなりに警戒してるらしいわ」

「……買い被られたもんだな」

 キンジはそう言って息を吐く。

 買い被りじゃないとは思うけどね。

「来て、キンジ。ただ戦うだけが武偵じゃないわ。交渉の余地があるならして、『師団(ディーン)』に寝返らせることまでは出来なくても、不可侵条約くらいは結べるかもしれないわ」

 そう言ってあたしはキンジの袖口を引いて階段を上る。

 

 でも、あたしはこの時には思いもしなかった。

 あの人を失うことになるなんて。

 

 ◆       ◆       ◆  

 

 吹きさらしのスカイツリーの第2展望付近からさらに上で、私は高見の見物。

 リリヤを連れてくるのはやめた。

 前の時は我慢出来てたけど、今回は暴走しかねない。

 そのために準備だけ進めておくように指示を出して紅鳴館で留守番してもらってる。

 私の我慢もここまで……

 本来なら成長の機会を奪うっていうのは、あんまりしたくないんだけど。

 妹の苦悩してる姿を見て、ちょっとだけ愉しんでる自分がいる。

 私の切っても切り離せない、悪心、嗜虐心、好奇心。

 でも、それ以上に今の状況を気に入らない自分がいる。

 悪いね、理子。

 君の過去との決別の機会、ちょっとだけ奪わせて貰うよ。

 本来なら見守ってるのがベストなんだろう。

 けど、"約束"したからね。

 同じようなことがあればあたしは助けに行くって。

 既にヒルダは第三形態になっている。

 雷を纏い、蒼い稲妻が槍からほとばしっている。

 髪をメデューサのように揺らめかせるさまはまるで悪魔だね。

 本人は雷を操る神にでもなったつもりだろうけど。

 だけど、悪いね。

 今の私は神すらも殺すつもりだよ。

 人を殺す鬼ではなく、神をも殺す、殺"神"鬼ってね。

 そのまま私は作りかけの第2展望台へと向かって飛び降りる。

 

 ◆       ◆       ◆  

 

 ヒルダの先端の槍の青白い電球が徐々に大きくなっている中、漆黒の人影が俺達の前に降り立つ。

「クライマックスのところ、水を差すようで申し訳ないね」

 そんな場違いなタキシード姿で降り立ったのは、あの切り裂きジャック。

 上から降りてきたところを見るに、どうやら今までこの作り掛けの第2展望台より上にいたらしい。

 しかし、今になってどうして降りてきた。

「あ、あんたは!?」

 アリアも降りてきた人物を確認して目を見開く。

 理子も同様だ。

「すまないね。今まで特等席で見ていたが、ちょっとばかり個人的な用がヒルダにあってね」

 などとジャックは気軽に語り、ヒルダに目を向けた。

 その瞬間に、ヒルダは肩を揺らし。

「ふふ、はは……ほーっほほほほ!」

 上品に手の甲を口にやって高笑いを始めた。

 その間にも稲妻がまるで風のように俺達に吹きすさぶ。

「今までどこにいたかは明白。だけど今になってどうして来たのかしら? それも私のこの第3態(テルツァ)――神となった時に!」

「神……か。古代の話だと、そういう神を殺してきたのはいつでも人間らしい話を聞いたが、さて一介の殺人鬼ははたして神を殺せるのか……うむ、面白い題材だね」

 などと、ジャックは面白そうに語り掛ける。

「お前……何しに来た?」

 俺も流石に意図が分からず、そう尋ねる。

「なに、借りを返しに来ただけさ。こう見えて英国紳士なものでね」

 だがヤツは、表も裏もないとばかりに肩をすくめて簡潔に答えた。

 確かに横浜ランドマークタワーでそんなことを言っていたが……マジで返しに来るとはな。

「どうするつもりだ?」

「それを言っては面白くないだろう?」

 ジャックに俺は打開策があるのかと聞いてみたが、答える気はないらしい。

 だが、ヤツは悠々とヒルダに向かって歩き、立ち止まって両腕を広げる。

「さて、神であるというのなら慈悲というものがあるだろう。私の命一つでどうだ、手打ちにしないか?」

 その言葉に誰もが驚愕する。

 何を、言ってるんだ……?

 自分の命をまるでゴミを捨てるような感覚で、ヤツは語った。

 ただ一つ言える、この状況そんな事を言い出せるコイツは間違いなくイカれていると。

 まさかこれが打開策だとでもいうのだろうか?

 俺達にはその心意は理解しようがない。

 そんな中でヒルダは再び笑い出した。

「ほほ、ほほほ……ほーっほっほっほ! 随分な心掛けね! 遂に私のこの姿を見て、諦めたのかしら! 私から理子を取り戻すことに……!」

「いいや、別に諦めたわけではないよ。だからこうしてチャンスを待っていたわけだ」

 ジャックの言葉に理子が言葉を失っているのが分かる。

 ――なんで……?

 そんな感じの、やり場のない疑問が心の中で渦巻いてるような顔だ。

 俺達には既に"謎"しかない。

 このジャックという男の存在自体に。

「それとも、こうしてあっさり終わってしまうのは心外かな?」

「ええ、そうね。あまりにあっけなさ過ぎて、私の憤慨をどこにぶつければいいのか……そのあとを考えてしまうわ。お前には散々にコケにされた事だし、拷問の後に惨たらしく殺してやろうと思っていたのに!」

 ヒルダは槍を向けて、稲妻をはしらせながら怒っている。

 その怒りに呼応して俺達の方にも電気が軽く襲い掛かる。

 一体、どれだけの事をされたのかは分からないが……ジャックに恨みがあるのは間違いないみたいだな。

「じゃあ、やらないのかい?」

「まさか……折角の機会よ。不本意だけど――」

 そう言ってヒルダは理子の方に槍を向け、

「お前は"最後"よ」

 躊躇なく槍の先にある雷の星を理子へと向けた。

 そして――

 

 バチ、シュゥゥゥー!

 

 そんなよく分からない高音と共に星が閃光となって理子に襲い掛かる。

「「理子!」」

 俺とアリアが叫ぶと同時に、星は落ちた。

 まるで落雷のように星は弾け、理子は閃光に包まれた。

 コイツ……やりやがった!

 そう思ってヒルダを睨み付けるが、ヒルダは茫然とした顔をしている。

 俺はその様子に疑問を覚え視線を再び理子の方へとやると、理子の前に別の人影が見えた。

 そのままシューと、白い煙を立てて倒れる人影。

 俺でも、アリアでも、理子でも、ヒルダでもない人影。

 ジャック以外の他にない。

 あれだけの電撃を受けて生きてるのは絶望的。

 脈を確かめる必要もなく、誰もが直感で分かる。

 

 ――ジャックが死んだ。

 

 世界的な犯罪者は、呆気なく終わりを迎えたのだと。

「……ヤだ、イヤだよ……ウソだ」

 ただ1人、理子だけが悲しんでいる。

 この殺人鬼の最期を。

 師弟関係なのはジャンヌやブラドの言葉で分かっていた。

 だが、理子からすれば涙を流すほどにこの殺人鬼との関係は浅いものではないらしい。

 などと俺は、この状況で冷静に分析している。

 何故、冷静でいるかは俺自身……分からない。

 ただ単純に理解と実感が追い付いていないだけだろう。

 どこか、他人事のように感じてしまう。

 続いてアクションを起こしたのはヒルダだ。

「ふ、ふふ……ほーっほっほっほ!」

 再び高笑いをしだす。

「バカね。死んでしまえば、何も出来ないと言うのに! ああ、でも……ちょっとだけスッキリしたわ。ちょっとだけ、だけど。もっと苦しめてお前の顔から道化のような笑みを奪って、血を抜き取りながら生きた輸血パックにでもなってもらおうと思っていたのに。まあいいわ……その役割は4世、あなたにしてもらおうかしら」

 などと、ヒルダは蒼い雷の中から理子に目を向ける。

 だが、理子には既に誰の言葉も届きそうにない。

 何か大事な家族を失ったような、そんな顔をしている。

 瞳に生気はない。

 もう、どうでもいいとばかりにジャックの死体の傍に近寄り、頭を垂れてる。

「ウソツキ……」

 ただ一言、それだけ言った。

 その言葉と同時に再び変化が起きる。

 ジャックの体が、なんだ……光り、始めてる?

 しかもその光は段々とピンクから緋色へと輝きを増していく。

 その色に俺は見覚えがある。

 そんな、バカな。

 この色は……ボストーク号でも、宣戦会議(バンディーレ)とやらでの会合場所でも見たこの輝きは――!

 そのままジャックの体を光が包み込んだかと思うと、ヤツの指先が動き始め、そのまま両手を地面につき、ゆっくりと立ち上がる。

 マジかよ……

 そのまま体の調子を確かめるように軽く首を回して、ジャックは再びヒルダを見る。

「まさかとは思っていたけど、やはりお前――」

「なるほど、そう言うということは……予想はついていたのか」

 ヒルダは確信を得たとばかりに言葉を発し、ジャックは死んだとは思えない感じに話し出す。

「まあ、つまりはそういうことだ。私は保有者だよ。これが緋々色金の不老不死の秘密、時間を巻き戻し、自分が死ぬ前――生きていた時間へと戻る。まあ、私も初めて使ったのだがね」

 それはつまり、こいつは何をしても死なない。

 ある意味こっちにとっては絶望的な話を普通に語り明かした。

 立ち上がったジャックは、さっきとは打って変わって笑みが消えている。

 その表情にヒルダは雷をまとってるにも関わらず後ろへと下がった。

 ヒルダと同じように俺も少しばかり震える。

 雷に照らされるジャックの表情を見ていると、まるで自分が直接対峙してるような錯覚を受ける。

 雷以上に肌がざわつくこの感覚は、殺気……なんだろう。

 クソ、死んで復活するなんて今までで一番非現実的な光景を目にしたが……これは思っていた以上に奇妙な光景だ。

 キリストみたいな神々しい復活劇とは遠くかけ離れてる。

 不気味の一言に尽きる。

「さて、君の出番は終わった」

 ジャックは無表情にそう告げ。

 

「――My turn(私の番だ)

 

 瞬間、ジャックの姿が消え――

 ヒルダの周囲にナイフが球体のように取り囲み、全方位からヒルダに向かって飛翔し、串刺しにする。

「――うぁっ!?」

 一瞬でハリネズミのように全身がナイフだらけになったヒルダが、片膝をついた瞬間。

「キャァァァァァァぁァっ!?」

 身にまとっていた雷が彼女に襲い掛かり、断末魔を上げる。

 まさか、今ので魔臓が全て刺されたのか!?

 ヒルダが無限回復を失ってるのが分かる。

「おや、どうやら運がよかったようだ」

 と、一瞬消えたジャックはさっきと同じ位置に現れて言ってるが……一体、コイツは何をした。

 何もしてないのにナイフが一気に現れたぞ。

 まるでアニメや漫画の技みたいに。

「あ、あぁ……そんな、ウソ……これは悪夢……あぅぅ……私が、私が、こんな奴に……」

 そのままヒルダは(うめ)きながらズルズルとジャックから逃げるように、這いずり回っている。

 だが雷は炎となって襲い掛かり、前が見えないのか……ヒルダはそのまま、展望台の外を目指している。

「お、おい! そっちは外だぞ!? ヒルダ、そっちに行くな!」

 流石に見かねて俺は声を掛ける。

 だが聞こえていないのか、そのままヒルダは止まらない。

 救出してやりたい、が燃える炎には近寄れないッ。

 そのままヒルダは展望台の縁に手を掛け、そのまま雨でその手を滑らせる。

「あぅっ……!」

 ヒルダは一声あげて、そのまま絶叫と共に展望台から落ちた。

 それからすぐに、静かになる。

 雨音だけが……この場に残った。

 そのままジャックはゆっくりと展望台の外へと歩き出す。

「これで借りは返した。次はもう少し別の機会でお会いしよう。そして、君たちは知るだろう。本当に恐ろしいのは"人"である、とね」

「ま、待ちなさい!」

 アリアはいち早く捕まえようと動き出したが。

 ヤツはすぐに飛び降りた。

 貸し借り、俺はその言葉に微妙に引っ掛かりを覚えるのはなぜだ。

 それは、誰も答えちゃくれない……俺自身が解き明かすべき謎だった。

 

 ◆       ◆       ◆   

 

 色金の時間を逆行する力。

 脳が死ぬ前に自分自身に使えば死ぬ前に戻る理論はこれで証明された。

 問題は二度と使いたいとは思わないってこと。

 やり直せる人生に、私は楽しみを見出せない。

 それに、諸刃の剣でもあるし。

 生き返れても侵食は進んでるなんて本末転倒にも程があるよ。

 寿命が削れてるのに変わりはない。

 さて、黒焦げになったヒルダを追い掛けて落ちてみたけど、どうやら第1展望台へと落下したらしい。

 それでも100メートル以上落ちてるんだから瀕死には違いない。

 生きてたらラッキー程度だったけど、まさか本当に生きてるとは。

 まあ、彼女からすればこのまま死んでた方がマシかもね。

 だけど……折角の楽しみなんだし。

 ここで死んで貰っては困るんだけどね。

「そこにいるのは誰だ!?」

 おや、どうやらワトソン君が近くにいるらしい。

 見つかる前に退散させて貰おう。

 ヒルダを抱えて、そのまま私は再び展望台から落ちる。

 すぐにワイヤーでターザンのように下の階層へと移り、スカイツリーを降りた。

 それから人に見つからないように変装をして、ヒルダを近くに停めてあるレンタカーのトランクに放り込み、そのまま紅鳴館へと向かう。

 どうやら気絶してるらしい。

 その方が好都合。

 まあ、ついでに麻酔と睡眠薬を打ってるからそう簡単には目を覚まさないだろう。

 吸血鬼の無限回復はなくなってるし。

 そのまま紅鳴館へと着いたところで、玄関先でリリヤがお出迎え。

「準備は?」

「……出来てる」

 無表情に扉を開けて保持してくれているリリヤと同時に私はヒルダを抱えて、地下の秘密の部屋へと向かう。

 その一角には病院のような手術台と、携帯系の心電計、輸血装置、それから手術道具と簡易的な手術場所がある。

 久々に解体じゃない手術だね。

 まあ、そんなに失敗する気はしない。

 見たところバイタルは安定してるし、黒焦げとは言え……魔臓まで焼けてはいない。

 何より生命力が人間と違う。

 見た目は瀕死だけど普通に手術には耐えられるだろう。

 問題は血液、B型のクラシーズ・リバー型。それは理子の血液型と同じ。

 だけど、この血液型は170万人の内の1人ぐらいしかいない貴重なものだからね。

 何でヒルダの血液型を知ってるのか……知ってると言うよりは、逆説的に考えただけだけどね。

 ブラドやヒルダが理子に執着する理由を。

 なので準備は万端。

 まあ、私は闇医者的なこともたまにしてるから、日頃解体しながらもそういうストックをしてあるんだよね。

 ――さて、始めようか。

 

 

 とまあ、そんなこんなで手術をしてたら夜明けの時間帯。

 補佐をしてくれたリリヤのおかげで、普通に終わった。

 ナイロンの手袋を取って、手術エプロンや帽子を取り、そのまま私は学校へと行く準備をする。

「それじゃあ、私は学校に行ってくるね。目を覚ましたら暴れるだろうし、拘束してるけど危なかったら麻酔でも打ち込んどいて、どギツイやつを」

 リリヤにそれだけ指示して、私は私でいつも通りの日常へと戻る。

 学校に行く途中で私は理子が入院したことをキンジからメールで知らされた。

 返信をしつつ、そのまま私は学校へと向かい授業を受ける。

 放課後にお見舞いでも行こうとか考えてたら普通に理子は登校してきた。

 ある意味、都合が良いのか悪いのか……

 文化祭の準備で今日は短期授業なので、昼には終わる。

 きっと、理子……怒ってるだろうな~

 絶対に授業終わったら、"お話し"が待ってるに違いないね。

「ねえ、キーちゃん。お昼、"空いてる"よね?」

 そんなこんなで授業が終わっての妹の第一声。

 当然だけど目が笑ってない。

 空いてるよね? なんて、聞いてはいるけど実際に選択肢なんてない。

「いいよ、別に」

「そっか……早くいこ」

 なんてにこやかに言ってるけど、言葉の裏に黒いものが見えるなあ……などと思いつつ、そのまま理子に連れられて屋上に。

「あー……理子?」

 流石にこういう時はおちゃらけるのは悪手だって分かる。

 取りあえず声を掛けてみるけど、理子は私の目の前で背を向けたまま。

 それから理子は肩で息を吐いて意を決したように振り返る。

「バカ」

 目を潤ませて、ただ一言。

 泣きそうになるのを堪えながら、理子は私を見据えていた。

「なんで……いつも、そうなの。お姉ちゃんは、もっと自分を大事にしてよ……!」

 そう言われてもね。

 理子には悪いけど私は元々、生死にあまり興味がない。

 生きる執着もないけど、死ぬことに恐怖もない。

 ただ単に楽しみのために生きてるだけで、自分の中に生きる理由がない。

 私が生きてるのは自分に楽しみがあるんじゃなく、周りに楽しみがあるから。

 それだけ。

 "個"じゃなく"他"に生きる理由が寄ってる。

 だから、私は周りから楽しいと思えることが消えたらそのまま死んでもいいと思ってる。

 まあ、自分から楽しいと思えるようにいつも努力はしてるけどね。

「私は死なないよ」

 "楽しみがある間は"。

 それに、今回ので理子は私がそう簡単に死なないと分かってくれたはず。

 十分に安心できる理由だと思うんだけど、そうじゃないっぽいね。

 この様子を見るに。

「ウソだよね。色金を使って侵食してない訳がない、そうでしょ?」

 ありゃま、バレてる。

 当然と言えば当然の帰結だよ。

「長くはないかな~……」

 バレてるなら隠す意味もない。

 私はにこやかに答える。

「ああ、でも……今すぐにどうこうなるって訳でもないし。お姉ちゃんを救えれば問題ないからね」

「方法は……? ないの?」

「方法はある。焦ってもダメだよ、計画はちゃんとあるんだから」

「……本当だよね?」

「本当だよ」

 私の言葉に理子は心配そうな顔をしてる。

 どうやら前回の選択は失敗だったらしい。

 私が死ぬのを怖がってるから、死んでも問題ないというのをアピールしたつもりだったけど……逆に不安を増長させただけだね。

 見通しが甘かったかな?

「――約束して」

「何を?」

「この前みたいに死んだりしないって」 

 そして、今はちょっと怒ってるっぽい。

 理子は約束してと言うけど、正直に言うと保証は出来ない。

 なぜかって言うと時間はないし、私の未来には不確定要素がありすぎる。

 お姉ちゃんの計算上であったとしても、それは安全を保証するものではないからね。

 私は出来ない"約束"はしない。

 希望なんて持たせるだけで残酷になる時もある。

「"善処"するよ」

 私のその言葉に理子は何とも言えない表情をした。

 嘘でも約束しておけばよかったかな?

 今にも泣き出しそうで、私の言ってる意味を理解してるんだろう。

 約束してくれなかった。

 それが何を意味しているのかをね。

「お姉ちゃんの……バカ!」

 それだけ言って理子は私の横を通り過ぎて、屋上を降りていった。

 うーん……泣かせちゃったかな?

 ブラドとの戦いの後に、妹に心配かけたらダメだよ的な説教をしたけど……私も人のこと言えなくなってしまったね。

 今までは色々と上手くいかなくても戸惑いだとかあまり感じることはなかったんだけど。

 今回ばかりは言葉に表しにくい。

 変な気分だ。

 理子のことは……あとで考えよう。

 あの様子だと、しばらくは口をきいてもらえないだろうし。

 

 

 ヒルダの手術をして2、3日。

 さすがは吸血鬼と言うべきか、回復力は目覚ましい。

 未だに魔臓は修復してないけど、それでも黒焦げになってた皮膚は肌色を取り戻しつつある。

「お前、どういうつもり?」

 こちらをキッとにらみながら手術が終わった12時間後には意識を取り戻したヒルダは高圧的にそう聞いてくるけど、彼女は何もできない。

 手術台もかねたベッドの支柱には超能力(ステルス)封じの手錠が両腕と両足に繋がれている。

 影になることも電気を発することも出来ないヒルダはただの丈夫な被験体でしかない。

 ちなみに彼女と会ってる時の私はいつも通りの英国紳士。

 タキシードではないけど、ラフなシャツとタイトなズボンを穿いて彼女の正面に優雅に座っている。

「見ての通りさ、君を治療してその経過を見ているだけだよ」

 そして、柔和な笑みを浮かべながらヒルダの質問に答える。

 だけどヒルダは冷や汗を流しながら、少しだけ身をよじった。

「そんな親切心で動くようなヤツではないのは知っているわ。目的を言ったらどうなの?」

 ある意味信用されてるね。

 まあ、彼女の言う通りなんだけど。

 椅子から立ち上がって、

「それでは単刀直入に、私達の実験の被験体でもと思ってね」

 そのまま私のやりたいことを簡潔に述べた。

「……………」

 その言葉にヒルダは顔を青ざめさせる。

 私はその反応に楽しみを覚え始めた。

 いいね、やっぱり君のように優位に立ってた人物が一気に転落する様を見るのは本当に気分が良い。

「頭の良い君のことだ。選択肢などないのは想像通り。ただ、それだけでは面白くない……チャンスをあげよう。理子にもそうしたようにね」

「何をするつもり?」

「なに、私達の実験に耐えきって自力で屋敷を抜け出せればそれで終わりさ。簡単な条件だろう? 期間は3日、私は他に用があるのでね。24時間やる訳ではない。そのあとは、私を殺そうとしても構わない。まあ、やっても無駄だしタダでやられはしないがね」

 とまあ、説明はこのぐらいで早速……解体させて貰おう。

「まずはそうだね……身体構造は人間と同じなのか、私は前から気になっていてね。私が思うに、君は吸血鬼ではあるが……純粋な吸血鬼ではないと私は予想している。なぜならブラドは君が生まれるまで唯一の吸血鬼、その唯一の吸血鬼が子を設けたのなら必然的にその相手は他種族であるのは明白だ。それに、人型であることから十中八九人間だろう。まあ、推測の域を出ない話だがね」

 言いながら私はそのまま、ヒルダの病院とかで見る患者用の手術服を胸下まで手で上げてその白い素肌を露わにさせる。

「お、お前……! 無礼者、触れるな!」

 顔を少し赤らめながらも、ヒルダは身をよじって激しく抵抗する。

 まあ、手元が多少狂っても大丈夫でしょ。

 それに治療したのは黒焦げじゃあ"表情"を見れないからだしね。

「さて、どこから切り裂いたものか……。いつも通り胃腸のある付近から行くとするか。……さて、しばらく静かにして貰おう」

 近くにいたリリヤにジェスチャーで指示してヒルダの口にタオルを噛ませる。

 これで多少は静かになった。

「~~~~ッ!」

 叫べなくても唸ることは出来る訳だけど。

 それは流しておこう。

 手術用のマーキングペンで白い腹の上に十字に線を引いて、さらに腹筋に合わせて格子状に線を書き足していく。

 久しぶりの肉を裂く感触を楽しみにして、心が躍る。

 台の上のメスを手に取り、マーキング通りに裂いて行く。

 麻酔? そんなもの使う訳がない。

 そのまま血が出てもお構いなし。

「ン~~! ッ~~~~!」

 さっきから超能力(ステルス)を発動させようとしてるけど、そんなの無駄に決まってるのに。

 微妙に電磁波は出てるけど完全な発動までには至ってない。

 これって痛みは感じてるのだろうか?

 傷つけられ、嫌がる素振りは見せてるんだけど、イマイチ痛覚があるのか分かりにくい。

「さて、ご開帳だ。一応、人間でも麻酔無しで腹を裂かれても生きてるし意識を保てるのも分かってる」

 ショック死する可能性はもちろんあるけどね。

 手を血塗れにしながらも、順調に裂くことが出来た。

 ふむ、見た感じ人間と変わったところは何もない。

 胃腸も人体標本通りだし……女性器の位置も変わりなし。

「さてさて、ここからが本番だ。例えば――摘出した臓器は再生するのか?」

 と、言ったところでヒルダはさらにその顔を歪ませる。

 首を切り落とされても死なないみたいだし、可能性としてはありえる。

 もし、回復するならそれはそれでいい臓器のドナータンクになりそう。

 適合率とかあるけど。

 いや、そもそも人外だし人間に合うかどうか分からない上に移植したら人外化したりしないかな?

 ちょっとした吸血鬼のハーフ的な感じで。

 その考えはどうでもいいか。

 まずは臓器の摘出だね。

「それにしても腹黒い君にしては綺麗な中身だ」

 ああ、久しぶりの解体。

 やっぱりこの中身をかき回す感触は心地が良い。

 ヒルダは引き続き声にならない声をあげてもらってるが、それも私には心地が良い。

 そう言えば血液は無限回復の対象にはならないのだろうか?

 でも、実際輸血しなかったら危なかったし……魔臓がない状態だしね。

 今はこれで楽しんで、次もし同じことがあったら魔臓があった状態を観察しよう。

 なんてあれこれ考えてる間にも無事に胃を摘出、アルミの台の上に乗せる。

「摘出しても普通に残るのか。てっきりファンタジー的な感じで本体から切り離せば灰になったりするかと思っていたが、違うようだ」

 だとしたらこれは紛れもなく肉体の一部。

 仮初とかじゃない……この超回復には肉体の何かを代償にしてる。

 無難に考えられるのは血液かな?

 それだと吸血を食事の一環とかじゃなくて合理性のある行為とも考えることができるし。

 吸血鬼を解体するなんて貴重な体験だね。

 世界中に2人しかいないんだから当たり前だけど。

 いや、決めつけるのは早計か……私達が知らないだけで埋もれた真実の裏に実は生き延びてるのがいるかもしれない。

 ジャンヌがそうだったようにね。

「この調子なら子宮も取り除いて良さそうだな。高貴な君のことだ、使う機会などないだろうし」

 うーん♪ やっぱり私のアイデンティティと言えばこれだよね。

 今までもそうだったけど。

 だけど、ここ最近はご無沙汰だったし……我慢を重ねた上での楽しみだ。

「それじゃあ、ちょっとチクッと――するよ」

 

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 肉を裂く音が小さく響く。

 既にヒルダの中身は、窮屈な箱に衣服を詰め込んだようにところどころはみ出している。

 意識はあれども本人の目は死んでいた。

 折れるの早いな~

 てっきり処刑される前に拷問とか受けてるとか思ってたから、これは予想外。

 耐性がほぼないっぽいね。

 まあ、それに? こういうプライドが高い傾向の人って案外折れるの早かったりするしね。

 さらに、その中で立ち直るのに時間がかかるタイプと切り替えの早いタイプがいるけど。

 ヒルダはどっちかな~?

 って言っても、どっちにしても根元は折らせて貰うんだけど。

 知られたのなら手駒にしてしまえ、っていうお姉ちゃんの指示だし。

 従順にするには尊厳を根元から折って、それからこちらに依存させるように仕向ける。

 言葉にすれば簡単な話。

 手術用のハサミ――クーパーを道具がそろえられた台の上に置いて、白地のタオルで軽く手を拭く。

「今日は取りあえず満足だ。あとは、リリヤ……君に任せるよ」

 ずっと部屋の片隅で無表情でいたリリヤが、何かの台を押しながら静かにこちらに歩み寄る。

 メイド服じゃなく、汚れてもいいように白衣を身にまとった彼女は……静かなる怒りに満ちてるみたいに見える。

 さて……あとは紅茶でも飲みながら見学でもしようかな?

 ロシアの研究施設でリリヤが拷問に対する講義も受けてたのは知ってる。その実技もね。

 見た目白いけど、リリヤの中身は真っ赤だよ。

 共産的な意味じゃないけど。

 ちなみに台の上には銀製のナイフとかガラス製の容器に入った『Holy Water(聖水)』の文字。

 色々と吸血鬼に有効そうな道具が台の上に置かれてる。

 取り寄せるの結構苦労したよ。

 純銀とか高いに決まってるし、こういう退魔的な物を売ってるのってほとんど教会がバックについてる訳だから手続きとか面倒だし。

 まあ、怪しまれないようにするために合法的に取り寄せたんだけどね。

 リリヤは聖水の容器の蓋を外すと、中身が飛び出してるヒルダの上に垂らした。

 ジュウと、何かが焼ける音がしたかと思うとヒルダはのたうち回る。

 ガシャンガシャンと揺れる手術台。

 硫酸を臓器に掛けられてるようなものだろうか?

 何にしてもとてつもない痛みだろうけど。

 それからリリヤはヒルダの手を手術台の側面にベルトで固定したかと思うと、指一本に向けて銀ナイフを突き立てる。

 当然ながら魔臓のないヒルダに純銀は有効。

 聖水で意識を覚まさせたあとに痛みを与えるか……

 合理的だね~

 それに吸血鬼と言っても所詮はこんなものか。

 知性があって意思があって痛みを感じるなら価値観と見た目の違う人間と変わりないね。

「~~~~ッ!!」

 一回止血しないと3日ももたないかもね。

 希望は持たせてあげないと。

 そんな訳で1日目は終了。

 切り裂いた腹部を縫合して体を拭いて、清潔にしつつ道具の手入れも終わった。

 リリヤも血塗れの白衣から着替えていつものメイド服。

 切り落とされたり、真ん中から縦に半分になったりした指はどうしようもないね。

 魔臓が復活した時の回復力に期待しよう。

 ヒルダ本人は目から涙を流して失神してる。

 案外、精神は修復不可能かもね~

 手駒になるように善処はするけど。

 

 

 2日目――学校が終わって今日も拷問タイム。

 かと思えばリリヤが既になんかしてた。

 っていうか、この部屋にアイアンメイデンなんてあったんだ……

 ともかく中にある針の内側に何かを塗ってる。

「何をしてるんだね?」

 男の声で声を掛けると、こちらを少しだけ振り向いてすぐに作業に戻りながら――

「……銀の粉末をつけてる」

 と簡潔に答えた。

「ああ、なるほどね」

 そのあとの展開は言うまでもなく、拘束されたままヒルダは中に放り込まれ絶叫しながら血を流し続けた。

 体だけで頭は出てるタイプのアイアンメイデンだったから、何ともまあ……情けない顔をしてたよ。

 しかもリリヤはそのあと、ブラドの時に使った法化銀弾(ホーリー)の余りの在庫処分とか言ってアイアンメイデンの上から撃つし。

 貴重品だからそのまま置いとけばいいのに。

 まあ、使うってことはそれほどに怒りがある訳だろうけど。

 少なくとも2マガジンくらいは撃ったかな?

「あ……ぅ」

 アイアンメイデンから解放されたヒルダはその場に倒れてうわ言のようにつぶやくだけ。

 思考は停止してると見える。

 もはや抵抗しようとも思ってないのか、力なく地べたに伏せるだけ。

 昨日も思ったけどビックリする程に脆いね……

 理子の監禁期間に比べれば微々たる、たった3日なのにそれも耐えられそうにないとか。

 支配するものは支配されることに慣れてはいないんだろう。

「まあ、限界だとかは関係ないんだがね」

 そのまま脱力したヒルダを何とか抱えて、再び手術台へ。

 血を流しすぎたのか、彼女は何もしない。

 それでも生きてはいる。

 死に体には違いない、だけど彼女の気持ちなどは関係ない。

 せっかくの機会だからね、私の欲望を思う存分にぶつけさせて貰おう。

 昨日は一先ず満足したけど、それだけ。

 五体と顔は残してあげよう。

 首を深く切り込み。

 腹を縦に裂き。

 中身をくり抜き。

 性器を除去する。

 これだよ、これ♪

 私がいつもしていた仕事。

 女を切り裂いて、解体する。

 ただそれだけ。

 殺す理由なんて女だから、だけしかない。

 前に理子に哲学っぽいことを言った気がするけど、あれは二の次。

 着意はあっても殺す理由に高尚な目的なんてない。

 ロンドンの時は無意識ながらも楽しかったな~

 また、あの時に戻りたいとも思う事も何度か。

 だからこそ『N』に共感することもある。

 あくまで共感であって同調ではないけどね。

 思い出に浸りながらも私は手を休めない。

 明日はどうなるかな?

 

 

 そして3日目。

Uciderea(殺して)……Uciderea(殺して)……」

 手術台ベッドの上でルーマニア語でうわ言のようにつぶやくヒルダ。

 本当に意外に早く折れた。

 軽く手を彼女の前で振ってみるけど、視線は追う動きをしない。

 完全に何も見ていない。

 今では純銀関係や教会の道具を見せるだけで発作のようなものを起こし始める。

 完全な心的外傷後ストレス障害。

 PTSDってやつだね。

 だけど、残念ながら約束の時間だよ。

 現在の時刻でちょうど監禁して3日目だからね。

「さて、約束通りに君を解放しよう。あとは何もしない。出口を目指したまえ」

 言いながら手錠を外し、ベッドの拘束も外す。

 それから私は部屋を出る。

 

 ◆       ◆       ◆   

 

「さて、約束通りに君を解放しよう。あとは何もしない。出口を目指したまえ」 

 ヤツが……去って行く……

 おわったの……?

 わからない……何も……

 ただでぐちを、みつけないと。

 からだが、軽い。

「あぅ……」

 ふっとする浮遊感。

 物音をたてながらしめっぽい床へおちてしまったみたいね……

 だけど、私にはそれすらも認識できない。

 それよりも……はやく、そとへ。

 見上げた先に、台の上にわたしの"中身"が積まれてあるのがみえる。

 からだが軽い理由をどことなく理解しながらも、それよりも先にそとへの扉を開く。

 ぶこつな鉄製のとびらを開けて……かいだんの上へ。

 からだは軽くても足取りは軽くはない。

 もう、あのさつじんきには二度と――

 2つ目のとびらを開ければ廊下にでた……あと、もう少し……

 ようやくよ。

 ようやく私は、じゆうに……

 エントランスには誰もいない。

 ふらつく足、とびらはあと十歩もない。

 とびらをあければ、そとへの光りが……

 扉を手に掛けようとした瞬間。

 ――ピッ。

「……え?」

 下からなにかが――

「ぐッえ"っ?!」

 わたしになにが起きたか、わからない。

 そとが……光が……

 みえない。

 どう……して……?

 

 ◆       ◆       ◆   

 

「くふふ、あっははは!」 

 いやー、良い見世物だった。

 エントランスに悠々と私は笑い声をあげて素顔で歩き出す。

 もう彼女は何も見えてないだろうからね。

 私はそのまま玄関の扉の前で"串刺し"になったヒルダに近付く。

 絢爛なエントランスは血で染まりつつある。

 闇に生きる吸血鬼が光を求めて外を目指す。

 愉快な光景だったよ。

 そして、串刺し公の娘である彼女が串刺しによって希望を奪われる。

 皮肉めいた最期の光景を想像して、独りでワクワクしてたよ。

 股の間から直径8センチほどの一本の串がヒルダを貫き、うなじあたりから先端が出ている。

 中身を抜いてるからさぞかし通りは良かっただろう。

「か、あ……」

 (うめ)きながら痙攣(けいれん)で全身が小刻みに動いてる。

 頭は力なく脱力していて、瞳孔が小さくなっている。

 なんだ……かろうじて生きてるのか。

 生かすつもり半分、殺すつもり半分だったけど。

 何にしてもイベントは終了、だけど。

 今回は二本立て(ダブルイベント)なんでね。

 まだまだ利用させて貰うよ。

 


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